山梨県富士吉田市で、取り壊し予定だった築120年の古民家が一棟貸し宿「FUJIクロスゲートハウス 欅 -KEYAKI-」として11月25日に開業した。
釘を使わず組まれた欅の柱や千本格子の襖など伝統的な意匠を残しつつ、フローリングのリビングやWi-Fi、石造りの風呂などを備え、現代の滞在スタイルにも対応した施設。富士急行線下吉田駅から徒歩圏で、富士山周辺の観光やワーケーション拠点としての利用も見込まれている。空き家活用や文化継承のモデルケースとなり得ると見られる。
本記事では、施設開業の経緯やこだわりなどについて、運営を担うキャップクラウド株式会社宿泊グループのファシリティマネージャーに取材した。
―――築120年の古民家が取り壊し予定だった中で、「宿泊施設として再生しよう」と最終的に意思決定された決め手を、当時のお気持ちとあわせて教えていただけますでしょうか。

一番の決め手となったのは、解体の話を聞いて改めてこの家と向き合った瞬間に感じた、「今ここで失ってしまえば、二度と取り戻せない貴重な建築だ」という強い想いでした。
この家は私の旧友の生家であり、20年前に彼が引っ越して以来、ずっと空き家となっていました。しかし、久しぶりに足を踏み入れた時、定期的な手入れによって守られてきた太い欅の大黒柱や、釘を使わずに組まれた見事な梁(はり)を目の当たりにし、「これほど立派な建物を壊してしまうのは、あまりにも惜しい」と直感的に感じました。
ただ建物を保存するだけでなく、この古民家が持つ「続き間の開放感」や「縁側から感じる風」、「土間玄関の空気感」といった心地よさは、実際に滞在して時間を過ごしていただくことでこそ、深く伝わるものだと考えました。
だからこそ、国内外の旅行者の方々に、まるでこの土地で暮らしているかのような体験を提供できる「一棟貸しの宿」として再生することが、この家にとっても一番幸せな形だという結論に至りました。
かつて織物商が営まれたこの場所を、再び人が集い、富士吉田の文化を感じられる場所にしたい。そのシンプルな願いが、プロジェクトを始動させる原動力となりました。
―――土間玄関・欅の柱・千本格子の襖・続き間のリビングなど、歴史的価値の高い要素のうち、「これは絶対に残したい」と優先されたポイントと、その理由を具体的にお聞かせください。

全てに愛着があり非常に悩みましたが、どうしても残さなければならないと優先したのは、家の顔である「土間玄関」と、宿の名前の由来にもなった「欅(けやき)の大黒柱」です。
まず「土間玄関」についてですが、現代の住宅の玄関はコンクリートやタイル貼りが一般的です。しかし、この家には土と石灰などを混ぜて固めた本物の「三和土(たたき)」が、当時のまま残っていました。この独特の質感や、ひんやりとした空気感は、一度壊してしまえば今の技術では容易に再現できません。かつてここでお正月のお餅つきが行われていたという歴史も含め、ゲストをお迎えする最初の場所として、この土間玄関だけは絶対にそのままの姿で残そうと決めました。

また、「欅の大黒柱」と「千本格子」についても同様です。120年間、地震や風雪に耐えて家を支えてきた太い欅の柱や、職人が一本一本手作業で組んだ繊細な千本格子の建具は、今の時代に同等のものを作ろうとしても手に入らない「代えのきかない存在」です。これらを残すことで、リフォーム後も建物の品格が保たれると考えました。
一方で、リビングなどの居住スペースに関しては、現代の旅行者がリラックスできるよう、あえて畳からフローリングに変更し、断熱ができる特注の2重サッシを入れる決断をしました。
「変えるべき機能」と「守るべき意匠」。このメリハリをつける際、土間玄関と大黒柱・千本格子は、間違いなく「守るべき意匠」の筆頭でした。
―――一方で、リビングを畳からフローリングへ変更するなど、現代的な改修も行っていらっしゃいますが、「歴史を残すこと」と「快適性・衛生面への配慮」のバランスをどのような基準で設計されたのか教えていただけますでしょうか。

そのバランスを決める上で最も大切にした基準は、「目に見える景色は『歴史』そのものであり、肌で触れる快適さは『現代』の水準であること」です。
確かに、畳の生活は日本の文化ですが、現代の旅行者様、特に海外からのお客様やご高齢の方にとって、長時間床に座る生活は身体的なストレスになることもあります。「素晴らしい建築だったけれど、寒くて足が痛かった」という記憶で終わらせないために、あえてリビングはフローリングへの変更を決断しました。
これにより、歴史ある梁(はり)や柱の力強さをソファに座ってゆったりと眺める、という「現代的な寛ぎ方」が可能になりました。また、清掃性や衛生面での安心感を担保することも、宿泊施設としての責任だと考えています。
同様に、縁側の障子を特注の2重サッシに変えたのも同じ理由です。古民家特有の「寒さ」という課題を解消しつつ、かつての開放感や景色との一体感を損なわないギリギリのラインを模索しました。
「不便さを楽しむ」のではなく、「ストレスのない環境で、純粋に建物の歴史に浸っていただく」。この考え方が、今回リノベーションを行う上での全ての判断基準となっています。

―――小さなお子様連れや外国人のお客様にも安心してご利用いただけるよう配慮されたとのことですが、そうしたお客様には欅 -KEYAKI-でどのような時間を過ごしてほしいとお考えでしょうか。また、滞在を通じてどのようなことを感じ取ってもらえたら理想的か、お聞かせください。

海外からのお客様には、「日本の美意識である『間(ま)』を感じながら、本物の素材に触れる時間」を過ごしていただきたいですね。
リビングのデザインで特に意識したのは、日本独特の「空ける(あえて空間を残す)」という美意識です。あえて物を詰め込まず、広々とした余白を作ることで、視線が自然と「本当に価値あるもの」へと向くように設計しました。足元のフローリングは素足に心地よい無垢材を使用していますが、これはあくまで快適に過ごしていただくための背景(ベース)に過ぎません。
このシンプルな空間があるからこそ、頭上に組まれた120年前の重厚な梁(はり)や、圧倒的な存在感を放つ欅(けやき)の大黒柱、そしてリビングの主役として置かれた欅の一枚板テーブルの美しさが際立つのです。ソファに深く腰掛け、余計なノイズのない空間で、時を経た木材だけが持つ「本物の迫力」をじっくりと味わっていただきたいですね。

また、小さなお子様連れのご家族には、この家を「本物に触れて、感性を育む場所」として楽しんでいただければと思います。現代の住宅では少なくなった広い土間玄関や、遮るもののない開放的なリビングは、お子様にとって最高の遊び場になるはずです。120年間家を支えてきた柱の太さに触れたり、一枚板のテーブルの木目を指でなぞったり……。プラスチックやプリント合板ではない、自然が生み出した「本物の木」の質感やスケール感を、全身で感じる体験を持ち帰っていただきたいです。
最終的に、ここでの滞在を通じて感じ取っていただきたいのは、「120年前の歴史と、現代の自分が心地よくつながった」という感覚です。日本の伝統建築の凄みを肌で感じながら、気兼ねなくリラックスできる。そんな「実家」のような温かい記憶を、ここで作っていただければ本望です。
―――「欅 -KEYAKI-」の取り組みを通じて、今後、富士吉田市や他地域の歴史的建物の活用・古民家再生に対して、どのような役割を果たしていきたいとお考えか、将来の展望をお聞かせいただけますでしょうか。

正直に申し上げますと、単に「宿泊者にとって快適な箱」を作るだけであれば、更地にして新築の建物を建てる方がはるかに容易です。断熱もレイアウトも自由自在ですから。
しかし、私が目指しているのは、そうした効率性とは別の次元にある価値づくりです。今回のプロジェクトを通じて強く感じたのは、「リフォームとは、単に古くなったものを新しくすることではない」ということでした。
以前ここに住んでいた方が、この場所でどのように過ごし、何を大切にしていたのか。その「暮らしの記憶」や「想い」を想像し、設計に落とし込む。そうすることで初めて、新築では絶対に作り出せない奥深さや、その宿でしか表現できない唯一無二のコンセプトが生まれるのだと確信しました。
「FUJIクロスゲートハウス 欅 -KEYAKI-」は、その第一歩です。今後は、この富士吉田市に限らず、他の地域の民泊事業にも積極的に関わっていきたいと考えています。
日本中には、歴史や想いが詰まっていながら、その価値に気づかれずに眠っている建物がたくさんあります。それぞれの土地、それぞれの建物が持つ「記憶」を読み解き、現代の快適さと融合させていく。そうやって、その場所にしかない物語を持つ宿を一つでも多く増やしていくことが、私のこれからの使命であり、楽しみでもあります。
■施設概要
施設名:FUJIクロスゲートハウス 欅 -KEYAKI-(ふじくろすげーとはうす けやき)
所在地:山梨県富士吉田市富士見1-7-73
富士急行線「下吉田駅」より徒歩10分
定 員:7名
設 備:無料Wi-Fi/専用キッチン(IHコンロ、冷蔵庫、調理器具一式)/石風呂
エアコン/暖房完備/洗濯乾燥機/75インチ大型テレビ/ダイニングテーブル…他
備 考:施設の快適性を考慮し、予告なく設備が変更となる可能性がございます。
宿泊予約:https://airbnb.jp/h/fujixgate-keyaki