トップ > エリア・施設分析 > 震度は距離で減衰し、キャンセルは減衰しない — 熊本地震と九州の宿泊需要

震度は距離で減衰し、キャンセルは減衰しない — 熊本地震と九州の宿泊需要

投稿日 : 2026.07.29 更新日 : 2026.10.31

熊本県

大分県

鹿児島県

宮崎県

長崎県

佐賀県

福岡県

エリア・施設分析

震度は距離で減衰し、キャンセルは減衰しない — 熊本地震と九州の宿泊需要

2026年7月28日16時27分、熊本県熊本地方を震源とするマグニチュード7.1(暫定値)の地震が発生し、熊本県宇城市および八代郡氷川町で震度7を観測した。被災された方々に心よりお見舞い申し上げる。本稿を執筆している2026年7月29日時点で救助・応急対応が続いており、被害の全容は把握されていない。

本稿の目的は、被害そのものを論じることではない。10年前の2016年、九州の宿泊需要には「揺れの物理的な減衰」と「予約キャンセルの地理的な広がり」が一致しないという、記録に残る非対称が生じた。震央から離れた大分県の宿泊者数が、震央そのものである熊本県より大きく落ち込んだのである。この前例を定量的に振り返り、2026年の実測震度・客室ストック・交通の状況を市町村単位で重ね合わせることで、DMO・観光協会・宿泊事業者が「何を、どの粒度で、どの言語で発信すべきか」を考える材料を提示したい。

本記事における指標の定義・注意事項

  • 震度:気象庁が発表する計測震度に基づく市町村別の観測値。震度5弱以上の市町村一覧は内閣府「令和8年熊本地震に係る被害状況等について(令和8年7月29日7時00分現在)」に掲載された気象庁情報を、震度4以下の値は気象庁「震源・震度に関する情報(第2報)」を用いた。いずれも暫定値であり、今後精査により変更される可能性がある。
  • 客室ストック:メトロエンジンリサーチが把握する範囲で、営業中として登録されている宿泊施設の客室数を市区町村別に集計したもの。全国では約27,000施設・約126万室が分析対象で、OTA等に掲載のない旅館・民宿・簡易宿所は含まれない。全数調査ではない。
  • 延べ宿泊者数:観光庁「宿泊旅行統計調査」(e-Stat 統計表ID 0003313520)の月次値。前年同月比で比較している。
  • ADR(平均客室単価):各施設がOTA等で公開する最安プラン水準(2名1室利用時・1室あたり料金・税込)に業態別の補正係数を適用して算出した推定成約単価(税抜相当)。上場ホテルREITが開示する物件別実績との照合で誤差中央値は約7%。推定値であり実際の成約価格とは異なる。エリア単位のADRは対象施設の中央値。
  • データ出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部、および各公的機関の公表資料

※ 進行中の災害に関するお願い:本稿に記載した被害・ライフライン・交通の数値は、いずれも記事中に明記した時点の暫定値である。状況は時々刻々と変化しているため、最新の情報は内閣府防災・国土交通省・気象庁・熊本県の発表を直接ご確認いただきたい。また個別施設の営業可否・被害状況については、必ず各施設の公式発表でご確認いただきたい。本稿は特定施設の営業状況を保証するものではない。

Key Takeaways
  • — −10.6% vs −39.4% — 2016年5月の延べ宿泊者数は、震央の熊本県より約87km離れた大分県のほうが大きく落ち込んだ。震央距離と落ち込み幅は対応していない。
  • — 83.6% — 2026年の九州7県 集計対象139,045室のうち、震度6弱以上のエリアに立地するのは10,941室(7.9%)にとどまり、116,308室は震度4以下のエリアにある。
  • — 由布市・別府市は震度3 — 2016年に誘発地震で震度6弱を記録した由布市は今回震度3、南小国町・九重町・竹田市は震度4。九州横断の温泉地帯は10年前と揺れの条件が明確に異なる。
  • — 到達可否は別の地図 — 九州新幹線は全線で運転見合わせだが、大分自動車道・東九州自動車道に通行止めの記載はなく、熊本空港を含む九州各空港は運用中(2026年7月29日14時時点)。
  • — 日本語以外 28.3%/23.1%/19.3% — 福岡県・大分県・熊本県の宿泊者口コミ言語構成。英語・韓国語・繁体字中国語での市町村単位の発信が、訪日需要の回復速度を左右する。

2016年、最も落ちたのは震央の県ではなかった

まず、10年前の記録を確認する。2016年4月14日以降の一連の地震について、九州各県の観光関係団体の調査を集計した数字として、福岡県を除く九州6県で約52.8万件の宿泊キャンセルが発生し、その内訳は熊本県が約14.6万件、大分県が約15.0万件であったことが知られている。震央を抱える熊本県より、隣接する大分県のキャンセル件数のほうが多かった。

より厳密に、観光庁「宿泊旅行統計調査」で延べ宿泊者数の前年同月比を見ると、この非対称はさらに明瞭になる。2016年5月の落ち込みは、大分県が−39.4%、長崎県が−30.7%、鹿児島県が−20.5%、宮崎県が−18.8%であったのに対し、熊本県は−10.6%にとどまった。翌6月には熊本県が+13.2%とプラスに転じている。復旧・復興関係者の宿泊需要が発生したためであり、これは2011年の東日本大震災でも観測された構造である。公益財団法人日本交通公社も東日本大震災について、被害が大きかった太平洋側では復旧・復興工事関係者等の宿泊需要が発生して宿泊者数が徐々に回復した一方、被害が比較的少なかった日本海側では風評被害が大きく影響して回復が遅れたと整理している。なお、震災から10年を経た阿蘇エリアがどこまで需要とブランドを取り戻したかは、熊本地震10年×阿蘇エリア — 復興と観光ブランド回復のデータ検証で定量的に検証している。

出典:観光庁「宿泊旅行統計調査」(e-Stat 統計表ID 0003313520)よりホテルバンク編集部作成。距離は各県の客室数で加重した重心と2016年4月16日本震の震央(北緯32.75度・東経130.76度)との大円距離。

震央からの距離と落ち込み幅を並べると、両者はほとんど対応していない。佐賀県は震央から約78kmで−6.3%、大分県は約87kmで−39.4%、福岡県は約95kmで−1.7%である。距離が10km違えば揺れは確実に減衰するが、予約行動は距離の関数として減衰していない。

表1:2016年熊本地震 — 九州7県の延べ宿泊者数 前年同月比と震央距離(観光庁「宿泊旅行統計調査」)
県 震央距離 2016年4月 2016年5月 2016年6月 2016年7月
熊本県約1km−5.8%−10.6%+13.2%+3.9%
佐賀県約78km−1.2%−6.3%+6.4%−6.4%
大分県約87km−31.6%−39.4%−21.3%+1.0%
長崎県約92km−17.3%−30.7%−24.4%−15.4%
福岡県約95km+9.4%−1.7%+7.8%+0.3%
宮崎県約107km−5.8%−18.8%−9.9%−0.7%
鹿児島県約178km−17.7%−20.5%−10.8%−2.3%

出典:観光庁「宿泊旅行統計調査」よりホテルバンク編集部作成(延べ宿泊者数・前年同月比)

ただし、この非対称を「風評」の一語で片づけるのは正確ではない。2016年の場合、大分県は自らも大きく揺れている。4月16日01時25分の本震(M7.3)の32秒後、大分県中部でM5.7の誘発地震が発生し、由布市では震度6弱が観測された。防災科学技術研究所などの分析では、この誘発地震がなければ由布市の震度は4程度であったとされる。つまり大分県の需要減には、物理的な揺れという実体的な根拠が部分的に存在していた。日本交通公社は当時、別府市について「ほぼ全ての旅館・ホテルが営業しているにも関わらず、おおよそ8割にもなる宿泊キャンセルが出た」と記録している。実体としての営業状況と、需要側が受け取った情報との間に、大きな乖離が生じていた。

この2016年の経験から引き出せる問いは明快である。宿泊需要は「県」という単位で動く。しかし揺れも、被害も、交通の途絶も「市町村」という単位で起きる。この粒度のズレを埋める作業を誰が担うのか、という問いだ。

2026年の実測震度と客室ストックを重ねる

そこで、2026年7月28日の地震について、気象庁が発表した市町村別の実測震度と、メトロエンジンリサーチが把握する市町村別の客室ストックを重ね合わせた。対象は九州7県のうち客室数100室以上を持つ127市区町村、合計2,785施設・139,045室である。

結果は明確だった。震度6弱以上を観測した市町村の客室ストックは151施設・10,941室で、九州7県の集計対象に対し7.9%にとどまる。震度5弱から5強が375施設・11,796室(8.5%)。残る2,259施設・116,308室、すなわち約83.6%は震度4以下のエリアに立地している。

出典:メトロエンジンリサーチ、気象庁・内閣府発表資料よりホテルバンク編集部作成(九州7県・客室100室以上の127市区町村、N=2,785施設/139,045室)

地図で見るとさらに直観的である。円の大きさが客室数、色が実測震度を表す。震度6弱以上の赤い円は有明海沿岸から八代平野にかけて集中し、九州横断の温泉地帯や離島・半島部の大きな円は、そのほとんどが震度4以下を示す青系の色で描かれる。

出典:メトロエンジンリサーチ、気象庁「震源・震度に関する情報」、内閣府発表資料よりホテルバンク編集部作成。円は客室200室以上の96市区町村を表示。

主要な温泉地・観光地の実測震度を具体的に並べると、2016年との違いも見えてくる。

表2:九州主要温泉地・観光地の実測震度と客室ストック(震度は2026年7月29日時点の暫定値)
エリア 実測震度 施設数 客室数
熊本県 宇城市・氷川町75209
熊本県 熊本市6強797,774
熊本県 八代市6強221,047
熊本県 上天草市6弱29624
熊本県 天草市5強41737
熊本県 阿蘇市5弱371,202
熊本県 南阿蘇村5弱31802
熊本県 人吉市5弱29615
長崎県 雲仙市5弱331,151
熊本県 南小国町(黒川温泉ほか)448649
大分県 九重町463819
大分県 竹田市431472
佐賀県 嬉野市428999
鹿児島県 霧島市4672,707
大分県 別府市31185,030
大分県 由布市31841,906
鹿児島県 指宿市3331,505

出典:気象庁・内閣府発表資料(震度、2026年7月29日時点の暫定値)、メトロエンジンリサーチ(施設数・客室数)よりホテルバンク編集部作成

2016年に震度6弱を観測した由布市は、今回は震度3である。別府市も震度3、南小国町は震度4だった。九州横断の温泉地帯は、10年前とは明確に異なる揺れの条件下にある。もっとも、震度が小さいことは被害がゼロであることを意味しないし、ライフラインや交通を通じた間接的な影響は震度とは別に生じる。だからこそ、震度・交通・営業状況という3つの検証可能な事実を分けて示す必要がある。

到達可否は震度とは別の地図を描く — 2026年7月29日14時時点

宿泊需要にとって、震度と同じくらい重要なのが「そこまで行けるか」である。国土交通省「令和8年熊本地震による被害状況等について(第5報)」(2026年7月29日14時00分現在)に基づき、交通の状況を整理する。以下はすべて同報告書に記載された時点の情報であり、変動が続いている点にご留意いただきたい。

表3:交通・ライフラインの状況(国土交通省 第5報・2026年7月29日14時00分現在)
区分 状況(第5報記載時点)
高速道路
7/29 13:00時点
被災による通行止めは3路線17区間。九州自動車道(益城熊本空港IC〜えびのIC)10区間、南九州自動車道(八代JCT〜水俣IC)6区間、九州中央自動車道(嘉島JCT〜小池高山IC)1区間。人吉IC〜えびのIC間は7月29日から緊急車両の通行が可能。大分自動車道・東九州自動車道・長崎自動車道は通行止め区間に記載なし。
一般国道
7/29 13:00時点
直轄国道は国道57号(車帰IC〜阿蘇西IC)1区間が橋梁損傷により通行止め。補助国道は国道218号(宇城市)、219号(八代市)、266号(宇城市)の3区間。都道府県道等は3県14区間。
鉄道
7/29 12:45時点
九州新幹線は全線で運転見合わせ。在来線は4事業者6路線で運転見合わせ。九州新幹線熊本駅構内の架線断線、鹿児島本線松橋〜小川間の線路変状などの施設被害を確認し、点検が継続中。
航空
7/29 12:00時点
熊本空港は滑走路閉鎖を解除済み、ターミナルの停電・エレベーターも復旧済みで、7月29日は通常運用。天草飛行場も7月29日は通常運用。鹿児島・宮崎・長崎・佐賀の各空港は被害なし。ただし熊本空港では7月29日に14便の欠航が予定されている。
バス・海運
7/29 12:00〜12:30時点
高速バスは福岡県・熊本県発着便を中心に9事業者27路線が運休。熊本県内の路線バスは3事業者で運休等。熊本県と長崎県を結ぶ航路で1事業者1航路が運休。
上水道
7/29 12:00時点
5県24自治体で断水・濁水・漏水が発生(最大断水戸数 約84,000戸)。2県11自治体で約84,000戸が断水中。福岡県大川市・柳川市、佐賀県佐賀市・太良町、熊本県合志市は復旧済み。

出典:国土交通省「令和8年熊本地震による被害状況等について(第5報)」2026年7月29日14時00分現在よりホテルバンク編集部作成

この表から読み取れるのは、交通の途絶が「熊本県中南部に強く、大分方面・長崎方面・鹿児島南部には及んでいない」という空間構造である。九州自動車道の通行止めは益城熊本空港ICから南に伸びており、大分自動車道は通行止めリストに記載がない。空港は熊本空港を含めて全て運用されている。宮崎・鹿児島・長崎・佐賀の空港には被害の記載がない。

一方で、九州新幹線の全線運転見合わせは、鉄道を主たる移動手段とする層——とりわけ鉄道パスを利用する訪日旅行者——にとって九州全域を実質的に一体の「行きにくい場所」に変える。震度の地図と、到達可否の地図は、必ずしも重ならない。DMOや観光協会が発信すべき情報は、震度だけでもなく、道路情報だけでもなく、「どの交通手段でどこまで行けるか」という組み合わせである。

⚠ 交通情報に関する注意:上表は国土交通省第5報(2026年7月29日14時00分現在)の記載内容を整理したものである。復旧作業により状況は継続的に変化するため、実際の移動計画にあたっては各鉄道事業者・道路管理者・航空会社・バス事業者の最新発表を必ずご確認いただきたい。

誰に、どの言語で届けるのか — 宿泊者口コミの言語構成から

正確な情報を出すという方針が決まったとして、次の問いは「誰に向けて、どの言語で」である。ホテルバンク編集部では、九州7県の宿泊施設に直近24か月に投稿された宿泊者口コミ計342,011件を集計し、記述言語の構成を分析した。言語は投稿者の国籍そのものではなく、その旅行者がどの言語で情報を読み書きしているかを示す代理指標である。

出典:ホテルバンク編集部調べ(直近24か月・九州7県・N=342,011件の宿泊者口コミを集計)

県ごとの構成には明確な差がある。福岡県は日本語以外が28.3%を占め、韓国語7.87%・繁体字中国語6.45%・英語12.52%と多言語化が進んでいる。大分県も日本語以外が23.1%で、なかでも韓国語が6.72%と九州の県では福岡県に次いで高い。逆に宮崎県は日本語が89.5%、鹿児島県は87.9%、長崎県は87.1%、佐賀県は87.9%と、国内客の比重が大きい。熊本県は日本語80.7%で、英語9.36%・繁体字中国語4.94%・韓国語4.01%という構成である。

表4:九州7県の宿泊者口コミ 記述言語の構成(直近24か月・N=342,011件)
県 口コミ件数 日本語 英語 繁体字 韓国語 簡体字
福岡県117,20271.7%12.5%6.5%7.9%1.5%
大分県53,11176.9%10.8%4.4%6.7%1.2%
熊本県50,29580.7%9.4%4.9%4.0%1.0%
長崎県44,44287.1%9.1%1.4%1.9%0.4%
鹿児島県40,44387.9%8.1%1.4%1.9%0.6%
佐賀県19,71787.9%4.1%2.2%4.7%1.0%
宮崎県16,80189.5%6.9%2.2%0.9%0.5%

出典:ホテルバンク編集部調べ(直近24か月・N=342,011件)

この分布は、多言語での状況発信をどこに優先配分すべきかを示唆する。訪日客の比率が高い福岡県・大分県・熊本県では、日本語のみの発信では宿泊者の2割から3割に情報が届かない。とりわけ大分県の韓国語比率6.72%と福岡県の7.87%は、韓国語での状況発信の重要性を裏づけている。訪日需要が厚いにもかかわらず多言語対応が薄いエリアがどこに分布しているかは、多言語対応が希少な成長エリアを探す|訪日地方分散と言語ホワイトスペースで全国単位に整理している。

なぜこれが重要かは、2016年の回復パターンが示している。熊本県の延べ宿泊者数は総数では2016年6月に前年同月比+13.2%とプラス転換したが、外国人延べ宿泊者数は5月に−84.3%まで落ち込み、12月時点でもなお−37.6%と、年内に回復していない。一方の大分県は、外国人が5月に−66.2%まで落ちた後、9月には+42.9%とV字回復している。国内需要と訪日需要では、回復曲線の形も所要期間もまったく異なる。

出典:観光庁「宿泊旅行統計調査」(e-Stat 統計表ID 0003313520)よりホテルバンク編集部作成(前年同月比)

国内客は「復旧関係者の宿泊需要」という別の需要で下支えされ、また日本語の詳細な報道に接することで市町村単位の状況を把握できる。訪日客にはそのどちらも当てはまらない。海外メディアは「Kumamoto, Japan / Magnitude 7.1」という粒度で報じ、それ以上の細分化は原則として起こらない。この情報粒度の差が、回復期間の差として現れていると考えられる。

発災前の水準を記録しておく意味

需要の回復を後から評価するには、発災前の基準線が必要である。メトロエンジンリサーチのデータによると、熊本県の主要温泉地の2026年7月時点の推定成約ADRは、南小国町が約24,500円(N=45施設)、南阿蘇村が約27,300円(N=16施設)、阿蘇市が約18,900円(N=25施設)であった。前年同月と比べると、南小国町は−6.9%、南阿蘇村は+20.4%、阿蘇市は+13.9%である。隣県では大分県全体が約13,300円(N=453施設)、鹿児島県が約8,900円(N=305施設)、長崎県が約9,900円(N=249施設)であった。

これらはいずれも2026年7月28日の発災前に観測された、あるいは発災前の掲載に基づく推定値である。今後の推移を評価する際の基準線として記録しておく価値がある。発災後の需要がエリアごとにどう分岐していくかを実際に追った事例としては、能登半島地震1年4ヶ月、和倉温泉・輪島の復興フェーズと2026年夏予約動向も参考になる。なお8月以降の数値は調査時点でOTA等に掲載されていた販売価格に基づく推定であり、今後の掲載更新により変動する。

⚠ 将来日程のADRに関する注意:本記事のADRは調査時点でOTA等に公開されている販売価格をもとにした推定値であり、チェックイン日に近づくにつれて変動する。またこれらは2026年7月28日の地震発生前の掲載を主に反映しており、今後の販売状況を予測するものではない。

回復力は、発信の設計として準備できる

ここまでのデータから、DMO・観光協会・宿泊事業者が発信の設計として準備できることを4点にまとめたい。いずれも「風評を否定する」という受け身の姿勢ではなく、検証可能な事実を先回りして提示するという能動的な設計である。

第一に、市町村単位の実測震度を示す。「九州で地震」という粒度と、「宇城市・氷川町で震度7、由布市・別府市で震度3」という粒度では、読み手が下す判断がまったく異なる。震度は気象庁が発表する公的な数値であり、自治体や観光協会が独自に検証する必要はない。引用し、地図に落とすだけでよい。

第二に、到達可否を交通手段ごとに示す。空港が通常運用でも、鉄道が止まっていれば旅程は組めない。逆に鉄道が止まっていても、空港とレンタカーの組み合わせで到達できるエリアは広い。2026年7月29日14時時点でいえば、大分自動車道・東九州自動車道に通行止めの記載はなく、鹿児島・宮崎・長崎・佐賀の各空港に被害の記載はない。この情報は、旅程を組み直そうとする旅行者にとって決定的である。

第三に、営業状況は各施設の公式発表に委ねる。宿泊予約サイトへの掲載有無や第三者による集計は、営業可否の根拠にならない。設備点検中、断水中、あるいは避難者の受け入れ中といった事情は施設ごとに異なる。観光協会やDMOに求められるのは、個別施設の営業を保証することではなく、旅行者が各施設の一次情報にすぐ辿り着ける導線を用意することである。

第四に、多言語で同時に出す。2016年に熊本県の外国人延べ宿泊者数が年内に回復しなかった事実は、日本語での丁寧な発信だけでは訪日需要は戻らないことを示している。九州7県の宿泊者口コミの言語構成を見れば、優先すべき言語は明確である。英語、韓国語、繁体字中国語の3言語で、震度・交通・営業状況の3点セットを出すことが、最も費用対効果の高い準備といえる。

2016年に別府市で起きた「ほぼ全施設が営業しているのに約8割がキャンセル」という状況は、情報の空白が生んだものだった。震度は距離とともに確実に減衰する。しかし予約行動は、正確な情報が届かないかぎり距離とともには減衰しない。この非対称を埋める作業こそが、観光地の回復力の設計そのものである。

まとめ

2016年の九州では、震央を抱える熊本県の延べ宿泊者数が5月に−10.6%であったのに対し、大分県は−39.4%、長崎県は−30.7%と、震央から離れた県のほうが大きく落ち込んだ。震央からの距離と落ち込み幅にはほとんど対応関係がない。

2026年7月28日の地震では、九州7県の集計対象となる客室ストック139,045室のうち、震度6弱以上のエリアに立地するのは10,941室(7.9%)で、83.6%にあたる116,308室は震度4以下のエリアにある。九州横断の温泉地帯では由布市・別府市が震度3、南小国町・九重町・竹田市が震度4を観測した。2016年に誘発地震で震度6弱を記録した由布市とは、揺れの条件が明確に異なる。

交通は、2026年7月29日14時時点で九州自動車道の益城熊本空港IC以南と南九州自動車道に通行止めが集中し、九州新幹線は全線で運転見合わせ。一方で熊本空港を含む九州の各空港は運用されており、大分自動車道・東九州自動車道に通行止めの記載はない。到達可否の地図は、震度の地図とは異なる形をしている。

そして九州7県の宿泊者口コミ342,011件の言語構成は、福岡県で日本語以外が28.3%、大分県で23.1%、熊本県で19.3%を占める。2016年に熊本県の外国人延べ宿泊者数が年内に回復しなかった事実と併せると、多言語での市町村単位の状況発信は、回復力を左右する実務的な備えといえる。

あわせて読みたい

参考資料・出典一覧

■ データソース

震度は気象庁「震源・震度に関する情報」および内閣府「令和8年熊本地震に係る被害状況等について」(令和8年7月29日7時00分現在)、交通・ライフラインは国土交通省「令和8年熊本地震による被害状況等について(第5報)」(2026年7月29日14時00分現在)。延べ宿泊者数は観光庁「宿泊旅行統計調査」(e-Stat 統計表ID 0003313520)。客室ストックおよび推定成約ADRはメトロエンジンリサーチ(九州7県・客室100室以上の127市区町村、N=2,785施設/139,045室)。宿泊者口コミの言語構成はホテルバンク編集部調べ(直近24か月・N=342,011件)。

■ 試算前提

震央距離は各県の客室数で加重した重心と2016年4月16日本震の震央(北緯32.78度・東経130.73度)との大円距離として算出した。震度は市区町村単位の観測値を、当該市区町村に所在する施設へ一律に対応させている。推定成約ADRはエリア内対象施設の中央値で、前年同月比は同一エリア・同一月の値どうしで比較した。口コミの言語は投稿の記述言語であり、投稿者の国籍そのものではない。

■ 限界・留意点

被害・ライフライン・交通の数値はいずれも本文に明記した時点の暫定値であり、今後の精査により変更される可能性がある。客室ストックはOTA等に掲載のない旅館・民宿・簡易宿所を含まず、全数調査ではない。推定成約ADRは公開されている販売価格に基づく推定値であり、実際の成約価格とは異なる。本稿は今後の需要を予測するものではなく、個別施設の営業可否・被害状況を保証するものでもない。

■ 2026年の地震に関する公的発表

■ 2016年熊本地震と観光への影響

■ 統計・市場データ

  • 観光庁「宿泊旅行統計調査」(e-Stat 統計表ID 0003313520 — 年、月、施設所在地別 延べ宿泊者数)
  • メトロエンジンリサーチ — 市区町村別の営業中施設数・客室数(九州7県・客室100室以上の127市区町村、N=2,785施設/139,045室)、推定成約ADR
  • ホテルバンク編集部調べ — 九州7県の宿泊者口コミ言語構成(直近24か月・N=342,011件)

関連記事