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老舗旅館の事業承継危機 — 倒産89件・後継者不在3割の構造と生き残り条件

投稿日 : 2026.04.30
老舗旅館の事業承継危機 — 倒産89件と後継者不在3割の構造

2025年の宿泊業倒産は89件と2年連続で増加し、休廃業・解散178件を加えた市場退出は267件にのぼった。インバウンド需要が過去最高水準で推移するなか、なぜ倒産が増えているのか。本記事ではメトロエンジンリサーチが追跡する旅館6,239施設のデータと帝国データバンクの倒産統計、観光庁の事業承継調査を組み合わせ、老舗旅館が抱える構造的課題と「生き残る旅館」の共通点を浮かび上がらせる。

本記事における指標の定義

  • ADR(平均客室単価):OTA等で公開されている販売価格の平均値。実際の成約価格とは異なります。2名1室利用時の1室あたり料金(税込)・全プラン平均(素泊まり〜食事付きプランを含む)。
  • レビュースコア:OTAに掲載された宿泊者口コミの総合評価平均(5点満点)。レビュー件数100件以上の施設に絞って分析。
  • 分析対象:メトロエンジンリサーチが追跡する全国約168,000施設のうち、稼働が確認できる旅館6,239施設(2026年3月時点、ADR平均¥31,200)。
  • データ出典:メトロエンジンリサーチ/帝国データバンク/観光庁

倒産89件・休廃業178件 — 二極化の影で進む静かな退出

帝国データバンクが2026年2月に公表した「宿泊業の倒産・休廃業解散動向(2025年)」によると、2025年に発生した宿泊業の倒産(負債1,000万円以上、法的整理)は89件で、前年の78件を11件上回り、2年連続で増加した。これに休廃業・解散178件を加えると、年間267件の宿泊業が市場から退出したことになる。同レポートは、訪日客需要の回復で市場規模が過去最高を更新する一方、設備投資ができない施設を中心に淘汰が進む「経営の二極化」が鮮明になっていると指摘している。

退出の地理的分布も特徴的である。帝国データバンクによれば、倒産の75.3%が首都圏・京阪神・中京を除く「地方」で発生しており、コロナ前の2019年(77.2%)に近い水準まで戻っている。倒産要因に「老朽化」「修繕」「故障」が含まれるケースは直近5年間で14.6%判明しており、設備投資の遅れが地方旅館の経営を圧迫している構造が読み取れる。

出典:帝国データバンク「宿泊業」の倒産・休廃業解散動向(2025年)よりホテルバンク編集部作成

重要なのは、倒産89件という数字は氷山の一角にすぎないという点だ。観光庁の調査では、旅館・ホテル経営者の約3割が「事業承継をしたいが進んでいない」と回答し、約1割が「事業承継をせずに廃業を検討している」と答えている。さらに廃業を検討する事業者のうち約3割が後継者問題を理由に挙げており、業績は黒字でも閉じざるを得ない、いわゆる「黒字廃業」が地方の老舗旅館で目立っている。

旅館の構造的脆弱性 — 借入依存と中規模化の罠

帝国データバンクの「全国旅館・ホテル市場動向調査(2025年度見通し)」によると、業界全体の市場規模は2025年度に6.5兆円と過去最高を更新する一方で、債務超過企業の割合は28.6%とコロナ前の2019年度(24.8%)を上回っている。増収企業の割合は32.4%にとどまり、業績が伸びる企業と債務超過に陥る企業の差が拡大している。資本基盤の薄い小規模事業者ほど借入依存度が高く、ゼロゼロ融資の返済負担と人件費・光熱費・食材費の上昇が同時に押し寄せる構造になっている。

では、旅館はホテル業態のなかでどのような価格ポジションにいるのか。メトロエンジンリサーチのデータで2026年3月の業態別ADRを比較すると、旅館の全国平均ADRは¥31,200と、デラックスホテル(¥85,200)やオーベルジュ(¥66,900)の半額以下にとどまる。一方、ビジネスホテル(¥14,700)の倍以上であり、旅館はちょうど「ハイエンド業態」と「ローコスト業態」に挟まれた中間価格帯に位置している。物価高で食材・人件費が上昇するとき、上下を挟まれたミドル価格帯がもっとも収益を確保しづらい構造が見える。

出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部より作成(2026年3月、全プラン平均、N=21,000施設超)

加えて、旅館は他業態に比べて1施設あたりの客室数が少ない。一棟あたりの収益基盤が小さいため、客室数を増やせない代わりに客単価で稼ぐ必要があるが、地方の中規模旅館(21〜40室)はちょうどその両方の制約を抱えやすい。小規模特化で高単価を取るか、規模を活かしてオペレーション効率を上げるか、どちらの戦略にも振り切れない中間規模が最も苦しい。

レビューデータが示す「生き残る旅館」の輪郭

ここから本記事の主軸である、レビューデータと施設構造の関係に踏み込む。メトロエンジンリサーチが集計した旅館の宿泊者レビューデータをもとに、レビュー件数300件以上の旅館をスコア帯別に分けて施設特性を比較した。対象は営業中・創業年不明を除いた4,728施設である。

レビュースコア帯 施設数 平均客室数 平均営業年数 20室以下の比率
A: 4.5以上(高評価)1,51819.7室51.9年71.1%
B: 4.0〜4.51,74530.9室50.3年50.1%
C: 4.0未満(低評価)1,46438.2室47.9年43.3%

出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部より作成(N=4,728、レビュー300件以上の旅館)

この比較から鮮明に浮かび上がるのは、「客室数」と「レビュースコア」の強い相関である。スコア4.5以上の高評価旅館は平均19.7室と小規模で、71.1%が20室以下にとどまる。一方、スコア4.0未満の低評価帯は平均38.2室と倍近い規模であり、20室以下の比率は43.3%にしか達しない。営業年数はどちらも50年前後でほぼ同じため、「老舗かどうか」よりも「客室数の規模感」がレビュー評価を強く左右していることがわかる。

出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部より作成(N=6,209、レビュー100件以上の旅館)

客室数を5段階に区切ってレビュースコア平均を見ると、10室以下の小規模旅館がスコア3.88で最高、41〜80室の大規模旅館が3.60で最低という、ほぼ単調な右下がりの構造が確認できる。中規模旅館(21〜40室)の平均スコアは3.62と、小規模との差は0.26ポイントにのぼる。これは「中規模旅館が一人ひとりの宿泊客に行き届いたサービスを提供しづらい」という運営上の構造的制約を反映している可能性が高い。

つまり、地方の老舗旅館で多い「客室30〜50室・築50年」というタイプは、需要構造的にも経営構造的にも最も挟撃されているということだ。客室を持て余すほど人手不足は深刻化し、減価償却を上回る修繕投資を回せない。一方で食事・接客のクオリティを上げようにも、規模ゆえに目が届かない。

都道府県別 — 老舗旅館の「危機マップ」

次に都道府県別にこの構造を見ると、地域ごとに旅館の置かれた状況がはっきり分かれる。長野県(509施設)と静岡県(395施設)は旅館数が多く、平均スコアは3.7台前半。北海道は旅館の平均客室数が40室と全国でも大型で、スコアは3.48にとどまる。一方、大分県(湯布院を含む)は平均15.9室と全国でもっとも小規模で、スコアは3.88と高い。岐阜県(白川郷・下呂等)も平均22.1室・築28年と比較的若く、スコア3.82。これらは「客室数が少なく、改装で築年数を実質的にリセットした」エリアと言える。

出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部より作成(N=4,160、レビュー100件以上・営業中の旅館を都道府県集計)

注目すべきは石川県(能登・加賀・金沢を含む147施設)で、平均客室数36.9室、平均営業年数64.9年、平均スコア3.28と、全国でもっとも厳しい数字が並んでいる。これは加賀温泉郷・和倉温泉などの大型温泉旅館が多く、修繕投資の負担を抱えながら稼働を維持してきた構造を反映している。能登半島地震の影響も含め、北陸の老舗大型旅館は今後の事業承継・再生の最重要エリアといえる。

逆に大分県・岐阜県のように平均築年数が若く、客室数も小規模に保たれているエリアは、すでに過去20〜30年のなかで世代交代やリブランドを終えた施設の比率が高いと推察される。湯布院・由布院では小規模高単価旅館への業態転換が進み、白川郷・下呂温泉では古民家リノベーションでの再生が進んだ。これらは「危機を乗り越えた地域」のサンプルとして参考になる。

M&A・親族外承継の事例 — 大手ブランドへの統合が加速

後継者不在の老舗旅館が選ぶ道は、廃業以外に大きく3つある。①M&Aによる外部承継、②大手ホテルチェーンへのブランド統合、③ファンドによる買収・リノベーションである。2024〜2025年に表面化した代表的な事例を以下に整理する。

時期 エリア 案件 承継パターン
2024年滋賀県・長浜須賀谷温泉(戦国期創業)を不動産投資の大和財託が取得・再生不動産系M&A
2025年2月栃木・川治温泉星野リゾート「界 川治」を大江戸温泉物語が12.6億円で取得、「TAOYA川治」としてリブランド・オールインクルーシブ化大手間譲渡+リブランド
2025年3月大阪リーガロイヤルホテル大阪が米ファンドBGOと資本業務提携、135億円規模の改修を経て「Vignette Collection」化外資ファンド再生
2026年〜大分・湯布院/屋久島/箱根ハイアット初の温泉旅館ブランド「吾汝(ATONA)」開業計画。三菱UFJ銀行が初出資外資ブランド新規参入
2023年〜全国RQ旅館再生ファンド設立。中小機構・地域金融機関・JTBが共同出資旅館特化ファンド

出典:各社プレスリリース、TRAICY、日経新聞、観光経済新聞をもとにホテルバンク編集部作成

注目すべきは、大手ホテルチェーン同士の譲渡が増えている点だ。「界 川治」→「TAOYA川治」のように、星野リゾート・リート投資法人(3287)が運営委託先を切り替える形で物件を市場に出し、大江戸温泉物語が取得してリブランドする──というパターンは、所有と運営を分離するアセットライト経営が業界に浸透した結果である。同物件は1994年築の7階建て・敷地8,671平米で、譲渡価格は12億6,000万円。大江戸温泉物語はオールインクルーシブ価格設計で再開業した。

外資ファンドの参入も加速している。リーガロイヤルホテル大阪は米ベントール・グリーンオーク(BGO)と提携し、135億円規模のリノベーションを経てインターコンチネンタルの「Vignette Collection」へ転換した。ハイアットは2024年に新たな温泉旅館ブランド「吾汝(ATONA)」を発表し、由布・屋久島・箱根での開業を予定。三菱UFJ銀行が出資する点も含め、国内金融機関が「外資ブランド×地方温泉地」のパッケージを支える図式が見えてきた。

こうした事例の共通項は、(1) 不動産価値が残っているうちに譲渡できた、(2) 譲渡先が運営ノウハウとブランドを持っている、(3) リノベーション資金を確保できる、の3点である。逆に言えば、これらが揃わない地方の小規模老舗旅館──特に建物が老朽化し、地価も低く、キャッシュも枯渇している施設──は、譲渡先が見つからず廃業に至るリスクが高い。

生き残り条件の整理 — データから導く5つの方向性

これまでのデータと事例から、老舗旅館が生き残るための条件を整理する。あくまでデータが示す相関であり、絶対的な処方箋ではないが、複数の指標が同じ方向を指しているのは確かである。

出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部より作成(N=6,150、レビュー100件以上の旅館をグレード別集計)

① 客室数の縮小・高単価化。スコア4.5以上の高評価旅館の71.1%が20室以下である。改装時に客室を大型化(2部屋を1部屋に統合)し、1室あたりの単価を引き上げる戦略は、レビュー評価とADR両面で寄与する可能性が高い。グレード別データを見ると、ラグジュアリー旅館でもスコア4.5以上の施設は平均22.6室と小規模であり、グレードに関係なく「規模を小さく保つ」ことが評価につながっている。

② オールインクルーシブへの切り替え。「TAOYA川治」のように、夕食時のアルコール・ソフトドリンク、ラウンジサービスを宿泊代に組み込む価格設計は、客単価の引き上げと顧客満足度の両立を狙える施策である。ミドル価格帯(¥15,000〜¥25,000)から脱却するための一つの選択肢になる。

③ 大手ブランドとの連携。所有を続けながら運営をブランドに委ねるマネジメント契約や、フランチャイズ契約は、老舗のオーナー家にとって「家業を完全に手放さずに専門運営を導入する」中間解になる。ハイアット「吾汝」、IHG「Vignette Collection」など、外資ブランドが日本の温泉旅館市場に参入してきた今、選択肢は確実に広がっている。

④ 親族外承継・第三者承継の早期検討。観光庁の調査では「事業承継をしたいが進んでいない」事業者が3割いる。その多くは親族内承継を前提にしているが、後継者が見つからない場合に親族外承継・M&A仲介・事業承継ファンドへの相談を早期に始めることが、選択肢を広げるカギとなる。RQ旅館再生ファンドや事業承継推進機構など、旅館特化の支援機関も拡充されている。

⑤ 地域連携・DMOによる面的再生。1施設単体での生き残りが難しいエリアでは、地域DMO・自治体が複数旅館を束ねた面的再生に動く事例が増えている。湯布院・下呂・草津などのモデル地域を参考に、「単独で生き延びる」ではなく「地域として残す」発想への転換が必要になる。

注:本記事のレビューデータと施設特性の関係はあくまで相関関係であり、因果関係を断定するものではありません。客室数を縮小すれば必ず評価が上がるわけではなく、立地・温泉・料理・サービスなどの複合要因が結果を左右します。本稿が示すのはあくまで「データが指し示す方向性」です。

まとめ

2025年の宿泊業倒産89件・休廃業178件という数字の背景には、「ミドル価格帯・中規模・築50年」という典型的な老舗旅館の構造的脆弱性がある。レビューデータは、客室数が少ない旅館ほど高評価を得やすいことを明確に示しており、生き残り条件の中心に「規模の縮小・高単価化」がある。さらに、大手ホテルチェーン・外資ファンド・特化型ファンドによる承継スキームが整いつつある今、廃業の手前で外部承継を検討する選択肢は確実に広がっている。観光庁が指摘する「事業承継をしたいが進んでいない」3割の事業者が、廃業ではなく承継・再生に踏み出せるかどうかが、地方観光地の今後を左右する分岐点になる。

参考文献・関連リンク

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