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災害後に先に戻るのは日本人か訪日か — 石川と熊本で逆転した回復順序

投稿日 : 2026.08.06 更新日 : 2026.08.08

石川県

熊本県

インバウンド

災害後に先に戻るのは日本人か訪日か — 石川と熊本で逆転した回復順序

災害が起きた宿泊市場では、日本人需要と訪日需要のどちらが先に戻るのか。この問いに、令和6年能登半島地震から2年半が経った石川県のデータと、10年前に同じ問いを経験した熊本県のデータが、正反対の答えを出している。石川県では訪日需要が発災2か月で先行回復し、日本人需要は3年目に入ってなお全国平均に届いていない。ところが2016年の熊本県では、日本人需要が発災1か月で戻り、訪日需要は12か月かかった。本稿では観光庁「宿泊旅行統計調査」の都道府県別・日本人/外国人別月次データを全国トレンドと差分で読み、この「順番の逆転」がどこから生まれるのかを客層構成と被災地の地理から定量化する。

Key Takeaways
  • — 石川県は「訪日が先」。外国人は発災2か月で2019年同月比241.1に達し、以後2026年5月まで全国の回復度を上回り続けた。
  • — 日本人は3年目でも未達。2025年に2019年比89.7まで下がり、直近2026年5月も全国比91。ただし2026年1〜5月は+3.5%(全国-2.3%)と反転の兆し。
  • — 2016年の熊本県は順番が逆。日本人は発災1か月、訪日は12か月。訪日の最低指数は発災翌月の15.7(前年同月比-84%)だった。
  • — 逆転を決めた第一の要因は地理。石川の訪日需要の98.7%は無傷の加賀に集中し、被災した能登の外国人比率は2.6%にすぎない。
  • — 第二の要因は客層構成。石川は欧米34.6%(全国21.0%)、熊本は東アジア79.7%。長リードタイム・広域周遊型の客層ほど行程を取り消さない。

本記事における指標の定義

  • 延べ宿泊者数(人泊):観光庁「宿泊旅行統計調査」による推計値。宿泊者1人が1泊すると1人泊。日本人/外国人の区分は同調査の集計区分に従う。2023〜2025年は年の確定値、2026年1〜5月は第2次速報値を用いた。
  • 回復度指数:本記事では「災害前の同一暦月=100」とした指数を用いる。石川県は全国と共通の訪日ベンチマークである2019年同月を基準、熊本県(2016年熊本地震)は発災前年の2015年同月を基準とした。季節性を除去するため、比較は必ず同一暦月どうしで行っている。
  • ADR(平均客室単価)=各施設がOTA等の予約サイト上で公開する最安プラン水準(2名1室利用時・1室あたり料金・税込)に業態別の補正係数を適用して算出した推定成約単価(税抜相当)。上場ホテルREITが開示する物件別実績との照合(91施設・直近3ヶ月間)で誤差中央値は約7%。推定値であり、各施設の実際の成約価格・会計数値とは異なります。エリア単位のADRは対象施設の中央値(エリアの標準的な施設の水準)。
  • 掲載施設数:メトロエンジンリサーチが追跡する範囲で、当該月に予約サイト上で価格の掲載が確認できた施設数。予約サイトに掲載のない施設は含まれないため、行政が把握する営業施設数とは一致しない。
  • データ出典:観光庁「宿泊旅行統計調査」、メトロエンジンリサーチ

石川県で起きたのは「訪日が先、日本人が後」

まず全体像を年単位で押さえておきたい。2019年(コロナ前・発災前)の同期間を100とした指数で見ると、石川県の外国人延べ宿泊者数は2024年に223.4、2025年に217.6という水準に達している。同じ指数で全国は2024年142.2、2025年155.6であり、石川県は全国の回復ペースを大きく上回る位置に居続けた。

一方で日本人延べ宿泊者数は様相が異なる。石川県は2024年に113.1まで跳ね上がったあと、2025年には89.7へ落ち込んだ。全国が2024年103.0→2025年100.2でほぼ横ばいだったのに対し、石川県の日本人需要はいったん大きく膨らみ、その後に基準を下回った。この「膨らみ」の中身は後述するが、少なくとも数字の並びだけを見れば、石川県では訪日需要のほうが安定して早く戻っている。

表1:石川県と全国の延べ宿泊者数指数(2019年=100、日本人/外国人別)
区分 2023年 2024年 2025年
石川県・外国人104.3223.4217.6
全国・外国人101.8142.2155.6
石川県・日本人93.7113.189.7
全国・日本人104.1103.0100.2

2019年=100とした年間延べ宿泊者数の指数。出典:観光庁「宿泊旅行統計調査」(年の確定値)よりホテルバンク編集部作成

実額でも確認しておこう。石川県の延べ宿泊者数は2023年872万人泊、2024年1,149万人泊、2025年952万人泊。うち外国人は2023年103万人泊、2024年220万人泊、2025年214万人泊である。日本人は2023年770万人泊、2024年929万人泊、2025年737万人泊。つまり2025年の日本人需要は、発災前年の2023年をも4.2%下回った。

出典:観光庁「宿泊旅行統計調査」よりホテルバンク編集部作成(2026年は1〜5月・第2次速報値)

出典:観光庁「宿泊旅行統計調査」よりホテルバンク編集部作成(2026年は1〜5月・第2次速報値)

月次で見ると、外国人のグラフには2024年以降の水準が明確に上のレーンへ移動している様子が表れる。2024年11月は28.5万人泊、2026年4月は27.1万人泊で、いずれも2019年同月(それぞれ9.1万人泊、12.2万人泊)の2倍以上だ。対して日本人のグラフでは、2024年前半の突出と、2025年に入ってからの水準低下という2つの山谷が読み取れる。

2024年の日本人宿泊増を「観光需要の回復」と読むと誤る

ここで最も注意すべき論点に触れておきたい。2024年に石川県の日本人延べ宿泊者数が前年比+20.7%となった事実を、そのまま「国内観光需要が力強く戻った」と読むことはできない。同じ2024年について、石川県文化観光スポーツ部「統計からみた石川県の観光 令和6年」は、県全体の観光入込客数を18,862千人・前年比87.6%と発表している。さらに主要7温泉地(山中・山代・片山津・粟津・湯涌・和倉・輪島)の宿泊客数は1,648千人・前年比81.8%だった。

観光入込客数は12.4%減、主要温泉地の宿泊客数は18.2%減。にもかかわらず、延べ宿泊者数は31.7%増。この乖離は統計の誤りではなく、2024年の石川県の宿泊需要には観光以外の要素が大量に混ざっていたことを示している。具体的には、被災者の二次避難先としてのホテル・旅館の利用、復旧・復興工事に従事する事業者の長期滞在、そして2024年3月16日から4月26日まで実施された北陸応援割による域外からの誘客、同日開業した北陸新幹線の敦賀延伸によるアクセス改善などが同時に重なった。

したがって「日本人需要はいつ戻ったのか」を判断する基準として、2024年の数字を使うことはできない。むしろ2025年に日本人が89.7へ落ちたのは、避難・復興由来の宿泊が段階的に解消し、キャンペーンも終了した結果として本来の観光需要の水準が見えるようになったと解釈するのが自然である。訪日需要の側に同種の混入要素はほとんどないため、外国人の指数はより素直に需要の実態を反映している。

全国を対照に置いて差分で見る — 訪日は2か月、日本人は3年目

2024〜2026年は全国的にも「日本人が減り外国人が増える」局面にあった。2025年の全国値は延べ宿泊者数6億6,111万人泊(前年比+0.3%)、うち日本人4億8,118万人泊(同-2.7%)、外国人1億7,992万人泊(同+9.4%)である。この全国トレンドを石川県の被災効果と取り違えないために、以下では全国を対照群として同時に描く。

2019年同月=100。出典:観光庁「宿泊旅行統計調査」よりホテルバンク編集部作成

石川県の外国人は、発災月(2024年1月)の112.9からわずか2か月で241.1に達し、以後2026年5月まで最低でも147.5(2026年1月)を維持している。同じ期間の全国は121.7から172.4の範囲で推移しており、石川県は2024年3月以降、全国の回復度を最小106・最大189の範囲で上回り続けた。発災の翌月にあたる2024年2月時点では全国比108でほぼ横並びだが、3月以降は明確に上振れしている。

石川県の日本人は逆の軌跡を描く。発災直後は134.5(全国比131)と大きく上振れし、2024年9月に98.4(全国比93)で全国を下回り、2025年1月と9月に81.5〜83.5(全国比82)で底を打った。直近の2026年5月は86.5(全国比91)で、依然として全国の回復度に9%程度届いていない。訪日需要は2か月で先行し、日本人需要は発災から2年5か月を経てなお追いついていないという構図である。

ただし2026年に入ってからの動きは明確に前向きだ。2026年1〜5月累計で石川県の日本人延べ宿泊者数は281万7千人泊、前年同期比+3.5%。同期間の全国は-2.3%であり、石川県の日本人需要は全国が縮小する局面で唯一プラスに転じている。外国人も911千人泊で前年同期比-2.0%と、全国の-7.8%より小幅な減少にとどまった。回復の順番が「訪日先行」であったとしても、日本人需要の伸びしろが2026年に入って現実の数字として動き始めている点は押さえておきたい。

※観光庁は統計精度向上のため、2026年1月分調査から標本の層化基準を「従業者数」から「客室数」へ変更している。2025年以前との前年同月比には、この見直しの影響が含まれる可能性がある点に留意が必要である。

2016年の熊本県では順番が逆だった

この「訪日先行」は災害後の一般法則なのだろうか。同じ手法を2016年熊本地震(2016年4月14日・16日)に当てはめると、答えは明確に「いいえ」である。

2015年同月=100。出典:観光庁「宿泊旅行統計調査」よりホテルバンク編集部作成

熊本県の外国人延べ宿泊者数は、発災翌月の2016年5月に15.7まで落ち込んだ。前年同月の5.5万人泊に対し8,650人泊であり、実に84%の減少である。100を回復したのは2017年1月、全国の回復度に並んだのは2017年4月(全国比109)で、発災から12か月を要した。

一方の日本人は、発災月の94.1から翌月96.1、2か月後の2016年6月には121.9へ跳ね上がっている。全国比では発災1か月後の2016年5月に104とすでに全国を上回り、2017年2月には129に達した。ここでも復旧工事従事者の滞在と九州ふっこう割による誘客が寄与していると考えられるが、いずれにせよ熊本県では日本人が1か月、訪日が12か月という順番だった。その後の10年で阿蘇エリアの観光ブランドと需要がどこまで戻ったかは、熊本地震10年×阿蘇エリア — 復興と観光ブランド回復のデータ検証で追っている。

表2:石川県(令和6年能登半島地震)と熊本県(2016年熊本地震)— 回復順序の比較
論点 石川県(令和6年能登半島地震) 熊本県(2016年熊本地震)
訪日が全国の回復度に並んだ時期発災2か月後(2024年3月)発災12か月後(2017年4月)
訪日の最低指数112.9(発災月)15.7(発災翌月)
日本人が全国の回復度に並んだ時期発災月に上振れ、以後は下振れが継続発災1か月後(2016年5月)
被災地と県内訪日需要の中心地の関係分離(被災=能登、訪日中心=加賀)重複(被災=熊本市・阿蘇)
発災直後の交通アクセス北陸新幹線が早期復旧、2024年3月に敦賀延伸九州新幹線が一時運休、空港も被災

出典:観光庁「宿泊旅行統計調査」よりホテルバンク編集部作成

順番を決めているのは「被災地と訪日需要の器の距離」

順番が逆転する第一の理由は、被災地が県内の訪日需要をどれだけ抱えていたかである。観光庁の広域市町村130区分では、石川県は「加賀(金沢・加賀・白山)」10市町と「能登(七尾・能登・輪島)」9市町に分かれる。2025年の外国人延べ宿泊者数は加賀2,115,260人泊、能登27,560人泊。石川県の訪日需要の98.7%は加賀地域にある。

表3:石川県 広域市町村別(加賀・能登)の延べ宿泊者数と外国人比率
地域 2023年 延べ 2024年 延べ 2025年 延べ 外国人比率
2023年
外国人比率
2025年
石川県 加賀(10市町)7,485,66011,404,9308,451,84013.3%25.0%
石川県 能登(9市町)1,240,51086,9401,064,4602.7%2.6%

単位:人泊。広域市町村130区分。出典:観光庁「宿泊旅行統計調査」参考表よりホテルバンク編集部作成

この表が示すことは重い。まず能登の延べ宿泊者数は2024年に86,940人泊——2023年の7.0%——まで落ちた。宿泊機能そのものが失われたのだから当然である。そして能登の外国人比率は発災前も2.7%、2025年も2.6%と一貫して低い。つまり地震で失われた宿泊需要のほぼ全量が日本人需要だった。

逆に、無傷だった加賀地域は県内訪日需要の器をほぼそのまま保持していた。金沢の街並みや兼六園、加賀温泉郷は営業を続け、北陸新幹線は早期に復旧したうえで2024年3月16日に敦賀まで延伸した。訪日需要にとっては「行きたい場所も行く手段も残っていた」のである。県計の外国人が急伸したのは、被災地の需要が戻ったからではなく、被災していない加賀地域の訪日需要が全国トレンドに乗って伸びた結果と読むべきだ。

ここから、県計の回復をそのまま能登の回復と読み替えてはならないという実務上の注意が導かれる。能登に送客したいDMOやセールス担当にとって、石川県計の外国人+114%(2024年、2023年比)という数字は自分の商圏の指標ではない。能登の2025年は1,064,460人泊で2023年の85.8%であり、そのうち外国人はわずか2.6%だ。能登の回復は、ほぼ100%が日本人需要をどう作るかという問題である。

2016年の熊本県はこの点が逆だった。被災の中心となった熊本市と阿蘇は、県内の訪日需要の中核そのものである。熊本城は長期の復旧工程に入り、阿蘇へのアクセス道路も損壊した。訪日客が「行きたい場所」自体が一時的に失われたため、指数が15.7まで落ちるのは避けられなかった。

第二の要因は客層構成 — 石川は欧米34.6%、熊本は韓国31.4%

もうひとつの要因が客層構成である。観光庁の国籍別集計(2025年、従業者数10人以上の施設)で見ると、石川県の外国人延べ宿泊者数1,834,510人泊の内訳は欧米7か国34.6%、豪州5.4%、台湾17.6%、中国・香港15.2%、韓国2.0%、東南アジア6.8%。全国(154,254,100人泊)の欧米21.0%、韓国11.5%、中国・香港24.0%と比べると、石川県は欧米比率が全国より13.6ポイント高く、韓国比率は9.5ポイント低い。

2025年・従業者数10人以上の施設の国籍別集計。石川県N=1,834,510人泊、熊本県N=1,565,840人泊、全国N=154,254,100人泊。出典:観光庁「宿泊旅行統計調査」参考第1表よりホテルバンク編集部作成

日本銀行金沢支店の調査論文「北陸地域のインバウンドを巡る現状整理と若干の視座」(2026年4月17日、小林尚誠)も同じ構図を指摘している。同論文によれば北陸3県の外国人宿泊者数のうち石川県が83%を占め、北陸の国籍構成は欧米31%・台湾19%・中国・香港18%・東南アジア8%・豪州5%の順。石川県単独では欧米35%・台湾18%・中国・香港15%と、「石川県では欧米の比率が高い」と結論づけている。当社が観光庁データから独自に集計した数値(欧米34.6%・台湾17.6%・中国・香港15.2%)はこれとほぼ一致する。

これが回復の順番に効く理由は、予約行動のリードタイムと行程の作り方にある。欧米・豪州からの旅行者は日本滞在が長く、複数都市を組み合わせた広域周遊型の行程を、数か月前から組んで予約するケースが多い。石川県(金沢)は東京・京都と結ぶ広域ルート上に位置する。行程の一部で災害が報じられても、行程全体を取り消すコストが高いため、旅程の組み替えで対応されやすい。加えて、被災地の能登は元々これらの周遊行程にほとんど含まれていない。

対して熊本県の2025年の内訳は韓国31.4%、台湾29.2%、中国・香港19.1%で、東アジア4か国・地域が79.7%を占める。欧米は6.0%にとどまる。この構成は10年前とほとんど変わっていない。2016年の熊本県は東アジア4か国・地域が81.4%(韓国29.0%)だった。短距離・短リードタイムの客層は、予約から出発までの期間が短いぶん、災害報道に対する行程変更の自由度が高い。だからこそ2016年5月に84%の落ち込みが生じ、逆に回復も報道が落ち着いてから一気に進んだ。

供給側 — 能登の掲載施設数は発災前の56%、金沢の単価は上向き

需要側の議論に、供給側の状況を重ねておきたい。メトロエンジンリサーチが追跡する範囲で、能登9市町の掲載施設数は2024年1月の158施設から同年11月の68施設まで減少し、2026年5月時点で88施設まで戻っている。発災月比で55.7%、底からは+29.4%である。加賀地域(掲載のある9市町)は2024年1月の390施設から2024年12月の348施設まで緩やかに減り、2026年5月には371施設(発災月比95.1%)となった。

表4:能登9市町の掲載施設数推移と発災月比(2024年1月=基準)
市町 2024年1月 2025年1月 2026年5月 発災月比
七尾市(和倉温泉ほか)65324264.6%
志賀町29172275.9%
輪島市184422.2%
珠洲市163318.8%
能登町133323.1%
羽咋市106880.0%
能登9市町 合計158708855.7%

予約サイト上で価格の掲載が確認できた施設数。穴水町・中能登町・宝達志水町は各1〜3施設のため合計にのみ含む。出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部より作成

能登の宿泊供給は、需要以上に強い制約を受けたまま残っている。和倉温泉については、2026年4月1日時点で和倉温泉旅館協同組合の加盟旅館が20軒から19軒となり、営業を再開しているのは9軒と報じられている。一方で新館の建設や建て替えによる再始動の動きも進んでおり、供給は段階的に積み上がる局面にある。能登の日本人需要が2025年に2023年比85.8%まで戻ったことは、限られた供給の中で達成された数字であり、宿が戻るほど受け止められる需要が増える構造にある。

価格面では、加賀地域の中心である金沢市の推定成約ADRが手掛かりになる。2026年1〜5月の平均は約¥10,000で、前年同期の約¥9,600に対し+4.7%。月別では2025年11月に¥13,700という直近のピークを付けている。訪日需要が全国を上回るペースで戻っていた期間に、金沢の単価水準は下支えされていたと読める。

金沢市の推定成約ADR(N=112〜124施設)。2024年前半は避難・復興由来の需要とキャンペーン期間を含む。出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部より作成

なお、能登側の市町については推定成約ADRの算出対象施設数が発災後に大きく減っており(七尾市は34施設から一時7施設まで減少)、大規模旅館の休業によって集計対象の構成そのものが入れ替わっている。したがって能登の単価推移を「値下げ/値上げ」として読むことは適切でない。この点は供給構成の変化として扱うべきである。

2026年、同じ客層構成が別のショックのクッションになっている

興味深いのは、災害後の早期回復をもたらした石川県の客層構成が、2026年に入って別の局面でも効いていることだ。日本政府観光局の発表では、2026年上半期の訪日外客数は2,108万4,800人で前年同期比-2.0%と5年ぶりのマイナスに転じた。中国からの訪日客が-56.4%と大幅に減少したことが主因で、一方で韓国+18.6%、台湾+20.9%と伸びた地域もある。

石川県の2025年の外国人延べ宿泊者数における中国・香港比率は15.2%で、全国の24.0%より8.8ポイント低い。中国単独では石川県11.5%に対し全国19.7%である。この構成差の結果として、2026年1〜5月の石川県の外国人延べ宿泊者数は前年同期比-2.0%にとどまり、全国の-7.8%より5.8ポイント小さい減少幅となった。中国依存度の高低が市場ごとの耐性差にどう表れるかは、中国依存度の代理指標で読む19市場 — 訪日ADR耐性マップで19市場を横断して整理している。特定市場への依存度が低い客層構成は、災害でも市場環境の変化でも、ポートフォリオとしての強さになる——これが石川県の3年間から得られる最も汎用性の高い示唆だろう。

言い換えれば、客層構成は災害対応の事後施策ではなく、平時のうちに整えておく資産である。欧米・豪州の比率が高い市場は単価と滞在日数の面でも伸びしろがある。日本銀行金沢支店の同論文は、石川県の外国人旅行者一人当たり消費単価が全国平均8.1万円に対し5.0万円、平均宿泊日数が1.9日で47都道府県中23位であることも指摘しており、構成の強みを単価と泊数に変換する余地が残っていることを示している。

令和8年熊本地震への条件付きの示唆

2026年7月28日、熊本県熊本地方を震源とするM7.1・最大震度7の地震が発生し、気象庁は「令和8年熊本地震」と命名した。発災から本稿執筆時点でまだ日が浅く、宿泊統計の最新公表は2026年5月分(第2次速報)までであるため、この地震の需要への影響は統計上まだ観測されていない。したがって以下は将来値の予測ではなく、客層構成という観測可能な条件から導かれる読み筋にとどめる。

石川県で観測された「訪日が先に戻る」順番が成立した条件は2つあった。第一に被災地が県内の訪日需要の中心地から地理的に分離していたこと、第二に客層が長リードタイム・広域周遊型の欧米・豪州に厚かったことである。熊本県の2025年の客層構成は韓国31.4%・台湾29.2%・中国・香港19.1%で東アジアが79.7%、欧米は6.0%。この構成は2016年時点(東アジア81.4%・欧米豪5.2%)からほとんど変わっていない。石川県で成立した2つの条件のうち、少なくとも客層構成の条件は熊本県には当てはまらない。

むしろ参照すべきは同じ県の10年前の経験である。2016年の熊本県では日本人が1か月で戻り、訪日が全国の回復度に並ぶまで12か月かかった。当時と客層構成がほぼ同じであることを踏まえれば、国内需要が早期に動く余地が大きく、訪日需要には腰を据えた再エンゲージメントの助走期間を見込んで設計するという組み立てが現実的だろう。今回の地震では震源から離れた阿蘇の温泉旅館でも大規模なキャンセルが発生し、県全体で約6万6千人分・9億円のキャンセルが生じたと報じられている。風評による需要の目減りは、実被害の分布とは別の広がり方をする(この非対称については震度は距離で減衰し、キャンセルは減衰しないで九州各県の実データを検証している)。

実務に落とすと、条件の読み方は次の3点に整理できる。

表5:災害後の回復順序を読むための3つの確認条件
確認すべき条件 確認方法 条件が満たされる場合の読み筋
被災地が県内訪日需要の中心か観光庁 広域市町村130区分の外国人延べ宿泊者数で、被災地の県内シェアを確認シェアが小さければ訪日需要の器は残り、県計は早期に戻りうる
客層のリードタイム構成同調査 参考第1表の国籍別集計で、欧米・豪州比率と東アジア比率を確認欧米・豪州が厚ければ行程全体の取り消しは起きにくい
主要アクセスの復旧速度新幹線・空港・主要幹線の運行再開時期早期復旧なら「行く手段がある」ことを訴求でき、周遊需要を取り戻しやすい

出典:ホテルバンク編集部作成

まとめ — 「どちらが先か」は客層構成と地理で決まる

災害後にどの客層が先に戻るかは、災害の規模だけでは決まらない。石川県では訪日需要が発災2か月で全国を上回るペースに乗り、日本人需要は避難・復興由来の増加を経たあと2025年に2019年比89.7まで下がって、2026年に入ってようやく全国を上回る伸び(1〜5月+3.5%、全国-2.3%)へ転じた。2016年の熊本県ではこれが完全に逆で、日本人が1か月、訪日が12か月だった。

この違いを説明するのは、被災地が県内の訪日需要をどれだけ抱えていたか(石川は能登の外国人比率2.6%、訪日の98.7%は無傷の加賀)と、客層のリードタイム構成(石川は欧米34.6%、熊本は韓国31.4%)である。どちらも発災後に測る指標ではなく、平時に把握できる構造指標だ。自分の商圏の客層構成を知っておくことが、災害時のリカバリー設計をそのまま前倒しすることになる。

そして石川県の事例が示すもう一つの点は、客層の分散が複合的なリスクへの備えになるということである。中国依存度の低い構成が、2026年の訪日全体の減速局面でも石川県の減少幅を全国より5.8ポイント小さく抑えた。能登については訪日需要の伸びしろが構造的に手つかずのまま残っており、宿泊供給が戻るペースに合わせて日本人需要を積み上げつつ、加賀と結んだ周遊で訪日需要を新たに取り込む余地が広がっている。

あわせて読みたい

参考資料・出典一覧

■ 政府統計

■ 自治体・公的機関の統計・調査

■ 報道

■ データソース

需要側は観光庁「宿泊旅行統計調査」の都道府県別×日本人/外国人別月次値(2023〜2025年は年の確定値、2026年1〜5月は第2次速報値)、地域内訳は同調査の広域市町村130区分参考表、国籍構成は同参考第1表(従業者数10人以上の施設)を用いた。供給側の掲載施設数と金沢市の推定成約ADRはメトロエンジンリサーチ集計データ(石川県18市町・2024年1月〜2026年5月、ADRはN=112〜124施設)による。

■ 試算前提(指数化・集計の前提)

回復度指数は「災害前の同一暦月=100」。石川県は訪日ベンチマークとして全国と共通の2019年同月、熊本県(2016年熊本地震)は発災前年の2015年同月を基準とし、季節性を除くため比較はすべて同一暦月どうしで行った。「全国比」は当該県の指数を同月の全国指数で除した値。全国トレンド(2024〜2026年は日本人減・外国人増の局面)を被災効果と取り違えないよう、全国を対照群として同一グラフ上に併記している。

■ 限界・留意点

(1) 2024年の石川県の日本人宿泊には二次避難・復旧工事従事者の長期滞在・北陸応援割が混在しており、観光需要としては読めない。(2) 観光庁は2026年1月分調査から標本の層化基準を「従業者数」から「客室数」へ変更しており、2025年以前との前年同月比にはこの見直しの影響が含まれうる。(3) 宿泊統計は約2〜3か月の公表ラグがあるため、2026年7月28日の令和8年熊本地震の影響は本稿の分析期間(2026年5月まで)に含まれない。(4) 掲載施設数は予約サイト上で価格が確認できた施設数であり、行政が把握する営業施設数とは一致しない。(5) 能登側は大規模旅館の休業で推定成約ADRの集計対象構成が入れ替わっているため、単価推移を値上げ/値下げとして読むことはできない。

■ 市場データ

  • メトロエンジンリサーチ — 石川県18市町の掲載施設数月次推移(2024年1月〜2026年5月)、金沢市の推定成約ADR(N=112〜124施設)

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