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最低賃金2026で人件費は1室年9,600円増 — 旅館は2.3倍、必要ADR転嫁率を47都道府県で試算

投稿日 : 2026.09.09

指定なし

投資・開発

最低賃金2026で人件費は1室年9,600円増 — 旅館は2.3倍、必要ADR転嫁率を47都道府県で試算

ホテル・旅館の損益計算書で最大の費目は人件費である。そして2026年10月以降、その最大費目の下限が全国一斉に引き上がる。2026年7月28日の中央最低賃金審議会答申は、Aランク54円・Bランク56円・Cランク56円の目安を示し、目安どおりに改定された場合の全国加重平均は1,176円(前年度比+55円・+4.9%)となる。2026年9月2日時点で46都道府県の地方答申が出そろい、残るのは沖縄県のみ。発効日は10月1日から12月1日まで幅広く分散している。

本稿では、この改定が「1室あたり年いくら」「1泊あたり何円」に相当し、それを吸収するには客室単価を何%動かせばよいのかを、150室の宿泊特化型ビジネスホテルと80室の温泉旅館という2つのモデル施設から積み上げで逆算する。前提はすべて開示し、最も効く変数である「最低賃金近傍で働く労働時間の比率」については30%・50%・70%の感応度を示す。HotelBankのコスト構造シリーズの一編として、上下水道・電気ガス・保有税・保険に続き、最後に残った最大費目を定量化する。

本記事における指標の定義

  • ADR(平均客室単価):各施設がOTA上で公開する最安プラン水準(2名1室利用時・1室あたり料金・税込)に業態別の補正係数を適用して算出した推定成約単価(税抜相当)。上場ホテルREITが開示する物件別実績との照合(91施設・直近3ヶ月間)で誤差中央値は約7%。推定値であり、各施設の実際の成約価格・会計数値とは異なります。エリア単位のADRは対象施設の中央値(エリアの標準的な施設の水準)で、本稿では2025年9月〜2026年8月の12ヶ月平均を用いています。
  • OCC(稼働率):エリア内の総客室数に対する販売済み客室数の割合(OTA販売在庫に基づく推定値)。本稿の都道府県別稼働率は2026年6〜8月の平均であり、OTA上で販売される在庫の消化状況に基づく推定値です。施設全体の実稼働率とは異なります。
  • モデル試算の年間販売室数:観光庁「宿泊旅行統計調査」2025年・年間値(速報値)の施設タイプ別客室稼働率(ビジネスホテル75.3%、旅館38.4%)を用いて算出しています。上記のOCCとは出所・定義が異なる別系列です。
  • 必要ADR転嫁率:最低賃金の引上額(円/時)×1室1泊あたりの労働投入時間×最低賃金近傍比率×法定福利費等係数 ÷ 推定成約ADR。労働投入時間はモデル施設の前提であり、実際の投入は施設ごとに大きく異なります。
  • データ出典:最低賃金は厚生労働省・中央最低賃金審議会および各都道府県労働局の公表値。客室単価・稼働率はメトロエンジンリサーチ&コンサルティング。
全国加重平均
1,176円
+55円・+4.9%
答申確定
46/47
沖縄のみ答申待ち
150室ビジホ
9,600円
1室あたり年間増
80室温泉旅館
22,300円
1室あたり年間増
必要ADR転嫁率
0.50% / 1.22%
中央値・ビジホ/旅館

Key Takeaways

  • 1室あたり年9,600円(ビジネスホテル)/22,300円(温泉旅館) — 全国加重平均+55円、最低賃金近傍比率50%、法定福利費等15%上乗せの前提。旅館はビジホの2.3倍。
  • 1泊あたりでは35円と159円で4.6倍に開く — 労働集約度の差だけでなく、稼働率の差(75.3%対38.4%)が同じ年間費用をより少ない販売室泊に集中させるため。
  • 必要ADR転嫁率の中央値は0.50%(ビジホ)と1.22%(旅館) — 直近12ヶ月のADR伸び率(ビジホ+5.8%、旅館+4.3%)の10分の1・3分の1にとどまり、価格設計の側で吸収できる幅にある。
  • Cランク県は引上額も大きく単価も低いという二重構造 — 平均引上額はAランク54.5円に対しCランク60.7円、ビジホADR中央値はAランク8,709円に対しCランク6,828円。必要転嫁率はA0.40%・C0.55%と1.4倍に開く。
  • 全国平均1,500円(政府目標)到達時は1室あたり年56,400円/131,600円 — 150室で年846万円、80室旅館で年1,053万円。キャップレート5.0%換算で1.69億円・2.11億円の資産価値に相当する幅であり、単価設計を先に固めるほど有利になる。

46都道府県が答申確定 — 地方が都市を上回る異例の配分

まず制度の確定状況を押さえておきたい。中央最低賃金審議会が7月28日に示した目安は、Aランク54円・Bランク56円・Cランク56円である。B・Cランクが同額でAランクを2円上回るという配分は、地域間格差の縮小を意識した設計だ。ランクの内訳は、Aランクが埼玉・千葉・東京・神奈川・愛知・大阪の6都府県、Bランクが28道府県、Cランクが13県である。

これを受けた地方最低賃金審議会の答申は、2026年9月2日時点で46都道府県が公表済みで、残るのは沖縄県のみとなった。目安どおりに収まった県は少なく、実際の引上額は佐賀県の+65円を最大に、東京都・神奈川県・大阪府の+54円まで幅がある。ランク別の平均引上額はAランク54.5円、Bランク57.6円、Cランク60.7円で、目安の設計以上に地方の上げ幅が大きくなった。答申が28都道府県まで出そろった8月中旬時点の整理は、最低賃金2026一覧|28都道府県が答申確定、千葉・愛知1,195円にまとめている。

沖縄県については、専門部会での労使の主張が63円差から6円差まで縮まった段階と報じられている。本稿では推計値で埋めることはせず、一覧表でも「答申待ち」と明記し、必要転嫁率の算出対象から外している。

2026年度 地域別最低賃金の引上額(答申済46都道府県・ランク別)
出典: 厚生労働省「令和8年度地域別最低賃金額改定の目安について」(2026年7月28日答申)および各都道府県労働局公表値より、メトロエンジンリサーチ&コンサルティング作成(2026年9月2日時点。沖縄県は答申待ちのため非掲載)

発効日も一様ではない。10月1日発効が最多である一方、京都府は11月16日、熊本県と岩手県は12月1日と、最も早い県とは2か月の開きがある。複数県に展開する運営会社では、同じ改定でも県ごとに人件費が段階的に立ち上がることになり、月次のP/L管理では10月から12月にかけて三段階のステップが生じる。

モデル施設の前提 — 年間労働時間を全部開示する

ここからが本稿の中心である。最低賃金の改定が施設の人件費をいくら押し上げるかは、「その施設が年間に何時間の労働を投入しているか」「そのうち何割が最低賃金の近傍にあるか」の2つで決まる。前者はモデルとして設定し、後者は感応度で振る。

モデルは2つ置いた。ひとつは150室の宿泊特化型ビジネスホテル(朝食提供あり、レストラン営業なし、客室清掃は自社・外注いずれでも時間としては同じ扱い)。もうひとつは80室の温泉旅館(1泊2食付、大浴場あり、客室係による配膳あり)。年間販売室数は、観光庁「宿泊旅行統計調査」2025年・年間値(速報値)の施設タイプ別客室稼働率をそのまま用いた。ビジネスホテル75.3%、旅館38.4%である。

モデルA:150室 宿泊特化型ビジネスホテル
モデルA:150室 宿泊特化型ビジネスホテル — 業務区分別の年間労働時間と1室1泊あたり労働投入
業務区分年間労働時間
客室清掃・リネン(0.50時間/室泊)20,614時間
フロント・夜間(1日延べ36時間)13,140時間
朝食運営(1日延べ20時間)7,300時間
施設管理・ランドリー・管理事務(1日延べ12時間)4,380時間
合計45,434時間
常勤換算(2,000時間/人)22.7人(0.151人/室)
年間販売室数(稼働率75.3%・観光庁2025年1月〜12月)41,227室泊
1室1泊あたり労働投入1.10時間
モデルB:80室 温泉旅館(1泊2食付)
モデルB:80室 温泉旅館(1泊2食付) — 業務区分別の年間労働時間と1室1泊あたり労働投入
業務区分年間労働時間
客室清掃・布団上げ下ろし(1.20時間/室泊)13,456時間
調理・夕朝食(1日延べ35時間)12,775時間
客室係・配膳・接客(1日延べ38時間)13,870時間
フロント・予約(1日延べ20時間)7,300時間
大浴場・営繕・施設管理(1日延べ16時間)5,840時間
管理事務(1日延べ9時間)3,285時間
合計56,526時間
常勤換算(2,000時間/人)28.3人(0.353人/室)
年間販売室数(稼働率38.4%・観光庁2025年1月〜12月)11,213室泊
1室1泊あたり労働投入5.04時間
モデル前提はメトロエンジンリサーチ&コンサルティングによる設定値。年間販売室数の算出に用いた客室稼働率は観光庁「宿泊旅行統計調査」2025年・年間値(速報値)

2つのモデルで決定的に違うのは、常勤換算の人員密度(1室あたり0.151人と0.353人)だけではない。1室1泊あたりの労働投入時間が1.10時間と5.04時間で4.6倍に開く点である。旅館は調理・配膳という工程が加わるうえ、稼働率が38.4%と低いため、フロントや大浴場管理のように毎日固定的に発生する労働時間が、少ない販売室泊に配賦される。人件費の負担は「労働集約度」と「稼働率」の掛け算で決まる。

このほか、改定の影響を金額に変換するために2つの係数を置いた。法定福利費等係数1.15(社会保険料の事業主負担・割増賃金への波及分として時給引上額に15%を上乗せ)と、最低賃金近傍比率(総労働時間のうち、改定後の最低賃金を下回るか、その引上げに連動して賃金を引き上げる必要がある層の時間割合)である。後者はモデルの結論を最も大きく左右するため、次節で30%・50%・70%の3水準を並べる。

近傍比率を50%を基準値としたのは、宿泊業がパートタイム比率の極めて高い産業だからである。厚生労働省「毎月勤労統計調査」の2025年度確報では、飲食サービス業等のパートタイム労働者比率は78.27%で全産業(31.39%)の2.5倍にあたる。また同省「令和7年賃金構造基本統計調査」では、宿泊業・飲食サービス業の所定内給与額は277.2千円と産業大分類のなかで最も低い。時給の下限に近い層の厚みが、他産業より構造的に大きい業種だといえる。

1室あたり年9,600円と22,300円 — 感応度で幅を持って読む

前提を金額に変換する。計算式は「年間労働時間 × 最低賃金近傍比率 × 引上額(円/時) × 法定福利費等係数1.15」である。全国加重平均の+55円を当てはめると、基準値(近傍比率50%)で150室ビジネスホテルは年間143.7万円、80室温泉旅館は年間178.8万円となる。

最低賃金近傍比率の感応度 — 1室1泊あたりの人件費増(全国加重平均+55円)
出典: メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(モデル試算。法定福利費等係数1.15、年間販売室数はビジネスホテル41,227室泊・旅館11,213室泊)
最低賃金近傍比率の感応度 — モデル施設別の人件費増(引上額+55円・法定福利費等係数1.15)
最低賃金近傍比率ビジホ150室・年間同・1室あたり年同・1室1泊旅館80室・年間同・1室あたり年同・1室1泊
30%(保守ケース)862,110円5,747円20.9円1,072,581円13,407円95.7円
50%(基準ケース)1,436,850円9,579円34.9円1,787,635円22,345円159.4円
70%(積極ケース)2,011,590円13,411円48.8円2,502,689円31,284円223.2円
出典: メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(モデル試算)。引上額は2026年度の全国加重平均+55円

注目したいのは、年間の総額では旅館がビジホの1.24倍にとどまる(178.8万円 対 143.7万円)のに対し、1室あたり年額では2.33倍(22,345円 対 9,579円)、1室1泊あたりでは4.57倍(159.4円 対 34.9円)まで開くことである。客室数が半分程度でも、1室に張り付く労働時間と、その費用を回収する販売室泊の少なさが二重に効く。旅館の単価設計が「1泊いくら」の議論になりやすいのは、この構造の裏返しといえる。

この感応度の幅そのものが、実務上は打ち手になる。近傍比率が70%に近い施設ほど改定の影響を直接受けるが、それは同時に「時給の下限帯に労働時間が集中している」ということでもあり、シフトの再設計・繁閑に応じた投入時間の配分・業務の再配置によって影響幅を圧縮できる余地が大きい状態を意味する。逆に30%側の施設は改定の直接影響は小さいが、賃金水準がすでに下限から離れているため、採用競争力の面では有利な位置にいる。どちらの側にいるかを知ることが、10月以降の予算を組む出発点になる。

必要ADR転嫁率の2軸感応度(最低賃金近傍比率 × 引上額) — 縦軸:最低賃金近傍比率(30〜70%)、横軸:引上額(+54〜+65円)。上段はビジネスホテル(全国中央値ADR 7,404円・1室1泊労働投入1.10時間)、下段グレーは旅館(同13,609円・5.04時間)
最低賃金近傍比率\引上額+54円+56円+58円+61円+65円
30%(保守)0.28%
0.69%
0.29%
0.72%
0.30%
0.74%
0.31%
0.78%
0.33%
0.83%
40%0.37%
0.92%
0.38%
0.95%
0.40%
0.99%
0.42%
1.04%
0.44%
1.11%
50%(基準)0.46%
1.15%
0.48%
1.19%
0.50%
1.24%
0.52%
1.30%
0.56%
1.38%
60%0.55%
1.38%
0.57%
1.43%
0.59%
1.48%
0.63%
1.56%
0.67%
1.66%
70%(積極)0.65%
1.61%
0.67%
1.67%
0.69%
1.73%
0.73%
1.82%
0.78%
1.94%
出典: メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(モデル試算。法定福利費等係数1.15。全国中央値ADRはビジネスホテル7,404円・旅館13,609円、推定成約ADR・2025年9月〜2026年8月の12ヶ月平均、ビジネスホテルN=各都道府県32〜913施設・旅館N=17〜501施設)/引上額のレンジは2026年度の実答申額(東京都・神奈川県・大阪府の+54円から佐賀県の+65円まで)。網掛けは基準ケース(近傍比率50%)、濃い網掛けはB・Cランクの目安+56円との交点

2軸で見ると、ビジネスホテルは全域が0.28〜0.78%、旅館は0.69〜1.94%の帯に収まる。最も厳しい右下の隅(近傍比率70%×引上額+65円)でも、ビジネスホテルで0.78%、旅館で1.94%であり、直近12ヶ月のADR伸び率(ビジネスホテル+5.8%、旅館+4.3%)の範囲内にある。逆にいえば、この表のどのセルに自施設が位置するかを先に確定させておけば、10月以降の単価設計は「いくら上げるか」ではなく「すでに織り込んだ幅の内側でどう配分するか」の議論になる。効き方が大きいのは横軸(引上額、最大1.20倍)よりも縦軸(近傍比率、最大2.33倍)であり、影響幅を動かす主導権は制度側ではなくシフト設計の側にある。

コスト構造シリーズで並べる — 1回の改定は小さく、積み上がると大きい

本シリーズではこれまで、上下水道費・電気料金・固定資産税・火災保険という費目を1室あたりの年額で定量化してきた。人件費の改定分を同じ土俵に載せると、位置づけがはっきりする。以下はすべて150室ビジネスホテル(年間販売室泊274.8室泊/室)に換算した1室1泊あたりの金額である。

費目別の1室1泊あたり負担(ビジネスホテル換算・年額を販売室泊で除した値)
出典: 固定資産税・上下水道費・電気料金はHotelBank既刊記事のモデル試算値(1室あたり年額に換算のうえ、本稿のビジネスホテル稼働率75.3%(同上・観光庁2025年1月〜12月)=年274.8室泊で除した)、人件費は本稿のモデル試算(近傍比率50%)。いずれもメトロエンジンリサーチ&コンサルティング作成

固定資産税は1室あたり年16万〜24万円(1泊582〜873円)、上下水道費は100室モデルで年699万〜1,485万円=1室あたり年7.0万〜14.9万円(1泊254〜540円)、2026年の電気料金上昇分は200室モデルで年1,000万円=1室あたり年5万円(1泊182円)だった。これらと比べると、今回の最低賃金改定1回分の35円は明らかに小さい。単年で見れば、価格改定の議論を持ち出すまでもない水準である。なお保有税の内訳と利回りへの効き方については、ホテルの固定資産税は1室あたり年16万〜24万円 — 保有税がNOI利回りを0.7pt削る仕組みで個別に扱っている。

しかしながら、人件費が他の費目と決定的に違うのは毎年積み上がる点にある。固定資産税は3年ごとの評価替えで動き、上下水道は数年に一度の料金改定、電気料金は燃料費調整で上下する。対して最低賃金は毎年10月に必ず改定され、しかも下がることはない。仮に今後も年+55円のペースが続けば、5年後の年間人件費は現在比で1室あたり年47,900円(ビジホ)・111,700円(旅館)高い水準に達する。ビジホの47,900円は上下水道費の年額(1室あたり7.0万〜14.9万円)の3〜7割に相当し、旅館の111,700円は固定資産税の年額(同16万〜24万円)の5〜7割にあたる。5年という時間軸を置いた瞬間に、他の費目と同じ桁の話になる。

単年のインパクトで判断すると小さく見え、5年の累積で見ると最大級になる。これが人件費という費目の扱いにくさであり、同時に「毎年少しずつ単価に織り込む」という設計が最も相性のよい費目であることを示している。5年に一度まとめて上げるより、毎年の改定に合わせて0.5%ずつ動かすほうが、顧客側の受容性も社内の合意形成もはるかに容易である。

47都道府県の必要ADR転嫁率 — 単価が低い県ほど比率は高い

ここからが地域差の話である。同じ改定でも、必要な単価調整の「率」は都道府県ごとに大きく異なる。分子は各県の引上額、分母はその県の推定成約ADRだからだ。引上額の全国レンジは54円から65円までの1.20倍にとどまるのに対し、ビジネスホテルのADRは5,959円(徳島県)から14,118円(東京都)まで2.37倍の開きがある。転嫁率の地域差を決めているのは、賃金の側ではなく単価の側である。

ビジネスホテルADR × 必要ADR転嫁率(円の大きさ=引上額、色=目安ランク)
出典: メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(ビジネスホテル業態・推定成約ADR・2025年9月〜2026年8月の12ヶ月平均、N=各都道府県32〜913施設)/厚生労働省および各都道府県労働局公表値。答申済46都道府県。近傍比率50%・法定福利費等係数1.15の前提

ビジネスホテルの必要転嫁率は中央値0.50%、最小が東京都の0.24%、最大が鹿児島県の0.65%で、その差は2.7倍である。東京都は引上額が全国最小の+54円で、かつADRが14,118円と最も高いため、必要な調整は1室1泊あたり34円・単価比0.24%にとどまる。一方、鹿児島県は引上額が+64円と大きく、ビジネスホテルADRが6,236円と低いため、41円・0.65%が必要になる。

ランク別に整理すると構造がはっきりする。Aランク6都府県は平均引上額54.5円・ADR中央値8,709円で必要転嫁率0.40%。Cランク12県(答申済)は平均引上額60.7円・ADR中央値6,828円で0.55%となる。Cランク県は引上額が大きく、かつ単価が低いという二重の条件を同時に負っている。地域間格差を縮める配分は、宿泊事業の単価設計から見ると、単価水準の低い県により大きな調整を求める構図になる。

旅館業態では地域差がさらに開く。必要転嫁率の中央値は1.22%、最小が京都府の0.69%、最大が宮崎県の2.26%で、レンジは3.3倍に達する。旅館ADRが24,190円(京都府)から7,777円(徳島県)まで3.1倍の開きを持つためだ。もっとも、2%台という数字も「1泊2食付で通常2万円前後の旅館において、180円前後を単価に織り込む」という意味であり、プランの構成やオプション設計で十分に扱える幅である。

転嫁負担の地域差マップ

引上額とADRを掛け合わせた必要転嫁率を、地図上に置く。円の色が濃いほど必要転嫁率が高く、円が大きいほど引上額が大きい。

必要ADR転嫁率マップ(ビジネスホテル業態・答申済46都道府県)
出典: メトロエンジンリサーチ&コンサルティング/厚生労働省および各都道府県労働局公表値。マーカーは県庁所在地に配置。沖縄県は答申待ちのためグレー表示

地図に落とすと、必要転嫁率の高い領域が南九州から四国・山陰にかけての帯と、東北・北関東の一部に分布していることがわかる。いずれも引上額が+59円以上でありながら、ビジネスホテルADRが7,000円台以下にとどまる県である。逆に東京・大阪・京都・福岡といった単価水準の高い都市部では、必要転嫁率は0.3%前後に収まる。

投資判断の観点では、この地図は「どこが厳しいか」ではなく「どこで単価設計の優先度が高いか」を示すものとして読むのが実務的である。必要転嫁率が0.6%を超える県では、10月の発効までに1泊あたり40円前後の調整を織り込むだけで年間の人件費増を吸収できる。金額としては小さく、そのまま放置すれば無自覚に利益率が薄まるという性質の数字だ。逆にいえば、単価表を年に一度見直す習慣を持っている施設は、この費目をほぼ自動的に処理できているということでもある。

47都道府県一覧 — 答申額・発効日・必要転嫁率

以下が全47都道府県の一覧である。答申額と発効日は各都道府県労働局の公表値、ADRは2025年9月〜2026年8月の12ヶ月平均、稼働率は2026年6〜8月の平均である。沖縄県は2026年9月2日時点で答申待ちのため、推計値を入れず空欄としている。

2026年度 都道府県別 最低賃金答申額・発効日・推定成約ADR・必要ADR転嫁率・推定稼働率(全47都道府県)
都道府県ランク2026年度答申額引上額発効日 ビジホADR必要転嫁率旅館ADR必要転嫁率推定稼働率
北海道B1,131円+56円10/18,9860.40%9,8461.65%91.1%
青森県C1,090円+61円10/297,3710.52%10,8001.64%94.1%
岩手県C1,090円+59円12/16,5700.57%9,0781.88%86.9%
宮城県B1,098円+60円10/17,6670.50%13,6291.28%89.7%
秋田県C1,090円+59円10/147,6570.49%9,3641.83%90.2%
山形県C1,092円+60円10/307,0930.54%13,3831.30%89.0%
福島県B1,094円+61円10/166,3800.61%11,0571.60%87.8%
茨城県B1,136円+62円10/186,8930.57%8,2102.19%86.3%
栃木県B1,125円+57円10/16,7050.54%16,8270.98%84.9%
群馬県B1,120円+57円10/36,6520.54%15,7601.05%83.3%
埼玉県A1,196円+55円10/17,8350.45%13,5891.17%87.5%
千葉県A1,195円+55円10/18,1580.43%13,7061.16%87.9%
東京都A1,280円+54円10/114,1180.24%11,2761.39%92.3%
神奈川県A1,279円+54円10/19,2600.37%21,0880.74%85.7%
新潟県B1,108円+58円10/16,9700.53%13,7591.22%87.6%
富山県B1,119円+57円10/16,6620.54%13,2331.25%82.9%
石川県B1,113円+59円10/37,8920.47%18,0950.94%82.0%
福井県B1,112円+59円10/47,6840.49%15,0751.13%88.6%
山梨県B1,113円+61円11/18,1390.47%12,8891.37%85.4%
長野県B1,117円+56円10/28,0020.44%13,4411.21%89.5%
岐阜県B1,121円+56円10/17,5170.47%14,9621.08%85.2%
静岡県B1,154円+57円10/157,1340.51%18,4680.90%85.2%
愛知県A1,195円+55円10/17,8810.44%14,4701.10%85.6%
三重県B1,143円+56円10/16,9300.51%16,6690.97%83.0%
滋賀県B1,136円+56円10/37,6160.47%14,1851.14%87.1%
京都府B1,180円+58円11/1613,8140.27%24,1900.69%84.5%
大阪府A1,231円+54円10/19,9640.34%11,4031.37%85.4%
兵庫県B1,172円+56円10/18,5200.42%21,8940.74%88.9%
奈良県B1,107円+56円10/48,7210.41%16,8820.96%82.3%
和歌山県B1,101円+56円10/36,5370.54%13,7081.18%84.0%
鳥取県C1,090円+60円10/36,1790.61%13,2741.31%86.2%
島根県B1,092円+59円10/107,5640.49%15,8481.08%86.3%
岡山県B1,104円+57円10/27,2920.49%12,9781.27%86.2%
広島県B1,141円+56円10/117,7570.46%16,8020.97%87.6%
山口県B1,101円+58円10/86,4020.57%15,4621.09%86.2%
徳島県B1,103円+57円11/15,9590.61%7,7772.12%85.8%
香川県B1,092円+56円10/17,4370.48%12,0001.35%85.1%
愛媛県B1,093円+60円11/16,1470.62%10,7981.61%84.8%
高知県C1,086円+63円10/297,5010.53%9,9931.83%87.5%
福岡県B1,114円+57円10/410,8670.33%13,5181.22%91.2%
佐賀県C1,095円+65円11/156,7910.61%20,1830.93%85.4%
長崎県C1,087円+56円11/26,8660.52%10,4101.56%82.2%
熊本県C1,092円+58円12/17,1580.51%16,8441.00%85.9%
大分県C1,096円+61円11/16,6420.58%18,2650.97%83.6%
宮崎県C1,085円+62円10/246,4490.61%7,9372.26%83.2%
鹿児島県C1,090円+64円10/256,2360.65%10,5771.75%77.4%
沖縄県C答申待ち(2026年9月2日時点)8,838—8,533—88.7%
出典: 厚生労働省および各都道府県労働局公表値(2026年9月2日時点)/メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(推定成約ADRは2025年9月〜2026年8月の12ヶ月平均、ビジネスホテルN=32〜913施設・旅館N=17〜501施設。推定稼働率はOTA掲載在庫ベース・2026年6〜8月平均)。必要転嫁率は近傍比率50%・法定福利費等係数1.15の前提

需給側の環境 — 転嫁余地はすでに確保されている

必要な調整幅がわかったところで、それを実際に単価へ乗せられる環境にあるのかを確認しておきたい。結論からいえば、需給の側から見た条件は整っている。

第一に、単価そのものが既に上昇している。都道府県別の推定成約ADR(中央値)を12ヶ月平均で前年同期と比べると、ビジネスホテルは+5.8%、旅館は+4.3%である。必要転嫁率の中央値はそれぞれ0.50%・1.22%だから、直近1年の単価上昇はビジネスホテルで必要幅の約11.6倍、旅館で約3.5倍にあたる。今回の改定分は、現在進行中の単価トレンドのなかに十分に収まる大きさだといえる。

第二に、在庫の消化状況が強い。2026年6〜8月の推定稼働率(OTA掲載在庫ベース)は全国の都道府県中央値で86.2%、最も低い県でも77.4%だった。夏季のピーク期を含む数値である点は割り引く必要があるが、在庫が薄い状況で価格改定を行うことによる需要の取りこぼしリスクは、少なくとも足元では限定的である。

必要ADR転嫁率と直近12ヶ月のADR伸び率(業態別・全国中央値)
出典: メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(推定成約ADR・都道府県中央値の12ヶ月平均、2024年9月〜2025年8月と2025年9月〜2026年8月の比較。ビジネスホテルN=各都道府県32〜913施設・旅館N=17〜501施設)

第三に、人手の需給そのものが緩みはじめている。旅館・ホテル業の非正社員の人手不足感は3年連続で改善しており、採用難のピークは越えつつある。人件費の単価は上がるが、必要な人数を確保しやすくなる方向に動いているということであり、稼働の天井が上がるぶんの増収が、時給上昇の一部を自動的に吸収する関係にある。人手が採れずに販売客室数を絞っていた施設ほど、この効果は大きい。人手の制約が稼働率の天井をどこに置くかという論点は、『取り切れる宿だけが残る』2026 — 人手不足が稼働率に生む上限が正面から扱っている。

全国平均1,500円シナリオ — 投資利回りへの含意

最後に、単年ではなく到達点で見る。政府は最低賃金の全国加重平均について「2030年代前半に1,500円」という目標を掲げている。2026年度の1,176円からの残り幅は+324円、率にして+27.6%である。この幅がモデル施設にどう効くかを計算すると、次のようになる。

全国平均1,500円到達シナリオ — モデル施設別の年間人件費増と資産価値換算(キャップレート5.0%)
項目150室 宿泊特化型ビジネスホテル80室 温泉旅館
年間労働時間45,434時間56,526時間
年間販売室数41,227室泊11,213室泊
2026年度改定分(+55円)年143.7万円年178.8万円
 1室あたり年9,579円22,345円
 1室1泊あたり34.9円159.4円
 必要ADR転嫁率(全国中央値ADR基準)0.47%1.17%
1,500円到達まで(+324円・累計)年846.4万円年1,053.1万円
 1室あたり年56,429円131,635円
 1室1泊あたり205.3円939.4円
 必要ADR転嫁率(全国中央値ADR基準)2.76%6.91%
 NOI換算での資産価値相当(キャップレート5.0%)1.69億円2.11億円
出典: メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(モデル試算。近傍比率50%・法定福利費等係数1.15。全国中央値ADRはビジネスホテル7,404円・旅館13,609円、2025年9月〜2026年8月の12ヶ月平均、ビジネスホテルN=各都道府県32〜913施設・旅館N=17〜501施設)
最低賃金水準別の1室あたり年間人件費増(2026年度1,176円を起点とした累計)
出典: メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(モデル試算。起点の1,176円は2026年度の全国加重平均、1,500円は政府目標。近傍比率50%・法定福利費等係数1.15)

最後の行が投資判断に直結する。1,500円到達までの人件費増を単価に織り込めなかった場合、NOIの減少幅は150室ビジネスホテルで年846万円、80室温泉旅館で年1,053万円である。キャップレート5.0%で資本還元すると、それぞれ1.69億円・2.11億円の資産価値に相当する。逆にいえば、この幅を単価に織り込めた施設は、同じ物件で1〜2億円規模のバリューを維持できるということだ。

必要な調整率はビジネスホテルで2.76%、旅館で6.91%。数年をかけた累計値であることを踏まえれば、年率ではビジネスホテルで0.5%前後、旅館で1.2%前後にすぎない。直近12ヶ月の実績(+5.8%・+4.3%)と比べれば、いずれも十分に射程内にある。問われているのは転嫁できるかどうかではなく、毎年の単価改定を制度として運用に組み込めているかどうかである。

アセットマネジメントの実務としては、次の3点を運営会社との対話に組み込むことが有効だろう。第一に、施設ごとの最低賃金近傍比率を実際に把握すること。本稿の30%・50%・70%の幅は、そのまま予算のブレ幅になる。第二に、10月から12月に分散する発効日を月次予算に正しく反映すること。複数県展開では段階的に立ち上がる。第三に、単価改定のタイミングを発効日より前に置くこと。改定後に追いかけるより、先に単価を動かしておくほうが、四半期のNOIは滑らかになる。

まとめ

2026年度の最低賃金改定は、全国加重平均で+55円・+4.9%。46都道府県の答申が確定し、10月から12月にかけて順次発効する。これを150室の宿泊特化型ビジネスホテルと80室の温泉旅館に落とすと、人件費増は1室あたり年9,600円と22,300円、1室1泊あたり35円と159円になる。必要なADR転嫁率は中央値で0.50%と1.22%であり、直近12ヶ月のADR伸び率(+5.8%・+4.3%)の内側に十分収まっている。

地域差を決めているのは賃金ではなく単価である。引上額のレンジが1.20倍なのに対し、ビジネスホテルADRのレンジは2.37倍。結果として必要転嫁率は東京都0.24%から鹿児島県0.65%まで2.7倍に開き、Cランク県は「引上額が大きく単価が低い」という二重の条件を負う。単価設計の優先度が高いのは、この帯に属する県である。

そして人件費は、他のコスト費目と違って毎年必ず積み上がる。単年の35円は小さいが、政府目標の1,500円まで積み上げると1室あたり年56,400円(ビジホ)・131,600円(旅館)、キャップレート5.0%換算で1.69億円・2.11億円の資産価値に相当する。年率に均せば0.5%と1.2%——毎年の単価改定を制度として運用できている施設にとって、この費目は自動的に処理される。逆に、そこに設計の余地が最も大きく残されているともいえる。

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参考資料・出典一覧

■ データソース

最低賃金の答申額・発効日は厚生労働省 中央最低賃金審議会答申(2026年7月28日)および各都道府県労働局の公表値(2026年9月2日時点、答申済46都道府県)。客室単価は都道府県別・業態別の推定成約ADR(2025年9月〜2026年8月の12ヶ月平均、ビジネスホテルN=各都道府県32〜913施設・旅館N=17〜501施設)、推定稼働率はOTA掲載在庫ベース(2026年6〜8月平均)で、いずれもメトロエンジンリサーチ&コンサルティング集計。モデル施設の年間販売室数に用いた客室稼働率は観光庁「宿泊旅行統計調査」2025年・年間値(速報値)。

■ 試算前提

モデルA=150室 宿泊特化型ビジネスホテル(年間労働時間45,434時間、常勤換算22.7人、年間販売室泊41,227)、モデルB=80室 温泉旅館・1泊2食付(同56,526時間、28.3人、11,213室泊)。1室1泊あたり労働投入はモデルA 1.10時間、モデルB 5.04時間。最低賃金近傍比率は基準50%(感応度30%/70%を併記)、法定福利費等係数1.15(社会保険料の事業主負担・割増賃金への波及分)。必要ADR転嫁率=引上額(円/時)×1室1泊あたり労働投入時間×近傍比率×1.15 ÷ 推定成約ADR。資産価値換算はキャップレート5.0%。

■ 限界・留意点

モデル施設の労働時間・人員構成は設定値であり、実際の投入は施設ごとに大きく異なります。最も結果を左右する「最低賃金近傍で働く労働時間の比率」は施設固有の値で、本稿では30〜70%の幅で感応度を示しています。推定成約ADRはOTA公開価格からの推計値で、上場ホテルREITが開示する物件別実績との照合(91施設・直近3ヶ月間)における誤差中央値は約7%であり、各施設の実際の成約価格・会計数値とは異なります。推定稼働率はOTA掲載在庫の消化状況に基づく推定であり、施設全体の実稼働率とは定義が異なります。沖縄県は2026年9月2日時点で答申待ちのため、推計値を入れず必要転嫁率の算出対象から除いています。本稿は費目としての人件費の価格転嫁幅を扱うもので、省人化投資の回収年数・採用コスト・労働分配率の最適化は対象外です。

■ 市場データ

■ 最低賃金・賃金統計

■ 政府統計

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