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人手不足で全室稼働できない地方旅館 — 稼働上限とADR押し上げの定量検証2026

投稿日 : 2026.06.08
人手不足で全室稼働できない地方旅館 — 稼働上限とADR押し上げの定量検証2026

「需要はあるのに、部屋を開けられない」。地方の温泉旅館でいま静かに進んでいるのは、人手不足を起点とした稼働客室数そのものの絞り込みである。フロント・配膳・調理を一定数そろえられない施設は、空室を埋める以前に「開けられる部屋数」が頭打ちになる。本記事では、観光庁の公式稼働率とメトロエンジンリサーチのOTA公開価格データを突き合わせ、「全室稼働できない」制約のなかで一室単価(ADR)を押し上げて黒字を成立させる地方旅館モデルを定量的に検証する。

本記事における指標の定義

  • ADR(平均客室単価):OTA等で公開されている販売価格の平均値。実際の成約価格とは異なります(REIT開示データとの照合では、成約ADRより平均+25〜30%高い傾向。売れ残った高価格帯プランがOTA上に残り続けるため、公開価格の平均が成約価格より上振れする構造による)。2名1室利用時の1室あたり料金(税込)・全プラン平均(素泊まり〜食事付きプランを含む)。
  • OCC(稼働率):エリア内の総客室数に対する販売済み客室数の割合(OTA販売在庫に基づく推定値)。観光庁の客室稼働率は実績ベースの公式値です。
  • データ出典:観光庁「宿泊旅行統計調査」、メトロエンジンリサーチ
Key Takeaways
  • — 旅館の客室稼働率は38.4%(2025年速報値)とビジネス・シティの約半分。低稼働は需要不足ではなく人手制約による「開けられる部屋」の絞り込みを反映する。
  • — 従業者10人以上の旅館の稼働率は52.7%と全施設平均36.8%を15.8pt上回り、供給制約が稼働率を押し下げる構造を統計的に裏付ける。
  • — OTAで実際に販売中の地方温泉7県の旅館稼働率(推定)は約79〜83%(2026年5月時点・約44,920室集計)と高水準で、「開けた部屋」は需要に吸収されている。
  • — 旅館ADRは県内ビジネスホテルの約1.8〜2.4倍。長野県は8月ADRが2年で+16.7%上昇し、供給を絞り単価を引き上げる「高ADR黒字モデル」が定量的に確認できる。

旅館の稼働率は構造的に「半分」── 業態間ギャップの実態

まず全国の客室稼働率を業態別に並べると、その差は一目瞭然である。観光庁「宿泊旅行統計調査」の2025年(速報値)によれば、客室稼働率はビジネスホテル75.3%、シティホテル74.2%に対し、旅館は38.4%にとどまった。旅館はビジネス・シティの約半分の水準で推移している。

この差を「旅館は人気がない」と短絡してはならない。ビジネス・シティが客室数の多い都市型で標準化されたオペレーションを持つのに対し、旅館は1棟あたりの客室数が少なく、食事提供や接客に多くの人手を要する業態である。そして近年は、その人手そのものが確保しづらくなっている。

出典:観光庁「宿泊旅行統計調査」(2025年速報値)よりホテルバンク編集部作成

旅館の稼働率は2023年37.0%、2024年36.8%、2025年38.4%と、全体としては回復傾向にあるものの依然として40%を割り込む。コロナ禍前の需要水準は戻りつつあるなか、稼働率だけが伸び悩む構図には、需要不足とは別の要因が横たわっている。

人手不足の「指紋」── 従業者規模で稼働率が15.8pt違う

稼働率の低さが需要不足ではなく供給制約に起因することを示す、決定的なデータがある。観光庁が公表する従業者規模別の客室稼働率を見ると、旅館全施設の稼働率が36.8%(2024年)であるのに対し、従業者10人以上の旅館に限ると52.7%と、実に15.8ポイントも高い。

つまり、一定の人員体制を確保できている旅館は5割超で回せている一方、小規模で人手の薄い施設が全体平均を大きく押し下げている。これは「需要がないから埋まらない」のではなく、「人手がそろわず、開けられる部屋を絞っている」ことの統計的な指紋といえる。フロントや調理スタッフの確保が間に合わず、客室稼働数自体を制限するケースが地方で広がっていることは、業界調査でも繰り返し指摘されている。

人材確保の逼迫感も裏付けがある。帝国データバンクの調査では、2025年1月時点でホテル・旅館の60.2%が正社員不足と回答し、なかでも宿泊業の正社員不足率は全産業でも突出して高い水準にある。需要が戻っても人員体制の回復が追いつかない── これが地方旅館の置かれた現実である。この人手不足を構造的に緩和しうる制度動向については、特定技能『宿泊』2号創設秒読みで詳しく掘り下げている。

出典:観光庁「宿泊旅行統計調査」(2024年確定値・従業者規模別)よりホテルバンク編集部作成

「開けた部屋」はしっかり埋まっている ── OTA上の稼働は8割超

ここで視点を変え、メトロエンジンリサーチが追跡する地方旅館のOTA販売在庫を見てみよう。実際に部屋を販売している(=人手をそろえて稼働させている)旅館の稼働率(推定)は、観光庁の全施設平均とはまったく異なる景色を見せる。

地方の主要温泉県7県の旅館カテゴリについて、2026年5月時点の稼働率(推定)を集計すると、いずれも約79〜83%と高水準であった。総客室数ベースで約44,920室・延べ施設を対象とした集計である。「開けると決めた部屋」は、需要にしっかり吸収されている。

地方温泉7県 旅館カテゴリの稼働率(推定)・ADRと県内ビジネスホテルADR比較(2026年5月時点・約44,920室集計、出典:メトロエンジンリサーチ/観光庁)
エリア 稼働率(推定) 旅館ADR 県内ビジネスH ADR 対ビジネス倍率
長野県83.3%¥31,800¥17,4001.83倍
大分県83.2%¥33,600¥14,9002.26倍
石川県81.6%¥35,800¥15,6002.30倍
静岡県80.8%¥34,900¥14,9002.35倍
新潟県80.4%¥32,700¥14,8002.21倍
和歌山県79.5%¥36,300¥15,3002.38倍
群馬県78.7%¥36,300¥17,0002.13倍

出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部より作成(2026年5月時点・旅館カテゴリ、7県計 約44,920室)

注目したいのは、これらの旅館ADRが県内ビジネスホテルの約1.8〜2.4倍に達している点である。7県平均では旅館ADR約¥34,500に対しビジネスホテルは約¥15,700で、その差は約120%にのぼる。地方旅館は「数を売る」業態ではなく、「一室から得る単価」で経済性を成立させる業態であることが、価格データから明瞭に読み取れる。

出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部より作成(2026年5月時点)

制約が単価を押し上げる ── 長野県旅館ADRのYoY推移

「全室稼働できない」制約は、見方を変えれば供給を絞ることでADRを押し上げる余地を生む。代表例として長野県の旅館ADRを年次重ねで見ると、需要期である5月・8月いずれも明確な上昇トレンドが確認できる。

5月のADRは2024年¥28,400→2025年¥30,000→2026年¥31,800と、前年同月比+6.1%。お盆を含む8月は2024年¥32,000→2025年¥36,200→2026年¥37,300と、2026年は前年同月比+3.2%、2年で+16.7%の上昇となった。同じ期間、OTA上で価格が観測される旅館施設数はむしろ微減傾向(5月は479→466施設)にあり、「販売施設・販売客室を絞りながら単価を引き上げる」動きと整合する。需要期に高単価の温泉旅館へ資金が向かう構造は、2026年夏ボーナスは高単価温泉旅館に流れるかでも5温泉地のADRから検証している。

出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部より作成(長野県・旅館カテゴリ)

この動きは、稼働率を犠牲にしているのではない。前章で見たとおり、開けた部屋の稼働率(推定)は8割超を維持している。「全室は開けられないが、開けた部屋は高単価で確実に埋める」── これが制約下で黒字を成立させる地方旅館モデルの輪郭である。

高ADR黒字モデルのポテンシャル ── 上場運営者のベンチマーク

少ない人手で高単価を成立させる方向性には、上場REITの運営実績という参照点がある。旅館・リゾートを多く運営する星野リゾート・リート投資法人(3287)の月次運営実績によれば、2026年3月時点で稼働率78.7%、ADR ¥21,300、RevPAR ¥16,800、いずれも前年同月比でADR+2.3%・RevPAR+2.5%と着実に伸びている(出典:星野リゾート・リート投資法人「月次運営状況」)。標準化されたオペレーションと適切な価格設定を組み合わせれば、稼働を無理に追わずとも収益を伸ばせることを示す好例である。

地方旅館にとっての示唆は明快だ。人手という制約を「埋められない部屋」と捉えるのではなく、「限られた稼働客室から最大の単価を引き出す」機会と捉え直すことに、確かな伸びしろがある。具体的には、需要期の段階的プライシング、食事・体験を組み込んだ高付加価値プランへの集中、稼働させる客室タイプの選択的な絞り込みといった打ち手が、制約下での収益拡大の方向性となる。すでに高い集客力が実証されているエリアであればこそ、ADRを軸とした収益設計のアップサイドは大きい。

まとめ

地方旅館の低い客室稼働率は、需要不足ではなく人手制約による「稼働客室数の絞り込み」を強く反映している。観光庁データが示す従業者規模別の15.8ptギャップ、そしてOTA上で実際に販売されている旅館の8割超という高稼働は、この構造を裏側から実証する。

その制約下で地方旅館が選んでいるのは、ビジネスホテルの約2倍という高ADRと、需要期に向けた単価の継続的な引き上げである。「全室を開ける」ことを目標にするのではなく、「開けた部屋の単価を最大化する」── 人手不足という与件のなかで黒字を成立させる地方旅館モデルは、定量的にも合理性を持つ戦略として確認できる。一方で、この単価戦略に転換しきれない中規模旅館に集中する経営リスクは、退場リスク県マップが地理的に整理している。

⚠ 将来日程のADRに関する注意:本記事で参照した2026年8月のADRは調査時点でOTAに公開されている販売価格の平均であり、チェックイン日に近づくにつれて変動します。現時点の価格が直前の価格調整で上下する可能性がある点にご留意ください。

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