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温泉旅館の大浴場、設備更新は1室年2.1万〜9.0万円 — 循環ろ過の条例基準とCapexサイクル

投稿日 : 2026.09.17

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投資・開発

温泉旅館の大浴場、設備更新は1室年2.1万〜9.0万円 — 循環ろ過の条例基準とCapexサイクル

温泉宿の設備投資を語るとき、議論はたいてい客室と食事処で止まる。だが宿泊料を成立させている装置のうち、客室と並ぶもう一つのエンジンが浴場である。そしてこのエンジンは、客室と違って「法令が求める最低水準」が外から与えられている。循環ろ過器を回す以上、浴槽水の消毒濃度も、逆洗浄の頻度も、水質検査の回数も、事業者の裁量ではなく条例で決まる。

本稿は、浴槽から先の設備 — 循環ろ過器・消毒装置・循環配管・貯湯槽・熱交換器 — に絞り、法令が求める水準と更新周期、そして30室・60室・120室の標準モデルで積み上げた資本的支出(Capex)を整理する。そのうえで、大分・群馬・北海道の6温泉地の推定成約ADR階層から、浴場更新の回収ハードルを定量化する。

既刊との線引き

湯そのものの原資産と調達コストは「源泉27,899本・4割が未利用 — 温泉宿の原資産『掘る・引く・買う』コスト比較」で、湯の権利関係は「源泉は誰のものか — 自家源泉・引湯・集中管理で分かれる旅館取得のバリュエーション」で扱った。資本的支出の総額水準は「ホテルの資本的支出は1室あたり年13万〜62万円」が上場REITの開示ベースで示している。本稿はそのいずれとも重ならず、浴槽から先の設備一式に限定する。

本記事における指標の定義

  • ADR(推定成約平均客室単価):各施設が主要予約サイト上で公開する最安プラン水準(2名1室利用時・1室あたり料金・税込)に業態別の補正係数を適用して算出した推定成約単価(税抜相当)。上場ホテルREITが開示する物件別実績との照合(91施設・直近3ヶ月間)で誤差中央値は約7%。推定値であり、各施設の実際の成約価格・会計数値とは異なります。エリア単位のADRは対象施設の中央値(エリアの標準的な施設の水準)。
  • OCC(稼働率):エリア内の総客室数に対する販売済み客室数の割合(OTA販売在庫に基づく推定値)。施設全体の実稼働率とは異なります。
  • Capex(資本的支出):本稿では浴場の機械設備(循環ろ過器・消毒装置・循環配管・貯湯槽・熱交換器・熱源・制御盤)の新設または更新に要する工事費を指し、浴室内装・浴槽本体の防水/タイル改修は別掲とします。
  • データ出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング/厚生労働省/国土交通省
Key Takeaways
  • — 浴場の衛生水準を実際に拘束するのは国の要領ではなく都道府県の公衆浴場法施行条例・旅館業法施行条例。取得候補地の条例を読まないと必要仕様も年間コストも確定しない。
  • — 浴槽水の検査頻度は運転方式で年1回・2回・4回に分かれ、同じ4槽の宿でも年間検査費に4倍の開きが出る。60室・4槽の年間コンプライアンス費は年28万〜86万円
  • — 60室・4槽モデルの設備更新一巡は2,230万〜4,830万円。1室あたり年引当は30室で3.2万〜9.0万円、120室で2.1万〜5.9万円と、規模が4倍でも負担は3〜4割しか下がらない。
  • — 掛け流し化の可否は湯量・源泉温度・排水単価の3変数で決まる。下水道使用料が1立方メートルあたり100円以上の立地では排水費だけで年400万円以上の差がつき、循環維持が優位に転じる。
  • — 6温泉地の推定成約ADR階層から逆算すると、10年回収に必要な上乗せは中央値の1.3〜2.3%。中央値→第3四分位の階層差(+19.7〜+89.7%)のわずか2.5〜8.2%にすぎない。

義務はどこにあるか — 国の要領は指針、拘束するのは都道府県の条例

最初に制度の階層を整理しておきたい。浴場の衛生管理でしばしば引用される厚生労働省の「公衆浴場における衛生等管理要領」「旅館業における衛生等管理要領」「公衆浴場における水質基準等に関する指針」は、いずれも技術的指針であって、それ自体が営業者を直接拘束する法令ではない。要領の冒頭が示すとおり、これらは都道府県知事が条例で浴場の構造設備および衛生措置の基準を定める際の参考として示されたものである。

したがって実際に守るべき水準は、公衆浴場法施行条例と旅館業法施行条例 — つまり都道府県ごとの条例にある。島根県が令和2年12月に公表した条例改正の概要は、この構造を明快に説明している。国の技術的指針が令和元年9月19日付で改正されたことを受け、県の両条例の該当項目を改正した、という組み立てである。旅館業法施行条例の側にも同内容が置かれているのは、大浴場を持つ旅館などが高リスク施設に当たるためで、島根県では平成17年にレジオネラ症対策の規定を旅館業側にも追記している。

この「国の指針 → 都道府県の条例」という二段構えは、投資判断の実務上ふたつの意味を持つ。第一に、取得候補が所在する都道府県の条例を読まないと、必要な設備仕様も年間の検査コストも確定しない。第二に、条例は国の指針改正に追随して改正されるため、取得時点の仕様が、その後の改正で追加対応を求められうる。公益財団法人 日本建築衛生管理教育センターが公開する「レジオネラ症対策に関する条例・要綱等データベース」は、47都道府県と19政令指定都市の計66自治体について、建築物衛生法関連・浴場設備関連(公衆浴場、旅館業)・その他の3区分で制定年と改定年を一覧化しており、デューデリジェンスの起点として使える。

国の要領が定める水準(令和元年9月改正後)

まず基準線となる国の要領の中身を、設備投資と運営コストに直結する項目に絞って並べる。

表1 国の衛生等管理要領が示す水準と投資・運営への効き方(令和元年9月改正後)
項目国の要領が示す水準投資・運営への効き方
浴槽水の遊離残留塩素通常0.4mg/L程度を保ち、最大1mg/Lを超えないよう努める。結合塩素(モノクロラミン)の場合は3mg/L程度。測定結果は3年間保管自動注入装置と記録の常設化
高pH泉質の場合レジオネラ属菌検査で殺菌効果を検証し、遊離残留塩素を0.5〜1mg/L程度にやや高く設定、またはモノクロラミン消毒泉質により消毒方式が変わる
浴槽水の水質検査ろ過器を使用していない/毎日完全換水する浴槽水は年1回以上。連日使用する浴槽水は年2回以上。塩素消毒でない場合は年4回以上。結果は3年間保管年間検査費が方式で3〜4倍動く
浴槽水の水質基準レジオネラ属菌は10cfu/100mL未満、大腸菌群1個/mL以下、濁度5度以下、有機物(TOC)8mg/L以下ろ過能力・換水頻度の設計値
浴槽の換水毎日完全換水して清掃。これにより難い場合でも週1回以上完全換水して清掃湯量と排水コストの下限
ろ過器・循環配管週1回以上、ろ過器を十分に逆洗浄。あわせてろ過器と循環配管の生物膜を適切な方法で除去・消毒。図面で配管を把握し不要配管を除去逆洗浄可能な構造が前提
ろ過器の構造浴槽ごとの設置が望ましい。1時間あたり浴槽容量以上のろ過能力。ろ過器の前に集毛器浴槽数=ろ過系統数になりうる
集毛器毎日清掃・消毒毎日の人的工数が確定する
貯湯槽60℃以上を保ち、最大使用時にも55℃以上。これにより難い場合は消毒装置を設置し生物膜を監視熱源容量と燃料費の下限
シャワー週1回以上通水。ヘッドとホースは6か月に1回以上点検し、内部の汚れとスケールを年1回以上洗浄・消毒年次の洗浄予算
回収槽地下埋設を避け清掃が容易な位置・構造とし、槽内水を消毒できる設備を設ける改修時の配置制約
打たせ湯・シャワー循環している浴槽水を用いる構造でないこと系統分離の設計要件
排水設備・排湯熱交換器適宜清掃し、月1回以上消毒熱回収機器も管理対象

出典: 厚生労働省「公衆浴場における衛生等管理要領」「公衆浴場における水質基準等に関する指針」(令和元年9月19日改正)よりメトロエンジンリサーチ&コンサルティング作成

ここで投資家が最初に見るべき数字は、表の3行目にある。浴槽水の水質検査頻度が、浴場の運転方式によって年1回・年2回・年4回に分かれるという点である。毎日完全換水する掛け流し型なら年1回、ろ過器を回して連日使用するなら年2回、塩素以外の方式で消毒しているなら年4回。同じ4槽の宿でも、運転方式が違えば年間の検査コストは4倍の開きになる。

条例の上乗せ — 島根県と神奈川県の実例

都道府県は国の指針を下敷きにしつつ、独自に項目を追加・厳格化する。一次資料が取得できる2県で、直近の改正内容を並べる。

表2 島根県・神奈川県の条例改正にみる上乗せ規定
自治体改正時期改正の要点
島根県令和2年12月
(公布の日から施行)
①ろ過器使用または24時間以上完全換水しない浴槽水の消毒は、塩素系薬剤の残留塩素濃度を「0.2〜0.4mg/L程度」から「0.4mg/L程度」へ改正。モノクロラミン3mg/Lを新設
循環式浴槽に湯水があるときは、ろ過器および消毒装置を常に作動させること(新設)
③集毛器を設置している場合、清掃・消毒は毎日行う
④シャワーは週1回以上通水、ヘッドとホースは6か月に1回以上点検、内部の汚れとスケールの洗浄・消毒を年1回以上(新設)
⑤気泡発生装置は生物膜が形成されないよう定期的に清掃・消毒(新設)
⑥回収槽の内部清掃・消毒を週1回以上、槽内水を塩素系薬剤等で消毒
神奈川県令和7年4月1日施行浴槽水の検査項目を「大腸菌群」から「大腸菌」へ変更。改正後の浴槽水基準は濁度5度以下、有機物(全有機炭素)8mg/L以下、大腸菌1個/mL以下、レジオネラ属菌10cfu/100mL未満。原湯・原水は色度5度以下、濁度2度以下、pH5.8〜8.6、大腸菌不検出、レジオネラ属菌10cfu/100mL未満。塩素化イソシアヌル酸を消毒剤に用いる場合は全有機炭素ではなく過マンガン酸カリウム消費量で検査

出典: 島根県「公衆浴場法施行条例及び旅館業法施行条例の改正の概要」(令和2年12月・薬事衛生課)/神奈川県「旅館業及び公衆浴場における水質基準の改正について」よりメトロエンジンリサーチ&コンサルティング作成

島根県の②は、設備投資の観点でとくに重い。「湯水があるときはろ過器および消毒装置を常に作動させること」という条文は、閉館時間帯にポンプを止めて電力を節約する運用を許さない。すなわち循環ポンプと消毒装置は24時間運転を前提に容量と耐久性を選ぶことになり、機器の実効寿命はカタログ値より短く見積もるのが安全である。⑥の回収槽の週1回清掃も、地下埋設の古い回収槽を抱える宿では改修そのものを誘発する。国の要領が「地下埋設を避け清掃が容易な位置・構造」と定めているのは、この作業性を担保するためだ。

神奈川県の改正は数値そのものより検査方法の変更が実務に効く。塩素化イソシアヌル酸を使っている宿は、有機物の指標が全有機炭素ではなく過マンガン酸カリウム消費量になる。消毒剤の選択が検査項目を変え、検査項目が検査単価を変える。承継で宿を引き継ぐオーナーが見落としやすいのは、こうした「薬剤 → 検査 → 記録」の連鎖である。

検査・記録・日常管理を年額に落とす

制度が求める作業を運営コストに換算する。標準モデルは60室・男女別に内湯各1槽と露天各1槽の計4槽とし、検体は浴槽4に原湯・原水2を加えた6検体とした。レジオネラ属菌検査の単価は検査機関の公開料金から1検体5,500〜8,800円(税込)、濁度・大腸菌・有機物などの一般水質項目は1検体5,000〜10,000円のレンジを用いている。

表3 浴槽水の検査頻度別にみた年間検査費(60室・6検体モデル)
検査頻度(浴槽水)該当する運転方式レジオネラ属菌一般水質項目年間合計
年1回以上ろ過器不使用/毎日完全換水3.3万〜5.3万円3.0万〜6.0万円6.3万〜11.3万円
年2回以上ろ過器使用・連日使用(塩素消毒)6.6万〜10.6万円6.0万〜12.0万円12.6万〜22.6万円
年4回以上塩素消毒でない場合(オゾン・銀イオン等)13.2万〜21.1万円12.0万〜24.0万円25.2万〜45.1万円

出典: 厚生労働省「公衆浴場における水質基準等に関する指針」の検査頻度、および検査機関の公開料金(1検体5,500〜8,800円)よりメトロエンジンリサーチ&コンサルティング試算。60室・浴槽4槽+原湯/原水2の計6検体を前提

検査費だけを見れば年6万円から45万円で、Capexに比べれば小さい。実際に効くのは日常管理の工数である。集毛器の毎日清掃・消毒、遊離残留塩素の頻回測定と3年間の記録保管、ろ過器の週1回逆洗浄、循環配管と水位計配管の週1回の生物膜除去、回収槽の週1回清掃 — これらを合算すると1日あたり30〜45分の専任作業になる。年183〜274時間、時給1,200〜1,500円換算で年22万〜41万円。浴槽数が増えれば概ね線形に伸びる。

したがって60室・4槽の宿における年間コンプライアンス費は、検査費と日常管理工数を合わせておおむね年28万〜86万円のレンジに収まる。薬剤費は泉質と湯量で振れ幅が大きいため別掲とするが、後述の掛け流し・循環比較では年30万〜60万円を置いている。浴場以外も含めた法定の点検・報告コストの全体像は、ホテルの法定点検費用は1室あたり年3,400〜12,600円が12条報告・消防・ビル管法の内訳に分けて示している。

部位別の更新サイクル — 3年周期と30年周期が同居する設備群

浴場設備の厄介さは、更新周期の異なる部位が一つの系統に直列でつながっている点にある。ろ過材は3〜5年で入れ替えるが、そのろ過材が入っているタンクは12〜15年、タンクをつなぐ循環配管は20〜30年もつ。税法上の法定耐用年数では給排水・衛生・ガス設備が一律15年、建物に据え付けるボイラー設備(出力22kW以下)も15年に区分されるが、実際の物理的な寿命はこのとおり部位ごとにばらける。

下表は、60室・4槽・2系統を標準モデルとした部位別の更新周期と工事費レンジ、そして周期で割り戻した年あたりの引当額である。

表4 浴場設備の部位別 更新サイクルと更新費・年あたり引当(60室・4槽・2系統モデル)
部位更新周期更新費(60室モデル)年あたり引当
ろ過材(砂式・カートリッジ式・珪藻土式)3〜5年30万〜80万円6万〜27万円
循環ろ過器本体(ろ過タンク・循環ポンプ)12〜15年700万〜1,200万円47万〜100万円
消毒装置(塩素自動注入+オゾン/銀イオン併用)8〜12年150万〜350万円13万〜44万円
循環配管の更新20〜30年400万〜900万円13万〜45万円
循環配管の高圧洗浄・薬剤洗浄1年15万〜40万円15万〜40万円
貯湯槽15〜20年250万〜600万円13万〜40万円
熱交換器12〜15年200万〜450万円13万〜38万円
熱源(ボイラー/ヒートポンプ)15年300万〜800万円20万〜53万円
制御盤・ポンプのインバーター化15〜20年200万〜450万円10万〜30万円
合計(年次洗浄を除く一巡更新)2,230万〜4,830万円149万〜416万円

出典: 公表されている工事費レンジ・メーカー資料・環境省「温泉設備高効率化改修促進の手引き」の事例、国税庁「減価償却資産の耐用年数表」よりメトロエンジンリサーチ&コンサルティング作成(60室・男女別に内湯各1槽+露天各1槽の計4槽・2系統を標準モデルとした試算値)

出典: メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(60室・4槽・2系統の標準モデル試算)

この表から読み取れる論点は二つある。第一に、金額の主役はろ過器本体と循環配管であり、この2部位で一巡更新費の約半分を占める。第二に、周期がばらけているため「20年に1度の大工事」ではなく数年おきに何かが来る連続的な支出になる。承継直後のオーナーが資金繰りで詰まりやすいのは、この連続性を年次予算に織り込んでいないためだ。宿泊業全体で設備投資が減価償却費の何倍まで積まれているかは、宿泊業の設備投資は減価償却費の1.51倍が法人企業統計から押さえている。

環境省「温泉設備高効率化改修促進の手引き」は、温泉集中管理設備の多くが導入から30〜40年を経過し更新期に入っていること、そして更新が必要な設備を使い続けることが漏湯や故障につながることを指摘している。同手引きが挙げる事例では、湯河原温泉が制御盤の改修とインバーター化を5年かけて5か所実施し、事業費は1か所あたり約1,500万〜2,500万円、年間電気使用料金の減少は1か所あたり約50万〜120万円だった。新那須温泉では配管の保温改修により到着温度が49℃から58℃へ9℃上昇し、灯油換算で年約124,101リットルの削減となっている。更新は費用であると同時に、燃料費の恒久的な削減装置でもあるという点は、回収年数の議論で見落とせない。

30室・60室・120室 — 1室あたりに割り戻すと年2.1万〜9.0万円

浴場は客室数に比例して大きくなるわけではない。30室の宿でも男女別の大浴場は必要で、120室の宿の浴場が30室の宿の4倍の規模になることはまずない。そこで60室モデルを基準に、30室を0.65倍、120室を1.70倍の規模係数で展開した。

表5 規模別の一巡更新費と1室あたり年引当(30室/60室/120室)
規模一巡更新費(設備のみ)1室あたり一巡1室あたり年引当
30室1,450万〜3,140万円48万〜105万円3.2万〜9.0万円
60室2,230万〜4,830万円37万〜81万円2.5万〜6.9万円
120室3,790万〜8,210万円32万〜69万円2.1万〜5.9万円

出典: メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(60室モデルを基準に規模係数0.65/1.00/1.70で展開した試算値。浴室内装・浴槽本体の防水/タイル改修は含まない)

出典: メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(浴場機械設備のみの試算値)/上場REIT開示ベースの総Capex水準は既刊記事より

ここで既刊のREIT開示Capexと突き合わせておきたい。上場ホテルREITが開示する資本的支出は1室あたり年13万〜62万円の幅にある。本稿の浴場機械設備の年引当は1室あたり年2.1万〜9.0万円だから、浴場という一系統だけで、開示Capex総額のおおむね5%から35%を占めうる計算になる。客室・共用部・外装・防災を含めた総額の中で、浴槽から先の機械設備がこれだけの比重を持つ。温泉付き物件の取得価格を評価するとき、この一系統の残存寿命を見ないのはリスクが大きい。

規模の効き方も明快だ。1室あたり年引当は30室で3.2万〜9.0万円、120室で2.1万〜5.9万円と、規模が4倍になっても1室あたりのCapex負担は3〜4割しか下がらない。浴場設備は典型的な固定費型の装置であり、小規模宿ほど1室あたりの負担が重い。逆に言えば、小規模宿が浴場を維持したまま単価を上げられないと、この装置は収益を圧迫する側に回る。ここが本稿の後半で扱う回収の論点につながる。

浴室内装まで含めた場合の総額

実務では機械設備の更新と浴室内装の改修を同時に行うことが多い。公表されている工事費の目安では、浴槽まわりの防水・タイル改修だけで1,000万円級、ろ過設備の更新で500万円から、熱源の更新で300万円からとされ、全面改修になると2,000万円から1億円の幅で語られる。本稿の機械設備モデル(60室で2,230万〜4,830万円)に浴室内装1,000万〜2,000万円を加えると、60室の全面更新はおおむね3,200万〜6,800万円となり、公表レンジと整合する。

なお大浴場の改修には補助制度を充てられる場合がある。再生可能エネルギー利用や省エネ機器の導入が中心で、太陽熱・地中熱などの再エネ設備、高効率ボイラーやヒートポンプといった省エネ型熱源機器、熱回収・貯湯システムが対象になりやすい。補助率は工事費の1/3〜1/2程度が一般的とされる。環境省も温泉設備の高効率改修に対する補助制度を案内している。ろ過器や配管そのものは対象になりにくい一方、熱源・貯湯・熱交換器は対象化しやすいという非対称性があり、更新の順序設計に影響する。

掛け流し化と循環維持、総コストで有利なのはどちらか

湯量に余裕がある宿では、循環ろ過を捨てて掛け流しに切り替える選択肢がある。ろ過器・消毒装置・ろ過材の更新負担が消え、浴槽水の水質検査も年2回以上から年1回以上に軽くなる。国の要領も、循環配管を使用しない浴槽で浴槽容量に比して原湯・原水の流量が多く遊離残留塩素の維持が困難な場合を、塩素系薬剤が使用できない場合の一例として挙げている(ただしその場合も浴槽水を毎日完全換水し、浴槽・ろ過器・循環配管を十分に清掃・消毒することを求めている)。

一方で掛け流しは湯と燃料を流し続ける。どちらが総コストで有利かは、湯量・源泉温度・そして排水の処理コストで決まる。60室・4槽・浴槽計24立方メートルのモデルで試算した。掛け流し側は毎分100リットル(一般に掛け流しが成立する目安とされる水準で、1日100名程度の入浴に対応する)、循環側は補給毎分20リットルとし、灯油140円/リットル、ボイラー効率85%、電力25円/kWhを置いている。

表6 掛け流しと循環維持の年間ランニング比較(60室・4槽モデル)
年間ランニング(60室・4槽)掛け流し(毎分100L)循環維持(補給毎分20L)
加温燃料費(源泉と浴槽の温度差5℃)494万円346万円
加温燃料費(温度差7℃)692万円385万円
加温燃料費(温度差10℃)988万円445万円
循環ポンプ電力72万円
薬剤費30万〜60万円
浴槽水の水質検査6.3万〜11.3万円
(年1回以上)
12.6万〜22.6万円
(年2回以上)
ろ過系設備の年引当(ろ過器・消毒装置・ろ過材)65万〜170万円
排水を除く小計(温度差7℃)698万〜703万円565万〜710万円

出典: メトロエンジンリサーチ&コンサルティング試算(60室・4槽・浴槽計24立方メートル、灯油140円/L・ボイラー効率85%・電力25円/kWh。掛け流しは毎分100L、循環は補給毎分20Lと浴槽放熱補填を前提)

排水を除いた小計では、両者はほぼ拮抗する。決着をつけるのは排水である。

表7 下水道使用料単価別にみた年間排水費の差(掛け流し/循環維持)
下水道使用料の単価掛け流しの年間排水費循環維持の年間排水費差額
0円/立方メートル(河川放流・温泉排水の特例等)0円0円0円
50円/立方メートル263万円53万円210万円
100円/立方メートル526万円105万円421万円
200円/立方メートル1,051万円210万円841万円

出典: メトロエンジンリサーチ&コンサルティング試算(掛け流し年52,560立方メートル、循環10,512立方メートル)

出典: メトロエンジンリサーチ&コンサルティング試算(源泉と浴槽の温度差7℃・60室4槽モデル)

結論はこうなる。排水を下水道に接続していない、あるいは温泉排水の単価がゼロに近い立地では、掛け流し化はろ過系Capexの年65万〜170万円と検査・管理工数を丸ごと落とせるため有利になりうる。逆に立方メートルあたり100円以上の下水道使用料が発生する立地では、排水費だけで年400万円以上の差がつき、循環維持が優位に転じる。ここに源泉温度が加わる。源泉が浴槽温度に近ければ掛け流しの燃料負担は軽く、温度差10℃で汲み上げる宿では掛け流しの燃料費が年988万円まで膨らむ。なお下水道使用料の単価そのものが自治体間で2倍以上に開くため、この変数は立地の選定段階で押さえておきたい(ホテルの上下水道費、自治体で2.1倍差で100室あたりの年間差を試算している)。

つまり掛け流し化の判断は、湯量・源泉温度・排水単価の3変数で決まり、どれか一つでも不利ならCapexの軽さでは取り返せない。引湯の調達コストと合わせて読むなら、源泉の掘る・引く・買うコスト比較旅館の熱源費の試算を並べて見てほしい。

回収の見立て — 6温泉地の単価階層と必要な上乗せ幅

ここまでで支出側は固まった。次は回収側である。浴場を更新して狙える単価帯を、実際の市場データから確認する。大分県(別府温泉郷・湯布院)、群馬県(草津温泉・水上温泉郷)、北海道(登別温泉・洞爺湖温泉)の6温泉地について、各温泉地の中心から半径4〜8キロメートル圏にある10室以上の施設の推定成約ADRを施設単位で集計し、四分位で階層化した。

6温泉地の集計対象
N=269施設
推定成約ADRが12ヶ月中6ヶ月以上取得できた10室以上の施設
中央値→第3四分位の差
+19.7〜+89.7%
温泉地ごとの単価階層の厚み
10年回収に必要なADR上乗せ
1.3〜2.3%
60室モデル・増分利益率60%
旅館カテゴリの推定OCC
79.5〜82.5%
2026年5〜8月・3道県平均

出典: メトロエンジンリサーチ&コンサルティング/円の大きさは圏内客室数、色は推定成約ADR中央値

温泉地ごとの単価階層

表8 6温泉地の推定成約ADR四分位と中央値→第3四分位の階層差
温泉地(集計半径)圏内施設/客室集計N数第1四分位中央値第3四分位上位1割中央値→第3四分位
別府温泉郷(6km)349施設/9,078室92¥10,000¥16,300¥20,800¥31,500+¥4,500(+27.8%)
湯布院(5km)332施設/2,548室64¥17,700¥25,800¥36,100¥47,100+¥10,400(+40.3%)
草津温泉(4km)220施設/3,832室60¥13,700¥19,600¥25,900¥34,800+¥6,300(+32.1%)
水上温泉郷(8km)121施設/1,903室21¥13,900¥20,100¥24,100¥32,900+¥4,000(+19.7%)
登別温泉(6km)32施設/2,170室16¥15,300¥18,300¥22,400¥24,800+¥4,100(+22.2%)
洞爺湖温泉(6km)66施設/2,117室16¥10,300¥14,300¥27,100¥42,100+¥12,800(+89.7%)

出典: メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(2025年10月〜2026年9月の推定成約ADRを施設単位で12ヶ月平均し四分位化。対象は各温泉地の中心から半径4〜8km圏の10室以上・推定成約ADRが6ヶ月以上取得できた施設、主要予約サイト掲載ベース、N=269施設)

出典: メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(N=269施設・6温泉地、主要予約サイト掲載ベース)

階層の厚みは温泉地でまったく違う。洞爺湖温泉は中央値から第3四分位までの差が+89.7%と最も厚く、湯布院が+40.3%で続く。逆に水上温泉郷は+19.7%、登別温泉は+22.2%と薄い。厚い温泉地は上位帯に届く余地が大きく、薄い温泉地は上位帯に届いても単価の伸びしろが限られる。ここは伸びしろの構造そのものが立地で決まっている部分である。

別府温泉郷の第1四分位が¥10,000と6温泉地で最も低いのは、圏内9,078室のうち簡易宿所や小規模施設の比率が高いためで、同じ圏内の上位1割は¥31,500に達している。1つの温泉地の中に3倍の単価幅があるという点は、平均値だけを見ていると見えない。

稼働で取るか、単価で取るか

更新後に何で回収するかを決めるには、稼働側の伸びしろを先に確認する必要がある。3道県の旅館カテゴリの推定OCCは以下のとおりである。

表9 3道県の旅館カテゴリ推定OCC(2026年5〜8月)
道県2026年5月6月7月8月平均対象施設/客室
大分県83.3%76.7%76.7%81.1%79.5%144〜215施設/2,737〜3,519室
群馬県81.4%79.6%81.2%87.6%82.5%129〜162施設/4,304〜4,996室
北海道76.6%81.9%85.2%86.4%82.5%152〜165施設/6,714〜7,213室

出典: メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(旅館カテゴリ・推定OCC、主要予約サイト掲載ベース。対象は大分県 N=144〜215施設、群馬県 N=129〜162施設、北海道 N=152〜165施設。月により対象施設数が変動するため範囲で表記)

3道県とも旅館カテゴリの推定OCCは繁忙期で79.5〜82.5%であり、稼働側に大きな空きがあるわけではない。とくに群馬県は8月に87.6%、北海道も8月86.4%と、需要期はほぼ埋まっている。この水準で浴場を更新して「稼働を上げて回収する」という設計は成立しにくい。回収は単価で取ることになる、というのが3道県共通の答えである。

10年で回収するのに必要な上乗せは、単価の1.3〜2.3%

では単価をどれだけ上げれば設備投資が回るのか。60室モデルの設備更新一巡(中位3,530万円)を10年で回収し、増分売上の60%が利益として残ると置くと、必要な1室泊あたりの上乗せは以下のとおりになる。

表10 温泉地別・規模別 10年回収に必要な1室泊あたりADR上乗せ
温泉地中央値ADR必要上乗せ
30室
必要上乗せ
60室
必要上乗せ
120室
60室:中央値比60室:階層差に占める割合
別府温泉郷¥16,300¥439¥338¥2872.1%7.5%
湯布院¥25,800¥439¥338¥2871.3%3.3%
草津温泉¥19,600¥423¥326¥2771.7%5.2%
水上温泉郷¥20,100¥423¥326¥2771.6%8.2%
登別温泉¥18,300¥423¥326¥2771.8%8.0%
洞爺湖温泉¥14,300¥423¥326¥2772.3%2.5%

出典: メトロエンジンリサーチ&コンサルティング試算(設備更新一巡の中位額を10年・増分利益率60%で回収、稼働は当該道県の旅館カテゴリ推定OCC 79.5〜82.5%を適用)

出典: メトロエンジンリサーチ&コンサルティング試算(60室モデル・10年回収・増分利益率60%)

この表がこの記事のいちばん重要な数字である。浴場設備の一巡更新を10年で回収するために必要な単価の上乗せは、中央値ADRの1.3〜2.3%にすぎない。60室・草津温泉なら1室泊あたり¥326、中央値¥19,600に対して1.7%の上乗せで足りる。そして各温泉地の中央値から第3四分位までの階層差は+19.7%から+89.7%あるから、必要な上乗せは階層差のわずか2.5%から8.2%を埋めるだけで済む。

前提を動かしても結論は変わらない。草津温泉・60室モデルで回収年数と増分利益率を振ると、必要な上乗せは中央値の1.2%から2.5%の範囲に収まる。

表11 回収年数×増分利益率の感度分析(草津温泉・60室モデル)
前提増分利益率50%増分利益率60%増分利益率70%
8年で回収¥488(2.5%)¥407(2.1%)¥349(1.8%)
10年で回収¥391(2.0%)¥326(1.7%)¥279(1.4%)
12年で回収¥326(1.7%)¥271(1.4%)¥233(1.2%)

出典: メトロエンジンリサーチ&コンサルティング試算(草津温泉・60室モデル・2026年5〜8月時点の推定OCC 82.5%(旅館カテゴリ集計・推定値、N=129〜162施設)、括弧内は中央値ADR ¥19,600に対する比率)

設備更新一巡の総額そのものにも2,230万〜4,830万円の幅がある。総額側の振れを楽観・中位・悲観の3シナリオに置き直すと、必要な上乗せは次のようになる(草津温泉・60室モデル、10年回収・増分利益率60%・2026年5〜8月時点の推定OCC 82.5%(旅館カテゴリ集計・推定値、N=129〜162施設)=年18,068室泊で固定)。

表15 更新総額の3シナリオ別にみた必要ADR上乗せ(草津温泉・60室モデル・10年回収)
シナリオ一巡更新費(60室)必要上乗せ/室泊中央値ADR ¥19,600比中央値→第3四分位(+¥6,300)に占める割合
楽観(下限)2,230万円¥2061.1%3.3%
中位3,530万円¥3261.7%5.2%
悲観(上限)4,830万円¥4462.3%7.1%

出典: メトロエンジンリサーチ&コンサルティング試算(本稿の部位別更新費レンジを総額の楽観/中位/悲観に対応させ、10年回収・増分利益率60%・年18,068室泊で除して算出)

悲観シナリオ、すなわち更新費が上限の4,830万円に振れた場合でも、必要な上乗せは中央値ADRの2.3%、階層差の7.1%にとどまる。総額側の不確実性は結論を反転させない。回収の成否を決めるのは、更新した浴場が上位帯の商品として認知されるかどうかという一点である。

稼働が落ち込む前提でも同様である。推定OCCを65%まで引き下げても、60室モデルで必要な上乗せは¥413にとどまり、草津温泉の中央値比で2.1%である。算術の側に制約はない

したがって論点は投資額でも金利でもなく、更新が実際に単価の階層を動かすかどうかに一点集約される。ここでの伸びしろの取り方は温泉地の階層構造で変わる。洞爺湖温泉と湯布院は階層差が厚く(+89.7%、+40.3%)、必要な上乗せが階層差に占める割合も2.5%・3.3%と小さいため、上位帯に少し近づくだけで回収の見通しが立つ。一方、水上温泉郷(8.2%)と登別温泉(8.0%)は階層差が薄いぶん、同じ¥326の上乗せが階層差の8%を占める。薄い温泉地では、浴場単体ではなく食事・客室と組み合わせた総合的な商品設計で階層を動かす設計が向く

回収を助ける三つの副次効果

単価の上乗せだけが回収原資ではない。更新は運営費の側でも効く。

表12 浴場更新が運営費側にもたらす三つの副次効果
効果内容と実証値
燃料費の恒久削減配管の保温改修により到着温度が9℃上昇し、灯油換算で年約124,101リットルを削減した事例がある(新那須温泉供給、環境省手引き掲載)。貯湯槽を60℃以上に保つ要件がある以上、保温性能はそのまま燃料費に跳ね返る
電力費の削減制御盤の改修とポンプのインバーター化により、5か所合計で月18,609kWhを削減。年間電気使用料金の減少は1か所あたり約50万〜120万円(湯河原温泉、環境省手引き掲載)。事業費は1か所あたり約1,500万〜2,500万円
補助制度の活用再エネ設備・高効率ボイラー・ヒートポンプ・熱回収/貯湯システムは補助対象になりやすく、補助率は工事費の1/3〜1/2程度が一般的。環境省も温泉設備の高効率改修への補助制度を案内している

出典: 環境省「温泉設備高効率化改修促進の手引き」(2019年3月)よりメトロエンジンリサーチ&コンサルティング作成

60室モデルで年間の燃料・電力費が仮に10%削減できれば、循環維持のケースで年40万〜50万円の節減になる。これは必要な上乗せ¥326×18,068室泊=年589万円のうち7〜8%に相当し、単独では回収を決めないが、階層差の薄い温泉地では無視できない補助線になる

デューデリジェンスで確認する7項目

取得・承継・融資のいずれの立場でも、浴場設備について最低限確認しておきたい項目を整理する。いずれも本稿で扱った制度と更新サイクルから直接導かれるものである。

表13 デューデリジェンスで確認する7項目
確認項目見るべき中身
1所在都道府県の条例本文公衆浴場法施行条例と旅館業法施行条例の該当条項。国の要領との差分(残留塩素濃度、検査頻度、回収槽・集毛器・シャワーの管理頻度)。日本建築衛生管理教育センターの条例データベースで制定年・改定年を確認し、直近改正への対応が済んでいるか
2浴槽水の水質検査記録3年分の保管記録。検査頻度が年1回・2回・4回のどれに該当するか、結果が基準内で推移しているか。遊離残留塩素の測定記録も3年保管が求められる
3ろ過器の設置年と逆洗浄記録設置年から12〜15年を超えていれば更新引当が必要。ろ過能力が「1時間あたり浴槽容量以上」を満たすか。週1回以上の逆洗浄記録の有無
4循環配管の図面と経路国の要領は図面で配管状況を正確に把握し不要配管を除去することを求めている。図面が存在しない宿は、それ自体が改修時の追加費用要因になる。経年劣化調査は規模により数百万円級(伊豆長岡温泉の事例で約500万円)
5貯湯槽の温度管理実績60℃以上・最大使用時55℃以上を維持できているか。維持できず消毒装置で代替している場合、その装置の設置年と保守記録
6湯量・源泉温度・排水単価掛け流し化の可否を決める3変数。毎分湧出量、源泉温度と浴槽温度の差、下水道接続の有無と使用料単価
7回収槽の位置と構造地下埋設かどうか。地下埋設の回収槽は週1回の清掃・消毒が物理的に困難で、改修対象になりやすい

出典: 厚生労働省「公衆浴場における衛生等管理要領」、環境省「温泉設備高効率化改修促進の手引き」よりメトロエンジンリサーチ&コンサルティング作成

まとめ

浴場設備を「宿の第2のエンジン」として数字に落とすと、次の6点になる。

表14 本稿の結論6点
論点本稿の結論
制度の所在厚生労働省の管理要領・水質基準指針は技術的指針であり、実際の義務は都道府県の公衆浴場法施行条例・旅館業法施行条例にある。取得候補地の条例を読まないと必要仕様も年間コストも確定しない
条例の上乗せ島根県は循環式浴槽に湯水があるときのろ過器・消毒装置の常時作動を新設し、回収槽の週1回清掃を明記した。神奈川県は2025年4月から浴槽水の検査項目を大腸菌群から大腸菌へ変更。66自治体分の制定・改定年は日本建築衛生管理教育センターのデータベースで追える
Capexの規模60室・4槽モデルの設備更新一巡は2,230万〜4,830万円。1室あたり年引当は30室で3.2万〜9.0万円、60室で2.5万〜6.9万円、120室で2.1万〜5.9万円。上場REITが開示する総Capex(1室年13万〜62万円)のおおむね5〜35%を、浴場という一系統が占めうる
更新サイクルろ過材3〜5年、ろ過器本体12〜15年、消毒装置8〜12年、循環配管20〜30年、貯湯槽15〜20年、熱交換器12〜15年。周期がばらけるため一時の大工事ではなく連続的な支出になり、年次予算への織り込みが要る
掛け流しか循環か湯量・源泉温度・排水単価の3変数で決まる。排水単価がゼロに近ければ掛け流し化がろ過系の年引当65万〜170万円を落とせるが、立方メートルあたり100円以上の下水道使用料が発生する立地では排水費だけで年400万円以上の差がつき循環維持が優位
回収3道県の旅館カテゴリ推定OCCは繁忙期で79.5〜82.5%と稼働の余地は限られ、回収は単価で取ることになる。10年回収に必要な上乗せは中央値ADRの1.3〜2.3%(60室モデル)で、各温泉地の中央値→第3四分位の階層差(+19.7〜+89.7%)のわずか2.5〜8.2%に相当する

浴場設備の更新は、法令が求める最低水準を満たすための守りの支出として語られやすい。しかし数字を並べ直すと、必要な単価の上乗せが階層差の1割にも満たないという構図が見えてくる。制約は投資額の側ではなく、更新した浴場が実際に上位帯の商品として認知されるかどうかの側にある。階層差の厚い温泉地ほど、この一系統が持つアップサイドは大きい。

試算の前提について:本稿のCapex・ランニングコストは、公表されている工事費レンジ、メーカー資料、公的機関の事例資料から構成した標準モデルによる試算値であり、個別施設の見積額とは異なります。浴槽数・泉質・既存配管の状況・地域の労務単価により実額は大きく変動します。推定成約ADRおよび推定OCCは主要予約サイトの掲載在庫に基づく推定値であり、各施設の実際の成約価格・実稼働率とは異なります。回収年数の試算は増分利益率を一定と置いた簡易計算であり、実際の投資判断には個別のフィージビリティ・スタディが必要です。

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参考資料・出典一覧

■ データソース

推定成約ADRは、各施設が主要予約サイト上で公開する最安プラン水準(2名1室利用時・1室あたり料金・税込)に業態別の補正係数を適用して算出した推定成約単価(税抜相当)。2025年10月〜2026年9月の12ヶ月を施設単位で平均し、各温泉地の中心から半径4〜8km圏にある10室以上・12ヶ月中6ヶ月以上データが取得できた269施設を四分位化した。推定OCCは旅館カテゴリの掲載在庫消化率(2026年5〜8月、大分県 N=144〜215施設/群馬県 N=129〜162施設/北海道 N=152〜165施設)。制度面は厚生労働省の管理要領・水質基準指針、島根県・神奈川県の条例改正資料、日本建築衛生管理教育センターの条例データベース。設備費は環境省「温泉設備高効率化改修促進の手引き」の事例、国税庁の耐用年数表、および検査機関・工事事業者の公開料金レンジ。

■ 試算前提

標準モデルは60室・男女別に内湯各1槽と露天各1槽の計4槽・2系統。30室は0.65倍、120室は1.70倍の規模係数で展開した。ランニング比較は浴槽計24立方メートル、灯油140円/リットル、ボイラー効率85%、電力25円/kWh、掛け流し毎分100リットル/循環補給毎分20リットルを置いている。回収試算は設備更新一巡の中位額3,530万円を10年で回収し、増分売上の60%が利益として残ると置き、稼働は当該道県の旅館カテゴリ推定OCC(79.5〜82.5%)を適用して年間室泊数(60室×365日×82.5%=18,068室泊)で除した。日常管理工数は1日30〜45分・時給1,200〜1,500円換算。

■ 限界・留意点

Capex・ランニングコストは公表レンジとメーカー資料・公的事例から構成した標準モデルの試算値であり、個別施設の見積額とは異なる。浴槽数・泉質・既存配管の状況・地域の労務単価により実額は大きく振れる。推定成約ADR・推定OCCはいずれも主要予約サイトの掲載在庫に基づく推定値で、各施設の実際の成約価格・実稼働率とは異なる。本稿のADR四分位は10室以上・データ取得6ヶ月以上の施設に限定しているため、簡易宿所や小規模施設を含む市町村全体の水準より数%高く出る点に留意されたい(市町村単位の集計値との比較では別府市・草津町・みなかみ町・由布市で4〜10%上振れする)。回収年数の試算は増分利益率を一定と置いた簡易計算であり、実際の投資判断には個別のフィージビリティ・スタディが必要である。条例の内容は改正されうるため、投資検討時点で所在自治体の最新条文を確認されたい。

■ 市場データ

■ 制度・法令(一次資料)

■ 設備・費用の根拠

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