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簡易宿所(簡易旅館)投資のROI試算2026 — 稼働率29.6%から回収年数を逆算する

投稿日 : 2026.09.28

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投資・開発

簡易宿所(簡易旅館)投資のROI試算2026 — 稼働率29.6%から回収年数を逆算する

宿泊施設への投資を検討するとき、最初に突き当たるのが「簡易宿所(簡易旅館)は結局いくらで回るのか」という問いである。旅館業法の営業種別としての簡易宿所は全国44,901施設まで増えた一方、客室稼働率は全国平均29.6%にとどまる。本稿では、厚生労働省・観光庁・日本政策金融公庫の公表値と当社のOTA掲載価格集計を組み合わせ、ROI(投資回収)を試算する枠組みそのものを提示する。

本記事における指標の定義

  • 簡易宿所(営業):旅館業法に定める営業種別のひとつで、「宿泊する場所を多人数で共用する構造及び設備を設けて行う営業(山小屋、ユースホステル、カプセルホテル等)」を指す(厚生労働省「衛生行政報告例」用語の定義)。本稿では検索語として一般に使われる「簡易旅館」も同義として扱う。
  • 客室稼働率(OCC):本稿で用いる稼働率は、観光庁「宿泊旅行統計調査」が公表する宿泊施設タイプ別の客室稼働率(2025年・年間値(確定値))である。当社のOTA在庫に基づく推定稼働率ではない。
  • 掲載価格:各施設がOTA等に公開している販売価格の全プラン平均(2名1室利用時・1室あたり料金・税込)。売れ残った高単価プランが掲載上に残り続けるため、実際の成約単価より上振れする。
  • ADR(推定成約ADR):各施設がOTA上で公開する最安プラン水準(2名1室利用時・1室あたり料金・税込)に業態別の補正係数を適用して算出した推定成約単価(税抜相当)。上場ホテルREITが開示する物件別実績との照合(91施設・直近3ヶ月間)で誤差中央値は約7%。推定値であり、各施設の実際の成約価格・会計数値とは異なる。本稿では検証済カテゴリであるカプセルホテルについてのみ用い、ホステル・ゲストハウス・ドミトリーは掲載価格で記述する。
  • データ出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング/厚生労働省「衛生行政報告例」/観光庁「宿泊旅行統計調査」/日本政策金融公庫総合研究所「新規開業実態調査」
簡易宿所営業 施設数
44,901
令和6年度末・前年比+7.1%
客室稼働率(全国)
29.6%
2025年・2019年比 -3.8pt
稼働率の都道府県格差
8.3倍
大阪73.6% / 秋田8.9%
開業費用 中央値
600万円
全業種・公庫2025年度調査
掲載価格 中央値
¥15,300
6都府県・N=518施設
Key Takeaways
  • — 簡易宿所営業は44,901施設(令和6年度末・前年比+7.1%)まで増えたが、客室稼働率は全国29.6%(2025年・年間値(確定値))にとどまる。
  • — 稼働率の都道府県格差は8.3倍(大阪73.6%/秋田8.9%)。許可施設数との順位相関は+0.19で、供給の多い県が需要の厚い県ではない。
  • — 掲載価格中央値は¥15,300(6都道府県・N=518施設・2025年9月〜2026年8月)。ホステル¥19,800/ゲストハウス¥13,500と宿泊タイプで水準が分かれる。
  • — 開業費用は中央値600万円・平均975万円(公庫2025年度調査・n=2,165)。ゲストハウスの客室数中央値4室と整合し、標準は数室規模の既存建物転用である。
  • — 単純回収年数(11室・営業利益率30%前提)は初期投資1,000万円なら稼働率25%でも4.2年だが、6,000万円では稼働率55%か単価¥18,000を確保できる立地が要る。

簡易宿所営業とは — 旅館業法の営業種別と構造設備基準

旅館業法上の営業種別は、2018年6月15日施行の改正で「ホテル営業」と「旅館営業」が「旅館・ホテル営業」に統合され、現在は旅館・ホテル営業・簡易宿所営業・下宿営業の3種となっている。3区分それぞれの許可要件と2018年・2023年の法改正については、旅館業法とは — 3区分の許可要件と2018・2023年改正、民泊との違いで整理している。このうち簡易宿所営業は、厚生労働省の定義で「宿泊する場所を多人数で共用する構造及び設備を設けて行う営業(山小屋、ユースホステル、カプセルホテル等)」とされる。ドミトリー形式のホステルやゲストハウスが典型だが、個室主体の小規模宿でもこの許可で営業しているケースは多い。

投資家にとって重要なのは、許可要件が旅館・ホテル営業より軽い点である。旅館業法施行令第1条は、簡易宿所営業の構造設備基準として以下を定める。

簡易宿所営業の構造設備基準(旅館業法施行令第1条)
基準項目内容
客室の延床面積33㎡以上。ただし許可申請にあたって宿泊者の数を10人未満とする場合は「3.3㎡×宿泊者数」以上
階層式寝台上段と下段の間隔はおおむね1m以上
換気・採光ほか適当な換気、採光、照明、防湿及び排水の設備
入浴設備近接して公衆浴場がある等、入浴に支障をきたさないと認められる場合を除き、宿泊者の需要を満たす規模の設備
洗面設備・便所宿泊者の需要を満たす適当な規模の洗面設備、適当な数の便所
都道府県条例上記のほか、都道府県(保健所設置市・特別区を含む)が条例で定める基準に適合すること

出典: 旅館業法施行令(昭和32年政令第152号)第1条 より メトロエンジンリサーチ&コンサルティング作成

注目すべきは「宿泊者10人未満なら3.3㎡×人数」という緩和規定である。定員9人であれば客室延床29.7㎡で足り、一般的な戸建てやマンション1住戸の転用が成立する。フロント(玄関帳場)の設置義務も簡易宿所営業には規定がない。この要件の軽さが、既存建物のコンバージョンによる小規模参入を可能にしてきた。空き家を1棟貸しに転用した場合の投資回収を都市別に分解した試算は、簡易宿所×空き家活用2026:京都・大阪・那覇1棟貸しIRR分解で扱っている。

その結果が施設数の推移に表れている。旅館・ホテル営業が1997年度の76,751施設から2024年度の52,946施設へ約3割減る一方で、簡易宿所営業は25,324施設から44,901施設へ+77.3%増えた。特に2015年度以降の増勢が急で、直近の令和6年度末は前年度比+2,992施設(+7.1%)と、旅館・ホテル営業の+3.7%を上回る。

出典: 厚生労働省「衛生行政報告例」(各年度末現在)より メトロエンジンリサーチ&コンサルティング作成

ただし、この施設数は許可件数であって客室数ではない。衛生行政報告例は旅館・ホテル営業については客室数を公表するが、簡易宿所営業・下宿営業は施設数のみで客室数を公表していない。1施設あたりの規模を知るには別の手がかりが要る。それが次節の当社データである。

収入側 — ホステル・ゲストハウス型の客室規模と掲載価格の分布

収入を試算するには「何室あるか」と「1室いくらで売れているか」の2つが要る。当社が国内約168,000施設を追跡し、うちOTA上で稼働が確認できる約27,000施設のマスターから、ホステル・ゲストハウス・ドミトリー・カプセルホテル・ユースホステルの5タイプ(=簡易宿所営業で運営されることが多い宿泊タイプ)を抽出すると、稼働中の施設は2,977軒である。

母集団の違いについて。本節の2,977軒は当社の宿泊タイプ分類にもとづく集計であり、旅館業法上の営業許可種別を1件ずつ照合したものではない。厚生労働省が公表する簡易宿所営業44,901施設とは母集団が異なる(後者は山小屋・季節営業の民宿・稼働していない許可を含み、前者はOTAに掲載がない施設を含まない)。両者の数値を足し引きしたり、差分を特定の意味に読み替えたりはできない。

客室数の中央値を見ると、この領域の実態がはっきりする。

宿泊タイプ別の施設数と客室数分布(稼働確認ベース、N=2,977施設)
宿泊タイプ施設数客室数 中央値客室数 平均1〜4室の割合
ゲストハウス1,5154室8.0室49.7%
ホステル1,05011室17.5室28.3%
ドミトリー16614室23.2室22.9%
カプセルホテル237114室129.0室0.8%
ユースホステル97室7.4室11.1%

出典: メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(稼働確認ベース、N=2,977施設。客室数は登録のある2,951施設で算出)

ゲストハウスの半数が1〜4室、ホステルの中央値でも11室である。カプセルホテル(中央値114室)だけが別物で、これは建物規模・設備投資のいずれも一般的なホテル開発に近い。つまり「簡易宿所への投資」と一括りにしても、数百万円規模の住宅転用と、数億円規模のカプセル開発が同じ営業許可の下に同居している。ROIの議論は、まずこの2つを分けるところから始まる。

次に価格である。京都府・東京都・沖縄県・大阪府・北海道・福岡県の6都道府県で、直近12ヶ月(2025年9月〜2026年8月)のうち6ヶ月以上の掲載実績がある518施設について、月次の掲載価格(全プラン平均・2名1室・税込)を施設単位で平均した分布が以下である。

出典: メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(N=518施設、2025年9月〜2026年8月)

中央値は¥15,300、四分位範囲は¥10,900〜¥25,500と幅が広い。上位18.3%が¥30,000超に位置するのは、1棟貸し・町家型など「1室=1グループ貸し切り」の商品が混在するためで、ドミトリーベッド1床の価格ではない点に注意が要る。タイプ別に分けると次のとおり。

宿泊タイプ別の掲載価格分布(6都道府県・N=518施設、2025年9月〜2026年8月)
宿泊タイプN第1四分位中央値第3四分位
ホステル240¥12,700¥19,800¥32,700
ゲストハウス224¥9,900¥13,500¥20,800
カプセルホテル34¥13,100¥15,000¥18,300
ドミトリー18¥9,500¥11,200¥16,700
5タイプ合計518¥10,900¥15,300¥25,500

出典: メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(掲載価格・全プラン平均・2名1室・税込。ユースホステルはN=2のため非掲載)

地域別の中央値は、京都府¥21,100(N=135)、東京都¥18,000(N=98)、北海道¥17,400(N=74)、福岡県¥14,500(N=29)、大阪府¥13,700(N=56)、沖縄県¥11,100(N=126)。京都と沖縄で1.9倍の開きがある。同じ首都圏の中でも供給量が市区単位で大きく振れる点は、ホステル投資が成立する首都圏の条件が詳しい。

掲載価格をそのまま売上前提に置かないこと

掲載価格は「売れ残った高単価プランも含む全プランの平均」であり、実際に成約した1室あたり単価より高く出る。5タイプのうち推定成約ADRの検証が済んでいるのはカプセルホテルのみだが、その東京都の実測では、直近12ヶ月のうち条件を満たす10ヶ月の推定成約ADR中央値が¥5,800(税抜相当・対象施設数の中央値38施設)であるのに対し、同じ12ヶ月の掲載価格中央値は¥15,000(同34施設)だった。カプセルは1名利用の在庫を2名1室の価格体系で掲載するため差が特に大きく出る業態であり、この倍率をホステル・ゲストハウスにそのまま当てはめることはできない。ただし方向として「掲載価格>成約単価」であることは共通する。事業計画では掲載価格を上限の参考値として扱い、単価前提は自ら幅をもって置くべきである。

稼働率 — ROIを最も大きく動かす変数は立地である

収入式の3要素(単価・稼働率・室数)のうち、事業者が事前に最も読み違えやすいのが稼働率である。観光庁「宿泊旅行統計調査」は宿泊施設タイプ別の客室稼働率を公表しており、簡易宿所はこの区分に含まれる。2025年・年間値(確定値)は次のとおりである。

宿泊施設タイプ別の客室稼働率(観光庁「宿泊旅行統計調査」2025年・年間値(確定値))
宿泊施設タイプ2025年 客室稼働率前年差2019年差
全体61.6%+2.0pt-1.1pt
ビジネスホテル75.3%+1.6pt-0.5pt
シティホテル74.1%+1.8pt-5.4pt
リゾートホテル56.9%+2.8pt-1.6pt
旅館38.2%+2.1pt-1.4pt
簡易宿所29.6%+0.6pt-3.8pt

出典: 観光庁「宿泊旅行統計調査」2025年・年間値(確定値)より メトロエンジンリサーチ&コンサルティング作成

簡易宿所の29.6%は表の5タイプ中で最も低く(観光庁の6区分では会社・団体の宿泊所が24.2%でさらに低い)、2019年(33.4%)比の回復の遅れもシティホテル(-5.4pt)に次いで大きい(-3.8pt)。ビジネスホテルが-0.5ptまで戻しているのと対照的で、この差は供給側の事情に起因する。2019年度から2024年度にかけて簡易宿所営業の許可施設は37,308から44,901へ+20.4%増えており、需要回復を供給増が吸収している構図が読める。

出典: 観光庁「宿泊旅行統計調査」(2025年は確定値)より メトロエンジンリサーチ&コンサルティング作成

月次で見ると季節性も大きい。2025年の簡易宿所は8月に39.1%まで上がり、12月には24.5%まで落ちる。年間を通じた振れ幅は14.6ptで、ビジネスホテル(最高81.4%・最低66.6%、14.8pt)と幅自体は近いが、水準が低いため相対的な変動の影響がはるかに大きい。24.5%と39.1%では売上が1.6倍違う。

出典: 観光庁「宿泊旅行統計調査」(2025年は確定値、2024年は確定値)より メトロエンジンリサーチ&コンサルティング作成

そして、ROIを最も大きく動かすのが都道府県差である。2025年の簡易宿所客室稼働率は、大阪府73.6%から秋田県8.9%まで8.3倍の開きがある。これは単価差(京都と沖縄で1.9倍)よりはるかに大きい。

出典: 観光庁「宿泊旅行統計調査」2025年・年間値(確定値)/厚生労働省「衛生行政報告例」令和6年度 より メトロエンジンリサーチ&コンサルティング作成

上位10県と下位10県を並べると、稼働率と許可施設数がまったく別の話であることがわかる。

簡易宿所の客室稼働率 上位10県・下位10県と許可施設数の対照
順位上位10県稼働率簡易宿所
施設数
順位下位10県稼働率簡易宿所
施設数
1大阪府73.6%77338長野県13.6%4,361
2京都府52.0%3,64739兵庫県13.4%986
3東京都48.6%1,25640茨城県12.8%266
4福岡県44.8%40041滋賀県11.7%527
5愛知県38.2%15842福井県10.6%541
6沖縄県34.7%3,80443福島県10.5%652
7岡山県33.8%41244愛媛県10.3%532
8三重県33.2%28445鳥取県10.0%448
9宮城県31.0%33546佐賀県9.6%194
10香川県29.6%81147秋田県8.9%307

出典: 観光庁「宿泊旅行統計調査」2025年・年間値(確定値)/厚生労働省「衛生行政報告例」令和6年度末現在 より メトロエンジンリサーチ&コンサルティング作成

許可施設数が全国最多の長野県(4,361施設)は稼働率13.6%で38位、2位の沖縄県(3,804施設)は34.7%で6位、3位の京都府(3,647施設)は52.0%で2位。一方、稼働率トップの大阪府は773施設で全国21位の供給量にすぎない。47都道府県で施設数と稼働率の順位相関を取ると+0.19と、ほぼ無相関である。

この無相関をどう読むか。簡易宿所営業の許可には、都市部のホステルだけでなく山小屋・季節営業の民宿・スキー場のロッジなども含まれる。長野県・山梨県・静岡県の施設数が多いのは主にこの層であり、営業日数そのものが短い施設が母数に入るため、年間稼働率が構造的に低く出る。したがって「施設が多い=競争が激しい」とも「施設が少ない=空白市場」とも短絡できない。投資判断で参照すべきは許可件数ではなく、その地域の稼働率と単価の実測である。

費用・初期投資側 — 公表されている数字だけで組む

投資額は物件・立地・仕様で桁が変わるため、当社が独自の「標準的な初期投資額」を置くことはしない。代わりに、公的機関が公表している実額をそのまま参照する。

開業費用の実額。日本政策金融公庫総合研究所「2025年度新規開業実態調査」(2025年8月調査、開業1年以内の企業2,165社が回答、不動産賃貸業を除く全業種)によれば、開業費用の平均値は975万円、中央値は600万円である。分布では「250万円未満」が20.1%、「250万〜500万円未満」が21.7%と、4割以上が500万円未満に収まる。同調査は開業費用が長期的に少額化する傾向にあると指摘している。

開業時の資金調達額は平均1,219万円で、内訳は「金融機関等からの借り入れ」827万円(67.9%)、「自己資金」279万円(22.9%)。この2つで90.7%を占める。

開業費用と資金調達の実勢(日本政策金融公庫「2025年度新規開業実態調査」n=2,165)
項目金額備考
開業費用 中央値600万円全業種・n=2,165
開業費用 平均値975万円高額投資が平均を押し上げる
資金調達額 平均1,219万円運転資金を含む
うち 金融機関等からの借入827万円調達額の67.9%
うち 自己資金279万円調達額の22.9%

出典: 日本政策金融公庫総合研究所「2025年度新規開業実態調査」(2025年12月5日公表)より メトロエンジンリサーチ&コンサルティング作成

ここで当社データとの整合を見ておきたい。ゲストハウスの客室数中央値が4室、半数が1〜4室という分布は、開業費用中央値600万円という水準と無理なく噛み合う。この領域の標準的な参入形態は、既存住宅を転用した数室規模であると、供給側・資金側の2つの独立したデータが同じ方向を指している。一方、カプセルホテル(客室数中央値114室)は明らかにこの範囲の外にあり、建築を伴う開発として別の資金計画が要る。

新築で建てる場合の参考値。国土交通省「建築着工統計」に基づく2024年のホテル建築費は全構造平均195.0万円/坪(RC造173.6万円、S造164.8万円)。2022年の138万円から2年で+41%上昇しており、2025年も全構造平均195.2万円と高止まりしている。既存建物のコンバージョンが簡易宿所で多用されるのは、この新築コストを回避できるためである。

調達手段。日本政策金融公庫の「一般貸付(生活衛生貸付)」は、旅館業について融資限度額4億円、返済期間13年以内(うち据置期間1年以内、返済期間が7年超の場合は2年以内)を定める。同制度は旅館業法に基づく営業許可を受けた簡易宿所を含む一方、住宅宿泊事業法に基づく住宅宿泊事業および国家戦略特別区域外国人滞在施設経営事業は対象外である。資金使途は設備資金に限られ、人件費・広告費等の運転資金には充てられない。営業許可を取得するかどうかが、使える制度融資を左右する。

出典: 日本政策金融公庫「一般貸付(生活衛生貸付)」より メトロエンジンリサーチ&コンサルティング作成

ROIの計算式と感度分析 — 回収年数を3変数で動かす

計算式

年間売上 = 1室あたり平均販売単価 × 客室稼働率 × 客室数 × 365

年間営業利益 = 年間売上 × 営業利益率

単純回収年数 = 初期投資 ÷ 年間営業利益

表面ROI = 年間営業利益 ÷ 初期投資

まず、規模に依存しない単位である1室あたり年間売上(=単価×稼働率×365)を押さえる。これが立地選定の判断軸になる。なお、以下の感度分析表に置いた稼働率および単価は、いずれも試算の前提値(仮定)であって実測値ではない。実測の客室稼働率は前節で見た観光庁「宿泊旅行統計調査」2025年・年間値(確定値)による。

単価×稼働率別の1室あたり年間売上(いずれも前提値による試算)
1室あたり
平均販売単価
稼働率25%(前提)稼働率40%(前提)稼働率55%(前提)稼働率70%(前提)
¥8,000¥730,000¥1,168,000¥1,606,000¥2,044,000
¥12,000¥1,095,000¥1,752,000¥2,409,000¥3,066,000
¥18,000¥1,642,500¥2,628,000¥3,613,500¥4,599,000

出典: メトロエンジンリサーチ&コンサルティング試算(表中の稼働率・単価は感度分析の前提値であり実測値ではない)

単価¥8,000×稼働率25%なら1室あたり年73万円、単価¥18,000×稼働率70%なら年460万円。同じ「簡易宿所」でも1室が生む売上は6.3倍違う。稼働率25%は全国平均29.6%をやや下回る水準、70%は大阪府(73.6%)に近い水準であり、いずれも実在する幅である。

次に、営業利益率と客室数を置いて回収年数を出す。前提は以下のとおりとした。

回収年数試算に置いた前提と、その根拠
前提項目置いた値根拠
客室数11室当社データのホステル客室数中央値(N=1,042施設)
営業利益率30%(保守)上場REITの運営実績ではインヴィンシブル投資法人のMHM運営91物件のGOP率が38.9%(2024年12月期)。小規模かつ送客手数料比率が高い簡易宿所では下限をさらに下回る前提として30%を採用
初期投資1,000/3,000/6,000万円公庫調査の開業費用平均975万円を最小段、建築・大規模改修を伴う場合を上段として3水準
回収対象初期投資のみ賃料・減価償却・借入金利・税を控除する前の単純回収。賃借物件の場合は賃料を営業利益率側で織り込む必要がある

出典: メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(前提の出典は各欄に記載)

この前提で、初期投資×単価×稼働率の3変数を動かしたときの単純回収年数が次表である。

初期投資×単価×稼働率別の単純回収年数(11室・営業利益率30%前提)
初期投資稼働率単価¥8,000単価¥12,000単価¥18,000
1,000
万円
25%4.2年2.8年1.8年
40%2.6年1.7年1.2年
55%1.9年1.3年0.8年
70%1.5年1.0年0.7年
3,000
万円
25%12.5年8.3年5.5年
40%7.8年5.2年3.5年
55%5.7年3.8年2.5年
70%4.4年3.0年2.0年
6,000
万円
25%24.9年16.6年11.1年
40%15.6年10.4年6.9年
55%11.3年7.5年5.0年
70%8.9年5.9年4.0年

出典: メトロエンジンリサーチ&コンサルティング試算(11室・営業利益率30%・賃料および減価償却控除前の単純回収)(表中の稼働率・単価は感度分析の前提値であり実測値ではない)

読み取れることは3つある。

第一に、初期投資1,000万円クラスなら稼働率25%でも4.2年で回る。これは公庫調査が示す「開業費用の4割以上が500万円未満」という現実と符合する。既存住宅を転用し、設備投資を最小限に抑えた数室規模であれば、全国平均以下の稼働率でも事業として成立しうる。簡易宿所という営業種別の要件の軽さが、そのままこの経済性を支えている。

第二に、投資額が6,000万円に上がると話が一変する。単価・稼働率はいずれも前提値だが、単価¥8,000・稼働率25%では24.9年、稼働率40%でも15.6年かかる。建築や大規模改修を伴う規模では、稼働率55%以上か単価¥18,000以上のいずれかを確保できる立地でなければ、10年以内の回収に届かない。投資額が大きいほど立地の選択肢は狭くなる——これは当たり前に見えて、初期投資と立地を別々に検討すると見落とされやすい。

第三に、稼働率の効きが単価より大きい。前提値の範囲で見ると、単価を¥8,000から¥18,000へ2.25倍にすると回収年数は0.44倍になるが、稼働率を25%から70%へ2.8倍にすると0.36倍になる。そして単価は自らの商品設計で動かせる余地があるのに対し、稼働率の大半は立地が決める。前節で見た都道府県差8.3倍は、この試算の中で最も大きな振れ幅を持つ変数である。

出典: メトロエンジンリサーチ&コンサルティング試算(11室・営業利益率30%・初期投資3,000万円)

第四に、営業利益率の置き方が回収年数を単価・稼働率と同じ幅で動かす。上表は営業利益率30%の1点で固定しているが、この前提自体に幅がある。単価¥12,000・稼働率40%(いずれも前提値)で固定し、営業利益率だけを動かすと次のようになる。

営業利益率別の単純回収年数(11室・単価¥12,000・稼働率40%の前提で固定、初期投資3水準)
営業利益率(前提)初期投資1,000万円3,000万円6,000万円水準の根拠
25%2.1年6.2年12.5年賃借物件で賃料を営業利益側に織り込む場合
30%1.7年5.2年10.4年本稿の標準前提(保守側に置いた値)
38.9%1.3年4.0年8.0年上場REITの宿泊特化運営実績(インヴィンシブル投資法人 MHM運営91物件、2024年12月期)

出典: メトロエンジンリサーチ&コンサルティング試算(営業利益率以外の前提は上表と同一)(表中の稼働率・単価・営業利益率は感度分析の前提値であり実測値ではない)

6,000万円クラスで見ると、営業利益率30%では10.4年かかる回収が、上場REITの宿泊特化運営実績と同じ38.9%なら8.0年に縮む。逆に賃借で25%まで落ちれば12.5年である。同じ物件・同じ単価・同じ稼働率でも、運営の利益率次第で回収年数は1.5倍動く。単価と稼働率だけを詰めて事業計画を組むと、最も見落とされやすいのがこの変数である。自社運営か運営委託か、賃借か所有か、送客手数料をどこまで直販に振り替えられるか——回収年数の前提を置く前に、この3点を先に決めておきたい。

この試算の限界

上表は賃料・減価償却・支払利息・税を控除する前の単純回収であり、事業計画そのものではない。賃借物件であれば賃料が営業利益を直接削るため、営業利益率30%の前提自体を見直す必要がある。また、簡易宿所の稼働率は季節変動が大きく(2025年で最低24.5%・最高39.1%)、年間平均で成立する計算でも、月次のキャッシュフローが営業費用を下回る月は生じうる。実際の投資判断には、対象物件の条件を織り込んだ詳細なフィージビリティ・スタディが不可欠である。

リスク要因 — 用途地域・消防・条例で計画が止まる

簡易宿所の投資で回収年数の前提が崩れる典型は、収支ではなく許認可でつまずくことである。物件を取得してから建てられない・許可が下りないと判明すると、投資額はそのままに売上がゼロになる。

用途地域。簡易宿所は建築基準法上「ホテル・旅館」として扱われるため、旅館・ホテル営業と同じ用途制限がかかる。住居専用地域(第一種・第二種低層住居専用、第一種・第二種中高層住居専用)、工業地域、工業専用地域では建築できない。第一種住居地域は床面積3,000㎡以下に限り建築可能である。住宅街の空き家を転用しようとして、用途地域で不可と判明するのは頻出のパターンである。

用途地域別のホテル・旅館(簡易宿所を含む)の建築可否
用途地域ホテル・旅館(簡易宿所を含む)
第一種低層住居専用地域/第二種低層住居専用地域建築不可
第一種中高層住居専用地域/第二種中高層住居専用地域建築不可
第一種住居地域床面積3,000㎡以下に限り可
第二種住居地域/準住居地域/近隣商業地域/商業地域/準工業地域建築可
工業地域/工業専用地域建築不可

出典: 東京都都市整備局「用途地域による建築物の用途制限の概要」ほか より メトロエンジンリサーチ&コンサルティング作成。個別の可否は特別用途地区・地区計画等により異なるため、所管行政庁への確認が必要

消防設備。宿泊施設は消防法施行令別表第一(5)項イ(旅館、ホテル、宿泊所その他これらに類するもの)に該当する。2015年4月1日施行の改正により、自動火災報知設備の設置義務は延べ面積にかかわらず全ての(5)項イに拡大された。延べ面積300㎡未満の小規模施設については、無線連動式の「特定小規模施設用自動火災報知設備」で足りる取り扱いが設けられており、ここがコストの分岐点になる。営業許可の申請には消防法令適合通知書が必要であり、消防設備の工事は許可取得の前提工程として工期・費用の両方に効いてくる。

都道府県・市区町村の条例。旅館業法施行令第1条第2項第7号は、国の構造設備基準に加えて「都道府県が条例で定める構造設備の基準に適合すること」を求めている。保健所設置市・特別区を含めて条例は地域ごとに異なり、たとえば周辺環境への配慮に関する手続(近隣説明等)を上乗せしている自治体もある。加えて、簡易宿所の稼働率上位に位置する大阪府・京都府・東京都はいずれも宿泊需要が厚い反面、宿泊施設に関する独自ルールや宿泊税の導入が進んでいる地域でもある。稼働率が高い立地ほど規制も厚いというトレードオフは、計画段階で織り込んでおきたい。

供給増そのもののリスク。簡易宿所営業の許可施設は令和6年度に前年比+7.1%(+2,992施設)増えた。これは旅館・ホテル営業の+3.7%を上回るペースである。同じ期間、簡易宿所の全国客室稼働率は+0.6ptしか改善していない。需要が伸びていないのではなく、伸びた需要を増えた供給が分け合っている状態である。5年・10年の回収計画を置くのであれば、対象エリアの許可件数の推移と、自施設が差別化できる要素の有無を併せて確認すべきである。

まとめ — 簡易宿所のROIは「いくら投じたか」より「どこに投じたか」で決まる

本稿で組んだ枠組みを整理する。

収入側は、1室あたり年間売上=単価×稼働率×365。当社集計では6都道府県518施設の掲載価格中央値が¥15,300、ホステル¥19,800・ゲストハウス¥13,500と、宿泊タイプで水準が分かれる。ただし掲載価格は成約単価より高く出るため、事業計画の単価前提は掲載価格を上限の参考値として自ら幅をもって置く必要がある。

稼働率は観光庁の公表値で全国29.6%。しかし大阪府73.6%から秋田県8.9%まで8.3倍の開きがあり、許可施設数とはほぼ無相関(順位相関+0.19)である。供給の多い県が需要の厚い県ではない。

費用側は、公庫調査の開業費用中央値600万円・平均975万円が実勢の起点。当社データのゲストハウス客室数中央値4室と整合しており、この領域の標準は数室規模の既存建物転用である。制度融資は一般貸付(生活衛生貸付)で旅館業4億円・13年以内が使え、簡易宿所は対象に含まれる。

感度分析の結論は明快である。初期投資1,000万円クラスなら稼働率25%でも4.2年で回るが、6,000万円クラスでは稼働率55%か単価¥18,000のいずれかを確保できる立地でなければ10年以内の回収に届かない。そして稼働率の大半は立地が決める。投資額を決めてから立地を探すのではなく、立地の稼働率実績から投じてよい上限額を逆算する——これが簡易宿所(簡易旅館)のROIを外さないための順序である。

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参考資料・出典一覧

■ データソース

収入側は当社のOTA掲載価格集計(ホステル・ゲストハウス・ドミトリー・カプセルホテル・ユースホステルの5タイプ、京都府・東京都・沖縄県・大阪府・北海道・福岡県の6都道府県で、直近12ヶ月のうち6ヶ月以上の掲載実績がある518施設、2025年9月〜2026年8月)と施設マスター(稼働確認ベース2,977施設)。稼働率は観光庁「宿泊旅行統計調査」2025年・年間値(確定値)、施設数は厚生労働省「衛生行政報告例」令和6年度、費用・資金調達は日本政策金融公庫総合研究所「2025年度新規開業実態調査」(n=2,165)の公表値をそのまま引用しており、当社が独自に投資額を推計した箇所はない。

■ 試算前提

年間売上=1室あたり平均販売単価×客室稼働率×客室数×365、年間営業利益=年間売上×営業利益率、単純回収年数=初期投資÷年間営業利益、表面ROI=年間営業利益÷初期投資。客室数は11室(当社データのホステル客室数中央値)、営業利益率は30%を標準前提とし、25%(賃借ケース)と38.9%(上場REITの宿泊特化運営実績)を加えた3水準で感度を取った。初期投資は1,000/3,000/6,000万円の3水準。賃料・減価償却・支払利息・税を控除する前の単純回収であり、感度分析表に置いた稼働率・単価・営業利益率はいずれも前提値(仮定)であって実測値ではない。

■ 限界・留意点

当社の宿泊タイプ分類による2,977施設と、厚生労働省が公表する簡易宿所営業44,901施設は母集団が異なり、両者を足し引きしたり差分を特定の意味に読み替えたりすることはできない。掲載価格は売れ残った高単価プランを含む全プラン平均であり成約単価より上振れする(推定成約ADRによる検証が済んでいるのは5タイプのうちカプセルホテルのみ)。稼働率は施設タイプ別の全国・都道府県平均であって個別立地の実績ではなく、季節変動も大きい。加えて用途地域・消防設備・自治体条例の制約により計画そのものが成立しない場合があるため、本稿は投資判断そのものではなく試算の枠組みを示すものである。

■ 市場データ

  • メトロエンジンリサーチ&コンサルティング — OTA掲載価格集計(ホステル・ゲストハウス・ドミトリー・カプセルホテル・ユースホステルの5タイプ、6都道府県 N=518施設、2025年9月〜2026年8月)、施設マスター(稼働確認ベース N=2,977施設)、推定成約ADR(東京都カプセルホテル)

■ 法令・制度

■ 政府統計

■ 金融機関・業界資料

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