
客室改装の投資判断は、ふつう「1室いくらの工事費か」で始まる。ところが実際に資金を出す側で効いてくるのは、工事費そのものより工事のあいだ売れなかった客室のほうであることが少なくない。100室・1室300万円の改装モデルで検算すると、全館休館なら逸失分は工事費の32.6%に相当し、1室あたりの実質的な投資額は300万円ではなく約398万円になる。
本稿では、全館休館・フロア(ウイング)単位・ローリングの3方式について、工期中に止まる「室日」を数え、そこにエリア×カテゴリの推定成約ADRと客室稼働率を掛けて逸失売上を金額化し、工事費に足し戻した実質Capexを1室あたりで再計算する。あわせて、どの月に止めるかで実質Capexがどれだけ動くか、改装後のADR上昇率が何%あれば回収年数が何年になるかまでを検証する。
本記事における指標の定義
- ADR(平均客室単価)=各施設がOTA上で公開する最安プラン水準(2名1室利用時・1室あたり料金・税込)に業態別の補正係数を適用して算出した推定成約単価(税抜相当)。上場ホテルREITが開示する物件別実績との照合(91施設・直近3ヶ月間)で誤差中央値は約7%。推定値であり、各施設の実際の成約価格・会計数値とは異なります。エリア単位のADRは対象施設の中央値(エリアの標準的な施設の水準)。
- 客室稼働率(OCC)=本稿の試算に用いる稼働率は、観光庁「宿泊旅行統計調査」2025年年間値(確定値)の都道府県別・宿泊施設タイプ別客室稼働率(公表統計の実績値)です。なお当社が別途算出する推定OCCは「エリア内の総客室数に対する販売済み客室数の割合(OTA販売在庫に基づく推定値)」であり、本稿の試算には用いていません。
- 室日(ルームナイト)=止めた客室数×止めた日数。逸失売上=室日×(ADR×客室稼働率)。
- 実質Capex=工事費+逸失分。本稿では逸失を貢献利益ベース(売上から客室変動費を控除した後)で算入する。
- LT(リードタイム)=チェックイン日までの日数。LT0=当日。
- データ出典=メトロエンジンリサーチ&コンサルティング/観光庁「宿泊旅行統計調査」
- — 32.6% — 100室・1室300万円のモデルで、全館休館時の逸失売上(貢献利益ベース)は工事費の32.6%に相当する。実質Capexは1室あたり約398万円。
- — 367万円/室 — 実質Capexが最小になるのはローリングではなくフロア/ウイング単位。逸失11.1%×工事費割増10%の組み合わせが3方式で最良となる。
- — 41.5万円/室 — 方式と着工月の組み合わせによる振れ幅。工期120日の全館休館では最良月と最悪月で1室¥203,400、工期300日のローリングでは¥15,700に縮む。
- — 3.07倍 — 1室1日あたりの逸失売上は都道府県で3.07倍の開き(東京都¥11,600〜福島県¥3,800)。工程設計にかける手間の量はこの水準に比例する。
- — DSCR 0.57 — 全館休館では工事年度のGOPが通常年の42%まで落ち、通常年DSCR1.35でも工事年度は0.57。元本据置やコベナンツ計測除外が融資条件の前提になる。
既刊で扱ってきた改装コストと、本稿が足す一項目
改装まわりの費用について、当サイトではこれまで3つの角度から数字を出してきた。ホテルの資本的支出は1室あたり年13万〜62万円は上場REITのIR開示から「支出の水準」を、ホテル客室の64.5%は2006年以前開業は石綿事前調査という「着工前に乗る追加費用」を、新規開業ホテルのADR回復は中央値2ヶ月は「開業・改装直後の単価の立ち上がり方」をそれぞれ扱っている。
いずれも工事費と、その結果として得られる効果の話である。抜けているのは、工事費と効果のあいだにある空白期間、すなわち工事をしているあいだ売れなかった客室の分だ。会計上はどこにも計上されないが、経済的には確実に投じた資本である。本稿はこれを金額にし、工事費に足し戻す。
3方式の整理 — 工期・工事費割増・止まる客室数はトレードオフの関係にある
客室改装の進め方は、実務上おおむね3つに分かれる。分け方の軸は「一度に何室止めるか」で、それが工期と工事費割増の両方を決める。
施工側の公表資料によれば、客室の一部改修で数週間から数ヶ月、フロア単位や全客室の改修で数ヶ月から半年程度、フルリノベーションでは半年から1年以上が工期の目安とされる(イー・エル建設)。より細かい目安としては「10室あたり1〜1.5ヶ月」「全館改装(50室級)で4〜8ヶ月」という数値も示されている(店舗内装比較.com)。
営業を続けながらの分割施工では、仮設養生と動線分離、騒音作業の時間帯制限、資材搬入の細分化、日ごとの片付けと復旧が発生する。同じ資料は、この分割施工による工事費の割増を1〜2割程度としている。逆に全館休館は作業効率が最も高く、割増はかからない。以下ではこの数値を各方式のパラメータとして用いる。
| 方式 | 同時に止める室数 | 工期 | 工事費割増 | 営業への影響と適する場面 |
|---|---|---|---|---|
| A. 全館休館 | 100室 | 4ヶ月(120日) | ±0% | 売上はゼロ。作業効率は最大で工期が最短。躯体・設備幹線の更新や共用部の全面刷新を伴う場合、また稼働率がもともと低い業態では合理性が高い |
| B. フロア/ウイング単位 | 25室(1フロア) | 6ヶ月(180日) | +10% | フロアごと閉鎖するためエレベーターホールで動線を切りやすい。残り75室で営業を継続でき、客室階が分かれている都市型に適する |
| C. ローリング | 10室 | 10ヶ月(300日) | +20% | 止める客室が最少で売上維持は最良。ただし段取り替えの回数が多く工期は最長。隣室への騒音配慮が最も重くなる |
注目すべきは、止まる客室の総量が方式によって4倍違うことである。方式Aは100室×120日で12,000室日、方式Bは25室×180日で4,500室日、方式Cは10室×300日で3,000室日となる。全館休館では、実際にはその客室で作業していない期間も客室が止まったままになるため、室日が構造的に膨らむ。この差が、次章で金額に変わる。
逸失売上の測り方 — 室日×(推定成約ADR×客室稼働率)で1室1日を金額にする
手順は3ステップで完結する。第1に、対象エリア×カテゴリの推定成約ADRの月別値を取る。本稿では東京都のビジネスホテル(N=910施設・2025年8月〜2026年7月の確定12ヶ月)を用いた。第2に、同じエリア×カテゴリの客室稼働率を取る。観光庁「宿泊旅行統計調査」2025年年間値(確定値)によれば、東京都のビジネスホテルは81.5%である。ADRと客室稼働率をどう掛け合わせて1室あたりの収益に落とすかという分解の考え方そのものは、RevPARとは|計算式はADR×客室稼働率で業態別の水準とあわせて整理している。第3に、両者を掛けて1室1日あたりの逸失売上を出し、止める室日を掛ける。
東京都ビジネスホテルの年平均推定成約ADRは¥14,300、これに81.5%を掛けた1室1日あたりの逸失売上は¥11,600となる。ただしこの値は月によって大きく振れる。
月額でみると、最も高い4月は1室あたり¥435,300、最も低い6月は¥290,700で、1.50倍の開きがある。100室すべてを止めた場合、この差は1ヶ月あたり約1,446万円に相当する。改装の工程を1ヶ月ずらすだけで、1,400万円超が動く計算になる。
もう一点、実務で重要な区別がある。逸失「売上」がそのまま逸失「利益」ではない。客室が止まれば清掃費、リネン、アメニティ、送客手数料、決済手数料といった客室変動費も同時に消える。したがって投資判断に足し戻すべきは貢献利益(売上−客室変動費)であり、本稿では貢献利益率70%を置いた。以降の実質Capexはすべてこのベースで、売上ベースの数値も併記する。
業態によって「止めたときの痛み」の大きさは倍以上違う
1室1日あたりの逸失売上は、ADRの高さだけでは決まらない。稼働率の低い業態は、そもそも売れていない客室を止めるので痛みが小さい。4つのエリア×カテゴリで並べると、この構造がはっきり出る。
| エリア×カテゴリ | 年平均 推定成約ADR | 客室稼働率 | 1室1日あたり逸失売上 | 1室 年間 | N(施設) |
|---|---|---|---|---|---|
| 東京都・シティホテル | ¥27,900 | 74.1% | ¥20,700 | ¥7,547,000 | 107 |
| 東京都・ビジネスホテル | ¥14,300 | 81.5% | ¥11,600 | ¥4,246,000 | 910 |
| 北海道・リゾートホテル | ¥16,800 | 51.1% | ¥8,600 | ¥3,133,000 | 141 |
| 静岡県・旅館 | ¥18,900 | 42.4% | ¥8,000 | ¥2,924,000 | 449 |
東京都のシティホテルは、静岡県の旅館の2.6倍の逸失売上を1室1日ごとに積み上げる。旅館のADRのほうが高いにもかかわらず逆転するのは、稼働率が42.4%と半分程度だからである。この構造は工程設計の結論を変える。稼働率が低い業態では全館休館の相対的な不利が小さくなり、工期短縮と工事費割増の回避というメリットのほうが上回りやすい。一方、稼働率80%台(観光庁「宿泊旅行統計調査」2025年通年・2026年7月公表の確定値)の都市型では、止めた分の重みが方式選択を左右する。
都道府県別 — 1室1日あたりの逸失売上は最大3.07倍の開き
同じ手順を全47都道府県のビジネスホテルに当てはめると、1室1日あたりの逸失売上は東京都の¥11,600を最高に、最も低い福島県の¥3,800まで3.07倍の幅で分布する。全国中央値は¥5,100(熊本県)である。改装の工程設計にかけるべき手間の量は、この数値に比例すると考えてよい。
| 順位 | 都道府県 | ADR | 稼働率 | 逸失/室日 | N |
|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 東京都 | ¥14,273 | 81.5% | ¥11,632 | 910 |
| 2 | 京都府 | ¥14,046 | 77.4% | ¥10,872 | 319 |
| 3 | 大阪府 | ¥10,386 | 82.9% | ¥8,610 | 497 |
| 4 | 福岡県 | ¥10,880 | 77.8% | ¥8,465 | 338 |
| 5 | 神奈川県 | ¥9,261 | 80.5% | ¥7,455 | 210 |
| 6 | 沖縄県 | ¥8,839 | 77.2% | ¥6,824 | 194 |
| 7 | 北海道 | ¥8,857 | 76.1% | ¥6,740 | 429 |
| 8 | 兵庫県 | ¥7,654 | 79.3% | ¥6,070 | 167 |
| 9 | 奈良県 | ¥8,646 | 69.3% | ¥5,992 | 32 |
| 10 | 千葉県 | ¥8,094 | 73.5% | ¥5,949 | 162 |
| 順位 | 都道府県 | ADR | 稼働率 | 逸失/室日 | N |
|---|---|---|---|---|---|
| 43 | 愛媛県 | ¥5,980 | 68.4% | ¥4,090 | 101 |
| 44 | 宮崎県 | ¥6,331 | 63.8% | ¥4,039 | 86 |
| 45 | 和歌山県 | ¥6,238 | 62.7% | ¥3,911 | 71 |
| 46 | 徳島県 | ¥5,746 | 66.4% | ¥3,815 | 74 |
| 47 | 福島県 | ¥6,187 | 61.3% | ¥3,793 | 155 |
100室モデル試算 — 工事費1室300万円は、実質367万〜406万円になる
ここまでの数値を組み合わせる。モデルは100室、工事費1室300万円(総額3億円)、水回りを含む客室改装を想定した。施工側資料では、ビジネスホテルの客室改装は表層のみで1室120〜200万円、水回りを含めると1室250〜400万円が目安とされており、300万円はこのレンジの中央に位置する。エリア×カテゴリは東京都ビジネスホテル(推定成約ADR年平均¥14,300、客室稼働率81.5%・観光庁「宿泊旅行統計調査」2025年通年、2026年7月公表の確定値)を用いた。
| 方式 | 室日 | 工事費 | 逸失売上 | 逸失(貢献利益) | 実質Capex | 1室あたり | 逸失/工事費 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| A. 全館休館 | 12,000 | 300百万円 | 139.7百万円 | 97.8百万円 | 397.8百万円 | ¥3,977,700 | 32.6% |
| B. フロア/ウイング単位 最小 | 4,500 | 330百万円 | 52.4百万円 | 36.6百万円 | 366.6百万円 | ¥3,666,500 | 11.1% |
| C. ローリング | 3,000 | 360百万円 | 34.9百万円 | 24.4百万円 | 384.4百万円 | ¥3,844,300 | 6.8% |
結論は3点ある。第1に、逸失分は工事費の6.8%から32.6%まで、方式によって5倍近く違う。全館休館では貢献利益ベースで9,780万円、売上ベースなら1億3,970万円が、帳簿に載らない形で投資額に上乗せされている。
第2に、実質Capexが最小になるのはローリングではなくフロア単位である。ローリングは止める客室が最少で逸失分も最小(工事費比6.8%)だが、工事費割増20%がそれを上回る。逸失を削るために工事費を積み増しすぎると、かえって総額が増える。フロア単位は割増10%と逸失11.1%のバランスが最もよく、全館休館より1室あたり約31万円、ローリングより約18万円安い。
第3に、方式と開始月の組み合わせによる振れ幅は1室あたり¥415,500に達する。最良はフロア単位を5月着工した場合の¥3,642,300、最悪は全館休館を2月着工した場合の¥4,057,700で、工事費300万円の14%に相当する差である。100室なら4,155万円になる。
方式Aを選ぶべき場面もある。上の比較は「客室内装のみを更新し、総作業量は3方式で同一」という前提で成り立っている。躯体補強、電気・給排水の幹線更新、共用部やレストランの同時刷新を伴う場合、営業しながらの施工では工期が想定以上に伸び、割増も1〜2割では収まらない。加えて、稼働率40%台(観光庁「宿泊旅行統計調査」2025年通年・2026年7月公表の確定値)の旅館・リゾートでは逸失売上の絶対額が都市型の半分以下になるため、全館休館の不利は大きく縮む。方式Aは「避けるべき選択肢」ではなく、逸失売上の水準と工事内容で成立範囲が決まる選択肢である。
回収年数の感応度 — ADR上昇率が10%止まりだと年数は二桁に乗る
改装後の効果側を置く。改装前の年間客室売上は、100室×365日×客室稼働率81.5%(2025年通年・2026年7月公表の確定値)×年平均推定成約ADRで424.6百万円となる。改装後にADRが+10%/+20%/+30%、客室稼働率が−2pt/横ばい/+2pt動く9通りで増分を計算し、レート主導の増収に対する利益フロースルーを70%として増分GOPを求め、実質Capexを割った。
| 改装後の変化 | 増分GOP | 工事費のみで見た回収年数 | 実質Capexで見た回収年数(方式B) | 差 |
|---|---|---|---|---|
| ADR+10%/稼働率−2pt | 21.7百万円 | 15.2年 | 16.9年 | +1.7年 |
| ADR+10%/稼働率 横ばい | 29.7百万円 | 11.1年 | 12.3年 | +1.2年 |
| ADR+10%/稼働率+2pt | 37.7百万円 | 8.7年 | 9.7年 | +1.0年 |
| ADR+20%/稼働率−2pt | 50.7百万円 | 6.5年 | 7.2年 | +0.7年 |
| ADR+20%/稼働率 横ばい | 59.4百万円 | 5.6年 | 6.2年 | +0.6年 |
| ADR+20%/稼働率+2pt | 68.2百万円 | 4.8年 | 5.4年 | +0.5年 |
| ADR+30%/稼働率−2pt | 79.7百万円 | 4.1年 | 4.6年 | +0.5年 |
| ADR+30%/稼働率 横ばい | 89.2百万円 | 3.7年 | 4.1年 | +0.4年 |
| ADR+30%/稼働率+2pt | 98.7百万円 | 3.3年 | 3.7年 | +0.4年 |
読み取れることは2つある。ひとつは、逸失を算入すると回収年数は0.4〜1.7年延びるということ。効果が大きいケースほど差は小さく、効果が薄いケースほど差が広がる。ADR+10%止まりのシナリオでは回収年数が二桁に乗り、そこに逸失分が1.0〜1.7年上乗せされる。この領域では、改装の是非より前に「そもそもADRを何%上げられる改装なのか」の検証が先になる。
もうひとつは、ADR上昇率が+20%を超えると回収年数が一気に一桁前半に落ちることである。+10%で12.3年、+20%で6.2年、+30%で4.1年。改装の価値は上昇率に対して線形ではない。客室単価が閾値を超えて別の価格帯に移れるかどうかが分岐点になる。既存ホテルのブランド転換について、1室あたり原価が新築の7分の1に収まるという札幌15施設の実測も、この閾値の議論の延長にある。
工程設計 — 止める月を選ぶだけで1室あたり20万円が動く
方式が決まったら、次は着工月である。全館休館(100室×120日)を12通りの開始月で回すと、実質Capexは1室あたり¥3,854,400(6月着工)から¥4,057,700(2月着工)まで動く。差は¥203,400、100室で2,034万円である。
東京都のビジネスホテルでは、4ヶ月連続の窓としては6月着工(6〜9月)が最良、2月着工(2〜5月)が最悪となる。1室あたりの月額逸失が¥370,000を超えるのは3月・4月・5月・10月・11月・12月の6ヶ月で、この帯に4ヶ月窓を重ねると不利になる。逆に6月・7月・9月・1月・2月は¥320,000を下回り、工程を寄せる候補になる。
ただし、方式によって着工月選択の効き方は大きく違う。工期120日の全館休館では最良と最悪で¥203,400の差がつくが、工期300日のローリングでは差はわずか¥15,700にとどまる。工期が長いほど繁忙月を避けきれず、閑散期に寄せる効果が消えるのである。着工月の最適化に手間をかける価値があるのは、工期が短い方式に限られる。
止める判断は、どのリードタイムまでに確定させるべきか
工程を決めても、既に入っている予約を動かすのでは意味がない。振替先の手配、差額負担、キャンセル対応はいずれも工事費に計上されない実費になる。では何日前までに確定させればよいのか。エリアの在庫消化のスピードから逆算できる。
LT90(チェックイン90日前)時点の残室を100とすると、LT60で86、LT45で76、LT30で63、LT14で42、LT7で32、当日で17まで落ちる。つまりチェックイン30日前の段階で、90日前にあった在庫の約4割が既に埋まっている。フロアを丸ごと止めるなら、その25室分の振替が発生しないよう、少なくともLT90より前、実務的には工事開始の4〜6ヶ月前には工程を確定させて販売を停止しておく必要がある。
逆に、LT90より前の段階では在庫はほとんど動いていない。改装工程の意思決定を半年前に固められるかどうかが、そのまま余計な実費を出すかどうかの分かれ目になる。設計・見積・許認可のリードタイムを考えると、着工の1年前には方式と月を決める工程が現実的である。
資金・会計の論点 — 工事年度のDSCRと、修繕費・資本的支出の区分
工事年度のGOPは通常の42〜86%まで落ちる
改装期間中に落ちるのは売上だけではない。DSCR(債務償還余裕率、年間純収益÷年間元利返済額)は融資審査の通過ラインが1.25〜1.3以上、1.0未満は収益で返済を賄えない状態とされる(DSCR目安基準)。工事年度にこの水準を割り込めば、実質的な債務不履行が起きていなくてもコベナンツ抵触の論点が立ち上がる。
モデルの年間GOPを客室売上の40%(169.9百万円)と置くと、工事年度のGOPは次のように動く。
| 方式 | 工事年度のGOP | 通常年比 | 通常DSCR 1.35のときの工事年度DSCR | 資金計画上の含意 |
|---|---|---|---|---|
| A. 全館休館(4ヶ月) | 72.1百万円 | 42% | 0.57 | 単年度で全額を負担するため水準を大きく割り込む。元本据置期間の設定、工事期間中のコベナンツ計測除外、運転資金枠の事前確保を融資条件として組み込む前提になる |
| B. フロア/ウイング単位(6ヶ月) | 133.2百万円 | 78% | 1.06 | 1.0は超えるが審査ラインは下回る。工期を決算期またぎに設計すると2年度に分散でき、単年度の落ち込みはさらに緩む |
| C. ローリング(10ヶ月) | 145.4百万円 | 86% | 1.16 | 単年度の落ち込みが最も浅い。ただし工期が2年度にまたがるため、2年度連続で影響が出る点は説明が必要 |
ここで見落とされやすいのが、休館しても止まらない固定費である。固定資産税・都市計画税、火災保険料、借入の利息、リース料、正社員の人件費は工事期間中も発生し続ける。上の試算はGOPの減少幅として表れる範囲を扱ったものだが、休館中に人員をどう扱うか(配置転換・休業手当・一時的な人員縮小のいずれか)によって実際の落ち込みはさらに深くなりうる。全館休館を選ぶ場合、この人件費の扱いを工程表と同時に決めておく必要がある。
修繕費と資本的支出の区分 — 形式基準から入らない
改装費用の税務上の扱いは、キャッシュフローと利回りの両方に効く。修繕費なら支出年度に全額損金、資本的支出なら耐用年数にわたる減価償却になる。国税庁の通達では、判定は次の順序で行う。
| 判定段階 | 基準 | 結論 |
|---|---|---|
| 1. 実質判定 | その支出が固定資産の価値を高め、または耐久性を増すものか | 該当すれば資本的支出。ここが本判定 |
| 2. 少額基準 | 一の修理・改良のための金額が20万円未満 | 修繕費として処理可 |
| 3. 周期基準 | おおむね3年以内の周期で行われることが既往の実績等から明らかなもの | 修繕費として処理可 |
| 4. 形式基準 | 60万円未満、またはその固定資産の前期末取得価額のおおむね10%相当額以下 | 修繕費として処理可 |
| 5. 区分の特例 | 実質判定が困難な場合、支出額の30%と前期末取得価額の10%のいずれか少ない額を修繕費、残りを資本的支出とすることができる(継続適用が条件) | 7:3基準 |
実務上の落とし穴は、20万円・60万円という形式基準から入ってしまうことである。まず価値の増加・耐久性の増加という実質で判定し、そのうえで形式基準を当てる順序でなければ、否認されやすい典型パターンになると指摘されている。1室300万円の客室全面改装は、内装の刷新にとどまらず設備の更新を伴うことが多く、原則として資本的支出に振れる。そのうえで、原状回復に相当する部分を切り分けて修繕費に配分できるかが交渉の実務になる。
なお、逸失売上は税務上の費用にはならない。改装のあいだ売れなかった分は、売上が立たなかったという形で結果に表れるだけで、Capexとして資産計上されることも損金になることもない。それでも投資判断の分母には入れるべきである、というのが本稿の主張である。
建設費上昇局面では、工程設計の相対的な重みが増す
工事費側の環境も無視できない。国土交通省 建築着工統計に基づく2025年のホテル建築費は全構造平均195.2万円/坪、S造240.5万円/坪、RC造202.6万円/坪で、2022年の138万円から大きく切り上がっている。背景には資材価格の高止まりと労務費の上昇があり、公共工事設計労務単価は2025年度で13年連続の上昇、2020年比で約+28%に達している。建設工事費デフレーターも2025年8月時点で130.9と、10年で約3割上がった。
工事費が上がるとき、逸失売上の相対的な比重は下がる。同じ100室モデルで工事費を1室400万円に置き換えると、全館休館の逸失分(貢献利益ベース9,780万円)は工事費比で32.6%から24.5%に下がる。とはいえ、この比率が下がったからといって逸失の絶対額が減るわけではない。工事費が上がるほど回収年数は延び、その延びた期間に対して逸失が乗る構図は変わらない。むしろ、工事費の増加分を工程設計で取り戻せる余地があるかを見るべき局面といえる。建設費が上がる局面で改装と新築のどちらが有利に振れるかという境界線については、改装投資が新築を凌駕する境界線が2026年の大規模リニューアル5案件で検証している。方式と着工月の最適化で動く1室あたり¥415,500は、工事費が300万円から400万円に上がったときの増加分100万円の4割に相当する。
まとめ — 「工事している間に売れなかった分」を分母に入れる
逸失分は工事費の6.8〜32.6%
100室・1室300万円のモデルで、逸失を貢献利益ベースで算入すると、実質Capexは1室あたり367万〜398万円になる。売上ベースなら382万〜440万円。工事費だけを見た投資判断は、この幅を無視している。
最小はローリングではなくフロア単位
止める客室を減らすほど工事費割増が増える。逸失6.8%×割増20%のローリングより、逸失11.1%×割増10%のフロア単位のほうが1室あたり約18万円安い。両側を同時に見ないと最適解を外す。
着工月は工期が短い方式でこそ効く
全館休館なら最良月と最悪月で1室¥203,400の差。ローリングでは¥15,700に縮む。工期が長いほど繁忙月を避けきれない。工程の最適化に手間をかける順序も、方式で決まる。
審査する側の実務としては、改装計画の資料を受け取ったときに確認すべき項目は3つに絞れる。第1に、工期と同時停止室数から室日が計算されているか。方式名だけでは金額にならない。第2に、逸失の単価に使われているADRと稼働率が、そのエリア×カテゴリの実勢か。全社平均や年平均を使うと、繁忙月に工事が当たった場合の下振れを取り逃す。第3に、工事年度のDSCRが単独で提示されているか。通年ベースの計画値だけでは、工事年度のコベナンツ抵触リスクが見えない。
逆に計画を作る側から見れば、この3点を先に埋めておくことが、資金の出し手との交渉を短くする。工事費の見積は複数社から取るのに、止めた客室の値段は誰も見積もらない、という状態を解消することが出発点になる。
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参考資料・出典一覧
■ データソース
推定成約ADRは都道府県×宿泊施設タイプ単位の月次中央値(2025年8月〜2026年7月の確定12ヶ月、東京都ビジネスホテルはN=910施設)。客室稼働率は観光庁「宿泊旅行統計調査」2025年年間値(確定値)の都道府県別・宿泊施設タイプ別実績値。リードタイム別の残室推移は東京都ビジネスホテルの2026年6月チェックイン分(対象861施設・総客室125,265室)。工期・工事費割増・1室あたり改装費の目安は施工側の公表資料による。
■ 試算前提
100室、工事費1室300万円(総額3億円)、水回りを含む客室改装を想定。総作業量は3方式で同一とし、同時施工室数の違いのみが工期と工事費割増(方式B=+10%、方式C=+20%)に反映される前提を置いた。逸失は貢献利益ベース(貢献利益率70%)で算入し、売上ベースを併記。着工月は12通りの平均。年間GOPは客室売上の40%、増分GOPは増分売上×フロースルー70%、通常年のDSCRは1.35と仮定した。
■ 限界・留意点
モデルケースに基づく簡易試算であり、特定の施設・案件の収益性を示すものではない。ADRは公開価格から算出した推定値で、各施設の実際の成約価格・会計数値とは異なる。工事年度のDSCRはGOP減少率を通常年DSCRに乗じた簡便計算であり、休館中も残る固定費や人件費の扱いは織り込んでいない。工期・割増率は公表目安値のため、躯体補強・設備幹線更新・共用部の同時刷新を伴う場合はこの範囲を超えうる。税務上の取扱いは個別事情により異なる。
■ 市場データ
- メトロエンジンリサーチ&コンサルティング — 推定成約ADR(都道府県×宿泊施設タイプ、2025年8月〜2026年7月の確定12ヶ月)、リードタイム別残室推移(東京都ビジネスホテル、2026年6月チェックイン分、対象861施設・125,265室)
■ 政府統計・公的データ
- 観光庁「宿泊旅行統計調査」2025年(令和7年)年間値(確定値) — 都道府県別・宿泊施設タイプ別客室稼働率(2026年7月6日公表)
- 観光庁 宿泊旅行統計調査(統計トップ)
- 国税庁「資本的支出と修繕費等」(基本通達)
- 国土交通省「建築着工統計調査」 — ホテル建築費 坪単価
■ 施工・工期・工事費の目安
- イー・エル建設「ホテル改修の費用・工期を徹底解説」 — 部分改修・フロア単位・フルリノベーションの工期目安
- 店舗内装比較.com「ホテル・旅館の内装工事費用相場」 — 1室あたり改装費、10室あたり工期、分割施工の割増1〜2割
- BuildApp News「建設工事費デフレーターとは」 — 2025年8月時点130.9
- 建築費高騰の原因と今後の見通し — 公共工事設計労務単価の推移
■ 財務・融資
※本稿の試算はモデルケースに基づく簡易試算であり、特定の施設・案件の収益性を保証するものではありません。実際の投資判断には個別のフィージビリティ・スタディが必要です。税務上の取扱いは個別事情により異なります。
