地方リゾートや温泉地で新築・建替えの用地を検討するとき、地価・用途地域・接道・上下水道までは必ず確認する。ところが「都市ガスの本管が来ているか」は、基本設計が固まってから設備設計者に指摘されて初めて論点化することが少なくない。熱源は後から選び直せる設備ではなく、土地に付いてくる制約である。本稿では、都市ガス・LPガス・オール電化という熱源3択が初期費用と1室あたりランニングにどう効くかを、公表統計と当社データで定量化する。
本記事における指標の定義
- ADR(平均客室単価)=各施設がOTA等で公開する最安プラン水準(2名1室利用時・1室あたり料金・税込)に業態別の補正係数を適用して算出した推定成約単価(税抜相当)。上場ホテルREITが開示する物件別実績との照合(91施設・直近3ヶ月間)で誤差中央値は約7%。推定値であり、各施設の実際の成約価格・会計数値とは異なります。エリア単位のADRは対象施設の中央値(エリアの標準的な施設の水準)。
- OCC(稼働率)=エリア内の総客室数に対する販売済み客室数の割合(OTA販売在庫に基づく推定値、REIT月次公表値との整合性検証で概ね数pt 程度の精度を確認済)。OTA上で販売される在庫の消化状況に基づく推定値であり、施設全体の実稼働率とは異なります。
- 有効熱単価(円/MJ)=燃料・電力の単価を、給湯機器の効率(ガスボイラーの熱効率、ヒートポンプの成績係数)で割り戻し、実際に湯に移る熱量1メガジュールあたりのコストに換算した値。熱源どうしを同じ土俵で比較するための指標。
- データ出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(ADR・OCC)。エネルギー単価・供給統計は本文中に個別明記。
- — LPガスの有効熱単価は6.65円/MJで、都市ガス(3.07円/MJ)の約2.2倍。温暖地のヒートポンプ給湯は2.11円/MJと最も低い(2026年8月調査等の単価・当社モデル前提)。
- — LPガス-都市ガスの熱源費差は1室年16,500〜68,100円。大浴場なしのビジネスホテルが最小、2食付・大浴場の80室温泉旅館が最大で、浴場と厨房を抱える業態ほど差が開く。
- — 同じGOPを保つための必要ADR上乗せは1泊212〜255円(18道県・旅館、推定OCCは2026年7月)。売上比では静岡県1.22%〜徳島県3.40%と約2.8倍の開きがある。
- — 5年回収なら大浴場ありの100室で約1〜2km、温泉旅館で約1.4〜2.7kmまで本管延長を許容できる(延長単価1〜2万円/m・単純回収)。
- — 結論を最も動かすのはLPガスの調達単価。一般小売水準なら差額は1室年99,700円、3割5分引なら44,400円。三部料金での見積分解が比較の起点になる。
熱源は「選ぶもの」ではなく「土地に付いてくるもの」
日本ガス協会が2025年10月に経済産業省の審議会へ提出した資料によれば、国内の都市ガス事業者は189者(大手3者・準大手8者・中堅103者・中小75者)、メーターの取付数は3,167万個である。同資料は、都市ガス事業者の供給区域がある市区町村の人口と、供給区域がまったくない市区町村の人口を分けて示しており、後者は1,852万人。総人口1億2,614万人に対して約15%が「そもそも都市ガス事業者がいない市区町村」に住んでいる計算になる。しかも、この1,852万人は直近5年で5.5%減っており、都市ガスエリア(同期間で取付数+3.6%)とは逆方向に動いている。
ここで注意すべきは、「事業者がいる市区町村」であっても、その市区町村全域に導管が敷かれているわけではないという点である。都市ガスは需要密度のあるエリアにのみ供給される事業構造を持つため、同じ市の中でも中心市街地には本管があり、山側の温泉地や高原の別荘地には来ていない、という状況がごく普通に起こる。資源エネルギー庁が過去にまとめた「ガス事業の現状」では、国土面積(山林・原野を除く)のうち一般ガス事業の供給区域が占める比率は17.5%と記載されている(2013年時点の数値)。つまり面積ベースで見れば、日本の土地の大半は都市ガスが来ていない。
宿泊施設の用地として検討される土地は、まさにこの「需要密度が低いが観光資源がある」領域に多く分布する。だからこそ、熱源は設計の後工程で決める設備仕様ではなく、用地選定の段階で確認すべき立地条件になる。水道加入金など開業前のインフラ初期費用が自治体でどれだけ違うかは、ホテル開業前の水道加入金、自治体で最大511万円差で詳しく分析している。
同じ土俵で並べる — 有効熱単価は都市ガス3.07円/MJ、LPガス6.65円/MJ
熱源の比較で最初につまずくのは単位である。都市ガスは円/m³、LPガスも円/m³だが1m³あたりの熱量が倍以上違い、電気は円/kWh。さらにヒートポンプは投入した電力の数倍の熱を取り出すため、燃料単価をそのまま比べても意味がない。そこで、実際に湯に移る熱量1メガジュール(MJ)あたりのコスト=有効熱単価に揃えて比較する。
| 熱源 | 一次単価 | 熱量換算 | 機器効率 | 有効熱単価 |
|---|---|---|---|---|
| 都市ガス13A | 120円/m³(税込) | 45MJ/m³ | ボイラー87% | 3.07円/MJ |
| LPガス(業務用バルク想定) | 572.6円/m³(税込) | 99MJ/m³ | ボイラー87% | 6.65円/MJ |
| LPガス(一般小売価格水準) | 715.8円/m³(税込) | 99MJ/m³ | ボイラー87% | 8.31円/MJ |
| 電力+ヒートポンプ給湯(温暖地) | 22.78円/kWh | 3.6MJ/kWh | COP 3.0 | 2.11円/MJ |
| 電力+ヒートポンプ給湯(寒冷地・冬季) | 22.78円/kWh | 3.6MJ/kWh | COP 2.0 | 3.16円/MJ |
ここから3つの構造が読み取れる。第一に、LPガスの有効熱単価は都市ガスの約2.2倍である。これは商習慣や交渉の問題ではなく、供給コスト構造の違いに由来する差なので、交渉で埋まる幅には限りがある。第二に、温暖地のヒートポンプ給湯は都市ガスより安い(2.11円/MJ 対 3.07円/MJ)。第三に、寒冷地で冬季のCOPが2.0まで落ちると、ヒートポンプは都市ガスとほぼ並ぶ(3.16円/MJ)。高原・豪雪地の案件でオール電化を検討する場合、この気温依存性が採算の分かれ目になる。
初期費用の形が3択で違う — 導管負担金・無償貸与・受電容量
ランニングだけを見るとLPガスは不利に見えるが、初期費用の出方は3択でまったく異なる。ここを揃えずに比較すると判断を誤る。
都市ガス:本管までの距離が費用を決める
供給区域内で前面道路に本管が敷設済みであれば、敷地内の配管・メーター・機器接続が施主負担となり、本管からの取出しはガス事業者が負担するのが一般的である。問題は本管が来ていない場合で、本管の延長工事が必要になる。工事費の相場として、導管の延長は1mあたり1〜2万円程度という目安が民間の解説サイトで示されている。ガス事業者が負担する額には上限があり、それを超えた分は需要家負担になる。300mの延長なら300〜600万円、1kmなら1,000〜2,000万円のオーダーになる計算で、しかも事業者が延長自体を引き受けるかは需要量と採算の判断による。
LPガス:初期費用が見かけ上ゼロになる商慣行
LPガスは、バルク貯槽・気化器・供給配管といった供給設備を販売事業者が設置し、その費用をガス料金に上乗せして回収する商慣行が広く存在してきた。宿泊事業者から見れば初期費用が抑えられる一方、従量単価が高止まりし、契約期間の縛りや設備の残存価額の精算が生じる構造になる。つまり「初期費用ゼロ」は消えたのではなく、ランニングに移し替えられている。
この商慣行については、2024年4月に液化石油ガス法(液石法)施行規則が改正されている。資源エネルギー庁 資源・燃料部 燃料流通政策室の説明資料によれば、改正の柱は3つで、(1)過大な営業行為の制限と(3)LPガス料金等の情報提供が2024年7月2日施行、(2)三部料金制の徹底(設備費用の外出し表示・計上禁止)が2025年4月2日施行である。三部料金制とは、基本料金・従量料金・設備料金を分けて表示することを指し、LPガス消費と関係のない設備費用(電気エアコンやWi-Fi機器等)をガス料金に計上することは禁止された。さらに賃貸住宅向けのLPガス料金については、ガス器具等の消費設備費用も計上禁止となっている。
オール電化:受電容量と貯湯スペースが効く
業務用ヒートポンプ給湯機は、大気中の熱を汲み上げるため投入電力の2〜3倍以上の熱を取り出せる。導管もバルク貯槽も不要で、供給インフラの制約から解放されるのが最大の利点である。一方で、ヒートポンプ本体に加えて貯湯槽の設置スペースと、受電設備(キュービクル)の容量確保が必要になる。深夜電力で沸かして貯めるという運用上、ピーク需要が集中する大浴場を持つ施設では貯湯容量の設計が採算を左右する。また、厨房はヒートポンプでは賄えないため、電化厨房(IH)かガス厨房かの判断が別途必要になる。
| 項目 | 都市ガス | LPガス | オール電化 |
|---|---|---|---|
| 初期費用の主な内訳 | 本管延長・引込・敷地内配管・機器 | バルク貯槽・気化器・供給配管・機器 | ヒートポンプ・貯湯槽・受電容量増強 |
| 初期費用の負担者 | 施主(事業者負担上限超過分) | 販売事業者の無償貸与が広く存在 | 施主 |
| 立地の制約 | 供給区域と本管位置に強く依存 | バルク設置スペースと搬入路 | 受電容量・屋外機設置スペース |
| ランニングの水準 | 低い(3.07円/MJ) | 高い(6.65円/MJ) | 気候次第(2.11〜3.16円/MJ) |
| 契約の自由度 | 小売全面自由化で選択可 | 設備貸与に伴う期間の縛りが生じ得る | 小売全面自由化で選択可 |
| 厨房への適性 | 高い | 高い | 電化厨房の別途検討が必要 |
| 用地選定での確認事項 | 供給区域図と前面道路の本管位置 | 三部料金制での見積分解 | 電力会社への受電容量事前協議 |
3モデルで試算 — 大浴場を持つ宿ほど差が開く
熱需要の大きさが違えば、単価差が生む金額差も比例して変わる。給湯と厨房に絞って3つのモデルを置き、年間エネルギー費を1室あたりで比較した。
| モデル | 熱需要 | 都市ガス | LPガス(バルク) | LPガス(一般小売水準) | オール電化 | LP-都市ガス |
|---|---|---|---|---|---|---|
| A. 100室ビジネス(大浴場なし) | 4.6GJ/室年 | 14,100円 | 30,600円 | 38,200円 | 9,700円 | +16,500円 |
| B. 100室ビジネス(大浴場あり) | 11.0GJ/室年 | 33,700円 | 73,100円 | 91,400円 | 23,200円 | +39,400円 |
| C. 80室温泉旅館(2食付・大浴場) | 19.0GJ/室年 | 58,200円 | 126,300円 | 157,900円 | 60,100円 | +68,100円 |
大浴場の有無で差は2.4倍に開く。モデルAの都市ガスとLPガスの差は1室年16,500円だが、大浴場を加えたモデルBでは39,400円、2食付の温泉旅館であるモデルCでは68,100円になる。施設全体では、モデルBが年394万円、モデルCが年545万円の差である。浴場と厨房を抱える業態ほど、用地の熱源インフラが損益に直結するという構造がここに表れている。冬季の暖房を含めた旅館の熱源費の水準については、旅館の冬の熱源費は1室あたり月1.5万円も参考になる。
もう一点、モデルCでオール電化(60,100円)が都市ガス(58,200円)をわずかに上回っている点は見落とせない。寒冷地で冬季のCOPが2.0まで落ちる前提を置いたためで、温暖地のCOP3.0を適用すれば40,100円となり都市ガスを3割下回る。高原・豪雪地の案件では、年間平均COPをメーカーの実測条件で確認したうえで試算し直す必要がある。
売上に占める比率はエリアで4倍違う — 単価の低い温泉地ほど効く
ここから当社データに接続する。同じ68,100円という熱源費の差でも、その施設が1室あたりどれだけの売上を上げているかで意味が変わる。推定成約ADRと推定OCCから1室あたり年間客室売上を求め、モデルC(80室温泉旅館)の熱源費差が売上の何%にあたるかを18道県で算出した。
| 都道府県 | 旅館ADR(推定成約) | 対象施設数 | 推定OCC | 1室年客室売上 | 熱源費差の売上比 | 必要ADR上乗せ |
|---|
最も比率が高いのは徳島県の3.40%、次いで宮崎県3.08%、岩手県2.79%。逆に静岡県は1.22%、大分県1.33%、栃木県1.37%と低い。差額そのものは同じでも、旅館ADRが7,000円台の県と19,000円台の県では、熱源選択が損益に与えるインパクトが約2.8倍違う。単価の高い温泉地では熱源費の差を価格で吸収する余地があるが、単価の低いエリアでは吸収余地が小さい。用地選定の段階で「このエリアで成立するADR水準」と「熱源インフラ」をセットで見る必要があるのは、この非対称性があるからである。
興味深いのは、同じGOPを維持するために必要なADRの上乗せ額そのものは、18道県すべてで1泊212〜255円のレンジに収まる点である。これは熱源費差を年間の販売室数(OCC×365)で割った値なので、稼働率の違いだけが効く。つまり「LPガス立地なら1泊250円を価格に織り込めるか」という単純な問いに落とせる。ADR19,000円台の静岡県ではこれは1.2%の値上げに相当するが、ADR11,000円台のエリアでは2%を超える値上げを意味する。
地図上で上乗せ率が高く出るのは大崎市(宮城県・鳴子温泉郷/2.12%)、白馬村(長野県/2.03%)、軽井沢町(長野県/1.77%)、仙北市(秋田県・田沢湖高原/1.74%)。いずれも高原・豪雪地に位置し、ヒートポンプのCOP低下という第二の制約も同時に受けるエリアである(積雪地の運営コストと冬季の収益機会の関係は雪はコストか資産か — 立地評価の第5軸を参照)。一方、南小国町(熊本県・黒川温泉/0.79%)、熱海市(静岡県/0.87%)、箱根町(神奈川県/0.93%)は単価が高く、熱源費差を吸収する余地が相対的に大きい。
意思決定ルール — 5年回収で許容できる本管延長距離
用地に本管が来ていない場合、「延長工事費を払ってでも都市ガスを引くべきか」という判断になる。これは年間の熱源費差と延長工事費の単純な回収計算に落とせる。都市ガスとLPガス(バルク)の年間差額を、延長工事の単価で割ったものが許容距離である。
| モデル | LP-都市ガス 年差額(施設全体) | 5年回収・1万円/m | 5年回収・2万円/m | 10年回収・1万円/m | 10年回収・2万円/m |
|---|---|---|---|---|---|
| A. 100室ビジネス(大浴場なし) | 165万円 | 824m | 412m | 1,648m | 824m |
| B. 100室ビジネス(大浴場あり) | 394万円 | 1,970m | 985m | 3,940m | 1,970m |
| C. 80室温泉旅館(2食付・大浴場) | 545万円 | 2,722m | 1,361m | 5,445m | 2,722m |
判定1 大浴場なし・小規模
熱需要が小さいため、本管が数百m先にあるだけで引込投資は5年では回収しきれない。LPガスかオール電化を前提に計画を組み、浮いた投資余力を客室仕様に回す選択が合理的になりやすい。
判定2 大浴場あり・100室級
年394万円の差が出るため、1km前後までなら引込投資が5年で回収できる計算になる。用地選定の段階で本管位置を確認し、2〜3候補地の比較材料に加える価値が大きい。
判定3 温泉旅館・2食付
年545万円の差で、5年回収でも1.4〜2.7kmの延長を許容できる。ただし寒冷地ではヒートポンプが都市ガスと拮抗するため、電化を含めた3択比較が必要になる。
もっとも、この計算は延長工事をガス事業者が引き受けることを前提にしている。需要密度の低いエリアでは、費用を全額負担すると申し出ても本管延長が実現しない場合がある。「払えば引ける」とは限らないという点は、用地取得前の事前協議で必ず詰めておきたい。
感度分析 — どの前提が結論を動かすか
本試算は複数のモデル前提を積み上げているため、どの前提が結論を左右するかを明示しておく。モデルC(80室温泉旅館)を基準に、主要パラメータを振った結果が下表である。
| 振る前提 | ベースケース | 変動ケース | LP-都市ガス 差額(1室年) | 必要ADR上乗せ |
|---|---|---|---|---|
| — | ベースケース(熱需要19.0GJ/室年、LPバルク2割引、都市ガス120円/m³) | 68,100円 | ¥212〜255 | |
| 熱需要 | 19.0GJ/室年 | 13.3GJ/室年(▲30%) | 47,700円 | ¥148〜179 |
| 熱需要 | 19.0GJ/室年 | 24.7GJ/室年(+30%) | 88,500円 | ¥276〜332 |
| LPガス単価 | バルク2割引 | 一般小売価格水準 | 99,700円 | ¥311〜374 |
| LPガス単価 | バルク2割引 | バルク3割5分引 | 44,400円 | ¥138〜167 |
| 都市ガス単価 | 120円/m³ | 130.46円/m³(一般料金水準) | 63,000円 | ¥196〜236 |
2軸感度 — LPガス調達単価×熱需要(モデルC・1室年の差額)
| 熱需要(GJ/室年) | 一般小売水準(715.8円/m³) | 1割引 | 2割引(ベース) | 3割引 | 3割5分引 |
|---|---|---|---|---|---|
| 13.3(▲30%) | 69,800円 | 58,700円 | 47,700円 | 36,600円 | 31,100円 |
| 16.2(▲15%) | 85,000円 | 71,500円 | 58,100円 | 44,600円 | 37,900円 |
| 19.0(ベース) | 99,700円 | 83,900円 | 68,100円 | 52,300円 | 44,400円 |
| 21.9(+15%) | 114,900円 | 96,700円 | 78,500円 | 60,300円 | 51,200円 |
| 24.7(+30%) | 129,600円 | 109,000円 | 88,500円 | 68,000円 | 57,700円 |
2軸で見ると、熱需要が3割小さい宿でも一般小売水準のまま契約すれば差額は1室年69,800円となり、ベースケース(68,100円)とほぼ並ぶ。逆に熱需要が3割大きい宿でも3割5分引を確保できれば57,700円に収まる。湯量の設計と調達条件は、ほぼ同じ重みで効くという関係である。
結論を最も大きく動かすのはLPガスの調達単価である。一般小売価格水準のまま契約すれば差額は1室年99,700円まで開き、逆に3割5分引の条件を確保できれば44,400円まで縮む。前節で触れた三部料金制の徹底は、まさにこの調達単価の透明性を高める方向の制度変更であり、事業者にとっては見積比較の道具が増えたことを意味する。次に効くのが熱需要の絶対値で、大浴場の湯量・入替頻度・循環加温の設計が±30%動けば差額も比例して動く。逆に都市ガス側の単価前提は結論への影響が相対的に小さい。
本試算の限界:本稿は給湯と厨房に絞ったモデル試算であり、空調・暖房は含まない。寒冷地の暖房負荷を加えれば熱源選択の影響はさらに大きくなる可能性がある。また、熱需要の絶対値・機器効率・バルク割引率は当社のモデル前提であり、実際の設計条件とベンダー見積によって変動する。本稿の目的は熱源3択の単価差が1室あたりいくらの差として現れるかの構造を示すことにあり、個別案件の投資判断には詳細なフィージビリティ・スタディが必要である。
まとめ — 用地チェックリストに1行足す
熱源3択の比較から得られる実務上の要点は次の通りである。
| 確認項目 | いつ確認するか | 判断への効き方 |
|---|---|---|
| 都市ガス供給区域の内外 | 用地の絞り込み時 | 区域外なら選択肢はLPガスか電化に限定される |
| 前面道路の本管位置と延長距離 | 用地取得の意向表明前 | 延長距離×1〜2万円/mが引込投資。大浴場ありなら1km前後まで5年回収圏 |
| ガス事業者が延長を引き受けるか | 用地取得前の事前協議 | 費用負担の意思があっても実現しない場合がある |
| LPガス見積の三部料金分解 | 供給事業者の選定時 | 調達単価が結論を最も大きく動かす。基本料金・従量料金・設備料金に分けて比較 |
| ヒートポンプの年間平均COP | 基本設計時 | 寒冷地は都市ガスと拮抗。メーカー実測条件での確認が必要 |
| 受電容量と貯湯スペース | 基本設計時 | 電化を選ぶ場合の制約。電力会社との事前協議が要る |
都市ガスが来ていない土地に宿を建てること自体は、なんら問題のある選択ではない。日本の国土の大半は都市ガスの供給区域外にあり、魅力的な温泉地や高原の用地はむしろその外側に多く分布している。重要なのは、その条件を織り込んだうえで熱源を設計し、必要な価格水準を事業計画に反映することである。1泊250円という数字は、用地選定の段階なら十分に織り込める大きさだが、開業後に気づいて値上げで回収しようとすると難度が跳ね上がる。用地チェックリストに「都市ガス供給区域図の確認」という1行を加えるだけで、この判断の多くは前倒しできる。
また、LPガス立地であっても、業務用ヒートポンプ給湯機との併用で給湯部分だけを電化し、厨房のみLPガスとする構成は、温暖地であれば有効な選択肢になる。モデルBの温暖地条件では、オール電化(23,200円)はLPガス(73,100円)の3分の1、都市ガス(33,700円)よりも3割安い。熱源は3択のいずれかを選ぶ二者択一ではなく、用途別に組み合わせる設計問題として捉えたほうが、収益機会は広がる。
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参考資料・出典一覧
■ データソース
推定成約ADR(旅館カテゴリ、18道県・温泉地16市町村、2025年8月〜2026年8月の確定13ヶ月の中央値)と推定OCC(2026年7月、OTA掲載在庫ベース)はメトロエンジンリサーチ&コンサルティング。エネルギー単価は石油情報センター(LPガス、2026年8月調査)、東京ガス「ガス一般料金」、新電力ネット(高圧、2026年5月)。都市ガスの供給状況は日本ガス協会(2025年10月)と資源エネルギー庁の公表資料による。
■ 試算前提
都市ガス120円/m³・45MJ/m³、LPガス(業務用バルク)572.6円/m³(一般小売価格の2割引)・99MJ/m³、ガスボイラー効率87%、電力22.78円/kWh・ヒートポンプCOP 3.0(温暖地)/2.0(寒冷地)。給湯+厨房の熱需要はモデルA 4.6、B 11.0、C 19.0GJ/室年。1室年客室売上=ADR×OCC×365、必要ADR上乗せ=熱源費差÷(OCC×365)。本管延長の許容距離は延長単価1〜2万円/mでの単純回収(金利・割引率は考慮しない)。
■ 限界・留意点
空調・暖房は試算に含まない。熱需要・機器効率・バルク割引率は当社モデル前提で、実際の設計条件とベンダー見積によって変動する。ADR・OCCはOTA公開情報に基づく推定値で、各施設の実績値とは異なる。図4は各エリアの都市ガス供給区域の有無を示すものではなく、供給区域・本管位置・ガス事業者の費用負担上限や延長引受の可否は個別照会が必要である。
■ 市場データ
- メトロエンジンリサーチ&コンサルティング — 推定成約ADR(都道府県別・市区町村別/旅館カテゴリ、2025年8月〜2026年8月の確定13ヶ月)、推定OCC(都道府県別・2026年7月、OTA掲載在庫ベース)
■ 都市ガス・LPガスの供給統計
- 日本ガス協会「都市ガス(導管)事業の現況と課題について」(2025年10月23日、経済産業省 次世代ガス事業基盤ワーキンググループ 資料3) — 都市ガス事業者189者、メーター取付数3,167万個、供給区域のある市区町村人口
- 資源エネルギー庁「ガス事業の現状」 — 国土面積(山林・原野を除く)に占める供給区域の比率17.5%(2013年時点)
- 資源エネルギー庁「ガス事業生産動態統計調査」
- 日本LPガス協会「LPガス都道府県別販売量」(2026年4〜6月)
■ エネルギー単価・制度
- 日本エネルギー経済研究所 石油情報センター「一般小売価格 LP(プロパン)ガス」(2026年8月31日調査) — 九州及び沖縄地区平均 50m³使用時35,790円(税込)/全国平均37,365円(税込)
- 東京ガス「ガス一般料金」 — 単位料金130.46円/m³(料金表B・東京地区等)
- 新電力ネット「法人・家庭の電気料金の平均単価の推移」(2026年5月) — 高圧22.78円/kWh(消費税・再生可能エネルギー発電促進賦課金を含まない)。原データは電力・ガス取引監視等委員会「電力取引の状況(電力取引報結果)」等
- 東京電力エナジーパートナー「電気料金単価表(特別高圧・高圧)」(2025年4月1日実施)
- 資源エネルギー庁 資源・燃料部 燃料流通政策室「LPガスの取引適正化に向けた制度改正の内容」(2024年7月) — 過大な営業行為の制限・LPガス料金等の情報提供は2024年7月2日施行、三部料金制の徹底は2025年4月2日施行
■ 熱需要・省エネの基礎データ
- 建築研究所「省エネ基準 算定判断の方法(非住宅建築物)第四章 給湯設備」 — ホテル等・客室のシャワー用途 79L/人(10.5分/人×10L/分×同時使用率0.75)
- 省エネルギーセンター「ホテルの省エネルギー対策」(資源エネルギー庁 委託「業務用ビルの省エネルギー対策推進事業」) — エネルギー消費原単位2,772MJ/m²・年、用途別内訳(給湯9.9%等)
- 資源エネルギー庁「ベンチマーク制度(ホテル業)」
