2026年4月15日、日本政府観光局(JNTO)は3月の訪日外客数が3,618,900人(前年同月比+3.5%)となり、3月単月として過去最高を更新したと発表した。1〜3月の累計は10,683,500人(同+1.4%)で、2年連続で年初3カ月間に1,000万人を突破した形である。一見するとインバウンド市場は順調に成長しているように見えるが、内訳を国籍別に分解すると劇的な構造変化が浮かび上がる。中国本土からの訪日客は前年同月比-55.9%と半減した一方、韓国(+15.0%)、台湾(+24.9%)、米国(+9.7%)、欧州・東南アジア各国は軒並み二桁増を記録した。本稿では、この国籍シフトが京都・大阪・北海道など中国客比率の高いエリアのADRに与えた影響を、メトロエンジンリサーチの公開価格データとREIT月次運営実績の双方から検証する。
※本記事のADRはOTA等で販売中の公開価格の平均であり、実際の販売成約価格とは異なる。価格は2名1室利用時の1室あたり料金(税込)。前年同月比(YoY)で表記する。
中国半減でも総数は微増 — 国籍別シェアの劇的な再編
3月の国籍別訪日客数を見ると、最大の特徴は中国本土からの29.2万人という数字だ。前年同月の66.1万人から55.9%の急減で、首位は韓国(79.6万人、+15.0%)に大きく譲り、台湾(65.3万人、+24.9%)にも抜かれて第3位まで後退した。それでも訪日総数が前年比プラスを維持できたのは、韓国・台湾という近隣2市場の力強い伸びと、米国(37.6万人、+9.7%)、英国(7.0万人、+20.7%)、ドイツ(5.9万人、+21.7%)など欧米市場、さらにベトナム(+43.5%)、マレーシア(+44.2%)、インドネシア(+36.6%)といった新興東南アジア市場が中国減を相殺したからにほかならない。
JNTOは中国減速の背景として、中国政府による日本渡航への注意喚起や航空便の減便などを指摘している。一方で、韓国・台湾はLCC路線の充実と円安が追い風となり、欧米はサクラシーズンに合わせた長距離旅行需要が顕在化した。このように、3月の市場は「ボリュームの中国一極集中」から「多極分散型」へとはっきり様相を変えている。
出典:JNTO「訪日外客数(2026年3月推計値)」よりホテルバンク編集部作成
注目すべきは、シェアの再編スピードである。2025年3月時点で中国は訪日全体の約18.9%を占める最大市場だったが、2026年3月にはわずか8.1%まで低下した。代わりに韓国は19.8%→22.0%、台湾は15.0%→18.1%、米国は9.8%→10.4%とシェアを伸ばし、上位3市場で全体の50.5%を占める構造になっている。中国の存在感が大きく後退する一方、欧米・東南アジア各国も着実にシェアを取り戻しており、「中国依存」モデルは過去のものになりつつある。
主要市場の前年同月比 — 中国だけが孤立した動き
国別の前年同月比をプロットすると、中国の-55.9%が極めて異質な落ち込みであることが一目でわかる。それ以外の主要市場はベトナム+43.5%、マレーシア+44.2%を筆頭に、二桁プラスが並ぶ。とりわけ欧州市場の伸びは記録的で、英国+20.7%、ドイツ+21.7%、カナダ+17.4%、オーストラリア+14.3%といずれも単月過去最高を更新した。
出典:JNTO「訪日外客数(2026年3月推計値)」よりホテルバンク編集部作成
つまり、訪日マーケットは「中国だけが特異な減速トレンドにあり、それ以外の市場はむしろ加速している」という二極化局面に入った。総数で見れば微増にとどまった3月だが、構造的には大半の市場が伸びる中で中国だけが落ち込むという、極めて健全な多極化が進行している。問題は、ホテル側がこの構造変化に料金戦略を即座に対応できているか、である。
中国客比率が高い京都・大阪・北海道 — ADRはどう動いたか
中国客の減少が最も深刻に懸念された3エリアは、京都・大阪・北海道である。これらは伝統的に中国本土からの団体・個人旅行者の比率が高く、2024年〜2025年にかけて中国客の戻りに合わせて宿泊単価が大きく上昇していた。3月の中国客半減を受けて、これらエリアのADRがどう推移したかをメトロエンジンリサーチの公開価格データから検証した。
| エリア | 2025年3月 ADR | 2026年3月 ADR | 前年同月比 | サンプル |
|---|---|---|---|---|
| 京都府 | ¥39,200 | ¥46,500 | +18.6% | N=5,976 |
| 東京都 | ¥33,100 | ¥36,800 | +11.1% | 1,652施設 |
| 大阪府 | ¥22,700 | ¥24,900 | +9.5% | 872施設 |
| 沖縄県 | ¥24,800 | ¥26,900 | +8.5% | 1,710施設 |
| 北海道 | ¥27,600 | ¥29,700 | +7.5% | 1,490施設 |
| 福岡県 | ¥28,500 | ¥29,300 | +2.7% | 716施設 |
出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部より作成
結論から言うと、中国客の減少にもかかわらず、京都・大阪・北海道の3月ADRはいずれも前年同月比プラスを確保した。とりわけ京都の+18.6%は突出しており、中国減速を欧米・台湾・韓国客の高単価需要が完全に補ったどころか、むしろ価格を押し上げる結果となっている。大阪は+9.5%と東京(+11.1%)に肉薄する伸び、北海道は+7.5%と6エリア中最も小さい伸びにとどまったが、それでもプラスを維持した点は注目に値する。
ただし、京都の力強さに対し北海道の鈍化はやや異なる構造を示している。北海道は冬季のスキー需要のピークを過ぎる3月は元来オフシーズンに向かう時期であり、加えて中国客比率が他エリアより高い旭川・函館・登別などの観光地で価格緩和圧力が観察される。一方、京都は通年で中国個人旅行客(FIT)が多いものの、それ以上に欧米のサクラシーズン需要が強く、中国減速を補って余りある状況である。
12カ月のADRトレンドで見る京都・大阪・北海道の軌跡
単月の数字だけでは構造変化は見えにくい。過去12カ月の前年同月比トレンドを並べると、各エリアの軌道がより鮮明に浮かび上がる。京都は2025年9月以降、+13%〜+19%のレンジで一貫して二桁の伸びを維持しており、これは円安と欧米FIT客の取り込みによる構造的な単価上昇を示している。一方、大阪は2025年11〜12月にマイナスゾーンへ沈んだが、これは大阪・関西万博の反動減によるものであり、その後は+4〜+9%へ回復してきた。北海道は2025年11月〜2026年1月のスキーシーズンに+15%〜+21%まで急騰したものの、3月は+7.5%まで急減速している。
出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部より作成
北海道の3月減速は、まさに中国客比率の高さがネガティブに作用した典型例といえる。つまり、欧米・台湾・韓国客の絶対数が増加していても、北海道の3月需要を支えていた中国客の代替には至っていない可能性が高い。逆に京都・大阪は、中国客以外の市場からの需要層が厚く、市場の多極化に対する対応力が相対的に高いことが示唆される。
REIT実績が示す現場の手応え — 国籍シフトはむしろ追い風
マクロな価格データに加え、実際の宿泊実績ベースでも市場の状況を確認する必要がある。3月の月次運営実績を公表しているジャパン・ホテル・リート投資法人(8985)と、インヴィンシブル投資法人(8963)の数字は、現場のリアルな手応えを示している。
| REIT | 稼働率 | YoY | ADR | YoY | RevPAR | YoY |
|---|---|---|---|---|---|---|
| JHR(8985) | 85.1% | +3.1pt | ¥20,800 | +5.0% | ¥17,700 | +9.0% |
| インヴィンシブル(8963) | 87.6% | +2.8pt | ¥14,500 | +6.0% | ¥12,700 | +9.0% |
出典:各社REIT月次運営データよりホテルバンク編集部作成
両REITとも稼働率・ADR・RevPARの全指標で前年同月比プラスを記録した。とりわけRevPARは両者ともに+9.0%という力強い伸びで、中国客減少がREITポートフォリオ全体の収益を毀損した形跡は見られない。むしろ稼働率は2.8〜3.1ポイント上昇しており、空室を埋めた上で単価も維持・上昇できているという理想的なミックスが実現していることがわかる。
REITの3月実績が示唆するのは、中国客減を韓国・台湾・欧米客が量・質ともに代替した可能性が高いという事実である。インヴィンシブルは104物件のうちビジネスホテルや郊外型リゾートを多く保有し、JHRはシティホテル中心のポートフォリオだが、両者ともプラス成長を確保した点は、市場全体の構造的健全性を示す材料といえる。なお、主要7REIT(いちごホテルリート投資法人(3463)、インヴィンシブル投資法人(8963)、日本ホテル&レジデンシャル投資法人(3472)、ジャパン・ホテル・リート投資法人(8985)、星野リゾート・リート投資法人(3287)、森トラストリート投資法人(8961)、霞ヶ関ホテルリート投資法人(401A))のうち3月実績を開示済みなのはJHRとインヴィンシブルの2社のみで、他5社の3月データは4月下旬以降の開示を待つ必要がある。
代替市場の料金感応度 — 単価が高いのは欧米、量が多いのは韓台
では、実際に代替需要を生み出している主要市場の料金感応度はどうなっているのか。観光庁・JNTOの過去調査と業界データを総合すると、おおまかに以下の構造が見えてくる。欧米客(米国・英国・ドイツ・フランス)は1泊あたりの宿泊単価が中国客平均より約1.5〜2倍高く、長期滞在の傾向が強い。京都の+18.6%という突出した伸びは、まさにこの欧米層がADRを押し上げているメカニズムである。
一方、韓国・台湾・香港など東アジア近隣市場は、ボリュームでは強烈な伸びを示すものの、滞在日数は2〜3泊程度と短く、客単価も中位レンジに集中する。3月の韓国79.6万人、台湾65.3万人という訪日客数は中国の約2.7倍だが、宿泊への波及力は同等とは限らない。とりわけ大阪・北海道のように単価レンジが中位帯にあるエリアでは、韓国・台湾客の流入が稼働率を押し上げる効果は大きいが、ADRを大幅に押し上げる効果は限定的である。
この構造を踏まえると、エリアごとに最適な料金戦略は異なる。京都・東京のような単価上位帯エリアは、欧米FIT客向けに高付加価値プランを設計しADRを伸ばすべきだろう。一方、大阪・北海道・福岡のような中位帯エリアは、韓国・台湾客の取り込みで稼働率を上げつつ、滞在日数3泊以上を促す連泊割引や付帯サービスでADR単価を間接的に底上げする戦略が有効と考えられる。
先行データが示す4月以降の見通し
メトロエンジンリサーチの公開価格データは、3月以降の予約期間についてもADR傾向を捕捉している。4月の主要6エリアADR前年同月比は、京都+18.6%、大阪+8.4%、東京+17.4%、北海道+11.2%、沖縄+7.0%、福岡+5.2%といずれもプラス。さらに5月は京都+20.4%、大阪+12.5%、北海道+13.1%、6月は京都+16.4%、大阪+18.4%、北海道+11.9%と、サクラシーズン後も価格上昇基調が継続する見通しである。
出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部より作成
特筆すべきは、北海道が4月以降に再び+11%台へ加速する点である。これは初夏の登山・自然観光シーズンに向けた欧米・東南アジア客の予約が積み上がっていることを示唆する。中国減速の影響で3月に一時的に鈍化した北海道だが、4〜6月は需要構造が組み替わって回復軌道に戻る可能性が高い。一方、大阪は5月+12.5%、6月+18.4%と急加速しており、関西万博の反動減局面を完全に脱した。
まとめ — 「中国一極集中」モデルの終焉と多極化への適応
2026年3月のJNTO発表は、表面上は「累計1000万人突破」「過去最高更新」という景気のいい見出しが並ぶが、内訳の構造は劇的に変わっている。中国客は半減し、その穴を韓国・台湾・米国・欧州・東南アジアの各市場が埋めるという多極分散型のマーケットへ移行した。重要な事実は、この構造変化にもかかわらず、京都・大阪・北海道など中国客比率の高いエリアでもADRはすべて前年同月比プラスを確保し、REIT月次実績でも稼働率・ADR・RevPARが揃ってプラスとなった点である。
これはホテル業界にとって非常にポジティブな兆候だろう。「中国客に依存しないと数字が作れない」という従来の認識は、データ上はもはや過去のものとなった。ただし、エリアごとに依存構造の組み替えスピードには差がある。京都・東京は欧米FITによる高単価需要が厚く、構造変化への適応が早い。大阪・福岡は中位帯需要を韓国・台湾客で代替できている。北海道は3月時点で中国減速の影響を最も強く受けたが、4月以降は予約データを見る限り回復軌道にある。
今後ホテル運営者に求められるのは、自社の客室在庫について国籍ミックスを定期的にモニタリングし、欧米・東アジア・東南アジアの各セグメントごとに料金プランを最適化することだろう。中国市場の戻りを期待するよりも、現に伸びている市場の取り込み強化が、2026年下半期のRevPAR成長を左右する鍵となる。
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※本記事における指標の定義:ADR(平均客室単価)=調査対象施設が公開している販売価格の平均値であり、実際の成約価格とは異なります。売切率=調査時点で予約受付を終了していた販売プランの割合であり、施設全体の客室稼働率とは異なります。価格は2名1室利用時の1室あたり料金(税込)です。
