トップ > 投資・開発 > 自治体の宿を買う方法|公営休養宿泊81施設・譲渡6事例とNOI利回り4〜16%

自治体の宿を買う方法|公営休養宿泊81施設・譲渡6事例とNOI利回り4〜16%

投稿日 : 2026.09.22

指定なし

投資・開発

自治体の宿を買う方法|公営休養宿泊81施設・譲渡6事例とNOI利回り4〜16%

国有地の売却、廃校の利活用、漁港施設の転用、返還跡地の再開発 —— これまで本稿が追ってきた公有ストック由来の宿泊供給ルートは、いずれも「土地や建物を取得して、そこに新しく宿をつくる」道筋だった。しかし公が抱える不動産のなかには、すでに宿として営業し、客室も旅館業の許可も稼働実績も揃っている物件が一定量ある。自治体が設置した国民宿舎や保養施設、第三セクターが運営する温泉宿である。取得した初日から売上が立つという点で、この第5のルートは他の4つと性質が決定的に異なる。

本記事における指標の定義

  • ADR(平均客室単価):各施設が主要予約サイト上で公開する最安プラン水準(2名1室利用時・1室あたり料金・税込)に業態別の補正係数を適用して算出した推定成約単価(税抜相当)。上場ホテルREITが開示する物件別実績との照合(91施設・直近3ヶ月間)で誤差中央値は約7%。推定値であり、各施設の実際の成約価格・会計数値とは異なります。エリア単位のADRは対象施設の中央値(エリアの標準的な施設の水準)。
  • OCC(稼働率):エリア内の総客室数に対する販売済み客室数の割合(OTA等の販売在庫に基づく推定値)。本稿で引用する稼働率は観光庁「宿泊旅行統計調査」の公表値です。
  • 公共の宿(本稿の定義):施設名に「国民宿舎」「休暇村」「ふれあいの里」「町営」「村営」「市営」のいずれかを含む掲載施設を、施設名の文字列によって抽出した施設群(N=165、キャンプ場・オートキャンプ場を除く)。運営主体を登記情報で確認したものではなく、名称由来の便宜的な区分です。現在は民間が運営する施設も含みます。
  • データ出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング/総務省/観光庁
公営の休養宿泊施設
81
施設・60事業(令和6年度決算)
7年間の施設数変化
-31
112施設→81施設(H30→R6)
掲載ベースの公共の宿
165
計5,707室・中央値27室
推定成約ADR中央値
¥12,100
N=73施設
口コミ評価中央値
4.08
5点満点・N=116施設

結論を先に置く。第一に、公営企業として運営される休養宿泊施設は令和6年度決算で60事業・81施設まで絞り込まれており、平成30年度の83事業・112施設から7年でおよそ3割減った。母集団そのものは小さいが、毎年4〜5施設が公の会計から外れていく流れは安定しており、案件は「探せば出てくる」水準で継続的に発生している。第二に、掲載データで捉えられる公共の宿165施設は口コミ評価の中央値が4.08、4.0以上が65.5%と顧客満足の土台が厚い。第三に、同一商圏・同一業態の民間施設と突き合わせると、公共の宿の推定成約ADRは中央値で19.3%低い水準にある。評価は取れているが単価はまだ市場水準に届いていない —— ここが民間の運営ノウハウで伸ばせる余地である。

Key Takeaways
  • — 公営企業として運営される休養宿泊施設は令和6年度決算で60事業・81施設。平成30年度の112施設から7年で31施設減り、年4〜5施設が公の会計から外れ続けている。
  • — 掲載データで捉えた「公共の宿」は165施設・計5,707室。客室数の中央値は27室、開業年の中央値は1990年で、築30〜60年帯が主力。
  • — 口コミ評価の中央値は4.08(5点満点・N=116施設)、4.0以上が65.5%。顧客満足の土台はすでに積み上がっている。
  • — 同一商圏・同一業態の民間施設と1対1で突き合わせると、推定成約ADRの乖離は中央値 -19.3%(N=57組)。評価に価格が追いついていない。
  • — 客室40室・取得1〜3億円・改装Capex 100〜500万円/室でNOI利回り4.2〜16.1%(GOP率20〜30%想定)。ただしGOP率を業界目安上限の15%に置くと4.8%まで下がる。

「すでに宿である」ことの意味 — 他4ルートとの決定的な違い

公有ストックを起点とする宿泊供給には複数の入口がある。国有地の一般競争入札、廃校の利活用公募、漁港施設等活用事業、そして返還跡地の再開発。これらはいずれも、取得後に設計・建築・許認可という時間軸を丸ごと抱え込む。用途地域の確認から旅館業許可の取得まで、開業までに2〜4年を要することも珍しくない。年間450校規模で発生する廃校ストックを宿泊アセットに変える際の成立条件は、廃校ホテル転用投資マップ2026で整理している。

これに対して自治体の宿泊施設は、取得または運営受託の時点で建物・客室・厨房・浴場・許可・スタッフ・過去の稼働データが揃っている。リスクの性質が「開発リスク」から「運営リスク」へ入れ替わる。中小ファンドや地場の運営会社、あるいは指定管理者として現に運営を受託している事業者にとって、これは検討しやすい形の案件である。一方で、建物の築年数と設備更新の負担、そして公募という調達手続きに固有の制約が入口に立ちはだかる。

ルート① 譲渡(所有権移転)

公募型プロポーザルで土地・建物を売却。取得後は完全に民間の事業。価格は最低売却価格の設定があるケースと、無償譲渡+改修補助のケースに分かれる。

ルート② 指定管理(運営受託)

所有は自治体のまま、運営権を受託。初期投資が小さく参入できる反面、期間は5年が主流で、資本的支出の分担は協定次第。

ルート③ 跡地売却(更地渡し)

解体後の土地のみを条件付きで売却。既存4ルートと同じ開発型に戻るため、本稿の主対象からは外れる。

公が持つ客室ストックの規模 — 3つのレイヤーで捉える

「自治体の宿」と一口に言っても、制度上の位置づけは3層に分かれる。それぞれ所管する統計が違うため、数字を並べる際には必ず出所を分けて読む必要がある。

公が持つ客室ストックの3レイヤー — 制度上の位置づけ・規模・出典基準日
レイヤー制度上の位置づけ規模出典・基準日
① 地方公営企業観光施設事業(休養宿泊施設事業)として自治体が直接経営60事業・81施設(法適用10事業14施設/法非適用50事業67施設)。年間延べ宿泊者数59万9千人総務省「令和6年度地方公営企業年鑑」(第72集・令和6年度決算)
② 第三セクター等自治体が出資する法人が保有・運営観光・レジャー分野で833法人(経営状況調査対象5,760法人中)。うち306法人が自治体から補助金交付を受け、交付額は163億円総務省「第三セクター等の状況に関する調査結果」(令和7年3月31日時点)
③ 指定管理公の施設の運営を民間等が受託制度導入は全体で76,268施設。うち宿泊休養施設(ホテル・国民宿舎等)を含む「レクリエーション・スポーツ施設」区分が15,215施設、うち株式会社が管理するのは4,982施設(32.7%)総務省「公の施設の指定管理者制度の導入状況等に関する調査結果」(平成30年4月1日現在・令和元年5月公表)
※③は宿泊施設に限定した内訳が公表されていないため、宿泊休養施設を含む上位区分の値。全国調査としては令和元年5月公表分が直近。

このうち案件の発生源として最も追いやすいのが①である。観光施設事業全体の事業数は平成5年度の814事業から令和6年度の206事業へ74.7%減少しており、営業収益もピーク時の1,255億円から189億円まで下がっている。ただしこれは事業の縮小と同時に、利用料金制の指定管理者制度への移行が進んだ結果でもある点に注意がいる。実際、令和6年度の観光施設事業は全体の90.7%にあたる186事業が黒字で、事業全体の収支も42億61百万円の黒字だった。公の宿が押しなべて立ち行かなくなっているという構図ではなく、公営企業という器から出た分が民間の運営に移っているというのが実態に近い。

休養宿泊施設事業の事業数・施設数の推移(平成30年度〜令和6年度決算)
出典:総務省「地方公営企業年鑑」各年版よりメトロエンジンリサーチ&コンサルティング作成

直近7年の施設数は112 → 96 → 93 → 90 → 90 → 85 → 81。均すと年間4〜5施設が公営企業の枠から外れている。母集団81施設に対する年間の回転率としては決して小さくない。加えて②の第三セクターからも、株式譲渡や事業譲渡というかたちで案件が出る。第三セクター等の数は令和7年3月31日時点で6,947法人、直近2年で80法人減っており、今回調査期間中の廃止・統合・出資引揚は合計195法人に及ぶ。

掲載データで見る「公共の宿」165施設 — 27室・1990年・評価4.08

ここからは、主要予約サイトに掲載されている施設側から同じ対象を見る。施設名に「国民宿舎」「休暇村」「ふれあいの里」「町営」「村営」「市営」のいずれかを含む施設を名称文字列で抽出すると165施設(キャンプ場・オートキャンプ場を除く)、客室数の判明分の合計は5,707室となる。1施設あたりの客室数中央値は27室で、40室未満が全体の約7割を占める。制度上の位置づけを確認したものではなく名称由来の便宜的な母集団であり、すでに民間が運営している施設も含む点は先に断っておく。国民宿舎と休暇村に絞って立地と単価の分布を地図化した国民宿舎・休暇村136施設マップ2026も、この客室群の広がりを掴むうえで参考になる。

客室規模の分布(N=163施設)
出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング
開業年の分布(N=153施設)
出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(掲載確認ベース、N=153施設)

開業年の中央値は1990年。1969年以前の開業が34施設あり、最も多いのは1990年代の50施設である。築30〜60年帯が主力という構造は、取得後に設備更新のCapexを前提に置かざるを得ないことを意味する。逆に言えば、簿価は相当に償却が進んでおり、譲渡側の価格形成が土地値と解体費の見合いに落ち着きやすい理由でもある。

立地は全国に薄く広がる。都道府県別では長野県14施設、和歌山県9施設、北海道8施設、兵庫県・広島県が各7施設(N=165施設・掲載確認ベース、出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング)。自然公園や国民保養温泉地に建てられたという制度的な出自のとおり、県庁所在地よりも山間・海岸部への分散が際立つ。

「公共の宿」の分布(円の大きさ=客室数)
出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(掲載確認ベース、N=165施設のうち座標判明分)。地図の帰属表示は地図上に表示

顧客満足の水準は高い。口コミ10件以上の116施設で評価の中央値は4.08(5点満点)、4.0以上が65.5%を占める。低廉な価格で快適に利用できることを目的として制度化された経緯そのままに、価格に対する満足度が積み上がっている。以下は口コミ100件以上の施設のうち評価上位を並べたものである。

口コミ100件以上の「公共の宿」評価上位10施設(対象母集団 N=111施設・掲載確認ベース)
施設名所在客室数口コミ評価口コミ件数
国民宿舎くろさき荘岩手県 下閉伊郡普代村36室5.00289
西伊豆町営 やまびこ荘静岡県 賀茂郡西伊豆町10室5.00283
都井岬 国民宿舎宮崎県 串間市11室5.00118
国民宿舎 石鎚愛媛県 上浮穴郡久万高原町25室4.60175
国民宿舎 杉久保ハウス長野県 上水内郡信濃町11室4.60154
休暇村 紀州加太和歌山県 和歌山市72室4.574,567
国民宿舎 千畳苑島根県 浜田市31室4.531,828
国民宿舎 松代荘長野県 長野市35室4.522,214
上齋原温泉 国民宿舎 いつき岡山県 苫田郡鏡野町33室4.52537
国民宿舎 恵那山荘岐阜県 恵那市18室4.50326
口コミ100件以上の施設を対象に評価降順で抽出(N=111施設が対象母集団)。出典:ホテルバンク編集部調べ

単価ポジション — 同一商圏・同一業態の民間施設と突き合わせる

次に単価を見る。公共の宿と民間施設を単純平均で比べても意味がないため、各施設から半径15km圏内にある同一業態の民間施設(最大12施設)を抽出し、その推定成約ADRの中央値と1対1で突き合わせる方法を取った。周辺の比較対象が3施設以上そろい、双方に確定月の推定成約ADRがある57組が成立している。

公共の宿 vs 同一商圏・同一業態の民間施設 — 推定成約ADRの対比(N=57組)
円の大きさ=客室数。斜めの実線は両者が同水準となるライン。出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング

57組の乖離率の中央値は-19.3%。57組のうち39組(68.4%)が周辺の民間施設の中央値を下回った。第1四分位は-38.1%、第3四分位は+7.3%と散らばりは大きいが、分布の重心は明確に下側にある。この57組でみると、公共の宿の推定成約ADR中央値は¥12,400、対する周辺民間施設は¥14,000という水準感である。

周辺民間施設に対する単価乖離率の分布(N=57組)
出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング

この差をどう読むか。低廉な価格で広く利用に供するという設置目的を踏まえれば、単価が市場水準を下回ること自体は制度の設計どおりの結果である。批評すべきものではない。投資の視点で重要なのは、すでに4点台の顧客評価を獲得している客室が、市場水準より2割低い価格で売れているという事実の方だ。需要側の評価が価格に追いついていない状態は、運営主体が変わって価格設計と販売チャネルの設計を入れ替えたときに、売上へ最も素直に反映される部分である。改装を挟んだ場合に単価がどこまで動くかは、公営国民宿舎43施設の再生市場がコンバージョン後のADRレンジを追っている。

一方で、上振れ側の12組(+25%以上)にも意味がある。周辺にペンションや小規模民宿しかない山間・海岸の立地では、公共の宿が実質的にそのエリアで最も設備の整った施設となり、単価が周辺を大きく上回る。この場合の論点は値づけではなく、送客チャネルと稼働の平準化に移る。

取得ルートの実務 — 公表資料で追える6事例

ここからは実際に公表されている案件を並べる。譲渡価格・客室数・譲渡後の運営者のいずれかまで公表資料で確認できたものに限った。条件の組み方は自治体ごとに大きく異なり、「無償譲渡+改修補助」から「最低売却価格を設定した競争型プロポーザル」まで幅がある。

公表資料で確認できた自治体宿泊施設の取得・運営受託6事例(譲渡/指定管理/跡地売却)
自治体・施設方式価格・支援条件規模結果・運営者
岩手県奥州市
旧 国民宿舎サンホテル衣川荘
譲渡(公募型プロポーザル) 価格は無償。市が改修費の2分の1・上限5,000万円を補助し、開業後5年間は年500万円の経営安定化補助金を交付。引渡し前に市が不要建物の解体と設備修繕を負担 42室(改装後・4タイプ) 2022年7月引渡し。株式会社リベラ・ホテルズ&リゾーツが「奥州・平泉温泉旅館 ITSUMU」として2025年4月25日開業
鳥取県倉吉市
旧 国民宿舎関金荘/グリーンスコーレせきがね
指定管理(設計・運営一体の公募型プロポーザル) 市が施設を保有したまま、設計と運営を一体で委託 30室・定員162名(北館13室/南館17室) 2022年8月に流通株式会社を代表とする共同企業体が選定され、「HOTEL星取テラスせきがね」として2025年4月26日開業
長野県上田市
旧 国民宿舎 鹿月荘/旧 鹿教湯健康センター
譲渡(公募型プロポーザル) 最低売却価格 34,316,000円(土地・建物) 建物:鉄筋コンクリート造 地下1階付2階建・延床3,512.95㎡(昭和58年3月築)/敷地4,461.59㎡+借地2,511.27㎡ 2025年3月閉館。2026年に公募を実施し、市の公表スケジュールでは同年10月上旬に本契約(ページ更新日2026年4月27日時点)
群馬県みなかみ町
旧「一葉亭(新館)」
利活用事業者の公募型プロポーザル 条件は応募要項に規定 鉄骨・鉄筋コンクリート造1階(減築済)・延床917.28㎡ 2024年10〜12月に募集、同年12月下旬に優先交渉権者を決定する日程で実施
三重県伊賀市
大山田温泉・島ヶ原温泉
譲渡(公募型プロポーザル) 温泉施設を10年以上継続運営する意思のある事業者を選定 2施設(1994年・1999年開設) 2022年11月〜2023年1月に受付、審査結果を公表済み
石川県輪島市
能登・門前ファミリーイン ビュー・サンセット跡地
跡地売却(更地渡し・条件付き) 飲食施設付き宿泊施設の建設が必須条件。景観配慮・雇用創出・環境防災配慮も要件 敷地33,913.66㎡ 2025年5月に応募登録を締切。解体工事を経て2027年3月下旬に土地引渡し予定
各自治体および運営会社の公表資料・報道より作成。URLは記事末尾の参考資料一覧に記載。

この6件から読み取れる実務上の要点は3つある。第一に、価格はゼロ円から数千万円のレンジに収まるケースが多い。上田市の事例は延床3,512.95㎡の建物と敷地4,461.59㎡を含めて最低売却価格3,431.6万円で、建物延床あたり約9,800円/㎡という水準になる。第二に、自治体側の支援がパッケージされることがある。奥州市の事例では改修費の半額(上限5,000万円)に加え、開業後5年間の運営補助が付いた。第三に、開業までのリードタイムは短くない。奥州市の事例で引渡しから開業まで2年9ヶ月、倉吉市の事例で事業者選定から開業まで2年8ヶ月を要している。「初日から客室がある」ことと「初日から売れる」ことは同義ではない。

試算 — 40室・取得1〜3億円、改装Capex別のNOI利回り

母集団の中央値が27室であることを踏まえつつ、運営の採算が立ちやすい規模として客室40室を置き、簿価がほぼ償却済みの公営宿を1〜3億円で取得した場合の収益を3つの改装シナリオで試算する。なお本稿のGOP(営業総利益)は売上高から運営費用を差し引いた利益を指し、利回りは年間GOPを総投資額(取得価格+改装Capex)で除した粗利回りである。減価償却・支払利息・FF&E積立・固定資産税は控除していない。あくまで公表統計と掲載データの中央値から組んだ簡易試算であり、実際の投資判断には個別の詳細なフィージビリティ・スタディが必要である。

改装シナリオ別の試算前提(客室40室・稼働365日・通年ベースの想定値)
前提A. ライトリノベB. ミドルリノベ 標準C. フルリノベ
改装Capex(1室あたり)100万円300万円500万円
改装Capex(40室合計)0.4億円1.2億円2.0億円
想定ADR(税抜相当・1室あたり)¥12,100¥14,000¥20,000
ADRの根拠公共の宿の推定成約ADR中央値(N=73施設)周辺の同業態民間施設の中央値(¥13,992)市場水準を上回る再ポジショニング
想定OCC(通年ベース)40%50%55%
想定GOP率20%25%30%
年間売上0.71億円1.02億円1.61億円
年間GOP0.14億円0.26億円0.48億円
ADRは推定成約ADR(税抜相当)。OCCは観光庁「宿泊旅行統計調査」2025年年間値(速報)の旅館38.4%を下限の目安として、改装による改善を織り込んだ想定値。GOP率は旅館業態の業界目安(5〜15%)に対し、運営体制の入替と食事付きプラン前提を勘案した想定値で、リロホテルソリューションズ公表の業態別目安およびインヴィンシブル投資法人が開示する運営実績(91物件・38.9%/2024年12月期)を参照レンジとした。
取得価格 × 改装シナリオ別 NOI利回り(40室・GOPベース)
利回り=年間GOP ÷(取得価格+改装Capex)。出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング試算
取得価格 × 改装シナリオ別 NOI利回り(客室40室・年間GOP ÷ 総投資額)
取得価格A. ライト(総投資)A. 利回りB. ミドル(総投資)B. 利回りC. フル(総投資)C. 利回り
1億円1.40億円10.1%2.20億円11.6%3.00億円16.1%
2億円2.40億円5.9%3.20億円8.0%4.00億円12.0%
3億円3.40億円4.2%4.20億円6.1%5.00億円9.6%
出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング試算(簡易試算・個別案件の精査を要する)

この表が示すのは、取得価格の多寡よりも改装深度とADRの設定が利回りを決めるという構造である。取得1億円のライトリノベ(総投資1.4億円・利回り10.1%)と、取得1億円のフルリノベ(総投資3.0億円・利回り16.1%)を比べると、投資額は2倍以上に膨らむのに利回りは上がる。ADRを¥12,100から¥20,000へ引き上げ、OCCを40%から55%へ持ち上げられるかどうかが分岐点になる。裏を返せば、その引き上げが実現しない前提なら投資額を抑えるライトリノベの方が合理的で、シナリオの選択は立地の需要密度と商圏の価格帯によって決まる。

前段で見た「周辺民間施設との乖離が-19.3%」という数値は、シナリオBの現実味を支える材料でもある。市場水準まで単価を戻すだけならADRの伸びしろは2割程度にとどまり、これは改装と販売設計で十分に射程に入る。一方でシナリオCが要求する¥20,000は周辺中央値を大きく超える水準で、商品そのものの作り替えを前提にする。

感度分析 — シナリオB・取得2億円におけるADR・OCC・GOP率の変動影響(通年ベース)
感度分析(シナリオB・取得2億円)年間売上年間GOP利回り
ベースケース(ADR ¥14,000・OCC 50%・通年ベース)1.02億円0.26億円8.0%
ADR -10%(¥12,600)0.92億円0.23億円7.2%
OCC -5pt(45%)0.92億円0.23億円7.2%
両方(ADR -10%・OCC -5pt)0.83億円0.21億円6.5%
GOP率 -5pt(20%)1.02億円0.20億円6.4%
GOP率を業界目安の上限(15%)に置く1.02億円0.15億円4.8%
3要素同時(ADR -10%・OCC -5pt・GOP率15%)0.83億円0.12億円3.9%
ADR・OCCは通年ベースの想定値。GOP率は年間売上に対する営業総利益率。出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング試算

この表で最も注意を要するのは、ADRでもOCCでもなくGOP率である。本稿の試算はGOP率20〜30%を置いているが、これは旅館業態の業界目安(5〜15%)を上回る想定で、運営体制の入替と食事付きプラン前提を織り込んだ結果である。シナリオBで目安上限の15%まで引き下げると利回りは8.0%から4.8%へ落ち、ADR・OCCの下振れと重なれば3.9%まで下がる。取得価格の交渉や改装Capexの精査より先に、その施設でGOP率をどこまで持ち上げられるのか——食材原価、人件費、稼働の平準化——の根拠を積むことが、この投資の核心になる。

留意点 — 公募という調達手続きに固有の論点

公募という調達手続きに固有の論点と実務上の対応
論点内容実務上の対応
建物の築年数と設備更新開業年の中央値は1990年、1969年以前の開業も34施設。ボイラー・受変電・空調・給排水の更新が同時期に重なりやすい公募資料に添付される補修必要箇所一覧・懸案事項リストを精読する。上田市の事例では「補修等が必要な個所一覧」「物件全体の懸案事項」が更新を重ねて公表されている
用途継続の条件宿泊施設としての一定期間の継続運営が条件化されるケースが多い(伊賀市の事例では10年以上)出口戦略の自由度に直接効くため、条件年数と違約条項を事前に確認する
公募スケジュールの長さ募集要領配布から本契約まで半年以上。議会の議決を経て本契約となる上田市の事例では募集要領配布(2026年3月)から本契約(同年10月上旬予定)まで約7ヶ月。資金計画を手続き期間に合わせる
収支計画の提出プロポーザルでは価格提案書に加えて収支計画書・事業計画書の提出が求められるADR・OCCの前提に根拠を持たせる。提案の説得力が選定を左右する
地域雇用・地域資源の活用景観配慮・雇用創出・環境防災配慮が要件化される例がある(輪島市の事例)運営計画に地域との接点を組み込む
統計の基準日のずれ指定管理者制度の全国調査は平成30年4月1日現在が直近公表マクロの規模感は公営企業年鑑(令和6年度決算)と第三セクター調査(令和7年3月31日時点)で補う

まとめ

公が持つ宿泊ストックは、母集団としては小さい。公営企業の休養宿泊施設は81施設、年間で公の会計から外れるのは4〜5施設という規模感である。しかし、第三セクターの観光・レジャー分野833法人と、宿泊休養施設を含む指定管理施設のレイヤーを合わせれば、案件の発生源は単一ではない。そして何より、取得の初日から客室・許可・稼働・口コミ評価が揃っているという性質は、他の公有ストック活用ルートにはない強みである。

掲載データが示すのは、この客室群が口コミ評価の中央値4.08という顧客満足の土台を持ちながら、同一商圏・同一業態の民間施設に対して単価が中央値で19.3%低い位置にあるということだ。低廉な価格での提供は制度の設計意図そのものであり、その運営を評価する話ではない。投資・運営の視点で意味を持つのは、公が積み上げてきた顧客評価という資産の上に、民間の価格設計と販売設計を乗せられる余地がそこにあるという一点である。40室・取得1〜3億円のレンジで、改装深度に応じて4〜16%のNOI利回りが描ける計算になる。

地方案件を探す中小ファンド、地場の運営会社、そして指定管理から所有への移行を検討する受託事業者にとって、公募情報は各自治体のウェブサイトに分散して掲載されている。母集団が小さいぶん、対象自治体を絞って定点観測する価値は高い。

試算に関する注記:本記事のNOI利回り試算は、公表統計と掲載データの中央値から組んだ簡易試算です。ADR・OCC・GOP率はいずれも想定値であり、個別案件の収益性は立地・商圏・建物状態・運営体制によって大きく異なります。実際の投資判断には詳細なフィージビリティ・スタディが必要です。

あわせて読みたい

参考資料・出典一覧

■ データソース

総務省「地方公営企業年鑑」(令和元年度・令和3年度・令和5年度・令和6年度決算の各版)、総務省「第三セクター等の状況に関する調査結果」(令和7年3月31日時点)、総務省「公の施設の指定管理者制度の導入状況等に関する調査結果」(平成30年4月1日現在)、観光庁「宿泊旅行統計調査」(2025年年間値・速報値)。施設側のデータは、施設名に「国民宿舎」「休暇村」「ふれあいの里」「町営」「村営」「市営」のいずれかを含む掲載施設を文字列で抽出した165施設群(キャンプ場・オートキャンプ場を除く)について、2025年8月〜2026年8月の掲載分から推定成約ADR・客室数・開業年・口コミ評価を集計した。取得事例は各自治体および運営会社の公表資料でURLを確認できたものに限定している。

■ 試算前提

客室40室・稼働365日、取得価格1〜3億円、改装Capexは1室あたり100万円(A)/300万円(B)/500万円(C)。想定ADRは推定成約ADR(税抜相当・1室あたり)で¥12,100/¥14,000/¥20,000、想定OCCは通年ベースで40%/50%/55%、想定GOP率は20%/25%/30%。年間売上=想定ADR×40室×365日×想定OCC、年間GOP=年間売上×想定GOP率、利回り=年間GOP÷(取得価格+改装Capex)。減価償却・支払利息・FF&E積立・固定資産税・保険料は控除していない粗利回りである。感度分析はシナリオB・取得2億円を基点に、ADR -10%、OCC -5pt、GOP率 -5pt および業界目安上限の15%を振っている。

■ 限界・留意点

(1)「公共の宿」165施設は施設名の文字列による便宜的な抽出で、運営主体を登記情報で確認したものではなく、すでに民間が運営する施設も含む。名称一致による非該当施設が少数混じる可能性がある。(2) 推定成約ADRは掲載価格に業態別の補正係数を適用した推定値であり、各施設の実際の成約価格・会計数値とは異なる。(3) 想定GOP率20〜30%は旅館業態の業界目安(5〜15%)を上回る水準で、利回りに最も強く効く変数である。目安上限まで引き下げた場合の利回りは感度分析に併記した。(4) 指定管理者制度の全国調査は平成30年4月1日現在が直近公表であり、公営企業年鑑(令和6年度決算)・第三セクター調査(令和7年3月31日時点)と基準日が揃わないため、3層の数値は合算せず個別に読む必要がある。(5) 本試算は公表統計と掲載データの中央値から組んだ簡易試算であり、個別案件の収益性は立地・商圏・建物状態・運営体制によって大きく異なる。実際の投資判断には詳細なフィージビリティ・スタディを要する。

■ 市場データ

  • メトロエンジンリサーチ&コンサルティング — 掲載施設の推定成約ADR、客室数、開業年、口コミ評価(公共の宿 N=165施設、ADR算出 N=73施設、民間施設との対比 N=57組)

■ 政府統計・公的データ

■ 自治体公表資料・公募情報

■ 報道・プレスリリース

関連記事