台風が近づいた宿泊日では、いったん減った残室が直前になって増加へ転じる。現場では経験的に知られている現象だが、「どのリードタイムで」「どれだけの施設に」「何室戻るのか」を数字で押さえている運営者は多くない。本記事は、2026年7〜8月に日本へ接近・上陸した台風9号・13号・15号を対象に、沖縄・鹿児島・茨城・千葉・静岡・高知・宮崎の1,723施設(82,546室)・延べ9,658件の宿泊日について、リードタイム別の残室推移を実測したものである。
ホテルバンクでは過去に台風接近増の8-9月、稼働を下支えする『屋内完結度』の宿を公開しているが、あれは「台風期にどの業態が需要を保てるか」という需要の質を扱った記事である。本記事が扱うのはそこではない。台風が来ると決まった後、すでに売れていた在庫が時系列でどう戻ってくるかという在庫側の現象だけを切り出す。需要が強いか弱いかではなく、リードタイムのどこに、どの規模の再販機会が発生するのかを測ることが目的である。
本記事における指標の定義
- LT(リードタイム):宿泊日(チェックイン日)までの日数。本記事では「T-7」=宿泊日の7日前と表記する。
- 残室数:各施設がOTA等に公開している販売可能な客室数(室ベース)。観測は1日1回、2名1室・1泊の条件で集計している。
- 戻り:ある観測日の残室数が、直前の観測日より増加し、かつその直前の残室数が観測期間中の最大値を下回っていた場合を「戻り」と定義する。つまり「いったん減った後に増加へ転じた観測点」のみを数え、販売開始直後から一貫して増え続けている在庫は含めない。
- 戻り発生率:対象リードタイム帯に観測点を持つ施設×宿泊日のうち、その帯で1回以上の戻りが観測された割合。
- 戻り幅:その帯で戻った客室数の合計。総客室数に対する比率でも併記する。
- 母集団条件:観測期間中の最大公開室数が総客室数の30%以上に達した施設のみを集計対象とする。OTAへの公開枠が小さい施設では、残室の増減が施設全体の需給を代表しないためである。
- データ出典:メトロエンジンリサーチ。気象要因の日付は気象庁「台風位置表 令和8年(2026年)」ほか(本記事末尾の出典一覧を参照)。
- — 台風接近日の沖縄では、直前2〜3日(T-3〜T-2)に48.3%の施設で残室の戻りが観測された。平常日15.6%の3.10倍にあたる。
- — エリア合計でも向きが変わる。沖縄の残室率はT-7の18.5%を底にT-3で25.2%へ、6.7ポイント押し戻された。
- — 戻りの山が立つリードタイムは台風ごとに違う。進路が早く固まった台風13号はT-7から、異例の進路だった台風15号はT-3〜T-1に集中した。
- — 戻る在庫はまとまって戻る。台風接近日は10室以上のブロックが14%を占め、平常日2%に対して7倍の頻度だった。
- — 戻った在庫の69%は価格を動かさずに再掲載されている。直前在庫の再販価格には設計の余地が大きく残っている。
対象とした台風と宿泊日 — 2026年7〜8月の3つの事象
まず気象側の事実を確定させる。気象庁「台風位置表 令和8年(2026年)」および各社の速報をもとに、2026年7〜8月に日本の宿泊需要へ実質的な影響を与えた台風は次の3つに絞られる。いずれもすでに宿泊日が過ぎた過去の事象であり、本記事は将来日の予測を一切扱わない。
| 台風 | 主な影響日 | 気象上の経過 | 本記事で台風接近日とした宿泊日 |
|---|---|---|---|
| 台風9号(バービー) | 2026年7月11日 | 7月11日9時頃、945hPa・大型で強い勢力のまま宮古列島の多良間島付近を通過し東シナ海へ | 7月10日(金)・7月11日(土)/沖縄県 |
| 台風13号(ドルフィン) | 2026年8月6〜8日 | 8月6日夜(21〜22時頃)に945hPaで大東諸島の北を最接近、7日15時頃に935hPaで沖縄本島・今帰仁村付近を通過。沖縄本島の暴風は約40時間続き、暴風警報の解除は8日13時57分 | 8月6日(木)〜8日(土)/沖縄県・鹿児島県 |
| 台風15号(チャンホン) | 2026年8月11〜12日 | 8月11日20時頃に茨城県南部へ上陸(1951年の統計開始以来、茨城県への上陸は初)。本州を横断し12日6時頃に敦賀湾から日本海へ | 8月11日(火)・12日(水)/茨城県・千葉県・静岡県 |
出典:気象庁「台風位置表 令和8年(2026年)」、日本気象協会tenki.jp、ウェザーニュース、琉球新報(いずれも2026年8月25日確認)よりホテルバンク編集部作成
比較対象となる平常日は、同一県・同一曜日・前後1〜3週間から選んだ。曜日を揃えているのは、ブッキングカーブの形状が曜日で大きく変わるためである。沖縄県の台風13号(8/6木・7金・8土)に対しては7月23日〜8月1日の木・金・土を、台風15号(8/11火・12水)に対しては8月4日・5日と8月18日・19日の火・水を対照日とした。お盆期間(8月13〜16日)は需要構造が特殊なため、台風日・平常日のいずれからも除外している。
沖縄では直前2〜3日の戻り発生率が平常日の3.1倍 — 48.3%対15.6%
結論から示す。台風13号が直撃した沖縄県の3日間(8月6〜8日、296施設・延べ779件)と、同県の平常日6日間(302施設・延べ1,415件)を比べると、リードタイムが短くなるほど差が開いていく。
| リードタイム帯 | 台風13号接近日 戻り発生率 |
平常日 戻り発生率 |
倍率 | 戻り幅 中央値 (台風/平常・総客室比) |
|---|---|---|---|---|
| T-30〜T-15 | 58.7% | 52.1% | 1.13倍 | 5.6% / 6.2% |
| T-14〜T-8 | 51.8% | 42.0% | 1.23倍 | 5.0% / 4.3% |
| T-7〜T-4 | 54.2% | 24.4% | 2.22倍 | 8.8% / 3.1% |
| T-3〜T-2 | 48.3% | 15.6% | 3.10倍 | 10.5% / 2.8% |
| T-1 | 14.0% | 4.5% | 3.11倍 | 5.3% / 1.7% |
出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部より作成/沖縄県・OTA公開枠が総客室の30%以上の施設のみ・台風13号接近日N=296施設(延べ779件)、平常日N=302施設(延べ1,415件)
T-30〜T-8の段階では両者の差は10ポイント未満にとどまる。ところがT-7を境に平常日の戻り発生率が24.4%へ落ち込むのに対し、台風接近日は54.2%と高止まりする。差が最大になるのはT-3〜T-2で、48.3%対15.6%、比にして3.10倍。戻り幅の中央値も総客室の10.5%対2.8%と、発生率だけでなく1件あたりの規模でも約3.8倍に開いている。
もうひとつ、より直感的な指標がある。T-7時点の残室数とT-2時点の残室数を直接比べて、後者のほうが多かった施設の割合である。台風13号接近日は47.6%、つまりほぼ2軒に1軒が「1週間前より2日前のほうが空いていた」状態だった。平常日の同じ指標は10.1%にとどまる。
出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部より作成/沖縄県・台風接近日5日間(台風9号・13号)N=333施設(延べ1,286件)、平常日6日間N=304施設(延べ1,417件)
日次で見ると、台風接近日の戻り発生率はT-14以降なだらかに立ち上がり、T-3で31.2%のピークを打ってから急速に収束する。平常日は同じ区間で7〜10%の帯を横ばいに推移するだけで、ピークらしいピークを作らない。台風という外生ショックが、ブッキングカーブの終盤にだけ明確な山を刻んでいることがわかる。
エリア全体の残室率が反転する — 沖縄はT-7の18.5%からT-3の25.2%へ
個々の施設ではなくエリア全体を合計するとどうなるか。対象施設の残室数を合計し、総客室数で割った「エリア残室率」をリードタイム別に描くと、平常日と台風接近日の違いが一段とはっきりする。
出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部より作成/沖縄県 台風接近日N=333施設・平常日N=304施設、鹿児島県 台風13号接近日N=171施設・平常日N=184施設。いずれもOTA公開枠が総客室の30%以上の施設
平常日のエリア残室率は、沖縄で29.6%(T-30)から12.5%(T-1)へ、鹿児島で38.7%から19.5%へと、単調に減っていく。教科書どおりのブッキングカーブである。ところが台風接近日は途中で向きが変わる。沖縄はT-7の18.5%を底に反転し、T-3には25.2%まで6.7ポイント積み上がった。鹿児島も同様に、T-11の26.3%を底にT-3の32.1%まで5.8ポイント戻している。
ここで重要なのは、この反転がエリア合計の水準で起きているという点である。個別施設の1〜2室の増減であれば観測ノイズの可能性を疑うべきだが、沖縄県で1万6千室規模、鹿児島県で7,900室規模の合計値が数ポイント単位で押し戻されているのは、市場全体で相当量の客室が販売可能状態に復帰したことを意味する。
戻りの山が立つ位置は台風ごとに違う — 予報の確度が決まった時点で決まる
3つの台風を並べると、戻りのピークが現れるリードタイムがそろっていないことに気づく。
出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部より作成/沖縄県 台風13号N=296施設・平常日N=302施設、鹿児島県 台風13号N=171施設・平常日N=183施設、茨城・千葉・静岡 台風15号N=782施設・平常日N=981施設
| 対象 | T-14〜T-8 | T-7〜T-4 | T-3〜T-2 | T-1 | T-7→T-2で 残室が純増した施設 |
|---|---|---|---|---|---|
| 沖縄県・台風13号 | 51.8% | 54.2% | 48.3% | 14.0% | 47.6% |
| 沖縄県・平常日 | 42.0% | 24.4% | 15.6% | 4.5% | 10.1% |
| 沖縄県・台風9号 | 38.9% | 44.1% | 36.7% | 12.5% | 37.7% |
| 鹿児島県・台風13号 | 54.1% | 49.7% | 29.1% | 7.3% | 35.0% |
| 鹿児島県・平常日 | 31.8% | 24.2% | 23.6% | 9.3% | 18.5% |
| 茨城・千葉・静岡・台風15号 | 45.7% | 30.6% | 18.9% | 10.1% | 12.3% |
| 茨城・千葉・静岡・平常日 | 39.5% | 27.3% | 12.9% | 4.8% | 9.9% |
出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部より作成/OTA公開枠が総客室の30%以上の施設のみ、当日(T-0)の観測点は除外
沖縄の台風13号はT-7〜T-2にかけて長く高い台地を作る。鹿児島の同じ台風はT-8で30.1%のピークを打ち、T-3〜T-2では29.1%まで下がる。一方で台風15号が上陸した茨城・千葉・静岡は、T-7〜T-4では平常日と3.3ポイントしか変わらないのに、T-3〜T-2で18.9%対12.9%、T-1で10.1%対4.8%と、最終盤にきて差が開く。
この違いは、台風そのものの性質と対応させると読み解ける。台風13号は7月27日に発生してから8月6日の大東諸島通過まで10日以上、進路が南西諸島方面であることが早い段階から示されていた。だから旅程変更の判断も早く、戻りはT-7から立ち上がる。対して台風15号は、日本の東の海上から西へ向かうという通常と逆向きの経路をたどり、茨城県への上陸は1951年の統計開始以来初めてという異例の進路だった。進路が固まるのが遅ければ、旅程を動かす判断もそれだけ後ろ倒しになる。戻りの山が立つリードタイムは、台風の進路が確度をもって伝わった時点にほぼ連動していると考えられる。
実務的な含意は明快である。「台風が来たらT-3から在庫が戻る」と一律に構えるのではなく、進路情報が固まった日を起点に、そこから2〜4日後を再販の山として見込むほうが実態に合う。予報が早く固まる南西諸島コースは前広に、進路が読みにくい本州横断コースは前日まで、という構えの違いになる。
戻る在庫はまとまって戻る — 10室以上のブロックが14%を占める
戻り1件あたりの規模を見ると、台風接近日の在庫は平常日とまったく違う形で戻ってくる。
出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部より作成/T-7〜T-1に観測された戻りイベント。沖縄県 台風接近日N=1,951件・平常日N=710件、茨城・千葉・静岡 台風15号N=1,016件・平常日N=1,696件
沖縄の平常日では、戻りの77%が1〜2室の小口である。日々のキャンセルが少しずつ発生し、少しずつ戻るという、ごく普通の循環である。ところが台風接近日になると1〜2室は55%まで下がり、代わりに5〜9室が15%、10室以上が14%を占めるようになる。10室以上のまとまった戻りは平常日ではわずか2%だから、7倍の頻度で発生していることになる。実測されたなかには、総客室205室の施設でT-9に48室、T-10に51室がまとめて販売可能状態に復帰した例や、220室規模の施設でT-3に83室が一度に戻った例がある。
台風15号の茨城・千葉・静岡では、規模構成は平常日とほとんど変わらない(10室以上は4%対4%)。上陸から通過までがおよそ10時間と短く、影響が1泊分に限定されたため、団体・連泊単位のまとまった取り消しに至らなかったと見るのが自然である。同じ「台風」でも、南西諸島の長時間停滞型と本州横断型では、戻ってくる在庫の粒度がまったく異なる。
「戻り」の解釈について:OTA上の残室が増える背景には、(1)予約の取り消しによって客室が販売在庫へ戻るケース、(2)施設側が一時的に販売を止めていた在庫を再開放するケース、(3)当初はOTAへ絞って出していた在庫を追加で放出するケースの3通りがあり、公開データからこれらを判別することはできません。本記事は「残室が増加へ転じた」という観測事実のみを扱い、その原因を取り消しに限定していません。とくに5室以上がまとまって戻る事例には、施設側の販売再開・追加放出が含まれている可能性があります。
戻った在庫の69%は価格を動かさずに再掲載されている
戻ってきた在庫が、どんな価格で市場に戻っているのか。戻りが観測された時点の掲載最安値を、その直前の観測日と比較した。
| 対象(T-7〜T-1の戻り時点) | 観測件数 | 価格を下げた | 据え置き | 価格を上げた | 変化率中央値 |
|---|---|---|---|---|---|
| 沖縄県・台風接近日 | 1,951件 | 24% | 69% | 7% | ±0.0% |
| 沖縄県・平常日 | 710件 | 23% | 69% | 8% | ±0.0% |
| 茨城・千葉・静岡・台風15号 | 1,016件 | 28% | 59% | 13% | ±0.0% |
| 茨城・千葉・静岡・平常日 | 1,696件 | 23% | 68% | 9% | ±0.0% |
出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部より作成/掲載最安値(2名1室利用時・1室あたり料金・税込)を直前観測日と比較。±1%以内を据え置きとした
沖縄では、台風接近日も平常日も約7割が価格を据え置いたまま再掲載されている。台風という明確な需要ショックが起きた局面でも、価格の動かし方は普段と変わっていない。茨城・千葉・静岡の台風15号だけは据え置きが59%まで下がり、値下げ28%・値上げ13%と両方向の動きが増えているが、それでも過半は据え置きである。
ここには収益機会がある。台風接近日のT-3〜T-2は、その施設にとって当初の販売計画にはなかった在庫が、しかも総客室の1割規模でまとまって戻ってくる局面である。その在庫をどの価格で市場に返すかは、あらかじめ設計しておけば意思決定の速さがそのまま成果になる領域だといえる。同じ「戻り」でも、暴風警報下で移動そのものが難しい宿泊日と、警報解除後・台風一過の宿泊日とでは、適正な再販価格はまったく違う。レベニューマネジメントとダイナミックプライシングの違いで整理したとおり、値付けの自動化と、どの条件でどう値付けるかという設計は別の話である。台風時の再販価格はまさに後者、事前設計の対象になる。
進路から外れた県にも波及する — 高知・宮崎でもT-7〜T-4は50.4%
台風13号は沖縄本島を通過したのち東シナ海へ抜けており、高知県・宮崎県は暴風域の中心進路から外れている。ところがこの2県でも、8月6〜8日の宿泊日ではT-7〜T-4の戻り発生率が50.4%に達した。同2県の平常日(7月30日〜8月1日)の30.2%に対し20.2ポイント高い。
この差は、台風の直接的な暴風の有無だけでは説明できない。台風13号の期間中は南西諸島発着を中心に航空・船舶の欠航が広範に発生し、沖縄本島では交通と物流が停止した。旅程の一部が成立しなくなれば、直接の暴風圏外にある宿泊分も連動して動く。台風の影響を見積もるとき、進路図の暴風域だけを見るのでは足りないということである。移動手段が同じ経済圏にある県は、直撃を受けていなくても在庫が戻る。
ただし注意も必要で、この2県はT-3〜T-2では28.3%対32.7%と、むしろ平常日を下回っている。波及の影響はT-7〜T-4の帯に集中し、直前まで持続していない。中心進路上の沖縄が最終盤まで高止まりしたのとは対照的である。
再販機会の規模を試算する — 100室あたり2.0〜5.1室、感度は戻り幅により強く効く
ここまでは観測された事実である。運用の構えを決めるには、その事実が自館にとって何室分の話なのかへ換算しておくほうが使いやすい。以下は本記事で実測した戻り発生率と戻り幅中央値だけを用いた換算であり、新しい観測や外部予測は一切加えていない。総客室100室の施設1軒を想定し、台風接近日のT-3〜T-2に期待できる再販室数を置いた。
| シナリオ(対応する実測事象) | 戻り発生率(実測) | 戻り幅中央値(前提) | 期待再販室数/100室 |
|---|---|---|---|
| 悲観:本州横断型(茨城・千葉・静岡/台風15号) | 18.9% | 10.5% | 2.0室 |
| 中位:南西諸島・小規模事象(沖縄県/台風9号) | 36.7% | 10.5% | 3.9室 |
| 楽観:南西諸島・長時間停滞型(沖縄県/台風13号) | 48.3% | 10.5% | 5.1室 |
出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部より作成/発生率は表3のT-3〜T-2実測値。戻り幅中央値は沖縄県・台風13号のT-3〜T-2実測値10.5%を全シナリオ共通の前提に置いた(他事象の戻り幅中央値は本記事では算出していない)。同じ換算を沖縄県の平常日(発生率15.6%・戻り幅2.8%)に当てると0.4室にとどまる
同じ計算を平常日に当てると100室あたり0.4室である。台風の型がどうであれ、接近日の直前帯は平常日の4.5〜11.6倍(発生率と戻り幅の積の比)の再販量が発生する計算になる。もっとも、この換算は2つの実測値の掛け算でしかないため、どちらがどれだけ効くのかは押さえておきたい。
| 戻り発生率\戻り幅中央値 | 3% | 5% | 8% | 10.5%(実測) | 13% |
|---|---|---|---|---|---|
| 20% | 0.6 | 1.0 | 1.6 | 2.1 | 2.6 |
| 30% | 0.9 | 1.5 | 2.4 | 3.1 | 3.9 |
| 40% | 1.2 | 2.0 | 3.2 | 4.2 | 5.2 |
| 48.3%(実測) | 1.4 | 2.4 | 3.9 | 5.1 | 6.3 |
| 55% | 1.7 | 2.8 | 4.4 | 5.8 | 7.2 |
出典:ホテルバンク編集部作成/網掛けセルは沖縄県・台風13号のT-3〜T-2実測値(発生率48.3%×戻り幅10.5%)。各セルは発生率×戻り幅×100室の積
表を横に読むと、発生率を48.3%に固定したまま戻り幅が3%から13%へ動くだけで、期待室数は1.4室から6.3室へ4.5倍に開く。縦に読むと、戻り幅を10.5%に固定して発生率が20%から55%へ動いたときの変化は2.1室から5.8室、2.8倍にとどまる。再販の規模を左右しているのは「何軒で起きるか」よりも「1軒あたり何室戻るか」のほうである。実測でも、台風接近日と平常日の差は発生率で3.1倍、戻り幅中央値で3.8倍と、後者のほうが大きく開いていた。
実務的には、戻り幅の大きい施設を先に押さえておく価値が高いということになる。10室以上のブロックが戻る事例は台風接近日で14%を占め、平常日の2%に対して7倍の頻度だった。館内で言えば、団体・連泊の構成比が高い日ほど戻り幅が大きくなりやすい。台風接近が見えた時点で確認すべきは、まず自館のその日の団体・連泊比率である。
レベニュー実務への含意 — 3つの設計項目
直前在庫の再販価格をあらかじめ場合分けしておく
台風接近日のT-3〜T-2には、沖縄で約半数の施設に総客室の1割規模の在庫が戻ってくる。そのとき現場で価格を一から考えていては、判断が遅れるほど機会は縮む。実測では戻り在庫の約7割が価格据え置きで再掲載されており、ここは設計の余地が大きく残っている領域である。少なくとも「暴風警報発表中の宿泊日」「警報解除後・台風一過の宿泊日」「交通は乱れているが自館周辺は平常の宿泊日」の3区分で、値付けの方針を先に決めておきたい。とくに台風一過の宿泊日は、順延した旅程の受け皿として実需が戻りやすい局面であり、機械的な値下げが必ずしも最適とは限らない。
戻りの山は「進路が固まった日+2〜4日」で見込む
台風13号のように早い段階から進路が示された事象では戻りがT-7から立ち上がり、台風15号のように直前まで進路が読みにくかった事象では戻りがT-3〜T-1に集中した。カレンダー上のリードタイムを固定して構えるより、気象情報の確度が上がった日を起点にして再販体制を敷くほうが実態に合う。南西諸島コースは前広に、本州接近コースは前日までを射程に入れる、という違いになる。
キャンセルポリシーと代替日振替は「まとまった戻り」を前提に設計する
台風接近日は10室以上のブロックが戻る頻度が平常日の7倍になる。1〜2室ずつ戻る平常時とは、必要な打ち手が違う。まとまった客室が一度に空く前提に立てば、代替日への振替提案をあらかじめ用意しておく価値は高い。振替が成立すれば当該宿泊日の在庫は戻っても、収益は別の日付に載せ替えられる。台風接近日は多くの場合その前後に台風一過の需要回復日が控えており、振替先として提案できる日程が自館側にあるという点が、通常のキャンセルとの決定的な違いである。
供給側の受け皿という観点では、災害時の宿泊需要そのものを扱った千葉県7.5万室の43%が災害救助法25市町に — 連泊対応ストックと受け皿余力を数える、施設側の備えを投資として捉えた温泉旅館の河川氾濫リスクとレジリエンス投資もあわせて参照されたい。
本記事の集計方法と留意点
集計方法:対象は沖縄県・鹿児島県・茨城県・千葉県・静岡県・高知県・宮崎県に所在し、営業中として登録されている施設のうち、2026年7〜8月の対象宿泊日についてリードタイム90日以内に20点以上の観測が得られたもの。2名1室・1泊の条件で観測した残室数を用い、観測期間中の最大公開室数が総客室数の30%以上に達した施設のみを集計対象とした(1,723施設・82,546室・延べ9,658件)。最大公開室数が総客室数を超える記録は、施設マスターの客室数と公開在庫の定義が一致しない可能性があるため除外している。
留意点:(1)宿泊当日(T-0)の観測点は、対象のほぼ全施設で残室ゼロとなる系統的な性質があり、当日販売の実態を表さないため全ての集計から除外した。分析はT-1以降に限定している。(2)残室数はOTA上で公開されている販売在庫であり、施設全体の実在庫とは異なる。直販・団体・旅行会社経由の在庫は含まれない。(3)台風接近日にはT-2〜T-1で残室が急減する施設が見られるが、これは完売とは限らず、施設側が近接日の販売を一時的に停止した結果である可能性がある。販売停止は施設がいつでも再開できる可逆的な操作であり、本記事はこれを「在庫の消失」とは扱わない。(4)本記事は営業状態(休館・営業停止)について一切の判断を行わない。営業状態の事実は各施設の公式発表によるものとされたい。
まとめ
2026年7〜8月の台風9号・13号・15号を対象に、1,723施設・延べ9,658件の宿泊日について残室推移を実測した結果、次のことが確認できた。第一に、台風が接近した宿泊日では直前2〜3日(T-3〜T-2)の戻り発生率が沖縄で48.3%に達し、平常日15.6%の3.1倍だった。第二に、エリア合計の残室率が沖縄でT-7の18.5%からT-3の25.2%へ反転上昇し、市場全体で相当量の客室が販売可能状態へ復帰していた。第三に、戻りの山が立つリードタイムは台風ごとに異なり、進路の確度が早く固まった台風13号ではT-7から、異例の進路で直前まで読みにくかった台風15号ではT-3〜T-1に集中した。
そして第四に、戻ってきた在庫の約7割は価格を動かさずに再掲載されていた。台風は避けられない外生要因だが、いつ・どれだけ・どんな粒度で在庫が戻るかは、事前に想定できる範囲にある。想定できるなら、その在庫をどう扱うかは設計の対象になる。台風期の直前在庫は、対処すべき事態というより、あらかじめ準備しておける再販の機会として捉えるほうが実務に資するだろう。
あわせて読みたい
- 台風接近増の8-9月、稼働を下支えする『屋内完結度』の宿 — 天候リスク時代の業態別分析2026
- 長崎県9月前半のブッキングカーブ点検 — 9/12(土)は推定OCC82.7%、旅館とシティに24.2pt差
- 和歌山の9月5連休は「中日型」— 旅館の推定OCCは9/20(日)93.7%
- レベニューマネジメントとダイナミックプライシングの違い|19,365施設の値動き実測
- 千葉県7.5万室の43%が災害救助法25市町に — 連泊対応ストックと受け皿余力を数える
- 千葉豪雨、宿泊在庫が急減したのは成田・浦安 — 被災地の千葉市中央区は前週比0.83倍
- 沖縄リゾート176施設の在庫消化を分解する — お盆と9月上旬で「30日前」の推定稼働率は3.0pt差
- ブッキングカーブの読み方を47都道府県の実測で — 45日前からの上積みは中央値+4.1pt、マイナスの正体は在庫追加
参考資料・出典一覧
■ データソース
メトロエンジンリサーチが収集した施設別・宿泊日別の公開残室データ(沖縄県・鹿児島県・茨城県・千葉県・静岡県・高知県・宮崎県/2名1室・1泊条件/リードタイム90日以内・観測20点以上/対象1,723施設・82,546室・延べ9,658件の施設×宿泊日)。台風の日付・経路は気象庁「台風位置表 令和8年(2026年)」ほか公表資料(いずれも2026年8月25日確認)。
■ 試算前提
表5・表6の期待再販室数は、実測した戻り発生率と戻り幅中央値(総客室比)を掛け合わせ、総客室100室規模の施設1軒あたりへ換算したもので、外部予測や新規の観測は加えていない。戻り幅中央値は沖縄県・台風13号のT-3〜T-2実測値10.5%を全シナリオ共通の前提に置いている(他事象の戻り幅中央値は本記事では算出していない)。母集団条件は観測期間中の最大公開室数が総客室数の30%以上100%以下。比較対象の平常日は同一県・同一曜日・前後1〜3週間から選び、お盆期間(8月13〜16日)は台風接近日・平常日の双方から除外している。
■ 限界・留意点
残室数はOTA上で公開されている販売在庫であり、直販・団体・旅行会社経由の在庫は含まない。残室の増加は予約の取り消しに限らず、施設側の販売再開・追加放出を含むため、本記事は「戻り」を観測事実としてのみ扱い原因を特定していない。宿泊当日(T-0)の観測点は対象のほぼ全施設で残室ゼロとなる系統的な性質があるため、全集計から除外している。対象は2026年7〜8月の3事象に限られ、台風の規模・進路・季節が異なれば戻りの分布も変わる。将来日の予測には用いない。
■ 気象データ(台風の日付・経路)
- 気象庁「台風位置表 令和8年(2026年)」(2026年8月25日確認)
- 気象庁「台風の上陸数(2025年までの確定値と2026年の速報値)」(2026年8月25日確認)
- 日本気象協会 tenki.jp「【速報】台風15号 茨城県南部に上陸しました 茨城県の上陸は統計史上初」(2026年8月11日)
- ウェザーニュース「台風15号(チャンホン)茨城県南部に上陸 茨城県上陸は統計史上初」(2026年8月11日)
- 日本気象協会 tenki.jp「台風13号は明日7日に沖縄本島に最接近 週末まで影響」(2026年8月6日)
- 琉球新報「【台風13号】沖縄本島が暴風域に入る まもなく最接近か」(2026年8月7日)
- 琉球新報「【台風13号】長かった…暴風40時間 沖縄本島 交通、物流ストップ影響各地で」(2026年8月)
■ 宿泊在庫データ
- メトロエンジンリサーチ — 施設別・宿泊日別の残室推移(リードタイム90日以内、2名1室・1泊条件、対象1,723施設・82,546室・延べ9,658件の施設×宿泊日)
