2024年は19市場、2025年は21市場が単月過去最多を更新した5月の訪日客数。桜シーズンが終わり、新緑とアウトドアアクティビティの旬を迎える5月は、欧米個人客と東南アジア客が地方を選好する「地方分散の効く時期」として定着しつつある。本稿では2026年5月の予約動向を分析し、長野・山梨・大分など地方リゾート県で進行する地方ADRの底上げ構造を、メトロエンジンリサーチの公開価格データと観光庁・JNTO統計から検証する。
本記事における指標の定義
- ADR(平均客室単価):OTA等で公開されている販売価格の平均値。実際の成約価格とは異なります。2名1室利用時の1室あたり料金(税込)・全プラン平均(素泊まり〜食事付きプランを含む)。
- 売切率:調査時点でOTA上の予約受付を終了していたプランの割合。施設全体の客室稼働率とは異なります。
- データ出典:メトロエンジンリサーチ
5月の「過去最多市場の常態化」が示す地方分散シーズン
JNTOの月次統計によると、2024年5月の訪日外客数は3,040,100人で、19市場が「5月として過去最多」を記録した。翌2025年5月はさらに21市場に拡大し、訪日外客数は3,693,300人と前年同月比21.5%増を達成している。このように、5月は東アジアだけでなく欧米・東南アジア市場までもが横並びでピークを更新する、季節分散性の高い月として定着しつつある。
この背景には、桜シーズン後半(4月下旬〜GW初頭)と、桜が散ったあとの新緑・アウトドアアクティビティが旬を迎える5月中後半という二段構えの観光資源がある。一方で気温も穏やかであり、特に欧米個人客が長期滞在型・アウトドア志向で地方リゾートを選好する傾向が強まっている。
こうした構造変化を踏まえ、メトロエンジンリサーチが収集する2026年5月の予約データを俯瞰すると、長野・山梨・大分といった「欧米個人客が好む地方リゾート3県」において、ADRの底上げが鮮明に進行していることが確認できる。
出典:JNTO「訪日外客数」よりホテルバンク編集部作成
地方リゾート3県:3年間の5月ADR推移
欧米個人客の主要目的地である長野県、山梨県、大分県の5月ADRを過去3年で比較すると、いずれも明確な右肩上がりトレンドが確認できる。長野県は2024年5月の¥38,000から2026年5月には¥44,200まで上昇し、対2024年比で+16.1%、前年同月比で+12.3%という伸びを示している。
同様に山梨県は¥40,400から¥46,200へ(対2024年比+14.2%、前年同月比+9.2%)、大分県は¥42,500から¥47,700へ(対2024年比+12.4%、前年同月比+13.3%)と、いずれも2桁成長を記録している。なお山梨は富士五湖・河口湖エリアの欧米個人客需要、大分は別府・由布院の温泉リゾートとして英・豪・東南アジア客の人気が高い目的地である。
出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部より作成(N=長野 1,812施設、山梨 933施設、大分 746施設)
注目すべきは、3県とも2025年5月→2026年5月の伸びが、過去最多市場が増加した2024年→2025年の伸びを上回っている点である。これは2026年が単に円安要因による底上げではなく、過去2年で蓄積された地方リゾートの認知拡大と、欧米・東南アジア市場の構造的な訪日トレンドが、5月という地方分散月に集中して結実していることを示唆している。
主要都市と地方県の5月ADRギャップ縮小
2026年5月時点での主要都市と地方リゾート県のADRを並べると、長野・山梨・大分の3県は東京(¥37,700)を上回り、京都(¥45,700)に肉薄する水準に達している。これまでホテル業界では「都市部=高ADR、地方=低ADR」という構図が一般的だったが、5月という地方分散月においては、この構図が逆転しつつあることが鮮明である。
| エリア | 2025年5月 ADR | 2026年5月 ADR | 前年同月比 | 売切率 |
|---|---|---|---|---|
| 京都府 | ¥37,900 | ¥45,700 | +20.4% | ― |
| 大分県 | ¥42,100 | ¥47,700 | +13.3% | 12.0% |
| 山梨県 | ¥42,300 | ¥46,200 | +9.2% | 13.2% |
| 長野県 | ¥39,300 | ¥44,200 | +12.3% | 14.8% |
| 岐阜県 | ¥40,200 | ¥44,000 | +9.3% | 24.8% |
| 石川県 | ¥38,600 | ¥41,900 | +8.4% | 20.9% |
| 東京都 | ¥33,000 | ¥37,700 | +14.2% | ― |
| 大阪府 | ¥24,800 | ¥27,900 | +12.5% | ― |
出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部より作成
大都市である大阪・東京と比較すると、地方3県のADR水準は1.5〜1.8倍高い。これは地方では客室面積の広い旅館や温泉リゾートが多く客室単価そのものが高いという構造要因に加え、欧米・東南アジア客の選好シフトが価格に反映されていることを示している。岐阜県・石川県の売切率が20%超に達している点も、地方リゾート全体への需要拡散を裏付けている。
5月内の時期分散:GWピーク後も底堅い中後半
2026年5月の地方3県を「GW期(5/1〜7)」「中盤(5/8〜15)」「後半(5/16〜31)」の3区間で分解すると、いずれもGW期を頂点に中後半でいったんADRが下がるが、その下げ幅は限定的であることが分かる。特に大分県では、GW期¥51,400から後半¥47,200と¥4,200程度の差にとどまっており、5月全期間を通じて安定した需要が確認できる。
出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部より作成
長野県でもGW期¥49,800に対し中盤¥42,300・後半¥43,000と、後半は中盤よりむしろ上昇しており、新緑・登山シーズンへの欧米客需要シフトが価格に反映されている。山梨県も同様にGW期¥52,800のピーク後、中後半が¥44,000〜¥44,800と高水準を維持している。これは富士五湖・八ヶ岳エリアにおける欧米個人客の長期滞在トレンドと整合する。
都市部では一般的にGW明けに需要が急減し、5月中盤に価格が大きく落ち込む傾向があるが、地方リゾート3県ではこの「GW後の落ち込み」が緩和されている。換言すれば、5月後半(5/16〜31)が地方リゾートにとって「第二のピーク」を形成しつつあるといえる。
国籍シフト:中国減・欧米/東南アジア増が地方ADRに与える影響
JNTOの2026年3月推計値によると、訪日中国人は前年同月比-55.9%と半減した一方、米国+9.7%・ベトナム+43.5%・英国+20.7%と、欧米と東南アジアの新興国市場が大幅な伸びを示している。3月単月で米国・英国・ベトナムを含む7市場が過去最多を更新した。
出典:JNTO「訪日外客数(2026年3月推計値)」よりホテルバンク編集部作成
この国籍構成シフトは、地方ADRに対して構造的な押し上げ要因となる。なぜなら、中国客は団体ツアー比率が高く東京・大阪のシティホテルへの需要寄与が大きい一方で、欧米個人客は地方リゾート・温泉旅館を選好し、滞在日数も長く客室単価の高いタイプを選ぶ傾向があるためである。
つまり、中国客の減少は東京・大阪のADRに下押し圧力をかける一方で、欧米・東南アジア客の増加は地方リゾート3県のADRを底上げする。実際、本記事で確認した2026年5月のデータでは、東京の前年同月比+14.2%に対し、長野+12.3%・大分+13.3%と地方が同等以上の伸びを示している。これは過去のように「地方は都市部のお下がり需要を拾う」構造ではなく、地方が独自の構造需要を獲得しつつあることの証左といえる。
レベニューマネジメント上の示唆
地方リゾート3県のデータが示す構造変化は、レベニューマネジメント戦略にも重要な示唆を与える。第一に、GW後の中後半(5/8〜31)の販売価格設定について、従来型の「GW明け即値下げ」アプローチから脱却する必要がある。長野・山梨・大分の3県では、中後半でもGW期の80〜90%水準のADRが確認されており、これは前年比でも明確な上昇トレンドにある。早期からの値下げは取りこぼしにつながりやすい。
第二に、欧米個人客は宿泊予約のリードタイムが3〜6ヶ月と長い傾向があり、GW直前ではなく1〜2月の段階でレートが固まっていることが多い。したがって、2026年5月後半に向けた施策としては、すでに春先までに価格戦略の方向性を定めることが望ましい。売切率が10%超を維持している現在の状況では、需要を取り切るより単価を維持するアプローチが合理的といえる。
第三に、長野・山梨・大分以外の地方県(岐阜・石川など)でも売切率20%超が確認されており、需要は3県に閉じない広がりを見せている。地方全体での需要拡散は、特定エリアの一極集中ではなく、欧米・東南アジア客が日本各地の地方リゾートを選択肢として認識し始めたことを意味する。
まとめ:GW直後〜5月後半の地方ADR底上げが続く
本稿で確認したように、5月は2024年・2025年と過去2年連続で17市場以上が過去最多を更新する「地方分散月」として定着しており、2026年5月もこのトレンドが継続している。長野・山梨・大分という欧米個人客が好む3県では、ADRが過去3年で14〜16%上昇し、東京を上回り京都に肉薄する水準に達した。
加えて、5月内の時期分解からは、GW期のピーク後も中後半が底堅く推移しており、5/16〜31の「第二のピーク」が形成されつつあることが確認された。中国客の減少と欧米・東南アジア客の増加という国籍構成シフトは、地方リゾートにとって構造的な追い風として作用している。
ホテル運営側の示唆としては、5月後半(特に5/16〜31)の地方リゾート販売価格について、これまでの「GW明け値下げ」という固定観念を見直し、欧米個人客の長期滞在需要を前提とした価格戦略を構築する余地が大きい。地方分散月としての5月は、単発のGW需要だけでなく、月間を通じた高ADRの維持が現実的な戦略目標となりつつある。
将来日程のADRに関する注意:本記事のADRは調査時点でOTAに公開されている販売価格の平均であり、チェックイン日に近づくにつれて変動します。現時点で高く設定されている価格が直前値下げで下落する可能性がある点にご留意ください。