首都直下地震が起きた直後、東京駅や日本橋の周辺には、勤務先にとどまれない買い物客や観光客など「行き場のない帰宅困難者」が集まる。東京都は、その受け皿となる一時滞在施設を整備する民間事業者に対して、2つの補助制度を用意している。ハード整備を支援する「災害時拠点強靭化緊急促進事業」と、備蓄品を支援する「民間一時滞在施設備蓄品購入費用補助事業」だ。本稿では、区と受入協定を結ぶホテルがどこまで補助を受けられ、何が自己負担として残るのかを、制度資料の原文にあたって整理する。そのうえで、宴会場を持つ都心の100室ホテルを想定し、自己負担を1室あたりの年額に換算した。
本記事における指標の定義
- ADR(平均客室単価):各施設がOTA上で公開する最安プラン水準(2名1室利用時・1室あたり料金・税込)に業態別の補正係数を適用して算出した推定成約単価(税抜相当)。上場ホテルREITが開示する物件別実績との照合(91施設・直近3ヶ月間)で誤差中央値は約7%。推定値であり、各施設の実際の成約価格・会計数値とは異なります。エリア単位のADRは対象施設の中央値(エリアの標準的な施設の水準)。
- 直近12ヶ月平均:2025年9月〜2026年8月の月次推定成約ADRの単純平均。前年同期は2024年9月〜2025年8月。
- 掛かり増し費用:帰宅困難者を受け入れるために付加的に必要となる整備費。東京都の交付要綱・国土交通省ガイドブックの用語に従う。
- 受入分・自家用分:協定で定める帰宅困難者の受入人数に対応する部分が受入分、通常在館者(平常時に施設を利用する人とサービスを提供する人)に対応する部分が自家用分。
- データ出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング/東京都・千代田区・中央区・内閣府・国土交通省の公表資料/総務省・経済産業省 経済センサス
- — 都の拠点強靭化事業は、民間事業者が行う受入分の掛かり増し費用を国2/3・都1/3で補助する。合計すると受入分の10/10だが、補助額は「知事が定める基準額」と実支出額の少ない方で、予算の範囲内に限られる。事業概要・交付要綱には具体的な上限額の記載がない。
- — 都の事業で補助対象になるのは2027年3月31日までに着手した事業で、原則として躯体工事を伴う整備に限る。自家用分は人数按分で対象から外れる。
- — 備蓄品は購入費の5/6を補助し、購入費は受入1人あたり9,000円まで対象になる(補助の実質上限は7,500円)。令和8年度の募集期間は2027年1月22日まで。
- — 区の公表一覧(令和8年5月現在)では、中央区の屋内一時滞在施設42か所のうち12か所がホテル。千代田区の区協定施設93か所には5ホテルが載る。
- — 100室モデルの自己負担は1室あたり年1,600〜18,300円。中央区シティホテルの推定成約ADR(直近12ヶ月平均¥40,700)に換算すると0.04〜0.45泊分にあたる。
一時滞在施設を支える都の2制度 — ハード整備と備蓄品は別の補助
東京都のリーフレットによると、首都直下地震の発生時に想定される行き場のない帰宅困難者は約66万人。これに対し、一時滞在施設の確保状況は約53万人分(2026年1月1日時点)である。東京都防災ホームページでは同時点の確保数を1,310か所・533,644人分と公表している。都は「本事業をご活用いただき、帰宅困難者の受入れにご協力をお願いします」と呼びかけており、残る約13万人分の受け皿として民間施設の協力を求めている。
民間の一時滞在施設を対象とする支援は、大きく2つに分かれる。1つはハード整備を支援する「一時滞在施設災害時拠点強靭化緊急促進事業」で、国土交通省の「災害時拠点強靱化緊急促進事業」(令和7年度から「住宅・建築物防災力緊急促進事業」に統合)に都が上乗せする形をとる。もう1つは都が単独で行う「民間一時滞在施設備蓄品購入費用補助事業」である。ホテルの場合、前者は新築や大規模改修で倉庫や設備を整えるときに、後者は既存のホテルが協定を結んで備蓄をそろえるときに使うことになる。
| 項目 | 災害時拠点強靭化緊急促進事業(ハード) | 備蓄品購入費用補助事業(ソフト) |
|---|---|---|
| 補助対象 | 退避施設(受入スペース)の整備/帰宅困難者用の防災備蓄倉庫の整備/受入関連設備の整備(非常用発電機、給水関連設備、耐震性貯水槽、防災井戸、マンホールトイレ、非常用通信・情報提供施設 等) | Ⅰ 帰宅困難者向け備蓄品(水9ℓ・食料9食・簡易トイレ15個・毛布又はブランケット1枚=1人3日分)/Ⅱ スマートフォン等の充電機器/Ⅲ 暑さ対策用備蓄品(冷感タオル、うちわ) |
| 補助率 | 民間事業者が主体:帰宅困難者分に係る掛かり増し費用を国2/3・都1/3(区市町村が主体の場合は国1/2・区市1/2) | 購入費用の5/6 |
| 上限 | 基準額は「知事が定める額」。事業概要・交付要綱に具体的な金額の記載なし | 購入費の対象上限:Ⅰ 受入人数×9,000円(補助の実質上限7,500円)/Ⅱ ×2,500円/Ⅲ ×1,050円 |
| 主な要件 | 受入協定100人以上(既存建築物の活用は20人以上)/都市再生安全確保計画等に位置づけられた地域など/耐震性(新築は耐震等級2相当、又は制震・免震構造)/自家用分と帰宅困難者分を3日分備蓄できる倉庫/新築は省エネ基準適合 | 区市町村との受入協定(締結済み又は締結予定)/従業者用備蓄品を3日分完備/一時滞在施設の運営を定めた事業継続計画を策定 |
| 期限 | 2027年3月31日までに着手した事業(着手は交付決定通知書の受理日以後) | 令和8年度の募集は2026年6月9日〜2027年1月22日。実績報告は2027年2月26日まで。予算が上限に達すると期間内でも締切 |
| 手続き | 事前協議 → 交付申請 → 交付決定 → 着手 → 竣工 → 協定の締結 → 実績報告 → 額の確定・支払(Jグランツでの申請に対応) | 事前相談 → 交付申請 → 交付決定 → 発注・納品 → 実績報告 → 現地調査 → 額確定 → 請求 → 支払(発注・購入前の申請が必須) |
備蓄品補助のリーフレットには、もう1つ見逃せない制度が併記されている。帰宅困難者のための備蓄倉庫に対する税の減免である。東京都主税局によると、対象は23区内の施設・事業者で、都の備蓄品支援事業の補助事業等として認定された備蓄倉庫について固定資産税・都市計画税は10割、事業所税は資産割の10割が減免される。期間は補助金の交付決定日以後、最初に到来する第一期納期限の年度から5年度分(事業所税は5年以内に終了する事業年度分)で、毎年度の申請が必要になる。有料で借り受けた倉庫や、保管料を得ている倉庫は対象外だ。自治体による固定資産税の減免が投資指標をどこまで動かすかは、ホテル誘致の奨励金・固定資産税減免 市町村12制度で試算している。
「国2/3・都1/3」の読み方 — 受入分は10/10、自家用分は按分で対象外
ハード補助の補助率は、合計すると受入分の掛かり増し費用の10/10になる。数字だけを見れば事業者負担はゼロに見えるが、交付要綱を読むと3つの前提が付いている。
1つ目は人数按分である。交付要綱第6条は、帰宅困難者受入用と通常在館者用を別々に整備することを要しないとしたうえで、その整備費を「帰宅困難者と通常在館者の人数比であん分することにより算出することを基本とする」と定める。事業概要にも「自家用分(通常時に施設利用する者の分)の整備費用は、補助対象とはなりません」とある。自家用分についてはリーフレットに「国等の既存支援制度を活用」「負担割合は各支援制度による」と記され、この事業の補助対象からは外れる。
2つ目は基準額である。交付額は、知事が定める基準額と対象経費の実支出額のうち少ない方を選び、さらに総事業費から寄付金その他の収入を差し引いた額と比べて、少ない方になる。事業概要・交付要綱には基準額の具体的な金額がなく、案件ごとの事前協議で確認することになる。
3つ目は工事の種類である。交付額の算定は「建築物の躯体工事(原則として建築確認申請を伴うもの)を伴うものに限る」とされる。既存ホテルが宴会場をそのまま受入スペースとして提供し、備蓄品を買いそろえるだけの場合、ハード補助は使いにくい。その場合は備蓄品補助が中心になる。
ホテルにとって実務上重要なのが、受入スペースの扱いだ。都の交付要綱は、受入スペース(退避施設)をエントランスホール、ロビー、多目的ホール、集会場、貸会議室などの建築物の部分と定めており、平常時に使う空間を充てることを前提としている。一方で補助の対象になるのは、日常的には不要だが受入のために付加的に大きく整備した部分や、平常時はセキュリティで仕切られた会議室等を開放するための追加の区画工事、受入スペースに至る経路の段差解消などに限られる。つまり、平常時に営業する宴会場の建設費そのものは対象外で、宴会場を受入スペースに充てる場合に補助の対象となるのは、倉庫・設備・区画・経路に絞られる。
通常在館者は、交付要綱で平常時に施設を利用するために存する者と、その者にサービス等を提供するために存する者と定義されている。ホテルで宿泊客・宴会客・従業員をどう数えるかは、自治体との事前協議で決めることになる。按分比は補助額を直接動かすので、設計の早い段階で確認しておきたい。
見落としやすいのが財産処分の制限である。補助で取得した機器等は、一時滞在施設に指定されている期間中、知事の承認なく目的外に使用・譲渡・交換・貸付・担保提供できない。ホテルの売却やコンバージョンを出口シナリオに含めるAM・投資家は、承認手続きを見込んだスケジュールを組んでおくとよい。
受入分
協定の受入人数に対応する倉庫・設備の掛かり増し費用。国2/3・都1/3(基準額と予算の範囲内)。
自家用分
宿泊客・従業員など通常在館者の分。人数按分で本事業の対象外。国等の他の支援制度の活用が前提。
対象外の工事
平常時に利用する宴会場本体、躯体工事を伴わない整備、免震化、備蓄品の購入費(別制度)。
協定を結ぶ都心ホテル — 中央区では屋内一時滞在施設の約3割がホテル
では、都心区ではどれくらいのホテルが協定を結んでいるのか。千代田区と中央区が公表する施設一覧(いずれも令和8年5月現在)から、施設名がホテルであるものを数えた。複合ビルの中にあるホテル(オフィス棟と一体で登録されているもの)は、施設名がビル名になっているため数えていない。
中央区の区確保施設は53か所で、そのうち屋内の一時滞在施設は42か所、うち12か所がホテルである。銀座・築地エリアに8施設、八丁堀・日本橋エリアに4施設が並ぶ。千代田区の区協定施設は公表分で93か所あり、そのうちホテルは5施設だ。千代田区の一覧は大手町・丸の内のオフィスビル、霞が関の中央合同庁舎、神田・駿河台の大学が多くを占める。なお千代田区は「平時の混乱等を避けるため一部非公表としている施設」があると明記しており、協定を結んでいても一覧に載らない施設がある。
中央区の12施設は、運営会社もブランドもさまざまで、特定の業態に偏っていない。なお「100人以上(既存建築物は20人以上)」はハード補助を受けるための人数要件であり、協定そのものの受入人数は、施設の状況に応じて区との協議で定める。
| 区 | 施設名(区の公表一覧の表記) | 所在地 |
|---|---|---|
| 千代田区 | ザ・ペニンシュラ東京 | 有楽町1-8-1 |
| 千代田区 | 帝国ホテル東京 | 内幸町1-1-1 |
| 千代田区 | 都市センターホテル | 平河町2-4-1 |
| 千代田区 | ホテルメトロポリタンエドモント | 飯田橋3-10-8 |
| 千代田区 | ヴィラフォンテーヌ東京大手町 | 内神田1-8-8 |
| 中央区 | ホテルグランバッハ東京銀座 | 銀座五丁目13番12号 |
| 中央区 | ザ ロイヤルパーク キャンバス 銀座コリドー | 銀座六丁目2番11号 |
| 中央区 | ザ ロイヤルパークホテル銀座6丁目 | 銀座六丁目16番14号 |
| 中央区 | GINZA HOTEL by GRANBELL | 銀座七丁目2番18号 |
| 中央区 | ホテル京阪 築地銀座 グランデ | 築地三丁目5番4号 |
| 中央区 | KOKO HOTEL 築地銀座 | 築地六丁目8番8号 |
| 中央区 | トーセイホテル ココネ築地銀座プレミア | 築地六丁目23番8号 |
| 中央区 | 三井ガーデンホテル銀座築地 | 築地四丁目7番1号 |
| 中央区 | MIMARU東京 STATION EAST | 八丁堀一丁目12番8号 |
| 中央区 | からくさホテルカラーズ東京八重洲 | 日本橋三丁目5番13号 |
| 中央区 | MIMARU SUITES東京日本橋 | 日本橋堀留町二丁目10番9号 |
| 中央区 | キャプション by Hyatt 兜町 東京 | 日本橋兜町12番1号 |
東京駅の半径2kmに従業者140万人 — 帰宅困難者の発生規模
協定の意味を量で捉えるため、東京駅・日本橋・大手町の3地点について、半径1km圏の事業所数と従業者数を経済センサス(2021年)で集計した。東京駅の半径1km圏には12,685事業所・556,119人、日本橋は19,111事業所・523,457人、大手町は10,552事業所・452,833人が働いている。東京駅を中心に半径を2kmまで広げると、53,267事業所・1,405,590人になる。3地点の円は互いに重なるため、合計はしていない。
ただし、この人数がそのまま一時滞在施設に向かうわけではない。東京都帰宅困難者対策条例は、事業者に対して従業員を施設内に待機させることと、3日分の飲料水・食料等を備蓄することを努力義務として定めている。都心の従業者の多くは、原則として勤務先にとどまる前提で計画されている。一時滞在施設が受け入れるのは、その外側にいる買い物客や観光客、出張者など、とどまる場所を持たない来街者である。千代田区は、首都直下地震の発生時に区内で約59万人の帰宅困難者を想定している。オフィス系従業者の比率は東京駅1km圏で47.4%、大手町で49.3%、日本橋で38.1%で、日本橋はオフィス系以外の従業者の比率が相対的に高い。来街者の比重が大きいエリアほど、ホテルのロビーや宴会場が受け皿として期待されやすいといえる。
宿泊客自身も同じ構造の中にいる。発災時に在館している宿泊客は通常在館者であり、ホテルは協定の有無にかかわらず、その滞在を支える備えを求められる。受入協定を結ぶことは、この自家用の備えに受入分を上乗せし、上乗せ分の費用を補助で賄う選択肢と整理できる。ハザードと防災Capexを立地評価にどう組み込むかは、ホテル立地評価の第4軸「災害リスク」を定量化するで詳しく分析している。
都心区の推定成約ADR — 中央区は直近12ヶ月平均¥19,100、シティホテルは¥40,700
自己負担を客室収入と並べるため、中央区と千代田区の推定成約ADRを確認する。メトロエンジンリサーチによると、2025年9月〜2026年8月の12ヶ月平均は中央区が¥19,100(対象N=148〜152施設)、千代田区が¥16,300(N=78〜84施設)で、前年同期比はそれぞれ+9.5%、+6.1%だった。東京都全体の同期間平均は¥14,500(N=1,067〜1,145施設)である。
月次で見ると、中央区の2026年8月は¥14,200で前年同月比-15.0%、6〜8月の夏場は前年同月を下回った。一方、調査時点で掲載されている2026年10月の水準は¥24,600で、前年同月の実績を+18.0%上回る。秋の需要期に向けた価格形成は堅調である。
業態別では、中央区のシティホテルが¥40,700(N=19〜20施設)、ビジネスホテルが¥17,900(N=127〜129施設)、千代田区はシティホテル¥29,000(N=12施設)、ビジネスホテル¥16,100(N=63〜65施設)である。宴会場を持つ100室モデルの比較軸には、中央区シティホテルの¥40,700を採用した。
宴会場の平時稼働との関係も押さえておきたい。ガイドブックは受入スペースを専用とすることを求めていない。同ガイドラインが示す協定書の例でも、施設管理者は自治体から開設の要請を受けたとき、施設内の安全点検をしたうえで受入の可否を判断し、応じられない事由があれば連絡する形になっている。協定を結んでも、平常時の宴会・会議の営業はそのまま続けられる設計である。大規模災害の発生直後は、通常の宴会営業自体が見込みにくい局面でもある。平時の実務として増えるのは、区や協議会が行う訓練への参加や、受入手順を定めた計画づくりが中心になる。
100室・宴会場ありモデル — 受入200人で自己負担は1室年1,600〜18,300円
ここからは、中央区にある宴会場付きの100室ホテルを想定して試算する。受入人数は、ガイドラインの目安である床面積3.3㎡あたり2人(通路の面積は算入しない)から出す。首都直下地震帰宅困難者等対策連絡調整会議のガイドライン(令和6年7月26日)は、東京都「避難所管理運営の指針」を参考にこの目安を示し、国土交通省のガイドブックも「約3.3㎡/2人を目安」としている。宴会場の有効面積を330㎡とすると、受入人数は200人になる。
| 前提項目 | 値 | 根拠 |
|---|---|---|
| 客室数/想定立地 | 100室/中央区 | 本稿のモデル設定 |
| 受入スペース(宴会場の有効面積) | 330㎡ | 本稿のモデル設定(通路は除く) |
| 受入人数 | 200人 | 330㎡÷3.3㎡×2人(連絡調整会議ガイドライン・国交省ガイドブック) |
| 通常在館者 | 240人 | 客室定員200人(2名×100室)+従業員40人と仮定 |
| 受入分の按分比 | 45.5% | 200÷(200+240)、交付要綱第6条の人数按分 |
| 防災備蓄倉庫 | 22㎡・1,600.5万円 | 440人×0.05㎡(棚・通路込み、本稿の仮定)、坪240.5万円(国土交通省 建築着工統計ベース2025年S造) |
| 受入スペースの区画・経路の段差解消 | 500万円 | 本稿の仮定値。受入分として全額を対象と想定 |
| 非常用発電設備の容量増強・燃料タンク | 3,000万円 | 本稿の仮定値(機種・容量で大きく変動)。シナリオCのみ |
| 備蓄品(1人3日分) | 9,000円/人 | 都の補助対象上限と同額と仮定。充電機器2,500円/人、暑さ対策1,050円/人も同様 |
| 従業者用備蓄品 | 40人×9,000円 | 備蓄品補助の要件(補助対象外) |
| 年換算 | 設備15年・備蓄5年 | 設備は15年均等、備蓄品は5年ごとの更新を想定(簡便法) |
シナリオは3つ置いた。Aは既存ホテルが宴会場を受入スペースとして提供し、備蓄品だけを補助で整えるケース(躯体工事を伴わないためハード補助は使わない)。Bは新築時に防災備蓄倉庫と受入スペースの区画・経路を整備するケース。CはBに加えて、非常用発電設備の容量を受入分まで増強するケースである。3シナリオとも、ハード補助は掛かり増し費用の全額が基準額の範囲内に収まる前提で計算した。
| 項目(万円) | A. 既存・備蓄のみ | B. 新築・倉庫+区画 | C. Bに発電増強 |
|---|---|---|---|
| 総事業費 | 287.0 | 2,387.5 | 5,387.5 |
| うちハード整備 | — | 2,100.5 | 5,100.5 |
| うち備蓄品(受入分・充電・暑さ対策・従業者分) | 287.0 | 287.0 | 287.0 |
| 国の補助(ハード・受入分2/3) | — | 818.3 | 1,727.4 |
| 都の補助(ハード・受入分1/3) | — | 409.2 | 863.7 |
| 都の補助(備蓄品5/6) | 209.2 | 209.2 | 209.2 |
| 自己負担 | 77.8 | 950.8 | 2,587.2 |
| 補助でカバーされる割合 | 72.9% | 60.2% | 52.0% |
| 年換算の自己負担 | 15.6 | 73.8 | 182.9 |
| 1室あたり年額 | ¥1,557 | ¥7,377 | ¥18,286 |
| 推定成約ADR(¥40,740)換算 | 0.04泊 | 0.18泊 | 0.45泊 |
| 保守ケース:備蓄更新を全額自己負担 | ¥5,740(0.14泊) | ¥11,560(0.28泊) | ¥22,469(0.55泊) |
試算からは3つのことが読み取れる。第一に、既存ホテルが宴会場を活かして協定を結ぶシナリオAの自己負担は77.8万円で、1室あたり年約¥1,600にとどまる。受入分の備蓄品は購入費の5/6が補助されるため、残る負担は受入分の1/6と従業者用備蓄品が中心だ。第二に、新築で倉庫と区画を整えるシナリオBは1室あたり年約¥7,400、推定成約ADRの0.18泊分である。第三に、発電設備まで増強するシナリオCでも1室あたり年約¥18,300、0.45泊分に収まる。
BとCで自己負担の大半を占めるのは、受入分ではなく自家用分である。受入分の掛かり増し費用は10/10で補助されるため、自己負担の大きさは主に「宿泊客と従業員のために、どの水準の倉庫と電源を持つか」で決まる。見方を変えれば、自社の事業継続のための投資に受入分を上乗せしても、上乗せ分の追加負担はほとんど生じない構造だ。自家用分にリーフレットのいう「国等の既存支援制度」を組み合わせたり、23区内で倉庫の税減免が適用されたりすれば、表の自己負担はさらに下がる余地がある。建物の安全に関わる固定費を1室あたり年額で捉える視点は、ホテルの法定点検費用は1室あたり年3,400〜12,600円も参考になる。
最も効くのが基準額である。都の資料には上限額の記載がないため、シナリオCで基準額が掛かり増し費用の75%までしかカバーしない場合を試すと、1室あたり年額は約¥22,600(0.55泊分)、50%では約¥26,900(0.66泊分)になる。それでも1泊分には届かない。フィージビリティの段階では、事前協議で基準額の水準を確認し、この感度の幅を投資委員会の資料に載せておくと判断しやすい。
基準額と並んで補助額を動かすのが、按分に使う通常在館者数である。ホテルで宿泊客・宴会客・従業員をどう数えるかは事前協議で決まるため、本稿の240人(客室定員200人+従業員40人)の前後で幅を持たせ、基準額のカバー率と組み合わせた。通常在館者が少なく数えられるほど受入分の按分比が上がり、補助の対象が広がる。
| 基準額カバー率\通常在館者 | 140人(按分比58.8%) | 190人(按分比51.3%) | 240人(按分比45.5%) | 290人(按分比40.8%) | 340人(按分比37.0%) |
|---|---|---|---|---|---|
| 100% | ¥14,185 | ¥16,498 | ¥18,286 | ¥19,708 | ¥20,867 |
| 90% | ¥16,323 | ¥18,405 | ¥20,013 | ¥21,293 | ¥22,337 |
| 75% | ¥19,529 | ¥21,264 | ¥22,604 | ¥23,671 | ¥24,541 |
| 60% | ¥22,735 | ¥24,123 | ¥25,195 | ¥26,049 | ¥26,744 |
| 50% | ¥24,873 | ¥26,029 | ¥26,923 | ¥27,634 | ¥28,214 |
運営負担と責任の範囲 — ガイドラインと協定書の例に書かれていること
協定を結ぶかどうかの判断では、補助の額に加えて、発災時の運営負担と責任の範囲が論点になる。ここでは制度資料に書かれている範囲に限って整理する。
運営期間と受入の判断。ガイドラインは、受け入れた帰宅困難者が安全に帰宅を始められるまで「原則として発災後3日間の運営を標準とする」としている。協定書の例では、施設管理者は自治体の要請を受けて施設内の安全点検を行い、受入が可能と判断したときに受諾する。要請に応じられない事由があれば、その旨を連絡する。余震や停電で安全を保てない場合には、自治体に連絡し了承を得たうえで閉鎖し、退去を求めることができる。
費用。協定書の例(第9条)は、施設管理者が支援に要した費用を自治体に報告し、自治体が「甲乙協議の上」支払うとしている。ガイドラインは、事後に災害救助法による費用の支弁を地元自治体に求めることを考慮して、受入者名簿や物品受払の書類を整えておくことが望ましいとし、災害救助法が適用された区域では食品の給与・飲料水の供給等が国庫負担の対象となる可能性があるとも記している。
損害賠償責任。ガイドラインの別添資料で、内閣府(防災担当)は、建物に起因して帰宅困難者が損害を受けた場合に施設管理者の賠償責任が生じうることを認めたうえで、法制度で一律に免責とすることは「現状では民法上の被災者保護の観点から困難」と整理している。そのうえで、施設管理者は善良な管理者としての注意義務(受入可能人数をあらかじめ決める、転倒・落下防止措置、点検チェックシートの作成など)を果たすよう努め、事前の備えとして受入条件(建物・施設の瑕疵に基づく損害賠償責任の免責特約等を含む)について受入希望者と合意することが有効だとしている。示されている受入条件の例には、施設管理者は故意または重過失がない限り施設内の事故について責任を負わないこと、状況に応じて急きょ閉鎖する可能性があることなどが含まれる。国・都県・区市町村は、施設管理者に損害等が発生した場合、積極的に協力して対応するとされる。
ホテルは、宿泊客の安全管理、フロントでの受付、多言語での案内、備蓄品の管理といった運営ノウハウを日常業務として持っている。ガイドラインが施設管理者に求める平常時の準備は、ホテルの既存の防災計画を延長する形で整えやすい。
まとめ — 協定ホテルの損得は「自家用分の設計」で決まる
受入分は補助で賄える
ハードは受入分の掛かり増し費用を国2/3・都1/3、備蓄品は購入費の5/6。受入人数を増やしても、上乗せ分の自己負担は小さい構造になっている。
残るのは自家用分
100室モデルの自己負担は1室あたり年1,600〜18,300円。中心は宿泊客・従業員向けの倉庫と電源で、自社の事業継続の水準をどう設計するかで決まる。
時間軸を先に押さえる
都のハード補助は2027年3月31日までの着手が対象。備蓄品の募集は2027年1月22日まで。新築計画は事前協議の時期から逆算しておきたい。
帰宅困難者の受入協定は、補助の設計を見るかぎり、受入分の費用がホテルの負担にならないよう組み立てられている。自己負担として残るのは、ホテルが宿泊客と従業員のために持つべき備えの部分であり、それはBCPとして協定の有無にかかわらず検討される投資でもある。中央区ではすでに屋内一時滞在施設の約3割をホテルが担っている。都心で新築を計画するデベロッパーにとっては、按分比と基準額を事前協議で早めに確定させることが、試算の幅を縮める近道になる。既存ホテルのオーナー・AMにとっては、備蓄品補助と倉庫の税減免を組み合わせる形が、最も軽い負担で協定に参加できる選択肢といえる。
⚠ 将来日程のADRに関する注意:本記事の2026年9月以降の推定成約ADRは、調査時点(2026年9月14日)でOTA等に公開されている販売価格の水準に基づく推定であり、チェックイン日に近づくにつれて変動します。現時点の掲載水準が直前の価格調整で変わる可能性がある点にご留意ください。
試算に関する注記:本稿の100室モデルは、公表資料の補助率・要件に仮定値を組み合わせた簡易試算です。基準額・按分に用いる通常在館者数・補助対象範囲は案件ごとの事前協議で決まり、予算の範囲内での交付となります。実際の申請にあたっては、東京都総務局総合防災部および施設所在の区にご確認ください。制度内容は2026年9月14日時点の公表資料に基づきます。
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参考資料・出典一覧
■ データソース
補助制度は東京都・国土交通省・首都直下地震帰宅困難者等対策連絡調整会議の公表資料(事業概要・交付要綱・ガイドブック・ガイドライン、2026年9月14日時点)、協定ホテルは千代田区・中央区の公表一覧(令和8年5月現在)、就業人口は経済センサス-活動調査(2021)、推定成約ADRはメトロエンジンリサーチ&コンサルティングの月次集計(中央区・千代田区・東京都、業態別を含む)。
■ 試算前提
中央区の宴会場付き100室ホテルを想定。受入スペース330㎡÷3.3㎡×2人=受入200人、通常在館者240人(客室定員200人+従業員40人)で受入分の按分比45.5%。防災備蓄倉庫22㎡・1,600.5万円、区画・経路500万円、発電増強3,000万円(シナリオCのみ)、備蓄品は受入1人あたり9,000円+充電2,500円+暑さ対策1,050円。ハード補助は基準額が掛かり増し費用を全額カバーする前提とし、設備15年・備蓄5年の均等年換算。ADR換算は中央区シティホテルの直近12ヶ月平均(¥40,740)。
■ 限界・留意点
基準額・按分に用いる通常在館者数・補助対象範囲は案件ごとの事前協議で決まり、予算の範囲内での交付となるため、実際の補助額は試算と異なりうる。建設費・設備費は仮定値で、機種・規模・時期により大きく変動する。協定ホテルの数は区の公表分に限られ、非公表施設や複合ビル内のホテルは含まない。推定成約ADRは推定値であり、各施設の実際の成約価格とは異なる。自家用分への他の支援制度や税減免は試算に反映していない。
■ 市場データ
- メトロエンジンリサーチ&コンサルティング — 推定成約ADR(中央区N=147〜152施設、千代田区N=77〜85施設、東京都N=1,067〜1,145施設、業態別を含む)、100室モデル試算
■ 補助制度・税制(東京都)
- 東京都防災ホームページ「災害時拠点強靭化緊急促進事業」
- 東京都「一時滞在施設災害時拠点強靭化緊急促進事業」事業概要(令和8年度版)
- 東京都「一時滞在施設災害時拠点強靭化緊急促進事業に関する補助金交付要綱」(令和8年7月31日一部改正)
- 東京都防災ホームページ「民間一時滞在施設備蓄品購入費用補助事業」(リーフレット・手引き・交付要綱、令和8年度)
- 東京都主税局「帰宅困難者対策に係る備蓄倉庫の減免」
- 東京都防災ホームページ「一時滞在施設などの情報」 — 確保状況1,310か所・533,644人分(令和8年1月1日現在)
- 東京都防災ホームページ「東京都帰宅困難者対策条例」
■ 国の制度・ガイドライン
- 国土交通省「災害時拠点強靱化緊急促進事業(住宅・建築物防災力緊急促進事業)」 — 概要資料、ガイドブック第9版(令和8年6月)
- 首都直下地震帰宅困難者等対策連絡調整会議「一時滞在施設の確保及び運営のガイドライン」(令和6年7月26日)
■ 区の公表資料
- 千代田区「帰宅困難者等一時受入施設一覧(令和8年5月現在)」
- 千代田区「帰宅困難者等一時受入協定」 — 区内の帰宅困難者想定 約59万人
- 中央区「帰宅困難者一時滞在施設一覧(令和8年5月現在)」
■ 統計・建設費
- 総務省・経済産業省「経済センサス-活動調査(2021)」、国勢調査2020 小地域境界(e-Stat 統計GIS)
- 国土交通省「建築着工統計調査」/archi-book「ホテルの建築費は坪単価でどの程度の水準か?【2025年版】」
- 国土地理院 地名検索API(地図の施設位置)
■ ブランド資料
- 日本ハイアット 株式会社「報道資料 2026年4月」
出典: 日本ハイアット 株式会社「報道資料 2026年4月」
