大手OTAが2026年5月22日に発表した夏の旅行トレンド調査で、検索数の伸び率が全国2位となった都道府県がある。1位の東京都(前年比+48%)に次ぐ、滋賀県(+32%)である。これまで地域別のホテル市況分析は東京・大阪・京都・沖縄・北海道に集中し、琵琶湖を擁する滋賀は「伏兵エリア」として正面から論じられることが少なかった。しかし、オーバーツーリズムで宿泊単価が高騰する京都の「受け皿」として、滋賀の湖畔エリアには明確な需給機会が生まれつつある。本稿では、大津・彦根・長浜という琵琶湖岸の主要エリアの月次ADRを京都市中心部と突き合わせ、「10分隣接ディスカウント」を定量化したうえで、レイクビューという滋賀ならではの差別化資産と、足元で進む新規供給を読み解く。
本記事における指標の定義
- ADR(平均客室単価):OTA等で公開されている販売価格の平均値。実際の成約価格とは異なります(REIT開示データとの照合では、成約ADRより平均+25〜30%高い傾向。売れ残った高価格帯プランがOTA上に残り続けるため、公開価格の平均が成約価格より上振れする構造による)。2名1室利用時の1室あたり料金(税込)・全プラン平均(素泊まり〜食事付きプランを含む)。
- 京都市中心部ADR:京都市11区(下京・中京・東山・南ほか)の販売データを観測点数で加重平均した値。
- 10分隣接ディスカウント:京都市中心部ADRに対する大津市ADRの割引率=(京都市中心部ADR−大津市ADR)÷京都市中心部ADR。
- データ出典:メトロエンジンリサーチ
- — 滋賀県は大手OTAの2026年夏トレンド調査で検索数の伸び率が全国2位(+32%)。東京(+48%)に次ぐ伏兵エリアとして浮上した。
- — 大津市の公開ADRは京都市中心部比で平均約27%割安、桜シーズンには割引率が最大43%に拡大。JR新快速で約10分の「10分隣接ディスカウント」が恒常化。
- — 滋賀県全体の公開ADRは前年同月比+27.3%(約¥29,500→約¥37,600)と上昇し、検索ヒートが実勢価格に波及。
- — 宿泊供給は湖南(大津)に集中し湖北・湖東は空白。レイクビュー・露天風呂を持つ近江の名宿が差別化資産となる。
- — 長浜・日野でロードサイド型の新規供給が始動。「京都の受け皿」から「選ばれる湖畔」への転換期にある。
検索数全国2位 — 「日本最大の湖」が浮上した背景
大手OTAの2026年夏トレンド調査では、検索数の伸び率上位が東京都(+48%)、滋賀県(+32%)、福岡県・群馬県(同率+22%)、奈良県(+21%)と続いた。滋賀が選定理由に挙げられたのは「日本最大の湖・琵琶湖を中心とした自然と、歴史ある街並み」である。京都・大阪という強力な観光地の至近にありながら、湖というスケールの大きい自然資産を持つ点が、混雑回避志向の旅行者の関心を引いている。
この検索ヒートは、実際の販売価格にも表れている。メトロエンジンリサーチによると、滋賀県全体の公開ADRは2025年6月の約¥29,500から2026年6月には約¥37,600へと、前年同月比+27.3%上昇した。検索数の伸び(+32%)とADRの伸び(+27%)がほぼ連動しており、関心の高まりが宿泊需要として顕在化しつつあることがうかがえる。なぜ滋賀がこのタイミングで浮上したのか。その答えは、隣接する京都の価格構造にある。なお、関西圏での人流が近畿圏外まで波及している点は、大阪・関西万博来場者の広域周遊分析でも確認されている。
出典:大手OTA「2026年夏の旅行トレンド」(2026年5月22日)よりホテルバンク編集部作成
「10分隣接ディスカウント」 — 京都の受け皿としての価格優位
大津駅から京都駅まではJR東海道本線の新快速で約9〜10分。県境をまたぐとはいえ、実態としては京都都市圏の通勤・観光圏内にある。それにもかかわらず、両エリアの宿泊単価には大きな差が開いている。京都市中心部(11区加重平均)の公開ADRが2026年6月時点で約¥49,700なのに対し、大津市は約¥34,400。差額は約¥15,300、割引率にして31%である。
この「10分隣接ディスカウント」は、京都の宿泊単価が跳ね上がる繁忙期ほど拡大する傾向にある。桜シーズンの2026年4月には、京都市中心部が約¥63,800まで上昇する一方で大津市は約¥36,400にとどまり、割引率は最大43%に達した。直近12か月の平均でも、京都市中心部に対する大津市の割引率は約27%、平均差額は約¥13,400である。つまり、京都での宿泊を予定していた旅行者が大津に振り替えるだけで、1泊あたり1万円超の節約になりうる構造が、ほぼ恒常的に成立している。
出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部より作成(京都市中心部N≈430施設/大津市N≈13施設)
注目したいのは、大津のADRが「安いまま放置されている」わけではない点である。大津市のADRは2025年6月の約¥27,300から2026年5月には約¥40,600まで上昇しており、繁忙期には京都に連動して着実に水準を切り上げている。それでもなお京都との間に3割前後のギャップが残るのは、京都側の単価上昇ペースがそれを上回っているためだ。京都の価格が天井を試す局面が続く限り、大津をはじめとする湖畔エリアには価格面での受け皿余地が残り続けると考えられる。京都側でなぜ単価上昇が続くのかについては、京都市宿泊税引き上げ後3ヶ月の実勢が背景を掘り下げている。
エリアごとに異なる表情 — 大津・彦根・長浜の価格水準
ひとくちに琵琶湖岸といっても、エリアによって価格帯と性格は大きく異なる。湖南の玄関口である大津は京都通勤圏の利便性を背景に¥34,000前後で推移し、温泉旅館(おごと温泉)からビジネス・シティホテルまで層が厚い。一方、湖東の彦根は彦根城という観光核を持ち、2025年秋以降に¥45,000〜¥61,000とエリア随一の高単価帯へ駆け上がった。湖北の長浜は黒壁スクエアなど歴史町並み観光を背景に¥37,000〜¥43,000で安定している。多賀町は対象施設が1施設のみのため参考値だが、¥23,000〜¥27,000とバジェット寄りの水準にある。
出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部より作成
下表は2025年6月と2026年6月のエリア別ADRをまとめたものである。彦根の伸びが突出しているが、これは観測対象に高単価のリゾート施設が含まれることや、彦根城・玄宮園の観光需要が押し上げている面が大きい。いずれのエリアも前年同月を上回っており、琵琶湖岸全体に需要の底上げが及んでいることが確認できる。
| エリア | 2025/06 ADR | 2026/06 ADR | 前年同月比 | N(施設数) |
|---|---|---|---|---|
| 大津市(湖南) | ¥27,300 | ¥34,400 | +25.9% | 13 |
| 彦根市(湖東) | ¥25,800 | ¥56,400 | +118.9% | 11 |
| 長浜市(湖北) | ¥35,400 | ¥37,700 | +6.5% | 12 |
| 多賀町(参考・N=1) | ¥16,800 | ¥27,200 | +61.7% | 1 |
| 滋賀県全体 | ¥29,500 | ¥37,600 | +27.3% | 約180 |
※彦根市は観測対象に高単価リゾート施設を含むため伸び率が大きい。多賀町は対象1施設のため参考値。
レイクビューと露天風呂 — 近江の名宿が持つ差別化資産
京都の受け皿という価格優位だけでは、長期的な集客の核にはなりにくい。滋賀ならではの体験価値として強いのが、琵琶湖を望むレイクビュー客室と湖畔の露天風呂である。ホテルバンク編集部が宿泊者口コミを集計し、「露天風呂」に言及する声の多い施設を抽出したところ、湖畔エリアの旅館・ホテルが上位に並んだ。
口コミ言及数で最上位となったのは、おごと温泉の「びわこ緑水亭」(大津市・69室、言及122件)。続いて東近江の「八風の湯」(言及99件・言及率45.6%)、大津の「琵琶湖ホテル」(175室、言及61件)が並ぶ。眺望への言及では彦根の「彦根キャッスル リゾート&スパ」やレイクサイドの「ホテルピアザびわ湖」が上位に入り、湖と城下町という滋賀固有の景観資産が宿の評価を支えていることがわかる。総合スコアでも、びわ湖花街道(4.55)、暖灯館 きくのや(4.67)といったおごと温泉の小規模旅館が高評価を獲得している。
出典:宿泊者の口コミデータ(ホテルバンク編集部調べ、24か月窓・滋賀県206施設)
これらの施設に共通するのは、「価格でなく体験で選ばれている」点である。京都市内の標準的なシティホテルでは得られない湖上の夕景や露天風呂の開放感は、客単価を一定水準に保ちながらリピートを生む資産になる。受け皿エリアであっても、レイクビューという差別化軸を持つ宿は単なる「安い京都の代替」を超えた集客が可能だと考えられる。
琵琶湖岸の宿分布 — 湖南集中と湖北・湖東の空白
下の地図は、琵琶湖岸の主要な旅館・ホテルの分布を示したものである。円の大きさは客室数規模を表す。一目でわかるのは、大津市(湖南)に大規模ホテルと温泉旅館が集中している一方、湖東の彦根、湖北の長浜は施設数・規模ともに相対的に薄い点だ。京都至近という利便性が大津への集中を生んでいるが、裏を返せば、観光核を持つ彦根・長浜には供給の伸びしろが残されている。
出典:メトロエンジンリサーチ/ホテルバンク編集部より作成
足元で進む新規供給 — 長浜・日野にロードサイド型が登場
需要の高まりに呼応して、供給側も動き始めている。メトロエンジンリサーチが把握する範囲で、2025〜2026年に滋賀県でOTA掲載が確認された主な新規施設を見ると、長浜市と日野町を中心にロードサイド型ホテルの開業が目立つ。2026年4月開業の「HOTEL R9 The Yard 長浜インター」(44室)、2026年1月開業の「HOTEL R9 The Yard 蒲生日野」(47室)はいずれもインター近接のコンテナ型ビジネスホテルで、車移動の周遊観光客やビジネス需要を取り込む布陣だ。2025年7月には「スーパーホテル滋賀 長浜天然温泉」(144室)が開業し、湖北の中核都市・長浜に天然温泉付きの中規模供給が加わった。
彦根では「トレイルイン彦根」(30室・2024年8月)や町家を活かした小規模宿「HATAGO HIKONE」シリーズが相次いで登場し、城下町の宿泊体験を厚くしている。長浜では一日一組限定の古民家宿といった小規模・高付加価値の動きも出ており、その一例はつなぐ宿喜兵衛の開業レポートで取材している。これらの動きは、「京都が高くて泊まれない」需要を受け止めるロードサイド・廉価帯と、滋賀ならではの体験を売る町家・温泉宿という二極で供給が広がりつつあることを示している。
| 施設名 | 所在 | 客室数 | OTA掲載確認 |
|---|---|---|---|
| HOTEL R9 The Yard 長浜インター | 長浜市 | 44 | 2026年4月 |
| HOTEL R9 The Yard 蒲生日野 | 日野町 | 47 | 2026年1月 |
| スーパーホテル滋賀 長浜天然温泉 | 長浜市 | 144 | 2025年7月 |
| トレイルイン彦根 | 彦根市 | 30 | 2024年8月 |
| HATAGO HIKONE(本館・別邸) | 彦根市 | 15/7 | 2025年7月 |
出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(OTA掲載確認ベース)。掲載は開業の数か月前から出るため、直近以降は今後の掲載で増加する可能性あり。
まとめ — 「京都の受け皿」から「選ばれる湖畔」へ
滋賀・琵琶湖エリアの需給機会は、3つの構造に支えられている。第一に、検索数全国2位(+32%)とADR前年同月比+27%という、関心と価格が連動した需要の立ち上がり。第二に、京都市中心部に対して恒常的に2〜4割安い「10分隣接ディスカウント」という価格優位。そして第三に、レイクビューと湖畔の露天風呂という、価格以外で選ばれる差別化資産である。
地方ホテル投資家や近畿圏のOTAマネージャーにとっての示唆は明快だ。京都の単価が天井を試す局面が続く限り、湖南(大津)の利便性、湖東(彦根)・湖北(長浜)の観光核と供給余地は、いずれも京都需要の受け皿として機能しうる。ただし、単なる廉価な代替地で終わるか、湖畔の体験価値で「選ばれる宿」になれるかは、各施設の打ち手次第である。レイクビューや温泉といった既存の強みを活かしつつ、繁忙期の段階的なプライシングを組み合わせていくことで、京都連動の単価上昇をさらに収益機会へと転換できる余地は大きいと考えられる。滋賀は、もはや「未着手の伏兵」ではなく、近畿圏の宿泊地図に正式に組み込むべきエリアになりつつある。
⚠ 将来日程のADRに関する注意:本記事のADRは調査時点でOTAに公開されている販売価格の平均であり、チェックイン日に近づくにつれて変動します。現時点で高く設定されている価格が直前値下げで下落する可能性がある点にご留意ください。
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参考資料・出典一覧
■ データソース
公開ADRはメトロエンジンリサーチのOTA公開価格データ(市区町村別月次、滋賀県・京都府、2025年6月〜2026年6月)。検索トレンドは大手OTA「2026年夏の旅行トレンド」(2026年5月22日発表)。口コミ評価は滋賀県206施設・直近24か月窓の集計。
■ 試算前提
京都市中心部ADRは11区の加重平均。割引率=(京都中心部ADR−大津ADR)÷京都中心部ADR。差額・割引率は各月の公開ADR実勢値から算出し、繁忙期は2026年4月、平均は直近12か月の単純平均を採用。
■ 限界・留意点
ADRはOTA公開料金ベースであり実際の販売実績(実現単価)とは差異が生じうる。新規供給はOTA掲載確認ベースで網羅性に限界がある。検索数伸び率は単一OTA調査に基づく。稼働率(OCC)は本稿の分析対象外。
■ 市場データ
- メトロエンジンリサーチ — OTA公開価格データ(市区町村別月次ADR、滋賀県・京都府)、新規開業データ(OTA掲載確認ベース)
- ホテルバンク編集部調べ — 宿泊者口コミデータ(滋賀県206施設・24か月窓)
■ ニュース・プレスリリース
