能登半島地震から2年5か月。2026年4月1日時点で和倉温泉旅館協同組合の加盟旅館数は20軒から19軒に減少し、営業再開しているのは9軒にとどまる。一方で、加賀屋新館(隈研吾設計・約50室・全室海ビュー)が2026年冬の開業を予定し、奥田屋が2026年7月に建て替えで再始動するなど、復興は新たな局面に入った。
本記事は、既存記事『和倉温泉×能登復興ホテル投資最新動向 — 北陸の二極化』(投資視点)とは異なり、「夏季予約進度 × 他温泉地ベンチマーク × 護岸復旧政策ROI」の3軸視点から、2026年夏の能登観光回復の臨界点を検証する。和倉温泉再開9軒の販売状況を、加賀温泉郷・能登島・羽咋・輪島・能登町と横並びで比較し、政府が2025年3月に策定した「護岸復旧と一体となった和倉温泉の地域観光再生支援プラン」の費用対効果を定量化する。
本記事における指標の定義
- ADR(平均客室単価):OTA等で公開されている販売価格の平均値。実際の成約価格とは異なります(REIT開示データとの照合では、成約ADRより平均+25〜30%高い傾向)。2名1室利用時の1室あたり料金(税込)・全プラン平均(素泊まり〜食事付きを含む)。
- OCC(推定稼働率):エリア内の総客室数に対する販売済み客室数の割合(OTA販売在庫に基づく推定値)。本記事の表・図中で「売切率」と表示している項目はこのOCCを指す。
- 調査対象期間:2026年7月1日〜8月31日(62日間)/調査時点:2026年5月15日
- データ出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(国内約168,000施設のOTA公開価格を継続追跡、うち稼働確認済み約27,000施設)
和倉温泉の現在地 — 再開9軒・組合加盟19軒の構造
和倉温泉旅館協同組合は2024年1月の能登半島地震の前は加盟21軒であったが、被害甚大により脱退する旅館が発生し、2026年4月1日時点で加盟数は19軒、うち通常営業または仮営業として営業再開しているのは9軒となっている(和倉温泉観光協会発表)。代表的な大型施設である加賀屋本館(232室)は2026年3月に本館の解体工事に着手し、新館(隈研吾設計・約50室・5階建て・全室オーシャンビュー)は2026年冬の開業予定(北國新聞2024年12月報)。多田屋(60室)は2027年夏に解体完了、2028年4月の営業再開を目指し、奥田屋は2026年7月上旬に建て替えで再開(震災後の建て替え第1号)の予定だ(北國新聞2026年5月報)。
本記事の分析対象は、2026年夏(7-8月)にOTA上で販売が観測できる和倉温泉の主要5施設(日本の宿のと楽・TAOYA和倉・ホテル海望・はまづる・花ごよみ)である。加賀屋本館・金波荘・宿守屋寿苑などはOTA販売観測がほとんどなく、解体・改修中の状態が反映されている。なお、震災1年4ヶ月時点での和倉・輪島の復興フェーズと2026年夏予約動向の初期分析については、能登半島地震1年4ヶ月、和倉温泉・輪島の復興フェーズと2026年夏予約動向で詳細に整理している。
| 施設名 | 客室数 | 夏季ADR | 売切率 | 状況 |
|---|---|---|---|---|
| 日本の宿のと楽 | 171 | ¥35,600 | 0.0% | 2024年11月再開 |
| TAOYA和倉 | 101 | ¥63,300 | 24.3% | 営業中 |
| ホテル海望 | 74 | ¥57,000 | 13.3% | 2025年再開 |
| 和倉温泉 はまづる | 22 | ¥42,400 | 12.3% | 営業中 |
| 和倉温泉 花ごよみ | 10 | ¥36,400 | 8.8% | 営業中 |
出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(OTA公開価格データ、N=5施設・62日間観測)
他温泉地ベンチマーク — 加賀温泉郷との需給格差
和倉温泉の2026年7-8月の販売状況を、同じ北陸の温泉地ベンチマークと比較する。加賀温泉郷(山代・山中・粟津・片山津の合計13施設)はADR平均が¥49,100、売切率は22.6%。対して和倉温泉5施設の平均ADRは¥54,800、売切率は18.4%。和倉のADRは加賀温泉郷よりも約12%高い水準にあるが、売切率では約4ポイント低い。能登町(百楽荘など中能登3施設)は、辺境立地の高単価ラグジュアリー旅館の比率が高く平均ADR¥127,200まで上昇するが、和倉のような温泉街の規模感はない。
出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(OTA公開価格データ、2026年7-8月、各エリア客室数10室以上の施設のみ)
注目すべきは「ADRと売切率の組み合わせ」だ。和倉温泉は加賀温泉郷より単価が高いにもかかわらず売切率が低い。これは、ADRが高い施設ほど予約が遅く埋まる構造(直前需要が小さい)にあることに加え、震災後の風評・アクセス課題(のと里山海道の段差・隆起、JR七尾線の本数減)が「観光客の予約をやや遅らせている」可能性を示唆する。一方で加賀温泉郷では大江戸温泉物語系列など中価格帯リゾートが多く、夏休み期の家族需要が早期に予約を埋めている。なお「人気温泉地ランキング」と実際の宿泊満足度の乖離については、草津・別府・箱根 383軒・95.5万件のレビュー分析で別軸からも検証しており、ベンチマーク比較の参考になる。
曜日別ブッキングカーブ — 土曜の需要集中
2026年7-8月の販売データを曜日別に分解すると、和倉温泉・加賀温泉郷ともに土曜のADRが他曜日より約12-19%高く設定されている一方、売切率では土曜が日曜・月曜より低い。これは「土曜は予約が遅くなる傾向」、つまり調査時点(5月15日)から夏に向けて、土曜の予約が日中に追加で入る余地があることを意味する。
出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(OTA公開価格データ、2026年7-8月、曜日別平均)
和倉温泉の特徴として、水曜・木曜・金曜(連泊向け曜日)の売切率が15-17%と相対的に低い点が挙げられる。加賀温泉郷では水〜金も23%前後で推移しており、和倉が連泊需要を取りきれていない可能性が見える。これは新幹線アクセス(金沢駅から特急で約1時間)と二次交通の課題、そして「和倉温泉復興ツアー」(2026年3月〜11月実施、参加費5,000円)など滞在を促す観光コンテンツがまだ予約に十分つながっていないことを示唆する(和倉温泉観光協会発表)。北陸新幹線敦賀延伸3年目時点での福井・敦賀・小松・金沢の4都市ADR比較と、二次交通整備が需要分布に及ぼした影響については、北陸新幹線敦賀延伸3年目|4都市ADR徹底比較を参照されたい。
月次ADR推移 — 2025年比で約+10%の単価回復
和倉温泉再開5施設の月次ADRを2025年と比較すると、夏季月(7-8月)は2025年比で+12%水準まで回復している。2025年8月のADR¥52,800から2026年8月¥54,900に上昇。これは個別施設の高単価化(TAOYA和倉のリブランドや海望の改装後再開)の効果も含むが、単純な震災ペナルティの解消とは異なる構造的な変化が現れている。
出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(OTA公開価格データ、再開5施設の月次平均、2025年1月〜2026年12月)
同時に、2026年4月以降の月別売切率が急上昇しているのは(4月35.7%、5月38.2%)、GW・連休需要の集中による短期需給の逼迫が反映されている。夏季は8月で17%、9月で13%まで低下し、ピークシーズン後の販売余地が確認できる。和倉以外の高単価温泉旅館がボーナス商戦でどう価格を動かしているかは、2026年夏ボーナスは高単価温泉旅館に流れるか — 5温泉地ADR分析でクロスセクション比較している。
護岸復旧政策と地域観光再生支援プランのROI
2025年3月、観光庁と国土交通省港湾局は「護岸復旧と一体となった和倉温泉の地域観光再生支援プラン」を策定した。地震で崩落した七尾湾沿いの民有護岸の公費復旧手続きを2024年12月に完了し、本格的な復旧工事は2024年12月20日に着手。2026年度内(2027年3月末)の完了を目指す(観光庁発表)。これに合わせて、観光庁は営業再開施設の情報発信強化、復興ツアー支援、二次交通整備への補助を一体で推進している。
この政策の経済効果を、和倉温泉の販売データから試算する。再開5施設の合計客室数は378室。仮に売切率が現在の18.4%から、加賀温泉郷並みの22.6%まで上昇した場合、夏季62日間の販売客室数は約15,900室から約19,500室へと、約3,600室増加する。平均ADR¥54,800を掛けると、約1.97億円の追加売上創出効果が期待できる。これは「政策の年間ROIを試算する一指標」となる。
出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(OTA公開価格データ、夏季62日間の試算)
ただし、護岸復旧の本来の意義は短期的な観光売上だけではない。和倉温泉旅館協同組合が2025年3月に発表した「創造的復興ビジョン」は2040年に向けて8つの観光ゾーンを設定し、関係人口創出・浴衣で散策できる街づくりなど、長期的な地域価値再生を掲げる。護岸復旧は加賀屋新館・多田屋新棟・奥田屋建て替えなどの新規供給の前提条件であり、2027〜2028年にかけて新棟が段階的に開業することで、エリア全体の魅力度が再構築される。
口コミに表れた「再開後の品質」 — サービス・食事への評価
再開5施設の宿泊者口コミ(メトロエンジンリサーチ&コンサルティング、N=11,746件)をカテゴリ別に集約すると、ホテル海望が最高評価4.54、TAOYA和倉が4.22、花ごよみが4.12と、和倉の主要施設は全体的に4.0以上の高水準を維持している。特に「夕食」カテゴリでは、海望4.54、はまづる4.30と、温泉旅館の食事という地域の強みが評価されている。
出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(OTA宿泊者口コミ集計、再開5施設・累計N=11,746件)
注目したいのは、震災休業を挟んで再開した施設の口コミトレンドだ。ホテル海望は2024年3月〜2025年10月の約20ヶ月間、口コミ投稿がほぼゼロとなっており、休業期間を示している。2025年11月以降の再開後は、月次スコアが4.5〜5.0と従前より高い水準で推移している。これは復興直後の宿泊者がリピーター・能登応援目的の層に偏っており、満足度バイアスが効いている可能性も含むため、断定はできない。ただし、施設の改装・サービス品質が維持されていることが定量的に確認できる。
2026年夏の臨界点 — 復興ツアー × 加賀屋新館の同時起動
2026年夏は和倉温泉復興にとって複数の節目が重なる時期となる。第一に、2026年3月1日〜11月30日に実施されている「和倉温泉復興ツアー」(参加費5,000円、ガイド付き90分、お土産・食事券1,000円相当付)が稼働中で、ピークシーズンの夏に予約を引き上げる役割が期待される。第二に、奥田屋(震災後の建て替え第1号)の7月再開、加賀屋新館の冬開業準備が進み、新規供給の前段階としての注目度が高まる。第三に、護岸復旧工事の進捗が2026年度後半に最終局面を迎え、エリアの景観回復が観光客の体感に反映され始める。
一方で、能登半島地震の影響からのアクセス回復はまだ完全ではない。のと里山海道は段差解消・隆起補修が継続中で、JR七尾線も本数減のままだ。和倉温泉の予約進度が加賀温泉郷より約4ポイント遅れている背景には、こうした構造要因が含まれる。観光庁・国交省の支援プランがアクセス改善と情報発信を加速できるかどうかが、2026年夏以降の鍵となる。同じく2026年夏ピークの予約進度を別エリアから検証した分析として、富士山2026開山×夏ピーク予約進度では入山料・宿泊税という政策コストが需要に与える影響を扱っており、和倉の政策ROI議論との比較が可能だ。
⚠ 将来日程のADRに関する注意:本記事のADRは調査時点(2026年5月15日)でOTAに公開されている販売価格の平均であり、チェックイン日に近づくにつれて変動します。現時点で高く設定されている価格が直前値下げで下落する可能性、または需要に応じて引き上げられる可能性がある点にご留意ください。
まとめ — 3軸視点で見る復興進度
本記事は、夏季予約進度 × 他温泉地ベンチマーク × 護岸復旧政策ROIの3軸で、2026年夏の和倉温泉復興を検証した。3つの主要結論を整理する。
第一に、和倉温泉の販売進度は加賀温泉郷より約4ポイント遅れているが、ADR水準(¥54,800)は単価面では震災前水準に近い形で回復している。震災ペナルティは「予約タイミングの遅れ」として残り続けている。第二に、土曜以外の曜日(特に水〜金)の売切率の低さは、連泊需要を取りきれていないことを示し、二次交通整備と滞在型観光コンテンツの効果がまだ予約に十分反映されていない。第三に、護岸復旧と地域観光再生支援プランの短期ROIは、売切率が加賀温泉郷並みに改善すれば夏季62日間で約1.97億円の追加売上創出効果に相当する。本来の意義は長期的な地域価値再生にあるが、短期効果も定量化可能な水準にある。
2026年7月の奥田屋再開、2026年冬の加賀屋新館開業、2027年3月予定の護岸復旧完了、2028年4月の多田屋営業再開と、和倉温泉の復興は今後2-3年で段階的に新フェーズに入る。OTA販売データから見える予約進度の「遅れ」を、政策と新規供給がどう埋めていくかが、能登観光全体の回復シナリオに直結する。
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参考資料・出典一覧
- 和倉温泉旅館協同組合「営業情報」(2026年4月1日現在)
- 和倉温泉観光協会「参加で応援!和倉温泉復興ツアー」(2026年3月〜11月)
- 観光庁「護岸復旧と一体となった和倉温泉の地域観光再生支援プラン(国土交通省港湾局・観光庁)」(令和7年3月策定)
- 同支援プラン本文PDF(国土交通省)
- 和倉温泉創造的復興まちづくり推進協議会「創造的復興ビジョン」
- 北國新聞「加賀屋、26年冬に新館 七尾湾沿い5階建て50室」
- 北國新聞「和倉温泉、大型旅館の解体本格化 多田屋、今月中旬から 加賀屋、本館工事着手 奥田屋7月に建て替え営業」(2026年5月)
- 観光経済新聞「加賀屋、2026年冬に新館開業 既存3館も同年再開へ」
- PR TIMES「和倉温泉『日本の宿のと楽』、10ヶ月の休業を経て営業再開」(2024年)
- トラベルボイス「和倉温泉が復興への基本計画を発表、2040年に向けて8ゾーンを設定」
- トラベルボイス「国交省、和倉温泉の『地域観光再生支援プラン』策定」
- 日本経済新聞「能登・和倉温泉の旅館、被災2年で再開半数弱 27年に新棟相次ぐ」
- 日本経済新聞「石川県、24年の宿泊者数36%増 伸び率全国首位」
- メトロエンジンリサーチ&コンサルティング — OTA公開価格データ(N=5施設・62日間観測、和倉温泉の場合)、宿泊者口コミデータ(N=11,746件)
