香川県さぬき市志度の田園地帯に、一棟貸し宿「蒼々さぬき志度」が2025年12月26日、グランドオープンした。
昭和後期の和洋折衷建築と手入れの行き届いた日本庭園を活かし、全室をリノベーション。和の侘び寂びと北欧の心地よさを重ねた「Japandi」空間へと再構成した。庭が荒れていく恐れのあった屋敷を宿として継承した背景に加え、地元家具の採用や工芸品を並べるギャラリー、写経やクルーズなど地域連携の体験も用意する。滞在そのものが、志度の文化と暮らしに触れる入口になりそうだ。
本記事では、「蒼々さぬき志度」開業の経緯やこだわりなどについて、代表の塚本尚美氏に取材した。
▷公式Webサイト:https://sousou-oyado.com/
―――プレオープン(7月下旬)からグランドオープン(12月26日)までに、改修工事と家具導入で「蒼々流Japandiスタイル」を具体的にどのようにアップデートされましたか?

グランドオープンに向けて、「蒼々流Japandiスタイル」をさらに深化させました。
軸に置いたのは、本物の素材感と視覚的な調和です。そのうえで、「集う喜び」と「個の安らぎ」が同じ空間に自然と共存するよう、整えていきました。
家具は、香川県産の無垢材にこだわる「日美(にちび)」の製品を導入しています。グループで自然と会話が弾む大振りのダイニングテーブルや、お二人で贅沢に寛げるソファなど、人数に合わせて“心地よい居場所”を用意しました。
なかでも心を動かされたのが、これまで活用される機会の少なかった「どんぐりの木」を、スタイリッシュな家具として蘇らせる日美さんの取り組みです。結果として山の持続可能性にもつながる、その真摯な姿勢に深く共感しました。
北欧テイストを感じさせるシンプルでデザイン性に優れた意匠は、当宿が持つ木の温もりをより一層引き立ててくれます。オーセンティックな日本庭園を臨む空間だからこそ、それに負けない本物の家具を置きたいという贅沢な選択でもあります。
改修では、日本庭園をダイレクトに臨めるようギャラリーの窓を透明ガラスへ変更し、展示品を彩る照明を刷新しました。一方で、昭和後期の木造の質感やレトロなガラスといった「古き良き面影」も大切に残しています。
少人数での静謐なひとときから、仲間と語り明かす賑やかな時間まで。あらゆる旅の形を包み込む、奥行きのある空間をお楽しみいただけたらと思います。
―――主を失った日本庭園を“一棟貸し宿として復活”させる決断の決め手は何でしたか?

大阪から香川へ移住し、さぬき市の穏やかな海や多島美、心を落ち着かせる田園風景に魅了されていた折、この物件の日本庭園に初めて出会い、胸が高鳴りました。
実は、私は現在マンションに居住しています。以前は一戸建てに住んでいましたが、多忙な日常で庭の管理を負担に感じてしまったことが、マンションを選んだ一因でもありました。しかし、この庭園に足を踏み入れた瞬間、「私がこの場所を復活させたい」と直感的に決断したのです。
そこには、長年手入れされてきた樹木の数々がありました。特に、門を覆うように枝を伸ばす「門かぶりの松」の圧倒的な存在感と美しさには、知識のなかった私でさえ深く心を動かされました。残念ながらその松は後に枯れてしまいましたが、大切にされてきたその精神性は、宿として受け継いでいきたいと考えています。

現代では、庭の手入れを負担に感じ、立派な庭園のある家を敬遠する人は少なくありません。しかし一方で、忙しい日常から離れ、非日常な空間でリフレッシュしたいと願うニーズは、世代を問わず確実に存在します。
特に、夜の庭園が全く新しい表情を見せる「クールな社交場」としての魅力は、若い世代のグループにこそ体感していただきたいと確信しました。漆黒の闇に浮かび上がるライトアップされた庭園は、語り合う時間を格別に演出し、SNS時代においても圧倒的な存在感を放つ造形美が、仲間と過ごす時間を最高潮に盛り上げてくれるはずです。

一方で、この空間はご家族での滞在においても、お子様からご年配の方までが同じ景色を愛でる豊かな時間が流れます。お二人様であれば、その静寂を独占し、ただ庭を眺める贅沢に浸っていただけます。
もし私がここで一棟貸しの宿として再生させなければ、この庭園は管理を失い、荒れ放題の空き家になってしまうでしょう。この庭を、維持が困難な「負担」のまま終わらせるのか、それとも集う人々を魅了し、尽きることのない語らいが生まれる「付加価値」へと押し上げるのか。その大きな分岐点において、私はこの場所を宿として蘇らせる道を選びました。
―――昭和後期の和洋折衷建築の魅力を、宿の体験価値として伝えるために意識した設計・演出ポイントを教えてください。
昭和後期の建築が持つ独特の個性を、いかにして「唯一無二の宿泊体験」へと昇華させたのか。その背景にある設計思想と、細部に宿らせた演出のポイントを、4つの視点からご紹介します。
1.「和モダン」の先へ。Japandi(ジャパンディ)が導く自然への敬意

既存の古民家再生で主流の「和モダン」に留まらず、この物件が持つ「木を多用した和洋折衷」のポテンシャルを最大限に引き出すため、北欧の機能美と日本の禅の精神が融合した「Japandi」をコンセプトに据えました。
宿名「蒼々(そうそう)」には、空や海、草木といった自然に対する深いリスペクトを込めています。庭を建物の延長と捉える日本文化と、自然とともに生きる北欧の暮らし。この両者の親和性を、空間全体で表現しました。
2.「禅」の静寂を纏う、伝統工法と素材の選定

和室には、空間を引き締め、非日常を演出する墨染色の和紙畳を採用しました。壁面は、今では希少となった伝統工法「刷毛引き(はけびき)」の漆喰壁です。あえて残した刷毛目が、光の当たり方によって豊かな陰影と手わざの温もりを生み出します。
また、漆喰に珪藻土をミックスすることで、日本の気候に適した調湿機能という実用性も兼ね備えました。
3.自然の情景を色と光で表現する「心地よいノイズレス」

洗面所や洋室には「スモーキーリーフ」や「クラウディホワイト」といったアースカラーを採用し、「薄曇りの木陰の昼寝」をイメージした部屋など、自然の情景を色彩に落とし込みました。
照明は部屋全体を照らすのではなく、スタンドライトを効果的に配した北欧流のライティングを徹底しました。一方で、ダイニングなど皆で集う場所では、会話が弾むよう顔を柔らかく照らしつつ、リラックス感を損なわない光のバランスを追求しています。家電やリネン、食器までを黒・グレー・木目で統一することで、視覚的なノイズを削ぎ落とし、多人数で過ごしていても不思議と心が落ち着く空間を実現しています。
4.庭との対話を促す、境界のない空間設計

もう一つの洋室では、窓の外の「靴脱ぎ石」へ向けてチェアを二つ配置しました。お二人で静かに庭を眺める時間はもちろん、そのまま庭へと繋がり外の空気に触れる体験は、グループのお客様にとってもこの宿ならではの開放感となります。
さらに、天然木のアロマディフューザーに梅模様の和食器を添えるなど、細部に至るまで「北欧×日本」の調和を積み重ねました。
こうした意匠のひとつひとつが、ゲストの皆様が滞在を通じて「Japandi」という新しい心地よさを体感するための、大切なエッセンスとなっています。
―――家具にNICHIBI社製を多く採用した背景として、「山の未来」への共感がありますが、宿としてそのストーリーをどうお客様に届けたいですか?

当宿へお越しになるお客様は、美しい庭園やJapandiというスタイルを目的とされる方はもちろん、清潔なキッチンや大人数での宿泊を重視される方など、多種多様な目的を持たれています。そのため、私たちの想いや環境への取り組みは、決して押しつけにならないよう、滞在の中でさりげなくお伝えしたいと考えています。
具体的には、洋室の本棚に日美(にちび)のカタログを置いたり、取扱説明書ファイルの中にブランドの想いを綴ったページを差し込んだりしており、今後はInstagramでも家具のアップデートと共にその背景を発信していく予定です。
家具以外にも、二箇所のトイレのドアには端材を活用した建具を採用しました。実はこれらは既製品ではなく、日美の工場を訪れた際にその風合いに一目惚れし、特別に販売をお願いしたものです。開発に携わった副工場長によれば、表面だけ木を貼り付けたベニヤ板ではなく、本物の端材を組み合わせて作られたドアは他にはない珍しいものだそうです。

これまでトイレのドアを意識して眺めることはありませんでしたが、今ではそれぞれ異なる木の表情や温もりが愛おしく、つい手でなでてしまうほど気に入っています。
本来なら薪にしかならない「雑木」を魅力的な家具へ、そして「端材」を素敵なドアへと生まれ変わらせる日美の取り組みを、当宿を通じて陰ながら広めていければと願っています。こうした雑木の活用がなぜ「山の未来」を守ることにつながるのか。ぜひ当宿にお泊まりいただき、本物の木の温もりに触れながら、心静かに想いを馳せていただけたら嬉しいです。
―――グランドオープン後も「アップデートを進め、地域発信と連携アクティビティを充実させていく」とのことですが、蒼々さぬき志度を通じて将来的に“地域にどんな変化や循環を生み出したいか”、最後にビジョンをお聞かせください。

さぬき市も他の地方都市と同様、人口減少や存続の危機といった課題を抱えていますが、この地に広がるのどかな田園風景や穏やかな瀬戸内海には、埋もれさせてしまうにはあまりにも惜しい魅力が詰まっています。
特に2025年春に宿の北側に位置する徳島文理大学香川キャンパスが高松市へ移転し、学生人口が大幅に減少したことは、街の活気にとって計り知れない影響がありました。だからこそ、宿という拠点を通じて新たな人の流れを呼び込み、さぬき市を盛り上げたいという想いを強く抱いています。
現在その一歩として志度寺塔頭(たっちゅう)の圓通寺にて、ご友人やご家族のグループで、歴史ある空間を共有しながら心を整えるアクティビティ設定に向けた最終打ち合わせを進めています。
また、木目が美しく希少な国産桐を用いた「志度下駄」を制作されている山西商店とも、ワークショップの開催に向けて準備を整えています。山西商店は、単なる国内加工ではなく、材料そのものまで良質な純国産にこだわっておられます。現代人の足の機能を鍛えてくれる下駄は、一度その良さを知ると修理して長く愛用される方も多いそうです。現代は使い捨てが当たり前になっていますが、私は物を大切に修理して使い続けた古来の日本人の精神を、今の暮らしの中で受け継いでいきたいと考えています。

さらに、ご家族やグループで楽しみながら自然の恩恵を知るきっかけとして、この田園風景を活かした農業体験なども準備を進めています。土に触れ、作物の生命の営みに触れる経験は、世代を超えて分かち合える豊かな思い出になることでしょう。
こうした地道な取り組みの積み重ねが、ゲストにとっては「暮らすように旅をする」深い喜びとなり、地域にとっては伝統や風景を守る力となる。いつかさぬき市や香川県へ愛着を育むきっかけとなり、気がつけば何度も足を運んでしまうような、穏やかな循環を生む一助になればと願っています。
■施設概要
所在地:香川県さぬき市志度1533-2
公式Webサイト:https://sousou-oyado.com/
Instagram:https://www.instagram.com/sousou_sanukishido/
基本情報
・定員:最大8名様
・チェックイン:15時~
・チェックアウト:10時
・駐車場:無料2台※3台以上になる場合はあらかじめご相談ください
部屋詳細
全室リノベーション済の106㎡の広々としたお部屋です。
・ダイニングキッチン:食洗機、IHコンロ付きフルキッチン
・洋室1:クイーンベッド1台
・洋室2:シングルベッド2台
・和室(和室6畳、8畳):布団4組
館内設備・アメニティ
・Wi-Fi(無料)
・冷蔵庫・電子レンジ・食洗機・ウォーターサーバー・IHコンロ・炊飯器他
・ドラム式洗濯乾燥機
※詳細はホームページにてご確認ください。