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事業承継税制の期限は2027年12月|旅館ADR+32%と自社株評価、売却圧力の構造

投稿日 : 2026.09.08

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投資・開発

事業承継税制の期限は2027年12月|旅館ADR+32%と自社株評価、売却圧力の構造

2026年度(令和8年度)税制改正で、法人版事業承継税制の特例承継計画の提出期限が2027年9月30日まで延長された。しかし延びたのは「計画を出す」期限だけである。贈与・相続そのものの適用期限は2027年12月31日のまま据え置かれた。計画提出から実行までの猶予は、わずか3か月しか残されていない。

本稿の主語は、物件でも立地でもない。株式である。誰がその宿の株を持ち続けられるかが、その宿が数年後にM&A市場へ出てくるかどうかを決めている。メトロエンジンリサーチが集計した旅館7,741施設・179,897室のデータと、上場ホテルREITの公表実績を突き合わせながら、税制側の条件を投資家・承継支援者の視点で読み解く。

既刊との線引き:HotelBankの既刊記事を検索した範囲では、「事業承継税制」「納税猶予」「特例承継計画」「経営承継円滑化法」を軸に据えた記事は本稿が初出である。既刊の温泉旅館の買収上限価格の逆算買い手のバリューアップ論、老舗旅館の事業承継は倒産・後継者統計の構造論、相続税路線価が迫る宿の資本再編不動産の評価額の話である。本稿が扱うのはその一段上のレイヤー、すなわち法人の株式(自社株評価と納税猶予)であり、売り手が「そもそも売らずに済むか」を決める条件を対象とする。

本記事における指標の定義

  • ADR(平均客室単価):各施設がOTA等で公開する最安プラン水準(2名1室利用時・1室あたり料金・税込)に業態別の補正係数を適用して算出した推定成約単価(税抜相当)。上場ホテルREITが開示する物件別実績との照合(91施設・直近3か月間)で誤差中央値は約7%。推定値であり、各施設の実際の成約価格・会計数値とは異なります。エリア単位のADRは対象施設の中央値(エリアの標準的な施設の水準)。
  • OCC(客室稼働率):本稿で旅館の稼働率として引用する38.2%(2025年通年)は観光庁「宿泊旅行統計調査」2025年(令和7年)年間値(確定値)の施設タイプ別客室稼働率。REITの稼働率は各投資法人が月次で公表した値です。
  • 自社株評価額:取引相場のない株式の相続税評価額。類似業種比準方式・純資産価額方式またはその併用で算定されます。本稿の試算値は仮定に基づく参考値であり、個別の評価額は税理士による算定が必要です。
  • データ出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング、観光庁、中小企業庁、各投資法人月次開示
Key Takeaways
  • 延びたのは計画期限だけ。特例承継計画の提出期限は2027年9月30日へ1年6か月延長されたが、贈与・相続の適用期限は2027年12月31日で据え置き。実行までの猶予は3か月しかない。
  • 推定成約ADR +32.1%(2019年下期→2025年下期)。営業レバレッジの高い旅館では単価+23.7%が営業利益+79%に相当し、そのまま自社株評価を押し上げる。
  • 運営中の旅館7,741施設の63.6%が19室以下。「常時使用従業員5人以上(生計を一にする親族を除く)」という入口要件で、承継の難度が最も高い層ほど判定の焦点になる。
  • 自社株評価額3億円・猶予なしなら営業利益の約9.7年分。後継者は相続開始から10か月以内にこの現金を用意する必要があり、実効税率が45%なら約10.9年分まで伸びる。
  • 特例措置は出口まで設計されている。承継後に第三者へ譲渡すれば譲渡時株価で税額を再計算できる。承継と売却は排他ではなく時間軸で並ぶ — その自由度の期限が2027年12月31日。

残された時間は16か月 — 計画期限は延びたが、実行期限は動かなかった

贈与・相続の適用期限
2027/12/31
本稿執筆時点から約16か月
特例承継計画の提出期限
2027/9/30
令和8年度改正で1年6か月延長
計画提出→実行の猶予
3か月
実務上のボトルネック
旅館の推定成約ADR上昇
+32.1%
2019年下期→2025年下期
集計対象の旅館
7,741
施設・179,897室

法人版事業承継税制の特例措置は、2018年に10年間の時限立法として創設された制度である。非上場株式の贈与・相続にかかる税額の全額(100%)を猶予し、後継者が次の代へ引き継ぐまで納税を先送りできる。一般措置(恒久制度)が総株式数の3分の2までかつ相続税は課税価格の80%までしか猶予しないのと比べ、効果の差は大きい。

2026年度税制改正では、この特例措置を使うための入口である特例承継計画の提出期限が2026年3月31日から2027年9月30日へ、1年6か月延長された(個人版事業承継計画は2028年9月30日まで)。ここだけを見れば「まだ時間がある」と読める。ところが、税制の適用対象となる贈与・相続の期限は2027年12月31日のまま変更されていない。計画を出してから実際に株式を動かすまで、制度上は3か月しか間がない。

実務でこの3か月が意味するところは重い。特例承継計画には認定経営革新等支援機関の所見が必要で、その前提として株価算定、後継者の確定、種類株式や遺留分への手当て、金融機関との調整が並ぶ。加えて贈与を選ぶなら、贈与の年の翌年1月15日までに都道府県知事の認定申請を行う必要がある。逆算すると、実質的な意思決定のデッドラインは2027年前半にある。本稿執筆時点(2026年8月末)から数えて、およそ16か月である。

特例措置と一般措置の主な違い(法人版事業承継税制)
法人版事業承継税制の特例措置と一般措置の主な違いを項目別に比較した表
項目特例措置(2027年12月31日までの贈与・相続)一般措置(恒久制度)
事前の計画提出特例承継計画が必要(2027年9月30日まで)不要
対象株式数取得した全株式総株式数の3分の2まで
相続税の猶予割合100%課税価格の80%
贈与税の猶予割合100%100%(対象は3分の2まで)
実効的な猶予カバー率(相続)100%約53%(3分の2×80%)
雇用確保要件5年平均8割を下回っても、理由を報告すれば継続可5年平均8割の維持が必須
承継パターン複数の株主から最大3人の後継者へ複数の株主から1人の後継者へ
経営環境変化に応じた減免あり(譲渡・合併・解散時の再計算)なし
出典:中小企業庁「法人版事業承継税制(特例措置)」、財務省「令和8年度税制改正の大綱」よりメトロエンジンリサーチ&コンサルティング作成

注目すべきは最下段の「経営環境変化に応じた減免」である。特例措置では、猶予を受けた後に会社を第三者へ譲渡した、あるいは合併・解散したという場合、その時点の株価で税額を再計算し、当初評価額との差額を免除できる。つまり特例措置は「承継したあとで売る」という出口まで含めて設計されている。一般措置にこの仕組みはない。承継か売却かの二者択一に見える論点が、特例措置では「まず承継し、環境が変わったら売る」という時間差の選択肢に変わる。ここが、2027年12月末までに手を打つかどうかで最も差がつく部分である。

収益の回復が、そのまま自社株の評価額を押し上げている

ここで宿側のデータに移る。メトロエンジンリサーチが旅館比率の高い15道県(長野・静岡・大分・群馬・石川・新潟・兵庫・栃木・神奈川・北海道・岐阜・和歌山・三重・山形・福島)で集計した旅館の推定成約ADRは、2019年下期の¥12,400から2025年下期は¥16,400へ、+32.1%上昇した(N=約4,000施設、施設数加重平均)。年平均で見ても2022年の¥12,700から2025年は¥15,700へ、3年で+23.7%である。

旅館の推定成約ADR 月次推移(旅館比率の高い15道県・施設数加重平均)
出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(N=3,400〜4,498施設/月、2026年は7月まで) ※2019年は下期のみ集計可能

この上昇は全国一様ではない。県別に2022年平均と2025年平均を比べると、北海道(+31.9%)、神奈川(+30.9%)、長野(+30.6%)が3割前後の伸びを示す一方、栃木(+14.9%)、山形(+16.8%)、和歌山(+17.7%)は1割台後半にとどまる。地価と同様に、収益力の回復にも地域差がある。

県別・旅館の推定成約ADR上昇率(2022年平均→2025年平均)
出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(各県N=106〜520施設、年平均は月次の単純平均)
県別・旅館の推定成約ADRと集計施設数
旅館比率の高い15道県について、2022年平均と2025年平均の推定成約ADRおよび上昇率・集計施設数を示した表
都道府県2022年平均ADR2025年平均ADR上昇率集計施設数(2025年)
北海道¥6,900¥9,100+31.9%273
神奈川県¥16,100¥21,000+30.9%268
長野県¥9,900¥12,900+30.6%520
群馬県¥12,100¥15,600+29.0%286
岐阜県¥11,700¥14,800+26.3%236
新潟県¥11,000¥13,800+25.0%242
大分県¥14,500¥18,100+24.8%311
静岡県¥15,100¥18,400+22.2%450
兵庫県¥18,100¥22,200+22.2%287
三重県¥14,100¥17,100+21.4%212
福島県¥8,700¥10,400+18.9%237
石川県¥15,900¥18,700+17.9%110
和歌山県¥11,500¥13,500+17.7%106
山形県¥11,100¥13,000+16.8%184
栃木県¥14,400¥16,500+14.9%209
出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング ※本文中の金額は百円単位に丸めています

さて、この収益回復と自社株評価はどう結びつくのか。取引相場のない株式の相続税評価は、類似業種比準方式と純資産価額方式(またはその併用)で行われる。類似業種比準方式では、配当・利益・簿価純資産の3要素を業種平均と比べるため、利益が増えれば評価額は素直に上がる。純資産価額方式でも、土地の含み益と利益剰余金の蓄積がそのまま評価に乗る。つまり収益が戻れば、両方の評価方式で株価が上がる構造にある。

さらに、旅館業は営業レバレッジが極めて高い。人件費・減価償却・修繕・水光熱の固定分が費用の大半を占めるため、単価が数%上がるだけで営業利益は倍近く動く。以下は、平均的な規模の旅館を想定した指数ベースの試算である。

モデル旅館の損益試算(30室・地方温泉地・2食付主体を想定)
30室規模のモデル旅館について2022年と2025年の損益を比較した試算表
項目2022年2025年変化
年間販売室数(30室×365日×稼働率38.2%〈2025年通年〉)4,183室4,183室±0
推定成約ADR(15道県composite)¥12,691¥15,696+23.7%
売上高53.1百万円65.7百万円+23.7%
変動費(売上比25%)13.3百万円16.4百万円+23.7%
固定費(人件費・修繕・減価償却ほか)32.9百万円36.9百万円+12.0%
営業利益6.9百万円12.4百万円+79%
営業利益率13.0%18.9%+5.9pt
試算の前提:稼働率は観光庁「宿泊旅行統計調査」2025年(令和7年)年間値(確定値)の旅館38.2%を両年に適用し、単価変動の効果のみを取り出したもの。変動費率25%、固定費は2022年売上の62%とし2025年は人件費・エネルギー上昇を織り込んで名目+12%と仮定。ADRはメトロエンジンリサーチ&コンサルティング。実在する特定の施設の数値ではありません。

単価が+23.7%動いただけで、営業利益は+79%になる。類似業種比準方式で利益要素が3分の1のウェイトを持つことを踏まえれば、この3年で旅館法人の自社株評価額は、経営者が何も特別なことをしなくても相当に切り上がっていることになる。国税庁が公表する業種目別株価も、令和7年分は多くの業種で高値圏にある。収益の回復は経営にとって望ましい変化だが、承継の設計という一点においては、時間の経過とともに難度が上がる方向に作用している。

旅館だけが直面する入口条件 — 資産保有型会社と「従業員5人」の線引き

もう一つ、旅館・ホテル法人に固有の論点がある。事業承継税制は資産保有型会社・資産運用型会社を対象から外している。特定資産(有価証券、自ら使用していない不動産、現預金など)が総資産の帳簿価額の70%以上を占める会社が資産保有型会社にあたる。土地と建物という重い資産の上に成り立つ旅館業は、貸借対照表の形だけを見れば、この定義に近づきやすい。

ただし救済規定がある。次の3つをすべて満たせば、形式的に資産保有型会社に該当しても事業実態があるものとして制度の対象になる。

① 事業の継続

贈与・相続の日まで3年以上継続して、商品の販売、資産の貸付け、役務の提供などを行っていること。

② 従業員5人以上

常時使用従業員が5人以上いること。経営者本人と生計を一にする親族は、この人数に算入されない。

③ 固定施設の保有

事務所・店舗・工場など事業に必要な固定施設を所有または賃借していること。

③は旅館なら当然に満たす。①も長く営業していれば問題にならない。実務上の分岐点は②の「常時使用従業員5人以上」である。ここで効いてくるのが、生計を一にする親族が人数にカウントされないという点だ。夫婦と親世代で回している家族経営の宿の場合、名簿上は6人働いていても、制度上の常時使用従業員は0人ということが起こりうる。

では、その規模の宿はどれくらいあるのか。メトロエンジンリサーチが把握する範囲で、運営中の旅館7,741施設・179,897室を客室規模別に分解した。

運営中の旅館 客室規模別の構成(施設数ベースと客室数ベース)
出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(N=7,741施設・179,897室、客室数が登録されている運営中の旅館)

19室以下の宿が4,921施設・全体の63.6%を占める。うち9室以下が2,066施設(26.7%)である。一方でこの63.6%が抱える客室は52,232室、全体の29.0%にとどまる。施設数では圧倒的多数だが、供給量では3割弱という分布だ。

客室規模と従業員数は一対一で対応するものではないため、19室以下の宿がそのまま「従業員5人未満」になるわけではない。2食付で通し営業をする旅館は労働集約的で、10室規模でも数名の雇用を抱えることは珍しくない。それでも、小規模であるほど家族労働の比率が高く、②の要件が判定の焦点になりやすいという関係は残る。制度の入口で確認すべき順序は明確である。

承継設計で最初に確認する3点
1. 自社の貸借対照表で、特定資産が総資産の帳簿価額の70%以上を占めていないか(該当するなら事業実態要件の判定へ)。
2. 常時使用従業員(生計を一にする親族を除く)が5人以上いるか。社会保険の被保険者記録で確認する。
3. 直近3年間、資産の貸付けなど特定の収入が総収入金額の75%以上になっていないか(資産運用型会社の判定)。
このうち一つでも判定が微妙なら、2027年9月30日の計画提出期限から逆算して、認定支援機関への相談を前倒しする必要がある。

ここに構造的なねじれがある。承継の難度がもっとも高いのは小規模で家族経営の宿であり、その層こそ制度の入口要件でつまずきやすい。逆に、従業員を数十人抱える中規模以上の旅館法人は要件を満たしやすく、100%猶予という制度の恩恵をフルに受けられる。制度の効き方は、規模によってはっきり分かれる。承継の設計が間に合わなかった宿がどこで退出しているかは、黒字のまま廃業に至る事例の地理的な偏りを追ったゼロゼロ融資×旅館倒産89件の分析が参考になる。

猶予の有無で手取りはどう変わるか — 営業利益の何年分が納税に回るか

制度を使えた場合と使えなかった場合で、後継者が背負う金額はどれだけ違うのか。自社株評価額を3水準に置き、株式部分にかかる相続税の実効税率を40%と仮定した試算が以下である。

相続時の納税額シナリオ(自社株評価額別・実効税率40%と仮定)
自社株評価額別に、猶予なし・一般措置・特例措置それぞれの相続税額を比較したシナリオ表
自社株評価額猶予なし一般措置(実効53%猶予)特例措置(100%猶予)猶予なし時の負担=モデル旅館の営業利益
2億円8,000万円3,740万円0円約6.5年分
3億円1億2,000万円5,600万円0円約9.7年分
5億円2億円9,340万円0円約16.1年分
試算の前提:株式部分の実効相続税率を40%と仮定。一般措置の猶予カバー率は「総株式数の3分の2×課税価格の80%=53.3%」で算出。営業利益は前掲モデル旅館の2025年値12.4百万円。実際の税額は他の相続財産・法定相続人数・各種控除により大きく変わります。出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング試算

右端の列が本稿の要点である。自社株評価額が3億円の宿で猶予が使えなければ、後継者は営業利益の約10年分に相当する現金を、相続開始から10か月以内に用意しなければならない。株式は非上場で換金性がない。手元にその現金がなければ、残る選択肢は限られる。金融機関からの借入(経営承継円滑化法の金融支援を使えば、日本政策金融公庫の特別利率や信用保証の別枠が利用できる)、物納、あるいは会社そのものの譲渡である。

感度分析:猶予が使えない場合の納税額はモデル旅館の営業利益の何年分か(自社株評価額 × 実効相続税率)
自社株評価額と実効相続税率の組み合わせ別に、猶予が使えない場合の納税額がモデル旅館の営業利益の何年分に相当するかを示した感度分析表
自社株評価額実効税率30%実効税率35%実効税率40%実効税率45%実効税率50%
1億円2.4年2.8年3.2年3.6年4.0年
2億円4.8年5.6年6.5年7.3年8.1年
3億円7.3年8.5年9.7年10.9年12.1年
5億円12.1年14.1年16.1年18.1年20.2年
10億円24.2年28.2年32.3年36.3年40.3年
試算の前提:納税額=自社株評価額×実効相続税率。年数=納税額÷モデル旅館の2025年営業利益12.4百万円。網掛けは10年分以上のセル。実効税率は他の相続財産・法定相続人数・各種控除により大きく変動するため幅で示しています。出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング試算

本文で示した「営業利益の約10年分」は一点の値ではなく、評価額3億円・実効税率40%という組み合わせの上に立つ数字である。同じ3億円でも実効税率が45%なら約10.9年分、50%なら約12.1年分に伸びる。逆に評価額2億円・税率35%なら約5.6年分にとどまり、金融支援や分割払いで吸収できる射程に入る。網掛けを引いた10年分の線は、手元資金と借入で払い切れるか、会社そのものの譲渡を検討する側に回るかの分水嶺にあたる。自社の位置がこの線のどちら側にあるかは、評価額の現在値を把握しない限り確定しない。

ここで冒頭の論点に戻る。株を持ち続けられるかどうかが、その宿が市場に出てくるかどうかを決めている。宿の立地が良いか、建物が新しいか、単価が伸びているかという物件側の議論とは、別のレイヤーで供給が決まっているということである。むしろ収益が伸びている宿ほど評価額が上がり、猶予がなければ承継のハードルが高くなるという逆説がここにある。

猶予は免除ではない — 使ったあとに残る3つの制約

ただし、納税猶予は万能ではない。制度を選ぶ側が正しく見ておくべき点が3つある。

① 打ち切り時は利子税が付く

後継者が代表者でなくなる、株式を譲渡する、資産保有型会社に該当してしまうといった取消事由に触れると、猶予税額に加えて相続開始・贈与時からの利子税を納めることになる。猶予期間が長いほど利子税は積み上がる。

② 報告と届出が続く

申告期限後5年間は都道府県知事への年次報告と税務署への継続届出書、6年目以降も3年ごとの継続届出書が必要になる。事務を止めると猶予も止まる。

③ 株式が固定される

猶予対象株式は原則として後継者が持ち続ける前提になる。資本政策の自由度、たとえば外部資本の受け入れや部分譲渡の設計余地は狭くなる。

もっとも、特例措置には前述の「経営環境変化に応じた減免」がある。承継後に第三者へ譲渡する場合、譲渡時の株価で税額を再計算し差額を免除できるため、「まず猶予を使って承継し、時期を見て譲渡する」という二段構えが制度上想定されている。承継と売却を対立させずに時間軸で並べられる点は、投資家・アドバイザー側から見ても押さえておきたい設計である。一般措置にはこの再計算の仕組みがないため、2027年12月31日という期限は、選択肢の幅そのものの期限でもある。

制度の利用は着実に広がってきた。中小企業庁の資料によれば、特例措置の申請は創設以来おおむね年3,000件前後で推移し、2023年度は5,357件まで増えた。制度利用企業の従業員数で見ても、一般措置の期間(2009〜2017年)が累計約6万人だったのに対し、特例措置の期間(2018〜2023年)は約27万人に達している。期限が近づくほど、駆け込みで申請が積み上がる展開が想定される。

買い手はどこに値付けの根拠を置いているか

売り手側の税制条件が供給を決めるなら、買い手側は何を見て値を付けているのか。上場ホテルREITの公表実績と旅館の水準を並べると、その差はきわめて明快である。

旅館と上場ホテルREITの稼働率・単価・RevPAR(各主体の直近公表期間)
出典:旅館=メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(推定成約ADR・15道県composite 2025年平均)/観光庁「宿泊旅行統計調査」2025年(令和7年)年間値(確定値)の旅館客室稼働率38.2%(通年)。REIT=各投資法人が公表した月次運営実績(いちごホテルリート投資法人・インヴィンシブル投資法人・ジャパン・ホテル・リート投資法人は2026年7月、星野リゾート・リート投資法人は2026年6月)。集計期間が異なるため水準の直接比較には留意が必要です。

単価だけを見れば、旅館の推定成約ADR ¥15,700はインヴィンシブル投資法人が国内ホテル101物件で公表した¥15,100とほぼ同水準にある。差が出るのは稼働率で、REIT各社が74〜86%で運営しているのに対し、旅館全体の客室稼働率は38.2%(2025年通年・観光庁確定値)である。結果としてRevPARは約¥6,000対¥8,000〜¥18,000という開きになる。

この差の大半は、運営の巧拙ではなく業態そのものの構造から来ている。2食付・仲居付きの旅館は、平日と週末で需要が大きく振れ、料理の仕込みと配膳の人員配置から満室稼働を常態化しにくい。休館日を設ける宿も多い。つまり38.2%は「その業態における通常の水準」であって、都市型ホテルと同じ物差しで測る数字ではない。

一方で、買い手の投資家がこの差をアップサイドの源泉として読んでいることも事実である。同じ立地・同じ単価帯で稼働率を10ポイント引き上げられれば、RevPARは25%以上伸びる。素泊まりプランの追加、食事場所の集約、レストラン外販、貸切風呂の有料化といった運営設計の変更で、実際にこの伸びしろを取りにいく事例は増えている。日本不動産研究所の第54回不動産投資家調査(2026年4月現在)では、宿泊特化型ホテル(東京)の期待利回りが4.2%で2期連続横ばいとされる一方、地方の温泉旅館はこれをはるかに上回る利回りが求められる領域にある。都心ホテルとの利回りスプレッドが、地方旅館へ資本が向かう動機を作っている。後継者不在を起点に出てきた案件が実際にどう値付けされ、取得後にどこまで単価が伸びたかについては、旅館再生M&Aの経済学が実勢を追っている。

本稿で扱う税制の期限は、この資本フローに時間軸を与える。2027年12月31日までに株式を動かせた宿は、承継したうえで時期を選んで売却する自由度を持つ。動かせなかった宿は、次の相続が発生した時点で一般措置(実効53%猶予)の枠内で判断することになり、納税資金の制約が売却のタイミングを決めやすくなる。買い手から見れば、2028年以降に「税を起点とした案件」が出てくる可能性があるということである。

承継圧力が集中するエリア — 旅館数と小規模比率のマッピング

制度の入口要件で判定が微妙になりやすいのは小規模層である。旅館の絶対数が多く、かつ19室以下の比率が高い地域ほど、承継設計の相談が集中しやすい。上位20都道府県を地図に落とした。

旅館数上位20都道府県(円の大きさ=施設数/色の濃さ=19室以下の比率)
出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(運営中の旅館7,741施設) ※円の位置は各都道府県内の旅館の重心座標
小規模比率が高い上位エリア
19室以下の施設が占める比率が高い上位エリアと施設数を示した表
大分県(329施設)80.2%
熊本県(237施設)78.9%
福井県(172施設)76.2%
京都府(229施設)75.5%
岐阜県(281施設)72.2%
兵庫県(300施設)71.0%
19室以下の施設が占める比率
中規模層が厚い上位エリア
1施設あたり平均客室数が大きい上位エリアと施設数を示した表
石川県(172施設)平均34.0室
栃木県(210施設)平均34.1室
北海道(341施設)平均36.4室
岩手県(145施設)平均29.8室
1施設あたり平均客室数。従業員5人以上の要件を満たしやすい層が相対的に厚いエリア。

大分・熊本の湯布院や黒川周辺、京都、福井の芦原といった地域は、小規模な宿が高い密度で集まる。これらのエリアは1軒あたりの取引規模が小さい代わりに、案件数が出やすいという特性を持つ。地銀・信金にとっては面での支援設計が効き、M&Aアドバイザーにとっては複数軒をまとめた取得スキームが成立しやすい領域でもある。一方の石川・栃木・北海道は1施設あたりの規模が大きく、単独案件としての投資妙味と、制度の入口要件を満たしやすいという二つの条件が重なる。

意思決定フレーム — 16か月で何をどの順番に確認するか

読者の立場ごとに、2027年12月31日までに詰めるべき論点は異なる。

立場別・2027年12月末までに確認すべきことと到達点
読者の立場別に、最初に確認すべき事項と2027年前半までの到達点を整理した表
立場最初に確認すること2027年前半までの到達点
旅館・ホテル法人のオーナー経営者自社株評価額の現在値。直近3年の利益増加が評価にどれだけ乗っているかを税理士に試算させる。並行して資産保有型会社の判定と常時使用従業員数(親族を除く)を確認。後継者を確定し、特例承継計画を認定支援機関の所見付きで提出。贈与で動かすか相続まで待つかを決める。
地方案件を探すPE・事業会社ターゲット層の株主構成と経営者年齢。特例措置を適用済みの法人は、承継後の譲渡で税額を再計算できるため交渉の前提が変わる。特例適用済み法人と未適用法人でソーシングの優先度を分ける。未適用かつ小規模層は2028年以降の案件化を見込む。
事業承継を支援する地銀・信金取引先のうち、宿泊業で経営者が60代以上かつ株式が集中している先の棚卸し。19室以下の宿は入口要件の判定を先に行う。経営承継円滑化法の金融支援(日本政策金融公庫の特別利率、信用保証の別枠)を含めた納税資金の枠組みを提示。
M&Aアドバイザー売り手の株式が猶予対象かどうか。猶予適用済み株式の譲渡は取消事由に触れるため、再計算による免除の可否をスキーム設計の初期に確認する。2027年内の承継実行案件と、2028年以降に出てくる案件を別のパイプラインとして管理する。
出典:中小企業庁「法人版事業承継税制(特例措置)」「経営承継円滑化法」をもとにメトロエンジンリサーチ&コンサルティング作成

まとめ

整理すると、次の4点になる。

第一に、延びたのは計画期限だけである。特例承継計画の提出期限は2027年9月30日まで1年6か月延長されたが、贈与・相続そのものの適用期限は2027年12月31日で据え置かれた。間隔は3か月しかなく、実質的な意思決定のデッドラインは2027年前半にある。

第二に、収益の回復が自社株評価を押し上げている。旅館の推定成約ADRは2019年下期から2025年下期で+32.1%、2022年から2025年でも+23.7%上昇した(N=約4,000施設)。営業レバレッジが高い業態のため、単価+23.7%は営業利益ベースで+79%に相当する試算になる。類似業種比準方式でも純資産価額方式でも、この変化は評価額の上昇として現れる。承継設計は、待つほど金額が大きくなる方向に動いている。

第三に、制度の効き方は規模で分かれる。資産保有型会社の判定と「常時使用従業員5人以上(生計を一にする親族を除く)」の要件は、小規模で家族経営の宿ほど判定の焦点になる。運営中の旅館7,741施設のうち63.6%が19室以下であり、この層は施設数で多数を占めながら供給量では29.0%にとどまる。承継の設計が最も難しい層と、制度の入口で確認事項が多い層が重なっている。

第四に、株式のレイヤーが供給を決めている。自社株評価額3億円で猶予が使えない場合、後継者が10か月以内に用意する現金はモデル旅館の営業利益の約10年分に相当する。非上場株に換金性はないため、借入・物納・譲渡のいずれかを選ぶことになる。物件の良し悪しではなく、株式を保持できるかどうかが、その宿がM&A市場に出てくるかどうかを左右している。買い手にとって2028年以降は、税を起点とした案件が積み上がりうる局面である。

特例措置には、承継後に第三者へ譲渡した場合の税額再計算という出口が組み込まれている。承継と売却は排他的な選択ではなく、時間軸で並べられる。その自由度を確保できる期限が、2027年12月31日である。

本稿の試算について:モデル旅館の損益および納税額シナリオは、公表統計と当社集計値に一定の仮定を置いた参考値です。実在する特定の施設の数値ではありません。自社株評価額・相続税額は、他の相続財産、法定相続人の数、各種控除、会社規模区分などにより大きく変動します。制度の適用可否と具体的な税額については、必ず税理士・認定経営革新等支援機関にご確認ください。また、税制の内容は今後の改正により変更される可能性があります。

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参考資料・出典一覧

■ データソース

メトロエンジンリサーチ&コンサルティングの推定成約ADR(旅館比率の高い15道県composite、N=3,400〜4,498施設/月、2019年7月〜2026年8月)、運営中の旅館7,741施設・179,897室の客室規模別・都道府県別構成、観光庁「宿泊旅行統計調査」2025年(令和7年)年間値(確定値)の施設タイプ別客室稼働率、中小企業庁・国税庁の公表資料、上場ホテルREIT4投資法人の月次開示。

■ 試算前提

モデル旅館は30室・地方温泉地・2食付主体を想定し、客室稼働率38.2%(2025年通年)を2022年・2025年の両年に適用して単価変動の効果のみを取り出しています。変動費率は売上比25%、固定費は2022年売上の62%とし、2025年は人件費・エネルギー上昇を織り込んで名目+12%と仮定。相続税額シナリオは株式部分の実効税率を40%(感度分析では30〜50%)とし、一般措置の猶予カバー率は「総株式数の3分の2×課税価格の80%=53.3%」で算出しています。表示金額は丸めた値を用いており、各行の差引と表示上の合計は一致します。

■ 限界・留意点

(1) 推定成約ADRはOTA公開価格に業態別の補正係数を適用した推定値で、上場REITの開示実績との照合による誤差中央値は約7%です。実際の成約価格・会計数値とは異なります。(2) 2022年平均には1〜4月の新型コロナ影響期が含まれ、当該4か月の推定値には上振れ傾向が確認されています。このため2022年を基準とする上昇率(+23.7%)は、実勢よりも小さく出ている可能性があります。一方、2019年下期を基準とする+32.1%は影響期を含みません。(3) 客室規模の集計は客室数が登録されている運営中施設に限ったもので、客室規模と常時使用従業員数は一対一で対応しません。19室以下がそのまま「従業員5人未満」を意味するものではありません。(4) 稼働率は施設タイプ別の全国値であり、個別施設・個別エリアの水準とは異なります。(5) 税額・自社株評価額は他の相続財産、法定相続人の数、各種控除、会社規模区分により大きく変動します。制度の適用可否と具体的な税額は、税理士・認定経営革新等支援機関にご確認ください。

■ 市場データ

■ 税制・制度

■ 政府統計・公的データ

■ REIT月次開示

■ 業界動向

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