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歴史を紡ぎ、地域と共に歩む──ホテル椿山荘東京が築く持続可能な価値創造

投稿日 : 2025.10.07

東京都

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東京・文京区の高台に位置するホテル椿山荘東京は、さながら森のような日本庭園を有する都内屈指のラグジュアリーホテルです。後編では長い歴史を持つこのホテルの運営哲学と、地域との深いつながりに焦点を当てます。

「つい庭のことを考えてしまう」と微笑む飛山さんの人柄が象徴するように、ホテル椿山荘東京の成功は技術革新だけでなく、深い愛情と哲学に支えられています。

147年続く庭園の歴史

──改めて、ホテル椿山荘東京の歴史について教えてください。

飛山: 当ホテルの庭園は1878年に山縣有朋公が自身の庭園と邸宅を築いたのが始まりです。大正時代には関西財界で主導的地位を占めていた藤田組の二代目当主「藤田平太郎男爵」へ、そして現在は藤田観光へと受け継がれ、約140年以上もの間、自然を大切にする想いでこの地を守ってきました。

「いつの時代も、その時代が必要とするオアシスであり続けること」が、当ホテルの存在意義です。しかし戦災で庭園のほとんどが焼けてしまいました。丘の上にある三重塔や一部の石像物は残りました。昭和期には創業者の小川栄一が1万本を植樹して、庭園の復興を果たし、椿山荘はガーデンレストランとしてオープン。

その後1992年に藤田観光とフォーシーズンズホテル&リゾーツ社の提携により、敷地内に「フォーシーズンズホテル椿山荘 東京」が開業します。その期間も、椿山荘の象徴である庭園は大切に守られ続けました。

2013年には、両施設が統合され、「ホテル椿山荘東京」として新たな一歩を踏み出します。その際も、長年培われてきた庭園管理のノウハウと精神は、変わることなく受け継がれています。

──庭園の管理はどのようにされていますか。

飛山:庭園の管理では、地上からの美しさはもちろん、客室から見下ろす眺めなど、ホテル内のさまざまな施設からの「景色」としての魅力にも、細やかな配慮が求められます。

たとえば、結婚式を行う神殿から見える庭の景観は、半年から1年に1度、庭師とウエディングプランナーが一緒に検討しています。

神殿の大きな窓からは美しい自然光が差し込みます。時間帯によって変わる光の表情を楽しめるよう、あえて木々を残すなど、細やかに景観を調整しています。

庭園内神殿「杜乃宮」

アイデアを実現するには

──季節ごとのイベントはどのように企画されているのでしょうか。

飛山: 日々マーケティング部門で企画会議を開催し、千本ノックのようにアイデアを出し続けています。常に新しい取り組みで、お客様に驚きや発見を提供していきたいと考えています。

例えば、「100旒の鯉のぼり」では、まずは庭園に鯉のぼりを飾ることを考えました。ただ、一定以上の大きさの鯉のぼりを設置するためには地面に基礎を打つ必要があります。庭園の景観上も構造上も難しいとわかりました。そこで浮かんだのが、建物間に渡すアイデアでした。

夏には庭園に300個の「江戸風鈴」を設置した「風鈴の小路」をつくっています。子どもたちに絵付けを体験してもらってからランチビュッフェを楽しむイベントや、ご自宅でもお楽しみいただけるようホテルのショップで職人が絵付けをした江戸風鈴の販売も行っています。

風鈴の小路。風鈴の音が涼やかさを演出している

数字に表れた庭園の価値

──庭園再生プロジェクトの効果を実感する瞬間はありますか。

飛山: 以前はシティビューのお部屋から先にご予約をいただくことが多かったのですが、現在はガーデンビューのお部屋から埋まっていく傾向に変わりました。ガーデンビューの方が料金設定は高めになっています。それでもガーデンビューをお選びいただけるのは、庭園に確かな付加価値を感じていただけていることの現れです。

これは非常に励みになる変化です。庭園の価値向上に向けた取り組みが、実際にお客様の選択に影響を与えている。庭園再生プロジェクトの成果が具体的な数字として現れているということです。

庭園を見渡せるスイートルーム「プライムエグゼクティブスイート」

──お客様との関係で印象に残っているエピソードはありますか。

飛山: おじいちゃんおばあちゃんの代からここに来ているという方が増えてきています。両親がここで結婚式を挙げたという方も多いですね。

先日は、あるテレビ番組で、出演された女性ゲストの方が庭園の絵を描いてくれました。素敵に描いてくださった絵が、他の方からの評価も高く、とても嬉しかったですよ。彼女も幼いころからよくご利用くださっていて、成人式の際にも写真を庭園で撮影したとおっしゃっていました。

自然との共生が生む特別な価値

──お話を伺っていると、ホテル椿山荘東京の庭園への思いが伝わってきます。

飛山:庭園のことばかり考えてしまいます(笑)。庭園を歩いていると、トカゲなど色々な生き物にも会えますよ。先日、小さい女の子がトカゲに素早く帽子を被せているのを見かけました。お母さんと一緒に、トカゲを探しに来てくださったみたいで、嬉しかったですね。

当ホテルの庭園は造園業界では「近代自然主義の日本庭園」と呼ばれています。整えられた美しさとはまた違った、自然の森のような景観を大切にしています。だからこそ、こうした生き物たちが共生できる環境が保たれているのだと思います。

インタビューに応えている飛山さん

──毎年蛍も見られるほどです。蛍の飼育はどのように行っているのですか。

飛山:蛍は清らかな水辺でないと生息できません。当ホテルの庭園には、秩父山系からの地下水が湧き出ています。2000年からは、専門家の指導のもと、ゲンジボタルの飼育施設をホテル内に設置しています。

毎年1月末から2月初めには、近隣小学校の皆さんを招いて蛍の幼虫を沢に放流していただく「ほたるの幼虫放流式」を開催しています。5月から6月の蛍の時期には同じ子どもたちとご家族をご招待し、実際に庭園を舞う蛍をご覧いただいています。放流した幼虫が成虫になって光る姿を見たときの子どもたちの表情は本当に印象的ですね。この放流式を通して、小学生の皆さんが自然に触れ合い、命や生物の大切さを体験していただく機会になれたらと願っております。

伝統を守りながら新しいことを創り出す

──京都の庭師との協働について詳しく教えてください。

飛山: 2028年は、庭園の誕生から150年の節目の年です。2025年の11月には、山縣有朋公の当代である山縣有憲さん、藤田美術館の館長、そして久留里藩黒田家の当代とで植樹式を計画しています。この土地を受け継いできた方々とのつながりを大切にしていきたいですね。

2023年からは京都の庭師「植彌加藤造園」との協働も始めました。山縣有朋の別邸である、京都「無鄰菴」を管理している庭師の方々です。

松一本の剪定でも、京都の庭師と当ホテルの庭師が協議し、私のところに相談が来ます。守るべきものと進化させるものを見極めながら、本質的なところに戻って山縣有朋の庭を再生したいと考えています。

──最後に、今後の展望について教えてください。

飛山:ご滞在やご利用のお客様には、ここでしか味わえない特別な体験をご提供したいという想いがあります。一方で、地域の皆さまにもこの場所を身近に感じていただきたい。そのため、養蜂や蛍放流式など、近隣の皆様との取り組みも継続しております。

この“特別感”と“親しみやすさ”の両立は、私たちにとって大切なテーマであり、常に意識している課題です。

その実現のために、今注力しているのが「東京雲海」のクオリティ向上です。
現在の庭園には、国の登録有形文化財である三重塔をはじめ、茶室や史跡などが点在し、春の桜、新緑、初夏の蛍、滝のしぶき、紅葉、そして雪景色の中に咲く椿と、四季折々の風情が感じられます。
この特別な環境を最大限に活かしながら、多くの方に愛される場所であり続けたいと考えています。

「いつか行ってみたい」「また行きたい」

そう思っていただけるような、心に残る体験を創出することがより重要です。ここでしか見ることのできない風景や体験を通じて、数ある都内のホテルの中から私たちを選んでいただきたい。 “選ばれる理由”をしっかりとつくっていきます。

また、持続可能な取り組みは一朝一夕で実現できるものではありません。たとえば蛍の放流式に参加したお子さまたちが、やがて大人になり、今度はご自身のお子さまを連れてこの場所に戻ってきてくださる――そんな世代を超えたつながりこそ、私たちが大切にしていることです。

これからも地域や社会と真摯に向き合いながら、現代に求められる「オアシス」としての役割を果たし続けていきたいです。

▶【前編】はこちら

(取材・執筆 かたおか由衣)

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