札幌の都心から車で約1時間、国道230号沿いに宿が連なる定山渓温泉は、北海道の温泉地のなかでも「都市近郊型」という独特の立ち位置にある。メトロエンジンリサーチが定山渓温泉を中心とする半径2km圏を棚卸ししたところ、主要予約サイトに掲載されている宿泊施設は23軒・2,316室、このうち直近3か月に販売価格が確認できた稼働中の施設は18軒・1,774室だった。稼働中18施設のうち推定成約ADRを算出できた16施設の中央値は2026年9月に¥24,000、2025年12月には¥28,400と、冬に山ができる価格カレンダーを持つ。本稿では、この2km圏の客室ストックを規模帯と開業年代で分解し、月別の推定成約ADR、北海道の旅館・リゾートの推定OCCとブッキングカーブ、国土交通省の地価・災害リスク情報を重ね、100室級の改装と20室級の客室露天付き新設でそれぞれ必要になるADRを市場の実勢と比べて検証する。
• ADR(平均客室単価)=各施設がOTA上で公開する最安プラン水準(2名1室利用時・1室あたり料金・税込)に業態別の補正係数を適用して算出した推定成約単価(税抜相当)。上場ホテルREITが開示する物件別実績との照合(91施設・直近3ヶ月間)で誤差中央値は約7%。推定値であり、各施設の実際の成約価格・会計数値とは異なります。
• エリア(都道府県・市区町村)単位のADRは、対象施設の推定成約単価の中央値(エリアの標準的な施設の水準)です。
• 掲載価格に言及する箇所は、2名1室利用時の1室あたり料金(税込)です。
• OCC(稼働率)=エリア内の総客室数に対する販売済み客室数の割合(OTA販売在庫に基づく推定値)。
• 出典:メトロエンジンリサーチ(国内約168,000施設のOTA公開価格を継続追跡、うち稼働確認済み約27,000施設)
本記事の客室ストックは、定山渓温泉から半径2,000m圏内にある客室数10室以上の宿泊施設(レジャーホテルを除く)を対象とし、「稼働中」は直近3か月(2026年9月〜2026年11月)に主要予約サイトで販売価格が確認できた施設を指す(2026年11月1日時点、メトロエンジンリサーチ集計)。 開業年は各施設の創業・開業年ベースで、建物の築年と一致しない場合がある。
結論を先に置く。定山渓2km圏の客室ストックは2017年の15軒・1,966室から2026年の18軒・1,925室(開業年と閉館年から数えた年次ストック・開業年不明の1軒39室を除く。直近の販売実績で数えた稼働中18軒・1,774室とは定義が異なる)までほぼ横ばいで、供給面の圧力は小さい。一方で価格は規模帯によって明確に層が分かれ、100室超の大型帯は推定成約ADRの中央値が¥13,600、30〜100室帯は¥24,500、30室未満の小規模帯は¥29,800と、客室規模が小さいほど単価が高い構造にある。この層構造こそが再投資の余地であり、大型帯の改装で1室あたり1,200万円を投じても必要なADR上乗せは¥5,800〜¥7,200に収まり、改装後の到達水準は中間帯の実勢の内側にある。逆に20室級を新築で建てる場合、建設費の現状と2028年までの上昇を織り込むと必要ADRは¥64,300〜¥90,800に達し、2km圏でこの水準に届いている施設は1軒しかない。定山渓では「新しく建てる」より「既にある大型の器を上げる」ほうが市場価格と整合する、というのが本稿の読みである。
- — 稼働中18軒・1,774室(掲載23軒・2,316室、2026年11月1日時点)。100室超の6軒が掲載客室の7割を占める二層構造。
- — 2km圏16施設の推定成約ADRは2026年9月¥24,000(前年同月-3.6%)、2025年12月¥28,400と冬に山。南区の-7.2%の過半は標本構成の変化。
- — 規模帯別の推定成約ADRは100室超¥13,600/30〜100室¥24,500/30室未満¥29,800で、小さいほど単価が高い。
- — 北海道・旅館の推定OCC85.1%(2026年10月・対象168施設/客室7,247)。11月のブッキングカーブは45日前から直前までに約17pt積み上がる。
- — 100室改装(1室1,200万円)の必要ADR上乗せは¥5,800〜¥7,200で中規模帯の実勢内。20室新設は¥64,300〜¥90,800が必要で、届く施設は2km圏に1軒。
2km圏の施設棚卸し — 100室超の6軒が客室の7割、30室未満の5軒が単価の上層
まずは器の中身を確かめたい。半径2km圏に掲載されている23軒・2,316室を客室規模で三つに分けると、100室超の大型が6軒・1,645室で客室総数の7割を占め、30〜100室の中規模が12軒・587室、30室未満の小規模が5軒・84室という構成になる。稼働中に絞ると大型は4軒・1,226室、中規模は9軒・464室、小規模は5軒・84室で、小規模帯は全軒が直近3か月に販売価格を観測できている。温泉街の客室はごく少数の大型施設に集中し、そこに2010年代以降に開いた小規模な宿が周縁から積み上がる、という二層構造だと読める。
| 客室規模帯 | 掲載(軒 / 室) | 稼働中(軒 / 室) | 推定成約ADR 中央値 | 同 レンジ |
|---|---|---|---|---|
| 100室超 | 6軒 / 1,645室 | 4軒 / 1,226室 | ¥13,627(N=4) | ¥11,744〜¥26,787 |
| 30〜100室 | 12軒 / 587室 | 9軒 / 464室 | ¥24,468(N=8) | ¥9,814〜¥33,092 |
| 30室未満 | 5軒 / 84室 | 5軒 / 84室 | ¥29,792(N=4) | ¥15,054〜¥131,878 |
開業年代で切ると、再投資の履歴が見えてくる。確認できる22施設のうち、2010年代と2020年代に開業した施設は8軒・337室で、いずれも100室前後以下の規模である。2021年開業のグランドブリッセンホテル定山渓(68室)、2022年開業のゆらく草庵(102室・全室に温泉客室風呂)、そして2024年12月に定山渓ビューホテルの15〜16階を転換して開いたエグゼクティブスイート翠嶺(33室)は、いずれも新築の大型投資ではなく、中小規模か既存建物の活用で単価帯を上げるかたちをとった。翠嶺は別掲載の施設として数えており、運営会社は2024年9月の事業説明会で大浴場へのサウナ新設と上層階の客室転換を併せて説明している(トラベルWatch 2024年9月5日)。大型の器を使いながら高単価の客室を切り出す、という手法が定山渓で既に実行されている点は、後段の投資シナリオの前提になる。
ポジショニング図を見ると、横軸の客室数が増えるほど縦軸の推定成約ADRが下がる右下がりの配置がはっきりしている。30室未満の帯では上限が¥131,900(26室のシャレータイプ)に達する一方、100室超の帯は¥13,600前後に収れんする。中規模帯は¥24,500を中心に1万円台から3万円台まで散らばり、客室露天や料理で差をつけた施設が上側に、団体・ファミリー向けのボリューム帯が下側に並ぶ。価格帯が薄いのは「50〜150室×3万〜5万円」のゾーンで、3万円台に乗る稼働施設は50室台の2軒(定山渓 鶴雅リゾートスパ 森の謌・章月グランドホテル)にとどまり、60室以上では最高でもゆらく草庵(102室)の¥26,800である。大型施設の一部客室を上位帯に切り出す動きが続けば、このゾーンは自然に埋まっていく。
| 施設名 | 客室数 | 区分 | 開業年 | 中心からの距離 |
|---|---|---|---|---|
| 定山渓ビューホテル | 646 | リゾートホテル | 1985 | 188m |
| 定山渓万世閣ホテルミリオーネ | 308 | リゾートホテル | 1997 | 269m |
| ホテル鹿の湯 | 170 | 旅館 | 1927 | 369m |
| ゆらく草庵 | 102 | 旅館 | 2022 | 136m |
| 定山渓温泉 花もみじ | 80 | 旅館 | 1992 | 369m |
| グランドブリッセンホテル定山渓 | 68 | リゾートホテル | 2021 | 917m |
| 定山渓第一寶亭留 翠山亭 | 58 | 旅館 | 1957 | 291m |
| 定山渓 鶴雅リゾートスパ 森の謌 | 54 | リゾートホテル | 2010 | 383m |
| ぬくもりの宿 ふる川 | 52 | 旅館 | 1969 | 430m |
| 章月グランドホテル | 50 | 旅館 | 1934 | 279m |
| 倶楽部 錦渓 | 39 | 会社・団体の宿泊所 | — | 602m |
| エグゼクティブスイート翠嶺 | 33 | リゾートホテル | 2024 | 217m |
| 旅籠屋 定山渓商店 | 30 | 旅館 | 2019 | 410m |
| シャレーアイビー定山渓 | 26 | 旅館 | 2018 | 175m |
| 女性のための宿 翠蝶館 | 20 | 旅館 | 2005 | 46m |
| 厨翠山 | 14 | 旅館 | 2017 | 225m |
| 翠山亭倶楽部定山渓 | 14 | デラックスホテル | 1957 | 413m |
| 敷島定山渓別邸 | 10 | 旅館 | 2019 | 60m |
月別の推定成約ADR — 12月と2月に山、6月に谷、前年同月比は標本の入れ替わりと同時に読む
価格の季節パターンは、都市近郊の温泉地としての定山渓の性格をよく表している。札幌市南区の推定成約ADRは2025年12月に¥27,200、2026年1月に¥25,600と冬に山をつくり、2026年6月の¥19,200が年内の谷になった。北海道の観光地では夏がピークになる地域が多いが、南区は雪見の温泉と年末年始、さらに2月の雪まつり期間の札幌宿泊需要の受け皿として、冬に単価が乗る。2km圏16施設の中央値でも同じ形で、2025年12月¥28,400・2026年2月¥28,100に対して6月は¥23,000と、冬の山は夏の谷より+23.4%高い。
前年同月比には注意して向き合う必要がある。南区の2026年9月は¥21,900で、2025年9月の¥23,500に対して-7.2%となったが、同じ期間に推定の対象施設数は22から25へ増えている。中央値は標本の構成に敏感であり、低めの価格帯の施設が対象に加わると、個々の施設の値付けが変わらなくても中央値は下がる。そこで標本を固定した2km圏16施設で同じ比較をすると、2026年9月は¥24,000、前年同月は¥24,900で-3.6%と、下げ幅は南区全体より小さい。つまり南区の前年比の過半は価格帯の構成変化で説明でき、残る数ポイントが定山渓の実勢の調整分といえる。冬側は堅く、南区の2025年12月は前年同月比+6.6%で、2026年1月は-0.7%とほぼ横ばいだった。調査時点の掲載水準から推定した2026年12月は¥30,100(N=23)で、現時点の価格の置き方は前年より強い。ただしチェックイン日が近づくにつれて変動するため、確定値としては扱わない。
近隣の温泉地と並べると、定山渓の位置が見える。登別市の2026年9月は¥17,700、洞爺湖町は¥13,500で、定山渓2km圏の¥24,000はこの二つより高い。登別は1月に¥23,200まで上がる冬型、洞爺湖は8月の¥15,700が年内の山になる夏型と、同じ道央圏でも季節の形が異なる。定山渓は冬型である点で登別に近いが、札幌の都心需要を1泊で取り込める距離にあるため、通年で単価の底が高い。登別・洞爺湖それぞれの棚卸しは既刊の登別温泉のホテル投資と洞爺湖温泉の61室新設と単価余地で扱っており、本稿では比較の1表にとどめる。
| エリア | 2025年9月 | 2025年12月 | 2026年1月 | 2026年9月 | 9月 前年同月比 |
|---|---|---|---|---|---|
| 定山渓温泉2km圏(16施設の中央値) | ¥24,853 (N=16) | ¥28,354 (N=16) | ¥27,546 (N=16) | ¥23,966 (N=16) | -3.6% |
| 札幌市南区 | ¥23,540 (N=22) | ¥27,212 (N=22) | ¥25,604 (N=23) | ¥21,854 (N=25) | -7.2% |
| 登別市 | ¥17,386 (N=15) | ¥20,754 (N=14) | ¥23,242 (N=15) | ¥17,690 (N=15) | +1.7% |
| 洞爺湖町 | ¥14,033 (N=13) | ¥14,562 (N=13) | ¥14,100 (N=13) | ¥13,470 (N=15) | -4.0% |
直近の掲載価格で曜日の段差も確かめておく。2026年11月の2km圏16施設の掲載価格(全プラン平均・2名1室・税込)は、月〜木の中央値が¥72,800に対して土曜は¥88,200と+21.3%の差がつく。札幌市民や道内客の1泊需要が週末に集まる構造が価格に表れており、平日の埋め方が通年の収益を左右する。掲載価格は推定成約ADRとは水準が異なる(食事付きプランを含む全プランの平均値)ため、ここでは曜日間の比率だけを読む。
推定OCCとブッキングカーブ — 北海道の旅館は10月85.1%、11月は45日前から当日直前までに17pt積み上がる
稼働の側は、北海道全体の旅館・リゾートのコホートで確認する。主要予約サイトに総客室の30%以上を掲載する施設で組んだ推定OCC(OTA掲載在庫ベース・推定)は、旅館が2026年9月88.1%(対象164施設/客室7,210)、10月85.1%(対象168施設/客室7,247)で、リゾートホテルは9月85.7%(対象84施設/客室9,065)、10月84.4%(対象94施設/客室9,910)だった。この数値は主要予約サイト上で販売される在庫の消化状況に基づく推定値であり、施設全体の実稼働率とは異なる。参考までに、観光庁「宿泊旅行統計調査」の2025年速報値では全国の旅館の客室稼働率が38.4%、リゾートホテルが56.9%で、定義も母集団も異なるため並べて比べる数値ではないが、旅館業態が全国平均としては稼働の伸びしろを大きく残していることは押さえておきたい(トラベルボイス 2026年3月2日)。
11月の月間平均ブッキングカーブを見ると、旅館はリードタイム45日時点で61.7%、30日で66.6%、14日で70.1%、7日で71.3%、当日2日前で79.1%と、45日前から直前までに約17ポイントを積み上げる。リゾートホテルは45日時点66.5%から2日前84.7%で、積み上げ幅は約18ポイントとほぼ同じだが、水準はどのリードタイムでも旅館より4〜6ポイント高い。注目したいのは、両カテゴリとも直前7日間で8〜9ポイント動く点である。都市近郊の温泉地にとって、この直前需要は札幌都心からの「思い立って1泊」の客層そのものであり、定山渓の立地優位が効く局面といえる。
需要側の動きも足元で増えている。札幌市は定山渓温泉の開湯160周年にあわせ、宿泊税を財源に札幌市民向けの「定山渓どこでもクーポン」を2026年8月20日〜10月1日と10月31日〜2027年2月28日の2期で実施しており、1人1泊3,000円分を先着で配布する(定山渓観光協会 特設サイト)。新千歳空港と定山渓を直結する冬季限定の予約制直行バス「定山渓温泉ライナー」も2026年12月19日〜2027年2月21日に毎日運行され、インバウンドを含む空港発の1泊需要を札幌都心を経由せずに取り込む導線になる(ようこそさっぽろ)。札幌市の「定山渓観光魅力アップ構想」は定山渓地域の延べ宿泊者数を2013年度の1,197千人から1,450千人へ引き上げる成果指標を掲げており(札幌市)、行政側の需要喚起が冬の山をさらに厚くする方向に働いている。
立地条件 — 温泉街は商業地域・容積率400%、地価は+9.0%、河畔と山裾では区域条件の確認が前提
建替えや増築の可否は、用途地域と災害リスク区域で決まる。国土交通省 不動産情報ライブラリで定山渓温泉の地価と規制を引くと、温泉街の中心(定山渓温泉西3丁目)は商業地域で容積率400%・建蔽率80%、準防火地域にあり、2026年7月1日時点の都道府県地価調査で46,000円/㎡、前年比+9.0%だった。国道230号沿い(東3丁目)の地価公示は27,800円/㎡(+6.9%)、住宅地側の西1丁目は第二種住居地域で11,000円/㎡(+6.8%)である。3地点とも前年比がプラスで、札幌の地価上昇が南区の温泉街にも及んでいる。20室級の宿に必要な1,500㎡の敷地を温泉街の商業地で想定しても土地代は0.69億円程度で、総投資額のうち土地は1割に満たない。定山渓の投資は土地ではなく建物と設備で決まる。
| 地点 | 調査区分 | 価格 | 前年比 | 用途地域 | 容積率 / 建蔽率 | 防火指定 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 定山渓温泉東3丁目228番13外 | 地価公示(2026年1月1日) | 27,800円/㎡ | +6.9% | 商業地域 | 400% / 80% | 準防火地域 |
| 定山渓温泉西1丁目20番 | 都道府県地価調査(2026年7月1日) | 11,000円/㎡ | +6.8% | 第二種住居地域 | 200% / 60% | 指定なし |
| 定山渓温泉西3丁目13番外 | 都道府県地価調査(2026年7月1日) | 46,000円/㎡ | +9.0% | 商業地域 | 400% / 80% | 準防火地域 |
災害リスクの地図を重ねると、定山渓の地形がそのまま立地条件になっていることがわかる。豊平川の想定最大規模の浸水想定区域は河道に沿って細長く延び、温泉街の中心である国道230号沿いの商業地は大半が区域外にある。掲載23施設の位置を区域と照合すると、浸水想定区域(浸水深0.5〜3.0m)に重なるのは1施設にとどまる。一方、谷の両側は急傾斜地が多く、急傾斜地の崩壊に関する土砂災害警戒区域(イエローゾーン)に5施設が重なり、そのうち1施設は特別警戒区域(レッドゾーン)にも接している。土石流の警戒区域も支流沿いに指定されている。特別警戒区域内では建築物の構造規制や開発許可の要件が加わるため、該当する敷地の建替え・増築は区域指定を前提に設計することになる。逆に温泉街中心の商業地は、容積率400%という規制の余裕と区域外という条件が揃っており、既存建物の上層階転換や敷地内の増築を進めやすい立地である。
投資シナリオ — 100室改装の必要ADR上乗せは¥5,800〜¥7,200、20室新設は¥64,300〜¥90,800
ここまでの材料を使い、二つのシナリオで必要ADRを逆算する。前提は共通で、稼働率(前提)65%(通年・本稿の仮定)、ADR上乗せ分のGOPへの反映率70%、新設時のGOP率30%(本稿の仮定)とした。いずれも簡易試算であり、実際の投資判断には詳細なフィージビリティ・スタディが必要である。
シナリオA:100室級の客室改装。大型帯で稼働中の4施設の推定成約ADR中央値は¥13,600である。ここに1室あたり800万・1,200万・1,600万円のCapex(客室内装と水回りの更新、共用部の一部改修を含む想定)を投じ、投下資本に対して年8%または10%の増分GOPを求めると、必要なADR上乗せは1室1,200万円の場合で¥5,800(8%)〜¥7,200(10%)になる。改装後の到達水準は¥19,400〜¥20,900で、これは2km圏の30〜100室帯の中央値¥24,500より低く、既に市場に存在する価格帯である。1室1,600万円でも到達水準は¥23,300で、中規模帯の上位にはまだ届かない。言い換えると、大型施設の改装は「市場にない価格を新たに作る」投資ではなく、「隣の規模帯で成立している価格に寄せる」投資であり、価格面の実現性は高い。
| Capex想定 | 総額(100室) | 必要ADR上乗せ(年8%) | 同(年10%) | 改装後の到達ADR |
|---|---|---|---|---|
| 1室あたり 800万円 | 8億円 | ¥3,900 | ¥4,800 | ¥17,500〜¥18,400 |
| 1室あたり 1,200万円 | 12億円 | ¥5,800 | ¥7,200 | ¥19,400〜¥20,900 |
| 1室あたり 1,600万円 | 16億円 | ¥7,700 | ¥9,600 | ¥21,300〜¥23,300 |
シナリオB:20室級・客室露天付きの新設。1室あたり延床80㎡(客室50㎡に共用・浴場・厨房を配分)で延床1,600㎡=約484坪、土地1,500㎡を温泉街商業地の地価46,000円/㎡で取得し、設計・FF&Eを建設費の15%とした。建設費は国土交通省 建築着工統計(宿泊業用)の2024年実績で全構造平均195.5万円/坪と、2022年の138.6万円/坪から4割上がって過去最高水準にあり、旅館タイプの目安は坪160万〜250万円とされる。本稿では坪200万円と250万円の2通りを置いた(第1段階)。さらにTurner & Townsendの建設コスト予測(2026年7月公表。札幌の2026年インフレ率は+5.6%、2027年は全国で低下に転じる見通し)を参考に、年5%前後の上昇が続くと本稿で仮定して2028年着工・2029年開業を想定し、建設期間の上昇を織り込んだ(第2段階)。
| 建設単価 | 建設費 | 土地 | 総投資(第1段階) | 必要ADR 7% / 8% | 総投資(インフレ後) | 必要ADR 7% / 8% |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 坪200万円(484坪) | 9.7億円 | 0.69億円 | 11.8億円 | ¥58,100 / ¥66,400 | 13.1億円 | ¥64,300 / ¥73,500 |
| 坪250万円(484坪) | 12.1億円 | 0.69億円 | 14.6億円 | ¥71,800 / ¥82,100 | 16.1億円 | ¥79,400 / ¥90,800 |
インフレ織込み後の必要ADRは¥64,300(坪200万円・利回り7%)から¥90,800(坪250万円・利回り8%)になる。2km圏でこの水準に届いている稼働施設は26室のシャレータイプ1軒だけで、30室未満帯の中央値¥29,800の2〜3倍にあたる。つまり定山渓で20室級を新築で成立させるには、2km圏の最上位1施設と同じ価格帯を新規に取る必要があり、価格面の前提が重い。ここで建設費の上昇は、新規供給を抑える側にも働く。2017年から2026年まで2km圏の客室ストックが横ばいだった背景には、この建設費の水準があり、既存施設にとっては競争環境が安定するというアップサイドでもある。
この二つを並べれば、定山渓での再投資の順番は見えてくる。大型の器を持つ施設が、翠嶺のように上層階や一部棟を高単価客室に転換し、大浴場やサウナといった共用部で体験価値を上げる。新築の20室級は、既存旅館の敷地内増築で土地と共用部を既存施設と共有し、建設費を圧縮できる場合に限って検討する。価格帯が薄い「50〜150室×3万〜5万円」のゾーン(現状は50室台の2軒のみ)は、新築ではなく既存大型施設の部分転換で埋まるのが自然であり、ファンドや運営会社が取得対象を探すなら、改装余地のある大型施設か、増築用地を持つ中規模旅館が候補になる。大型旅館が集まる温泉地で再生の担い手と単価の伸びしろを整理した鬼怒川・川治温泉3,574室の分析も、同じ論点を別の商圏で確かめる材料になる。
密集 100室超 × 1.2万〜1.4万円
大型4施設のうち3施設が集まる帯(ゆらく草庵は¥26,800で上側)。団体・ファミリーの受け皿として稼働の厚みがあり、改装による単価の伸びしろが最も大きい。
空白① 50〜150室 × 3万〜5万円
該当する稼働施設は50室台の2軒のみ。大型施設の部分転換(上層階・別棟)で狙う次の価格帯で、シナリオAの改装後水準(¥17,500〜¥23,300)はその手前にとどまる。
空白② 20〜30室 × 6万〜9万円
新設シナリオの必要ADR帯。現状は該当施設がなく、この水準を上回るのは26室の1施設(¥131,900)のみ。敷地内増築で建設費を抑えられる場合に限り成立しうる。
投資判断のまとめ — 感度とリスクの整理
シナリオAの感度を確かめる。Capex1室1,200万円・利回り10%の条件で、OCCと反映率を動かしたときの必要ADR上乗せは次のとおりである。OCCが60%に下がり反映率が60%にとどまる厳しい条件でも、必要上乗せは1万円に収まり、到達水準は中規模帯の中央値を超えない。改装投資の価格面の成立条件は、相当に幅をもって満たされている。
| 必要ADR上乗せ(Capex 12億円・利回り10%) | 反映率 60% | 反映率 70% | 反映率 80% |
|---|---|---|---|
| 稼働率(前提)60% | ¥9,100 | ¥7,800 | ¥6,800 |
| 稼働率(前提)65% | ¥8,400 | ¥7,200 | ¥6,300 |
| 稼働率(前提)70% | ¥7,800 | ¥6,700 | ¥5,900 |
| リスク要因 | 水準 | 内容と見方 |
|---|---|---|
| 市場(価格) | 中 | 南区の2026年9月は前年同月-7.2%だが、同一16施設では-3.6%で過半は標本構成の変化。冬側は前年比プラス〜横ばいで、山の時期の価格は堅い。 |
| 市場(供給) | 低 | 2km圏の客室ストックは2017年1,966室→2026年1,925室で横ばい。建設費の水準が新規参入を抑えている。 |
| 規制・立地 | 中 | 温泉街中心は商業地域・容積率400%で余裕があるが準防火地域。河畔1施設が浸水想定区域、山裾5施設が土砂災害警戒区域に重なり、該当地では区域指定を前提に設計する。 |
| 建設 | 高 | 建設費は2024年に過去最高水準となり、本稿は2028年まで年5%前後の上昇を仮定。新設シナリオの必要ADRを押し上げる一方、既存施設には競争緩和要因。 |
| 需要 | 低 | 札幌都心から約1時間、週末の掲載価格は平日比+21.3%。市民向けクーポン、空港直行バス、延べ宿泊者数の成果指標など行政の需要喚起が重なる。 |
最後に次のステップを整理する。取得・再生を検討する側にとっての優先順位は、第一に100室超の大型施設の改装余地(客室転換の対象フロア、大浴場・サウナの更新時期、用途地域と区域指定の確認)、第二に増築用地を持つ中規模旅館、第三に新設である。北海道の地銀や運営会社にとっては、改装後の到達ADRが隣の規模帯の実勢で裏づけられる点が融資・運営計画の根拠になる。冬の山と直前需要が厚い定山渓では、改装期間を6〜9月の谷に当てる季節設計も収益を守る要素になるだろう。
⚠ 将来日程のADRに関する注意:本記事の2026年10月以降のADRは調査時点でOTAに公開されている販売価格から推定した水準であり、チェックイン日に近づくにつれて変動します。現時点で高く設定されている価格が直前値下げで下落する可能性がある点にご留意ください。ブッキングカーブ・推定OCCはOTA上で販売される在庫の消化状況に基づく推定値であり、施設全体の実稼働率とは異なります。LT(リードタイム)=チェックイン日までの日数。
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参考資料・出典一覧
■ データソース
客室ストックは定山渓温泉を中心とする半径2,000m圏の客室10室以上の宿泊施設(レジャーホテルを除く)を2026年11月1日時点で棚卸しし、直近3か月に販売価格を確認できた施設を「稼働中」とした。推定成約ADRは各施設がOTAで公開する最安プラン水準に業態別の補正係数を適用した推定値(2名1室・税抜相当)で、エリア値は施設中央値。推定OCC・ブッキングカーブは主要予約サイトに総客室の30%以上を掲載する北海道の旅館・リゾートホテルのコホート集計(対象施設数・客室数を各所に併記)。地価・用途地域・災害区域は国土交通省 不動産情報ライブラリ。
■ 試算前提
シナリオA(100室改装)は起点ADRを大型帯稼働4施設の中央値¥13,600とし、稼働率(前提)65%・増分ADRのGOP反映率70%・投下資本に対する年8%/10%の増分GOPで必要上乗せを逆算した。シナリオB(20室新設)は延床1,600㎡(1室80㎡)、土地1,500㎡×46,000円/㎡、建設単価 坪200万円/250万円、設計・FF&E 15%、GOP率30%、稼働率(前提)65%、利回り7%/8%とし、2028年着工まで年5%前後の建設費上昇を本稿で仮定した。いずれも簡易試算で、税・運営費の詳細やファイナンス条件は含まない。
■ 限界・留意点
推定成約ADR・推定OCCはOTA上の公開価格と販売在庫に基づく推定で、各施設の実績値・会計数値とは異なる。市区町村の中央値は対象施設の入れ替わりに敏感で、前年同月比は標本の変化を含む。2026年10月以降の価格は調査時点の掲載水準で、チェックイン日までに変動する。開業年は創業・開業年ベースで築年と一致しない場合がある。災害区域との重なりは施設座標による判定で、敷地境界や建物配置までは確認していない。
■ 市場データ
- メトロエンジンリサーチ&コンサルティング — 半径2km圏の客室ストック(掲載23施設・稼働18施設、2026年11月1日時点)、推定成約ADR(札幌市南区・登別市・洞爺湖町・2km圏16施設)、北海道の推定OCC・ブッキングカーブ、2026年11月の掲載価格
■ 政府統計・公的データ
- 国土交通省 不動産情報ライブラリ — 地価公示・都道府県地価調査(2026年)、用途地域、洪水浸水想定区域(国土数値情報 A31a)、土砂災害警戒区域(国土数値情報 A33)
- 国土交通省「建築着工統計調査」 — 2024年 宿泊業用 工事費予定額(坪単価換算)
- 観光庁「宿泊旅行統計調査」 — 2025年 年間値(速報値)施設タイプ別客室稼働率
- 札幌市「定山渓観光魅力アップ構想」第4〜6章 — 定山渓地域の延べ宿泊者数の成果指標
■ 業界レポート
- Turner & Townsend 建設コスト予測(2026年7月10日) — 札幌 2026年+5.6%、2027年は全国で低下見通し
- HOTELISM「ホテル建設費の目安」 — 旅館タイプ坪160万〜250万円
■ ニュース・公式発表
- トラベルWatch「定山渓ビューホテルは大浴場サウナ&客室リニューアル」(2024年9月5日) — エグゼクティブスイート翠嶺33室(2024年12月下旬)、JR札幌駅から送迎バス約66分
- 一般社団法人定山渓観光協会「定山渓どこでもクーポン2026」 — 札幌市民向け、1人1泊3,000円分、2期実施
- ようこそさっぽろ「冬季限定 予約制直行バス 定山渓温泉ライナー」(2026年10月2日) — 2026年12月19日〜2027年2月21日 毎日運行
- トラベルボイス「2025年の延べ宿泊者数…客室稼働率」(2026年3月2日) — 旅館38.4%、リゾートホテル56.9%
