宿泊旅行統計調査とは、観光庁が全国の宿泊施設を対象に毎月実施・公表している宿泊需要の基幹統計である。その2026年4月末公表分によると、2026年3月の延べ宿泊者数は5,546万人泊(前年同月比-0.1%)と、ほぼ横ばいで着地した。内訳を見ると、日本人が4,039万人泊(同-0.7%)と弱含む一方、外国人は1,508万人泊(同+1.8%)とプラスに転じた。長く全体を押し下げてきた外国人宿泊が底を打ち、反転の兆しを見せた春である。本稿では、この外国人宿泊の底入れと、メトロエンジンリサーチが収集する都道府県別のOTA公開価格(ADR)の動きがどう連動しているのかを読み解く。
本記事における指標の定義
- 延べ宿泊者数:観光庁「宿泊旅行統計調査」が集計する、宿泊した人数に宿泊日数を乗じた人泊数。本稿では2026年3月・第1次速報値を用いる。
- ADR(平均客室単価):OTA等で公開されている販売価格の平均値。実際の成約価格とは異なります(REIT開示データとの照合では、成約ADRより平均+25〜30%高い傾向。売れ残った高価格帯プランがOTA上に残り続けるため、公開価格の平均が成約価格より上振れする構造による)。2名1室利用時の1室あたり料金(税込)・全プラン平均(素泊まり〜食事付きプランを含む)。
- データ出典:観光庁「宿泊旅行統計調査」/メトロエンジンリサーチ
- — 2026年3月の延べ宿泊者数は5,546万人泊(前年同月比-0.1%)とほぼ横ばいだが、外国人は1,508万人泊(+1.8%)と約10ヶ月ぶりにプラス転換し、底入れ反転を示した。
- — 反転の中身は「中国一本足」から「多市場分散」への移行。中国の落ち込みを台湾・韓国・香港と欧米ショートステイ客が数量で補完した。
- — 都道府県別の公開価格ADRは全6府県でプラス。京都¥46,400(+18.4%)を筆頭に東京¥36,400(+10.0%)・大阪¥24,800(+9.6%)と、訪日集中度がADR上昇率の濃淡として可視化された。
- — 主要6府県の加重平均ADRは2024年3月¥29,400→2026年3月約¥33,200(+11%水準)へ。季節パターンを保ちつつ天井・底がともに切り上がった。
- — REIT成約ベースでも上昇基調。JHR(8985)2026年4月はADR¥21,100(+4.6%)・RevPAR¥18,100(+4.1%)と公開価格・成約価格・入国データが揃ってプラス方向。
宿泊旅行統計調査とは — 観光庁の宿泊統計の基礎知識
宿泊旅行統計調査は、観光庁が全国のホテル・旅館・簡易宿所などの宿泊施設を対象に毎月実施している、宿泊に関する政府統計である。延べ宿泊者数・実宿泊者数・客室稼働率のほか、外国人延べ宿泊者数を国籍(出身地)別に集計しており、日本の宿泊需要の量を測る一次データとして、観光政策からホテルの運営・投資実務まで幅広く参照されている。観光庁の公表ページでは、確定値のデータが2007年分から掲載されている。
公表サイクルは毎月末が基本で、「前月分の第1次速報」と「前々月分の第2次速報」が同時に公表され、その後、調査票の回収が進んだ段階で確定値へと順次改定される。たとえば2026年8月31日には「2026年7月・第1次速報」と「2026年6月・第2次速報」が公表された。速報値は後の公表で改定され得るため、単月の速報は「方向性のシグナル」として読み、水準の確定は第2次速報・確定値で確認するのが実務的な使い方である。
宿泊旅行統計調査の主な指標と見方
- 延べ宿泊者数(人泊):宿泊した人数に宿泊数を乗じた値。2人が2泊すれば延べ4人泊。需要の「量」を表す中心指標。
- 実宿泊者数:実際に宿泊した人数。同じ例なら実2人。滞在長期化の影響を除いた「人数」を見る指標。
- 客室稼働率:販売可能な客室のうち実際に販売された割合。施設タイプ別(ビジネスホテル・シティホテル・旅館等)にも公表される。
- 外国人延べ宿泊者数:国籍(出身地)別に集計され、インバウンド需要の市場構成を把握できる。
- 速報の段階:第1次速報 → 第2次速報 → 確定値の順に精度が上がる。前年同月比は同じ段階同士で比べるのが原則。
出典:観光庁「宿泊旅行統計調査」公表資料よりホテルバンク編集部整理
なお、2026年1月調査分からは、宿泊施設を分類する層化基準が従来の「従業者数」から「客室数」へと改定されており、2026年分の前年同月比には手法改定の影響が含まれ得る(詳細は後述の注記を参照)。以下では、この統計の2026年3月分(第1次速報)が示した外国人宿泊の底入れ反転と、都道府県別ADRとの連動を読み解いていく。
外国人宿泊が10ヶ月ぶりにプラス転換 — 5,546万人泊の内訳
2026年3月の延べ宿泊者数5,546万人泊は、前年同月比でわずか-0.1%と、統計上はほぼ前年並みである。ただし、この「横ばい」の内側では明確な構造変化が起きている。日本人宿泊が前年同月比-0.7%と15ヶ月連続のマイナスで全体を押し下げる一方、外国人宿泊が+1.8%と反転し、全体のマイナス幅を埋め合わせる構図となった。
外国人宿泊が全体に与えた寄与度は3月に+0.47ポイントへと転じており、これは外国人が長く続いた減少局面から抜け出し、再び全体の下支え役に回り始めたことを示している。なぜなら、訪日外客数自体も3月は前年同月比+3.5%と2ヶ月連続の増加を記録しており、宿泊統計の反転は単月の振れではなく、入国側のデータとも整合しているからである。つまり、2026年春は外国人宿泊の「底入れ」を複数のデータが同時に示した節目といえる。
出典:観光庁「宿泊旅行統計調査」(2026年3月・第1次速報)よりホテルバンク編集部作成
底入れの中身 — 中国の落ち込みを台湾・韓国・欧米が補う
外国人宿泊の反転は、全市場が一様に伸びた結果ではない。最大の逆風は中国であり、3月の訪日中国人は前年同月比で大きく落ち込んだ。それにもかかわらず外国人宿泊全体がプラスを確保できたのは、台湾・韓国・香港といった近隣市場が数量で補完し、加えて欧米からの「ショートステイ」客が継続的に増えているためである。
この構図は、宿泊需要の地域分散とも結びつく。欧米客は滞在日数が長く、都市部に加えて地方周遊にも足を伸ばす傾向がある。一方で近隣アジア客はリピート率が高く、ゴールデンルートに偏らない再訪需要を生む。一極依存からの脱却が進むことは、特定市場の変動に対する宿泊市場全体の耐性を高める方向に働く。前向きに捉えれば、2026年春の底入れは「中国一本足」から「多市場分散」への移行が需要側で確認された局面と読める。こうした「中国の穴」を埋める東南アジア需要の地方波及については、ASEAN5訪日成長率と地方分散で都道府県別ADRと併せて詳しく分析している。
出典:観光庁「宿泊旅行統計調査」「訪日外客統計」よりホテルバンク編集部作成。市場別の方向性は2026年3月の傾向を示す
YoY比較の前に — 2026年1月施行の客室数基準改定に注意
ここで、2026年の宿泊統計を前年と比べる際の重要な注記を挟みたい。観光庁は2026年1月施行分から、宿泊施設を分類する際の層化変数を「従業者数」から「客室数」へと改定した。背景には、フロント無人化や省人化施設の普及により、従業者数を基準とした分類が実態と乖離してきたことがある。
この改定により、簡易宿所や小規模な旅館といった小規模施設の捕捉精度が高まる見込みである。一方で、集計設計の変更は2021年以来の大きな見直しであり、2026年1月以降の前年同月比・前月比には改定の影響が混在し得る。したがって、本稿で示す外国人+1.8%・日本人-0.7%といったYoYの値は、純粋な需要変動に加えて統計手法の改定要因をある程度含む可能性がある点に留意が必要である。数字を「方向性のシグナル」として読み、絶対値の精緻な解釈は次次速報以降の確報で補正する姿勢が望ましい。
都道府県別ADRは外国人需要の地図を映す
外国人宿泊の底入れは、価格データにどう表れているか。メトロエンジンリサーチによると、主要6都道府県の2026年3月のADR(公開価格・2名1室・税込)はいずれも前年同月比でプラスを維持しており、外国人需要の強さがそのまま価格の地域差として表れている。なかでも京都府は¥46,400(前年同月比+18.4%、N=1,550施設)と突出し、東京都¥36,400(同+10.0%、N=1,640施設)、大阪府¥24,800(同+9.6%、N=873施設)が続いた。
注目すべきは、ADRの伸び率の順序が、訪日客の集中度とおおむね重なる点である。京都・東京・大阪というインバウンドのゴールデンルート中核では二桁の上昇が並び、地方分散の受け皿となる北海道(同+9.0%)・沖縄県(同+7.8%)がそれに続く。一方、近隣アジアのビジネス・周遊需要が主体の福岡県は+3.2%とやや穏やかで、中国客の落ち込みの影響を相対的に受けやすい市場特性が価格の伸びにも反映されていると考えられる。つまり、外国人宿泊の底入れは全国一律ではなく、市場構成の違いを通じて都道府県別ADRの濃淡として可視化されている。非中国市場が地方ADRを押し上げる構図については、欧州インバウンドが押し上げる地方ADRが9市場の過去最高更新を起点に背景を掘り下げている。
出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部より作成(2026年3月、N=各都道府県の施設数を併記)
| 都道府県 | ADR(2026年3月) | 前年同月比 | 施設数(N) |
|---|---|---|---|
| 京都府 | ¥46,400 | +18.4% | 1,550 |
| 東京都 | ¥36,400 | +10.0% | 1,640 |
| 大阪府 | ¥24,800 | +9.6% | 873 |
| 北海道 | ¥30,000 | +9.0% | 1,476 |
| 沖縄県 | ¥26,800 | +7.8% | 1,696 |
| 福岡県 | ¥29,000 | +3.2% | 712 |
出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部より作成(価格は2名1室・税込・全プラン平均)
ADRは季節を超えて切り上がる — 主要6都市の単価推移
都道府県別ADRの上昇は単月の現象ではない。主要6都道府県を施設数で加重した平均ADRを年別に重ねると、価格の水準そのものが年を追うごとに切り上がっていることが分かる。2024年3月は約¥29,400、2025年3月は約¥29,900だったのに対し、2026年3月は約¥33,200と、前年同月比でおよそ+11%の水準にある。季節パターン(春・夏・秋の繁忙)は維持されつつ、各月の天井と底が同時に押し上げられている点が特徴的である。
この継続的な切り上がりは、外国人需要の底入れが価格の下支えとして機能していることの裏返しといえる。日本人需要が弱含むなかでも公開価格が崩れていないのは、外国人の再来が高価格帯プランの消化を支え、価格レンジ全体を底上げしているためと考えられる。前向きに見れば、需要の多市場分散が進むほど、特定市場の変動に対してADRの下振れ耐性が高まる構造が形成されつつある(高単価・長期滞在の近隣市場が京都・北海道・沖縄のADRをどう押し上げるかは、シンガポール訪日2026夏も参考になる)。
出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部より作成(主要6都道府県を施設数で加重した平均ADR)
REITの成約ADRも上昇基調 — 公開価格との整合
公開価格(OTA)だけでなく、実際の成約ベースでも単価上昇が確認できる。インバウンド比率の高い都市型ホテルを多く保有するジャパン・ホテル・リート投資法人(8985)の2026年4月の運営実績は、ADRが¥21,100(前年同月比+4.6%)、RevPARが¥18,100(同+4.1%)と、稼働率がほぼ横ばい(OCC 85.8%)のなかで単価主導の成長を示した。
ここで留意したいのは、OTAの公開価格ADRはあくまで販売中の価格の平均であり、成約価格とは性質が異なる点である(公開価格は成約ベースより平均で+25〜30%高い傾向)。したがって両者の絶対値ではなく、前年同月比の方向性を比べることに意味がある。公開価格・成約価格のいずれもプラス基調で揃っているという事実は、2026年春の単価上昇が一過性の見せ価格ではなく、実需に裏打ちされた切り上がりであることを補強している。
REIT指標について:本稿で用いるREITのADR・RevPARは各社の月次運営実績(公式開示)に基づく成約ベースの値であり、OTAの公開価格ADRとは集計対象が異なります。比較は絶対値ではなく前年同月比の方向性で行っています。
まとめ — 底入れ後の春をどう活かすか
2026年3月の宿泊統計は、表面上は「ほぼ前年並み」でありながら、外国人宿泊の底入れ反転という構造的な転換点を内包していた。中国の落ち込みを台湾・韓国・欧米が補い、需要の多市場分散が進んだことで、宿泊市場全体の耐性は高まりつつある。この需要の地図は、京都・東京・大阪を中心とする都道府県別ADRの二桁上昇として価格データにも明確に映し出されている。
もっとも、2026年1月施行の客室数基準改定により、YoY比較には統計手法の改定要因が混在し得る。数字は方向性のシグナルとして読み、確報での補正を待つ姿勢が賢明である。それでも、公開価格・成約価格・入国データが揃ってプラスを指している事実は、2026年春が単なる横ばいではなく、反転の起点であった可能性を強く示している。底入れ後の需要をどの市場・どのエリアで取り込むかが、この先の単価成長を左右する。多市場分散という追い風を、エリア特性に応じた価格戦略へと結びつけることに、前向きな成長機会がある。
【最新公表】2026年7月・第1次速報 — 底入れ後の夏は再び弱含み
本稿の分析対象である2026年春以降も、宿泊旅行統計調査の公表は毎月続いている。2026年8月31日公表の最新値によると、2026年7月(第1次速報)の延べ宿泊者数は5,467万人泊(前年同月比-3.5%)で、内訳は日本人4,110万人泊(同-3.1%)・外国人1,358万人泊(同-4.6%)、客室稼働率は60.8%だった。2026年6月(第2次速報)は延べ4,582万人泊(同-8.4%)・外国人1,222万人泊(同-14.0%)であり、3月に+1.8%と底入れ反転を見せた外国人宿泊は、初夏にかけて再び前年割れで推移している。
| 対象月(速報段階) | 延べ宿泊者数 | うち外国人 | 客室稼働率 |
|---|---|---|---|
| 2026年6月(第2次速報) | 4,582万人泊(-8.4%) | 1,222万人泊(-14.0%) | 57.2% |
| 2026年7月(第1次速報) | 5,467万人泊(-3.5%) | 1,358万人泊(-4.6%) | 60.8% |
出典:観光庁「宿泊旅行統計調査(2026年6月・第2次速報、2026年7月・第1次速報)」よりホテルバンク編集部作成。カッコ内は前年同月比
市場別に見ると、2026年6月(第2次速報)の国籍別延べ宿泊者数は台湾が1位で、米国・韓国・中国・香港が続いた。香港が前年同月比+20.7%と伸びる一方、中国は同-50.9%と大幅な落ち込みが続いており、本稿が春時点で指摘した「中国の落ち込みを台湾・韓国・欧米が補う」構図は夏場も維持されている。中国減の規模が大きい月は外国人全体がマイナスに沈む一方、台湾・米国・香港など非中国市場の積み上げが下値を支えるという多市場分散への移行過程は、むしろ鮮明になったといえる。なお、2026年分の前年同月比には前述の層化基準改定(従業者数→客室数)の影響が含まれ得る点は、最新値を読む際も共通の留意点である。
よくある質問(FAQ) — 宿泊旅行統計調査の読み方
Q. 宿泊旅行統計調査の公表はいつですか?
A. 毎月末を目安に、観光庁が「前月分の第1次速報」と「前々月分の第2次速報」を同時に公表します。直近では2026年8月31日に「2026年7月・第1次速報」と「2026年6月・第2次速報」が公表されました。速報値はその後の公表で確定値へと改定されます。
Q. 延べ宿泊者数と実宿泊者数の違いは何ですか?
A. 延べ宿泊者数は「宿泊した人数×宿泊数」の人泊ベースの指標で、2人が2泊すれば延べ4人泊と数えます。実宿泊者数は実際に宿泊した人数(同じ例なら2人)です。滞在の長期化が進むと、実宿泊者数が横ばいでも延べ宿泊者数は増えます。
Q. 第1次速報・第2次速報・確定値はどう違いますか?
A. 調査票の回収の進み具合による公表段階の違いです。第1次速報→第2次速報→確定値の順に集計精度が上がり、数値は改定されます。前年同月比を見る際は、同じ速報段階同士で比較するのが原則です。
Q. 訪日外客数(JNTO)とはどう違いますか?
A. 訪日外客数は日本に入国した外国人の「人数」を数える統計であるのに対し、宿泊旅行統計調査の外国人延べ宿泊者数は国内での「宿泊量(人泊)」を測る統計です。入国が増えても滞在が短ければ人泊は伸びにくいなど、両者は補完的な関係にあります。本稿のように価格(ADR)と重ねる際は、需要の量を直接表す人泊ベースの本統計が適しています。
あわせて読みたい
参考資料・出典一覧
- 観光庁「宿泊旅行統計調査(2026年2月・第2次速報、2026年3月・第1次速報)」(2026年4月30日)
- 観光庁 宿泊旅行統計調査 報道発表資料(PDF)
- 観光庁「宿泊旅行統計調査(2026年1月・第1次速報、客室数基準への改定について)」
- 観光庁「宿泊旅行統計調査(2026年6月・第2次速報、2026年7月・第1次速報)」(2026年8月31日)
- 観光庁「宿泊旅行統計調査」トップページ
- メトロエンジンリサーチ — 都道府県別OTA公開価格データ(ADR、2024年1月〜2026年3月、N=各都道府県の施設数を本文・表に併記)
- 各社REIT月次運営データ — ジャパン・ホテル・リート投資法人(8985)2026年4月運営実績
