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簡易宿所(簡易旅館)のROIは立地で決まる — 稼働率8.9〜73.6%、8市場の回収年数試算

投稿日 : 2026.09.27

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投資・開発

簡易宿所(簡易旅館)への投資判断は、突きつめれば三つの変数しか持たない。客室単価、稼働率、そして初期投資額である。このうち前者二つは公開データで実測できるが、最後の一つは物件ごとに桁が違い、一般化できない。本稿ではこの構造を逆手に取り、初期投資額を「答え」ではなく「逆算される上限値」として扱うROIモデルを組み立てる。観光庁が2026年7月6日に公表した2025年(令和7年)確定値では、簡易宿所の客室稼働率は全国29.6%。だがこの数字を全国一律の前提として投資判断に使うと、ほぼ確実に読み違える。都道府県別に開くと大阪府73.6%から秋田県8.9%まで8.3倍の開きがあり、回収年数はこのレンジの中で成立と不成立の両側に分かれるからだ。

本記事における指標の定義

  • 客室稼働率(実績):観光庁「宿泊旅行統計調査」の施設タイプ別客室稼働率。本稿では特記なき限り2025年(令和7年)1〜12月の年間値・確定値を用いる。
  • 定員稼働率(実績):同調査の定員稼働率。客室数ではなく収容定員に対する利用率で、相部屋・多人数客室の空床を捉える。
  • 掲載最安プラン水準:各施設がOTA等で公開する最安プランの価格(2名1室利用時・1室あたり料金・税込)を施設ごとに月次平均し、市場内の中央値としたもの。本稿のROIモデルの客室単価はこの水準を用いる。
  • 掲載価格(全プラン平均・税込):素泊まりから食事付きまで全プランを平均した公開価格(2名1室・1室あたり)。参考値として併記する。
  • ADR(平均客室単価):各施設がOTA上で公開する最安プラン水準に業態別の補正係数を適用して算出した推定成約単価(税抜相当)。上場ホテルREITが開示する物件別実績との照合(184物件月・2026年4〜5月)で誤差中央値は7.5%。ただしこの推定成約ADRはビジネス・シティ・リゾート・旅館・カプセルの5区分でのみ検証されており、本稿が扱うゲストハウス・ホステル区分には適用できない。そのため本稿ではこの区分の価格を「ADR」とは呼ばず、掲載最安プラン水準として扱う。
  • 稼働率(前提):試算のために置いた仮定値であり、実測値ではない。
  • GOP(営業総利益):客室売上から運営費(前提値)を控除した額。本稿は1室あたり年額で表示する。
  • ROI=年間GOP÷初期投資額。単純回収年数=初期投資額÷年間GOP(金利・税・減価償却・売却価値を考慮しない単純計算)。
  • データ出典:価格はメトロエンジンリサーチ&コンサルティング、稼働率は観光庁「宿泊旅行統計調査」、施設数は厚生労働省「衛生行政報告例」、地価・容積率は国土交通省 不動産情報ライブラリ。

ROIの骨格 — 実測できる二つと、できない一つ

簡易宿所のROIは次の式に分解できる。

ROI = 年間GOP ÷ 初期投資額

年間客室売上(1室あたり)= 365日 × 稼働率 × 客室単価

年間GOP(1室あたり)= 客室売上 −(客室売上×手数料率)−(365×稼働率×清掃費)− 固定運営費

単純回収年数 = 初期投資額 ÷ 年間GOP

このうち客室単価と稼働率は公開データで実測できる。一方、初期投資額と運営費については当社に実測データが存在しない。したがって本稿ではこれらをすべて「前提値」と明記したうえで置き、読者が自らの数値に差し替えられる形で提示する。前提値を実測値であるかのように扱うことはしない。

運営費の前提値(1室あたり)

項目前提値性質含むもの
予約手数料・決済手数料客室売上の12%変動費送客手数料、決済手数料
清掃・リネン3,500円/稼働室泊変動費客室清掃、リネン交換、消耗品
固定運営費600,000円/室・年固定費人件費、水道光熱費、保守、保険、通信、公租公課
初期投資額逆算—固定せず、目標ROIから上限値を求める

いずれも当社に実測データがない項目であり、試算のための前提値。実際の数値は物件規模・運営形態・立地により大きく異なる/出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング

この置き方の要点は、固定運営費が1室あたり定額で載ることにある。稼働率が下がっても固定費は減らないため、低稼働・低単価の組み合わせではGOPが一気に痩せる。後述する感応度の非線形性はここから生まれる。

稼働率29.6%の読み方 — 32ポイント差のうち簡易宿所固有の差は6ポイント

2025年確定値で全施設タイプ合計の客室稼働率は61.6%、簡易宿所は29.6%。差は32.0ポイントある。この差をそのまま「簡易宿所は構造的に埋まらない業態だ」と読むのは早計である。同じ統計の従業者数別区分を見ると、従業者0〜9人の施設は業態を問わず全体で35.6%にとどまる。一方で10〜29人は70.4%、30〜99人は71.5%、100人以上は70.8%と、10人を境に水準が跳ね上がる。

簡易宿所はほぼ例外なく従業者0〜9人の小規模施設である。したがって比較すべき相手は61.6%ではなく35.6%であり、簡易宿所固有の差は6.0ポイントにすぎない。32ポイントの大半は業態ではなく規模の問題だと分解できる。裏を返せば、規模要因は物件選定と運営設計で動かせる余地があるということでもある。

出典:観光庁「宿泊旅行統計調査」2025年(令和7年)年間値・確定値よりメトロエンジンリサーチ&コンサルティング作成

もう一つ見落とせないのが定員稼働率である。簡易宿所の定員稼働率は16.2%で、客室稼働率29.6%に対する比は54.7%。つまり売れた客室でも収容定員の半分強しか埋まっていない。ビジネスホテルの同比率は80.9%(60.9%÷75.3%)、全体では65.9%だから、簡易宿所は多人数客室・相部屋在庫の空床が相対的に大きい業態だと分かる。2名1室基準の客室単価で試算する本稿のモデルは、この空床を埋める上振れ余地を織り込んでいない。1室に3名以上を通せる設計なら、同じ稼働率でも売上は積み増せる。

大阪73.6%、秋田8.9% — 都道府県で8.3倍の開き

全国平均29.6%を投資前提に据えることの危うさは、都道府県別に開いた瞬間に見える。首位の大阪府は73.6%で、これはビジネスホテル全国平均75.3%とほぼ並ぶ水準である。次いで京都府52.0%、東京都48.6%、福岡県44.8%。逆に下位は秋田県8.9%、佐賀県9.6%、鳥取県10.0%と、1割前後にとどまる。上下の比は8.3倍。全国平均29.6%にちょうど一致するのは香川県で、平均値は「典型」ではなく分布の中間点にすぎない。

出典:観光庁「宿泊旅行統計調査」2025年(令和7年)年間値・確定値よりメトロエンジンリサーチ&コンサルティング作成

ここで供給側の数字を重ねると、この分布の意味がさらに鮮明になる。厚生労働省「衛生行政報告例」の令和6年度(2024年度)末時点で、簡易宿所営業の施設数は全国44,901施設。旅館業全体98,338施設の45.7%を占め、前年度比7.1%増と旅館・ホテル営業(52,946施設・同3.7%増)を上回るペースで増えている。都道府県別では長野県4,361、沖縄県3,804、京都府3,647、北海道3,314が上位で、山小屋・ペンション・別荘転用を含む観光地型の集積が目立つ。

対して稼働率首位の大阪府は773施設、福岡県400施設、愛知県158施設と、都市部の簡易宿所ストックは意外なほど薄い。長野県は大阪府の5.6倍の施設数を抱えながら稼働率は13.6%である。施設数の多さは需要の強さを意味しないどころか、季節性の強い立地では逆相関にすら見える。投資検討の初手は「どの都道府県に何施設あるか」ではなく「そのエリアの稼働率が通年で何%か」だという当たり前の結論が、数字の側からも裏づけられる。

季節性 — 8月39.1%、12月24.5%の谷が固定費を圧迫する

年間平均だけを見ていると、もう一つの落とし穴を見逃す。2025年の簡易宿所の月次客室稼働率は、8月の39.1%を頂点に12月24.5%、1月25.1%が谷となる。振れ幅は14.6ポイントで、年間平均比では最大32%上、最小17%下という非対称な形をしている。全施設合計(最高10月66.6%・最低1月54.6%、振れ幅12.0ポイント)やビジネスホテル(同81.4%・66.6%、14.8ポイント)と比べると振れ幅自体は近いが、簡易宿所は水準そのものが低いため、谷の時期には固定費の回収が構造的に困難になる。

出典:観光庁「宿泊旅行統計調査」2025年(令和7年)各月・確定値よりメトロエンジンリサーチ&コンサルティング作成

年換算のROIは月次の凹凸を均してしまうが、資金繰りは均してくれない。固定運営費を1室あたり月50,000円(年600,000円の前提値を12等分)と置けば、稼働率24.5%・単価12,000円の月に1室が生む貢献利益(単価×88%−清掃費3,500円)は日次約1,730円、月額にして約52,600円。固定費を引いて手元に残るのは約2,600円にすぎない。複数室で運営していても、この薄さは運転資金の設計に直接効いてくる。

8市場の実勢単価 — ゲストハウス・ホステル帯を実測する

次に客室単価である。当社が追跡する国内約168,000施設のうちOTA上で稼働が確認できる施設から、ゲストハウス区分とホステル区分に分類される施設を都市別に抽出し、2025年9月〜2026年8月の12ヶ月について各施設の掲載最安プラン水準を月次平均したうえで、市場内の中央値を取った。対象は価格観測が6ヶ月以上得られた537施設である。

なお、この掲載最安プラン水準を客室単価の前提として採用するのには根拠がある。推定成約ADRが検証済みの区分(ビジネスホテル・カプセルホテル)について、同じ6都市の464施設で照合したところ、推定成約ADR÷掲載最安プラン水準の中央値は1.05倍、対して全プラン平均に対しては0.64倍だった。つまり掲載最安プラン水準は成約水準にきわめて近く、全プラン平均を使うと実勢を6割方過大評価することになる。本稿が保守側の指標を採る理由である。

市場 観測
施設数
掲載最安
プラン水準
掲載価格
(全プラン平均)
客室稼働率
(県・2025確定)
客室売上
/室・年
GOP
/室・年
成立初期投資
上限/室
東京・台東区60¥23,200¥33,40048.6%¥4,118,000¥2,403,000¥24,031,000
東京・新宿区30¥21,700¥30,40048.6%¥3,858,000¥2,174,000¥21,741,000
京都市67¥16,700¥22,70052.0%¥3,171,000¥1,526,000¥15,260,000
大阪市58¥11,000¥17,50073.6%¥2,965,000¥1,069,000¥10,692,000
福岡市128¥14,800¥27,00044.8%¥2,416,000¥954,000¥9,542,000
札幌市44¥16,100¥25,90025.2%¥1,480,000¥381,000¥3,808,000
那覇市108¥8,100¥11,60034.7%¥1,026,000前提運営費に届かず—
広島市42¥12,800¥17,60019.1%¥893,000前提運営費に届かず—

価格はゲストハウス区分・ホステル区分の計537施設、2025年9月〜2026年8月の12ヶ月・市場内中央値(2名1室利用時・1室あたり・税込)/稼働率は観光庁「宿泊旅行統計調査」2025年確定値の都道府県値(簡易宿所)/成立初期投資上限は目標ROI10%での逆算値/出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング、観光庁

ここには重要な留保がある。単価は市区町村単位の実測値だが、稼働率は都道府県単位の統計値である。大阪府・京都府のように府内需要が中心都市に集中しているエリアでは両者のズレは小さいが、沖縄県(簡易宿所3,804施設、離島・リゾート立地を多く含む)や広島県(733施設)では、県全体の稼働率は那覇市・広島市の都心部の実勢を下回っている可能性が高い。両市がGOPマイナスと出るのは、県平均を市の単価に当てているためであり、「那覇や広島では成立しない」という意味ではない。都市単位の稼働率を別途つかめるなら、この2市の評価は上振れする余地がある。

出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(価格・n=537施設)、観光庁「宿泊旅行統計調査」2025年確定値(稼働率)

散布図が示すのは、高稼働と高単価が両立している市場は存在しないという単純な事実である。大阪市は稼働率73.6%だが単価は8市場で最安に近い11,000円。台東区は単価23,200円だが稼働率は48.6%。両者のGOPは2.2倍の差がつくが、それは単価側の寄与が大きい。固定運営費が定額で載る構造では、稼働率よりも単価のほうがGOPに効きやすいためである。この単価帯のホステル・ゲストハウスが首都圏のどこに集積しているかは、ホステル投資が成立する首都圏の条件が台東150軒・渋谷27軒という軒数ベースで分解している。

円の大きさ=価格観測施設数、色=都道府県の簡易宿所客室稼働率(2025年確定値)/出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング、観光庁、CartoDB(地図タイル)

感応度 — 稼働率×単価で回収年数はこう動く

前提値を固定したうえで、稼働率と客室単価を動かしたときに単純回収年数(初期投資500万円/室の場合)がどう変化するかを示したのが次の図である。線が途切れている領域は、その組み合わせでは30年以内に回収できないことを意味する。

初期投資5,000,000円/室・手数料率12%・清掃費3,500円/稼働室泊・固定運営費600,000円/室・年の前提値による試算/出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング

曲線の形が語っているのは、ROIが稼働率と単価の掛け算ではなく、固定費を差し引いた残差で決まるということである。単価8,000円の線は稼働率60%まで到達しないと30年以内に姿を現さない。一方で単価24,000円なら稼働率22%でも6.1年で回収に届く。この非対称性を損益分岐稼働率として整理すると次のようになる。

客室単価(前提) 損益分岐稼働率 稼働率30%時のGOP/室・年 同・成立初期投資上限/室
(目標ROI10%)
¥8,00046.4%−¥212,000成立せず
¥10,00031.0%−¥20,000成立せず
¥12,00023.3%¥173,000¥1,731,000
¥14,00018.6%¥366,000¥3,658,000
¥16,00015.5%¥559,000¥5,585,000
¥20,00011.7%¥944,000¥9,440,000
¥24,0009.3%¥1,329,000¥13,294,000

損益分岐稼働率=固定運営費600,000円/室・年を貢献利益(単価×88%−清掃費3,500円)で除して365日換算した値/出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング

実務上の含意ははっきりしている。全国平均の稼働率29.6%を前提に置くなら、客室単価はおよそ10,300円を超えていなければ前提運営費すら回収できない。小規模施設の平均値である35.6%を採ってもなお9,200円が下限になる。逆に大阪市のように稼働率73.6%が見込める市場では、下限は6,500円まで下がる。単価が取れない立地では稼働率で、稼働率が取れない立地では単価で、どちらかが一定水準を超えていなければモデルは立たない。

初期投資の上限を地価と建築費で検算する — なぜ新築が選ばれないのか

ここまでで各市場が支えられる初期投資額の上限が出た。これを実際の土地・建物コストと突き合わせてみる。国土交通省「建築着工統計調査」によれば、2024年の宿泊業用建築物の工事費予定額は床面積1㎡あたり591,279円(坪あたり約195.5万円)。2022年の419,163円から2年で41.1%上昇している。共用部を含めて1室あたり30㎡とすれば、建築費だけで1室あたり約1,774万円になる。

土地についても、国土交通省 不動産情報ライブラリの2026年地価公示から各市場の中心部(半径約2km圏)の商業地調査地点を集計した。容積率の中央値と併せて1室あたり土地取得費を試算すると次の通りである。なお公示地価は実際の取引価格と一致せず、10商圏394件を突き合わせた検証では商業地の取引価格は公示地価の0.86倍という水準差が出ている点は割り引いて読む必要がある。

市場 商業地 地価
中央値(円/㎡)
前年比 容積率
中央値
土地/室 建築/室 新築総額/室 成立上限との差
東京・台東区1,600,000+18.7%600%¥8,000,000¥17,738,000¥25,738,000−¥1,708,000
東京・新宿区2,750,000+15.3%500%¥16,500,000¥17,738,000¥34,238,000−¥12,498,000
京都市1,250,000+11.4%400%¥9,375,000¥17,738,000¥27,113,000−¥11,853,000
大阪市1,735,000+15.6%600%¥8,675,000¥17,738,000¥26,413,000−¥15,722,000
福岡市1,675,000+9.9%400%¥12,563,000¥17,738,000¥30,301,000−¥20,759,000
札幌市697,500+7.1%400%¥5,231,000¥17,738,000¥22,970,000−¥19,162,000
那覇市412,500+6.8%350%¥3,536,000¥17,738,000¥21,274,000—
広島市695,000+5.3%500%¥4,170,000¥17,738,000¥21,908,000—

地価・容積率は2026年地価公示の商業地調査地点(各市場中心から半径約2km圏、n=16〜79地点)の中央値/建築費は2024年の宿泊業用建築物の工事費予定額591,279円/㎡、共用部込み1室30㎡の前提値/出典:国土交通省 不動産情報ライブラリ・建築着工統計調査 よりメトロエンジンリサーチ&コンサルティング作成

結果は一貫している。8市場のいずれにおいても、都心商業地に新築で簡易宿所を建てると目標ROI10%には届かない。最も条件の良い台東区でも1室あたり171万円のギャップが残り、新宿区・大阪市・福岡市では1,200万〜2,100万円の差がつく。建築費1,774万円だけで台東区の成立上限2,403万円の74%を食ってしまうからである。

この検算は、簡易宿所というストックがなぜ空き家・町家・既存雑居ビルの用途転換として増えてきたのかを説明している。新築を前提にすると成立しない以上、取得価格が新築原価を大きく下回る既存建物を、改修コストを抑えて転用できるかどうかがROIの分水嶺になる。逆に言えば、目標ROI10%で台東区なら1室2,400万円、京都市なら1,526万円、大阪市なら1,069万円が取得+改修+什器の合計上限であり、この線を超える取得価格を提示された時点で、稼働率か単価のどちらかで前提を上回る運営を実現しなければ計算が合わない。既存建物を取得する場合、営業許可の承継可否がそのままスケジュールとキャッシュフローに跳ね返る点にも留意が必要である(旅館・ホテル取得3スキーム比較で詳述)。

制度 — 簡易宿所営業と住宅宿泊事業では分母が違う

ここまでのモデルは年間365日の営業を前提にしている。この前提が置けるかどうかが、簡易宿所営業を選ぶ最大の理由である。

簡易宿所営業は旅館業法第3条に基づく都道府県知事(保健所設置市・特別区ではその長)の許可制で、構造設備の基準は旅館業法施行令第1条第2項に定められている。要点は7号あり、客室の延床面積33㎡以上(許可申請時に宿泊者数を10人未満とする場合は3.3㎡×宿泊者数以上)、階層式寝台を置く場合は上下段の間隔がおおむね1m以上、適当な換気・採光・照明・防湿・排水の設備、近接して公衆浴場がある等の場合を除き需要を満たす規模の入浴設備、同じく洗面設備、適当な数の便所、そして都道府県が条例で定める基準への適合である。

注目すべきは、旅館・ホテル営業に課される「1客室の床面積7㎡(寝台を置く客室は9㎡)以上」という1室単位の最低面積が簡易宿所営業には存在しない点である。代わりに全客室の延床面積で33㎡という下限が置かれ、階層式寝台(二段ベッド)が明示的に許容されている。これが1室に複数の寝台を配置する設計を可能にし、同じ床面積でより多くの定員を取れる構造的な収益源になる。前述の定員稼働率16.2%は、この設計上の余地がまだ埋まりきっていないことの裏返しでもある。

項目 簡易宿所営業
(旅館業法)
旅館・ホテル営業
(旅館業法)
住宅宿泊事業
(住宅宿泊事業法)
手続許可制許可制届出制
年間営業日数上限なし(365日)上限なし(365日)年間180日以内
客室面積の基準全客室の延床面積33㎡以上(宿泊者10人未満は3.3㎡×人数)1客室7㎡以上(寝台を置く客室は9㎡以上)宿泊者1人あたり3.3㎡以上
階層式寝台明示的に許容(上下段の間隔おおむね1m以上)規定なし規定なし
条例による上乗せあり(施行令第1条第2項第7号)ありあり(区域・期間の制限)
モデル上の意味365日を分母にできる365日を分母にできるが1室面積の制約が重い分母が最大180日に半減する

出典:旅館業法施行令(昭和32年政令第152号)、住宅宿泊事業法 よりメトロエンジンリサーチ&コンサルティング作成

本稿のROIモデルにとって、この違いは決定的である。住宅宿泊事業は年間提供日数が180日以内に制限されるため、同じ物件・同じ単価・同じ稼働率でも売上の分母が最大で半分になる。固定運営費が定額で載る構造では、分母の半減はGOPの半減では済まず、損益分岐点そのものを押し上げる。観光庁の集計によれば、住宅宿泊事業の届出は2026年7月15日時点で累計65,837件、うち事業廃止が23,767件で、現在の届出住宅数は42,070件。届出の3分の1超がすでに事業を畳んでいる計算になる。

大阪市では、国家戦略特別区域外国人滞在施設経営事業(いわゆる特区民泊)の新規認定申請および居室追加等の変更認定申請の受付が2026年5月29日をもって終了した。既存の認定施設は従来どおり営業を継続できるが、同市で新たに短期滞在型の宿泊施設を立ち上げる経路は、事実上、旅館業法の営業許可に収斂している。簡易宿所の客室稼働率が全国最高の73.6%である一方、施設数は773施設(うち大阪市572施設)と都市規模のわりに薄い。制度変更と需給の両面から、この市場の構造は2026年を境に動いていると見るのが自然である。

まとめ — 平均値ではなく分布で判断する

簡易宿所のROIについて、本稿が公開データから導けたのは次の5点である。

第一に、稼働率29.6%は投資前提として使えない。都道府県別には大阪府73.6%から秋田県8.9%まで8.3倍の開きがあり、回収年数はこのレンジ内で成立と不成立の両側に分かれる。

第二に、全体61.6%との32ポイント差の大半は規模要因である。従業者0〜9人の施設は業態を問わず35.6%であり、簡易宿所固有の差は6.0ポイントにとどまる。

第三に、固定費が定額で載る構造ゆえ、単価が稼働率より効く。損益分岐稼働率は単価8,000円で46.4%、16,000円で15.5%、24,000円で9.3%と急速に下がる。全国平均稼働率29.6%を前提とするなら、単価10,300円が最低ラインになる。

第四に、新築では成立しない。2024年の宿泊業用建築費591,279円/㎡(共用部込み1室30㎡で1,774万円)に土地取得費を加えると、8市場すべてで目標ROI10%の成立上限を超える。既存建物の取得・転用が事実上の前提条件になる。

第五に、365日を分母にできることが簡易宿所営業を選ぶ最大の経済的理由である。住宅宿泊事業の180日上限は、固定費構造のもとでは売上の半減以上のインパクトを持つ。

本稿の初期投資額・運営費はすべて前提値であり、実測値ではない。読者が自らの物件の取得価格・改修費・人件費を式に代入すれば、同じ枠組みで自分の数字が出る。その際、稼働率と単価だけは全国平均ではなく、検討しているエリアの実測値を使うことをお勧めしたい。平均値はどの立地の実態でもないからである。

よくある質問

Q. 簡易宿所(簡易旅館)のROIはどのくらいが目安ですか。

A. 単一の目安は存在しない。本稿の前提値(手数料率12%、清掃費3,500円/稼働室泊、固定運営費600,000円/室・年)で試算すると、初期投資500万円/室・稼働率40%・単価16,000円なら単純回収年数は5.3年、稼働率25%・単価16,000円では13.7年、稼働率30%・単価8,000円では成立しない。前提を明示せずROIだけを比較しても意味がない。

Q. 簡易宿所と住宅宿泊事業(届出制)はどちらが有利ですか。

A. 年間を通じて稼働させる想定なら簡易宿所営業である。住宅宿泊事業は年間提供日数が180日以内に制限され、固定運営費が定額で載る構造のもとでは売上の分母半減が損益分岐点を大きく押し上げる。一方で簡易宿所営業は許可制であり、構造設備基準(旅館業法施行令第1条第2項)と自治体条例への適合が前提になる。

Q. 簡易宿所の許可を取るには最低何㎡必要ですか。

A. 旅館業法施行令第1条第2項第1号は、客室の延床面積33㎡以上と定めている。ただし許可申請時に宿泊者数を10人未満とする場合は、3.3㎡×宿泊者数以上で足りる。加えて入浴設備・洗面設備・便所などの規定があり、都道府県等が条例で上乗せ基準を定めている場合があるため、所管の保健所への事前相談が必要である。

Q. どのエリアが投資対象として有望ですか。

A. 本稿の前提で1室あたりGOPが最も厚いのは東京・台東区(240万円/室・年)、次いで東京・新宿区(217万円)、京都市(153万円)である。ただしこれは単価が高い市場ほど成立初期投資上限も高いというだけで、実際の取得価格がその上限を下回るかどうかは物件次第である。稼働率の絶対値では大阪府73.6%が突出しており、かつ簡易宿所の施設数は773施設と薄い。

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参考資料・出典一覧

■ 市場データ

■ 政府統計・公的データ

■ 地図

  • CartoDB(地図タイル)、OpenStreetMap contributors

試算に関する注意:本記事の初期投資額・運営費(手数料率、清掃費、固定運営費、1室あたり床面積)はいずれも当社に実測データがない項目であり、試算のための前提値です。実際の数値は物件規模・運営形態・立地・調達条件により大きく異なります。掲載している回収年数・ROI・成立初期投資上限は簡易試算であり、実際の投資判断には物件個別のフィージビリティ・スタディが必要です。また客室単価は調査時点でOTA等に公開されている販売価格に基づく実測値であり、今後変動します。

簡易宿所(簡易旅館)のROIは立地で決まる — 稼働率8.9〜73.6%、8市場の回収年数試算

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