トップ > 投資・開発 > オフィス転用の分岐点ADRは5,500〜10,700円 — 横浜・名古屋・仙台・大阪を坪収益で判定

オフィス転用の分岐点ADRは5,500〜10,700円 — 横浜・名古屋・仙台・大阪を坪収益で判定

投稿日 : 2026.09.09

神奈川県

愛知県

宮城県

大阪府

投資・開発

オフィス転用の分岐点ADRは5,500〜10,700円 — 横浜・名古屋・仙台・大阪を坪収益で判定

オフィスビルをホテルに変える判断は、長らく「空室が余っているかどうか」で語られてきた。だが2026年7月時点の主要都市のオフィス空室率は、東京都心5区1.95%、大阪3.24%、名古屋3.59%、横浜5.17%、仙台5.57%(三鬼商事)。余っているとは言い難い水準である。つまり転用の可否は、空室の量ではなく同じ床が1坪あたり月いくら稼ぐかという一点でしか判定できない。本稿では横浜・名古屋・仙台・大阪の主要オフィス地区7エリアについて、オフィス賃料と同等の収益をホテルが生むために必要な「分岐点ADR」を算出し、転用が成立する条件を定量化する。

分岐点ADRの下限
¥5,500
仙台市青葉区(最も低いハードル)
分岐点ADRの上限
¥10,700
大阪市北区・梅田
実勢ADRの余裕度
+157%
横浜市西区(最大)/最小は−5.9%
空室率の説明力
R²0.06
空室率は成立性をほぼ説明しない
対象ストック
592
7区・109,298室(OTA掲載確認ベース)/ADR算出対象は562施設

本記事における指標の定義

  • ADR(平均客室単価):各施設がOTA上で公開する最安プラン水準(2名1室利用時・1室あたり料金・税込)に業態別の補正係数を適用して算出した推定成約単価(税抜相当)。上場ホテルREITが開示する物件別実績との照合(91施設・直近3ヶ月間)で誤差中央値は約7%。推定値であり、各施設の実際の成約価格・会計数値とは異なります。エリア単位のADRは対象施設の中央値(エリアの標準的な施設の水準)。
  • OCC(稼働率):エリア内の総客室数に対する販売済み客室数の割合(OTA販売在庫に基づく推定値)。本稿の試算では観光庁「宿泊旅行統計調査」2025年確定値のビジネスホテル全国値75.3%と、上場ホテルREITが開示する都市部物件の実績を踏まえ、80%を基準値として感度分析を行っています。
  • 分岐点ADR:転用後のホテルが1坪あたりで生むGOP(営業粗利益)が、同じ床をオフィスとして賃貸した場合のNOI(純収益)と等しくなるADR水準。本稿の独自算出値。
  • データ出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(ホテル側)/三鬼商事「オフィスマーケット」(オフィス側)/国土交通省 不動産情報ライブラリ(地価・用途地域)
Key Takeaways
  • 分岐点ADRは仙台5,500円〜梅田10,700円と2倍近い開き。同じ「オフィス転用ホテル」でも成立ハードルはエリアで全く違う。
  • 空室率の説明力はR²0.06。転用成立性のばらつきの6%しか説明しない。先に見るべきは商圏の実勢ADR(R²0.75)。
  • 余裕度は横浜市西区+157.3%、大阪市北区(梅田)−5.9%。オフィス賃料が高く取れる床ほど、ホテルにしても同じだけ稼ぐのは難しい。
  • 判定を最も動かすのは客室面積の割付。差額がゼロになる客室専有面積は梅田16.9㎡〜横浜市西区46.3㎡。
  • 回収年数は坪80万円で3.9〜24.4年。悲観シナリオ(稼働72%・GOP33%)では名古屋2地区の判定が反転する。

既刊との線引き — 本稿は「入る側」の価格計算である

ホテルバンクではこれまで転用テーマを複数回扱っている。混同を避けるため、本稿の位置づけを先に明示しておく。

第一に、百貨店跡地のホテル転用は14件中6件は商業施設からの転用を扱ったものであり、本稿の対象はオフィスビルである。床の形状・階高・コア位置・既存設備のいずれも百貨店とオフィスでは前提が異なる。第二に、オフィス→ホテル転用の成立立地は就業密度と居住厚から取得候補地をスクリーニングする「立地」の議論であり、本稿は立地が決まった後の「価格計算」を扱う。第三に、新規開業ホテルの供給圧ランキングのような供給量のカウントとも異なり、本稿は何室生まれるかではなく、どの価格帯なら成立するかを問う。

加えて、ホテルから住宅・寮へ抜ける方向の転用(宿から出る話)とも向きが逆である。本稿は宿に入る側、すなわちオフィス床を客室に変える側の採算を扱う。

前提 — 2026年のオフィス市況に「余っている床」は多くない

まず出発点となるオフィス市況を確認する。三鬼商事が公表する2026年7月時点の主要都市の平均空室率は、東京都心5区1.95%、大阪3.24%、名古屋3.59%、横浜5.17%、仙台5.57%である。空室率の目安として語られることの多い5%前後を、大阪と名古屋は明確に下回っている。横浜は7ヶ月連続で低下しており、仙台も横ばい圏にある。

賃料も上昇基調にある。東京都心5区の平均募集賃料は坪あたり23,287円で前年同月比+11.38%、横浜13,377円、大阪13,411円、名古屋13,343円、仙台9,690円という水準だ。なお三鬼商事の平均賃料は基準階の募集賃料であり、共益費および消費税を含まない。本稿の試算もこの定義に揃えている。

ここから導かれる結論はシンプルである。2026年時点で「空室が埋まらないからホテルにする」という動機は、少なくとも主要都市のオフィス集積地では成立しにくい。転用を検討する側は、埋まっている床をあえて別用途に振り替える判断を迫られる。だからこそ、判定軸は空室ではなく収益差にしかなり得ない。

主要都市のオフィス空室率と平均募集賃料(2026年7月・共益費別)
出典:三鬼商事「オフィスマーケット」2026年7月時点。平均賃料は基準階の募集賃料(共益費・消費税を含まない、円/坪・月)。東京都心5区は千代田・中央・港・新宿・渋谷。
主要5都市のオフィス空室率・平均募集賃料と主要地区の空室率(2026年7月時点)
都市平均空室率平均募集賃料
(円/坪・月、共益費別)
主要地区の空室率
東京都心5区(参考)1.95%23,287渋谷1.11%/新宿2.08%
大阪3.24%13,411梅田2.63%/淀屋橋・本町3.95%/船場3.77%
名古屋3.59%13,343名駅2.60%/栄3.61%/伏見4.47%/丸の内4.81%
横浜5.17%13,377横浜駅2.83%/みなとみらい21 5.36%/関内7.77%
仙台5.57%9,690一番町周辺4.75%/県庁市役所周辺5.29%/駅前5.56%
出典:三鬼商事「オフィスマーケット」2026年7月時点。地区別賃料が公表されている大阪については、梅田18,524円、淀屋橋・本町12,654円、船場11,480円、新大阪13,148円。

立地分析 — 4都市のオフィス集積は全域が商業地域、地価は上昇局面

転用の可否は最終的に個別建物の法適合で決まるが、その手前でエリアの都市計画条件を押さえておく必要がある。国土交通省 不動産情報ライブラリから、4都市のオフィス中枢部(横浜駅東口・名古屋伏見・仙台一番町・大阪淀屋橋)の用途地域と2025年公示地価を取得した。

結果として、4地点いずれも中心は商業地域であり、旅館業法上のホテル・旅館営業に用途地域上の制約はかからない。容積率は横浜駅周辺400〜800%、名古屋伏見500〜1,000%、仙台一番町400〜700%、大阪淀屋橋400〜1,000%と幅がある。ただし既存ビルの転用では新たに容積を積むわけではないため、容積率よりも既存不適格の有無、二方向避難の確保、竪穴区画の状況が実務上の焦点になる。

地価は上昇局面にある。2025年公示地価の前年比変動率は、大阪淀屋橋周辺で+7.1〜+17.6%、横浜駅周辺で+1.8〜+12.1%、名古屋伏見周辺で+1.0〜+9.2%、仙台中心部で+2.7〜+7.5%。取得を伴うバリューアッド案件では、この地価上昇が取得原価を押し上げる方向に働く。一方、すでに保有している中小ビルオーナーにとっては、土地の含み益は転用判断の直接の変数にはならない。本稿の試算が土地代を含まず、既存保有ビルの用途転換を前提としているのはこのためである。

対象7地区の位置と転用余裕度
円の大きさはOTA掲載が確認できる客室数、色は転用余裕度(実勢ADRが分岐点ADRを上回る度合い)。出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング、三鬼商事「オフィスマーケット」。
用途地域(半径600m圏の分布)
横浜駅東口商業地域 400〜800%
名古屋・伏見商業地域 500〜1,000%
仙台・一番町商業地域 400〜700%
大阪・淀屋橋商業地域 400〜1,000%
建蔽率はいずれも80%。周縁部には第一種・第二種住居地域が混在。出典:国土交通省 不動産情報ライブラリ(都市計画決定情報)。
2025年公示地価の前年比変動率
大阪・淀屋橋周辺+7.1〜+17.6%
横浜駅周辺+1.8〜+12.1%
名古屋・伏見周辺+1.0〜+9.2%
仙台・中心部+2.7〜+7.5%
各地点の半径600m圏に含まれる公示地価標準地の変動率レンジ。出典:国土交通省 不動産情報ライブラリ(地価公示・都道府県地価調査、2025年)。

計算の型 — オフィスとホテルを「1坪あたり月額」に揃える

比較の単位を揃えることが、この判定のすべてである。オフィスは坪あたり月額賃料で語られ、ホテルは1室あたりのADRとRevPARで語られる。両者を同じ土俵に乗せるには、ホテルの売上を1坪あたり月額に換算する必要がある。

(a) オフィス側 — 募集賃料から実効収入、そしてNOIへ

オフィス側は、募集賃料(共益費別)に稼働率を掛けて実効賃料収入を求め、そこから公租公課・修繕・PM報酬などの運営費を控除してNOI相当とする。本稿では稼働率を「1−空室率」とし、運営費率は15%を採用した。共益費は建物共用部の維持費に充当される前提で、賃料収入とは別建てとして扱う。

(b) ホテル側 — RevPARを1坪あたり月額に割り戻す

ホテル側は、メトロエンジンリサーチ&コンサルティングが集計する推定成約ADR(settled基準)に稼働率を掛けてRevPARを求め、月あたり30.4日を掛けて1室あたり月間売上とする。これを1室が消費する床面積(坪)で割れば、坪あたり月額売上が得られる。

ここで重要なのが1室あたり床面積の割付である。既存オフィスの基準階では、貸室面積のなかに内部廊下は含まれていないことが多い。ホテルに転用すると各客室へアクセスする内部廊下が必要になるため、旧貸室面積の一部が廊下に転じる。本稿では廊下等のロス率を20%と置き、客室専有面積を0.8で割り戻した値を「1室が消費する旧貸室換算面積」とした。客室専有18㎡なら22.5㎡=6.81坪となる。

客室専有面積別の旧貸室換算面積と1室あたり坪数(廊下ロス率20%前提)
客室専有面積旧貸室換算面積(廊下ロス20%)1室あたり坪数想定される客室タイプ
15㎡18.8㎡5.67坪コンパクトなシングル・セミダブル
18㎡22.5㎡6.81坪標準的な宿泊主体型のダブル(本稿の基準値)
22㎡27.5㎡8.32坪ゆとりのあるツイン・上位客室
25㎡31.3㎡9.45坪ミドルクラスのツイン
1坪=3.3058㎡で換算。廊下ロス率は既存オフィス基準階から客室を割り付ける際の一般的な想定レンジ(15〜25%)の中央値として20%を採用。実際の割付は基準階形状・コア位置・階段位置により変動する。

(c) 非対称性の注記 — 賃料はネット、ホテルは売上

オフィス賃料は所有者の収入(ネット)であるのに対し、ホテルの売上は運営費を差し引く前の総額である。この非対称を無視して賃料とホテル売上を並べると、ホテル側が大きく見えすぎる。本稿ではホテル側から人件費・水道光熱費・OTA等の販売手数料・清掃費・消耗品費・運営受託報酬を控除したGOPベースに揃えたうえで、オフィスのNOIと比較している。

GOP率は40%を基準値とした。上場ホテルREITの開示では、インヴィンシブル投資法人が運営委託する91物件のGOP率実績が38.9%(2024年12月期)である。宿泊主体型ホテルの業界目安は50〜60%とされるが、転用物件は既存躯体の制約から共用部の取り方に新築ほどの自由度がないため、保守側に寄せて40%を採用した。感度分析では33%・47%も併記する。

稼働率は80%を基準値とした。観光庁「宿泊旅行統計調査」2025年確定値のビジネスホテル全国客室稼働率は75.3%だが、これは地方部を含む全国値である。都市部中心の上場ホテルREIT開示では、対象4都市に立地する物件の稼働率は直近1年(2025年9月〜2026年8月)の月次実績で概ね73〜99%の帯にある(物件別開示が確認できたN=18物件。内訳は横浜3・名古屋4・大阪11で、仙台に該当物件はない)。都心部の転用ホテルとして80%を置き、感度分析で72%・88%も検証する。

判定結果 — 分岐点ADRは仙台5,500円から梅田10,700円まで2倍近い開き

以上の型で7地区を計算した結果が下表である。分岐点ADRは、転用後のホテルの坪あたりGOPが、同じ床のオフィスNOIと等しくなるADR水準を指す。実勢ADRがこれを上回っていれば転用に経済合理性があり、下回っていればオフィスのまま賃貸するほうが有利ということになる。

分岐点ADRと実勢ADR(推定成約ADR・直近6ヶ月平均)
実勢ADRは2026年3月〜8月の推定成約ADR(税抜相当)の平均。分岐点ADRは客室専有18㎡・廊下ロス20%・稼働率80%・GOP率40%・オフィス運営費率15%の前提による本誌算出値。出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(N=横浜市西区17/横浜市中区51/名古屋市中村区71/名古屋市中区87/仙台市青葉区71/大阪市北区73/大阪市中央区192施設)、三鬼商事「オフィスマーケット」2026年7月。
対象7地区の分岐点ADR判定一覧(客室専有18㎡・稼働率80%〈前提値〉・GOP率40%)
地区オフィス
賃料
空室率オフィス
NOI/坪・月
実勢ADR
(直近6ヶ月)
ホテル
GOP/坪・月
差額分岐点
ADR
余裕度
横浜市西区(横浜駅・みなとみらい21)13,3774.10%10,90419,63028,057+17,1527,629+157.3%
仙台市青葉区(駅前・一番町)9,6905.20%7,8089,51913,605+5,7975,463+74.2%
横浜市中区(関内)13,3777.77%10,48711,44716,361+5,8747,337+56.0%
大阪市中央区(淀屋橋・本町・船場)12,0673.86%9,86110,60715,160+5,2996,899+53.7%
名古屋市中村区(名駅)13,3432.60%11,04710,41814,890+3,8447,729+34.8%
名古屋市中区(栄・伏見・丸の内)13,3434.30%10,8549,50313,582+2,7297,594+25.1%
大阪市北区(梅田)18,5242.63%15,33110,09214,424−90710,727−5.9%
[参考]東京都心5区23,2871.95%19,40813,579
単位は円(ADR・賃料・NOI・GOPはいずれも円)。オフィス賃料は市平均(大阪の2地区のみ地区別賃料)、空室率は地区別値の単純平均。東京都心5区は比較の参照として分岐点ADRのみ算出。出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング/三鬼商事「オフィスマーケット」2026年7月。

最も転用余裕度が大きいのは横浜市西区である。横浜駅周辺とみなとみらい21を含むこのエリアの実勢ADRは19,600円で、分岐点の7,600円に対して157%の余裕がある。坪あたりの差額は月17,200円。これはオフィスNOIの1.6倍近い上乗せであり、7地区のなかで突出している。背景には、みなとみらい21地区を中心に上位価格帯の宿泊需要が形成されている一方、オフィス賃料は東京都心5区の6割弱にとどまるという構造がある。

対照的に、大阪市北区(梅田)では分岐点ADRが10,700円に達し、実勢ADR 10,100円をわずかに上回る。差額は坪あたり月−900円で、基準前提のもとでは転用の経済合理性が立たない。梅田のオフィス募集賃料18,524円は4都市の地区別で最も高く、東京都心5区に次ぐ水準である。オフィスとして高い賃料が取れる床は、ホテルにしても同じだけ稼ぐのが難しい。

空室率は転用成立性をほとんど説明しない — 決定係数0.06

7地区の空室率と転用余裕度の関係を散布図に取ると、両者にはほとんど関係が見られない。決定係数(R²)は0.06。空室率のばらつきは、転用成立性のばらつきの6%しか説明しない。一方で実勢ADRとの相関は強く、R²は0.75に達する。

オフィス空室率 × 転用余裕度(7地区・2026年)
縦軸は転用余裕度(実勢ADR÷分岐点ADR−1)。横軸は2026年7月の地区別オフィス空室率。決定係数R²=0.06(N=7地区)。出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング/三鬼商事「オフィスマーケット」2026年7月より作成。

典型的なのが横浜市中区(関内)と大阪市北区(梅田)の対比である。関内の空室率7.77%は7地区で最も高いが、転用余裕度は+56.0%で中位にとどまる。実勢ADRが11,400円と横浜市西区の6割弱にとどまるためだ。逆に梅田の空室率2.63%は7地区で最も低い部類だが、転用余裕度は−5.9%で唯一のマイナスとなる。空室が多いから転用しやすい、少ないから転用しにくい、という直感はどちらの方向にも当てはまらない。

この結果は実務上、スクリーニングの順序を変えることを意味する。空室率で候補ビルを絞り込むと、最も有望な床を最初に取りこぼす。先に見るべきは商圏の実勢ADRであり、次に見るのが当該ビルの賃料水準である。空室率は、稼働中テナントの退去交渉コストや転用着手までのリードタイムを見積もるための変数として、判定の後段で効いてくる。

先に見る:商圏の実勢ADR

転用余裕度の分散の75%はADRで説明される。ADRの絶対水準が分岐点を大きく超える商圏であれば、賃料が多少高くても成立する余地が残る。

次に見る:当該ビルの賃料水準

同じ都市でも地区により賃料は1.6倍の開きがある。市平均ではなく、対象ビルが実際に取れている賃料で判定する必要がある。

後で見る:空室率

空室率は成立性そのものではなく、退去交渉コストと着手時期を左右する変数。判定の入口には使えない。

感度分析 — 判定を最も動かすのは客室面積の割付

基準前提から各変数を動かすと、判定の頑健性が見えてくる。結論から言えば、稼働率やGOP率よりも1室あたり客室面積の割付が判定を大きく左右する。坪あたり収益はADRを室数で稼ぐ構造であり、客室を大きく取るほど坪あたり収益は直線的に落ちるためだ。

客室専有面積別の坪あたり月額差額(ホテルGOP − オフィスNOI)
稼働率80%・GOP率40%・廊下ロス20%・オフィス運営費率15%を前提。ゼロ線を下回る領域はオフィスのまま賃貸するほうが有利。出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング/三鬼商事「オフィスマーケット」2026年7月より作成。

各地区について、差額がゼロになる客室面積を逆算すると、横浜市西区46.3㎡、仙台市青葉区31.4㎡、横浜市中区28.1㎡、大阪市中央区27.7㎡、名古屋市中村区24.3㎡、名古屋市中区22.5㎡、大阪市北区16.9㎡となる。梅田で転用するなら客室専有17㎡未満のコンパクト設計に限られる一方、横浜市西区であれば46㎡までゆとりを取ってもオフィス賃貸を上回る計算になる。これは同じ「オフィス転用ホテル」でも、成立するプロダクトの姿がエリアごとに全く異なることを示している。

客室専有面積別の坪あたり月額差額と分岐点客室面積(7地区・単位:円/坪・月)
地区14㎡16㎡18㎡
(基準)
20㎡22㎡25㎡分岐点
客室面積
横浜市西区+25,169+20,659+17,152+14,347+12,051+9,29746.3㎡
仙台市青葉区+9,684+7,498+5,797+4,437+3,323+1,98831.4㎡
横浜市中区+10,548+7,919+5,874+4,238+2,899+1,29328.1㎡
大阪市中央区+9,631+7,194+5,299+3,783+2,543+1,05427.7㎡
名古屋市中村区+8,098+5,705+3,844+2,354+1,136−32624.3㎡
名古屋市中区+6,609+4,426+2,729+1,370+259−1,07522.5㎡
大阪市北区+3,214+896−907−2,349−3,530−4,94616.9㎡
単位は円/坪・月。ホテルGOPからオフィスNOIを差し引いた差額。分岐点客室面積は差額がゼロになる客室専有面積。出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング/三鬼商事「オフィスマーケット」2026年7月より作成。

稼働率とGOP率の感度も確認しておく。稼働率を72%まで下げた場合、名古屋市中区の差額は坪あたり月2,700円から1,400円へ半減し、大阪市北区は−900円から−2,300円へ悪化する。逆に稼働率88%では大阪市北区も+500円とわずかにプラスへ転じる。GOP率を33%まで保守的に置くと、大阪市中央区の差額は5,300円から2,600円へ縮む。いずれも符号を反転させるほどの影響ではないが、余裕度が30%を下回る地区(名古屋2地区・大阪市北区)では前提の置き方次第で結論が変わる帯に入っている。

これを地区横断で一枚に畳んだのが下表である。稼働率とGOP率を同方向に振った3シナリオ(悲観72%・33%/中位80%・40%/楽観88%・47%)で分岐点ADRを引き直すと、7地区は「どのシナリオでも成立する4地区」「シナリオ次第で符号が変わる2地区」「基準前提では成立しない1地区」に分かれる

シナリオ別の分岐点ADRと転用余裕度(悲観・中位・楽観/客室専有18㎡・廊下ロス20%)
地区実勢ADR
(直近6ヶ月)
悲観
前提: 稼働率72%・GOP率33%
中位(基準)
前提: 稼働率80%・GOP率40%
楽観
前提: 稼働率88%・GOP率47%
分岐点ADR余裕度分岐点ADR余裕度分岐点ADR余裕度
横浜市西区(横浜駅・みなとみらい21)19,63010,275+91.0%7,629+157.3%5,903+232.6%
仙台市青葉区(駅前・一番町)9,5197,358+29.4%5,463+74.2%4,227+125.2%
横浜市中区(関内)11,4479,882+15.8%7,337+56.0%5,677+101.6%
大阪市中央区(淀屋橋・本町・船場)10,6079,292+14.2%6,899+53.7%5,338+98.7%
名古屋市中村区(名駅)10,41810,409+0.1%7,729+34.8%5,980+74.2%
名古屋市中区(栄・伏見・丸の内)9,50310,228−7.1%7,594+25.1%5,875+61.7%
大阪市北区(梅田)10,09214,447−30.1%10,727−5.9%8,299+21.6%
単位は円。分岐点ADRは各シナリオの稼働率・GOP率のもとでホテルの坪あたりGOPがオフィスNOIと等しくなるADR、余裕度は実勢ADR÷分岐点ADR−1。オフィス側の運営費率15%・客室専有18㎡・廊下ロス20%は3シナリオ共通。出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(N=横浜市西区17/横浜市中区51/名古屋市中村区71/名古屋市中区87/仙台市青葉区71/大阪市北区73/大阪市中央区192施設)、三鬼商事「オフィスマーケット」2026年7月より作成。

悲観シナリオでは、名古屋市中村区の余裕度が+34.8%から+0.1%へ落ち、名古屋市中区は+25.1%から−7.1%とマイナスに転じる。この2地区は基準前提では成立側にあるが、稼働・GOPが同時に下振れすると判定が反転する。逆に楽観シナリオでは大阪市北区(梅田)が−5.9%から+21.6%へ転じ、唯一のマイナス地区が成立側に入る。横浜市西区・仙台市青葉区・横浜市中区・大阪市中央区の4地区は悲観シナリオでも+14%以上の余裕を残し、前提の置き方に対して頑健である。投資委員会に持ち込む際は、この「符号が変わる帯にいるか否か」を先に切り分けておくと、議論が前提の置き方の水掛け論にならない。

転用CapExと回収年数 — 坪60〜100万円で3.9年から24.4年まで

差額が出ても、それを転用工事費が食い潰せば意味がない。オフィスからホテルへの用途転換で発生する主な費目を整理すると、以下のようになる。

オフィス→ホテル転用の主な工事費目と坪単価の目安レンジ
費目目安(万円/坪)内容
客室造作・内装30〜50間仕切り、建具、床壁天井、造作家具。オフィス基準階の無柱空間を客室に分割する主要工事。
水回り・給排水15〜25ユニットバス設置、各室への給排水引込み、竪管の新設・増設。オフィスはフロア単位でしか水回りを持たないため、転用時の負担が最も大きい費目のひとつ。
消防・避難8〜15自動火災報知設備(宿泊用途は面積を問わず必須)、誘導灯、スプリンクラー、二方向避難の確保、竪穴区画・排煙の是正。
空調・電気5〜10個別空調への切替、受電容量の増強、客室単位の分電。
設計・各種申請3〜6用途変更に伴う建築確認申請(200㎡超)、旅館業法の営業許可申請、消防同意、設計監理。
FF&E5〜10什器・備品・寝具・客室設備。
合計66〜116本稿では60・80・100万円/坪の3ケースで回収年数を試算。
目安レンジは公開されている改修工事費相場(ホテル客室改修50〜100万円/坪、耐震補強・外壁改修を含む場合は80万円/坪以上、宿泊主体型ホテルの内装工事50〜150万円/坪)を費目別に分解したもの。実際の工事費は既存躯体の状態、階高、竪管ルートの確保可否により大きく変動する。

客室専有18㎡(1室6.81坪)で換算すると、坪60万円は1室あたり約410万円、80万円は約550万円、100万円は約680万円に相当する。これを坪あたり月額差額で割ったのが回収年数である。

転用CapEx水準別の回収年数(客室専有18㎡・稼働率80%〈前提値〉・GOP率40%)
回収年数=転用CapEx(円/坪)÷(ホテルGOP−オフィスNOI)÷12。大阪市北区は基準前提で差額がマイナスのため算定対象外。金利・機会費用・工事期間中に賃料収入が止まる分は含まない単純回収年数。出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング/三鬼商事「オフィスマーケット」2026年7月より作成。

坪80万円のケースで見ると、横浜市西区は3.9年、横浜市中区11.3年、仙台市青葉区11.5年、大阪市中央区12.6年、名古屋市中村区17.3年、名古屋市中区24.4年となる。ビルの残存耐用年数と保有方針を踏まえれば、10年前後までが実務的な検討レンジになるだろう。名古屋の2地区は、この前提のままでは投資期間の設計が難しい。ただし客室専有を15㎡まで絞れば名駅は9.8年、栄・伏見・丸の内も12.2年まで短縮する。プロダクト設計の自由度がそのまま成立可能性に直結する。

underwriting上の注意 — 大阪のADRは直近で切り下がっている

試算に使った実勢ADRは直近6ヶ月(2026年3月〜8月)の平均である。より長い12ヶ月平均(横浜の2区は観測開始の関係で10ヶ月)と比較すると、都市によって方向が分かれている。

推定成約ADRの直近12ヶ月平均と直近6ヶ月平均の比較
直近12ヶ月=2025年9月〜2026年8月(横浜市西区・中区は2025年11月〜2026年8月の10ヶ月)、直近6ヶ月=2026年3月〜8月。いずれも推定成約ADR(税抜相当)の月次平均の単純平均。出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(N=横浜市西区17/横浜市中区51/名古屋市中村区71/名古屋市中区87/仙台市青葉区71/大阪市北区73/大阪市中央区192施設)。

大阪市中央区は12ヶ月平均12,200円に対し直近6ヶ月平均10,600円と12.7%低い。大阪市北区も11,400円から10,100円へ11.4%下がっている。2025年秋は大阪・関西万博の会期にあたり、ADRが押し上げられていた時期である。その反動が数値に表れているとみるのが自然だ。本稿が判定に直近6ヶ月平均を採用したのは、より保守的な足元の水準で成立性を見るためである。仮に12ヶ月平均を使えば大阪市北区の余裕度は+6.2%とプラスに転じるが、underwritingの前提としては採らない。

一方、仙台市青葉区と名古屋市中村区はいずれも変動幅0.2%未満でほぼ横ばい、横浜市西区は+0.7%、横浜市中区は+1.1%とわずかに上昇している。転用の意思決定は数年単位の時間軸で行われるため、単月・単季ではなく複数期間の平均で幅を持って見ることが前提となる。

転用可否は最終的に個別建物の判断である。本稿の試算はエリアの平均的な収益差を示すものであり、実際の転用可否は用途地域のほか、既存不適格の有無、二方向避難・竪穴区画・排煙の適合、耐震性能、竪管ルートの確保可否、隣地・日影規制、消防同意の見通しといった個別条件で決まる。同じ地区の同じ賃料水準のビルでも、成立するものとしないものが分かれる。本稿の数値は候補の優先順位づけに用いるものであり、個別案件の可否判断を代替しない。

まとめ — 判定軸を空室から坪収益へ

2026年時点のオフィス市況は、空室率が低位で推移し賃料も上昇している。「空室が余っているから転用」という前提は、少なくとも主要都市のオフィス集積地では成立しない。転用の可否は、同じ床が1坪あたり月いくら稼ぐかという収益差でしか判定できない。

横浜・名古屋・仙台・大阪の主要オフィス地区7つについて分岐点ADRを算出すると、仙台市青葉区の5,500円から大阪市北区(梅田)の10,700円まで、ほぼ2倍の開きがあった。実勢ADRとの比較では、横浜市西区が+157.3%と最も余裕が大きく、仙台市青葉区+74.2%、横浜市中区+56.0%、大阪市中央区+53.7%が続く。名古屋の2地区は+25〜35%と薄く、大阪市北区は基準前提でマイナスとなった。参考値として東京都心5区の分岐点ADRは13,600円で、ハードルの高さが際立つ。

そして空室率は、この成立性をほとんど説明しない(R²=0.06)。空室率が最も高い関内(7.77%)の余裕度は中位にとどまり、空室率が最も低い部類の梅田(2.63%)は唯一のマイナスだった。中小ビルオーナー、バリューアッド案件を探すファンド、転用案件を審査する金融機関のいずれにとっても、スクリーニングの入口に置くべきは空室率ではなく商圏の実勢ADRである。そのうえで対象ビルの賃料水準、想定する客室面積、転用CapExを重ねていけば、回収年数という形で答えが出る。

あわせて読みたい

参考資料・出典一覧

■ データソース

ホテル側の実勢ADRはメトロエンジンリサーチ&コンサルティングの推定成約ADR(2名1室・1室あたり料金に業態別補正係数を適用した税抜相当の推定値。対象7区・N=17〜192施設・2025年9月〜2026年8月)。オフィス側は三鬼商事「オフィスマーケット」2026年7月時点の平均空室率と平均募集賃料(基準階の募集賃料で共益費・消費税を含まない)。用途地域と公示地価は国土交通省 不動産情報ライブラリ。稼働率とGOP率の水準感は観光庁「宿泊旅行統計調査」2025年確定値および上場ホテルREITの物件別開示を参照した。

■ 試算前提

基準値は客室専有18㎡・廊下ロス率20%(1室6.81坪)・稼働率80%・GOP率40%・オフィス運営費率15%・月30.4日。オフィス側は募集賃料×(1−空室率)×(1−運営費率)をNOI相当、ホテル側はADR×稼働率×30.4÷1室あたり坪数×GOP率を坪あたり月額GOPとし、両者が等しくなるADR水準を分岐点ADRと定義する。感度分析は稼働率72/80/88%、GOP率33/40/47%、客室専有14〜25㎡、転用CapEx坪60/80/100万円を振っている。土地代・金利・機会費用・工事期間中に賃料収入が止まる分は試算に含まない。

■ 限界・留意点

(1)実勢ADRの直近6ヶ月平均のうち2026年8月分は掲載スナップショット基準(確定履歴ではなく現時点の掲載価格からの推定)であり、確定後に変動しうる。7地区中6地区でこの月が期間内の最低値であるため、6ヶ月平均は保守側に寄っている。(2)オフィス賃料は市平均(大阪の2地区のみ地区別賃料)、空室率は地区別値の単純平均であり、対象ビルが実際に取れている賃料水準とは乖離しうる。判定は必ず対象ビルの実勢賃料で引き直す必要がある。(3)転用可否は用途地域のほか、既存不適格の有無、二方向避難・竪穴区画・排煙の適合、耐震性能、竪管ルートの確保可否といった個別建物条件で決まる。本稿の数値は候補の優先順位づけに用いるものであり、個別案件の可否判断を代替しない。(4)冒頭KPIの「対象ストック592施設」はOTA掲載が確認できる施設数、各図表のN合計562施設はADRを算出できた施設数で、定義が異なる。

■ 市場データ

  • メトロエンジンリサーチ&コンサルティング — 推定成約ADR(2025年9月〜2026年8月、対象7区、N=17〜192施設)、OTA掲載が確認できる客室数・施設数

■ オフィス市況

■ 政府統計・公的データ

■ REIT・業界レポート

■ 工事費・法規制

関連記事