瀬戸内海に浮かぶ小豆島に、名家の邸宅を再生した一棟貸し宿「お屋敷ステイ幸(こう)」が誕生した。昭和初期に建てられた母屋と明治期の蔵を改装し、約925坪の敷地には、日本庭園や畑、蔵BAR、半露天風呂、サウナが備えられている。
運営する小豆島リトリーツ株式会社は、空き家活用と文化継承を軸に地域と連携し、滞在型観光の新しい形を模索してきた。宿泊者は庭での農作業や地元シェフの出張料理などを通じ、島の暮らしに触れることができる。クラウドファンディングでも高い支持を集めた本施設は、「暮らすように泊まる」小豆島ならではの体験を提案している。
本記事では「お屋敷ステイ幸」の特徴や施設へのこだわりなどについて、小豆島リトリーツ株式会社に取材した。
▷公式サイト:https://oyashiki-stay.com/
―――名家邸宅という文化資産を宿泊施設へと転換するにあたって、どのように「歴史」と「現代の快適さ」のバランスを取ったのでしょうか。

私たちがこだわったのは、日本らしさと居心地の良さです。自然素材で建てられた日本家屋は、どうしても経年による歪みが生じます。そこで今回の大規模な改修では、建物の強度を高め、耐震や隙間風などの防寒対策として断熱材を施し、床暖房や空調を整備しました。古い窓には障子を取り付け、できる限り古いものを残しながら、快適さも追求しています。
元々あった建具は一度すべて取り外して歪みを調整し、大きさを整えて、元の場所とは違う扉として再利用しました。古民家ならではの良さを感じていただけるように、庭の景色を楽しめる窓や引き戸にはあえて網戸やサッシを付けていません。引き戸を開ける音や昔ながらの窓の鍵――滑らかではない動きも、時代の流れを感じる味わいのひとつです。

お部屋は布団ではなくベッドを設え、家電は最新のものを揃えています。プロジェクターやサウナなど、非日常を感じていただける設備もご用意しました。築およそ150年の蔵はBarへと生まれ変わり、このお屋敷の歴史を感じながらお酒を楽しめる空間になっています。

調度品や食器は、もともとこの屋敷に残されていたものを使用していますので、見て楽しんでいただけると思います。一方で、テーブルや椅子、ソファなどには現代の職人によるデザイン家具を採用しました。意匠にこだわった、現代の技術が光る家具です。

昔はお醤油屋を営んでいたこともあり、敷地内には4つの井戸があります。宿の水道から出る水は高性能な濾過フィルターを通した天然水で、「お風呂のお湯が柔らかい」「肌がツヤツヤになる」といったお声も多くいただいています。

宿の名前『幸』は、このお屋敷の屋号「幸次郎」から一文字をいただきました。地域に貢献してきたこの家が、これからも宿として地域に寄り添い続けてほしい――そんな思いを込めています。ここで過ごす時間が、訪れる方にとって「幸せなひととき」となるように願っています。
―――「住まいの温度をそのまま体験へ」というコンセプトには、どのような思いが込められているのでしょうか。具体的な工夫やエピソードがあればお聞かせください。

この物件を初めて訪れたとき、庭の佇まい、建物の造り、置かれた調度品のひとつひとつに感動しました。すべてに趣と温もりがあり、好奇心を掻き立てられる――この感動を多くの人に感じてほしい、そう思いました。

宿は建物全体だけでなく、広い敷地も一棟貸しです。庭には多彩な木々が植えられ、四季折々の風情を見せてくれます。花を咲かせ、果実を実らせ、鳥のさえずりが響く。朝日や夕焼けを眺め、ただ庭を散歩するだけでも美しい発見があります。夜には真っ暗な空に星や月が輝く――そんな自然の中で、何もしない時間そのものが癒しになればと思っています。
―――地元シェフや農体験など、地域の方々と連携するうえで印象に残っている協働エピソードがあれば教えてください。

小豆島に移住して、小さな集落に家を借りたのですが、お店もなく、高齢の方ばかりの静かな地域でした。畑をされている方が多く、皆さん自分たちが食べる分の作物を育てています。ときどき採れたての野菜や果物をいただくのですが、「消毒は好きじゃないから」と農薬を使わず育てているんです。その新鮮さと優しい味わい、そして何よりその気持ちが嬉しくて。
宿の敷地内では、去年から椎茸栽培にも挑戦しています。80代のお二人に協力していただき、山からどんぐりの木を切り出し、近所の方々と菌を打ちました。収穫が本当に楽しみです。

ほかにも、梅・杏・びわ・柿・金柑・すだちなど、敷地内の果樹が実をつけます。鶏小屋では3羽のニワトリが暮らしていて、日によって卵を産んだり産まなかったり。採れたての卵は手のひらにのせると温かくて、命の営みを感じます。季節や天候によって何が採れるかはその時次第ですが、その「今ここにある恵み」を自分の手で収穫し、味わってもらいたいと思っています。
―――「子供たちがまた戻ってきたい島に」という目標に向けて、この宿がどのような役割を果たしていくとお考えでしょうか。

小豆島で生まれ育ったことを、子供たちが誇りに思えるような島にしたいんです。宿では、お客様に「楽しかった」「感動した」と思っていただけるような、記憶に残る体験を提供したいと考えています。
また来たい、と思ってもらえることが何より嬉しいです。ツアーも企画していて、島民しか知らないような隠れたスポットにもご案内しています。1日1組限定の宿ではありますが、地道に少しずつ、小豆島の魅力に心惹かれる人を増やしていきたい。観光が盛り上がることで島に仕事が生まれ、子供たちが戻ってこられるようになる――そんな循環を生み出したいと思っています。
―――小豆島リトリーツとして、今後どのように地域資源を活かした宿づくりや観光体験を発展させていきたいとお考えですか。

小豆島といえば、エンジェルロードやオリーブ公園、寒霞渓などが有名ですが、それだけではありません。約300年の歴史を持つ「小豆島遍路」、自然と共に歩んできた文化があります。自然の中で自分を見つめ直すお遍路は、心を清め、再出発のきっかけにもなる素晴らしい時間です。
地域の旅行会社として、そうした隠れた魅力を発信し続けていきたいと思っています。
また、約400年前から続くお醤油づくりも島の誇りです。木桶で仕込み、天然醸造で発酵熟成させる製法は今も受け継がれています。厳選された原料から時間をかけて発酵熟成されたお醤油作りの見学もできるので、ぜひ「本当に美味しいお醤油」が生まれる過程を体感してほしいです。
さらに、小豆島は石の産地でもあります。大阪城の石垣にも使われた小豆島の石は、宿の建物や庭にも多く使われています。敷地内には石垣や石臼があり、室内には豊島石(てしまいし)もあります。先人たちが築いた石垣は今も島のあちこちに静かに佇み、その存在感を放っています。
私たちの宿が、こうした知られざる産業や文化を未来へつなぐ一助になれたら嬉しいです。この島にはまだ多くのお屋敷が眠っています。島民の暮らしの歴史が詰まった古民家を再生し、地域の活性化に繋げていく――持続可能な観光地として、小豆島をさらに盛り上げていきたいと考えています。
■施設概要
名称:お屋敷ステイ幸(こう)
所在地:〒761-4421 香川県小豆郡小豆島町苗羽甲1476
間取り:寝室4部屋、フルキッチン、ダイニング、リビング、クローク、トイレ2室、半露天風呂、サウナ、シャワー室、蔵BAR
公式サイト:https://oyashiki-stay.com/