長崎県の宿泊単価を県平均ひとつで語ると、市場の形はほとんど見えない。メトロエンジンリサーチの集計で県内20市町を並べると、掲載価格はもっとも高い市町ともっとも低い市町で3倍近く開き、その差は「観光地かどうか」だけでは説明がつかないためだ。本稿では長崎県を都市業務帯・温泉沿岸リゾート帯・離島帯の3つの価格レイヤーに分けて、推定成約ADR・在庫の埋まり方・宿の構成・口コミ評価の4つの軸で比較する。結論から言えば、離島帯は掲載価格ではリゾート水準に並びながら推定成約は都市業務帯を下回り、しかも需要はもっとも早く動いている。長崎の固有性である「有人離島51島・全国最多」という条件が、独立した価格レイヤーとして数値に現れている。
本記事における指標の定義
- ADR(平均客室単価):各施設がOTA上で公開する最安プラン水準(2名1室利用時・1室あたり料金・税込)に業態別の補正係数を適用して算出した推定成約単価(税抜相当)。上場ホテルREITが開示する物件別実績との照合(91施設・直近3ヶ月間)で誤差中央値は約7%。推定値であり、各施設の実際の成約価格・会計数値とは異なります。エリア単位のADRは対象施設の中央値(エリアの標準的な施設の水準)。
- 掲載価格:OTA上で公開されている全プランの平均額(2名1室利用時・1室あたり料金・税込、素泊まりから食事付きまでを含む)。推定成約ADRとは母集団も基準も異なるため、本記事では明確に区別して表記します。
- OCC(稼働率):エリア内の総客室数に対する販売済み客室数の割合(OTA販売在庫に基づく推定値、REIT月次公表値との整合性検証で概ね数pt 程度の精度を確認済)。
- LT(リードタイム):チェックイン日までの日数。LT0=当日。
- データ出典:メトロエンジンリサーチ
- — 長崎県の宿泊市場は都市業務帯・温泉沿岸リゾート帯・離島帯の3つの価格レイヤーに分かれ、県平均ひとつでは自館の位置を測れない。
- — 掲載価格の序列は温泉沿岸リゾート帯¥27,800・離島帯¥20,200・都市業務帯¥17,900だが、推定成約ADRでは離島帯¥7,500が最下位に入れ替わる。掲載と成約の倍率は離島帯だけが2.70倍と突出する。
- — お盆8/13の在庫消化は離島帯がもっとも早く、LT30時点でLT90比54.6(都市業務帯68.9・温泉沿岸リゾート帯76.0)。船と航空便を先に押さえる旅行特性が予約の前倒しに現れている。
- — 口コミ総合評価の平均は離島帯4.29で県内3層の最高(温泉沿岸リゾート帯3.90・都市業務帯3.80)。食事評価トップ10のうち5施設が離島帯の宿である。
- — 離島帯は100軒・1,902室で県内客室数の10.1%、1施設あたり19.2室。供給が薄いことは上積み余地であり、1軒単位の運営改善が市場全体の数字を動かしやすい。
長崎の宿泊市場は3層に分かれる — 掲載価格と推定成約で順位が入れ替わる
まず全体像から確認したい。長崎県内で稼働が確認できる宿泊施設は382軒・18,777室(メトロエンジンリサーチが追跡するうち、稼働が確認できる施設ベース)。これを地理と機能で3つに束ねると次のようになる。都市業務帯は長崎市・佐世保市・諫早市・大村市・時津町・長与町の6市町で190軒・12,459室。温泉沿岸リゾート帯は雲仙市・島原市・南島原市・平戸市・西海市・川棚町・松浦市・波佐見町・東彼杵町の9市町で92軒・3,084室。そして離島帯は、船と空路でしか渡れない壱岐市・対馬市・五島市・新上五島町・小値賀町の5市町、100軒・1,902室である。
ここで興味深いのは、掲載価格で見た順位と推定成約ADRで見た順位が一致しないことだ。掲載価格は温泉沿岸リゾート帯が¥27,800でもっとも高く、離島帯が¥20,200、都市業務帯が¥17,900と続く。離島帯は温泉地に迫る水準に見える。ところが推定成約ADRに切り替えると、温泉沿岸リゾート帯¥12,900、都市業務帯¥8,200に対し、離島帯は¥7,500ともっとも低い。掲載と成約の倍率は都市業務帯2.18倍・温泉沿岸リゾート帯2.16倍に対し、離島帯だけが2.70倍と開いている。
出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部より作成(掲載価格は2025年9月〜2026年8月の施設加重平均、推定成約ADRは確定月の施設加重平均)
この2.70倍という開きをどう読むか。ひとつは在庫の構成差である。離島帯は2食付きを標準とする小規模宿の比率が高く、掲載価格の平均は食事込みプランに引き上げられやすい。もうひとつは母集団の違いで、推定成約ADRは検証済みの5業態(ビジネスホテル・シティホテル・リゾートホテル・旅館・カプセルホテル)に限定した推計であるのに対し、掲載価格は民宿・ゲストハウス・ペンションを含む全施設の全プラン平均だ。離島帯ではこの3業態だけで施設数の37.0%を占めるため、倍率の一部は母集団の非対称に由来する可能性がある。いずれにせよ、離島帯の価格構造が本土の2帯と別の論理で動いていることは、この一枚で読み取れる。なお市町村平均が県内の階層構造を覆い隠す現象は長崎に限った話ではなく、鳥取県ホテル市場の3階層構造でも同じ形の断層を確認している。
市町別の推定成約ADR — 雲仙が突出し、離島4市町は¥6,200〜¥8,200に収まる
レイヤーを分解して市町単位で見ていく。推定成約ADRの推計対象が5施設以上ある14市町を並べると、首位は雲仙市の¥18,000(N=29施設)で、2位の西海市¥17,900(N=5施設)に僅差をつける。ただし西海市はサンプルが5施設と薄く、単独年の水準として扱うのが妥当だ。3位は平戸市¥12,100(N=10施設)、4位に県庁所在地の長崎市¥9,900(N=64施設)が入る。
出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部より作成(推計対象5施設以上の14市町、確定月の平均)
離島4市町は新上五島町¥8,200(N=8施設)、壱岐市¥7,900(N=17施設)、五島市¥7,500(N=19施設)、対馬市¥6,200(N=10施設)と、¥6,200〜¥8,200のレンジにきれいに収まる。この幅は約1.3倍で、本土側の市町間で開く幅(雲仙市と大村市で3.2倍)と比べて明らかに狭い。船と空路という共通の到達コストが、離島帯の価格帯を内側から揃えていると読める。離島どうしで単価がどこまで開くかは、主要離島10市町村を横断比較した記事で全国レベルの階層として整理している。新上五島町と壱岐市が長崎市(¥9,900)に届かない一方、佐世保市(¥7,500)・諫早市(¥6,600)・大村市(¥5,700)といった本土の業務系市とはほぼ同じ帯にいる点は、あとで触れる需要の動きと合わせて見ておきたい。
なお小値賀町と東彼杵町は推定成約ADRの推計対象施設がゼロだったため、掲載価格のみを掲載している。川棚町(推計1施設)・長与町(同1施設)・時津町(同2施設)・波佐見町(同2施設)は推計値を参考掲載にとどめ、県内順位の議論からは外した。単独施設の価格変動がそのまま市町の値になるためである。
20市町一覧 — 掲載価格・推定成約ADR・供給・口コミ評価
3つのレイヤーごとに、全20市町を一覧にした。推定成約ADRの列に併記した「推計N」は推計に用いた施設数で、これが5未満の市町は薄いグレーで表示している。
| レイヤー | 市町 | 推定成約ADR | 推計N | 掲載価格 | 掲載N | 施設数 | 客室数 | 口コミ |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 都市業務帯 | 長崎市 | ¥9,926 | 64 | ¥19,276 | 138 | 93 | 6,521 | 3.82 |
| 都市業務帯 | 佐世保市 | ¥7,451 | 37 | ¥19,905 | 60 | 60 | 3,836 | 3.74 |
| 都市業務帯 | 諫早市 | ¥6,623 | 21 | ¥13,346 | 32 | 21 | 1,245 | 3.82 |
| 都市業務帯 | 長与町 | ¥6,233 | 1 | ¥14,308 | 1 | 0 | 0 | — |
| 都市業務帯 | 大村市 | ¥5,688 | 16 | ¥12,054 | 23 | 13 | 682 | 4.03 |
| 都市業務帯 | 時津町 | ¥5,621 | 2 | ¥13,064 | 5 | 3 | 175 | 2.95 |
| 温泉・沿岸リゾート帯 | 雲仙市 | ¥18,030 | 29 | ¥38,662 | 38 | 33 | 1,151 | 4.06 |
| 温泉・沿岸リゾート帯 | 西海市 | ¥17,884 | 5 | ¥20,745 | 10 | 14 | 104 | 4.23 |
| 温泉・沿岸リゾート帯 | 川棚町 | ¥13,645 | 1 | ¥34,039 | 6 | 3 | 47 | 4.17 |
| 温泉・沿岸リゾート帯 | 平戸市 | ¥12,113 | 10 | ¥29,671 | 21 | 16 | 588 | 3.64 |
| 温泉・沿岸リゾート帯 | 波佐見町 | ¥6,813 | 2 | ¥14,186 | 7 | 2 | 135 | 3.50 |
| 温泉・沿岸リゾート帯 | 松浦市 | ¥6,617 | 7 | ¥16,385 | 11 | 6 | 242 | 3.63 |
| 温泉・沿岸リゾート帯 | 島原市 | ¥6,036 | 11 | ¥16,573 | 13 | 11 | 577 | 3.65 |
| 温泉・沿岸リゾート帯 | 南島原市 | ¥5,958 | 5 | ¥23,740 | 8 | 7 | 240 | 4.06 |
| 温泉・沿岸リゾート帯 | 東彼杵町 | — | — | ¥22,243 | 3 | 0 | 0 | — |
| 離島帯 | 新上五島町 | ¥8,245 | 8 | ¥21,950 | 18 | 12 | 172 | 4.50 |
| 離島帯 | 壱岐市 | ¥7,868 | 17 | ¥22,335 | 53 | 34 | 555 | 4.36 |
| 離島帯 | 五島市 | ¥7,512 | 19 | ¥20,032 | 66 | 24 | 481 | 4.09 |
| 離島帯 | 対馬市 | ¥6,176 | 10 | ¥15,806 | 36 | 29 | 685 | 4.29 |
| 離島帯 | 小値賀町 | — | — | ¥30,127 | 3 | 1 | 9 | — |
出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部より作成(推定成約ADR・掲載価格は2025年9月〜2026年8月、施設数・客室数は稼働確認ベース、口コミは10件以上を持つ施設の平均総合評価・ホテルバンク編集部調べ)
地図で見る価格レイヤー — 対馬から五島まで、円の大きさは客室数
3層の分布を地図に落とすと、価格帯が地理とどう結びついているかがつかみやすい。円の色は推定成約ADRの水準、円の大きさは市町の総客室数を示す。長崎市・佐世保市という大きな円が本土西岸に並び、その周囲に雲仙・平戸といった高単価かつ中規模の円が置かれ、離島側は小さな円が広い海域に点在する構図になる。
出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部より作成。座標は各市町の施設位置の平均値
この図が示すのは、離島帯の供給が「薄く広く」分布しているという事実だ。離島帯5市町の合計客室数1,902室は、長崎市単独の6,521室の3割にも満たない。1施設あたりの平均客室数も離島帯は19.2室で、都市業務帯の65.9室、温泉沿岸リゾート帯の33.5室と大きく異なる。客室数20室以下の施設が離島帯では72.7%を占め、100室以上は1.0%(1軒)にとどまる。この薄さは、需要が伸びたときに受け止められる器が小さいことを意味する一方で、1軒あたりの単価を動かしたときの市場全体への影響が大きいこと、つまり上積みの効きやすさも同時に示している。
離島の宿はどれくらい早く埋まるか — お盆8/13の在庫消化を3層で比較
価格レイヤーの独立性を裏づけるもうひとつの軸が、在庫の埋まり方である。2026年8月13日(木・お盆ピーク)を対象に、LT90(3ヶ月前)時点でOTA上に出ていた残室数を100として、チェックイン日に向けてどのように消化されたかを3層で追った。LT90時点のOTA掲載残室は都市業務帯4,344室、温泉沿岸リゾート帯1,066室、離島帯350室である。
出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部より作成(2026年8月13日チェックイン、LT90時点の掲載残室を100とした指数)
差がはっきり出るのはLT60からLT30の区間だ。LT60時点で離島帯はすでにLT90比80.0まで消化が進んでいたのに対し、都市業務帯は88.8、温泉沿岸リゾート帯は98.9とほぼ手つかずだった。LT30ではその差がさらに開き、離島帯54.6・都市業務帯68.9・温泉沿岸リゾート帯76.0となる。つまりお盆の3ヶ月前から1ヶ月前までの間に、離島帯は掲載在庫の45.4%を消化しており、これは温泉沿岸リゾート帯の24.0%のほぼ倍にあたる。船と航空便の座席を先に押さえる必要がある離島旅行の性質上、宿の予約も前倒しになりやすい構造がそのまま数字に出ている。
ただし読み方には条件を添えておきたい。離島帯のLT90時点の掲載残室350室は、同帯の在庫追跡対象客室数に対して17.5%にあたる。都市業務帯31.3%、温泉沿岸リゾート帯35.7%と比べて低い水準である。この理由をひとつに断定することはできない。OTA以外(公式サイト直販・電話予約・旅行会社・地元の常連客)を中心としたチャネル運用、チェックインが近づくにつれて在庫を小出しに追加していく在庫コントロール、OTAへの割当自体を契約上少なく設定しているケースなど、複数の可能性が考えられる。残室が少ないことは「OTAに出している枠のなかでの残数」であって、宿全体が満室であることを意味しない。実際にLT75で離島帯の指数が101.7と一時的に増えているのは、この期間に在庫が追加されたことを示している。また離島帯はLT90時点の母数が350室と小さいため、数十室単位の追加・取消でも指数が動きやすい点にも留意されたい。同じ在庫の見方を業態別に当てはめた点検は長崎県9月前半のブッキングカーブ点検にまとめている。
3層のグレード構成 — 離島帯はエコノミー27.0%が厚く、上位帯に伸びしろ
価格レイヤーの中身を、施設のグレード構成から見ていく。都市業務帯はバジェット53.2%・アッパー24.7%が中心で、ラグジュアリーとハイグレードを合わせても7.4%。ビジネスホテルが41.6%を占める業務需要型の構成だ。温泉沿岸リゾート帯はラグジュアリー13.0%・ハイグレード13.0%と上位帯が26.0%に達し、旅館が46.7%を占める。県内でもっとも上位グレードが厚いレイヤーである。
出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部より作成(稼働確認ベース、都市業務帯N=190・温泉沿岸リゾート帯N=92・離島帯N=100)
これに対し離島帯は、バジェット50.0%・エコノミー27.0%で下位2帯が77.0%を占める。上位帯はラグジュアリー4.0%・ハイグレード3.0%の計7軒にとどまるが、この7軒があること自体が重要だ。離島帯にも上位グレードの需要を受け止める器はすでに存在しており、面としてまだ薄いという状態にある。業態構成もビジネスホテル25.0%・民宿21.0%・旅館19.0%・ゲストハウス9.0%・ペンション7.0%と分散しており、本土2帯のように特定業態が半数近くを占める形にはなっていない。多様な受け皿があるぶん、どの帯を厚くするかの選択肢が残されているレイヤーだといえる。
離島帯の口コミ平均は4.29 — 県内3層でもっとも高い
供給が薄いレイヤーが、必ずしも評価の低いレイヤーとは限らない。むしろ長崎県では逆の結果が出ている。口コミ10件以上を持つ施設に限って総合評価の平均を取ると、離島帯は4.29(N=75施設・累計23,204件)で、温泉沿岸リゾート帯3.90(N=68施設・89,175件)、都市業務帯3.80(N=143施設・443,223件)を明確に上回る。総合評価4.3以上の施設が占める比率も離島帯57.3%に対し、温泉沿岸リゾート帯22.1%・都市業務帯15.4%と大きく開く。
とりわけ食事評価は際立っている。県内で口コミ20件以上を持つ施設を食事カテゴリのスコア順に並べたとき、上位10施設のうち5施設が離島帯の宿だった。県全体の食事評価の中央値は4.33(N=127施設・19,054件、直近24ヶ月)で、上位帯はそこから0.5ポイント以上高い水準にある。
| # | 施設名 | 市町 | レイヤー | 食事評価 | 口コミ件数 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 平山旅館 | 壱岐市 | 離島帯 | 4.95 | 58 |
| 2 | 割烹旅館 網元 | 壱岐市 | 離島帯 | 4.93 | 74 |
| 3 | 民宿 海の幸 | 佐世保市 | 都市業務帯 | 4.92 | 38 |
| 4 | 湯ノ本温泉 旅館千石荘 | 壱岐市 | 離島帯 | 4.92 | 25 |
| 5 | 旅亭 吉乃や | 松浦市 | 温泉・沿岸リゾート帯 | 4.91 | 22 |
| 6 | 五島列島リゾートホテルマルゲリータ | 新上五島町 | 離島帯 | 4.88 | 33 |
| 7 | Flat Glamping Nagasaki | 長崎市 | 都市業務帯 | 4.87 | 31 |
| 8 | 旅亭 半水盧 | 雲仙市 | 温泉・沿岸リゾート帯 | 4.84 | 31 |
| 9 | 繁屋千賀荘 | 壱岐市 | 離島帯 | 4.84 | 31 |
| 10 | 雲仙宮崎旅館 | 雲仙市 | 温泉・沿岸リゾート帯 | 4.82 | 253 |
出典:ホテルバンク編集部調べ(直近24ヶ月、口コミ20件以上の施設が対象、県内N=127施設・19,054件)
壱岐市の宿が上位10施設に4軒入っている点は、離島帯の食のポテンシャルを示すわかりやすい指標だろう。「魚がとにかく新鮮で…」「品数も味も想像以上…」といった食事への評価が繰り返し寄せられており、地の食材そのものが商品になっている。客室評価・サービス評価でも対馬市・五島市・平戸市の宿が上位に並び、離島帯の宿泊体験は県内でもっとも高い満足度で受け止められている。推定成約ADRが本土の業務系市とほぼ同じ帯にとどまっていることを踏まえれば、この評価水準は価格に反映しきる前の余白として読める。
県全体のADRトレンド — 2026年1〜7月は前年比+1.7%、旅館が+15.6%で牽引
ここまで断面を見てきたが、時間軸でも確認しておきたい。長崎県全体の推定成約ADRを月次で並べると、季節の山谷が明瞭に出る。8月と11月が高く、6月と7月が低い。2026年1〜7月の平均は¥7,700で、前年同期の¥7,600に対し前年同月比ベースで+1.7%だった。
出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部より作成(推計対象は確定月で250〜258施設)
この+1.7%という県平均は、業態ごとに分解するとまったく違う顔を見せる。2026年1〜7月と前年同期を業態別に比べると、旅館が¥9,000から¥10,500へ+15.6%(推計N=70施設)と大きく伸びた。リゾートホテルが+6.2%(同36施設)、ビジネスホテルが+2.9%(同128施設)と続く。シティホテルは-3.9%(同24施設)で、業態間の動きは一様ではない。
出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部より作成(2026年1〜7月と2025年同期の推定成約ADR平均を比較)
旅館の+15.6%は、本稿の3層構造と重ねると意味がはっきりする。旅館は温泉沿岸リゾート帯で46.7%、離島帯で19.0%を占める業態であり、都市業務帯ではわずか6.3%にすぎない。つまり県平均の押し上げは、本土の都市部ではなく温泉地と離島側から来ている。国の統計でも同じ方向の変化が確認できる。観光庁「宿泊旅行統計調査」によれば、2025年の長崎県の延べ宿泊者数は765万人で前年比+0.3%、うち外国人が76万人で+18.9%と大きく伸び、日本人の689万人(-1.5%)を補う構図だった。客室稼働率は56.3%で全国22位である。
供給が薄いことは上積み余地である — 離島帯をどう読むか
ここまでの4つの軸を重ねると、離島帯の輪郭が浮かび上がる。掲載価格ではリゾート水準(¥20,200)に並び、推定成約ADRでは都市業務帯を下回り(¥7,500)、在庫消化はもっとも早く(LT30時点でLT90比54.6)、口コミ評価は県内最高(4.29)。この4つは互いに矛盾しているように見えるが、ひとつの説明でつながる。需要は先行しているのに、価格がまだそれを織り込みきっていないということだ。
離島帯の器の小ささは、そのまま伸びしろの大きさでもある。100軒・1,902室というボリュームは、県全体の客室数の10.1%にすぎない。1施設あたり19.2室、20室以下が72.7%という構成では、需要が集中したときに受け止められる量に限りがある。逆に言えば、この規模だからこそ1軒単位の運営改善が市場全体の数字を動かせる。上位グレードが7軒に限られている点も、面として厚くする方向に余地が残っているということだ。
実務的な示唆としては、次の3点が挙げられる。第一に、離島帯のLT60〜LT30という予約が動く時間帯を前提に、価格の段階設計を早い側に寄せる余地がある。都市業務帯や温泉沿岸リゾート帯と同じカレンダーで価格を動かすと、離島帯ではもっとも需要が動く時間帯を安い価格のまま通過してしまう。第二に、口コミ評価4.29という水準は、価格帯を一段上げても選ばれ続ける可能性を示す実証データとして使える。とくに食事評価が4.8を超える宿には、食を軸にした上位プランの設計余地がある。第三に、3層それぞれで需要の性格が違う以上、県単位の平均値で自館の位置を測る意味は小さい。自館がどのレイヤーに属し、そのレイヤーの中で価格と評価がどこにあるかを把握することが起点になる。
集計方法と除外基準:推定成約ADRは、各月の推計対象施設数(確定月で県全体250〜258施設)を確認したうえで、基準の異なる直近の推計月(掲載中の販売価格から推計する暫定値)を平均から除外し、確定月のみを集計している。市町別の値は推計対象が5施設以上の14市町を分析対象とし、推計対象1〜2施設の川棚町・長与町・時津町・波佐見町は参考値として表に掲載するにとどめた。小値賀町・東彼杵町は推計対象がゼロのため掲載価格のみを示している。掲載価格と推定成約ADRは母集団(前者は全業態・全プラン、後者は検証済み5業態の最安プラン水準)が異なるため、両者の比率は水準の目安として読まれたい。
⚠ 将来日程のADRに関する注意:本記事のADRは調査時点でOTAに公開されている販売価格をもとにした推計であり、チェックイン日に近づくにつれて変動します。現時点で高く設定されている価格が直前値下げで下落する可能性がある点にご留意ください。
まとめ
長崎県の宿泊市場は、都市業務帯・温泉沿岸リゾート帯・離島帯という3つの価格レイヤーで構成されている。掲載価格の序列は温泉沿岸リゾート帯・離島帯・都市業務帯の順だが、推定成約ADRでは温泉沿岸リゾート帯・都市業務帯・離島帯の順に入れ替わる。この入れ替わりこそが、有人離島51島という長崎固有の条件が作り出した独立レイヤーの証拠である。
離島帯は、県内でもっとも早く在庫が動き、もっとも高い口コミ評価を集めながら、推定成約ADRは本土の業務系市と同じ帯にある。供給が薄いことは制約であると同時に、上積みの効きやすさでもある。県平均という一本の線ではなく、自館が属するレイヤーの内側で価格と評価を照らし合わせることが、次の一手の起点になる。
あわせて読みたい
本稿は長崎県の市町別価格レイヤーを主題としており、供給動向を扱った記事、祭需要を扱った記事とは切り口が異なる。あわせて読むと県内市場の立体像がつかみやすい。
- 長崎県の新規供給は2026年23軒・521室で前年の2.6倍 — それでもビジネスホテルの推定成約ADRは確定7ヶ月連続で前年超(供給とビジネスホテル単価の関係を扱う)
- 長崎くんち vs 岸和田だんじり — 平日祭と週末祭でホテル需給の出方はどう違うか(イベント需要の出方を扱う)
- 島に泊まる秋 — 主要離島10市町村の宿泊単価は2.37倍差、価格の階層はこうできている(全国の離島を横断比較)
- 長崎県9月前半のブッキングカーブ点検 — 9/12(土)は推定OCC82.7%、旅館とシティに24.2pt差(2026年9月前半時点・長崎県内の推定値)
- 県内でいちばん価格差が開く県はどこか — 47都道府県の市区町村ADR格差ランキング2026
- 鳥取県ホテル市場の3階層構造 — 市町村平均が隠す温泉地の単価カーブ(他県での階層構造の事例)
- 鹿児島のホテル単価は県都が最安 — 霧島14,330円に対し鹿児島市6,819円、12ヶ月連続の県内逆転(県都と観光地の逆転を扱う)
- 県平均ADRを下回る市区町村は6割 — 47都道府県946市区町村で検証した「県内◯倍」の再現性(県平均で自館を測ることの限界)
参考資料・出典一覧
■ データソース
メトロエンジンリサーチが収集するOTA公開価格・在庫データ(長崎県20市町/稼働確認ベース382施設・18,777室)と、宿泊者口コミの集計値を基礎データとしている。掲載価格・推定成約ADRは2025年9月〜2026年8月、在庫消化は2026年8月13日チェックインを対象日とし、県全体のADRトレンドは2025年1月〜2026年7月の月次値を用いた。延べ宿泊者数・客室稼働率は観光庁「宿泊旅行統計調査」(2025年確定値)による。
■ 試算前提
推定成約ADRは、各施設がOTA上で公開する最安プラン水準(2名1室・1室あたり・税込)に業態別の補正係数を適用した推計値(税抜相当)で、検証済み5業態(ビジネスホテル・シティホテル・リゾートホテル・旅館・カプセルホテル)を母集団とする。3層の区分は地理と機能によるもので、都市業務帯6市町・温泉沿岸リゾート帯9市町・離島帯5市町。在庫消化はLT90時点のOTA掲載残室を100とした指数で、実在庫全体ではなくOTA掲載枠の中での消化を表す。県平均は確定月のみを対象とし、基準の異なる暫定推計月は平均から除外した(確定月の推計対象は250〜258施設)。
■ 限界・留意点
推定成約ADRは推計値であり、各施設の実際の成約価格・会計数値とは異なる(上場ホテルREITの物件別開示との照合で誤差中央値は約7%)。掲載価格と推定成約ADRは母集団も基準も異なるため、両者の比率は水準の目安にとどまる。推計対象が1〜2施設の市町(川棚町・長与町・時津町・波佐見町)は参考値として扱い県内順位の議論から外し、推計対象ゼロの小値賀町・東彼杵町は掲載価格のみを示した。OCCはOTA販売在庫に基づく推定値であり、直販・電話・旅行会社経由の予約は捕捉されない。離島帯はLT90時点の母数が350室と小さく、数十室単位の増減でも指数が動きやすい点に留意されたい。
■ 市場データ
- メトロエンジンリサーチ — 掲載価格・推定成約ADR(長崎県20市町、2025年9月〜2026年8月)、在庫推移(2026年8月13日チェックイン)、施設・客室構成(稼働確認ベース382施設・18,777室)
- ホテルバンク編集部調べ — 宿泊者口コミの集計(総合評価は口コミ10件以上の施設、食事評価は直近24ヶ月・口コミ20件以上の施設、県内N=127施設・19,054件)
■ 政府統計・公的データ
- 観光庁「宿泊旅行統計調査」 — 長崎県の延べ宿泊者数・客室稼働率(2025年確定値)
- 長崎県「ながさきの離島」 — 離島振興法指定有人島51島・全国最多
- 長崎県離島振興計画(令和5年4月・長崎県地域振興部)
- 長崎県「長崎県観光統計」 — 県内の観光入込・宿泊動向の公表値
