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旅館・ホテル取得3スキーム比較 — 事業譲渡は許可承継可、営業停止60日でNOI1,764万円減

投稿日 : 2026.09.17

指定なし

投資・開発

旅館・ホテル取得3スキーム比較 — 事業譲渡は許可承継可、営業停止60日でNOI1,764万円減

ホテル・旅館の買収で、意向表明から実際に自分の名義で客を迎えるまでに何日かかるか。この問いの答えは、価格でもデューデリジェンスの厚さでもなく、どのスキームで買うかでほぼ決まる。買い方は大きく3つある。運営会社の株式を買う、事業を丸ごと譲り受ける、不動産だけを買って自分か別のオペレーターが営業する。この3つで旅館業の営業許可の扱いが変わり、クロージング日と営業停止日数、そして初年度のNOIが変わる。

2023年12月13日、改正旅館業法が施行され、事業譲渡でも営業者の地位を承継できるようになった。それ以前は譲渡人の廃業届と譲受人の新規許可が必要で、その間に営業できない期間が構造的に生まれていた。本稿は、この制度変更を一次資料で確認したうえで、営業停止が何日続くといくらの逸失になるかを40室モデルで金額に落とし、さらに「旅館業許可は承継できても承継できない付随許認可がある」という実務上の落とし穴を条文ベースで整理する。

事業譲渡の承継承認
2023.12.13
改正旅館業法 施行日
承認の標準処理期間
20〜23日
千葉県20日/京都市23日
承継承認の手数料
7,400円
新規許可は24,000円(さいたま市)
営業停止60日の逸失
1,764万円
40室モデル・初年度NOI −47.3%
温泉利用許可
承継不可
事業譲渡の承継規定なし(温泉法)

本記事における指標の定義

  • ADR(平均客室単価):各施設が主要予約サイト上で公開する最安プラン水準(2名1室利用時・1室あたり料金・税込)に業態別の補正係数を適用して算出した推定成約単価(税抜相当)。上場ホテルREITが開示する物件別実績との照合(91施設・直近3か月間)で誤差中央値は約7%。推定値であり、各施設の実際の成約価格・会計数値とは異なります。エリア単位のADRは対象施設の中央値(エリアの標準的な施設の水準)。
  • NOI(営業純収益):本稿では客室売上から変動費と固定費を控除した営業段階の利益を指す簡易試算値。減価償却前・支払利息前。会計上の定義とは異なります。
  • 営業停止日数:営業者の交代に伴い、宿泊者を受け入れられない日数。改装・修繕による休業は含みません。
  • データ出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング/厚生労働省「衛生行政報告例」/環境省「温泉利用状況」/e-Gov法令検索

既刊との線引き

当社の承継・許認可まわりの既刊は、旅館業法とは — 3区分の許可要件と2018・2023年改正、民泊との違い(制度の全体像)、旅館業許可98,338施設 vs 掲載27,248 — 差7万の正体を数える2026(許可件数の統計)、事業承継税制の期限は2027年12月|旅館ADR+32%と自社株評価(相続・納税猶予)、ホテル取得の3つの器 — 現物3.0%・信託受益権ほぼゼロ(取得ビークルと流通税)、源泉は誰のものか — 自家源泉・引湯・集中管理で分かれる旅館取得のバリュエーション(温泉権の帰属)。取得スキーム別に営業許可の扱いと地位承継手続きを比較し、クロージングの実行可能性を論点にした既刊は存在しない。本稿はそこだけを扱う。

Key Takeaways
  • 2023年12月13日施行の改正旅館業法で、事業譲渡でも知事等の承認により営業者の地位を承継できる。承認は譲渡の効力発生より前に取る必要がある。
  • クロージング日は保健所の審査完了日に従属する。標準処理期間は千葉県20日・京都市23日で、書類補正の期間は含まれない。
  • — 承継承認に準用されるのは譲受人の欠格事由と設置場所の環境要件で、構造設備の政令基準は条文上、再審査の対象外と読める。
  • 温泉利用許可と風俗営業許可には事業譲渡による承継規定がない。飲食店営業許可は逆に事後届出で足りる。クリティカルパスは最も承継しにくい許認可が決める。
  • — 40室・推定成約ADR15,000円・稼働率70%(通年平均の前提値)のモデルで、営業停止の逸失は1日294,000円、60日で1,764万円(初年度NOI −47.3%)。承継承認の手数料7,400円とは3桁違う。

3つの買い方で、営業許可の扱いは3通りに分かれる

旅館業を営むには都道府県知事(保健所を設置する市または特別区にあっては市長または区長)の許可が要る(旅館業法第3条第1項)。この許可は施設ではなく営業者に与えられる。だから「営業者が誰か」が変わるかどうかで、手続きが分岐する。

株式譲渡では営業者である法人そのものは変わらない。株主が入れ替わるだけなので、許可は動かない。事業譲渡では営業者が譲渡人から譲受人へ変わるため、承継の手続きが要る。不動産だけを買い、買主または買主が起用する別のオペレーターが営業する場合は、営業者が新たに登場するので原則として新規許可が要る。

表1 取得スキーム別・営業許可の扱いと手続きの比較(株式譲渡/事業譲渡/不動産取得+新規営業)
論点① 株式譲渡② 事業譲渡③ 不動産取得+新規営業
営業者(許可名義人)変わらない譲渡人 → 譲受人買主または起用オペレーターが新たに営業者
旅館業許可の扱いそのまま継続知事等の承認で地位を承継(法第3条の2)新規許可を取得(法第3条第1項)
手続きの性質許可手続きは不要(役員等の変更届の要否は所管保健所に確認)事前承認。譲渡の効力発生前に承認を得る事前許可。許可前は営業できない
構造設備基準の再審査なし条文上、承認に準用されるのは申請者に係る欠格事由と設置場所の環境要件で、構造設備の政令基準は準用対象外と読める政令基準への適合を新規に審査。消防法令適合通知書等の添付を求められる
標準処理期間の例千葉県 20日(土日祝を除く)/京都市 23日さいたま市:意見照会を要する場合は約1か月
手数料の例7,400円(さいたま市・鹿児島市)24,000円(さいたま市)
営業停止の有無生じない承認取得後に譲渡を実行すれば、制度上は生じない許可取得までは営業できない
簿外債務包括承継。過去の債務・係争・未払残業も引き継ぐ承継範囲を契約で特定できる原則として引き継がない
従業員雇用関係はそのまま存続個別同意による転籍が必要新規採用
消費税株式の譲渡は非課税取引建物・備品等は課税取引、土地は非課税建物は課税取引、土地は非課税
不動産取得税・登録免許税不動産の移転がないため生じない不動産を移転する場合に生じる生じる
出典:旅館業法(e-Gov法令検索、2026年9月9日確認)/各自治体の公表資料/国税庁タックスアンサーよりメトロエンジンリサーチ&コンサルティング作成

表を横に読むと、トレードオフの構造が見える。株式譲渡は営業を1日も止めないが、簿外債務を包括的に引き受ける。不動産取得は簿外債務から最も遠いが、許可を取り直すため営業できない期間が生じる。事業譲渡はその中間にあり、2023年12月の改正で「営業を止めずに、承継範囲は限定する」という選択肢が現実的になった。ここが本稿の起点である。

2023年12月13日、事業譲渡に「承認」の道ができた

改正前、事業譲渡で宿を引き受ける側は新規許可を取る必要があった。譲渡人が廃業届を出し、譲受人が新規許可を取る。この2つの手続きの間に、誰も営業者でない期間が生まれる。譲渡日を動かせない事情があれば、その日数はそのまま営業停止日数になった。

改正前(2023年12月12日まで)
  1. 譲渡実行
  2. 譲渡人が廃業届を提出
  3. 譲受人が新規許可を申請
  4. 構造設備・設置場所を含めて審査
  5. 許可が下りるまで営業できない
改正後(2023年12月13日以降)
  1. 譲渡人・譲受人が連名で承継承認を申請
  2. 知事等が譲受人の欠格事由等を審査
  3. 承認
  4. 承認後に譲渡を実行 → 地位を承継
  5. 承継日から6か月以内に知事等が業務状況を調査
旅館業法 第3条の2第1項「前条第一項の許可を受けて旅館業を営む者(以下「営業者」という。)が当該旅館業を譲渡する場合において、譲渡人及び譲受人がその譲渡及び譲受けについて都道府県知事の承認を受けたときは、譲受人は、営業者の地位を承継する。」
同条第2項「前条第二項(申請者に係る部分に限る。)及び第三項から第六項までの規定は、前項の承認について準用する。(略)」
出典:e-Gov法令検索「旅館業法」(昭和23年法律第138号)2026年9月9日確認

条文の順序が実務上の要点である。「承認を受けたときは、承継する」と書かれている以上、承認は譲渡の効力発生より前に取っておく必要がある。鹿児島市も「事業譲渡の効力が発生する前に承継承認申請を行い、承認を得る必要があります」と明示している。つまりクロージング日は、当事者の都合ではなく保健所の審査完了日に従属する。ここを逆算していない案件は、決済日を後ろにずらすか、承認前に譲渡を実行して新規許可に戻るかの二択になる。

申請書の記載事項と添付書類は施行規則に定められている。譲受人と譲渡人の住所・氏名(法人ならば名称・事務所所在地・代表者氏名)、譲渡の予定年月日、営業施設の名称・所在地、欠格事由への該当の有無を記載し、旅館業の譲渡を証する書類と、譲受人が法人の場合は定款または寄附行為の写しを添える(旅館業法施行規則第1条の3)。「譲渡の予定年月日」を書かせる様式である点からも、事前申請が前提であることが読み取れる。

承継後には行政側のフォローが入る。改正法の附則は、当分の間、知事等は地位が承継された日から6か月を経過するまでの間に少なくとも1回、業務の状況を調査しなければならないと定めている。買主側は、クロージング後の半年以内に立入調査が入る前提でオペレーションを立ち上げるのが安全である。

承継の3類型 — 譲渡・合併分割・相続

旅館業法の承継規定は3つに分かれる。2023年12月に新設されたのは事業譲渡(第3条の2)で、合併・分割(第3条の3)と相続(第3条の4)はそれ以前から存在した。3つとも「届出」ではなく「承認」である点に注意したい。厚生労働省も、事業譲渡について「合併・分割・相続の場合と同様に承認手続により、営業者の地位を承継することができるようになりました」と説明している。

表2 旅館業法における承継の3類型 — 根拠条文・手続き・タイミング・申請中の営業可否
類型根拠条文手続きタイミング申請中の営業
事業譲渡旅館業法 第3条の2
施行規則 第1条の3
譲渡人・譲受人による承認申請譲渡の効力発生譲渡実行前なので譲渡人が営業を継続
法人の合併・分割旅館業法 第3条の3
施行規則 第2条
承認申請合併・分割の効力発生前なので継続
相続旅館業法 第3条の4
施行規則 第3条
相続人が承認申請被相続人の死亡後60日以内死亡日から承認・不承認の通知日まで、被相続人への許可は相続人へのものとみなされる(第2項)
出典:旅館業法・旅館業法施行規則(e-Gov法令検索、2026年9月9日確認)よりメトロエンジンリサーチ&コンサルティング作成

相続だけは事後申請で、しかも申請中のみなし許可規定がある。突然の相続で営業が止まらないよう設計されているためである。裏を返せば、事業譲渡と合併・分割にはみなし許可の救済がない。承認前に実行すれば、その時点で承継の道は閉じる。

承継承認は構造設備を再審査しない — 条文上の読み方

第3条の2第2項の準用範囲は、実務上とくに大きい。準用されるのは第3条第2項のうち「申請者に係る部分に限る」、すなわち譲受人自身の欠格事由(心身の故障、破産手続開始の決定、一定の刑、許可取消しからの経過年数、暴力団員等、役員の欠格など)と、第3項から第6項(学校等の敷地の周囲おおむね100メートル圏の環境要件、関係機関への意見照会、不承認の理由付き通知、条件の付与)である。

第3条第2項のうち「施設の構造設備が政令で定める基準に適合しないと認めるとき」は申請者に係る部分ではないため、条文上は承継承認の審査対象に含まれないと読める。これは築年数の古い旅館を引き受ける買主にとって決定的に大きい。新規許可であれば現行の政令基準と消防法令適合を新たに証明する必要があり、既存不適格の部分があれば設備投資が先に発生する。承継であれば既存の許可がそのまま続くため、その投資はクロージングの前提条件から外れ、買主の判断で時期を選べる。

⚠ 解釈にあたっての留保:上記は条文の文言からの読み方であり、実際の運用は都道府県・保健所設置市・特別区ごとに分かれる。承認申請時に事実上の現地確認を求める窓口もあれば、書類のみで完結する窓口もある。「このスキームなら必ず承継できる」と決め打ちせず、対象施設を所管する保健所に案件ごとに事前相談することを前提としてほしい。標準処理期間も千葉県20日・京都市23日と幅があり、書類補正に要する期間は含まれない。

温泉利用許可には、事業譲渡による承継規定がない

旅館業許可が事業譲渡で承継できるようになったことで、実務上のボトルネックは別の許認可へ移った。もっとも影響が大きいのが温泉利用許可である。

温泉を公共の浴用または飲用に供するには、都道府県知事の許可が要る(温泉法第15条第1項)。この許可の承継規定は2つしかない。法人の合併・分割(第16条)と、相続(第17条)である。事業譲渡による承継の規定は温泉法に置かれていない。つまり事業譲渡で温泉旅館を引き受けた場合、旅館業許可は承継できても、温泉利用許可は譲受人が新たに取得する必要があると読める。

温泉法 第16条(温泉の利用の許可を受けた者である法人の合併及び分割)/第17条(温泉の利用の許可を受けた者の相続) — 第15条第1項の許可について承継が認められるのは、合併・分割(知事の承認)と相続(死亡後60日以内の申請・承認、申請中はみなし許可)の場合に限られる。
出典:e-Gov法令検索「温泉法」(昭和23年法律第125号)2026年9月9日確認

規模感を押さえておきたい。環境省「令和6年度温泉利用状況」(令和7年3月末現在)によれば、全国の温泉利用の宿泊施設数は13,425施設、収容定員は1,324,805人。温泉地数は2,839、源泉総数は27,899である。旅館・ホテル営業の許可施設が52,946施設(厚生労働省「令和6年度衛生行政報告例」)であることを踏まえると、温泉を持つ宿は宿泊市場の中核をなす。承継案件の多くがこの層に属する以上、旅館業許可だけを見てスケジュールを組むのは危うい。

対照的に、飲食店営業許可はもっとも緩い。食品衛生法第56条は、許可営業者が営業を譲渡した場合、または相続・合併・分割があった場合に、譲受人等が許可営業者の地位を承継すると定め、承継した者は遅滞なくその事実を証する書面を添えて知事に届け出ればよいとしている。事前承認ではなく事後届出であり、承認を待つ必要がない。同じ「営業許可の承継」でも、法律ごとに設計思想がまったく違う。

風俗営業許可も温泉法に近い。風営法の承継規定は相続(第7条)、法人の合併(第7条の2)、法人の分割(第7条の3)の3つで、いずれも公安委員会の承認を要する。事業譲渡による承継の規定はない。スナックやバーを併設し、深夜酒類提供飲食店営業や特定遊興飲食店営業を行っている宿では、この点が別途論点になる。

付随許認可の承継可否チェックリスト

表3 付随許認可の事業譲渡による承継可否チェックリスト
許認可・確認事項根拠事業譲渡での承継実務上の留意点
旅館業許可旅館業法 第3条/第3条の2承継可事前承認譲渡の効力発生前に承認を得る。標準処理期間は自治体により20〜23日程度
温泉利用許可温泉法 第15条/第16条・第17条規定なし新規許可を想定合併・分割・相続のみ承継規定あり。温泉成分分析の有効期間と掲示内容の届出(第18条)も併せて確認
飲食店営業許可食品衛生法 第56条承継可事後届出遅滞なく事実を証する書面を添えて届出。食品衛生責任者の選任は要確認
風俗営業許可・深夜酒類提供飲食店営業風営法 第7条〜第7条の3規定なし新規許可・届出相続・合併・分割のみ承継可。バー・スナック・カラオケ併設施設で論点化
国際観光ホテル整備法の登録観光庁所管承継届営業の全部譲渡・全部賃貸・相続・合併が承継届の対象
消防法令適合通知書・防火管理者消防法営業者交代に伴う防火管理者の再選任届。新規許可ルートでは適合通知書が実質的な前提条件になる
建築確認・検査済証/用途建築基準法検査済証の有無、増改築の適法性、現行法への既存不適格の範囲。増築・用途変更を伴う再生計画では取得前に確認
温泉権・引湯契約私法上の契約・慣習自家源泉か、引湯契約か、温泉組合の集中管理か。契約の譲渡制限条項と組合の承諾要件を確認
予約サイト等の掲載契約・レビュー資産私法上の契約営業者名義が変わると掲載アカウントの扱いが変わる場合がある。蓄積した口コミ評価の引継ぎ可否を事前に確認
出典:旅館業法・温泉法・食品衛生法・風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(e-Gov法令検索、2026年9月9日確認)/観光庁「承継手続きについて」よりメトロエンジンリサーチ&コンサルティング作成

この表の使い方はシンプルである。承継可の欄が並ぶ案件は事業譲渡でクロージング日を握れる。規定なしが1つでも混じれば、その許認可の新規取得日がクリティカルパスになる。温泉旅館でスナックを併設していれば、旅館業許可(承認20〜23日)ではなく、温泉利用許可と風俗営業許可の取得日程が全体の律速段階になる。

営業停止は1日いくらか — 40室・推定成約ADR15,000円モデル

ここまでの手続きの違いを金額に翻訳する。前提は次のとおり単純に置く。客室40室、推定成約ADR 15,000円、稼働率70%(通年平均の前提値)、変動費率30%、年間固定費7,000万円。変動費は清掃・リネン・アメニティ・予約手数料・変動光熱費など、客室が売れたときにだけ発生する費用を指す。固定費はコア人件費・保守・保険・公租公課など、営業を止めても発生し続ける費用である。

営業を止めた日に失われるのは売上ではなく限界利益である。固定費は止まらないからだ。1日あたりの客室売上は40室×70%×15,000円=420,000円、うち変動費を除いた限界利益は294,000円。これが停止1日あたりの逸失額になる。

出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(40室・推定成約ADR15,000円・稼働率70%(通年平均の前提値)・変動費率30%・年間固定費7,000万円の簡易試算)
表4 営業停止日数別の初年度NOI試算(40室・推定成約ADR15,000円・稼働率70%(通年平均の前提値)・変動費率30%・年間固定費7,000万円)
項目停止 0日停止 30日停止 60日
営業日数365日335日305日
客室売上153,300,000円140,700,000円128,100,000円
変動費(30%)45,990,000円42,210,000円38,430,000円
固定費70,000,000円70,000,000円70,000,000円
初年度NOI37,310,000円28,490,000円19,670,000円
NOI減少額−8,820,000円−17,640,000円
NOI減少率−23.6%−47.3%
出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(簡易試算。減価償却前・支払利息前、食事・宴会等の付帯売上を含まない)

30日の停止で初年度NOIは23.6%、60日で47.3%削られる。取得価格を初年度NOIの10倍(利回り10%)と置けば、60日の停止は取得価格の4.7%に相当する。仲介手数料と同じオーダーの金額が、手続きの順序ひとつで動く。取得時に別途積み上がる諸費用の水準については、ホテル取得の諸費用は価格の7.1% — 表面利回り6.5%が実質4.65%になる積み上げ試算で内訳を分解している。この試算には食事・宴会・売店といった付帯売上を含めていないため、2食付きが標準の旅館では実際の逸失はこれを上回る。

稼働率の前提を振ってみる

稼働率70%は、承継案件として市場に出てくる状態のよい宿を想定した水準である。観光庁「宿泊旅行統計調査」の2025年年間値(速報値)では、旅館の客室稼働率は38.4%(全体61.8%、ビジネスホテル75.3%、シティホテル74.2%、リゾートホテル56.9%)であり、業態平均はこれよりかなり低い。前提を振った感度は次のとおり。

表5 稼働率前提別の1日あたり逸失限界利益と停止30日・60日の逸失額
稼働率(前提)1日あたり客室売上1日あたり逸失(限界利益)停止30日停止60日
40%240,000円168,000円5,040,000円10,080,000円
55%330,000円231,000円6,930,000円13,860,000円
70%(基準)420,000円294,000円8,820,000円17,640,000円
出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(40室・推定成約ADR15,000円・変動費率30%の簡易試算)/稼働率の業態別水準は観光庁「宿泊旅行統計調査」2025年年間値(速報値)

同じ60日でも、いつ止まるかで1.4倍変わる

ここまでは1年を平均でならしている。実際には、営業停止が繁忙期に当たるか閑散期に当たるかで逸失は大きく振れる。旅館の集積地である長野県の旅館カテゴリについて、推定成約ADRの月次推移を見る。

出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(長野県・旅館カテゴリ、対象N=498〜560施設、確定月のみ)

直近24か月で最高は2025年12月の15,900円、最低は2025年3月の11,500円。その比は1.39倍にのぼる。稼働率の季節差はこれをさらに増幅するため、年末年始や紅葉期に停止が重なった場合の逸失は、平均ベースの試算を相当上回ると見ておくべきである。逆にいえば、承認取得の遅れが避けられない案件では、譲渡実行日を閑散期へ寄せる交渉に実額の根拠がある。

停止時期のADR水準 × 停止日数で、逸失は1,349万円〜1,871万円に振れる

稼働率を70%に固定し、停止が当たる時期のADR水準を長野県・旅館カテゴリの実測月次に置き換えると、同じ60日でも逸失限界利益は1,349万円から1,871万円まで振れる。停止日数の交渉と、停止時期の交渉は、ほぼ同じ大きさの経済効果を持つ。

表7 停止時期のADR水準 × 停止日数別の逸失限界利益(40室・稼働率70%(通年平均の前提値)・変動費率30%)
停止期間のADR水準1日あたり逸失停止30日停止60日停止90日
閑散期水準 11,472円(2025年3月・実測月次最低)224,851円6,745,536円13,491,072円20,236,608円
年平均水準 12,952円(直近24か月平均)253,859円7,615,776円15,231,552円22,847,328円
基準前提 15,000円294,000円8,820,000円17,640,000円26,460,000円
繁忙期水準 15,912円(2025年12月・実測月次最高)311,875円9,356,256円18,712,512円28,068,768円
出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(長野県・旅館カテゴリの推定成約ADR月次、N=498〜560施設、2024年9月〜2026年8月)による簡易試算

手数料は数万円、停止は数百万円

承継承認の手数料は7,400円、新規許可は24,000円(いずれもさいたま市の例)。差は16,600円である。一方、営業停止30日の逸失NOIは8,820,000円で、これは新規許可手数料の約368倍にあたる。スキーム選択の経済性は手数料ではなく、営業を止めるか止めないかで決まる。

許可の動きと、市場に出てくる宿のズレ

制度の話を市場のスケールに接続しておく。厚生労働省「令和6年度衛生行政報告例」(令和7年3月末現在)によれば、旅館業の許可施設は98,338施設。内訳は旅館・ホテル営業52,946施設(客室数1,782,232室)、簡易宿所営業44,901施設、下宿営業491施設である。同年度中の営業許可件数は7,720件、営業廃止件数は2,817件、営業許可取消は26件だった。

出典:厚生労働省「令和6年度衛生行政報告例」第8表(都道府県別、指定都市・中核市は別掲のため合算値ではない)よりメトロエンジンリサーチ&コンサルティング作成

都道府県別に見ると、許可件数は東京都1,589件が最も多く、北海道525件、沖縄県524件、長野県452件と続く。廃止件数では長野県244件、北海道209件が目立つ。許可と廃止の比率は地域で大きく異なり、長野県は許可452件に対し廃止244件で新陳代謝の回転が速い。承継案件の供給がどこに厚いかを読むうえで、廃止件数は許可件数と同じくらい重要な指標である。廃止の背景にある後継者不在と老舗旅館の資本構造については、老舗旅館の事業承継危機 — 倒産89件・後継者不在3割の構造と生き残り条件が背景を掘り下げている。

この動きを地図に置くと、承継案件の供給地と新規許可の集中地が別であることが見えてくる。円の大きさは営業許可件数、色は廃止件数の多さを示している。

出典:厚生労働省「令和6年度衛生行政報告例」第8表(都道府県別、N=47)よりメトロエンジンリサーチ&コンサルティング作成
出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(掲載確認ベース)。2026年は1〜8月時点で観測された件数

一方、当社が主要予約サイトへの掲載を確認できたベースでの新規開業は、2022年1,723軒、2023年2,012軒、2024年1,979軒、2025年1,745軒。2026年は1〜8月時点で1,425軒を観測しており、前年同期の1,230軒を15.9%上回る。1施設あたり平均客室数は20〜30室で推移している。

2024年で並べると、行政ベースの営業許可7,720件に対し、掲載ベースの新規開業は1,979軒。この差は未把握の在庫を意味するものではなく、観測基準の違いである。営業許可件数には、新設施設だけでなく、営業者の交代に伴って新たに許可を取り直したケースも含まれ得る。加えて許可の過半を占める簡易宿所営業には、主要予約サイトに掲載されない小規模施設が多く含まれる。逆に掲載ベースは、許可を得ていても販売を開始していない施設を拾わない。母集団が違うものを引き算しても意味はなく、両者は別の問いに答える指標として並べて読むべきものである。

※ 掲載確認ベースの観測特性:予約サイトへの掲載は開業の数か月前から出るため、直近以降の月は今後の掲載追加で件数が増加する。2026年の年間値を2025年以前と直接比較せず、同期間(1〜8月)どうしで比較している。

買い手と売り手のスケジュール逆算

最後に、実務のタイムラインに落とす。事業譲渡で営業を1日も止めずにクロージングするには、承継承認を「決済の前提条件」として契約に書き込む必要がある。標準処理期間は千葉県20日(土日祝を除く)、京都市23日(閉庁日と書類補正に要する期間を含まない)であり、書類補正が入れば実日数は容易に1か月を超える。

表6 事業譲渡で営業を止めずにクロージングする場合の買い手・売り手スケジュール逆算
時期の目安買い手売り手
D−120日以降スキーム選択。付随許認可チェックリストで承継可否を洗い出し、律速となる許認可を特定する許可証原本、構造設備の図面、検査済証、温泉の分析書・引湯契約、消防関係書類を棚卸しする
D−90日所管保健所へ事前相談。承継承認の必要書類と実際の審査運用を確認する同席して施設側の事情(増改築の履歴、既存不適格の範囲)を説明する
D−60日温泉利用許可・風俗営業許可など、承継規定のない許認可の新規申請に着手従業員への説明と個別同意の取得を開始(事業譲渡は転籍が必要)
D−45日譲渡人と連名で承継承認を申請。譲渡の予定年月日を記載するため、決済日をこの時点で仮固定する連名申請に必要な書類を提出。欠格事由の照会に対応する
D−20日前後承認の見込みを確認し、決済日を確定。補正指示があれば即応する予約在庫の引継ぎ方針を決定。承継後の予約は誰が履行するかを契約で明記する
D日承認取得後に譲渡を実行。地位承継が成立し、営業は継続する譲渡実行日まで通常営業を継続する
D+10日以内記載事項の変更が生じた場合は届出(施行規則第4条)。飲食店営業の承継届も提出する
D+6か月以内知事等による業務状況の調査を受ける前提でオペレーションを整える
出典:旅館業法・同施行規則、各自治体の公表する標準処理期間よりメトロエンジンリサーチ&コンサルティング作成(日数は目安であり、案件と所管庁により変動)

売り手側の準備が価格に効く点も付け加えておきたい。許可証・図面・検査済証・温泉分析書がそろっている宿は、買い手が承継スキームを選べる。書類が欠けていれば買い手は不動産取得+新規許可を前提に置かざるを得ず、その場合の営業停止リスクは価格に織り込まれる。書類の整備は、そのまま売却価格の伸びしろになる。

まとめ

ホテル・旅館の取得において、営業許可の扱いはスキームによって3通りに分かれる。株式譲渡は許可が動かず営業も止まらないが簿外債務を包括承継する。事業譲渡は2023年12月13日の改正以降、知事等の承認により営業者の地位を承継でき、承認を先に取れば営業を止めずにクロージングできる。不動産取得+新規営業は簿外債務から遠い代わりに、許可取得までの営業停止を織り込む必要がある。

ただし承継できるのは旅館業許可であって、すべての許認可ではない。温泉利用許可と風俗営業許可には事業譲渡による承継規定がなく、飲食店営業許可は逆に事後届出で足りる。案件のクリティカルパスは、いちばん承継しにくい許認可が決める。全国13,425の温泉利用宿泊施設が承継案件の中核をなす以上、この点の確認は初期段階で済ませておきたい。

そして経済性は手数料ではなく日数で決まる。40室・推定成約ADR15,000円・稼働率70%(通年平均の前提値)のモデルでは、営業停止1日あたりの逸失は294,000円、30日で882万円、60日で1,764万円。初年度NOIはそれぞれ23.6%、47.3%減少する。D−90日の保健所への事前相談から逆算できるかどうかが、この差を生む。制度は2023年12月に、営業を止めずに宿を引き受ける道を開いた。あとはスケジュールの設計で取りにいく領域である。

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参考資料・出典一覧

■ 法令(一次資料・2026年9月9日確認)

■ 政府統計

■ 自治体・所管庁の公表資料

■ データソース

法令は e-Gov法令検索の条文(旅館業法・同施行規則・温泉法・食品衛生法・風営法、2026年9月9日確認)。許可施設数・許可件数・廃止件数は厚生労働省「令和6年度衛生行政報告例」第8表(令和7年3月末現在)。温泉利用状況は環境省「令和6年度温泉利用状況」。業態別の客室稼働率は観光庁「宿泊旅行統計調査」2025年年間値(速報値)。標準処理期間と手数料は千葉県・京都市・さいたま市・鹿児島市の公表資料。推定成約ADRの月次と新規開業件数はメトロエンジンリサーチ&コンサルティングの集計(長野県・旅館カテゴリ、N=498〜560施設、2024年9月〜2026年8月/新規開業は掲載確認ベース、2022〜2026年)。

■ 試算前提

客室40室、推定成約ADR 15,000円、稼働率70%(通年平均の前提値)、変動費率30%、年間固定費7,000万円。1日あたり客室売上=客室数×稼働率×ADR、1日あたり逸失=客室売上×(1−変動費率)で限界利益ベース。初年度NOI=年間客室売上−変動費−固定費(減価償却前・支払利息前)、営業日数は365日から停止日数を控除。ADR感度は長野県・旅館カテゴリの実測月次(最低11,472円/平均12,952円/最高15,912円)を停止期間のADR水準に読み替えた。取得価格は初年度NOIの10倍(表面利回り10%)と置いた。

■ 限界・留意点

旅館業法の運用は都道府県・保健所設置市・特別区ごとに分かれ、本稿の条文解釈が個別案件の可否を保証するものではない。標準処理期間に書類補正に要する期間は含まれない。推定成約ADRは公開価格から推計した値で、各施設の実際の成約価格・会計数値とは異なる。稼働率70%は状態のよい承継案件を想定した前提値であり、業態平均(旅館38.4%)とは水準が異なる。試算に食事・宴会・売店等の付帯売上を含めていないため、2食付きが標準の旅館では実際の逸失は上振れする。許可件数と掲載ベースの新規開業件数は母集団が異なり、差分は未把握在庫を意味しない。

■ 市場データ

  • メトロエンジンリサーチ&コンサルティング — 推定成約ADR(長野県・旅館カテゴリ、N=498〜560施設)、新規開業件数(掲載確認ベース、2022〜2026年)

免責:本稿の法令解釈は条文および所管省庁・自治体の公表資料に基づく整理であり、個別案件の適否を保証するものではない。旅館業法の運用は都道府県・保健所設置市・特別区で分かれるため、実務では対象施設を所管する保健所への事前相談と、弁護士・税理士・行政書士による個別確認を前提としてほしい。試算値はいずれも前提条件に基づく簡易計算であり、実際の投資判断には詳細なデューデリジェンスが必要である。

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