「泊まれる植物園」とは、茨城県那珂市の県有施設「茨城県植物園・茨城県民の森」を民間の手で再整備し、2025年11月29日(土)に「THE BOTANICAL RESORT 林音(りんね)」として再開業した滞在型の複合施設を指す。園内にはコテージ18棟・グランピング27棟の計45棟の宿泊棟が置かれ、従来有料だった入園料は無料化、温浴施設「おふろcafe りんねの湯」と飲食・アクティビティが併設された。運営は2024年5月に設立された特別目的会社・株式会社ボタラシアンリゾートが担う。本稿は宿泊者向けの施設紹介ではなく、投資家・運営者の視点から、県有植物園を宿泊施設に転用したこの事業モデルを、事業スキーム・掲載価格・周辺の客室ストック・他県への横展開条件の4点で読み解く。
家族旅行や個人の宿選びとして林音を検討している読者には、関東圏の屋根付きグランピングを比較したHotelPicksの関東ヴィラ型グランピング特集や、子連れ目線の宿情報を扱うKazokuStayが適している。以下は業界読者向けの分析に絞る。
本記事における指標の定義
- 掲載価格(1室2名・税込):各施設が主要予約サイトで公開している販売価格。本稿の林音の価格はすべてこの掲載価格であり、「全プラン平均」は素泊まり〜食事付きを含む全プランの平均、「最安」はその日に掲載された最も安いプランの価格を指す。2026年10月11日時点の掲載を集計した。
- ADR(平均客室単価):各施設がOTA上で公開する最安プラン水準(2名1室利用時・1室あたり料金・税込)に業態別の補正係数を適用して算出した推定成約単価(税抜相当)。上場ホテルREITが開示する物件別実績との照合(91施設・直近3ヶ月間)で誤差中央値は約7%。推定値であり、各施設の実際の成約価格・会計数値とは異なります。エリア単位のADRは対象施設の中央値(エリアの標準的な施設の水準)。本稿では「推定成約ADR」と明記し、掲載価格とは混ぜない。
- OCC(稼働率):エリア内の総客室数に対する販売済み客室数の割合(OTA販売在庫に基づく推定値)。本稿の試算で用いる稼働率は観光庁「宿泊旅行統計調査」の公表値であり、当社推定値ではない。
- データ出典:メトロエンジンリサーチ(国内約168,000施設を追跡し、うち主要予約サイトで稼働が確認できる約27,000施設を分析対象とする)
- — 45棟・全体事業費 約30億円:茨城県植物園・県民の森を、8社出資の特別目的会社が設計・施工・運営まで一括して担い、2025年11月29日に「林音」として再開業した。
- — 掲載価格は茨城県平均の3.2〜4.4倍:11〜12月の全プラン平均は水曜¥50,900前後、土曜¥70,200前後(1室2名・税込、2026年10月11日時点)。県平均は¥16,100。
- — 半径20km圏は121施設・6,411室:92%がホテル系で、駅前の宿泊特化型が中心。那珂市内で価格掲載を確認できたのは林音のみ。
- — 整備費は県負担、運営は20年の指定管理:林音は県がサービス対価として整備費を負担し、公募時の条件では指定管理料を6年目にゼロとする設計。民設民営とは構造が異なる。
- — 民間が全額負担する仮想ケースの必要ADRは¥55,000:来場者26万人×1,000円の園内消費が入れば¥24,500、38万人なら¥10,400。宿泊棟単体なら¥14,700(20年単純回収)。
泊まれる植物園の中身 — 45棟・入園無料・温浴併設という組み合わせ
まずは施設の事実関係を整理しておきたい。茨城県植物園は1981年(昭和56年)の開園で、隣接する県民の森とあわせて県が設置した公の施設である。運営会社の発表資料によれば、開園から40年以上が経過した両施設に民間の創意工夫と経営力を取り入れ、利用者を増やして持続可能な運営に転換することが事業の目的とされた。再開業にあたって従来の入園料は廃止され、散策のみの来園は無料、宿泊・温浴・飲食・アクティビティはそれぞれ個別に料金を設定する形に改められている。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名称 | THE BOTANICAL RESORT 林音(ザ ボタニカルリゾート リンネ) |
| 所在地 | 茨城県那珂市戸4369-1(茨城県植物園内) |
| 開業日 | 2025年11月29日(土)。前年7月から休園し改修 |
| 宿泊棟 | コテージ18棟+グランピング27棟=45棟(棟タイプは11種を掲載で確認) |
| 温浴 | おふろcafe りんねの湯(温浴ブランド「おふろcafe」の13店舗目・茨城県初)。大人 平日950円/土日祝1,100円 |
| 飲食・体験 | RINNE CAFE(店内102席・テラス56席)、りんね食堂、BBQ施設(THE FOREST BBQ)、全長150mのジップライン、AR体験、熱帯植物館の夜間ライトアップ |
| 入園料 | 従来有料 → 無料化(施設ごとの利用料制) |
| 運営 | 株式会社ボタラシアンリゾート(特別目的会社、2024年5月設立) |
出典:運営会社リリース(2025年9月24日)、旅行新聞新社・水戸経済新聞・茨城放送の各報道より作成
再整備前の植物園は年間来場者が落ち込んでいた。茨城放送の報道では2022年度の利用者はピーク時の4分の1にあたる約5万6,000人、運営会社の発表では2023年度は約5万人とされ、旅行新聞新社によれば年間運営費は1億円以上に達していた。つまり県にとっては「来場者が減り続ける一方で維持費がかかる施設」であり、民間側にとっては「県有地と既存の植物園という集客装置を初期投資なしで使える立地」だった。両者の利害が噛み合った点に、この転用モデルの出発点がある。
事業スキーム — 公募型プロポーザルで選ばれた8社SPCが設計・工事・運営を一括して担う
それでは、県とのあいだでどのような契約が組まれたのか。一次資料として確認できるのは、SPCに50%を出資する一家ホールディングス(東証スタンダード・7127)が2024年5月22日に公表した適時開示である。同資料によれば、県が実施した「茨城県植物園等整備・管理運営事業に係る企画提案」の公募型プロポーザルに8社の企業グループが応募し、2024年5月17日付で優先交渉権者に選定された。その後、県と企業グループが「基本協定書」を締結し、企業グループが共同でSPCを設立したうえで、SPCと県が「基本契約書」を結ぶ手順が示されている。日刊建設工業新聞によれば、2024年6月20日に実施設計と工事を担う事業者としてSPCと契約が結ばれ、全体事業費は約30億円とされる。
| 時期 | 出来事 | 確認した資料 |
|---|---|---|
| 2024年1月 | 県が「茨城県植物園等施設整備基本計画」を策定 | 県議会 県有施設関連資料 |
| 2024年4月 | 「茨城県植物園等整備・管理運営事業」の企画提案プロポーザルを公告 | 県 林政課ページ(公告の掲載) |
| 2024年5月17日 | 8社の企業グループを優先交渉権者に選定 | 一家HD 適時開示(2024年5月22日) |
| 2024年5月 | SPC・株式会社ボタラシアンリゾート設立(資本金300万円、本店 千葉県市川市) | 同上 |
| 2024年6月20日 | 実施設計・工事を担う事業者として県とSPCが契約。全体事業費 約30億円 | 日刊建設工業新聞 |
| 2024年7月〜 | 植物園を休園し解体・改修。当初2025年4月開業予定を資材・設備費高騰で11月に延期 | 日刊建設工業新聞、水戸経済新聞 |
| 2025年4月 | ボタラシアンリゾートが指定管理者に(4月1日)。23日に愛称「林音」を発表 | 茨城県発表資料(2025年4月23日) |
| 2025年11月29日 | グランドオープン | 運営会社リリース |
出典:一家ホールディングス「子会社による新たな事業の開始に関するお知らせ」(2024年5月22日)、日刊建設工業新聞、茨城放送、茨城県公表資料より作成
SPCの出資構成は、飲食・レジャーを本業とする一家グループの2社で50%(一家レジャーサービス35%、一家ダイニングプロジェクト15%)、農業体験施設を運営するザファームが10%、建設3社(秀建・浅川建設・秋山工務店)が各10%、設計2社(柴建築設計事務所・大山都市建築設計)が各5%である。設計・施工・運営の担い手がそのまま出資者になる構成で、工事の発注先と運営リスクの引受先が一致している点がこの案件の特徴といえる。一家ホールディングスの開示では、事業がグループ業績へ与える影響は「精査中」としつつ、長期的には業績向上に資すると位置づけている。
| 出資者 | 本社 | 出資比率 | 役割 |
|---|---|---|---|
| 株式会社一家レジャーサービス | 千葉県市川市 | 35% | レジャー運営 |
| 株式会社一家ダイニングプロジェクト | 千葉県市川市 | 15% | 飲食運営 |
| 株式会社ザファーム | 千葉県香取市 | 10% | 農業体験・宿泊施設運営 |
| 株式会社秀建 | 千葉県千葉市 | 10% | 施工 |
| 株式会社浅川建設 | 茨城県那珂市 | 10% | 施工 |
| 株式会社秋山工務店 | 茨城県日立市 | 10% | 施工 |
| 株式会社柴建築設計事務所 | 茨城県水戸市 | 5% | 実施設計 |
| 株式会社大山都市建築設計 | 茨城県筑西市 | 5% | 工事監理 |
出典:一家ホールディングス 適時開示(2024年5月22日)、茨城県発表資料(2025年4月23日)、日刊建設工業新聞より作成。役割は県発表資料の業務分担と各社の公表事業内容に基づく
契約の枠組みは、県の公募資料と発表資料から確認できる。事業期間は、実施設計・工事監理・建設が工事請負契約の議会議決日から2025年3月31日まで、維持管理・運営が2025年4月1日から2045年3月31日までの20年間で、ボタラシアンリゾートは2025年4月1日から県植物園等の指定管理者となった(再整備前の指定管理者であった公益社団法人茨城県農林振興公社の指定期間は、2025年3月31日まで1年延長されていた)。費用は県がSPCに支払う「サービス対価」で構成され、公募時の提案上限価格は実施設計・工事監理・建設分(サービス対価A)が約29億8,890万円と、報道にある全体事業費約30億円に相当する。維持管理・運営分(サービス対価B=指定管理料)は、初年度の上限を直近の指定管理料実績(約1億1,106万円)とし、5年間で段階的に引き下げて6年目にゼロとする条件で、実際の額は指定管理者選定委員会の再審査で設定するとされた。つまり林音は、施設整備費を県が負担し、運営は6年目以降に利用料収入で自立させる設計であり、宿泊・温浴・飲食の収入で整備費を回収する民設民営とは構造が異なる。SPCから県への納付金の有無は、公表資料からは確認できなかった。横展開を検討する読者は、この契約期間と費用分担こそが採算を左右する変数である点を押さえておきたい。
図表1:掲載価格 — 平日の全プラン平均は茨城県平均の3倍、土曜は4倍を超える
次に、この施設がどの価格帯で売られているかを掲載価格で確認する。メトロエンジンリサーチが2026年10月11日時点で集計した林音の掲載価格(1室2名・税込)を、11月〜2月の水曜12日・土曜12日について見ると、11〜12月の水曜は全プラン平均が¥50,900前後、土曜は¥70,200前後で推移していた。茨城県全体の掲載価格(全プラン平均・2026年10月)は¥16,100であるから、平日でも県平均の3.2倍、土曜では4.4倍の水準にある。最安プランでみても、水曜は¥16,800、土曜は¥30,700が下限で、いずれの日も県平均の掲載価格(全プラン平均)を上回っていた。
棟タイプ別に最安掲載価格を並べたのが図表1である。グランピング4タイプのうち最も手頃な「メタセコイアテラス」と「ファミリースイート」が水曜で1万6,800円〜1万9,200円、土曜で3万700円〜3万3,000円と入口の価格帯をつくり、コテージ群は水曜3万2,400円〜5万5,200円、土曜4万4,900円〜6万7,700円に分布する。水曜と土曜の差はグランピングで1.4〜1.8倍、コテージで1.2〜1.6倍と、平日と週末で大きく価格を変える設計になっている。1月〜2月は掲載プラン数が72〜83本と11〜12月(272〜405本)より少なく、棟タイプも一部に限られるため、冬季の価格はまだ掲載途中とみるのが妥当だろう。
出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング作成(THE BOTANICAL RESORT 林音、2026年11〜12月の水曜9日・土曜8日の掲載を集計、2026年10月11日時点、1室2名・税込)。破線は茨城県の掲載価格(全プラン平均・2026年10月・N=434施設)
| 水曜 | 全プラン平均 | 最安 | プラン数 | 土曜 | 全プラン平均 | 最安 | プラン数 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 11/04(水) | ¥51,249 | ¥16,842 | 405本 | 11/07(土) | ¥69,069 | ¥30,702 | 283本 |
| 11/11(水) | ¥51,249 | ¥16,842 | 405本 | 11/14(土) | ¥67,892 | ¥30,702 | 339本 |
| 11/18(水) | ¥51,249 | ¥16,842 | 405本 | 11/21(土) | ¥76,299 | ¥38,210 | 320本 |
| 11/25(水) | ¥51,249 | ¥16,842 | 405本 | 11/28(土) | ¥67,964 | ¥30,702 | 365本 |
| 12/02(水) | ¥50,575 | ¥16,842 | 304本 | 12/05(土) | ¥67,154 | ¥30,702 | 272本 |
| 12/09(水) | ¥50,575 | ¥16,842 | 304本 | 12/12(土) | ¥67,210 | ¥30,702 | 274本 |
| 12/16(水) | ¥50,262 | ¥16,842 | 294本 | 12/19(土) | ¥75,817 | ¥38,210 | 280本 |
| 01/13(水) | ¥60,622 | ¥42,572 | 83本 | 01/16(土) | ¥72,025 | ¥51,350 | 79本 |
| 01/20(水) | ¥60,622 | ¥42,572 | 83本 | 01/23(土) | ¥72,025 | ¥51,350 | 79本 |
| 02/03(水) | ¥61,533 | ¥42,572 | 76本 | 02/06(土) | ¥73,242 | ¥51,350 | 72本 |
| 02/10(水) | ¥67,852 | ¥46,962 | 72本 | 02/13(土) | ¥78,633 | ¥55,740 | 72本 |
| 02/17(水) | ¥61,533 | ¥42,572 | 76本 | 02/20(土) | ¥78,633 | ¥55,740 | 72本 |
出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング作成(掲載価格・1室2名・税込、2026年10月11日時点)。1〜2月はプラン数が少なく掲載途中の水準
掲載価格と推定成約ADRは別物である点も押さえておきたい。茨城県の推定成約ADRは2026年9月(履歴基準)で¥6,900、前年同月比+2.2%、掲載価格は¥15,700で前年同月比+1.0%と、県全体の単価はほぼ横ばいで推移している。2026年10月の推定成約ADRは¥9,600(調査時点の掲載水準に基づく推定)で、カテゴリ別ではビジネスホテル6,800円、旅館7,200円、リゾートホテル7,500円(いずれも2026年9月)と、県内の既存施設は1万円を下回る単価帯に集中している(県内の単価階層の全体像は茨城県ホテル市場マップ2026|単価は4層構造、空白は1万円台前半で整理している)。林音の推定成約ADRは2026年9月で1万9,000円、8月で2万5,900円だが、この推定は最安プラン(グランピングの入口帯)を起点に補正係数を掛けた値であり、コテージ主体の実勢より低めに出やすい。そのため本稿では、林音の水準は掲載価格で論じ、県平均との比較に推定成約ADRを持ち込まない。
図表2:水戸・那珂圏の客室ストック — 半径20km圏6,400室のうちホテル系が92%、植物園立地は空白帯を取る
では、この価格帯の宿泊棟が周辺の供給とどう関係するのか。林音を中心とする半径20km圏で、メトロエンジンリサーチが2026年10〜12月に価格掲載を確認できた施設は121施設・6,411室である。市町村別では水戸市が52施設・3,753室と全体の6割近くを占め、ひたちなか市が31施設・1,484室で続く。那珂市内で価格掲載を確認できたのは林音の45棟のみで、市内のほかの宿泊施設はこの期間の掲載が確認できなかった。圏内6,411室のうち5,897室(92%)はビジネス・シティ・リゾートのホテル系で、その大半は水戸駅・勝田駅周辺の宿泊特化型である。水戸市の掲載価格(全プラン平均・2026年10月)は1万5,500円、ひたちなか市は1万7,200円で、県平均とほぼ同じ帯にある。
出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング作成。円の大きさは客室数。林音を中心に半径20kmの圏域を破線で示す(価格掲載を確認できた40室以上の施設と林音を表示)
出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング作成(林音から半径20km圏、2026年10〜12月に価格掲載を確認できた121施設・6,411室、主要予約サイト掲載ベース)
| 市町村 | 施設数 | 客室数 | うちホテル系 |
|---|---|---|---|
| 水戸市 | 52 | 3,753 | 3,552 |
| ひたちなか市 | 31 | 1,484 | 1,342 |
| 日立市 | 9 | 348 | 311 |
| 笠間市 | 12 | 307 | 219 |
| 常陸大宮市 | 6 | 143 | 118 |
| 常陸太田市 | 5 | 104 | 91 |
| 東海村 | 1 | 63 | 63 |
| 那珂市 | 1 | 45 | 45 |
| 城里町 | 2 | 36 | 31 |
| 栃木県茂木町(圏内にかかる県外分) | 1 | 125 | 125 |
| 茨城町 | 1 | 3 | 0 |
| 合計 | 121 | 6,411 | 5,897 |
出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング作成(OTA掲載確認ベース。半径20km圏に一部がかかる市町村は圏内分のみ)
新規開業の顔ぶれも同じ方向を示している。メトロエンジンリサーチが把握する範囲で、茨城県内で2025年10月〜2026年9月の12ヶ月に開業(OTA掲載確認ベース)した施設は21件・676室で、うちビジネスホテルは東横インつくば駅(217室)、コンフォートホテル水戸(128室)、HOTEL R9 The Yard 常総(65室)・笠間(45室)・牛久(44室)、スマートワークホテル日立高萩(14室)の6件・513室と客室数の76%を占める。残りはリゾートホテル2件(林音45棟、ひたちオーシャンビュー ホテル&リゾート27室)と、コテージ型のHOTEL R9 The Yard 龍ケ崎(39室)および1〜16室の貸別荘・コテージ・グランピングなどの計13件である。すなわち県内の供給は「駅前の宿泊特化型」と「小規模な一棟貸し」に二極化しており、45棟という規模でファミリー・グループ向けの滞在型を構える林音は、そのあいだの空白帯に位置する。
| 開業月 | 施設名 | 客室数 | カテゴリ |
|---|---|---|---|
| 2025年10月 | モンゴリアンテーマパークジャパン | 15 | グランピング |
| 2025年10月 | SMA・MO inn Omitama | 16 | コテージ |
| 2025年10月 | HOTEL R9 The Yard 笠間 | 45 | ビジネスホテル |
| 2025年11月 | コンフォートホテル水戸 | 128 | ビジネスホテル |
| 2025年11月 | THE BOTANICAL RESORT 林音 | 45 | リゾートホテル |
| 2026年1月 | ひたちオーシャンビュー ホテル&リゾート | 27 | リゾートホテル |
| 2026年2月 | HOTEL R9 The Yard 龍ケ崎 | 39 | コテージ型 |
| 2026年3月 | HOTEL R9 The Yard 牛久 | 44 | ビジネスホテル |
| 2026年5月 | スマートワークホテル日立高萩 | 14 | ビジネスホテル |
| 2026年6月 | HOTEL R9 The Yard 常総 | 65 | ビジネスホテル |
| 2026年7月 | POOLVILLA水戸 A棟/B棟、CUBE6 | 1/1/6 | 貸別荘・コテージ |
| 2026年9月 | 東横インつくば駅 | 217 | ビジネスホテル |
出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(OTA掲載確認ベース、2025年10月〜2026年9月開業の21件から主要施設を抜粋)。掲載は開業の数ヶ月前から出るため、直近の月は今後の掲載で増える可能性がある
需要側のデータも補っておく。観光庁「宿泊旅行統計調査」の2025年年間値(確定値)によれば、茨城県の客室稼働率は全体で54.1%(全国30位)、施設タイプ別ではビジネスホテル70.4%、シティホテル66.6%に対し、リゾートホテルは51.9%、旅館は33.2%にとどまる。延べ宿泊者数は727万人泊で前年比ほぼ横ばい(2019年比+15.4%)、うち外国人は31万2,000人泊(前年比+12.4%)と全体の4%ほどに過ぎない。駅前の宿泊特化型が7割の稼働で回っている一方、レジャー型の稼働には余地があり、林音のような滞在型が取りにいくのは、ビジネス需要ではなく県内と首都圏からの週末レジャー需要である。平日と土曜で1.4〜1.8倍の価格差をつけた設計は、この需要の偏りを前提にしたものと読める。
図表3:横展開の条件 — 事業費30億円を宿泊だけで回収するなら必要ADRは5.5万円、来場者の消費が入ると1万円台に下がる
ここまでを整理すると、林音型のモデルは「入園無料の植物園という集客装置」と「45棟の宿泊」と「温浴・飲食」の三層で成り立っている。他県の県立公園・植物園に同じ型を持ち込めるかを考えるため、単純回収の枠組みで必要ADRを試算した。前提は、当社のPark-PFI 203公園の分析と揃え、総投資額を20年で単純回収する年間NOI=年間売上×(GOP率35%−公園使用料率3%)とし、金利・税・残存価値・インフレは考慮しない。稼働率は観光庁統計の茨城県リゾートホテル51.9%(2025年)を置き、宿泊棟は林音と同じ45棟とした。この枠組みでは、事業費30億円に見合う年間売上は約4.7億円である。なお前述のとおり、林音の実際のスキームでは整備費を県がサービス対価として負担しており、以下の試算は、同規模の整備を民間側がすべて負担すると仮定した場合のハードルを示すものである。
宿泊だけでこの売上を賄うなら、必要ADRは¥55,000(稼働60%でも¥47,600)になる。林音の土曜の掲載価格はこの水準に届くが、平日を含めた通年の成約単価としては高いハードルといえる。一方、入園無料化で集めた来場者が園内で消費する「非宿泊売上」を加えると、必要ADRは急速に下がる。年間26万人(運営側目標の約7割)が1人あたり1,000円(温浴1回分に相当)を使えば必要ADRは¥24,500、運営側の目標である38万人なら¥10,400まで低下し、1人あたり1,500円では26万人で¥9,200、38万人では宿泊単価に依存しない水準に達する。図表3の2本の線は、この「来場者1人あたり消費」と「必要ADR」の交換関係を示したものである。
出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング試算。前提:総投資額30億円(日刊建設工業新聞)、20年単純回収、GOP率35%、公園使用料率3%、宿泊45棟、稼働率51.9%(観光庁「宿泊旅行統計調査」2025年通年 茨城県リゾートホテル)。非宿泊売上にも同じGOP率を適用した簡易試算
| 条件 | 投資額 | 来場者×1人あたり消費 | 必要ADR(稼働51.9%) | 読み方 |
|---|---|---|---|---|
| A. 宿泊45棟のみ(当社試算の宿泊部門投資) | 8.0億円 | - | ¥14,700 | 宿泊棟単体なら県平均の掲載価格帯で成立する |
| B. 林音型・来場者収入なし | 30億円 | - | ¥55,000 | 温浴・飲食・園内整備を宿泊だけで背負う形。土曜の掲載価格帯に相当 |
| C. 林音型・来場者26万人 | 30億円 | 26万人×1,000円 | ¥24,500 | 来場者収入が投資の半分弱を支える |
| D. 林音型・運営側目標の来場者 | 30億円 | 38万人×1,000円 | ¥10,400 | 必要ADRが県平均の推定成約ADR並みに下がる |
| E. 林音型・来場者消費が厚い場合 | 30億円 | 38万人×1,500円 | ¥0 | 宿泊単価に依存しない構造 |
出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング試算。Aの宿泊部門投資は、コテージ1棟40㎡×宿泊業用建築単価59.1万円/㎡(国土交通省「建築着工統計」2024年・全国・工事費予定額÷床面積)、グランピング1棟1,000万円(当社仮定)、共用部15%上乗せで算出。林音の宿泊棟の実際の整備費は公表されていない
稼働の前提を動かした場合の必要ADRも示しておく。下表は同じ枠組み(同規模の整備を民間側がすべて負担する仮定のもと、事業費30億円・20年単純回収・GOP率35%・公園使用料率3%・宿泊45棟)のまま、通年の稼働水準と来場者の園内消費の2軸で必要ADRを並べたものである。来場者収入がない場合、通年の稼働が70%まで上がっても必要ADRは¥40,800と、なお4万円台の通年成約単価が求められる。これに対し、年間26万人が1人あたり1,000円を使えば、稼働が40%にとどまっても必要ADRは¥31,800となる。稼働を10ポイント積み上げるよりも、来場者収入の有無のほうが必要ADRを大きく動かすことが読み取れる。
| 通年の稼働水準 | 来場者収入なし | 26万人×1,000円 | 38万人×1,000円 | 26万人×1,500円 |
|---|---|---|---|---|
| 40% | ¥71,300 | ¥31,800 | ¥13,500 | ¥12,000 |
| 51.9%(観光庁統計の茨城県リゾートホテル・2025年。本稿の前提) | ¥55,000 | ¥24,500 | ¥10,400 | ¥9,200 |
| 60% | ¥47,600 | ¥21,200 | ¥9,000 | ¥8,000 |
| 70% | ¥40,800 | ¥18,200 | ¥7,700 | ¥6,800 |
出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング試算。前提は図表3と同じ(必要ADRは100円単位に丸め)。来場者数は試算上の想定であり実績ではない
この試算から、横展開の条件は三つに整理できる。第一に、宿泊棟の整備費は45棟で8億円前後にとどまり、単体なら必要ADR1万4,700円と県平均の掲載価格帯で成立するため、「宿泊棟を置くこと」自体のハードルは高くない。第二に、総事業費を30億円規模まで膨らませるのは温浴・飲食・園路整備であり、これを宿泊単価で回収しようとすると必要ADRは5万円台に跳ね上がる。第三に、したがってこの型が成立するかは、入園無料化で年間26万〜38万人規模の来場者を集め、その1人ひとりに温浴や飲食で1,000円以上を使ってもらえるかにかかっている。温浴併設は収益源であると同時に、来場者の滞在時間を延ばして消費単価を押し上げる装置として位置づけるのが妥当だろう。来場者26万人と運営側目標38万人の差(12万人)は、必要ADRに換算して1万4,000円分の開きに相当する。
加えて、立地の選び方も条件に入る。林音は水戸市中心部から車で30分圏、首都圏からは常磐道経由で2時間圏にあり、半径20km圏に6,400室の既存ストックがあっても、滞在型の45棟規模は空白帯だった。既存の植物園や県民の森のように「すでに来園習慣があり、駐車場と園路が整っている」公有施設は、ゼロから集客装置をつくるより初期投資を抑えられる。公営国民宿舎や廃校の転用と比べても、来場者収入という宿泊外の収益源を最初から持てる点がこの型の強みといえる。公有施設を宿に変える別ルートの採算は、公営国民宿舎43施設の再生市場が推定ADRの水準から検証している。
運営者・投資家への示唆 — 来場者の消費単価と平日の埋め方が収益の鍵になる
運営側の視点では、平日と土曜で1.4〜1.8倍の価格差を持つ現在の設計を活かしつつ、平日の稼働をどう積み上げるかが収益拡大の機会になる。県内のリゾートホテル稼働率は51.9%で、週末だけで年間稼働を押し上げるには限界がある。首都圏からの平日利用(連泊・ワーケーション・シニア層の平日旅行)や、那珂市が那珂IC周辺で整備を計画している道の駅との連携は、平日の需要を広げる余地として考えられる。また、おふろcafeという温浴ブランドの日帰り客と、宿泊客の園内消費を分けて管理することで、来場者1人あたり消費の実績を把握しやすくなるだろう。
投資家の視点では、本件は「設計・施工・運営の担い手が出資者を兼ねるSPC」という構造が、事業費の変動リスクをグループ内で吸収する仕組みとして機能した事例と読める。開業が資材高騰で7ヶ月延期されたにもかかわらず全体事業費は約30億円で維持された。県が示した提案上限価格(約29.9億円)の範囲に収める必要があったうえで、設備仕様の見直し(コテージ設備で約1億円、温浴の変電・ボイラー設備等で約1億円の削減)を、設計者と施工者が同じSPCの中で調整できた体制が寄与したとみられる。他県で同じ型を組む場合、建設費の上振れを吸収できる体制があるかどうかが、公募段階での提案力に直結する。さらに、上場企業が出資者に入ることで事業の進捗が適時開示や決算で外部から確認できる点も、公有施設の民間転用では珍しい透明性といえる。
⚠ 将来日程の掲載価格に関する注意:本記事の林音の価格は2026年10月11日時点で主要予約サイトに公開されていた販売価格であり、チェックイン日に近づくにつれて新規プランの追加や価格調整で変動します。特に2027年1〜2月は掲載プラン数が少なく、現時点の水準が確定的なものではない点にご留意ください。茨城県の2026年10月以降の推定成約ADRも、調査時点の掲載水準に基づく推定です。
まとめ
泊まれる植物園「林音」は、来場者が減り維持費がかさむ県有植物園を、8社SPCが設計・施工・運営を一括して引き受ける形で再生した事業である。宿泊45棟の掲載価格は平日で茨城県平均の3.2倍、土曜で4.4倍と、県内の既存供給(半径20km圏6,400室の92%がホテル系で、その大半は駅前の宿泊特化型)にない価格帯と商品を持ち込んだ。ただし、林音の実際のスキームでは整備費を県がサービス対価として負担し、運営は2045年3月までの20年間の指定管理で、公募時の条件では指定管理料を6年目にゼロとする設計である。同規模の整備を民間側がすべて負担すると仮定した場合、事業費30億円の回収を宿泊だけに求めると必要ADRは5万円台になり、入園無料化で集めた来場者の園内消費(26万〜38万人×1,000円以上)が入って初めて1万円台に収まる。他県の県立公園に横展開する条件は、宿泊棟の棟数よりも、来園習慣のある公有施設を選ぶこと、温浴・飲食で来場者単価を取ること、そして契約期間と費用分担を公募段階で詰めることにあるといえる。
よくある質問
Q. 「泊まれる植物園」はどこにありますか。
茨城県那珂市戸4369-1の茨城県植物園内にある「THE BOTANICAL RESORT 林音」です。2025年11月29日に開業し、コテージ18棟・グランピング27棟の45棟に宿泊できます。入園そのものは無料で、宿泊・温浴・飲食は個別料金です。
Q. 運営しているのはどの会社ですか。
株式会社ボタラシアンリゾートという特別目的会社です。一家ホールディングス傘下の2社が50%、ザファーム・建設3社・設計2社が残り50%を出資し、2024年5月に設立されました。設立時の本店は千葉県市川市で、2025年4月に林音の所在地(那珂市戸)へ移転しています。
Q. 林音の宿泊料金はいくらですか。
2026年10月11日時点の掲載価格(1室2名・税込)では、11〜12月の水曜で最安1万6,800円から、土曜で最安3万700円からです。全プラン平均は水曜で約5万〜5万1,000円、土曜で約6万7,000〜7万6,000円でした。棟タイプと日程で大きく変わります。
Q. 同じモデルは他の県立公園でも成り立ちますか。
宿泊棟だけなら必要ADRは1万円台半ばで成立しますが、温浴・飲食を含む30億円規模の整備費を民間側が負担して回収する場合は、入園無料化で年間26万〜38万人規模の来場者を集め、1人あたり1,000円以上の園内消費を得ることが条件になります。林音では整備費を県が負担しており、契約期間と県との費用分担が採算を左右します。
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参考資料・出典一覧
■ 事業スキーム・施設概要
- 一家ホールディングス「子会社による新たな事業の開始に関するお知らせ」(2024年5月22日・適時開示)
- 一家ホールディングス「茨城の新たな観光拠点誕生 日本初の“泊まれる植物園”『THE BOTANICAL RESORT 林音』2025年11月29日(土)開業決定」(2025年9月24日)
- 日刊建設工業新聞「資材設備高騰で変更/県植物園リニューアル」
- 茨城放送「11月改装の茨城県植物園 愛称など詳細発表」(2025年4月23日)
- 旅行新聞新社「日本初の“泊まれる植物園”が茨城に開業 『THE BOTANICAL RESORT 林音』」
- 水戸経済新聞「那珂の茨城県植物園がリニューアル 複合リゾート業態に」
- 「おふろcafe りんねの湯」開業リリース(2025年9月25日)
- 茨城県 林政課「茨城県植物園等のリニューアルについて」(本稿執筆時点はシステム障害で臨時ページ表示)
- 茨城県「茨城県植物園等整備・管理運営事業に係る企画提案プロポーザルの公告について」(2024年4月・募集要項、サービス対価の算定及び支払い方法)
- 茨城県「県植物園等の新たな指定管理者の知事表敬訪問とリニューアル後の施設愛称等の発表について(結果)」(2025年4月23日)
■ データソース
林音および茨城県・水戸市・ひたちなか市の掲載価格(1室2名・税込)と推定成約ADR、半径20km圏の客室ストック、県内の新規開業は、メトロエンジンリサーチ&コンサルティングの集計(主要予約サイト掲載ベース。林音の価格は2026年10月11日時点)。客室稼働と延べ宿泊者数は観光庁「宿泊旅行統計調査」2025年年間値(確定値)、建築単価は国土交通省「建築着工統計」2024年、事業スキームは茨城県の公募資料・発表資料、一家ホールディングスの適時開示、運営会社リリース、各報道による。
■ 試算前提
必要ADRは、総投資額を20年で単純回収する枠組み(年間NOI=年間売上×(GOP率35%−公園使用料率3%))で算出した。宿泊は45棟、通年の稼働水準は観光庁統計の茨城県リゾートホテル(2025年)を置き、非宿泊売上にも同じGOP率を適用している。金利・税・残存価値・インフレは考慮していない。宿泊部門投資8.0億円は、コテージ1棟40㎡×59.1万円/㎡、グランピング1棟1,000万円(当社仮定)、共用部15%上乗せによる。
■ 限界・留意点
掲載価格は将来日程の販売価格であり、成約価格ではない。2027年1〜2月は掲載プラン数が少なく、水準は今後変動しうる。林音の実際のスキームでは整備費を県がサービス対価として負担しており、必要ADRは同規模の整備を民間側がすべて負担すると仮定した場合の水準である。指定管理料(公募時の条件では6年目にゼロ)や納付金の有無は試算に織り込んでいない。来場者38万人は運営側の目標値、26万人はその約7割を置いた試算上の想定で、いずれも実績ではない。林音の宿泊棟の実際の整備費は公表されておらず、宿泊部門投資は当社の仮定による。
■ 市場データ
- メトロエンジンリサーチ&コンサルティング — 林音の掲載価格、茨城県・水戸市・ひたちなか市の掲載価格および推定成約ADR、半径20km圏の客室ストック、新規開業(OTA掲載確認ベース)
■ 政府統計
- 観光庁「宿泊旅行統計調査(2025年・年間値(確定値))」(2026年7月6日)
- e-Stat「建築着工統計調査」(統計ID: 0003114490、2024年・宿泊業用・全国)
