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所有不動産記録証明は1通1,600円|休眠旅館の名義を名寄せする取得の入口と30室の利回り試算

投稿日 : 2026.09.25

指定なし

投資・開発

所有不動産記録証明は1通1,600円|休眠旅館の名義を名寄せする取得の入口と30室の利回り試算

休眠している旅館を再生しようとすると、最初に行き当たるのは価格交渉ではなく「この宿の土地と建物は、いま誰の名義で、何筆あるのか」という確認作業である。2026年2月2日、法務局で所有不動産記録証明制度の運用が始まった。特定の人(または法人)が所有権の登記名義人になっている不動産を、登記官が全国分まとめて一覧にし、証明書として交付する制度で、手数料は書面請求で検索条件1件あたり1,600円である。本稿では、この制度を宿泊資産の取得実務にどう組み込めるかを、制度の射程、宿特有の権利構造、旅館ストックの規模感、取得前チェックリストの公表手数料、そして30室級旅館の利回り試算の順に整理する。

本記事における指標の定義

  • ADR(平均客室単価):各施設がOTA上で公開する最安プラン水準(2名1室利用時・1室あたり料金・税込)に業態別の補正係数を適用して算出した推定成約単価(税抜相当)。上場ホテルREITが開示する物件別実績との照合(91施設・直近3ヶ月間)で誤差中央値は約7%。推定値であり、各施設の実際の成約価格・会計数値とは異なります。エリア単位のADRは対象施設の中央値(エリアの標準的な施設の水準)。
  • 販売確認施設数:メトロエンジンリサーチが整備する宿泊施設データのうち旅館に分類される施設について、主要予約サイト掲載ベースで当該月に販売価格が確認できた施設の数。直販・電話予約のみの施設は含まれないため、販売が確認できないことは休業・廃業を意味しません。
  • 客室稼働率(試算で使用):観光庁「宿泊旅行統計調査」の旅館の客室稼働率(2025年・年間確定値)。
  • データ出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング/法務省・法務局、厚生労働省、観光庁の公表資料
Key Takeaways
  • — 所有不動産記録証明書は2026年2月2日から全国の法務局で請求可能。手数料は検索条件1件あたり書面1,600円・オンライン(郵送)1,500円・オンライン(窓口)1,470円。請求できるのは名義人本人と相続人等(代理人可)に限られる。
  • — 検索は「氏名・名称の前方一致」かつ「住所の市区町村まで、または末尾5文字の一致」。旧住所のままの物件は過去の住所を検索条件に加えないと漏れうるほか、表題部所有者だけの物件や未登記の増築部分は載らないため、名寄帳・公図・現地確認と併用する。
  • — 旅館として登録のある15,585施設のうち、主要予約サイト掲載ベースで月次に販売が確認できたのは最大でも7,277施設(46.7%、2025年9月〜2026年8月)。単月では販売が確認できない施設が最大約8,300施設ある。
  • — 旅館の客室数の中央値は12室で、30室以上は14.6%(N=14,920)。30室級は旅館ストックの中では上位の規模帯にあたる。
  • — 30室旅館の仮定モデルでは、権利整理に24ヶ月かかると投下資本利回りは5.78%→5.40%(−0.38pt)にとどまる一方、取得後10年間の累計GOP回収率は52.0%→37.8%(−14.2pt)まで下がる。権利整理の時間は、利回りの分母よりも稼働年数の目減りとして効く。
運用開始
2026.2.2
所有不動産記録証明制度
手数料(書面)
1,600円
検索条件1件あたり
旅館の登録施設
15,585
登録客室265,195室
月次販売確認率
46.7%
最大値・2025/9〜2026/8
10年累計回収率の差
−14.2pt
30室モデル・整理0→24ヶ月

本稿の位置づけ — 売却ルート・許可承継・税評価の「一段手前」

宿の取得に関わる論点は、いくつかの層に分かれている。担保に入った宿が競売や任意売却でどう市場に出てくるかという売却ルートの話、事業譲渡や株式譲渡で旅館業の許可がどう引き継がれるかという許認可承継の話、そして相続税評価や事業承継税制の期限が資本構成をどう動かすかという評価額・税負担の話である。ホテルバンクではこれらを個別に扱ってきた。

本稿が扱うのは、それらの前提となる「どの不動産が、誰の名義で存在しているか」を把握する手続きである。売り手と買い手が合意しても、対象の土地建物が漏れなく特定できていなければ、売買契約も担保設定も許可申請も組み立てられない。とりわけ家族経営で数代続いた旅館では、名義が一つにまとまっていないことが珍しくない。所有不動産記録証明制度は、この確認作業の入口を一つ増やす制度といえる。

制度の要点 — 名義人単位で全国の不動産を一覧にする

法務省の案内によると、所有不動産記録証明制度は令和8年(2026年)2月2日に始まった。登記官が、特定の者が所有権の登記名義人として記録されている不動産を一覧的にリスト化し、証明書として交付する。これまでは、不動産の所在地が分からなければ登記記録にたどり着けず、相続人が被相続人の不動産を探すには固定資産税の課税明細や市区町村ごとの名寄帳を一つずつ確認する必要があった。新制度では、全国の法務局・地方法務局(支局・出張所を含む)で請求でき、対象地がどの都道府県にあっても一度の請求で名義人単位の一覧が得られる。

表1 所有不動産記録証明制度の要点
項目内容
運用開始2026年(令和8年)2月2日
証明の内容特定の者が所有権の登記名義人として記録されている不動産の一覧
請求できる者所有権の登記名義人本人、その相続人その他の一般承継人(代理人による請求も可)
請求先全国の法務局・地方法務局(支局・出張所を含む)。処理日数は登記所ごとに異なる
手数料検索条件1件あたり 書面請求1,600円/オンライン請求・郵送交付1,500円/オンライン請求・窓口交付1,470円
検索の方法氏名または名称の前方一致、かつ住所が「市区町村まで一致」または「末尾5文字が一致」。過去の氏名・住所、法人の会社法人等番号(完全一致)も検索条件に加えられる
対象外となる例表題部所有者のみが記録されている不動産、登記簿がコンピュータ化されていない不動産
出典:法務省「所有不動産記録証明制度について」よりホテルバンク編集部作成

取得を検討する側から見て最も重要なのは、請求できるのが名義人本人と相続人等に限られる点である。再生スポンサーや金融機関が第三者として直接請求することはできないため、実務では売り手側のオーナーや相続人から委任を受けて請求する、あるいはオーナーの顧問である司法書士・税理士が手続きを担う形になる。デューデリジェンスの初期段階で「所有不動産記録証明書の提出」を売り手への依頼事項に加えておくと、後工程の確認範囲を早く確定しやすい。

同じ時期に動いた登記ルール — 相続登記・住所変更・国庫帰属

この制度は単独で導入されたものではなく、所有者不明土地の解消に向けた民法・不動産登記法の一連の改正の一部である。宿泊資産の承継を考えるうえでは、次の3つをあわせて押さえておきたい。

第一に、相続登記の申請義務化が2024年4月1日に始まっている。相続で不動産を取得したことを知った日から3年以内に相続登記をすることが法律上の義務になり、正当な理由なく怠った場合は10万円以下の過料の対象となりうる。施行日より前に相続した不動産も対象で、2027年3月31日までの登記が求められる。期限内に相続人であることを申し出る「相続人申告登記」という簡易な手続きも設けられたが、遺産分割が成立した後の登記には使えない。

第二に、住所等変更登記の義務化が2026年4月1日に施行された。所有権の登記名義人の氏名・住所(法人は名称・住所)に変更があった場合、変更日から2年以内の登記が必要になり、正当な理由なく怠れば5万円以下の過料の対象となりうる。施行日前の変更も対象で、2028年3月末までの登記が求められる。所有不動産記録証明の検索は登記記録上の住所と照合するため、住所変更の登記が進むほど一覧の網羅性も上がる関係にある。

第三に、相続土地国庫帰属制度(2023年4月27日開始)は、宿の承継では選択肢になりにくい。法務省の概要では「建物がある土地」は申請の段階で却下される要件に挙げられており、担保権が設定されている土地、境界が明らかでない土地も同様である。審査手数料は土地1筆あたり14,000円だが、本館や別館が建つ敷地は建物を解体しない限り対象にならない。つまり建物付きの宿は、国に引き取ってもらう出口ではなく、誰かが引き継いで使うことを前提に権利を整える必要がある。ここに、再生スポンサーにとっての承継余地がある。

宿泊資産で名寄せが効く構造 — 別筆・別名義・共有持分

旅館の敷地は、創業時から一体で登記されているとは限らない。客室を増やすたびに隣地を買い足し、別館を建て、駐車場や従業員寮を確保してきた宿では、利用上は一つの施設でも登記上は多数の筆と建物に分かれ、名義も時期によって異なることが多い。以下は典型的な構造を示すための仮想例である。

表2 仮想例「東北の温泉旅館A・24室」の権利構造
用途登記の単位名義(仮想)名寄せで見つかるか
本館土地2筆・建物1棟運営法人法人名で検索すれば一覧に載る
別館(増築部分を含む)建物1棟(増築部分は未登記)先代登記済み部分は相続人の請求で載る。未登記の増築部分は載らない
駐車場土地1筆先々代登記上の住所が古い場合、現住所での検索では漏れうる
従業員寮土地1筆・建物1棟先代相続人の請求で載る
源泉地土地1筆親族4名の共有各共有者の名義で載るが、持分の割合は登記事項証明書で確認
進入路土地1筆近隣住民との共有宿側の名義人の一覧に載るが、他の共有者の状況は別途確認
出典:ホテルバンク編集部作成(典型構造を示す仮想例であり、特定の施設ではありません)

この仮想例では、利用上ひとつの宿が、土地6筆・建物3棟、名義人は法人を含めて少なくとも3系統に分かれている。源泉地の権利形態は施設の価値に直結するため、源泉の保有形態とバリュエーションの論点と合わせて確認したい。共有持分は相続のたびに細分化しやすく、所在が分からない共有者が一人いるだけで、売却や大規模改修の意思決定が止まりうる。

この点については、2023年4月1日施行の民法改正で共有制度が見直されている。所在等が分からない共有者がいる場合、他の共有者は地方裁判所の決定を得て、その持分を取得したり、その持分を含めた不動産全体を第三者へ譲渡したりできるようになった。手続きには時間がかかるため、後述の試算ではこうしたケースを「権利整理24ヶ月」として扱っている。

所有不動産記録証明書でできること

  • 名義人単位で、全国に散らばる登記済み不動産を一覧にする
  • 被相続人名義のまま残っている筆・建物を相続人側から洗い出す
  • 法人名義の不動産を、法人名での請求によりまとめて確認する
  • 名寄帳(市区町村ごと)を複数自治体に請求する手間を減らす

別の資料で確認が必要なこと

  • 共有持分の割合、抵当権などの担保の内容 → 登記事項証明書
  • 筆の形状・隣地との位置関係 → 公図・地積測量図
  • 未登記の建物・増築部分 → 名寄帳、現地調査
  • 旧住所・旧姓で登記された物件 → 過去の氏名・住所を検索条件に加えて請求(それを証する戸籍・住民票等が必要)
  • 境界・越境・接道 → 測量、現地確認

旅館ストックの規模感 — 旅館営業は20年で44%減

名寄せの対象になりうる宿は、どの程度あるのか。厚生労働省「衛生行政報告例」によると、2024年度末の旅館業は98,338施設で、前年度から4,863施設(5.2%)増えた。内訳は旅館・ホテル営業が52,946施設(前年度比3.7%増)、簡易宿所営業が44,901施設(同7.1%増)である。全体としては増加基調にあるが、増えているのはホテルと簡易宿所が中心とみられる。

旅館とホテルが別々に集計されていた2017年度までの長期系列を見ると、構造の変化がはっきりする。旅館営業の施設数は1997年度の68,982施設から2017年度の38,622施設へ、20年で44.0%減った。客室数も982,228室から688,342室へ29.9%減っている。一方、ホテル営業は同じ期間に7,769施設から10,402施設へ増えた。2018年の旅館業法改正で両者は「旅館・ホテル営業」に統合されたため、以降の旅館単独の施設数は公表されていない。

出典:厚生労働省「衛生行政報告例」(付表 旅館業数,年次別)よりホテルバンク編集部作成。2018年度以降は旅館営業・ホテル営業が統合されたため系列なし

減った約3万施設の多くは、営業廃止の届出を経て土地建物が別用途に転じたものと考えられるが、営業を止めたまま建物と権利関係だけが残っている宿も含まれうる。こうした施設は、統計上の施設数からも予約サイト上からも見えにくい一方で、名義の整理さえ進めば再生の入口になりうる資産でもある。旅館業の許可と廃止の年次の動きは、旅館業のネット供給の分析で詳しく扱っている。

販売が確認できる旅館は月次最大で46.7% — 主要予約サイト掲載ベース

メトロエンジンリサーチが整備する宿泊施設データのうち、旅館に分類され、所在都道府県が特定できる施設は15,585施設(登録客室数の合計265,195室)ある。これを分母に、主要予約サイト掲載ベースで各月に販売価格が確認できた旅館の数を都道府県別に数えた。2025年9月〜2026年8月の12ヶ月で、各都道府県の月次最大値を合計すると7,277施設で、登録施設の46.7%にあたる。

裏返すと、少なくとも単月ベースでは主要予約サイトでの販売が確認できない旅館が最大で約8,300施設ある。ただし、この中には直販や電話予約だけで営業している宿、季節営業の宿なども含まれる。販売が確認できないことは休業や廃業を意味するものではなく、あくまで「予約サイト上では見えない宿の上限規模」として読む必要がある。

出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(主要予約サイト掲載ベース、旅館に分類される施設、2024年9月〜2026年8月、全国の月次販売確認施設数)

全国の月次販売確認施設数は、直近24ヶ月で6,490施設(2025年12月)から7,209施設(2026年7月)の間で動いている。2026年8月は7,191施設で、前年同月(6,657施設)を8.0%上回った。季節営業や販売チャネルの切り替えによって、同じ宿でも掲載が現れたり消えたりすることが、この振れ幅に表れている。

出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(主要予約サイト掲載ベース、2025年9月〜2026年8月の月次最大値÷旅館として登録のある施設数。登録100施設未満の沖縄県を除く46都道府県)

都道府県別に見ると、販売確認率は佐賀県(72.5%)、京都府(71.8%)、大分県(65.0%)が高く、香川県(32.6%)、山口県(30.4%)、青森県(29.8%)が低い。販売確認率が高い地域は、予約サイトでの集客が定着した温泉地や観光地を多く抱える。一方、確認率が低い地域は、直販・地域の常連客・団体を主な販路とする宿が多い可能性に加え、予約サイトに載っていない宿の中に再生の余地を持つ資産が残っている可能性もある。どちらの読み方が当てはまるかは、地域ごとに現地で確かめるしかない。

出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(円の大きさ=旅館として登録のある施設数、色=月次販売確認率。都道府県庁所在地に配置、N=15,585施設)

客室規模の分布も確認しておく。客室数が登録されている旅館14,920施設のうち、10室以下が6,808施設(45.6%)、11〜20室が4,610施設(30.9%)、21〜40室が2,161施設(14.5%)、41〜100室が1,120施設(7.5%)、101室以上が221施設(1.5%)である。中央値は12室で、30室以上は2,178施設(14.6%)にとどまる。後段の試算で30室の旅館を想定するのは、個人オーナーの小規模な宿よりも、再生スポンサーや地域金融機関が案件として検討しやすい規模帯だからである。

出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(旅館に分類され客室数が登録されている施設、N=14,920施設。客室数未登録の1,309施設を除く)

取得前チェックリスト — 5段階の確認と公表手数料

権利関係の確認は、①名寄せ、②登記事項、③現況(境界・越境・接道)、④許認可、⑤担保の順に進めると手戻りが少ない。名寄せで対象不動産の範囲を確定させてから登記事項を取り寄せ、登記と現況の差を測量や現地調査で埋め、そのうえで許認可の引継ぎ方と担保の外し方を設計する流れである。各段階で法務局に支払う手数料は、公表されている金額で次のとおりである。

表3 取得前チェックリストと公表手数料(2026年9月時点)
段階確認するもの主な書類・手続き公表手数料
① 名寄せ名義人ごとの登記済み不動産の範囲所有不動産記録証明書(書面/オンライン郵送/オンライン窓口)1,600円/1,500円/1,470円(検索条件1件)
① 名寄せ相続関係の証明法定相続情報一覧図の写し無料
② 登記事項所有者・持分・権利の履歴登記事項証明書(書面/オンライン郵送/オンライン窓口)600円/520円/490円(1通)
② 登記事項内容の下見(証明力なし)登記情報提供サービス(全部事項/所有者事項)331円/141円(1件)
③ 現況筆の形状・隣地・建物配置地図・公図、地積測量図・建物図面の証明書(書面/オンライン郵送/オンライン窓口)500円/470円/440円(1筆・1個の建物)
③ 現況境界・越境・接道境界確定測量、現地調査案件ごとの見積
④ 許認可旅館業の許可、温泉利用の許可など所管自治体への照会・申請自治体ごとに異なる
⑤ 担保抵当権・根抵当権の設定状況登記事項証明書(権利部乙区)、金融機関との協議②に含む
参考名義を相続人へ移す相続登記(登録免許税)固定資産税評価額×0.4%
参考建物のない土地を国へ引き渡す相続土地国庫帰属の審査手数料(建物がある土地は却下)14,000円(1筆)
出典:法務省・法務局の公表資料(登記手数料は2025年4月1日改定後の額)よりホテルバンク編集部作成。最新の金額は各法務局の案内を確認のこと

表2の仮想例(土地6筆・建物3棟、名義3系統)に当てはめると、所有不動産記録証明書3件(4,800円)、登記事項証明書9通(5,400円)、公図の証明6筆分(3,000円)、建物図面3棟分(1,500円)、地積測量図6筆分(3,000円)で、法務局への手数料は合計17,700円程度になる。旧住所での追加検索を数件加えても数万円の範囲に収まる。

つまり、権利確認で大きいのは公的な手数料ではなく、司法書士・土地家屋調査士の報酬、測量費、そして相続人全員の合意形成にかかる時間である。許認可の引継ぎについては、2023年の旅館業法改正で事業譲渡による営業者の地位の承継が可能になっており、旅館業法の要点とあわせて設計したい。改修を伴う場合は確認申請が必要になる条件も工程表に入れておく必要がある。

投資判断への接続 — 30室旅館で権利整理期間を変えた試算

権利整理にかかる時間が投資判断にどう効くかを、30室の旅館を再生取得する仮定モデルで試算する。単価は、全国の旅館の推定成約ADR(2025年9月〜2026年8月、都道府県別中央値を施設数で加重平均)が約15,100円(延べN=80,052施設月、月平均6,671施設)であることを踏まえ、改修後の単価の伸びしろを見込んで18,000円とした。稼働率は、観光庁「宿泊旅行統計調査」の旅館の客室稼働率が2025年の年間確定値で38.2%であることから、再生後の運営改善を見込んで45%とした。

表4 試算の前提(すべて仮定値)
項目前提根拠・考え方
客室数30室旅館の上位14.6%に入る規模帯
ADR18,000円全国の旅館の推定成約ADR約15,100円に改修後の上振れを想定
客室稼働率45%観光庁の旅館実績38.2%(2025年確定値)に運営改善を想定
年間客室売上8,870万円30室×18,000円×45%×365日
GOP率15%仮定値(旅館は料飲部門を抱えGOP率が低めになりやすい)
年間GOP1,330万円客室売上×GOP率
取得価格5,000万円休眠旅館の土地建物一括取得を想定
改修費1億8,000万円1室あたり600万円
工期12ヶ月権利整理の完了後に着工
整理期間中の保有コスト年425万円固定資産税・保全管理300万円+取得資金の金利125万円(5,000万円×2.5%)
出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(ADR)、観光庁「宿泊旅行統計調査」(稼働率)よりホテルバンク編集部作成。GOP率・取得価格・改修費・保有コストは仮定値

権利整理の期間は、名義が法人に一本化されているケース(0ヶ月)、一代分の相続登記が残るケース(6ヶ月)、数代の相続で共有持分が細分化したケース(12ヶ月)、所在の分からない共有者がいて裁判所の手続きが必要なケース(24ヶ月)の4つを置いた。専門家報酬や測量などの実費は、それぞれ30万円、150万円、400万円、800万円と仮定した。

表5 権利整理期間別の試算結果
ケース整理期間追加コスト(実費+保有)総投資額投下資本利回り開業まで10年累計GOP回収率
A 法人に一本化0ヶ月30万円2億3,030万円5.78%12ヶ月52.0%
B 一代分の相続登記6ヶ月363万円2億3,363万円5.69%18ヶ月48.4%
C 共有持分が細分化12ヶ月825万円2億3,825万円5.58%24ヶ月44.7%
D 所在不明の共有者24ヶ月1,650万円2億4,650万円5.40%36ヶ月37.8%
出典:ホテルバンク編集部試算。投下資本利回り=年間GOP÷総投資額。10年累計GOP回収率=取得後10年間に稼働できる年数×年間GOP÷総投資額
出典:ホテルバンク編集部試算(30室旅館の仮定モデル)

結果を見ると、整理期間が0ヶ月から24ヶ月に延びても、投下資本利回りは5.78%から5.40%へ0.38ポイント下がるだけである。追加コスト1,650万円は総投資額の7%程度で、分母への影響は限られる。これに対して、取得から10年間で回収できる累計GOPの比率は52.0%から37.8%へ14.2ポイント下がる。開業が24ヶ月遅れる分、稼働できる年数が9年から7年に減るためである。

この差は、ファンドの運用期間や融資の返済計画が固定されている場合に大きくなる。取得前に所有不動産記録証明書で名義の範囲を確定させ、ケースDに当たるかどうかを早い段階で見極められれば、価格交渉に整理期間を織り込むことも、整理が済むまで契約時期を後ろにずらすこともできる。名寄せの手数料が数千円でも、その判断が回収期間を年単位で左右しうる点に、この制度を取得実務に組み込む意味がある。

表6 感度分析:ADR×客室稼働率別の投下資本利回り(ケースC・整理12ヶ月)
ADR \ 稼働率38.2%(2025年旅館実績)45%(基本ケース)55%
15,000円3.95%4.65%5.69%
18,000円(基本ケース)4.74%5.58%6.83%
21,000円5.53%6.51%7.96%
出典:ホテルバンク編集部試算(GOP率15%、総投資額2億3,825万円で固定)

感度分析では、単価と稼働率の組み合わせによって利回りは3.95%から7.96%まで開く。権利整理期間の違いによる利回りの差(最大0.38ポイント)より、再生後の運営で単価と稼働をどこまで引き上げられるかのほうが利回りへの影響は大きい。ただし、その運営改善を始められる時期を決めるのが権利整理である。保有期間中の固定資産税の水準はホテルの固定資産税と利回りの関係で、出口の設計は売却時の手取り試算で扱っている。

試算の留意点:本試算は客室売上のみを対象とし、料飲・宴会売上、公租公課の詳細、減価償却、税金、借入の元本返済は含めていない。取得価格・改修費・保有コスト・整理期間ごとの実費は説明のための仮定値であり、実際の案件では建物の状態、源泉の権利、所在地の市場によって大きく異なる。ADRは調査時点までに確定した月の推定値に基づく。実際の投資判断には個別のデューデリジェンスが必要である。

読者別の使いどころ

再生スポンサー・小口ファンドにとっては、売り手への初期依頼事項に所有不動産記録証明書を加えることで、対象不動産の範囲を契約前に確定しやすくなる。旧住所での検索を含めて請求してもらえば、漏れやすい駐車場や進入路の筆も拾いやすい。

承継を控えるオーナーの顧問(税理士・司法書士)にとっては、相続登記の期限(施行日前の相続は2027年3月31日まで)と住所等変更登記の期限(施行日前の変更は2028年3月末まで)が重なる時期に、名義の棚卸しをまとめて進める契機になる。名義が整っている宿は、売却・事業譲渡・親族内承継のいずれを選ぶ場合も選択肢が広がる。

宿泊業に貸出を持つ地銀・信金にとっては、担保に取っている筆と実際に営業に使っている筆が一致しているかを見直す材料になる。担保外の筆に駐車場や源泉地が残っていれば、事業再生や売却の局面で調整が必要になるためである。

用地を探す開発事業者にとっては、予約サイト上で販売が確認できない旅館が各地に一定数あるという事実が、相対取引の候補を探す手がかりになる。ただし、請求権者は名義人と相続人等に限られるため、オーナー側との関係づくりが先に来る。

まとめ

所有不動産記録証明制度は、名義人本人と相続人等が、全国に散らばる登記済み不動産を1件1,600円(書面)で一覧にできる制度として2026年2月2日に始まった。別館・駐車場・寮・源泉地・進入路が別の筆・別の名義で残りやすい旅館では、取得や承継の最初の工程を短くする効果が期待できる。一方で、検索は氏名の前方一致と登記上の住所の一致を条件に行われるため、過去の住所を検索条件に加えなければ旧住所のままの物件は漏れうるうえ、未登記の増築部分は拾えない。登記事項証明書、公図、名寄帳、現地調査と組み合わせることが前提になる。

旅館として登録のある15,585施設のうち、主要予約サイト掲載ベースで月次に販売が確認できるのは最大でも46.7%であり、予約サイトでは見えない宿が一定数ある。30室旅館の試算では、権利整理の期間が利回りの水準に与える影響は小さいが、稼働できる年数を削ることで10年累計の回収率を大きく動かす。名義の確認を取得プロセスの最初に置くことが、休眠した宿を再生の入口に変えるための実務的な一歩になる。

集計方法

  • 旅館として登録のある施設数:メトロエンジンリサーチが整備する宿泊施設データで旅館に分類される16,229施設のうち、住所から都道府県を特定できた15,585施設(2026年9月16日時点)。
  • 客室規模の分布:旅館に分類される16,229施設のうち客室数が登録されている14,920施設(都道府県を特定できない施設を含むため、15,585施設とは母集団が異なる)。
  • 月次販売確認施設数:主要予約サイト掲載ベースで当該月に2名1室の販売価格が確認できた旅館の数を、都道府県別に集計し合算(2024年9月〜2026年8月)。販売確認率は、2025年9月〜2026年8月の都道府県別月次最大値を登録施設数で割った値。
  • 推定成約ADR:旅館カテゴリの都道府県別中央値を、各月の対象施設数で加重平均(2025年9月〜2026年8月、延べ80,052施設月)。
  • 公表手数料・制度内容は2026年9月16日の調査時点で法務省・法務局の公表資料により確認した。

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参考資料・出典一覧

■ データソース

制度・手数料は法務省・各地方法務局の公表資料(2026年9月16日確認)、旅館業の施設数は厚生労働省「衛生行政報告例」、旅館の客室稼働率は観光庁「宿泊旅行統計調査」(2025年確定値)。旅館の登録施設数(N=15,585施設)、月次販売確認施設数(2024年9月〜2026年8月)、推定成約ADR(2025年9月〜2026年8月、延べ80,052施設月)はメトロエンジンリサーチ&コンサルティングの主要予約サイト掲載ベースの集計。

■ 試算前提

30室・ADR 18,000円・客室稼働率45%・GOP率15%(年間GOP 1,330万円)、取得価格5,000万円、改修費1億8,000万円、工期12ヶ月、整理期間中の保有コスト年425万円。権利整理期間は0・6・12・24ヶ月、実費は30万・150万・400万・800万円と置いた。投下資本利回り=年間GOP÷総投資額、10年累計GOP回収率=取得後10年間の稼働年数×年間GOP÷総投資額。いずれも説明のための仮定値。

■ 限界・留意点

販売確認施設数は直販・電話予約のみの施設を含まず、販売が確認できないことは休業・廃業を意味しない。都道府県別の販売確認率は月次最大値ベースで、登録100施設未満の沖縄県を除く。試算は客室売上のみを対象とし、料飲・宴会売上、減価償却、税金、借入の元本返済を含まない。推定成約ADRは推定値で、個別施設の実績とは異なる。

■ 市場データ

■ 制度・法令(法務省・法務局)

■ 政府統計

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