HotelBankでは大分県について、9月宿泊分の在庫進捗や10月3日(土)の業態別ブッキングカーブ、朝食・夕食の食事プレミアムといった「需要と単価設計」の記事を出してきた。本稿はそこから軸を変える。扱うのは予約の進み方ではなく、県内18市町村に客室がどう置かれ、それぞれいくらで売れているかという「静的な地図」である。石川・富山・山口・奈良・長崎・和歌山・新潟・愛媛・三重・福井・岩手・熊本・鹿児島・茨城・山梨と続けてきた県別投資マップの、大分編にあたる。大分県を主題に据えた投資マップは初出である。
結論を先に書く。大分県の宿泊市場は、ひとつの県のなかに性格のまったく異なる3つの市場が同居している。推定成約ADR ¥23,436・1施設あたり7.5室の由布市(小規模高単価型)、¥15,406・8,467室という九州有数のストックを持つ別府市(中単価大量供給型)、¥7,043・1施設あたり63.0室の大分市(大箱実需型)。この3市で県内の日次潜在売上の72.5%を占める。そして投資家にとっての余地は、この3つの構造それぞれの「まだ置かれていない箱」——具体的には別府の100室級アッパーミドル、由布院の中規模プロダクト、大分市の1万円超帯——に開いている。本稿ではこれを、18市町村の推定成約ADR、施設マスター1,316軒26,382室の規模分布、169施設の単価実測、ピーク月の推定OCC、直近5年の新規開業実績から検証する。
本記事における指標の定義
- ADR(平均客室単価):各施設がOTA上で公開する最安プラン水準(2名1室利用時・1室あたり料金・税込)に業態別の補正係数を適用して算出した推定成約単価(税抜相当)。上場ホテルREITが開示する物件別実績との照合(91施設・直近3ヶ月間)で誤差中央値は約7%。推定値であり、各施設の実際の成約価格・会計数値とは異なります。エリア単位のADRは対象施設の中央値(エリアの標準的な施設の水準)。
- 掲載価格:OTA上の全プラン平均(素泊まり〜食事付きを含む)・2名1室利用時の1室あたり料金(税込)。推定成約ADRとは基準が異なるため、本文では明示的に「掲載価格」と表記します。
- OCC(稼働率):エリア内の総客室数に対する販売済み客室数の割合(OTA販売在庫に基づく推定値)。OTA上で販売される在庫の消化状況に基づく推定値であり、施設全体の実稼働率とは異なります。
- RevPAR:推定成約ADR × 推定OCC。本稿では2026年8月(ピーク月)の推定OCCを用いた参考値です。
- 日次潜在売上:客室ストック × RevPAR。市町村ごとの市場規模を相対比較するための指標で、実際の売上高ではありません。
- データ出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング
- — 大分県の推定成約ADRは12ヶ月平均¥14,784で九州7県で最も高い(2位の佐賀県¥12,173の1.21倍)。客室ストックの38.5%が旅館業態であることが県平均を押し上げている。
- — 県内18市町村の単価差は5.1倍(由布市¥23,436 ⇄ 津久見市¥4,602)。1施設あたり客室数も8.4倍開き、由布院・別府・大分市は同じ県内にありながら別々の産業構造を持つ。
- — 市場規模(客室ストック×RevPAR)では別府市が県全体の39.4%、上位3市で72.5%。実務上の投資探索範囲は別府・由布院・大分市に集約される。
- — 供給の空白は「上の帯」に3つ。別府の100室級×2万円超・大分市の1.3万円超・由布院の中規模高単価。直近5年の新規開業193軒は平均12.8室と小型化しており、この空白に向かう供給は入っていない。
- — 試算では新築より既存旅館のリポジションがGOP利回り12.8%と最も高い(総投資額7.8億円・最保守ケースでも10.8%)。別府市には推定成約ADR 9,000円未満の帯に1,133室が存在する。
エグゼクティブサマリー — 18市町村、単価は5.1倍開く
まず全体像を数字で押さえておく。メトロエンジンリサーチ&コンサルティングが追跡する大分県内の宿泊施設マスターは1,316軒・26,382室(住所から市町村を判定できたもの)。うちOTA上で価格が観測できた施設をもとに推定成約ADRを算出すると、県全体の直近12ヶ月平均は¥14,784(2025年9月〜2026年8月、月次サンプルN=436〜470施設)で、前年同期の¥14,282から+3.5%である。
この県平均は、九州7県で最も高い。同じ12ヶ月・同じ推定成約ADRの基準で並べると、大分県¥14,784に対し佐賀県¥12,173(N=145〜157施設)、福岡県¥11,733(N=460〜476)、熊本県¥10,685(N=366〜401)、長崎県¥7,957(N=249〜258)、宮崎県¥7,055(N=158〜169)、鹿児島県¥6,980(N=300〜322)と続き、2位の佐賀県に対して1.21倍、最下位の鹿児島県に対しては2.12倍の開きがある。福岡という九州最大の都市圏を抱える福岡県を上回っている点が、大分県の宿泊市場の特異さを示している。理由は単純で、大分県の客室ストックのかなりの部分が温泉旅館だからだ。県内の施設マスター1,316軒のうち507軒(38.5%)が旅館業態で、ビジネスホテル134軒・シティホテル15軒を大きく上回る。業態別に12ヶ月平均の推定成約ADRを取ると、旅館¥18,265(N=321施設)、リゾートホテル¥18,862(N=41)に対し、ビジネスホテル¥6,642(N=93)、シティホテル¥9,988(N=15)と、温泉系と業務系のあいだに約2.8倍の段差がある。県平均という1つの数字は、この2つの異なる市場を平均してしまっている。だから市町村に分解する必要がある。
18市町村マトリクス — 単価階層 × 供給量 × 施設規模
下表が本稿の中核である。市町村ごとに、推定成約ADR(12ヶ月平均)、掲載価格(全プラン平均・参考)、施設数と客室数、1施設あたり客室数、旅館業態の比率、ピーク月の推定OCC、そこから導いたRevPARと日次潜在売上を並べた。ティア区分は推定成約ADRを基準に、T1=¥14,000超(温泉ブランド帯)、T2=¥8,000〜14,000(中位観光帯)、T3=¥8,000未満(実需・業務帯)とした。
| 市町村 | 推定成約ADR | 掲載価格 | 施設数 | 客室数 | 室/軒 | 旅館比率 | 推定OCC 26年8月 | RevPAR | 日次潜在 売上(百万円) |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| T1 由布市 | ¥23,436 | ¥45,476 | 359 | 2,683 | 7.5 | 45% | 85.9% | ¥20,132 | 54.0 |
| T1 姫島村* | ¥17,056 | ¥33,295 | 7 | 50 | 7.1 | 29% | — | — | — |
| T1 九重町 | ¥16,700 | ¥28,033 | 120 | 1,383 | 11.5 | 54% | 92.9% | ¥15,514 | 21.5 |
| T1 別府市 | ¥15,406 | ¥31,966 | 312 | 8,467 | 27.1 | 41% | 88.3% | ¥13,603 | 115.2 |
| T1 日田市 | ¥14,795 | ¥35,460 | 86 | 1,404 | 16.3 | 44% | 87.7% | ¥12,975 | 18.2 |
| T2 日出町* | ¥11,887 | ¥37,206 | 8 | 507 | 63.4 | 0% | 81.9% | ¥9,735 | 4.9 |
| T2 杵築市* | ¥11,226 | ¥18,154 | 21 | 348 | 16.6 | 10% | 99.6% | ¥11,181 | 3.9 |
| T2 国東市 | ¥9,007 | ¥18,785 | 31 | 464 | 15.0 | 55% | 92.6% | ¥8,340 | 3.9 |
| T2 竹田市 | ¥8,996 | ¥24,060 | 65 | 685 | 10.5 | 34% | 91.4% | ¥8,222 | 5.6 |
| T2 臼杵市 | ¥8,274 | ¥27,041 | 22 | 359 | 16.3 | 64% | 90.9% | ¥7,521 | 2.7 |
| T3 佐伯市* | ¥7,534 | ¥17,239 | 57 | 833 | 14.6 | 18% | 88.0% | ¥6,630 | 5.5 |
| T3 玖珠町* | ¥7,448 | ¥16,234 | 17 | 176 | 10.4 | 24% | 79.9% | ¥5,951 | 1.0 |
| T3 豊後高田市* | ¥7,147 | ¥17,485 | 14 | 150 | 10.7 | 43% | 93.5% | ¥6,682 | 1.0 |
| T3 大分市 | ¥7,043 | ¥13,531 | 107 | 6,743 | 63.0 | 15% | 89.9% | ¥6,332 | 42.7 |
| T3 宇佐市* | ¥6,732 | ¥20,073 | 22 | 517 | 23.5 | 23% | 78.0% | ¥5,251 | 2.7 |
| T3 中津市 | ¥6,500 | ¥14,511 | 43 | 1,164 | 27.1 | 30% | 92.3% | ¥6,000 | 7.0 |
| T3 豊後大野市* | ¥6,005 | ¥13,137 | 13 | 246 | 18.9 | 0% | 94.2% | ¥5,657 | 1.4 |
| T3 津久見市* | ¥4,602 | ¥10,536 | 12 | 203 | 16.9 | 33% | 95.2% | ¥4,381 | 0.9 |
読み取れることを順に挙げる。
第一に、単価の頂点は別府ではなく由布市にある。由布市の推定成約ADRは¥23,436で、県内2位の九重町(¥16,700)に対して1.40倍、別府市(¥15,406)に対して1.52倍。掲載価格ベース(全プラン平均)でも¥45,476と県内で唯一4万円台に乗っている。由布院温泉は「九州の軽井沢」と呼ばれ高級旅館の集積地として知られるが、その評価はOTA上の実勢価格にもはっきり現れている。県境をまたいだ同格の温泉地との実勢差については、九州応援割、黒川温泉と由布院の実質単価差は665円に縮小で詳しく分析している。
第二に、単価と供給量は逆相関している。由布市は359軒を数えながら客室は2,683室しかなく、1施設あたり7.5室。対して別府市は312軒で8,467室、27.1室/軒。大分市に至っては107軒で6,743室、63.0室/軒である。同じ県内で1施設あたり客室数が8.4倍も違う。由布院は「小さな宿の集合体」、別府は「中規模温泉ホテルの密集地」、大分市は「大箱ビジネスホテルの集積」という、まったく別の産業構造をしている。
第三に、稼働率だけを見ても市場は判別できない。2026年8月(ピーク月)の推定OCCは、九重町92.9%、中津市92.3%、竹田市91.4%と、単価の高い温泉地も低い業務地も同じ90%前後に収まっている。稼働は各市町村ともピーク月にはほぼ天井に張り付く。市町村を分けているのは稼働ではなく単価である——これは投資判断において重要で、増収余地は稼働の積み増しではなく単価と客室数の設計にしかない、ということを意味する。
市場規模で並べ替える — 別府39.4%、上位3市で72.5%
単価ランキングは投資家にとって半分の情報でしかない。¥23,436の由布市と¥15,406の別府市のどちらが大きな市場かは、単価だけでは決まらない。客室ストックを掛け合わせる必要がある。
そこで市町村ごとに「客室数 × RevPAR」=日次潜在売上を計算した。順位は単価ランキングから大きく入れ替わる。首位は別府市で1日あたり1億1,520万円、県全体(2億9,210万円)の39.4%を占める。2位が由布市の5,400万円(18.5%)、3位が大分市の4,270万円(14.6%)。この3市で72.5%である。以下、九重町2,150万円(7.4%)、日田市1,820万円(6.2%)と続き、残る13市町村を合計しても11.4%にとどまる。
ファンドや地銀が大分県で投資機会を探すとき、実務上のターゲットエリアは別府・由布院・大分市の3市に集約される。九重町・日田市が第2グループ、それ以外は個別案件の妙味で判断する領域、という整理になる。
3つの市場の中身 — 客室規模 × 単価帯で分解する
ここからは個別施設まで下りる。20室以上の施設のうち推定成約ADRが12ヶ月連続で観測できた169施設・14,027室について、客室規模帯と単価帯のクロス集計を作った。20室未満の小規模宿は数が多く単価のばらつきも大きいため、投資対象になりにくいことから除いている。
| 規模 | 〜9千 | 9〜13千 | 13〜20千 | 20〜30千 | 30千〜 |
|---|---|---|---|---|---|
| 20〜29室 | 92室 | 45室 | 96室 | 27室 | 0 |
| 30〜49室 | 74室 | 149室 | 227室 | 244室 | 76室 |
| 50〜99室 | 336室 | 259室 | 269室 | 150室 | 233室 |
| 100〜199室 | 421室 | 465室 | 161室 | 0 | 0 |
| 200室〜 | 210室 | 244室 | 591室 | 791室 | 0 |
| 規模 | 〜9千 | 9〜13千 | 13〜20千 | 20〜30千 | 30千〜 |
|---|---|---|---|---|---|
| 20〜29室 | 79室 | 20室 | 0 | 0 | 0 |
| 30〜49室 | 117室 | 0 | 0 | 0 | 0 |
| 50〜99室 | 760室 | 0 | 0 | 0 | 0 |
| 100〜199室 | 1,638室 | 488室 | 190室 | 0 | 0 |
| 200室〜 | 677室 | 240室 | 0 | 0 | 0 |
別府市は、5×5のマス目のうち3つを除いてすべて埋まっている。九州の温泉地としてこれだけ多様な価格帯・規模帯を同時に抱えているエリアは他にない。空いているのは右下——100室以上×20,000円超のセルである。200室超に1施設791室が20,000〜30,000円帯にあるものの、100〜199室帯では13,000〜20,000円の161室が上限で、それ以上の帯には施設が置かれていない。30,000円超は全規模帯を通じて309室(30〜99室帯のみ)にとどまる。
大分市は対照的に、マス目の左側3分の1にほぼすべてが詰まっている。4,209室のうち3,271室(77.7%)が推定成約ADR 9,000円未満、13,000円超は1施設190室(4.5%)しかない。県都でありながら、単価は県内14位である。
由布市は3市とは論点が違う。20室以上の施設は14軒610室しかなく、これは同市の客室ストック2,683室の22.7%に過ぎない。100室以上の施設は1軒もない。20〜49室の帯に9軒292室、50〜99室に4軒287室。単価は高いが、1施設あたりの規模が小さいため、1件あたりの投資金額も小さくなる。ファンドが求めるチケットサイズに届く案件が県内では別府と大分市に偏る、というのはこの構造から来ている。
供給の空白 — 3つのホワイトスペース
WS① 別府の100室級アッパーミドル
100〜199室 × ¥20,000超
別府市の100室以上ストック2,883室のうち、20,000円超は200室超の1施設791室のみ。100〜199室帯の上限は13,000〜20,000円の161室にとどまる。ファンドのチケットサイズに合う規模で、単価を取りにいける帯が空いている。
WS② 大分市の1万円超帯
全規模帯 × ¥13,000超
4,209室中190室(4.5%)。9,000円未満に77.7%が集中し、上位帯の商品が置かれていない。県都・港湾・製造業集積という需要基盤に対し、宿泊プロダクトが一様である。
WS③ 由布院の中規模プロダクト
50〜120室 × ¥20,000超
由布市の20室以上ストックは610室のみで100室以上はゼロ。20,000円超×50室以上は2軒135室。景観・規模に関する地域ルールを前提としつつ、棟分散型で規模を作る余地が残る。
この3つはいずれも「需要がないから空いている」わけではない。需要側の裏付けを2つ挙げる。
ひとつは稼働だ。2026年8月の推定OCCは別府市88.3%(N=169施設5,938室)、由布市85.9%(N=190施設1,897室)、大分市89.9%(N=42施設4,658室)。ピーク月とはいえ、いずれも実質的な満室水準にある。もうひとつは単価の伸びだ。県全体の推定成約ADRは前年同期比+3.5%で、2025年11月¥16,436、12月¥17,297、2026年1月¥17,261と、冬季の温泉需要期には1万7千円台に乗る月が3ヶ月続いた。単価が上に伸びる余地があることは、既存ストックの実績が示している。
供給パイプライン — 5年で193軒2,478室、平均12.8室の小型化
空白があっても、そこに向けた供給がすでに動いているなら投資余地は縮む。直近5年の新規開業実績を確認した。
| 開業年 | 軒数 | 客室数 | 平均室数 | 100室超の案件 |
|---|---|---|---|---|
| 2022年 | 19 | 409 | 21.5 | 別府駅前に177室のビジネスホテル1件 |
| 2023年 | 45 | 518 | 11.5 | 別府に269室の温泉付き宿泊主体型1件 |
| 2024年 | 39 | 417 | 10.7 | 大分市に239室の天然温泉ビジネスホテル1件 |
| 2025年 | 50 | 664 | 13.3 | 大分駅前に255室のビジネスホテル1件 |
| 2026年 | 40 | 470 | 11.8 | 別府に161室のリゾートホテル1件 |
| 5年計 | 193 | 2,478 | 12.8 | 各年1件のみ |
5年間で193軒2,478室が新たに市場へ入った。既存ストック26,382室に対して9.4%にあたる。数字だけ見れば決して小さくないが、平均12.8室という数値が示すとおり、その中身は一棟貸し・小規模旅館・グランピング・ヴィラといった小型プロダクトが圧倒的多数を占める(別府で2026年に開いた一棟貸しの実例は【取材】大分県別府市に3世帯でも楽しめる一棟貸し宿「別府本邸」オープンを参照)。100室を超える案件は各年1件ずつ、5年で5件しかない。
しかもその5件の内訳は、別府駅前の177室・別府の269室・大分市の239室・大分駅前の255室・別府の161室で、単価帯としてはいずれも宿泊主体型ないしリゾート中位帯である。WS①(別府100室級×20,000円超)とWS②(大分市13,000円超)に直接ぶつかる供給は、この5年間に1件も入っていない。
先行きも見ておく。由布市では2027年4月に全39室・全室温泉風呂付きのホテルが開業を予定しており、最上位客室にはプライベートサウナと屋外プールを備えると発表されている(FHG hotels「seven x seven 由布院」、2026年9月2日プレスリリース)。この案件はWS③(由布院の中規模高単価)に部分的に応えるものだが、39室という規模は「小規模高単価の集積」という由布院の既存構造を大きく変えるものではない。大分県の供給パイプラインは、当面のあいだ小型・高単価の方向に流れ続けると見るのが自然である。
投資環境 — 別府駅前の路線価が九州トップの上昇率、上場REITは3物件695室
用地取得の側から見ると、大分県のホテル適地は明確に値上がり局面にある。2026年分の路線価では、別府市駅前町の駅前通りが1㎡あたり13万5,000円と前年比+17.4%で、九州7県のなかで最も高い上昇率となった。周辺でホテルの開業や店舗開発が続いていることが要因とされる(TOSオンライン、2026年7月1日)。公示地価ベースでも、2025年の別府市の平均は5万2,862円/㎡(前年比+1.98%)、商業地の基準地価平均は8万1,830円/㎡(+4.60%)。由布市の平均地価は6万7,100円/㎡(+3.07%)で、県内2位である。
上場ホテルREITの保有状況も確認しておく。大分県内には3物件695室が上場REITの保有下にあり、いずれもインヴィンシブル投資法人(8963)が保有している。
| 物件名 | 所在 | 客室数 | 取得時期 | 取得価格 | ブランド区分 |
|---|---|---|---|---|---|
| 亀の井ホテル 別府 | 別府市 | 322 | 2017年10月 | 8,870百万円 | リゾート |
| アートホテル大分 | 大分市 | 228 | 2024年7月 | 5,484百万円 | フルサービス |
| ホテルマイステイズ大分 | 大分市 | 145 | 2018年2月 | 1,604百万円 | 宿泊主体型 |
1室あたり取得価格は、亀の井ホテル別府が2,755万円、アートホテル大分が2,405万円、ホテルマイステイズ大分が1,106万円。取得時期が異なるため単純比較はできないが、直近の2024年取得案件(アートホテル大分)が1室2,405万円という水準は、大分県内で100室超の既存ホテルを取得する際の1つの目線になる。
なお同投資法人が公表した2026年7月の月次運営実績は、国内ホテル101物件でOCC 86.3%(2026年7月時点・前年同月比+1.9pt)、ADR ¥15,100(同−1.0%)、RevPAR ¥13,039(同+1.2%)。全国ポートフォリオの数値であり大分県固有の実績ではないが、宿泊主体型を中心とする運営で稼働が押し上がり単価が横ばい、という直近の地方都市の傾向を示している。
開発・再生シナリオ試算 — 新築より既存リポジションが利回りで上回る
ここまでの構造を踏まえ、別府市を対象に4つのシナリオを試算した。新築3案と、既存温泉旅館を取得して再生する1案である。土地単価は別府市の商業地基準地価平均8万1,830円/㎡、建築単価は近年の建設費上昇を織り込み、業態別の想定単価を設定して用いた。GOP(Gross Operating Profit=償却前営業利益)は、客室・料飲などの総売上から運営に直接かかる人件費・原価・水道光熱費などを差し引いた利益で、減価償却費・支払利息・賃借料・固定資産税は含まない。GOP利回りはそのGOPを総投資額で割った数値であり、借入条件・償却方法・税制を織り込む前の、事業そのものの収益力を測る指標である。
| 項目 | A. 宿泊主体型 | B. アッパーミドル WS① | C. 小規模ラグジュアリー | D. 既存旅館リポジション 推奨 |
|---|---|---|---|---|
| 客室数 / 1室面積 | 160室 / 20㎡ | 120室 / 28㎡ | 50室 / 45㎡ | 60室(既存) |
| 想定 推定成約ADR | ¥9,000 | ¥17,000 | ¥35,000 | ¥9,000→¥15,000 |
| 想定 稼働率(通年) | 85% | 80% | 70% | 78% |
| 延床(坪) | 1,424坪 | 1,613坪 | 1,238坪 | — |
| 建設費/改装費 | 29.9億円 | 38.7億円 | 40.8億円 | 4.2億円 |
| 土地/取得費 | 1.2億円 | 1.6億円 | 2.5億円 | 3.6億円 |
| 総投資額 | 31.1億円 | 40.3億円 | 43.3億円 | 7.8億円 |
| 客室売上(年) | 4.47億円 | 5.96億円 | 4.47億円 | 2.56億円 |
| 総売上(年) | 5.14億円 | 8.05億円 | 6.93億円 | 3.33億円 |
| GOP率 / GOP | 45% / 2.31億円 | 33% / 2.66億円 | 25% / 1.73億円 | 30% / 1.00億円 |
| GOP利回り(現価) | 7.4% | 6.6% | 4.0% | 12.8% |
| GOP利回り(建設期間インフレ後) | 6.5% | 5.7% | 3.5% | 11.7% |
読み方を整理する。
新築3案のなかでは、宿泊主体型(A)が利回りで最も高い。建設単価が最も安く、GOP率も高いためである。ただしAが狙う9,000円未満の帯は、別府市で最も競合が厚い領域でもある(同帯に4施設631室が100室以上規模で存在)。アッパーミドル(B)は利回りでAをわずかに下回るが、直接競合する100〜199室×20,000円超の施設が現時点で存在しない。利回り0.8ptの差を、競争環境の差と単価上昇余地でどう評価するか——これがWS①の投資判断の核になる。
小規模ラグジュアリー(C)は、別府市においては利回りが最も低い。高仕様の建設単価が重く、50室規模では固定費の吸収が効きにくい。ただしこれは「別府市の想定ADR 35,000円」という前提での話であり、由布市に置き換えれば同じ商品でより高い単価を取れる可能性がある。由布市の30,000円超帯には7施設333室が実在している。
そして最も高い利回りを示すのは、新築ではなく既存温泉旅館のリポジション(D)である。60室規模の既存旅館を1室600万円で取得し、1室700万円をかけて客室・浴場・食事提供を刷新、推定成約ADRを9,000円から15,000円へ引き上げるという想定で、GOP利回りは12.8%(インフレ後11.7%)となる。総投資額7.8億円は新築案の4分の1から5分の1で、地銀・中堅ファンドのチケットサイズにも収まる。
別府市には8,467室という九州有数の温泉ストックがあり、そのうち20室以上の観測対象61施設5,160室のなかで、推定成約ADR 9,000円未満の帯に1,133室が存在する。この帯を13,000〜20,000円へ引き上げる余地こそが、大分県で最も現実的な投資機会である——本稿のデータはそう示している。既存の施設はいずれも温泉権利・立地・一定の集客実績を持っており、そこに客室仕様と価格設計を重ねることで、新築では届かない利回りに到達できる。
| 感度分析(シナリオD) | ベース | ADR −10% | 稼働 −5pt | 両方 |
|---|---|---|---|---|
| 推定成約ADR | ¥15,000 | ¥13,500 | ¥15,000 | ¥13,500 |
| 稼働率(通年) | 78% | 78% | 73% | 73% |
| 客室売上 | 2.56億円 | 2.31億円 | 2.40億円 | 2.16億円 |
| GOP | 1.00億円 | 0.90億円 | 0.94億円 | 0.84億円 |
| GOP利回り | 12.8% | 11.5% | 12.0% | 10.8% |
| 推定成約ADR\稼働率(通年) | 72% | 76% | 80% | 84% | 88% |
|---|---|---|---|---|---|
| ¥15,000 | 5.2% | 5.5% | 5.8% | 6.1% | 6.4% |
| ¥16,000 | 5.6% | 5.9% | 6.2% | 6.5% | 6.8% |
| ¥17,000 | 5.9% | 6.3% | 6.6% | 6.9% | 7.2% |
| ¥18,000 | 6.3% | 6.6% | 7.0% | 7.3% | 7.7% |
| ¥19,000 | 6.6% | 7.0% | 7.4% | 7.7% | 8.1% |
この2軸で見ると、WS①の判断基準がはっきりする。シナリオBがシナリオA(宿泊主体型・GOP利回り7.4%)に追いつくのは、推定成約ADR ¥19,000かつ稼働80%以上、あるいは¥18,000かつ稼働88%という領域に限られる。基本ケースの¥17,000×80%では6.6%にとどまり、下振れして¥15,000×72%まで落ちると5.2%まで下がる。つまりWS①は「空白だから埋めれば勝てる」案件ではなく、別府市の100〜199室帯で現在の上限である13,000〜20,000円帯を明確に超え、¥19,000前後の単価を通年で取り切れるかが成立条件になる。由布市の30,000円超帯に7施設333室が実在することは単価の上値が県内にあることを示すが、それは小規模高単価の商品での実績であり、100室級で同じ単価を取れるかは別の問題である。逆にこの条件を満たせるブランド・運営体制を確保できるなら、直接競合が存在しないという参入上の優位は大きい。
まとめ — 大分の伸びしろは「新しく建てる」より「上に持ち上げる」
大分県の宿泊市場を市町村別の単価階層と供給量でマッピングすると、次の3点に集約される。
1. 県内には3つの別々の市場がある。由布市(推定成約ADR ¥23,436・7.5室/軒)、別府市(¥15,406・27.1室/軒・8,467室)、大分市(¥7,043・63.0室/軒)。単価は5.1倍、1施設あたり客室数は8.4倍開く。県平均という1つの数字で語ることに意味はない。
2. 市場規模は別府に集中している。客室ストック×RevPARで測った日次潜在売上は別府市が県全体の39.4%を占め、由布市18.5%、大分市14.6%と続く。上位3市で72.5%。投資機会の探索範囲は実務上この3市に絞られる。
3. 供給の空白は「上の帯」にある。別府の100室級×20,000円超、大分市の13,000円超、由布院の中規模高単価——いずれも需要側の稼働は90%前後で埋まっているにもかかわらず、商品が置かれていない。しかも直近5年の新規開業193軒は平均12.8室と小型化しており、この空白に向かう供給は入っていない。
そして投資手法としては、新築より既存ストックのリポジションが利回りで大きく上回る。別府市の20室以上の観測対象施設のうち推定成約ADR 9,000円未満の帯に1,133室が存在し、この客室群を13,000〜20,000円帯へ持ち上げる設計は、総投資額7.8億円規模でGOP利回り12.8%(インフレ後11.7%、最保守ケースでも10.8%)という試算になる。九州で温泉旅館の再生案件を探す事業者にとって、大分県はストックの厚さ・単価の上値余地・稼働の下支えという3条件がそろった数少ないエリアである。
⚠ データの読み方に関する注意
本稿の推定成約ADRは、OTA上の公開価格に業態別補正を適用した推定値であり、各施設の実際の成約価格・会計数値とは異なります。市町村別の数値は、月次サンプルが常時8施設以上ある9市町村(由布市・九重町・別府市・日田市・国東市・竹田市・臼杵市・大分市・中津市)を主たる分析対象とし、それ以外は参考値として表示しています。とくに姫島村(月次サンプル1施設)・玖珠町(1〜2施設)・豊後大野市(2施設)・杵築市・津久見市(3施設)の数値は、少数の施設の価格に強く影響されるため、エリアの代表値として扱うことはできません。推定OCCは2026年8月(ピーク月)の実績であり、通年の稼働水準ではありません。図5の2026年9月以降は調査時点でOTAに掲載されている販売価格に基づく推定であり、チェックイン日に近づくにつれて変動します。新規開業データはOTA掲載確認ベースのため、直近以降の月は今後の掲載で件数が増加する可能性があります。開発・再生シナリオは簡易試算であり、実際の投資判断には詳細なフィージビリティ・スタディが必要です。
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参考資料・出典一覧
■ データソース
市町村別・県別の推定成約ADRは、OTA上で公開される最安プラン水準(2名1室・1室あたり・税込)に業態別補正係数を適用した推定成約単価(税抜相当)の月次系列を、2025年9月〜2026年8月の12ヶ月で平均したもの(県全体の月次サンプルN=436〜470施設)。施設数・客室数は当社の宿泊施設マスター1,316軒26,382室(住所から市町村を判定できたもの)。個別施設の単価分布は20室以上かつ12ヶ月連続で単価が観測できた169施設14,027室。推定OCCは2026年8月の月平均で、OTA上で販売される在庫の消化状況に基づく推定値(別府市N=169施設5,938室、由布市N=190施設1,897室、大分市N=42施設4,658室)。新規開業実績はOTA掲載確認ベース(2022〜2026年・N=193施設)。J-REIT保有物件は当社の保有関係マスター(2026年8月31日時点・国内のみ)と各投資法人の開示資料の照合による。
■ 試算前提
開発・再生シナリオは別府市を対象とした簡易試算。土地単価は別府市商業地の基準地価平均81,830円/㎡、建築単価は業態別の想定単価(A 210万円/坪、B 240万円/坪、C 330万円/坪)。客室売上=推定成約ADR×客室数×稼働率×365日で算出し、付帯収入を含む総売上との比率は業態別に設定(宿泊主体型1.15倍、アッパーミドル1.35倍、小規模ラグジュアリー1.55倍、旅館リポジション1.30倍)。GOP率は業態別にA45%/B33%/C25%/D30%。GOP利回り=GOP÷総投資額で、借入条件・減価償却・税制は織り込んでいない。建設期間インフレ後は2029年開業・施工中間点2028年として年+5%の複利で建築費を割り戻した。シナリオDは60室の既存旅館を1室600万円で取得し1室700万円を投じて改装、推定成約ADRを9,000円から15,000円へ引き上げる想定。稼働率はいずれも通年ベースの想定値であり、本文中の推定OCC(2026年8月のピーク月実績)とは基準が異なる。
■ 限界・留意点
推定成約ADRはOTA公開価格に基づく推定値であり、各施設の実際の成約価格・会計数値とは一致しない(上場ホテルREITの物件別開示との照合で誤差中央値は約7%)。市町村別の数値は月次サンプルが常時8施設以上ある9市町村を主たる分析対象とし、姫島村・玖珠町・豊後大野市・杵築市・津久見市など少数サンプルの市町村はエリアの代表値として扱えない参考値である。推定OCCはOTA掲載在庫の消化状況に基づく推定で施設全体の実稼働率とは異なり、また2026年8月というピーク月の水準であって通年ではない。日次潜在売上(客室ストック×RevPAR)は市場規模の相対比較のための指標で実際の売上高ではない。新規開業データはOTA掲載確認ベースのため直近月は今後増加する可能性がある。開発・再生シナリオは費用側を簡易に置いた試算であり、大規模修繕・耐震改修・用途変更に伴う追加費用、運営者の確保、地域の景観・用途規制は織り込んでいない。実際の投資判断には詳細なフィージビリティ・スタディが必要です。
■ 市場データ
- メトロエンジンリサーチ&コンサルティング — 推定成約ADR(大分県18市町村、2025年9月〜2026年8月、月次サンプルN=436〜470施設)、施設マスター1,316軒26,382室、個別施設ADR169施設、推定OCC(2026年8月)、新規開業実績(OTA掲載確認ベース、2022〜2026年 N=193施設)、J-REIT保有関係マスター(2026年8月31日時点)
■ 政府統計・公的データ
- 国土交通省「建築着工統計調査」 — 構造別の建築工事費坪単価(2025年実績)
- 国土交通省「地価公示・都道府県地価調査」 — 別府市・由布市の地価水準
■ REIT・地価・開業情報
