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コロナ禍の危機から生まれた庭園再生プロジェクト──ホテル椿山荘東京「東京雲海」誕生まで

投稿日 : 2025.10.06

東京都

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東京・文京区の高台に広がるさながら森のような日本庭園を有する、ホテル椿山荘東京。1878年に山縣有朋(やまがたありとも)が築いた歴史的な庭園を持つ。コロナ禍の2020年に始動した「東京雲海」は、東京の新たな絶景として注目を集めています。

本記事では、藤田観光株式会社 ホテル椿山荘東京 マーケティング支配人兼 庭園支配人の飛山達也さんに、プロジェクト誕生の経緯と苦労の舞台裏について詳しく聞きました。

庭園再生プロジェクトの始まり

──窓の外から雲海が見えてとても感激しました。まずは、飛山さんのこれまでのご経歴を教えてください。

飛山:今ご覧いただいているのが「東京雲海」です。自然界ではなかなか目にすることのできない雲海を、ここでは朝昼晩の各時間帯に表情を変える絶景として、必ずお楽しみいただけます。私は1993年に入社し、ドアマン、宴会サービス、婚礼・一般宴会など、現場や営業を経験し、その後2020年4月に営業企画課長に就任。まさに新型コロナウィルスの影響が出始めた時期でした。

霧の演出が美しい「東京雲海」

──庭園再生プロジェクトはどのように始まったのでしょうか。

飛山:2020年1月に就任した新しい総支配人は、「企画力」を非常に重視する方でした。着任早々、「庭園を“ホテルの武器”と言いながら、十分に活かしきれていないのではないか」と問題意識を示されたのです。

当ホテルが誇る庭園は、1878年に明治の元勲・山縣有朋によって築かれた、歴史的にも価値の高い庭園です。山縣公は明治時代にヨーロッパを視察し、当時の日本庭園にはなかった“芝生”を大胆に取り入れるという革新的な試みに挑みました。今でこそ芝生は一般的ですが、当時としては非常に斬新なアイデアだったのです。

こうした歴史的背景を踏まえ、私たちも「現代の人々に新たな驚きと感動を届けたい」との思いから、「庭園再生プロジェクト」を立ち上げました。日本庭園の伝統を大切にしながらも、現代的な楽しみ方も提案します。この特別な空間をより多くのお客様に体験していただきたいと考えてのことです。

総支配人と私を含む5人でプロジェクトチームを結成。2020年10月の「東京雲海」スタートを目指して、本格的に動き始めました。

しかし、その矢先の3月、新型コロナウイルスの影響で、謝恩会などのご宴会がすべてキャンセルに。これまで順調に進んでいた準備にも、急ブレーキがかかりました。ちょうどそのタイミングで、私は営業企画部門に異動することになり、まったく新しい環境での企画業務が始まったんです。これまでとはまるで異なる、不安定で先の見えない状況の中でのスタートでしたが、だからこそ、挑戦する意味があると感じていました。

インタビューに応える飛山達也さん

Go Toトラベル初日に始動した「東京雲海」

──5月の緊急事態宣言による休館が転機となったそうですね。

飛山: そうですね。当ホテルの開業以来、初めて休館をしました。5月中旬から6月末はちょうど蛍の季節です。従業員を休ませなければいけない状況で、私は出社していました。

ある日の夜、お客様がいない真っ暗な庭園で、これまで見たことがないほど多くの蛍が舞っているのを見たのです。私が今までに見た中でも、最高の景色でした。

毎年「ほたるの夕べ」というビュッフェイベントを開催していたのですが、実施するかの議論もありました。しかし、この絶景を見て「お庭の力は確実にある」という確信を得ました。

結局、6月に10日間だけ緊急事態宣言解除後のルールに沿って「ほたるの夕べ」を開催しました。4名1テーブル、アクリル板設置などの制限があったにも関わらず、10日間すべて満席だったのです。ホテルが求められていることも感じました。

庭園に舞う蛍

──雲海のアイデアはどこから生まれたのでしょうか。

飛山: 総支配人が以前、大阪の施設で雲海演出を経験しており、庭園の地形を見て「ここでもできる」と直感したそうです。当初はまだ「東京雲海」の名前はありませんでしたが、会議の中で現在の副総支配人が「東京雲海ってどう?」と提案し、名称も決まりました。

──実現までの苦労はいかがでしたか。

飛山: コロナ禍とも重なっていましたし、やはり大変でした。例えば、レストランに「10月から雲海を始めたいから何か料理を考えてほしい」と伝えても、まだ誰も雲海を見たことがありません。具体的なイメージが共有できない中で、どのように演出を考えるかは大きな課題でした。

各部署の責任者と何時間もかけて話し合い、プロジェクトの意義や可能性について理解してもらう必要がありました。最初は懐疑的だったスタッフも、熱意を持って説明を続けることで、徐々に協力してもらえるようになりました。イベント実施前に試験的に雲海を出したところ、見ていたスタッフたちが「わあ」と歓声を上げたんです。その瞬間、「これはいける」と確信しました。

夕景に広がる「東京雲海」

───2020年10月1日のスタートはいかがでしたか。

飛山:10月1日は、偶然にも「Go Toトラベル」の東京参加初日でした。どこのホテルも「営業再開」「予約増加」のニュースが並ぶ中で、「都心に雲海が出現」は大きなインパクトです。

歌番組が雲海を背景に生中継するなど、想定以上のメディア露出につながりました。「ホテル椿山荘東京=庭園」との認知度向上に大きく貢献しました。

四季から七季へ。新たな価値を生み出す

──他にはどのような取り組みを展開されていますか。

飛山:春夏秋冬の四季ではなく、当ホテルの庭園において「七季」を定義して季節ごとの魅力を創り出しています。

椿、桜、新緑、蛍、涼夏、秋、冬と、7つの季節を設定しました。

たとえば、椿の季節を迎えるにあたり、2020年以降、新たに約1300本の椿を植樹しています。三重塔の裏庭に、ヤブツバキや苔、石・竹垣を配し、幻想的な椿の空間を演出した「椿絵巻~東京椿インスタレーション・アート~」も誕生しました。ここは、かつて椿が自生する景勝地として「つばきやま」と呼ばれていた場所。南北朝時代から江戸時代、そして山縣有朋が見た「つばきやま」に思いを馳せ、1~3月にかけて深い椿の赤が広がるかつての景観の再現に挑戦しています。

「椿絵巻~東京椿インスタレーション・アート~」では、自動車のボディを作る技術を用いたステンレス製の椿もオリジナルで製作し使用。庭園を彩っている。

飛山:新緑の季節には、色鮮やかな100旒の鯉のぼりが空を舞う演出を行っています。全国有数の鯉のぼりの産地である埼玉県加須市で作られたものです。庭園には「東京雲海」も広がる上空で鯉のぼりが舞う、ホテル椿山荘東京ならではの景色をご覧いただけます。

夏は「超雲海」という通常の2倍の噴霧量となる雲海演出(※2023年、2024年実施)や、2024年からは、庭園内の五丈滝の前に設置されたノズルから、垂直に勢いよくミストが吹きあがる「雲海スプラッシュ」が登場し、まるで滝の水しぶきが庭園へ降り注ぐかのような景色を作り出しています。

始まる前には鐘を鳴らしてお知らせし、そばには虹色の傘も用意しています。傘をさしながら涼を感じていただいたり、子どもたちは大喜びでびしょ濡れになったり、海外からのお客様が傘なしで楽しんでいる様子もお見かけします。

日本庭園の美しい風情を守ることも大切にしながら、多くの方が、日本庭園に興味を持つきっかけとなるような演出を企画したい。常にそのバランスを大切に考えています。

100旒の鯉のぼりが庭園の上空を舞う

地域からも愛されるホテルに

──地域の皆さんからの反響はいかがですか。

飛山: 近隣のマンションの方から「鯉のぼりがすごくいいね」と褒められたり、近くの小学校の先生から「うちの生徒たちが屋上でみんな喜んでいます」と連絡をいただいたりしています。

2024年からは庭園内で養蜂を始めました。文京区と千代田区の障害者就労支援施設と協働しています。瓶詰めやラベル貼りをお願いし、ホテルのショップやオンラインストアで販売しています。

面白いのは、5月、6月、7月で蜜の色と味が全く異なることです。美味しいですよ。夏になると、ミツバチたちは巣の温度管理のために五丈滝に水を汲みに来ます。庭師から「飛山さんの部下がたくさん来ています」と写真が送られてきて、愛着もわいていますね。

庭園の花から生まれたオリジナルハチミツ「GARDEN HONEY」

──コロナ禍による影響はいかがでしたか。

飛山:コロナ禍を通じて、私たちは改めて「庭園があることの価値」を実感しました。屋外で自然を感じながら安心して過ごせる空間は、お客様にとって心の拠り所となり、ホテルにとっても大きな強みであることを再認識させられました。

そして、「庭園再生プロジェクト」の効果も、少しずつ目に見える形で現れてきました。お客様からは温かい反響をいただき、とりわけ世代を問わず多くの方々に親しまれていることを実感しています。この庭園が、今の時代にふさわしい新たな価値生み出しながら、愛され続けていることは、私たちにとって何よりの喜びです。

次回【後編】では、この成功を支える組織づくりと、築庭150周年に向けた歴史継承の取り組みについて詳しく伺います。

【後編】はこちら

(取材・執筆 かたおか由衣)

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