訪日外国人の利用宿泊施設に占める民泊のシェアが7.8%から10.0%へと上昇し、ホテル洋室は87.5%から85.2%へとわずかに低下した。この数字を「ホテルからの需要流出」とだけ読むのは早計である。本稿では、観光庁の宿泊形態シェアの変化を起点に、2026年に急増する貸別荘・町家の供給と、2026年6月15日に施行された改正旅館業法の「1室営業解禁」を重ね合わせ、京都・沖縄・東京の3市場で分散型供給がどの価格帯・どの客層を吸収しているのかを、OTAの公開価格データから読み解く。結論を先に述べれば、これはホテル業態への脅威というより、これまで取りこぼされていた需要層を市場全体で取り込む供給多様化の局面と捉えるのが妥当である。
本記事における指標の定義
- ADR(平均客室単価):OTA等で公開されている販売価格の平均値。実際の成約価格とは異なります(REIT開示データとの照合では、成約ADRより平均+25〜30%高い傾向。売れ残った高価格帯プランがOTA上に残り続けるため、公開価格の平均が成約価格より上振れする構造による)。2名1室利用時の1室あたり料金(税込)・全プラン平均(素泊まり〜食事付きプランを含む)。
- OCC(稼働率):エリア内の総客室数に対する販売済み客室数の割合(OTA販売在庫に基づく推定値)。
- 宿泊形態シェア:観光庁「訪日外国人消費動向調査」における、訪日客が利用した宿泊施設タイプの構成比(利用率ベース)。
- データ出典:観光庁「訪日外国人消費動向調査」「宿泊旅行統計調査」、メトロエンジンリサーチ(OTA掲載確認ベース、新規開業データを含む)、各社REIT月次運営データ
- — 民泊の訪日宿泊シェアが 7.8%→10.0% へ上昇する一方、ホテル洋室は87.5%→85.2%の微減にとどまり、構図は「奪い合い」ではなく市場全体の拡大局面にある。
- — 2026年の新規分散供給は 貸別荘326軒・町家26軒。改正旅館業法の「1室営業解禁」(2026年6月15日施行)が小規模供給をさらに後押しする。
- — 京都・沖縄・東京の3市場とも、分散型供給が担うのは 中〜上の体験価値帯。京都は町家・貸別荘がミドル〜アッパーミドルを、沖縄は一棟貸しがグループ・長期滞在を分担する。
- — 供給多様化が進む中でもホテル単価は上昇基調。ジャパン・ホテル・リート(8985)の稼働率85.8%(2026年4月時点・ジャパン・ホテル・リート月次運営データ)・ADR ¥21,133(前年同月比+4.6%)がホテル業態の堅調さを示す(2026年4月時点)。
- — 結論として、分散供給はホテルへの脅威ではなく、これまで取りこぼされていた需要層を取り込む「市場の厚みを増す供給多様化」と捉えるのが妥当である。
民泊10%・ホテル洋室85%という構図 — 「奪い合い」ではなく「市場の拡大」
観光庁「訪日外国人消費動向調査」によると、訪日客が利用した宿泊施設タイプのうち、民泊(住宅宿泊・短期賃貸)の利用率は7.8%から10.0%へと2.2ポイント上昇した。一方でホテル(洋室)は87.5%から85.2%へと2.3ポイント低下している。シェアの数字だけを見ると需要がホテルから民泊へ移ったように見えるが、母集団そのものが拡大している点を見落としてはならない。
2024年の外国人延べ宿泊者数は1億6,447万人泊と過去最高を更新し、2025年も外国人宿泊は前年比+8.2%と二桁に迫る伸びを続けている。つまり、ホテル洋室のシェアが85.2%に下がったとしても、絶対量としての外国人宿泊需要は増え続けている。シェアの低下は「ホテルの客が減った」のではなく、新たに増えた需要の受け皿として民泊・分散型宿泊が機能していると読むのが実態に近い。
出典:観光庁「訪日外国人消費動向調査」よりホテルバンク編集部作成
この構造を裏付けるのが、ホテル業態の堅調さである。全国に展開するジャパン・ホテル・リート投資法人(8985)の2026年4月時点の運営実績は、稼働率85.8%(同上)、ADR ¥21,133(前年同月比+4.6%)と、稼働・単価ともに高水準を維持している。仮にホテルから民泊へ需要が一方的に流出しているのであれば、これほどの稼働率とADR上昇は両立しない。むしろ、ホテルが取り込みきれない需要や、ホテルとは異なる体験価値を求める層を分散型供給が吸収している、という解釈が整合的である。
2026年の新規供給 — 貸別荘326軒・町家26軒が示す分散化の方向
分散型供給の拡大は、新規開業データにも明確に表れている。メトロエンジンリサーチが把握する範囲で、2026年に新規開業(OTA掲載確認ベース)した宿泊施設をカテゴリ別に集計すると、貸別荘が326軒と全カテゴリ中で最多を占めた。これはビジネスホテル(97軒)の3倍以上にあたる。町家も26軒が新規に登場しており、ホステル(31軒)・ゲストハウス(30軒)・コテージ(23軒)といった分散型・小規模業態が供給の中心を担っている構図が浮かび上がる。
出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(OTA掲載確認ベース、N=704施設)
地域別に見ると、貸別荘・町家を含む分散型供給は北海道(52軒)・沖縄県(50軒)・東京都(47軒)・京都府(46軒)に集中している。観光需要が厚く、かつ一棟貸しや町家といった「住まうように泊まる」体験価値が成立しやすいエリアに、供給が選択的に向かっていることがわかる。
ただし注意したいのは、この集計がOTA掲載確認ベースである点だ。OTA掲載は開業の数ヶ月前から出始めるため、直近以降の月は今後の掲載で件数が増える可能性が高い。2026年後半の開業件数が少なく見えるのは供給が枯れるのではなく、観測リードタイムの問題である。したがって、2026年通年の分散型供給は、ここで示した数字を下限として捉えるのが適切である。
改正旅館業法「1室営業解禁」が後押しする小規模供給
こうした分散型供給の拡大を制度面から後押しするのが、2026年6月15日に施行された改正旅館業法である。改正により、これまで旅館・ホテル営業で求められていた客室数の下限(10室)や、簡易宿所営業の実質的なハードルが緩和され、1室から旅館業(年間365日営業)として営業できるようになった。1室あたりの最低床面積は7㎡(ベッド設置の場合9㎡)とされ、フロント設置義務も一定条件下で不要となっている。
これまで、小規模な町家・古民家・一棟貸しの運営者は、年間営業日数が180日に制限される住宅宿泊事業(民泊)か、構造設備のハードルが高い簡易宿所かの二択を迫られていた。改正旅館業法はこの「制度の谷間」を埋め、1〜数室規模の物件を通年営業の正規の宿泊施設として位置づけられるようにした。町家26軒や貸別荘326軒という2026年の供給増は、この規制緩和を見込んだ動きと連動していると考えられる。なお、本改正の業態への影響については改正旅館業法6/15施行『1室営業解禁』の解説記事でも詳しく扱っている。
京都 — 町家・貸別荘がミドル〜アッパーミドル帯を分担
では、分散型供給は具体的にどの価格帯・客層を吸収しているのか。3市場を価格帯の観点から検証する。まず京都府を見ると、町家のADRは¥54,700(N=358施設)、貸別荘は¥56,800(N=132施設)、旅館は¥54,100(N=170施設)と、いずれも¥55,000前後のミドル〜アッパーミドル帯に位置している。これは、シティホテルの¥41,000やビジネスホテルの¥21,200を明確に上回る水準だ。
出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部より作成
つまり京都において町家・貸別荘が吸収しているのは、デラックスホテル(¥177,900)のような最上級ラグジュアリーでも、ビジネスホテルの実需でもなく、「ホテルより一段上の体験を、ラグジュアリーホテルほどの価格を払わずに得たい」層である。一棟を専有して町家暮らしを体験する価値が、この価格帯で成立している。京都市は宿泊税の見直しや観光分散の議論が続くエリアでもあり、客室数の限られた高単価分散型供給は、市内の需要超過を緩和しながら付加価値の高い滞在を提供する役割を担いつつある。シティホテル・ビジネスホテルにとっては、この価格帯の上に位置する町家・旅館が「天井」を引き上げてくれることで、自業態のアップサイド余地が広がるという見方もできる。
沖縄 — 一棟貸しがリゾートホテルと並走、グループ・長期滞在を取り込む
沖縄県では構造がやや異なる。貸別荘のADRは¥38,600(N=532施設)で、リゾートホテル(¥34,100)をやや上回る水準にある。沖縄は貸別荘が532施設と圧倒的な規模で供給されており、コテージ(¥28,200、N=131施設)やゲストハウス(¥21,400、N=115施設)も含めると、分散型供給がリゾート市場の厚い裾野を形成している。
出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部より作成
沖縄の一棟貸し・貸別荘が吸収しているのは、主にファミリーやグループ、長期滞在の客層である。客室単位課金のホテルでは複数室を確保する必要があるグループ旅行も、一棟貸しなら1物件で完結し、キッチンを備えた施設では自炊による滞在コストの最適化も可能になる。リゾートホテルが1泊2名のレジャー需要を中心に取り込むのに対し、貸別荘は人数・滞在日数の自由度が高い需要を補完しており、両者は競合というより市場全体のレジャー需要を異なる切り口で分担している関係にある。実際、沖縄県のリゾート需要は底堅く推移しており、分散型供給の拡大が既存ホテルの単価を押し下げているわけではない。
東京 — 貸別荘がシティホテル上位を埋め、ビジネス実需は揺るがず
東京都では、貸別荘のADRが¥58,800(N=101施設)と、シティホテル(¥42,700)を上回る水準に立っている。一方で東京の宿泊市場の主軸は依然としてビジネスホテルであり、819施設・ADR¥20,600という圧倒的なボリュームゾーンが市場の土台を支えている。分散型供給が東京で吸収しているのは、このビジネス実需ではなく、シティホテルより上の価格帯で、グループや特別な滞在を求める層である。
出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部より作成
都心ビジネス領域には複数のチェーンが客室特化型で展開しており、その実需は分散型供給の影響をほとんど受けていない。むしろ、貸別荘・グランピング(¥69,200)といった体験価値型の供給がシティホテルの上の価格帯を埋めることで、東京の宿泊市場は単価のレンジが上方へ広がっている。これは、上位価格帯を狙う既存ホテルにとっても価格設定の天井が引き上げられることを意味し、段階的なプライシングによる収益拡大の機会につながりうる。
3市場に共通する構造 — 分散供給は「中〜上の体験価値帯」を担う
3市場を横断して見えてくるのは、町家・貸別荘・一棟貸しといった分散型供給が、いずれもビジネスホテルの実需ゾーンより上、ラグジュアリーホテルの最上級帯より下の、いわば「中〜上の体験価値帯」を担っているという共通構造である。下の表は、3市場における主要業態のADRポジションを整理したものだ。
| 業態 | 京都府 | 沖縄県 | 東京都 |
|---|---|---|---|
| デラックスホテル | ¥177,900 | ¥123,500 | ¥105,600 |
| 貸別荘(一棟貸し) | ¥56,800 | ¥38,600 | ¥58,800 |
| 町家 | ¥54,700 | — | — |
| リゾートホテル | ¥119,900 | ¥34,100 | ¥54,600 |
| シティホテル | ¥41,000 | ¥24,600 | ¥42,700 |
| ビジネスホテル | ¥21,200 | ¥16,000 | ¥20,600 |
出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部より作成(2026年4月、ADRは2名1室・税込・全プラン平均)
この「中〜上の体験価値帯」は、従来のホテル業態が手薄だった領域でもある。ビジネスホテルは効率と立地で、ラグジュアリーホテルはフルサービスと格式で勝負してきた一方、その中間にある「専有・体験・滞在の自由度」を求める需要は、必ずしもホテルの標準的なプロダクトでは満たしきれていなかった。分散型供給はこの空白を埋め、訪日客の多様な滞在ニーズに対応する受け皿として機能している。
国別の選好 — 分散型を選ぶ層と、ホテルを選ぶ層
国別の宿泊選好には傾向の違いがある。一般に、家族・グループ単位での旅行が多く、滞在中の自炊や生活空間を重視する旅行者層では、一棟貸しや民泊といった分散型宿泊の選好が相対的に高まる傾向がある。長期滞在やリピーターが多い層、あるいは「観光地のホテル」ではなく「地域に暮らすような滞在」を志向する層も、町家や貸別荘との親和性が高い。
一方で、出張・短期滞在を中心とする層や、フロントサービス・館内設備・立地の利便性を重視する層では、ホテル洋室の選好が依然として強い。観光庁調査でホテル洋室が85.2%という高いシェアを維持しているのは、この実需の厚みを反映したものだ。重要なのは、これらが異なる客層・異なる滞在目的に対応した棲み分けであり、どちらかが他方を駆逐する関係ではないという点である。訪日需要全体が拡大するなかで、ホテルと分散型供給がそれぞれの強みを活かして市場を分担していく構図が、今後さらに鮮明になると考えられる。
主要3市場のADR推移 — 分散供給拡大下でもホテル単価は上昇基調
最後に、分散型供給が拡大するなかでも市場全体のADRが上昇基調にあることを確認しておきたい。京都・東京・沖縄の月次ADR推移を見ると、いずれも前年同月を上回る水準で推移しており、特に京都は2026年4月に¥49,700と前年同月比+17.2%の大幅上昇を記録している。分散型供給の拡大が既存の宿泊単価を押し下げる「価格破壊」を引き起こしているわけではなく、むしろ市場全体が高付加価値化の方向に向かっていることがわかる。
出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部より作成
まとめ — 「脅威」ではなく「市場の厚みを増す供給多様化」
民泊シェアが10.0%に達し、改正旅館業法の1室営業解禁で小規模・分散型供給の参入障壁が下がったことで、京都・沖縄・東京の3市場では町家・貸別荘・一棟貸しが「中〜上の体験価値帯」を担う構図が定着しつつある。これらが吸収しているのは、ビジネスホテルの実需でもラグジュアリーホテルの最上級需要でもなく、その中間にある「専有・体験・滞在の自由度」を求める層であり、従来のホテル業態が手薄だった領域である。
訪日需要が過去最高を更新し続けるなか、ホテルの稼働率・ADRが高水準を維持していることは、分散型供給が需要を吸い上げているのではなく、拡大する需要の受け皿として市場の厚みを増していることを示している。ホテル運営者にとっては、自業態がどの客層・どの価格帯に強みを持つのかを再確認し、分散型供給が引き上げる上位価格帯のレンジを自社のプライシング戦略に活かすことが、収益拡大の機会につながる。分散供給の拡大は脅威ではなく、市場全体のパイを広げ、価格レンジを上方に押し広げる供給多様化の局面として捉えるべきである。
あわせて読みたい
参考資料・出典一覧
- 観光庁「訪日外国人消費動向調査 年次報告書」(国土交通省観光庁)
- 観光庁「宿泊旅行統計調査」2025年(国土交通省観光庁)
- 「改正旅館業法、6月15日に施行」観光経済新聞
- 厚生労働省「旅館業法の改正について」
- 各社REIT月次運営データ(ジャパン・ホテル・リート投資法人 2026年4月度運営状況)
- メトロエンジンリサーチ&コンサルティング — OTA公開価格データ(新規開業 N=704施設、業態別ADR)
