ホテルや旅館の計画で「温泉を掘るか」を検討する場面は、都市部の宿泊特化型でも郊外のリゾートでも珍しくなくなった。温泉は集客の訴求点になる一方、掘削には都道府県知事の許可が要り、費用は深度に比例して膨らみ、湧いた後も揚湯と維持の費用が毎年かかる。風致地区、スプリンクラー、駐車場附置義務、EV充電器と続けてきた「規制がCapexに乗せる額」のシリーズとして、本稿は温泉掘削を取り上げる。
本稿で整理するのは、取得・開発の判断に使う三つの数字である。第一に、温泉法の許可手続と都道府県ごとの審査・手数料。第二に、深度500m・1,000m・1,500mの3ケースで見た掘削Capexと、年間の運営費のレンジ。第三に、メトロエンジンリサーチの推定成約ADRで測った「温泉表記あり」と「なし」の単価差から逆算した、客室数20室・50室・100室別の回収年数である。温泉付帯がどれだけ単価に表れるかという収益側の分析は既刊「都市型ホテルの温浴付帯23.5% — 温泉表記ありは推定ADR+54%」で扱った。本稿は費用と回収年の側から、掘削が成立する条件を探る。
既刊との線引き
- 既刊「源泉27,899本・4割が未利用 — 温泉宿の原資産『掘る・引く・買う』コスト比較」は、温泉を確保する3ルートの年当たり負担を比べた。本稿は「掘る」だけを取り出し、深度別のCapexと、単価差から見た回収年を出す。
- 既刊「都市型ホテルの温浴付帯23.5%」は収益側(温浴付帯と単価の関係)。本稿は同じ単価差を、同一市町村内の比較で測り直して回収年の入力値として使う。
- 源泉の権利形態と取得時の評価は既刊「源泉は誰のものか」、大浴場の設備更新費は「温泉旅館の大浴場、設備更新は1室年2.1万〜9.0万円」を参照されたい。
本記事における指標の定義
- ADR(平均客室単価):各施設がOTA上で公開する最安プラン水準(2名1室利用時・1室あたり料金・税込)に業態別の補正係数を適用して算出した推定成約単価(税抜相当)。上場ホテルREITが開示する物件別実績との照合(91施設・直近3ヶ月間)で誤差中央値は約7%。推定値であり、各施設の実際の成約価格・会計数値とは異なります。エリア単位のADRは対象施設の中央値(エリアの標準的な施設の水準)。本稿では施設ごとに2025年9月〜2026年8月の月次値を平均して用いています。
- OCC(稼働率):エリア内の総客室数に対する販売済み客室数の割合(OTA販売在庫に基づく推定値、REIT月次公表値との整合性検証で概ね数pt 程度の精度を確認済)。なお本稿の回収年試算で用いる稼働率50〜90%は、実測値ではなく試算上の前提値です。
- 温泉表記あり:施設名に「温泉」「湯元」「湯本」「の湯」等の表記を含む施設。施設名に表記のないまま温泉を引いている施設は「なし」側に含まれるため、単価差はその分小さめに出ます。
- 同一市町村比較:同じ業態・同じ市町村の中で、温泉表記ありの施設の推定成約ADR中央値と、表記なしの施設(3施設以上)の中央値を比べ、市町村ごとの差の中央値をとったもの。
- 集計母集団:メトロエンジンリサーチが追跡するうち、稼働が確認できるビジネスホテル・シティホテル・リゾートホテル・旅館のうち、上記12ヶ月のうち9ヶ月以上ADRが観測でき、客室数10室以上の10,585施設・900,552室。
- 単純回収年:掘削Capex ÷(年間増収額 − 年間運営費)。税・金利・OTA手数料・浴場の建築費は含みません。
- 掲載価格に言及する箇所は2名1室利用時の1室あたり料金(税込)です。
- — 温泉の掘削は温泉法第3条、増掘と動力装置(ポンプ)の設置は第11条で都道府県知事の許可が要る。多くの県は審議会(温泉部会)に諮ってから許可を出し、審議会は年2〜4回しか開かれない。掘削許可の申請手数料は広島県・東京都・長崎県・青森県が12万円、群馬県が14万円、神奈川県が131,480円である。
- — 掘削工事は10mあたり60万〜100万円前後とされ、試掘・手数料・揚湯設備を足した総額は深度500mで約4,100万〜8,400万円、1,000mで約7,100万〜1億3,400万円、1,500mで約1億100万〜1億8,400万円になる(編集部試算)。
- — 湧いた後の運営費は、揚湯ポンプの電力、数年〜10年ごとのポンプ交換・配管洗浄、10年ごとの成分分析で年約70万〜460万円(加温燃料を除く)。
- — 同じ市町村の中で比べると、温泉表記ありのビジネスホテルは推定成約ADRが+¥3,300(+44.0%)高い。ただし温浴を標準仕様とする一つの系列の単価の強さが大きく効いており、その系列を除くと+¥900(+11.9%)になる。旅館では+¥600(+3.4%)とほぼ揃う。
- — 深度1,000m・稼働率70%(通年・試算上の前提値)の場合、100室・単価差¥2,000なら約2.1年で回収できる。20室・単価差¥1,000では約33年かかり、小規模な宿では引湯や沸かし湯のほうが採算に合いやすい。
温泉を掘るには許可が3つ要る — 掘削・増掘・動力装置
温泉法第3条は、温泉を湧き出させる目的で土地を掘削しようとする者に、都道府県知事の許可を受けるよう定めている。湧いた源泉をさらに掘り下げる「増掘」と、湧出量を増やすためにポンプを据える「動力の装置」は、同法第11条で別に許可が要る。都市部や平野部の大深度掘削では自噴しないことが多いため、実務では掘削許可と動力装置許可をセットで取る計画になると考えておくのが現実的である。
審査で見られるのは、既存の源泉への影響である。温泉法第4条は、掘削が周辺の温泉の湧出量・温度・成分に影響を及ぼすと認めるときなどに、知事は許可をしないことができると定める。環境省「温泉資源の保護に関するガイドライン(改訂)」(平成26年4月)によれば、温泉保護のための特別な区域を設けている都道府県は27あり、区域内の規制は掘削の原則禁止が18、深度規制が9、掘削口径の規制が8(重複あり)だった。既存源泉から一定距離内の掘削を原則認めない距離規制は20都道府県が実施し、規制距離は500mが最も多い。
この距離規制は、申請書の添付図面の要件にも表れている。広島県は掘削地点から半径500m以内に既存源泉があれば、その所有者の同意書を求める。神奈川県は200m以内に既存源泉があれば、揚湯試験による影響調査が要る。群馬県は付近源泉位置図に半径500m・1,500m・2,000m・3,000mの円を描くよう求めており、栃木県の小沼みつよ行政書士事務所の解説では、同県の都市部で1,600mを超える深度の掘削と既存源泉2km以内の掘削が禁止されている例が紹介されている。候補地の周辺に既存源泉が何本あるかは、土地の手当てより前に確認しておきたい項目である。
時間軸も計画に効く。申請から許可までは審議会の開催日程に縛られ、広島県の温泉部会は例年6月ごろと12月ごろの年2回、長崎県は年4回、青森県は年3回開かれる。東京都は不定期開催で、許可後2年以内に工事を完了させる必要がある。掘削工事そのものは平均3〜6か月程度とされるため、申請から湯が使えるまでは1年前後を見込むのが目安になる。開業日から逆算すると、設計の初期段階で掘削の可否を決める必要がある。
| 都道府県 | 掘削 | 増掘 | 動力装置 | 審議会の開催 | 既存源泉との関係(申請要件) |
|---|---|---|---|---|---|
| 広島県 | 12万円 | 11万円 | 11万円 | 年2回(6月・12月ごろ) | 半径500m以内の既存源泉は所有者の同意書 |
| 東京都 | 12万円 | — | — | 不定期 | 許可後2年以内に工事完了 |
| 長崎県 | 12万円 | 11万円 | 11万円 | 年4回(6・9・12・3月) | 管轄保健所へ申請 |
| 青森県 | 12万円 | 11万円 | 11万円 | 年3回 | 付近1,000m以内の見取図 |
| 群馬県 | 14万円 | 14万円 | 11万円 | 審議会(温泉部会)に諮問 | 半径500m〜3,000mの源泉位置図 |
| 神奈川県 | 131,480円 | — | 111,530円 | 年2回 | 200m以内の既存源泉は揚湯試験で影響調査 |
手数料そのものは、掘削と動力装置を合わせても1件23万〜25万円程度で、Capex全体から見れば小さい。効いてくるのは金額よりも、審議会の開催回数が決める待ち時間と、距離規制による立地の選択肢の狭さである。実際の申請件数も多くない。環境省「令和6年度温泉法に基づく行政処分状況」によると、新規掘削の申請は全国で141件・許可135件、動力装置は申請100件・許可101件で、最多の大分県でも掘削申請は34件にとどまる。
掘削Capexは深度で決まる — 500m・1,000m・1,500mの総額レンジ
掘削費には公的な統計がない。そこで本稿は、公表されている相場を積み上げて深度別の総額を組み立てる。栃木県の小沼みつよ行政書士事務所の解説では、どんな温泉が出るかを予測するための試掘が100万〜400万円、本掘削の工事費が10mあたり60万〜100万円前後とされ、源泉のまま適温で使える深さまで掘ると1千万円から1億円近い工事費になるという。これにポンプ・配管・貯湯槽・加温設備が加わる。マネーフォワード クラウド会社設立の解説記事(2026年3月)は、ポンプ等の設備費だけで最低でも1,000万円前後とし、地質調査会社のエオネックスは、1,000m程度を掘ってポンプ設備を据えた場合に概ね1.5億円以上が必要としている。
この相場を、試掘、申請手数料(掘削+動力装置)、掘削工事、揚湯・給湯設備の4項目に分けて深度別に並べたのが表2である。揚湯・給湯設備の上限3,000万円は、配管延長や貯湯槽・加温設備の規模の違いを見込んだ編集部の設定値である。
| 項目 | 深度500m | 深度1,000m | 深度1,500m | 根拠 |
|---|---|---|---|---|
| 試掘・事前調査 | 100万〜400万 | 100万〜400万 | 100万〜400万 | 小沼みつよ行政書士事務所 |
| 申請手数料(掘削+動力装置) | 23万〜25万 | 23万〜25万 | 23万〜25万 | 表1の各県 |
| 掘削工事(10mあたり60万〜100万) | 3,000万〜5,000万 | 6,000万〜1億 | 9,000万〜1億5,000万 | 同上・深度比例で試算 |
| 揚湯・給湯設備(ポンプ・配管・貯湯槽・加温) | 1,000万〜3,000万 | 1,000万〜3,000万 | 1,000万〜3,000万 | 下限:マネーフォワード/上限:編集部設定 |
| 総額 | 約4,100万〜8,400万 | 約7,100万〜1億3,400万 | 約1億100万〜1億8,400万 | — |
| 中位(回収年試算に使用) | 約6,300万 | 約1億300万 | 約1億4,300万 | 下限と上限の中間 |
| 平均的な地温勾配での泉温の目安 | 約28〜30℃ | 約40〜45℃ | 約53〜60℃ | 地表15℃+2.5〜3℃/100mで編集部試算 |
総額の大半は掘削工事が占め、深度が倍になれば工事費もほぼ倍になる。ただし深く掘る意味は泉温にある。日本地熱学会によれば、平均的な地温勾配は100mあたり約2.5〜3℃である。地表付近を15℃と置くと、500mでは30℃前後にとどまり温泉法上の温泉(25℃以上)には届いても浴用には加温が要る。1,000mで40〜45℃、1,500mでようやく50℃台になる。火山地帯ではずっと浅い深度で高温が得られることもあり、これはあくまで非火山地の平均的な目安である。
つまり、500mで掘れば初期費用は抑えられるが、毎年の加温燃料が増える。1,500mで掘れば加温の手間は減るが、初期費用は500mの2倍を超える。深度の選択は初期費用と加温燃料の入れ替えとして考えると整理しやすい。エオネックスが示す「1,000m級で1.5億円以上」は、表2の1,000mの上限(1億3,400万円)を上回る。深くなるほど大型の掘削機が要り、10mあたりの単価も上がりやすいことを考えると、深度1,000m以上では表2の上限側を基準に置くのが安全だろう。
湧いた後の運営費は年70万〜460万円 — 電力とポンプ更新が中心
自家源泉の運営費は、揚湯・保守・法定検査の3つに分かれる。マネーフォワード クラウド会社設立の解説では、揚湯ポンプの電気代が月数万〜数十万円、数年から10年に一度のポンプ交換や配管洗浄に数百万円単位、10年に1回の成分分析に十数万円がかかるとされる。温泉法は、温泉を公共の浴用に使う施設に成分等の掲示を義務づけ、掲示の根拠となる成分分析は10年ごとに受け直す必要がある。旅館業や公衆浴場の条例で定められたレジオネラ属菌の検査も、沸かし湯の浴場と同じように続く。
| 費目 | 公表されている水準 | 年換算(編集部) |
|---|---|---|
| 揚湯ポンプの電力 | 月額数万〜数十万円 | 36万〜360万円 |
| ポンプ交換・配管洗浄 | 数年〜10年に一度、数百万円単位 | 30万〜100万円 |
| 温泉成分分析(10年ごと) | 十数万円 | 1万〜2万円 |
| 合計(加温燃料を除く) | — | 約70万〜460万円 |
| 加温燃料 | 泉温と湯量で決まる(500m級ほど大きい) | 個別試算 |
| 参考:引湯の場合の温泉使用料 | 熱海市営温泉 営業用甲種 基本料金43,378円/月(80立方メートルまで、令和6年4月改定) | 約52万円〜 |
電力の幅が大きいのは、揚湯量と水位(どれだけの深さから汲み上げるか)で消費電力が変わるためである。回収年の試算では、この合計の中間に近い年200万円を運営費に置く。加温燃料は泉温と季節で大きく動くため別枠とし、旅館の熱源費の水準は既刊「ホテルの電気代、1室あたり年9.6万円」も参照されたい。なお宿泊客が納める入湯税(標準は1人1泊150円)は宿が特別徴収して納めるもので、運営費ではない。制度の詳細は「入湯税とは?」で整理している。
回収の入力値 — 同じ市町村で比べた「温泉表記あり」の単価差
Capexの回収を試算するには、温泉が単価をどれだけ押し上げるかという入力値が要る。温泉のある施設は温泉地に集まっているため、全国で単純に比べると立地の差まで温泉の効果に見えてしまう。そこで本稿は、同じ業態・同じ市町村の中で、温泉表記ありの施設と表記なしの施設の推定成約ADR中央値を比べた。対象は稼働が確認できる10,585施設・900,552室である。
| 業態 | 対象施設 | うち温泉表記あり | 比較できた市町村 | 差がプラスの市町村 | 単価差(中央値) | 比率 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| ビジネスホテル | 4,925 | 71 | 51 | 44 | +¥3,294 | +44.0% |
| うち特定系列を除く | 4,888 | 34 | 22 | 14 | +¥907 | +11.9% |
| リゾートホテル | 815 | 51 | 16 | 10 | +¥2,065 | +14.5% |
| 旅館 | 3,949 | 852 | 185 | 101 | +¥576 | +3.4% |
| シティホテル(参考・県内比較) | 896 | 9 | 7県 | 7 | +¥6,326 | +69.2% |
ビジネスホテルでは、比較できた51市町村のうち44で温泉表記ありの施設が高く、差の中央値は+¥3,300(+44.0%)に達する。ただしこの数字は、そのまま温泉だけの効果とは読めない。温泉表記ありのビジネスホテル71施設のうち37施設は、天然温泉の大浴場を標準仕様として展開する一つの系列に属しており、その系列のブランド力と運営力が単価差の多くを生んでいるとみられる。その系列を除いた34施設(比較できたのは22市町村)で同じ比較をすると、差は+¥900(+11.9%)になり、22市町村のうち14でプラスだった。
リゾートホテルは+¥2,100(+14.5%)、旅館は+¥600(+3.4%)と小さい。旅館は施設名に温泉と書かなくても温泉を引いている宿が多く、「表記なし」側にも温泉のある宿が混ざるため差が出にくい。温泉地の旅館にとって温泉は単価を上げる材料というより、あって当たり前の前提条件だといえる。既刊「都市型ホテルの温浴付帯23.5%」では、温泉表記のない大浴場だけの層では同一県・同一規模帯で比べた単価差が+1.3%にとどまった。単価を押し上げるのは浴場の有無より、「温泉」として訴求できるかどうかである。この点が、掘削と沸かし湯の分かれ目になる。
回収年の試算では、この実測値を幅として使う。系列を除いたビジネスホテルの+¥900を下限、ビジネスホテル全体の+¥3,300を上限の目安とし、¥500〜¥5,000の5段階で感度を見る。
エリア別に見た単価差 — ホテルは各地でプラス、旅館は地域で分かれる
同じ比較を地方ブロック別に行うと、ホテル(ビジネス・シティ・リゾート)では、比較できたすべての地方で温泉表記ありの施設が高い。北海道(+52.8%)と中国(+53.9%)が大きく、九州・沖縄(+18.2%)が最も小さい。一方、旅館は中部(+13.6%)と北海道(+18.5%)でプラス、関東(−10.3%)と中国(−20.0%)でマイナスと方向がまちまちで、温泉表記そのものが単価を分ける軸になっていない。
差の大きさは、周囲に温泉のある宿がどれだけあるかと関係している。ホテル業態で比較できた68の市町村×業態を、市町村内の宿泊施設に占める温泉表記ありの割合で二つに分けると、割合が10%未満の40地点では単価差の中央値が+44.3%(40地点中35でプラス)、10%以上の28地点では+24.4%(同20)だった。温泉が珍しい市場ほど、「温泉」が差別化の材料として効きやすい。地図は、温泉表記ありのホテルがある109市町村を、市町村内での温泉表記の割合で色分けしたものである。東京・大阪・名古屋・福岡の都心の区は1〜2%台、多くの県庁所在地も10%未満にとどまり、温泉がまだ希少な市場であることがわかる。なお割合は施設名の表記に基づくため、名称に温泉と書かない宿が多い温泉地では実態より低く出る。
何年で回収できるか — 単価差×客室数×深度の感度表
年間の増収額は、単価差 × 稼働率 × 客室数 × 365日で決まる。稼働率70%(通年・試算上の前提値)を基準にすると、単価差¥1,000の増収は20室で年511万円、50室で年1,278万円、100室で年2,555万円になる(通年換算)。ここから運営費の年200万円を引き、表2の中位Capexで割ったのが表5の単純回収年である。
| 深度(Capex中位) | 客室数 | 単価差¥500 | ¥1,000 | ¥2,000 | ¥3,000 | ¥5,000 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 500m(約6,300万円) | 20室 | 113.0年 | 20.2年 | 7.6年 | 4.7年 | 2.7年 |
| 50室 | 14.3年 | 5.8年 | 2.7年 | 1.7年 | 1.0年 | |
| 100室 | 5.8年 | 2.7年 | 1.3年 | 0.8年 | 0.5年 | |
| 1,000m(約1億300万円) | 20室 | 185.1年 | 33.0年 | 12.5年 | 7.7年 | 4.4年 |
| 50室 | 23.4年 | 9.5年 | 4.4年 | 2.8年 | 1.7年 | |
| 100室 | 9.5年 | 4.4年 | 2.1年 | 1.4年 | 0.8年 | |
| 1,500m(約1億4,300万円) | 20室 | 257.2年 | 45.9年 | 17.4年 | 10.7年 | 6.1年 |
| 50室 | 32.5年 | 13.2年 | 6.1年 | 3.9年 | 2.3年 | |
| 100室 | 13.2年 | 6.1年 | 2.9年 | 1.9年 | 1.1年 |
回収年を分けるのは、深度より客室数と単価差の掛け算である。100室なら単価差¥1,000でも深度1,000mで4.4年、¥2,000あれば2.1年で掘削費を回収できる。一方20室では、単価差¥1,000だと深度500mでも20.2年、1,000mなら33.0年かかる。系列を除いたビジネスホテルの実測(+¥900)に近い水準では、小規模な宿が掘削費を単価だけで回収するのは難しい。
稼働率の影響も確認しておく。深度1,000m・50室で、単価差¥2,000のとき稼働率50%(通年・前提値)なら6.3年、90%なら3.3年になる。単価差¥900(系列を除いたビジネスホテルの実測)では、稼働率50%(同上)で16.5年、90%(同上・通年)でも8.0年である。表5の回収年は売上ベースなので、増収分の3割がOTA手数料などで抜けると仮定すれば、回収年はおよそ1.4倍に延びる。これらの数字は掘削の成否(期待した泉温・湯量が得られるか)を織り込んでいない点にも留意したい。
3つのシナリオで見る回収年 — 悲観側では20室は回収できない
表5は中位のCapexと稼働率70%(通年の前提値)を固定した感度表である。ただし前節で見たとおり、エオネックスは1,000m級で「1.5億円以上」とし、運営費にも70万〜460万円の幅がある。そこで深度1,000mについて、Capex・運営費・単価差・稼働率・手数料の5つの前提を同じ方向にそろえた楽観・中位・悲観の3シナリオで回収年を並べた(表6)。
| シナリオ | 掘削Capex | 年間運営費 | 単価差 | 稼働率(通年・前提値) | 増収の手取り | 20室 | 50室 | 100室 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 楽観 | 約7,100万円(表2下限) | 70万円 | ¥3,300(ビジネス全体の実測) | 80% | 100% | 3.8年 | 1.5年 | 0.7年 |
| 中位 | 約1億300万円(表2中位) | 200万円 | ¥2,000 | 70% | 100% | 12.5年 | 4.4年 | 2.1年 |
| 悲観 | 1億5,000万円(エオネックスの目安) | 460万円 | ¥900(特定系列を除く実測) | 60% | 70%(3割をOTA手数料等で控除) | 回収不能 | 65.3年 | 16.3年 |
楽観と悲観の差は、同じ100室でも0.7年と16.3年の23倍に開く。とくに悲観側では、20室は年間の手取り増収(約276万円)が運営費460万円を下回り、何年たっても回収できない。100室でも16年を超え、ポンプの更新周期(数年〜10年)を1〜2回またぐ。逆に言えば、掘削の採算は単価差の実測がどちら側に出るかで大きく分かれ、特定の系列のように「温泉」を前面に出した商品設計ができるかどうかが前提になる。
客室数ごとに、何円の単価差があれば10年で回収できるかを逆算したのが表7である(中位シナリオの運営費200万円・稼働率70%)。
| 深度(Capex中位) | 20室 | 50室 | 100室 |
|---|---|---|---|
| 500m(約6,300万円) | ¥1,619 | ¥648 | ¥324 |
| 1,000m(約1億300万円) | ¥2,402 | ¥961 | ¥480 |
| 1,500m(約1億4,300万円) | ¥3,185 | ¥1,274 | ¥637 |
実測の単価差と並べると線引きがはっきりする。系列を除いたビジネスホテルの+¥900は、深度1,000mなら50室(必要¥961)にわずかに届かず、100室(必要¥480)なら余裕がある。旅館の+¥600は、100室・深度1,500mの必要額¥637にも届かない。20室が深度1,000mを10年で回収するには¥2,402が必要で、これはビジネスホテル全体の実測+¥3,300に近い水準を自力で出せる場合に限られる。
判断軸 — 掘削が成立する立地・規模と、温浴設備で足りる場面
ここまでの数字を、取得・開発の判断に使える形に整理する。軸は三つある。①周辺に既存源泉が少なく距離規制にかからないか(許可が取れるか)、②客室数×単価差で年間増収が運営費を十分に上回るか(回収できるか)、③周囲に温泉のある宿が少なく「温泉」が差別化になるか(単価差が出るか)。
掘削が成立しやすい
80〜100室以上・温泉地から離れた都市部や地方中核都市。周囲に温泉のある宿が少なく、単価差¥2,000以上を見込める立地なら、深度1,000mでも2〜4年で回収できる。距離規制にかかる既存源泉が近くにないことが前提になる。
条件次第で成立
50室前後。単価差¥2,000なら深度1,000mで4.4年、¥1,000では9.5年。浅い深度(500m級)で温泉法上の温泉が得られる地質なら回収は早まるが、加温燃料の増加を見込む必要がある。許可待ちの1年前後を開業計画に組み込めるかも分かれ目になる。
温浴設備・引湯で足りる
20〜30室の小規模施設、または温泉地の中の宿。単価差¥1,000前後では回収に20年以上かかる。温泉地の中なら集中管理源泉からの引湯(熱海市営で基本月4.3万円〜)、温泉地外なら沸かし湯や人工温泉の大浴場で、口コミ評価や稼働の側から回収を狙うほうが合理的だろう。
沸かし湯や人工温泉は温泉法上の温泉ではないため、掘削や動力装置の許可は要らず、「天然温泉」として訴求することはできない。その代わり、初期費用は浴場の設備に限られ、開業時期も審議会の日程に左右されない。単価への上乗せは小さいものの、既刊「都市型ホテルの温浴付帯23.5%」で見たとおり、大浴場は口コミ評価を押し上げる効果があり、評価と稼働の側で回収する選択肢になる。
取得の場面では、この判断軸が逆向きに働く。すでに自家源泉を持つ物件は、許可・掘削・待ち時間という三つのハードルを越え終えた資産である。深度1,000m級の源泉なら、再調達には7,100万〜1億3,400万円と1年前後の時間がかかる計算になる。源泉の権利と分湯量の確認は「源泉は誰のものか」で整理した手順で進め、動力装置の更新時期と揚湯量の許可条件を合わせて確認しておきたい。
まとめ
温泉掘削は、許可(温泉法第3条・第11条)、Capex(深度1,000mで約7,100万〜1億3,400万円)、運営費(年約70万〜460万円)の三つがそろって初めて計画になる。申請手数料は1件12万円前後と小さいが、審議会の開催が年2〜4回に限られ、既存源泉との距離規制が立地を選ぶ。回収を左右するのは深度よりも客室数と単価差の掛け算で、100室規模なら数年で回収できる一方、20室規模では単価差だけでの回収は難しい。単価差の実測は、同じ市町村で比べるとビジネスホテルで+¥3,300、特定系列を除けば+¥900、旅館では+¥600だった。掘るか、引くか、沸かすかは、この数字を自分の計画の客室数に当てはめて決めるのが近道である。
試算に関する注意:本稿の掘削費・運営費は公表されている相場と編集部の設定値を組み合わせた簡易試算であり、地質・深度・泉温・湯量・許可条件によって大きく変わります。単価差は施設名の温泉表記に基づく観測値で、ブランド・築年・客室の広さなど温泉以外の差も含みます。実際の投資判断には、地質調査会社による事前調査と個別のフィージビリティ・スタディが必要です。
関連記事
- 源泉27,899本・4割が未利用 — 温泉宿の原資産「掘る・引く・買う」コスト比較
- 都市型ホテルの温浴付帯23.5% — 温泉表記ありは推定ADR+54%、東京は9.7%に伸びしろ
- 源泉は誰のものか — 自家源泉・引湯・集中管理で分かれる旅館取得のバリュエーション
- 温泉旅館の大浴場、設備更新は1室年2.1万〜9.0万円 — 循環ろ過の条例基準とCapexサイクル
- 上水道がない用地にホテルは建つか — 井戸の20年コストと山間立地2,120施設
- ホテルのスプリンクラー義務は6,000㎡・11階から — 約200室が分岐点
- ホテルの駐車場附置義務、都市で2.5倍差 — 300室なら12〜30台
- EV充電器の設置義務、ホテルは約120室から対象 — 東京都の新築規制とCapex試算
参考資料・出典一覧
■ データソース
単価差は、メトロエンジンリサーチが追跡するビジネスホテル・シティホテル・リゾートホテル・旅館のうち、2025年9月〜2026年8月の12ヶ月中9ヶ月以上推定成約ADRが観測でき客室数10室以上の10,585施設・900,552室を対象に、施設ごとの月次推定成約ADRの平均を業態×市町村(シティホテルは業態×都道府県)で比較した。許可手続・手数料は各都道府県・熱海市の公式ページ、申請件数と保護区域は環境省資料、掘削費・運営費・地温勾配は行政書士事務所・マネーフォワード・エオネックス・日本地熱学会の公表値による。
■ 試算前提
掘削Capex=試掘100万〜400万円+申請手数料23万〜25万円+掘削工事(10mあたり60万〜100万円×深度)+揚湯・給湯設備1,000万〜3,000万円(上限は編集部設定)。中位は下限と上限の中間。年間増収=単価差×稼働率×客室数×365日(売上ベース)、稼働率は通年の前提値(基準70%、感度50〜90%)、年間運営費は中位200万円(範囲70万〜460万円、加温燃料を除く)。単純回収年=Capex÷(年間増収−年間運営費)。悲観シナリオのみ増収の3割をOTA手数料等として控除した。泉温は地表15℃+2.5〜3℃/100mで推計した。
■ 限界・留意点
掘削費に公的統計はなく、相場の積み上げによる簡易試算である。掘削の成否(泉温・湯量)、加温燃料、浴場の建築費、税・金利は含まない。単価差は施設名の温泉表記による分類で、表記のないまま温泉を引く施設は「なし」側に入るほか、ブランド・築年・客室面積など温泉以外の差も含む。ビジネスホテルの単価差の約半分は一つの系列(温泉表記ありの71施設中37施設)に由来する。手数料・審議会の開催回数は2026年9月時点の各公式ページの記載で、改定されることがある。
■ 市場データ
- メトロエンジンリサーチ&コンサルティング — 推定成約ADR(N=10,585施設・900,552室、2025年9月〜2026年8月)
■ 法令・政府資料
- 温泉法(昭和23年法律第125号)第3条・第4条・第11条(e-Gov法令検索)
- 環境省「温泉資源の保護に関するガイドライン(改訂)」(平成26年4月)
- 環境省「令和6年度温泉法に基づく行政処分状況」「令和6年度温泉利用状況」
■ 都道府県・市の公式ページ
- 広島県「温泉掘削・増掘・動力装置設置の許可申請について」
- 東京都環境局「温泉掘削の許可申請について」
- 長崎県「温泉に関する申請等の手続きについて」
- 青森県「温泉の掘削・増掘、動力の装置を予定している方へ」
- 群馬県「温泉掘削・動力装置設置等の手続きについて」
- 神奈川県「温泉関係の手続きについて(新規の手続き)」
- 熱海市「温泉料金」(令和6年4月1日改定)
■ 費用相場・技術資料
- 小沼みつよ行政書士事務所「温泉掘削あれこれ」 — 試掘100万〜400万円、10mあたり60万〜100万円前後、工事期間3〜6か月
- マネーフォワード クラウド会社設立「温泉を掘り当てたら儲かる?費用や成功率、自宅掘削の現実を解説」(2026年3月3日)
- 株式会社エオネックス「費用はいくら位かかるの」
- 日本地熱学会「地熱エネルギー入門:地熱資源の性質」 — 平均地温勾配 約2.5〜3℃/100m
