トップ > エリア・施設分析 > 神在月が動かす島根県ホテル市場 — 出雲・松江・石見・隠岐の4層ADR構造

神在月が動かす島根県ホテル市場 — 出雲・松江・石見・隠岐の4層ADR構造

投稿日 : 2026.08.07 更新日 : 2026.09.02

島根県

エリア・施設分析

神在月が動かす島根県ホテル市場 — 出雲・松江・石見・隠岐の4層ADR構造

11月の平均価格が8月を上回る都道府県は、山陰・山陽ではほぼ島根県だけである。旧暦10月に全国の神々が出雲へ集うとされる「神在月(かみありづき)」は、日本で唯一、晩秋に全国規模の宗教的集客を生む観光資源だ。2026年の神在月は11月9日(月)から12月8日(火)まで。うち出雲大社の神事が集中するのは11月18日(水)から11月25日(水)の8日間である。

本稿では、メトロエンジンリサーチの価格データと島根県の公式観光統計から、出雲・松江・石見・隠岐という4つの層に分かれた島根県の宿泊市場構造を定量化する。あわせて、2026年8月に松江駅前へ208室が加わることが、この構造に何をもたらすのかを検証する。

本記事における指標の定義

  • ADR(平均客室単価):各施設がOTA等で公開する最安プラン水準(2名1室利用時・1室あたり料金・税込)に業態別の補正係数を適用して算出した推定成約単価(税抜相当)。上場ホテルREITが開示する物件別実績との照合(照合単位は物件×月)で誤差中央値は約7%。推定値であり、各施設の実際の成約価格・会計数値とは異なります。エリア単位のADRは対象施設の中央値(エリアの標準的な施設の水準)。
  • 掲載価格:OTA等に公開されている全プランの平均価格(2名1室利用時・1室あたり料金・税込、素泊まり〜食事付きを含む)。本稿でエリア比較・日別推移に用いる主指標はこちらです。
  • 掲載施設数:当該チェックイン日について、調査時点で販売中のプランが確認できた施設の数。ゼロになった施設は集計から外れるため、施設数の減少は在庫の消化・販売停止・未掲載のいずれの可能性も含みます。
  • データ出典:メトロエンジンリサーチ(国内約168,000施設を追跡し、うちOTA上で稼働が確認できる約27,000施設・約126万室を分析対象)。OTA未掲載の旅館・民宿・簡易宿所は含まれません。
Key Takeaways
  • 11月が年間ピーク:島根県の2025年11月掲載価格は¥28,600で8月の¥28,000を上回る。11月÷8月が100%を超えるのは山陰・山陽5県で島根のみ(102.3%)。
  • 4層構造と階差拡大:出雲市・松江市・石見・隠岐の11月掲載価格は¥37,500/¥35,800/¥31,000/¥24,700。出雲と隠岐の差は1.35倍(2025年)から1.52倍(2026年推定)へ開く。
  • 神在祭の実測インパクトは+59.3%:2025年の神在祭8日間、出雲市の掲載価格は直後週比+59.3%、松江市は+27.1%。需要は出雲市に一次集中し、松江へは週末に限って溢れた。
  • 2026年は水曜がピーク:神迎祭・神等去出祭がともに水曜。調査時点で松江市の11月18〜20日(水〜金)が出雲市を上回り、平日の受け皿需要が価格に織り込まれ始めている。
  • 供給は209施設8,330室・57.9%が20室未満:客室数の55.6%は松江市に集中。2026年8月に松江駅前へ208室(県全体の2.5%/松江市の4.5%)が加わる。

11月が8月を上回る県 — 島根の需要カレンダーは全国と逆

日本の宿泊市場において、年間の価格ピークは通常8月である。夏休みと帰省需要が重なるためだ。ところが島根県では、2025年の月別掲載価格が11月に¥28,600と年間最高を記録し、8月の¥28,000をわずかに上回った。同じ構図は2026年の販売状況にも現れており、調査時点で11月は¥32,000、8月は¥30,800となっている。

これが島根固有の現象であることは、周辺県と比べれば明らかだ。2025年の「11月掲載価格÷8月掲載価格」を計算すると、島根県は102.3%で唯一100%を超える。鳥取県97.9%、広島県98.6%、岡山県90.6%、山口県84.2%と、いずれも11月は8月を下回る。山陰の観光需要は本来夏に厚いのであり、島根の11月だけが例外的に持ち上がっている。

出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(2025年実績・掲載価格ベース/島根N=309〜292施設、鳥取N=214〜208、広島N=517〜511、岡山N=317〜312、山口N=239〜243)

推定成約ADRで見ても同じ傾向が確認できる。島根県の推定成約ADRは、2024年1月から2026年6月までの30ヶ月間で2025年11月の¥12,600が最高値であり、2位は同年12月の¥11,900だった。年間の価格形成が晩秋から初冬に寄っているという点で、島根県の需要カレンダーは全国標準から明確にずれている。

出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(掲載価格・月次/N=271〜354施設)

3年分を重ねると、11月の突出が毎年再現されていることがわかる。2024年11月は¥25,700、2025年11月は¥28,600、2026年11月は調査時点で¥32,000。前年同月比では2025年が+11.4%、2026年が+11.9%と、2年連続で二桁の伸びが積み上がっている。なお2026年8月以降は調査時点でOTAに掲載されている価格に基づく推定であり、チェックイン日に近づくにつれ変動する点には留意が必要である。全国の秋の価格がいま予約画面上でどう見えているかは、予約時点で見える秋の価格地図2026|9〜11月フォワードADRを前年比で読むが都道府県別に整理している。

出雲・松江・石見・隠岐 — 1.5倍に広がる4層のADR階層

島根県の宿泊市場は、地理的にも需要構造的にも4つの層に分かれる。出雲大社の門前町を抱える出雲市、県庁所在地であり宍道湖・玉造温泉を持つ松江市、石見銀山や津和野・浜田・益田を含む石見地域、そして日本海に浮かぶ隠岐諸島である。この4層は価格水準できれいに序列化されている。

表1:島根県4層別 11月掲載価格の推移(2025年実績→2026年調査時点推定・市区町村別を施設数で加重平均)
2025年11月
掲載価格
2026年11月
掲載価格(推定)
前年同月比 対象施設数
(25年11月/26年11月)
出雲市(大社門前・神門通り)¥33,300¥37,500+12.5%72/74
松江市(業務+宍道湖・玉造)¥31,900¥35,800+12.4%77/86
石見(浜田・益田・大田・江津・津和野)¥28,500¥31,000+9.0%86/81
隠岐(隠岐の島町・海士町・西ノ島町)¥24,600¥24,700+0.2%22/24

出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(市区町村別掲載価格を施設数で加重平均。2026年11月は調査時点の掲載水準に基づく推定値)

注目したいのは、階差そのものが広がっている点だ。出雲市と隠岐の価格差は2025年11月時点で¥8,700(1.35倍)だったが、2026年11月の販売状況では¥12,800(1.52倍)まで開く。神在月という需要イベントの恩恵は、大社に近い層ほど強く効き、離島にはほとんど届かない。

出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(掲載価格・11月単月)

この階層は業態構成とも対応している。2026年5月時点の市区町村×カテゴリ別の掲載価格を見ると、松江市の旅館は¥46,300(N=29施設)、出雲市の旅館は¥45,800(N=18施設)と高価格帯を形成する一方、両市のビジネスホテルはそれぞれ¥17,600(N=17施設)、¥15,800(N=14施設)と大きく開く。観光帯と業務帯が同じ市内に併存し、しかも価格レンジが3倍近く離れているのが山陰の県庁所在地の特徴である。

表3:市町村×業態の2軸ADRグリッド(2026年5月時点・掲載価格/濃い青ほど高単価。「—」は対象施設数が集計下限未満)
市町村旅館貸別荘シティホテルビジネスホテルゲストハウス
松江市¥46,330
N=29
¥41,202
N=14
¥21,817
N=5
¥17,627
N=17
¥20,341
N=11
出雲市¥45,756
N=18
¥34,914
N=22
¥22,033
N=3
¥15,782
N=14
¥30,285
N=5
津和野町¥47,411
N=3
¥67,371
N=3
江津市¥46,379
N=6
¥33,475
N=3
大田市¥40,389
N=9
¥43,112
N=5
¥15,101
N=4
浜田市¥38,775
N=7
¥26,486
N=6
¥12,418
N=7
隠岐の島町¥28,972
N=6
¥16,935
N=3
益田市¥15,161
N=4
¥14,107
N=6

出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(市区町村×業態別掲載価格・2026年5月/2名1室・税込)

グリッドで見ると、島根県の価格構造は「市町村の序列」ではなく「業態の序列」で決まっていることがわかる。旅館帯は松江市¥46,330・出雲市¥45,756・津和野町¥47,411・江津市¥46,379と、県東西を問わず¥45,000前後で横並びになる一方、ビジネスホテル帯は松江市¥17,627から浜田市¥12,418まで¥5,000超の開きがある。4層のADR階層は、各層がどの業態をどれだけ抱えているかの構成比によって説明できる。出雲市が松江市を上回るのは旅館・貸別荘の構成比が高いためであり、隠岐が最下層に位置するのは高単価業態そのものが薄いためである。逆に言えば、業態ミックスを動かせる余地のある市町村では、層の序列は固定的ではない。

島根県の公式統計もこの層構造を裏づける。2025年観光動態調査の速報によれば、県全体の宿泊客延べ数は360万人泊で前年から2万人泊の減少だった。ところが地域別では動きが割れる。出雲地域は278万1千人泊で前年比+2.0%(2019年比-7.4%)、石見地域は69万3千人泊で前年比-10.2%(2019年比+1.6%)、隠岐地域は12万3千人泊で前年比+6.5%、2019年比では+27.4%と最も強い回復を示した。外国人宿泊客延べ数は11万2,689人泊で、前年から2万5,529人泊の増加である。

つまり、価格が最も高い出雲は数量も微増、価格が最も低い隠岐は数量の伸び率で県内最強、その中間の石見が数量を落としている。価格の序列と成長率の序列が一致していない。この非対称性が、島根県の宿泊市場を読むうえでの出発点になる。なお同じ山陰でも鳥取側を含めて都市単位で階層を切り直すと違う輪郭が見えてくる点は、山陰4都市ホテル投資マップで詳しく分析している。

2025年の神在祭 — 8日間で価格が59%持ち上がった実績

神在月の需要インパクトを最も正確に示すのは、過去の実績日別データである。2025年の出雲大社の神在祭は11月29日(土)から12月6日(土)まで、神迎神事・神迎祭が11月29日19時、神等去出祭が12月6日16時に執り行われた。この8日間と、その直後の1週間を比べる。

出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(日別掲載価格・2名1室あたり税込/出雲市N=41〜70施設、松江市N=64〜77施設)

出雲市の日別掲載価格は、神在祭前週(11月25日〜28日)の平均が¥44,300だったのに対し、神在祭期間(11月29日〜12月6日)の平均は¥54,500。祭が終わった直後の週(12月7日〜10日)は¥34,200まで落ちる。神在祭期間は直後週比で+59.3%、前週比で+22.9%という水準だ。12月6日から7日にかけては1日で¥55,500→¥38,500と、31%の断層が生じている。

掲載施設数の動きも示唆的である。出雲市では通常65〜70施設で価格が観測されるところ、神迎祭当日の11月29日は41施設まで減少した。神等去出祭前後の12月5日・6日も56施設にとどまる。祭が明けた12月7日には70施設へ戻る。販売中の在庫が特定日に集中的に消え、翌週には元に戻るという典型的なパターンだ。1,657室という出雲市の総客室規模を考えれば、この日は市内の受け入れ余力が実質的に上限へ達していたと読める。

一方の松江市は、神在祭期間の平均が¥47,900、直後週が¥37,700で+27.1%。出雲市の+59.3%と比べれば半分以下の反応である。しかも松江市の掲載施設数は期間を通じて64〜77施設と安定しており、在庫が枯れていない。松江が大きく動いたのは11月29日(土)の¥57,400と12月6日(土)の¥59,600、いずれも土曜日だった。松江の11月は、神在月そのものよりも曜日の影響を強く受けていた。

ここから読み取れる構造は明快だ。神在月の需要は出雲市に一次的に集中し、松江市へは週末に限って溢れ出す。平日の神事日には、松江には余力が残っていた。

2026年は「水曜がピーク」 — 曜日構造が変わる年

2026年の神在月は11月9日(月)から12月8日(火)。出雲大社の神事は、神迎神事・神迎祭が11月18日(水)19時、神在祭が11月19日(木)9時、献穀祭・神在祭・縁結大祭が11月23日(月・祝)10時、神在祭・縁結大祭が11月25日(水)10時、神等去出祭が同日16時である。宿泊需要のコアは11月18日から11月25日の8日間になる。

2025年との決定的な違いは曜日だ。2025年は神迎祭が土曜、神等去出祭も土曜で、祭の入口と出口が両方とも週末に当たった。2026年は神迎祭が水曜、神等去出祭が水曜。週末に重なるのは11月21日(土)・22日(日)と、勤労感謝の日を含む11月23日(月・祝)のみである。

出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(調査時点でOTAに掲載されている販売価格の日別平均/出雲市N=42〜73施設、松江市N=74〜84施設。今後変動します)

調査時点の販売状況を見ると、この曜日シフトはすでに価格へ織り込まれつつある。出雲市は11月18日(水)が¥65,000で最も高く、掲載施設数は42施設と前後日(65〜73施設)を大きく下回る。11月19日〜22日も¥55,000〜¥61,000のレンジで、掲載施設数は53〜59施設にとどまる。これは114日先の調査時点でのスナップショットであり、確定した完売状況を示すものではないが、出雲市が神事日に対して早い段階から価格と在庫の両面で身構えていることは読み取れる。

そして松江市の動きが、今年最大の変化である。11月19日(木)の掲載価格は¥63,900、11月18日(水)は¥61,200、11月20日(金)は¥62,300。平日にもかかわらず、出雲市を上回る水準が並んでいる。2025年の実績では松江が出雲を上回ったのは土曜だけだったことを思えば、これは明確な姿勢の変化だ。しかも掲載施設数は74〜84施設と月内で安定しており、価格を引き上げながら在庫は保持されている。

松江市から出雲市までは鉄道でおよそ30分、出雲大社へは一畑電車で乗り継ぐ。神事の中心が平日に来る2026年は、出雲市内の宿が埋まった分の受け皿として松江が機能する余地が、2025年よりも大きい。松江の平日価格が観光帯まで持ち上がっているのは、その受け皿需要を織り込んだ結果と考えられる。

209施設8,330室 — 58%が20室未満という供給構造

島根県の宿泊供給は、規模の面で極端に偏っている。メトロエンジンリサーチが把握する範囲で、県内の運営中施設は209施設・約8,330室。その内訳は次の通りだ。

出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(運営中施設・客室数マスター、N=209施設)

表2:島根県の客室規模帯別 施設数・客室数構成(運営中209施設・約8,330室)
客室規模帯 施設数 施設数構成比 客室数 客室数構成比
200室以上21.0%1,09713.2%
100〜199室2311.0%3,37940.6%
50〜99室178.1%1,18714.2%
20〜49室4622.0%1,42117.1%
1〜19室12157.9%1,24615.0%

出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング

施設数の57.9%を占める121施設が、客室数では15.0%しか担っていない。逆に、100室以上の25施設(全体の12.0%)が客室数の53.8%を握る。ロングテールが極端に長い構造であり、需要ピーク時に在庫を機動的に積み増せる大規模施設の層が薄い。この小規模層の裾野がさらに広がる契機となった2026年6月施行の改正旅館業法については、改正旅館業法6/15施行『1室営業解禁』が554軒の新規開業データから背景を掘り下げている。

市町村別に見ると、松江市が64施設・4,630室で県内客室数の55.6%を占める。次いで出雲市が43施設・1,657室(19.9%)。100室以上の施設は松江市に16施設・3,196室あるのに対し、出雲市は6施設・899室にとどまる。神在月の需要が集まる出雲市の受け入れ余力は、松江市の約3分の1しかない。石見側は浜田市480室、益田市389室、大田市215室、津和野町196室、江津市173室と分散し、隠岐4町村は合わせて263室である。

松江駅前208室 — 業務帯と観光帯の両取りが問われる

この構造に対して、2026年の新規供給は極端な二極化を示している。メトロエンジンリサーチが把握する2026年開業(OTA掲載確認ベース)は12件。うち1件が208室で、残る11件は1室から38室の小規模施設だ。

※データに関する注記
本表はOTA掲載確認ベースの集計です。OTA事前掲載は全体の約19%にとどまり、半数以上が開業後の掲載のため、2026年後半以降の開業件数は今後の掲載で増加する可能性があります(現時点での下限値としてお読みください)。確認申請ベースの建築計画パイプライン(国土交通省「建築物動態統計調査」)と併せて参照することを推奨します。
表4:2026年 島根県の新規開業(OTA掲載確認ベース・N=12件)
施設名 カテゴリ 客室数 開業
ダイワロイネットホテル松江駅前ビジネスホテル2082026-08-06
天然温泉 湯屋天神温浴施設382026-05-07
ピースINN益田駅北352026-04-01
ファーストキャビン松江カプセルホテル322026-01-19
ミギオク(ふれあい館)/Okibase ほかゲストハウス2〜42026年内
出雲大社周辺の一棟貸し4件貸別荘各12026年内

出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(OTA掲載確認ベース、2026年開業N=12件)/各社リリース

208室という規模は、島根県の文脈では際立って大きい。県全体の客室数8,330室に対して2.5%、松江市の4,630室に対しては4.5%に相当する。県内で200室以上の施設は現在2施設しかなく、これが3施設目となる。大和ハウスグループにとっては山陰地方への初出店であり、JR松江駅北口から徒歩約3分の立地に、大浴場・サウナ、フィットネスルーム、会議室を備える構成だ。開業は2026年8月6日で、神在月の3ヶ月前にあたる。

ここで問われるのが、この208室が業務帯と観光帯のどちらを主戦場に置くかである。松江市のビジネスホテル価格帯は2026年5月時点で¥17,600(N=17施設)、旅館帯は¥46,300(N=29施設)。その間に大きな空白がある。一方、2026年11月の神事日には松江市全体の掲載価格が¥55,000〜¥64,000へ持ち上がる。同じ施設が、平常時は業務需要の価格帯で回し、年に一度の需要ピークでは観光帯まで振り切れるかどうか。神在月はその可否を最も鮮明に測れる期間になる。

島根県のビジネスホテル帯(N=51〜54施設)の掲載価格は、2025年11月が¥16,800、2026年11月が調査時点で¥17,500。前年同月比+4.3%と、県全体の+11.9%を大きく下回る。業務帯は神在月の恩恵をほとんど受けていないカテゴリだ。逆に言えば、駅前の新設ビジネスホテルが観光需要を取りにいく余地は、価格差として明確に存在している。大浴場・サウナを備え、フィットネスと会議室を持つ構成は、平日の業務需要と週末・神事日の観光需要を同一館内で切り替えるための装備とも読める。

出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(40室以上の運営中施設。円の大きさは客室数)

地図で見ると、島根県の客室ストックが松江駅周辺・玉造温泉・出雲市駅周辺・出雲大社門前という4つのクラスターに集中し、その間を石見・隠岐の小規模施設が薄く埋めていることがわかる。神在月の需要は出雲大社門前と出雲市駅周辺に一次的に流れ込み、そこから松江駅周辺と玉造温泉へ二次的に広がる。石見・隠岐はこの流動から実質的に切り離されている。

隠岐 — 神在月と逆位相で動くもう一つのレイヤー

4層のうち、隠岐だけが県内の需要カレンダーから独立している。隠岐3町村(隠岐の島町・海士町・西ノ島町)の掲載価格は、2025年10月の¥26,300から11月には¥24,600へ下がる。県全体が11月に年間最高値をつける中で、隠岐は10月がピークで11月は下降局面に入るのだ。フェリー・高速船という交通手段の特性上、海が荒れる晩秋以降は往来が難しくなるためである。

ただし、成長率で見れば隠岐は県内で最も強い。島根県の2025年観光動態調査によれば、隠岐地域の宿泊客延べ数は12万3千人泊で前年比+6.5%、コロナ前の2019年比では+27.4%と、県内3地域で唯一2019年を大きく上回っている。出雲地域が2019年比-7.4%、石見地域が同+1.6%であることを踏まえると、隠岐の回復力は際立つ。隠岐諸島はユネスコ世界ジオパークに認定されており、自然資源を軸とした滞在需要が着実に厚みを増していると考えられる。

供給側では、隠岐4町村の運営中施設は合計14施設・263室にとどまる。1施設あたり平均18.8室という小規模構成であり、需要が伸びても短期に受け入れ量を増やせる構造ではない。2026年には海士町で一棟貸しのログハウスやゲストハウスが開業しており、小規模・高付加価値型の供給が少しずつ積み上がっている。神在月のピーク需要を取りにいく層ではないが、県内で最も伸び率の高いレイヤーとして、7月〜10月のグリーンシーズンにどこまで単価を上げられるかが焦点になる。

石見地域については、2025年の宿泊客延べ数が前年比-10.2%と数量面で調整局面にある一方、掲載価格は2025年11月の¥28,500から2026年11月には¥31,000へ+9.0%上昇している。石見銀山(大田市)、津和野、浜田の水族館・アクアスといった観光核を持ち、大田市の旅館帯は2026年5月時点で¥40,400(N=9施設)、津和野町の旅館帯は¥47,400(N=3施設)と高い水準にある。ただし津和野町のように対象施設数が一桁の市町村では、個別施設の値動きが平均を大きく動かすため、数値は幅を持って読む必要がある。

まとめ — 「年に一度の11月」を県内でどう配分するか

本稿で確認した島根県ホテル市場の構造は、次の5点に整理できる。

第一に、島根県は11月が年間の価格ピークとなる稀有な市場である。2025年の11月掲載価格は8月を上回り、周辺4県がいずれも8月ピークであることと対照的だ。神在月という宗教行事が、全国でも例のない晩秋の需要山を作っている。

第二に、県内は出雲市・松江市・石見・隠岐の4層に価格が序列化され、その階差は拡大方向にある。出雲市と隠岐の掲載価格差は1.35倍から1.52倍へ開く見込みだ。

第三に、神在月の需要インパクトは出雲市に集中する。2025年の実績では、神在祭8日間の出雲市掲載価格は直後週比+59.3%に達した一方、松江市は+27.1%にとどまった。

第四に、2026年は神事の中心が水曜に来るため、曜日構造が変わる。調査時点の販売状況では、松江市の11月18日〜20日(水〜金)の掲載価格が出雲市を上回る局面が現れており、平日の受け皿需要が価格に織り込まれ始めている。

第五に、供給は極端に小規模分散している。209施設のうち57.9%が20室未満で、客室数の55.6%が松江市に集中する。この構造の中に、2026年8月、松江駅前へ208室が加わる。県全体の2.5%、松江市の4.5%に相当する規模だ。

神在月は、島根県にとって年に一度、全国から高単価需要が集まる機会である。その需要が出雲市の1,657室で受けきれない以上、溢れた分をどこがどう受けるかが県全体の収益を決める。松江駅前の208室は、平常時の業務需要と年に一度の観光ピークを同一館内でどう配分するかという問いに、最も直接的に向き合う立場に置かれることになる。開業から3ヶ月後の神在月は、そのポテンシャルを測る最初の実地テストになるだろう。

⚠ 将来日程の価格に関する注意:本記事の2026年8月以降の価格は、調査時点でOTAに公開されている販売価格に基づく推定であり、チェックイン日に近づくにつれて変動します。新規プランの追加や価格調整により、現時点の水準から上下する可能性がある点にご留意ください。また掲載施設数の増減は、在庫の消化・販売停止・未掲載のいずれの可能性も含むため、確定した完売状況を示すものではありません。

よくある質問

Q. 島根県のホテル価格はなぜ11月がピークになるのですか?

A. 旧暦10月に全国の神々が出雲へ集うとされる「神在月」の宗教的集客があるためです。2025年の島根県の月別掲載価格は11月が¥28,600で、8月の¥28,000を上回りました。11月÷8月の比率が100%を超えるのは山陰・山陽5県で島根県のみ(102.3%)で、鳥取県97.9%、広島県98.6%、岡山県90.6%、山口県84.2%といずれも11月は8月を下回ります。

Q. 2026年の神在祭はいつで、宿泊需要のコアはどの期間ですか?

A. 2026年の神在月は11月9日(月)から12月8日(火)までです。出雲大社の神事は神迎神事・神迎祭が11月18日(水)、神在祭が11月19日(木)、献穀祭・縁結大祭が11月23日(月・祝)、神在祭・縁結大祭および神等去出祭が11月25日(水)に執り行われます。宿泊需要のコアは11月18日から11月25日の8日間です。

Q. 神在祭期間中、ホテル価格はどの程度上がりますか?

A. 2025年の実績では、出雲市の日別掲載価格は神在祭期間(11月29日〜12月6日)の平均が¥54,500で、祭直後の週(12月7日〜10日)の¥34,200に対し+59.3%でした。松江市は同期間の平均¥47,900に対し直後週¥37,700で+27.1%と、出雲市の半分以下の反応にとどまります。需要は出雲市に一次的に集中し、松江市へは週末に限って溢れ出す構造です。

Q. 島根県内のエリアごとに宿泊単価はどれくらい違いますか?

A. 2026年11月の掲載価格(調査時点の推定)は、出雲市¥37,500(N=74施設)、松江市¥35,800(N=86施設)、石見¥31,000(N=81施設)、隠岐¥24,700(N=24施設)です。出雲市と隠岐の価格差は2025年11月の¥8,700(1.35倍)から¥12,800(1.52倍)へ拡大する見込みで、神在月の恩恵は大社に近い層ほど強く効きます。

Q. 島根県の宿泊供給はどのような構造になっていますか?

A. 運営中施設は209施設・約8,330室です。施設数の57.9%にあたる121施設が20室未満である一方、100室以上の25施設(全体の12.0%)が客室数の53.8%を握るロングテール構造です。市町村別では松江市が64施設・4,630室で県内客室数の55.6%、出雲市が43施設・1,657室(19.9%)を占めます。

Q. 2026年8月開業のダイワロイネットホテル松江駅前208室はどんな影響を持ちますか?

A. 208室は県全体の客室数8,330室の2.5%、松江市4,630室の4.5%にあたります。県内で200室以上の施設は現在2施設のみで、これが3施設目です。松江市のビジネスホテル帯は2026年5月時点で¥17,627(N=17施設)、旅館帯は¥46,330(N=29施設)と大きな価格差があり、平常時の業務需要と神在月の観光ピークを同一館内でどう配分するかが問われます。

あわせて読みたい

参考資料・出典一覧

■ データソース

島根県内18市町村の月次・日別の掲載価格および推定成約ADR(2024年1月〜2026年11月、都道府県N=271〜354施設/市区町村別N=3〜86施設)、運営中施設の客室数マスター(N=209施設・約8,330室)、業態別の掲載価格(2026年5月時点)、2026年開業の新規供給リスト(OTA掲載確認ベース・N=12件)。需要側は島根県「観光動態調査」2025年速報の地域別宿泊客延べ数を用いた。

■ 試算前提

掲載価格は2名1室・1室あたり・税込、素泊まりから食事付きまで全プランを含む。4層(出雲市/松江市/石見/隠岐)の価格は市区町村別掲載価格を各月の対象施設数で加重平均して算出した。石見は浜田市・益田市・大田市・江津市・津和野町、隠岐は隠岐の島町・海士町・西ノ島町を集計対象とする。2026年8月以降の値は調査時点(チェックイン日の約114日前)にOTAへ掲載されている販売価格に基づくフォワード推定であり、確定値ではない。神事日程は2025年実績が確定日、2026年は公表スケジュールに基づく。

■ 限界・留意点

(1) OTA未掲載の旅館・民宿・簡易宿所は母集団に含まれないため、小規模層の実態は本稿の集計より厚い可能性がある。(2) 隠岐・津和野町など対象施設数が一桁〜十数施設の市町村では、個別施設の値動きが平均を大きく動かす。(3) 掲載施設数の減少は在庫消化・販売停止・未掲載のいずれの可能性も含み、完売の確定を意味しない。(4) フォワード推定はチェックイン日に近づくにつれ、新規プラン追加や価格調整により上下する。(5) 推定成約ADRは検証済み業態(ビジネス/シティ/リゾート/旅館/カプセル)のみを対象とし、掲載価格ベースの集計とは母集団が一致しない。

■ 市場データ

■ 公的統計・自治体資料

■ 神事日程・施設情報

関連記事