トップ > 投資・開発 > 簡易宿所のROI、損益分岐稼働率は約41% — 10室モデル試算と実勢単価【2026年9月】

簡易宿所のROI、損益分岐稼働率は約41% — 10室モデル試算と実勢単価【2026年9月】

投稿日 : 2026.09.25

指定なし

投資・開発

簡易宿所のROI、損益分岐稼働率は約41% — 10室モデル試算と実勢単価【2026年9月】

簡易宿所(旅館業法上の簡易宿所営業、いわゆる簡易旅館)は、空き家・空きビルの転用や小規模開業の受け皿として施設数を伸ばし続けている。厚生労働省「衛生行政報告例」によれば、令和6年度末(2025年3月31日時点)の簡易宿所営業は44,901施設で前年比7.1%増。一方で観光庁「宿泊旅行統計調査」の2025年確定値が示す簡易宿所の客室稼働率は29.6%と、施設タイプ別で最も低い。本稿では、この2つの数字のあいだにある収益構造を、売上・費用・投資回収の3つに分解して読み解く。あわせて、メトロエンジンリサーチ&コンサルティングが集計する2026年9月の掲載価格(ホステル・ゲストハウス・ドミトリー・カプセルホテル、計N=4,528軒)を実勢水準として提示し、10室モデルの損益分岐稼働率と単純回収年数を、前提条件を明示したうえで試算する。

本記事における指標の定義

  • 掲載価格(全プラン平均・税込):各施設が主要予約サイト上で公開している販売価格の平均値。2名1室利用時の1室あたり料金(税込)で、素泊まりから食事付きまで全プランを含む。実際の成約価格とは異なる。エリア・業態単位の数値は、対象施設の価格を施設数で加重平均したもの。
  • 推定成約単価:本稿の試算で用いる仮置きの成約水準(税抜相当)。掲載価格に一定の掛け目を適用して算出しており、掛け目の根拠は本文「収益モデルの分解」で示す。推定値であり、各施設の実際の成約価格・会計数値とは異なる。
  • 客室稼働率(OCC):本稿で用いる稼働率は観光庁「宿泊旅行統計調査」の客室稼働率(施設タイプ別・年間値)。当社推定値ではなく公的統計の実測値。
  • ROI・回収年数:本稿の回収年数は「初期投資額 ÷ 年間営業利益」で求める単純回収年数。法人税・借入金利・元本返済・原状回復費・減価償却の影響は含まない。
  • データ出典:掲載価格・施設数はメトロエンジンリサーチ&コンサルティング、稼働率は観光庁、営業許可施設数は厚生労働省。
簡易宿所営業 施設数
44,901
令和6年度末・前年比+7.1%
客室稼働率(2025年)
29.6%
確定値・施設タイプ別で最低
ホステル掲載価格
¥21,500
2026年9月・全国 N=1,985軒
損益分岐稼働率(試算)
約41%
10室モデル・仮置き前提
客室数の中央値
9.7室
ホステル N=3,859施設
Key Takeaways
  • — 損益分岐稼働率は約41%。10室・限界利益率72.0%・年間固定費1,380万円という仮置き前提での試算で、掛け目0.55〜0.65の感応度レンジは37〜44%。
  • — 全国平均稼働率は29.6%(観光庁・2025年確定値)。分岐点を11ポイント余り下回り、平均的な稼働ではこの固定費構造は成り立たない。
  • — ホステルの掲載価格は¥21,500(2026年9月・全国 N=1,985軒)でビジネスホテル¥15,625を上回る。単価は共同型の弱点ではない。
  • — 稼働45→55%で営業利益は146万円→485万円(3.3倍)。ROIを決めるのは単価ではなく、固定費の設計と稼働の確保である。
  • — 大阪府は加重掲載価格¥14,134で掲載30軒以上の31都道府県中で最低。供給量は全国5位であり、供給の厚みは需要の強さを意味しない。

① 簡易宿所営業とは — 3つの制度のどこが違うのか

投資検討の出発点は、どの制度の下で営業するかの選択にある。宿泊事業に関わる制度は大きく3つある。旅館業法に基づく旅館・ホテル営業、同じく旅館業法の簡易宿所営業、そして住宅宿泊事業法に基づく住宅宿泊事業である。

簡易宿所営業は、旅館業法第2条第3項で「宿泊する場所を多数人で共用する構造及び設備を主とする施設を設け、宿泊料を受けて、人を宿泊させる営業」と定義される。ドミトリー(相部屋)を主体とするホステルやゲストハウス、カプセルホテル、山小屋、そして近年増えている一棟貸しの宿の多くがこの許可で運営されている。ポイントは、簡易宿所営業が旅館業法の枠内にあるため年間営業日数の上限がない点にある。住宅宿泊事業の年間180日という上限は、通年稼働を前提とする収益計画とは相性が悪く、事業として規模を追う場合には簡易宿所営業が選ばれやすい。

構造設備の面では、2016年4月の政令改正で客室延床面積の基準が緩和され、宿泊者数を10人未満とする場合は「3.3㎡×宿泊者数」以上でよいこととなった(10人以上の場合は33㎡以上)。さらに2018年6月施行の改正旅館業法では、玄関帳場(フロント)の設置が一律の義務ではなくなり、本人確認と緊急時対応の要件を満たせばICT機器での代替が認められる方向に整理された。運用は自治体の条例・要綱によって差があるため、物件を押さえる前に所管保健所へ事前相談することが実務上の定石となっている。小規模な許可の実際の広がりは、1室から旅館業許可は2018年施行済み — 2026年開業1,351軒の51%が1室規模で詳しく分析している。

旅館・ホテル営業/簡易宿所営業/住宅宿泊事業の制度比較
比較項目旅館・ホテル営業簡易宿所営業住宅宿泊事業
根拠法旅館業法旅館業法住宅宿泊事業法
手続許可(都道府県知事等)許可(都道府県知事等)届出(都道府県知事等)
年間営業日数制限なし制限なし年間180日が上限
客室面積の基準1客室7㎡以上(寝台を置く場合9㎡以上)客室延床面積33㎡以上。宿泊者10人未満は3.3㎡×人数以上1人あたり3.3㎡以上
玄関帳場・フロント2018年改正で要件が整理され、ICT代替が可能同左。10人未満で一定要件を満たす場合は不要とする自治体も不要(類型により住宅宿泊管理業者への委託要否が異なる)
建築基準法上の用途ホテル・旅館ホテル・旅館(用途地域の制限を受ける)住宅(住居専用地域でも営業可能だが条例の制限あり)
想定される使い方本格的な宿泊事業。規模を追う投資小規模〜中規模の通年宿泊事業。転用・空き家活用住宅の遊休活用による副次的な収入
出典:旅館業法・旅館業法施行令、住宅宿泊事業法、厚生労働省および国土交通省の公表資料よりメトロエンジンリサーチ&コンサルティング作成。運用の細部は自治体の条例・要綱により異なる。

投資判断上とくに効いてくるのが用途地域である。旅館業法の営業(旅館・ホテル営業/簡易宿所営業)は、建築基準法上「ホテル・旅館」として扱われ、第一種・第二種低層住居専用地域、第一種・第二種中高層住居専用地域、田園住居地域、工業地域、工業専用地域では建築できない。第一種住居地域でも床面積3,000㎡以下に限られる。住宅宿泊事業が「住宅」として住居専用地域でも成立しうるのに対し、簡易宿所は立地の選択肢がその分狭い。物件価格が安い住宅地に良い建物を見つけても、そもそも許可の土俵に乗らないことがある。これは初期投資の見積もり以前の論点であり、収益シミュレーションを回す前に確認すべき前提条件になる。

② 施設数は12年で1.8倍 — 供給の厚みと母集団のズレ

簡易宿所営業の施設数は、インバウンドの拡大と規制緩和を背景に一貫して増えてきた。厚生労働省「衛生行政報告例」の年次データを追うと、2012年度末の25,071施設から2021年度末には38,593施設へ、そして令和6年度末(2025年3月31日)には44,901施設に達している。12年間でおよそ1.8倍である。対照的に旅館・ホテル営業は2012年度末の54,540施設から2017年度末の49,024施設まで減少したのち反転し、令和6年度末は52,946施設。両者の差は2012年度の29,469施設から8,045施設まで縮まった。

旅館業の営業種別 施設数推移(2012年度末〜2024年度末)
出典:厚生労働省「衛生行政報告例」よりメトロエンジンリサーチ&コンサルティング作成。2022年度・2023年度は本稿の参照した年次表に収録がないため空欄。各年度末(3月31日)時点の施設数。

ただし、この44,901という数字をそのまま「競合施設の数」と読むのは正確ではない。営業許可の母集団と、実際に予約サイト上で販売されている施設の母集団は一致しない。メトロエンジンリサーチ&コンサルティングが2026年9月に稼働を確認できた共同型・簡易型の4業態(ホステル・ゲストハウス・ドミトリー・カプセルホテル)は合計4,528軒で、許可施設数の1割程度にとどまる。

許可件数と掲載件数は、そもそも数えている範囲が異なる。簡易宿所営業の許可は業態を問わず広く使われており、貸別荘・コテージ・町家・農家民宿・キャンプ場のバンガローなども多くが同じ許可の下にある。当社の業態区分ではこれらは別カテゴリに分類される。さらに、季節営業のみの施設、自社サイト専売の施設、許可は維持しているが現在は販売していない施設も許可件数には含まれる。許可ベースは供給ポテンシャルの上限、掲載ベースは現在の競合環境の実態と捉え、用途に応じて使い分けるのが実務的である。旅館業全体での許可件数と掲載件数の差の内訳は、旅館業許可98,338施設 vs OTA掲載27,248 — 差7万の正体を数える2026が掘り下げている。

新規開業の動きも、OTA掲載確認ベースで追える。2026年に稼働が確認できた新規施設は全業態で1,580軒、うちホステル118軒・ゲストハウス87軒の計205軒。2025年は全体1,758軒のうちホステル101軒・ゲストハウス129軒の計230軒だった。なお、予約サイトへの掲載時期は開業前後にばらつくため、2026年の件数は今後の掲載で増加する可能性がある点に注意が必要である。

③ 収益モデルの分解 — 掲載価格をそのまま売上に入れない

簡易宿所の収益構造は、他の宿泊業態と同じく次の式に分解できる。

年間売上高 = 販売可能客室数 × 365日 × 客室稼働率 × 成約単価

営業利益 = 年間売上高 × 限界利益率 − 年間固定費

単純回収年数 = 初期投資額 ÷ 年間営業利益

この式のうち、投資検討者が最も誤りやすいのが成約単価である。予約サイトに表示されている価格をそのまま年間売上に掛けると、実態から大きく上振れする。公開されている価格は「全プランの平均・税込・2名1室利用時の1室あたり」であり、売れ残った高単価プランが表示上に残り続けること、消費税が含まれること、そして実際の成約は割安なプランに偏ることから、成約単価より高く出る構造がある。

この乖離の幅は、成約実績との照合が進んでいる業態で測ることができる。当社が推定成約単価を算出しているビジネスホテルについて、観測が完了した2026年6月〜8月の掲載価格と推定成約単価を比べると、東京都で59.5〜60.8%(N=913〜915施設)、大阪府で57.5〜60.4%(N=495〜503施設)、京都府で56.3〜61.0%(N=324〜325施設)と、いずれも掲載価格のおよそ6割という水準に収まる。3都府県・3ヶ月を通じたレンジは56.3〜61.0%である。

本稿の試算では、この比率をそのまま簡易宿所業態に当てはめる。ただしこれはビジネスホテルで検証された比率の援用であり、ホステル・ゲストハウス業態で検証された数値ではない点を明記しておく。共同型の宿は個室とドミトリーで販売単位が異なり、2名1室基準の掲載価格が実態とどうずれるかは業態固有の要素が大きい。したがって基準値0.60に加えて0.55・0.65の両端でも試算し、感応度を示す形をとる。

④ 実勢の掲載価格 — ホステル¥21,500、業態間の差は小さい

2026年9月時点で稼働が確認できた全国の掲載価格を業態別に見ると、ホステルが¥21,500(N=1,985軒)で最も高く、ゲストハウス¥20,900(N=2,305軒)、ドミトリー¥19,500(N=131軒)、カプセルホテル¥19,100(N=107軒)と続く。4業態の幅は¥2,400程度で、共同型のなかでの価格差は小さい。参考として同月のビジネスホテルは¥15,600(N=7,900軒)であり、共同型の宿はむしろビジネスホテルを上回る掲載水準にある。

業態別 掲載価格(2026年9月・全国・1室2名利用時の1室あたり料金/税込)
出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(2026年9月・全国・稼働が確認できた施設のみ)。棒の右側の数値は対象施設数(N)。全プラン平均のため素泊まりから食事付きまでを含む。
業態別 掲載価格と対象施設数(2026年9月・全国・1室2名利用時の1室あたり料金/税込)
業態掲載価格対象施設数(N)特徴
ホステル¥21,5001,985個室・ドミトリを併設する共同型の中核
ゲストハウス¥20,8832,305小規模・家族経営型が多く、中央値は4室
ドミトリー¥19,491131相室中心。掲載軒数が少なく参考値
カプセルホテル¥19,050107都心・駅前立地に集中する大規模型
民宿¥21,2321,409漁村・観光地の小規模宿。参考指標
ビジネスホテル¥15,6257,900旅館業法の旅館・ホテル営業側の参照水準
出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(2026年9月・全国)。青色の行が本稿の分析対象となる共同型・簡易型4業態(計N=4,528軒)。客室数の中央値は当社マスター登録ベース(ホステルN=3,859、ゲストハウスN=6,342、ドミトリーN=456)。

この水準は直感に反するかもしれない。「簡易宿所=安い宿」という理解が一般的だからだ。実際にはドミトリーのベッド単価と、2名1室基準で集計される掲載価格は別の指標である。共同型の宿の多くは個室も併せ持ち、近年は個室比率を高めてグループ・ファミリー需要を取りに行く設計が増えている。掲載価格が高めに出るのは、この個室が集計に含まれるためと考えられる。投資の観点では、単価そのものよりも「1棟あたり何室を稼働させられるか」が収益規模を決めることになる。

客室規模の分布を見ると、その制約がはっきりする。当社マスターに登録されているホステルの客室数は中央値9.7室、第3四分位21室、第9十分位36室(N=3,859施設)。ゲストハウスはさらに小さく、中央値4室、第3四分位9室、第9十分位16室(N=6,342施設)である。つまりこの業態の大半は10室前後の小規模事業であり、単価が高くても売上の絶対額は限られる。次節のモデルケースを10室で置くのは、この分布の中央値に合わせるためである。

⑤ モデルケース試算 — 10室・損益分岐稼働率は約41%

⚠ 本節の試算はすべて仮置きの前提に基づくシミュレーションです。稼働率・初期投資額・費用率は特定の実在施設の実績ではなく、投資検討時の試算の「型」を示すために設定した数値です。利回りや回収年数を保証・断定するものではなく、実際の事業計画は物件条件・立地・運営体制によって大きく変わります。法人税、借入金利と元本返済、原状回復費、減価償却、開業後の運転資金の増減は本試算に含めていません。

前提を整理する。客室数は10室(ホステルの客室数中央値9.7室に合わせた)。掲載価格は全国ホステルの¥21,500、これに前節の掛け目0.60を適用して推定成約単価を¥12,900(税抜相当)と置く。この場合、稼働率100%時の年間潜在売上高は10室×365日×¥12,900=¥47,085,000となる。

費用は変動費と固定費に分けて置く。変動費は売上高に対して販売手数料10.0%、リネン・清掃外注8.0%、水道光熱7.0%、消耗品・アメニティ3.0%の合計28.0%とし、限界利益率は72.0%。固定費は1棟賃借を想定して賃料480万円(月40万円)、人件費720万円(常勤1名+パート体制)、保険・通信・予約管理システム・広告90万円、修繕積立・その他90万円の年間合計1,380万円とした。

10室モデルの損益計算(稼働45%時・仮置き前提)
損益項目金額(千円)売上比前提の内訳
売上高(稼働45%時)21,188100.0%10室 × 365日 × 推定成約単価 ¥12,900 × 45%
販売手数料等2,11910.0%外部販売チャネル経由分の手数料
リネン・清掃外注1,6958.0%客室清掃とリネン交換
水道光熱費1,4837.0%共用部分を含む
消耗品・アメニティ6363.0%アメニティ、消耗品
変動費計5,93328.0%限界利益率 72.0%
限界利益15,25672.0%売上高 − 変動費
賃料(年額・固定)4,800—月額40万円。1棟賃借を想定
人件費(年額・固定)7,200—常勤1名+パート体制
保険・通信・システム・広告900—予約管理システム利用料等
修繕積立・その他900—日常修繕、雑費
固定費計13,800—稼働によらず発生
営業利益(稼働45%時)1,4566.9%限界利益 − 固定費
出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング作成の試算。推定成約単価は当社の掲載価格(2026年9月・全国ホステル N=1,985軒)に掛け目0.60を適用した仮置き値。費用率・固定費はすべて仮置きの前提であり、実在施設の実績ではない。

この構造から損益分岐稼働率を求めると、固定費1,380万円 ÷(年間潜在売上高4,708.5万円 × 限界利益率72.0%)=40.7%となる。掛け目を0.55に下げれば44.4%、0.65に上げれば37.6%で、感応度を織り込んだレンジはおよそ37〜44%である(損益分岐稼働率の逆算方法は客室稼働率とは?計算式と全国平均56.2%も参考になる)。

稼働率別の年間営業利益(10室モデル・仮置き前提)
出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング作成の試算。推定成約単価¥12,900・限界利益率72.0%・年間固定費1,380万円を前提とした仮置きのシミュレーション。実在施設の実績ではない。

ここで観光庁の公的統計と突き合わせる意味が出てくる。2025年確定値における簡易宿所の客室稼働率は全国29.6%。本モデルの損益分岐点である約41%を11ポイント余り下回る。つまり全国平均の稼働水準では、このモデルの固定費構造は成り立たない。逆に言えば、平均を上回る稼働をつくれるかどうかが投資判断の分岐点になる。

施設タイプ別 客室稼働率(2025年・年間値・確定値)
出典:観光庁「宿泊旅行統計調査」2025年(令和7年)年間値(確定値、2026年7月6日公表)よりメトロエンジンリサーチ&コンサルティング作成。簡易宿所の29.6%は2024年の29.0%から+0.6ポイント。

29.6%という平均値は、季節営業のみの山小屋や、通年で積極販売していない施設も母集団に含まれる。予約サイトで通年販売している都市部の施設に限れば、これを相当上回る水準で運営されている施設は少なくないと考えられる。ただし公的統計としてこの切り分けは公表されていないため、投資計画では「全国平均は29.6%である」という事実を出発点に置き、自らの立地と販売体制でどこまで上乗せできるかを説明できるかが問われる。

⑥ 回収年数のマトリクス — 初期投資額の効き方

営業利益が確定すれば、単純回収年数は初期投資額との割り算で求まる。初期投資額は物件の取得形態で大きく振れる。賃借物件を小規模に転用する形なら数百万円台から成立する一方、1室あたり200万円前後の内装改修を10室分行えば2,000万円規模、これに什器・備品と運転資金を加えれば2,500万円前後になる。物件取得を伴えばさらに上振れする。ここでは1,000万円・2,500万円・4,000万円の3水準で並べる。

稼働率別・初期投資額別の単純回収年数(10室モデル・仮置き前提)
客室稼働率年間営業利益営業利益率初期投資1,000万円初期投資2,500万円初期投資4,000万円
45%146万円6.9%6.9年17.2年27.5年
50%315万円13.4%3.2年7.9年12.7年
55%485万円18.7%2.1年5.2年8.3年
60%654万円23.2%1.5年3.8年6.1年
65%824万円26.9%1.2年3.0年4.9年
出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング作成の試算。単純回収年数=初期投資額÷年間営業利益。法人税・借入金利・元本返済・原状回復費・減価償却は含まない。稼働率40.7%未満では営業利益がマイナスとなるため掲載していない。すべて仮置きの前提に基づくシミュレーションであり、利回り・回収年数を保証するものではない。

構造① 稼働の数ポイントが効く

損益分岐点の直上では営業利益が薄いため、稼働が45%から55%へ10ポイント動くだけで営業利益は146万円から485万円へ3.3倍になる。稼働の上積みが収益に与えるレバレッジが大きい業態である。

構造② 初期投資の重さが回収を決める

稼働55%でも初期投資1,000万円なら2.1年、4,000万円なら8.3年。単価と稼働が同じでも、改修範囲と取得形態の選択で回収期間は4倍変わる。投資額の設計自体が事業性の主要変数になる。

構造③ 固定費の置き方で分岐点が動く

本モデルの固定費1,380万円のうち人件費が720万円を占める。固定費だけを動かすと分岐点は1,242万円(−10%)で36.6%、1,518万円(+10%)で44.8%、人件費を360万円まで圧縮した1,020万円では30.1%まで下がる。セルフチェックイン化や清掃の外注設計など、固定費を変動費へ寄せる設計は損益分岐稼働率そのものを引き下げる方向に働き、この幅は掛け目0.55〜0.65の感応度レンジ(37〜44%)に匹敵する。いずれも本稿の仮置き前提に基づく試算値。

⑦ エリア別の単価差 — 都市部が高いとは限らない

最後に、立地による単価の違いを見る。2026年9月時点で共同型4業態の稼働が確認できた施設を都道府県別に集計すると、47都道府県で合計N=4,267軒。掲載施設数が30軒以上の31都道府県(計N=3,986軒)を、施設数と施設数加重の掲載価格で散布図にすると、単純な「都市部が高く地方が安い」構図ではないことが見えてくる。

都道府県別 共同型4業態の掲載施設数 × 掲載価格(2026年9月・掲載30軒以上の31都道府県)
出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(2026年9月)。対象はホステル・ゲストハウス・ドミトリー・カプセルホテルの4業態、掲載施設数30軒以上の31都道府県(計N=3,986軒)。縦軸は各業態の掲載価格を施設数で加重平均した値。

掲載施設数が最も多いのは東京都の579軒で、加重掲載価格は¥21,800。次いで沖縄県470軒(¥17,900)、京都府421軒(¥21,300)、北海道314軒(¥22,300)と続く。ここで目を引くのが大阪府である。掲載250軒と全国5位の供給量を持ちながら、加重掲載価格は¥14,100で、掲載30軒以上の31都道府県のなかで最も低い。東京都との差は¥7,700、率にして35%の開きがある。

一方で、供給が薄いエリアが必ずしも安いわけでもない。北海道は314軒を抱えながら¥22,300と東京都を上回り、長野県(146軒)は¥23,100、静岡県(97軒)は¥25,000。リゾート立地では共同型の宿でも一棟貸しに近い形態や、スキー・アウトドア需要に対応した高単価の施設が含まれるため、平均が押し上げられる構造がある。

都道府県別 共同型4業態の掲載施設数と加重掲載価格(2026年9月・掲載30軒以上)
都道府県掲載施設数加重掲載価格ホステルゲストハウス
東京都579¥21,818¥22,725
N=374
¥21,485
N=141
京都府421¥21,262¥21,237
N=251
¥20,979
N=164
大阪府250¥14,134¥13,756
N=142
¥14,593
N=89
北海道314¥22,282¥25,782
N=150
¥18,950
N=151
沖縄県470¥17,852¥16,923
N=304
¥20,305
N=151
福岡県241¥20,476¥20,408
N=191
¥22,598
N=36
長野県146¥23,056¥25,724
N=39
¥20,818
N=102
広島県122¥21,019¥21,689
N=67
¥19,128
N=49
鹿児島県115¥15,848¥12,504
N=27
¥17,055
N=84
出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(2026年9月・1室2名利用時の1室あたり料金/税込・全プラン平均)。掲載施設数は共同型4業態(ホステル・ゲストハウス・ドミトリー・カプセルホテル)の合計。掲載3軒未満の業態は集計から除外。
共同型4業態の掲載分布(円の大きさ=掲載施設数、色の濃さ=掲載価格)
出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(2026年9月・47都道府県 計N=4,267軒)。円は都道府県庁所在地に配置した模式表示であり、個別施設の所在地を示すものではない。
単価差をどう読むか

大阪府の水準は、供給密度の高さが価格に反映された結果と考えられる。同府では都心部の狭いエリアに共同型の宿が集中しており、同質的な商品どうしの比較が起きやすい。一方、東京都は23区内でも需要特性の異なるエリアが並存し、京都府は町家改装型など差別化された商品が混在する。供給量の多さは必ずしも需要の強さを意味せず、単価の押し下げ要因にもなりうるという点が、立地選定における実務的な示唆である。

投資検討時のチェック順序

①用途地域で旅館業の営業が可能か(許可の土俵に乗るか)→ ②所管保健所での事前相談(構造設備・玄関帳場の運用)→ ③商圏内の同業態の掲載施設数と価格帯(競合環境)→ ④取得・改修を含む初期投資額の確定 → ⑤損益分岐稼働率の算出と、それを上回る稼働をつくる販売設計。単価の前提ではなく、この順序で前提を潰していくほうが計画の精度は上がる。

まとめ — ROIを決めるのは単価ではなく固定費と稼働

簡易宿所営業は、年間営業日数の制限がない点で通年の宿泊事業として設計でき、44,901施設(令和6年度末)という厚みのある市場を形成している。掲載価格の水準もホステル¥21,500(N=1,985軒)とビジネスホテルの¥15,600(N=7,900軒)を上回り、単価だけを見れば見劣りしない。

一方で、10室モデルの試算が示したのは、この業態の収益性が単価よりも固定費の設計と稼働の確保に規定されるということだった。限界利益率72.0%・年間固定費1,380万円という仮置きの前提では、損益分岐稼働率は約41%(感応度レンジ37〜44%)。観光庁が公表する簡易宿所の全国平均稼働率29.6%(2025年確定値)を11ポイント余り上回る必要がある。稼働45%では営業利益率6.9%と薄く、稼働55%まで持ち上げれば18.7%まで改善する。この10ポイントの差が、初期投資2,500万円のケースで回収年数を17.2年から5.2年へ動かす。

そしてエリア別の掲載価格が示したのは、「都市部だから高い」という単純な図式が成り立たないことだった。大阪府は全国5位の供給量を持ちながら加重掲載価格¥14,100で、掲載30軒以上の31都道府県で最も低い。供給の厚みは需要の強さの証明ではなく、単価の押し下げ要因にもなる。投資検討にあたっては、単価の前提を先に置くのではなく、用途地域・保健所要件という制度の土俵を確認したうえで、商圏の供給密度と自らの固定費構造から損益分岐稼働率を逆算する順序が実務的である。

⚠ 本稿の試算に関する注意:本記事のモデルケースは、投資検討時の試算の考え方を示すために設定した仮置きの前提に基づくシミュレーションであり、特定の実在施設の実績ではありません。掲載価格から推定成約単価への掛け目0.60はビジネスホテル業態で検証された比率の援用であり、共同型の宿泊業態で検証された数値ではありません。掲載価格は調査時点で公開されている販売価格の平均であり、今後変動します。実際の事業計画にあたっては、対象物件の条件に基づく詳細な調査と、所管保健所・建築部局への事前相談が必要です。

あわせて読みたい

参考資料・出典一覧

■ データソース

掲載価格・掲載施設数は、メトロエンジンリサーチ&コンサルティングが2026年9月時点で主要予約サイト上の稼働を確認できた施設を集計したもの(共同型4業態 計N=4,528軒、都道府県別集計は計N=4,267軒/47都道府県)。1室2名利用時の1室あたり料金・税込・全プラン平均で、エリア・業態単位の数値は施設数による加重平均。客室数分布は当社マスター登録ベース(ホステルN=3,859、ゲストハウスN=6,342、ドミトリーN=456)。客室稼働率は観光庁「宿泊旅行統計調査」2025年年間値(確定値)、営業許可施設数は厚生労働省「衛生行政報告例」令和6年度末時点。

■ 試算前提

モデルケースは客室数10室(ホステルの客室数中央値9.7室に対応)、推定成約単価¥12,900(全国ホステルの掲載価格¥21,500に掛け目0.60を適用した税抜相当の仮置き値)、変動費率28.0%(販売手数料10.0%・リネン清掃8.0%・水道光熱7.0%・消耗品3.0%)、限界利益率72.0%、年間固定費1,380万円(賃料480万円・人件費720万円・保険通信システム広告90万円・修繕積立その他90万円)。初期投資額は1,000万円・2,500万円・4,000万円の3水準。掛け目は0.55/0.60/0.65の3点で感応度を取った。単純回収年数=初期投資額÷年間営業利益。

■ 限界・留意点

掛け目0.60はビジネスホテル業態(東京都・大阪府・京都府/2026年6〜8月/N=324〜915施設)で観測された掲載価格と推定成約単価の比率56.3〜61.0%の援用であり、共同型の宿泊業態で検証された数値ではない。費用率・固定費・初期投資額はいずれも仮置きの前提であり、特定の実在施設の実績ではなく、利回り・回収年数を保証するものではない。回収年数には法人税・借入金利・元本返済・原状回復費・減価償却・運転資金の増減を含まない。掲載価格は成約価格とは異なり、調査時点で公開されている販売価格の平均であるため今後変動する。営業許可の母集団(44,901施設)と予約サイト掲載の母集団(4,528軒)は数えている範囲が異なり、直接の比較はできない。掲載3軒未満の業態は集計から除外している。

■ 市場データ

  • メトロエンジンリサーチ&コンサルティング — 業態別・都道府県別の掲載価格および稼働確認施設数(2026年9月時点)、客室数分布(マスター登録ベース)、掲載価格と推定成約単価の比率(2026年6〜8月・ビジネスホテル)

■ 政府統計・公的データ

■ 建設・改修コストの参考

関連記事