四国最大の温泉地・道後温泉を擁する愛媛県は、これまで本連載の県別投資マップ(奈良・群馬・静岡・青森・和歌山・福島・山形)で扱ってこなかった新規エリアである。2024年7月に道後温泉本館が約5年半の保存修理工事を終えて全館営業を再開し、観光の象徴が完全復活した。本稿では、道後温泉のラグジュアリー旅館帯、松山市の都市宿泊帯、そしてしまなみ海道の玄関口・今治市というサイクルツーリズム需要帯を、推定成約ADRと競合密度の両面から階層的にマッピングし、伸びしろのある価格帯・エリアを定量的に読み解く。
本記事における指標の定義
- ADR(平均客室単価):各施設がOTA上で公開する最安プラン水準(2名1室利用時・1室あたり料金・税込)に業態別の補正係数を適用して算出した推定成約単価(税抜相当)。上場ホテルREITが開示する物件別実績との照合(91施設・直近3ヶ月間)で誤差中央値は約7%。推定値であり、各施設の実際の成約価格・会計数値とは異なります。エリア単位のADRは対象施設の中央値(エリアの標準的な施設の水準)。
- 掲載価格(全プラン平均・税込):OTA上の全プラン(素泊まり〜食事付き)の平均。ADRとは別物として扱います。
- データ出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング。追跡する国内約168,000施設のうち、OTA上で稼働が確認できる約27,000施設を分析対象とします。
- — 道後温泉本館が2024年7月に全館再開し観光は令和元年の約9割まで回復。温泉地の象徴復活で需要基盤が厚みを取り戻した。
- — 推定成約ADRは道後旅館¥16k・松山市¥8k・今治¥6kの3層構造。道後と今治の間には約2.6倍の単価差がある。
- — 道後1.2km圏は72施設2,192室、ラグジュアリーが客室の約35%を占め、中規模アッパーミドル(40〜70室)帯が手薄。
- — 伸びしろ①:道後の中規模アッパーミドルは改装・ブランド強化で推定ADR¥18k〜26kへ引き上げ余地。
- — 伸びしろ②:しまなみ玄関口・今治(推定ADR¥6k台)はサイクルツーリズム軸に単価・稼働の両面で余地。
道後温泉本館の全館再開で象徴が完全復活 — 観光は令和元年の9割まで回復
道後温泉本館は国の重要文化財であり、松山観光の中核をなす。2019年1月から営業を続けながらの保存修理工事に入り、約5年半を経た2024年7月11日に全館営業を再開した。工事期間中も「みんなの道後温泉 活性化プロジェクト」でアートと温泉を掛け合わせた集客策が続けられており、再開後は国内外からの観光客が戻りつつある。
松山市の観光客推定によると、令和5年に松山市を訪れた観光客は約555万人で前年から約77万人増え、コロナ前(令和元年)の約9割まで回復した。うち道後地区の観光客は約78万人、外国人観光客は市全体で約22万人となっている。道後温泉旅館協同組合の宿泊者数も令和5年に776,087人(前年比112.8%)と2桁の伸びを示した。訪日客の国籍は台湾・香港・中国が上位を占め、松山空港の国際定期便が台北・ソウル・釜山のアジア3路線である構造を反映する。象徴的施設の完全復活と観光の回復基調は、道後を軸としたエリアの宿泊需要にとって追い風となる。
推定成約ADRの階層構造 — 道後旅館¥16k、松山市¥8k、今治¥6kの3層
愛媛県内の推定成約ADRは明確な3層構造をなす。最上位は道後温泉のラグジュアリー旅館帯で、17施設の推定成約ADR中央値は約¥16,000(2026年6月・税抜相当)。奥道後方面を含む東温市も少数の温泉宿が牽引し約¥15,800と高い。中間層が松山市全体の約¥8,300で、ビジネス・シティホテルの都市宿泊需要が価格を形成する。最下層がしまなみ海道の玄関口・今治市の約¥6,100、および西条・新居浜といった工業都市圏の¥5,600〜5,700である。
この階層は、温泉リゾート(道後)→ 県都の都市宿泊(松山)→ 産業・サイクルツーリズム(今治・東予)という需要性格の違いをそのまま映している。道後旅館帯と今治帯では推定ADRに約2.6倍の開きがあり、各層で取りうる価格戦略・商品設計は大きく異なる。
出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(2026年6月・推定成約ADR)
松山市の月次推移 — 8月・11月にピーク、価格帯は緩やかに上向き
松山市全体の推定成約ADRを年別に重ねると、夏休みの8月と紅葉・行楽期の11月に山ができる季節性が読み取れる。水準そのものも2024年から2026年にかけて緩やかに切り上がっており、2025年11月は約¥11,000、2026年1月も約¥11,100と、直近1年の高値が更新されている。一方で6月は例年谷となり、2026年6月は約¥8,300と前年同月比で数%の調整となった。県都の都市宿泊帯は、繁忙期の上値追いと閑散期の谷が併存する構造にあり、需要の山を捉えた段階的なプライシングを組み合わせる余地がある。紅葉期を含む秋の温泉地・旅館の価格実勢については、秋の温泉地・旅館価格2026が箱根・草津・由布院を前年比で掘り下げている。
出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(松山市・推定成約ADR、N=85〜92施設)
道後温泉のポジショニングマップ — 中規模アッパーミドルに伸びしろ
道後温泉の主要旅館17施設を、客室規模(横軸)と推定成約ADR(縦軸)でマッピングした。円の大きさは口コミ件数を示す。高単価帯には、19〜33室の小規模高級旅館(道後御湯 約¥32k、八千代 約¥28k、大和屋別荘 約¥26k)と、58室の老舗ふなや(約¥28k)が位置する。大型の伝統旅館(80〜123室)は概ね¥14k〜21kのボリュームゾーンに集まる。
ここで相対的に手薄なのが、40〜70室の中規模でありながら推定成約ADR¥18k〜26kを取る「中規模アッパーミドル」帯(青ゾーン)である。小規模高級と大型ボリュームの間にあたるこのレンジは、改装・ブランド強化によって客単価を引き上げる伸びしろが見込める領域といえる。既存の高い集客力(口コミ件数の多い施設が複数存在)を土台に、体験価値の設計と段階的プライシングを重ねることで、収益拡大の機会が生まれる。中規模温泉旅館のリブランドで客単価を引き上げる投資の考え方は、2軍温泉地リブランド投資マップ2026がM&Aターゲット分析として詳しく掘り下げている。
出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(道後温泉 主要旅館 N=17、円=口コミ件数) ■青ゾーン=伸びしろ帯
道後の競合密度とグレード分布 — 旅館主体・ラグジュアリーが客室の35%
道後温泉本館から半径1.2km圏には72施設・約2,192室が集積する。業態別では旅館が34施設と過半を占め、ビジネス・シティホテルは少数にとどまる。グレード別の客室数で見ると、ラグジュアリー(16施設・769室)が全体の約35%を占め、次いでバジェット(14施設・395室)、アッパーミドル(7施設・316室)、ミドル(10施設・306室)、エコノミー(8施設・226室)と続く。口コミ評価も高く、100件以上のレビューを持つ45施設の平均スコアは4.27(5点満点)、最上位は4.89に達する。
ラグジュアリーとバジェットの両端が厚く、中間のアッパーミドル帯が客室ベースで薄い「ダンベル型」の分布が確認できる。前節のポジショニングとも整合し、中規模アッパーミドルの厚みづくりが差別化余地となる。
出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング(道後1.2km圏・グレード付与済み施設)
出典:メトロエンジンリサーチ&コンサルティング。円サイズ=客室規模、色=グレード
立地と地価 — 道後温泉駅周辺は松山市内で最も高い上昇率
松山市の商業地の2025年公示地価は平均約¥193,600/㎡で前年比+0.66%、市全体の平均は約¥131,100/㎡(+0.33%)だった。このなかで、道後温泉駅周辺は前年比+2.10%と松山市内で最も高い上昇率を示し、愛媛県の上昇率1位も道後公園駅至近の松山市岩崎町(¥199,000/㎡・+4.74%)だった。観光の回復と象徴施設の再開が、道後エリアの地価にも表れている。
もう一方の投資フロンティアが、しまなみ海道の四国側玄関口・今治市である。今治の宿泊帯は推定成約ADR¥6k台とバジェット中心で、現状は産業出張とサイクリスト需要が主体だ。世界的に知られるサイクリングルートとしてのしまなみ海道のブランド力を踏まえると、サイクリスト滞在の快適性(バイクポート、早発着対応、補給・洗濯導線など)を軸に据えた中価格帯の宿には、単価と稼働の両面で伸びしろがある。道後の温泉リゾートと今治のサイクルツーリズムを結ぶ広域周遊は、愛媛県全体の宿泊需要を押し上げる方向性として注目される。
出典:国土交通省「地価公示」(2025年)よりメトロエンジンリサーチ&コンサルティング作成
投資マップのまとめ — 3つの伸びしろ
道後・松山・今治の3層を推定成約ADRと競合構造から読み解くと、愛媛県には性格の異なる伸びしろが並存する。既存施設の強みを土台に、段階的なプライシングと体験設計を重ねることで収益拡大の機会が広がる。同様に県内の都市階層を推定ADRで読み解いた分析は、山陰4都市ホテル投資マップでも鳥取砂丘のラグジュアリー帯を起点に展開している。
充実 道後ラグジュアリー旅館
推定ADR ¥16k〜32k
大型伝統旅館と小規模高級が両立。口コミ評価も高く、需要の厚い成熟帯。
伸びしろ① 中規模アッパーミドル(道後)
40〜70室 × 推定ADR ¥18k〜26k
小規模高級と大型ボリュームの中間。改装・ブランド強化で客単価を引き上げる機会。
伸びしろ② しまなみ サイクルツーリズム(今治)
現状 推定ADR ¥6k台
サイクリスト滞在の快適性を軸にした中価格帯の宿に、単価・稼働の両面で余地。
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⚠ 推定成約ADRに関する注意:本記事のADRはOTA公開価格に業態別補正を適用した推定値であり、REIT開示実績との照合で誤差中央値は約7%です。実際の成約価格・会計数値とは異なります。2026年6月は例年の閑散月にあたり、年間平均より低めに出る点にご留意ください。
参考資料・出典一覧
■ データソース
メトロエンジンリサーチ&コンサルティング集計データ。追跡する国内約168,000施設のうち、OTA上で稼働が確認できる約27,000施設を分析対象とした。推定成約ADRの標本は道後旅館N=17・松山市N=88・今治市N=32、競合密度は道後1.2km圏72施設2,192室を集計(2026年6月時点)。
■ 試算前提
ADRはOTA公開最安プラン水準(2名1室利用・1室あたり・税込)に業態別補正係数を適用した推定成約単価(税抜相当)。エリア単位のADRは対象施設の中央値(標準的な施設水準)。上場ホテルREITが開示する物件別実績との照合(91施設・直近3ヶ月間)で誤差中央値は約7%。
■ 限界・留意点
本記事のADRは推定値であり、各施設の実際の成約価格・会計数値とは異なる。2026年6月は例年の閑散月にあたり、年間平均より低めに出る点に留意。掲載価格(全プラン平均・税込)とADRは別指標。地価は2025年公示地価に基づく。
■ 市場データ
- メトロエンジンリサーチ&コンサルティング — OTA公開価格に基づく推定成約ADR(道後旅館 N=17、松山市 N=88、今治市 N=32)、競合密度・グレード分布(道後1.2km圏 72施設)
■ 政府・自治体統計
- 松山市「松山市観光客推定表」
- 国土交通省「地価公示」(2025年)
■ ニュース・公式情報
