2026年の新規開業は全国475件に達するが、その中で静岡県は31件を擁し、沖縄・東京・京都に次ぐ全国第4位に位置している。一方で、隣接する山梨県(26件)と合わせると首都圏近郊の富士山周辺一帯に57件もの新規供給が集中していることになる。本稿では、2026年から両県で本格義務化された富士山入山料4,000円という制度的な需要シフトの中で、静岡県側の富士山ふもと3市町(富士宮市・御殿場市・小山町)の夏期ADRがどのように動いているのか、そして31件の新規開業がどこに集中したのかをメトロエンジンリサーチのデータから読み解く。
※本記事における指標の定義:ADR(平均客室単価)=メトロエンジンリサーチが調査対象とする施設が公開している販売価格の平均値であり、実際の成約価格とは異なります。売切率=調査時点で予約受付を終了していた販売プランの割合であり、施設全体の客室稼働率とは異なります。価格は2名1室利用時の1室あたり料金(税込)です。新規開業はメトロエンジンリサーチが把握する範囲のものであり、全数調査ではありません。
2026年新規開業475件、静岡県は全国4位の31件
メトロエンジンリサーチが把握する2026年の新規開業は全国で475件、平均客室数は30室と小型施設が中心となっている。都道府県別にみると、沖縄県の35件を筆頭に、東京都33件、京都府32件、静岡県31件、北海道27件、山梨県26件と続く。観光地と大都市が上位を占めるなか、静岡県の31件という数字は、大阪府(13件)や神奈川県(13件)を大きく上回る規模である。
注目すべきは、富士山を挟んで隣接する山梨県と合わせると、富士山周辺エリア一帯に57件もの新規供給が集中している点である。これは沖縄県の35件をも上回る集中度であり、富士山という観光資源の磁力の強さを改めて示している。しかしながら、この57件のうち静岡県側で「富士山ふもと」に該当する富士宮市・御殿場市・小山町に新規開業が確認できたのは数件に留まり、大半は熱海・伊豆エリアに分布する。つまり、新規供給の地理的偏在こそが静岡県の構造を読み解く鍵となる。
出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部より作成
『隠れ開業31件』のカテゴリ内訳—貸別荘21件が示す投資マネーの行き先
静岡県の31件をカテゴリ別に分解すると、貸別荘が21件と全体の68%を占めている。次いでリゾートホテル3件、旅館2件、ビジネスホテル1件、コテージ1件、ペンション1件、農家民宿1件と続き、客室数200室を超える大型開業は東横INN浜松駅南口(284室)とラビスタ熱海テラス(239室)の2件のみとなっている。
このカテゴリ偏在は、静岡県の観光不動産市場の現在地を端的に示している。すなわち、機関投資家が手掛ける大型ホテル開発ではなく、個人〜小規模法人による1棟貸し別荘・リノベ宿への投資が新規供給のドライバーとなっているのだ。事実、貸別荘21件のうち、確認できた範囲で多くが客室数1〜3室の超小規模施設であり、伊豆高原・熱海・西伊豆といった既存リゾート集積地に立地する。これは「ハイクラス1棟貸しに投資して高単価で回収する」という近年の投資トレンドが、静岡県の31件にも色濃く反映されていることを意味する。
| カテゴリ | 件数 | 構成比 | 主な立地 |
|---|---|---|---|
| 貸別荘 | 21 | 67.7% | 熱海・伊豆高原・西伊豆 |
| リゾートホテル | 3 | 9.7% | 熱海・伊豆高原・西伊豆 |
| 旅館 | 2 | 6.5% | 熱海周辺 |
| ビジネスホテル | 1 | 3.2% | 浜松駅南口 |
| コテージ/ペンション/民宿等 | 4 | 12.9% | 分散 |
出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部より作成(N=31)
つまり「静岡県31件」という数字を額面通りに供給拡大とは捉えるべきではない。客室数ベースで比較すれば、東横INN浜松(284室)とラビスタ熱海テラス(239室)の2件だけで全体の供給増の大半を占めており、残り29件は1〜3室の小規模施設が多くを占めている。これを『隠れ開業』と呼ぶゆえんは、ここにある。
富士山入山料4,000円義務化—2026年から両県で本格スタート
2026年の富士登山シーズンは、これまでとは全く異なる制度的環境のもとで始まる。山梨県では2025年から先行導入された通行予約制と入山料制度が継続され、静岡県側の3ルート(富士宮口・須走口・御殿場口)でも2026年から1人4,000円の入山料徴収が義務化される。両県が足並みを揃えた形で、富士登山は実質的に有料化された世界遺産登山道となる。
静岡県側の制度設計は山梨県側よりも厳格な側面がある。具体的には、事前のFUJI NAVIシステムへの登録、富士山保全と安全登山に関するeラーニング受講が必須となり、午後2時から午前3時までの入山には山小屋予約が必要となる。山梨県吉田ルートも同様にゲート閉鎖時間(14時)と1日4,000人の人数制限が継続される。これらの規制は、登山者数の抑制と質の向上を目的としている一方で、宿泊需要には複雑な影響を与えると考えられる。
環境省の発表によれば、2025年夏期(開山日〜9月10日)の全登山道合計の登山者数は約20万5千人で、前年(約20万4千人)比で100%、コロナ前の2019年(約23万6千人)比で87%にとどまっている。すなわち入山料制度の導入後も登山者数は横ばいで推移しており、登山需要そのものは底堅い。しかしながら、登山客の宿泊行動と、登山以外の「夏富士周遊観光客」の宿泊行動は明確に分離して捉えるべきであり、ここに静岡県側ホテル市場の構造変化を読む手がかりがある。
静岡県側3市町の2024-2026年7-8月ADR推移—『富士宮上昇・小山下落・御殿場横ばい』
富士山ふもと静岡県側の3市町について、2024年から2026年までの7月・8月の公開価格データを集計したのが下図である。3市町で動きがまったく異なるのが特徴的だ。
出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部より作成(富士宮市N=20-23施設、御殿場市N=25-35施設、小山町N=5-6施設)
富士宮市は2024年7月¥17,100→2026年7月¥19,100(前年同月比で見ると2025年7月の¥18,500から+3.5%、2024年比では+11.8%)と着実に上昇している。8月も2024年¥18,000→2026年¥20,800と+15.5%の伸びを示しており、世界遺産センターやアクセス整備、富士宮焼きそば等の食文化観光の浸透が複合的に効いていると考えられる。
御殿場市は7-8月のADRが¥45,000〜¥51,000で安定しており、2024年から2026年への変化はほぼ横ばい(7月-2.0%、8月-2.2%)である。御殿場市は富士山ふもと3市町の中では既存施設数が最も多く(27〜35施設)、御殿場プレミアム・アウトレットへの送客需要や、HOTEL CLADを含むアウトレット併設リゾートの存在により価格レンジが固まっている。さらに2026年7月の売切率が14.7%、8月が12.4%と一定水準で推移しており、登山以外の周遊観光需要が安定して取り込めていることが読み取れる。
一方、須走口を擁する小山町は最もボラティリティが大きい。2024年7月のADR¥76,100、8月¥80,300という高水準が、2026年8月には¥42,600まで急落している(前年同月比-45%)。ただし小山町は調査対象施設が5〜6施設と少なく、特定施設の販売戦略変更による影響を受けやすい点に留意が必要である。注目すべきは2026年7月の売切率が31.4%と3市町で突出している点で、つまり残った在庫は強気価格で売り切れ、平均価格レンジは下方修正されたという二極化のシグナルが読み取れる。
| 市町 | 2024年7月 | 2025年7月 | 2026年7月 | 2026年7月売切率 | 2024→2026変化 |
|---|---|---|---|---|---|
| 富士宮市 | ¥17,100 | ¥18,500 | ¥19,100 | 6.0% | +11.8% |
| 御殿場市 | ¥47,600 | ¥44,800 | ¥46,700 | 14.7% | -2.0% |
| 小山町(須走口) | ¥76,100 | ¥67,600 | ¥70,000 | 31.4% | -8.0% |
出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部より作成(2名1室・税込)
山梨県側との差別化—『静岡=周遊観光、山梨=登山』の構造分化
同じ富士山周辺でも、山梨県側の動きはまったく異なる景色を描いている。富士吉田市の8月ADRは2024年¥63,000から2026年¥78,900へと+25.1%上昇、富士河口湖町は2024年¥52,700から2026年¥62,200へと+17.9%上昇している。鳴沢村に至っては2024年8月¥69,600が2026年8月¥117,500へと跳ね上がっている。
出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部より作成(2024年8月および2026年8月、2名1室・税込)
山梨県側の急騰の背景には、吉田ルートが依然として富士登山の主流ルート(全登山者の約半数〜6割)であることに加え、河口湖・山中湖周辺がインバウンド観光客の「富士山フォトスポット型観光」の中心地となっていることがある。河口湖駅前の有名コンビニから望む富士山、忍野八海、新倉山浅間公園など、登山しない層をターゲットとした観光資源が圧倒的に強い。
これに対して静岡県側は、富士宮口や須走口といった登山ルートを擁するものの、登山客の宿泊滞在率は山梨側より低いと考えられる。富士宮口5合目は標高2,400mと最も高く、日帰り登山が比較的容易なため、ふもと宿泊が必須ではない。御殿場口は登山距離が最も長く中上級者向けで登山客自体が少ない。須走口(小山町)も中級者向けで、首都圏からの日帰り登山が選好されやすい。
つまり、静岡県側のホテル市場は富士登山客に依存しているのではなく、登山以外の周遊観光客—御殿場プレミアム・アウトレット、富士サファリパーク、伊豆エリアへの中継地、世界遺産センター訪問など—によって支えられている。この構造の違いが、静岡県側のADR上昇率が山梨県側より控えめであることの背景にある。逆に言えば、静岡県側ホテルは入山料義務化の影響を直接的には受けにくく、安定的な周遊観光需要のうえに立脚している、ともいえる。
御殿場プレミアム・アウトレット周辺の波及効果—年間を通じた需要のアンカー
御殿場市のホテル市場を理解するうえで、御殿場プレミアム・アウトレットの存在は決定的である。同アウトレットは三菱地所・サイモン株式会社が運営する国内最大級のアウトレットモールで、近年HILL SIDEエリアが新設されるなど継続的に拡張されており、インバウンド観光客の人気スポットとしても定着している。アウトレット敷地内のHOTEL CLADは富士山を望む立地と日帰り温泉「木の花の湯」を併設しており、休日の予約取得が困難な人気施設となっている。
御殿場市の月次ADRパターン(2025年4月〜2026年3月)を見ると、最低月の2月¥40,100から最高月の8月¥49,600まで、年間を通じて±10%程度の比較的フラットなレンジで推移している。これは富士山ふもとの他市町とは大きく異なる特性で、夏期の富士登山シーズンへの依存度が低く、年間を通じてアウトレット送客需要・富士山周遊観光・首都圏からの週末需要に支えられていることを示している。
出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部より作成(2025年4月〜2026年3月、御殿場市内ホテルN=32-35施設)
このフラットな需要パターンは、宿泊業オペレーションの観点から極めて魅力的である。すなわち、繁閑差が小さいということは、年間を通じて稼働率が安定しやすく、人件費・運営コストの効率化が図りやすい。富士山ふもと3市町の中で、御殿場市が最も多くの既存施設(27〜35施設)を維持できている理由はここにある。新規開業31件の地理的偏在を考えれば、大型ホテル投資マネーが熱海・伊豆ではなく御殿場へ向かう余地は今後も注視すべきテーマといえる。
投資家・旅行者それぞれの視点で読む2026年の構造変化
投資家視点では、静岡県の31件という新規供給は規模感に惑わされてはならない。客室数ベースでは東横INN浜松(284室)とラビスタ熱海テラス(239室)の2件で大半を占め、残りは1棟貸し別荘の小規模供給である。すなわちホテル投資の主戦場は依然として大都市圏と熱海であり、富士山ふもと3市町での新規供給は限定的である。これは既存施設にとって競争環境が大きく変化しないことを意味する。富士宮市のADR上昇率+11.8%(2024→2026年7月)は、新規供給圧力が低い中で需要が拡大していることの素直な反映であり、既存施設の収益機会として注目に値する。
一方、旅行者視点では、2026年夏は富士山周辺の旅行コストが構造的に上昇する局面となる。山梨側(吉田ルート)の宿泊コストはすでに前年比+18〜25%水準にあり、登山者は入山料4,000円に加えて宿泊費の上昇を覚悟する必要がある。これに対して静岡県側、特に富士宮市は2026年7月でADR¥19,100と、登山口を擁するエリアとしては最も価格競争力がある。富士宮口は山頂まで最も近いルートであることも合わせれば、コスト効率を重視する登山客にとって富士宮ベース戦略の合理性は高まっている。
また、登山をしない周遊観光客にとっては、御殿場市が依然として安定した宿泊先となる。年間を通じてADRが¥40,000〜¥50,000のレンジで安定しており、御殿場プレミアム・アウトレットや富士サファリパーク、富士スピードウェイ(年間イベントあり)などの観光資源と組み合わせやすい。インバウンド需要の継続的な流入を前提とすれば、夏休み・GW・連休の予約は早期確保が望ましい。
まとめ—『隠れ開業』が映す静岡県ホテル市場の二層構造
静岡県の2026年新規開業31件は、表面的には全国第4位という大きな数字だが、その内訳を分解すると大型ホテル2件と小規模貸別荘21件という二層構造が浮かび上がる。地理的にも熱海・伊豆エリアに偏在しており、富士山ふもと3市町(富士宮市・御殿場市・小山町)での新規供給は確認できる範囲ではごく限定的だ。
この供給構造の中で、2026年から始まる富士山入山料4,000円義務化は、富士山周辺ホテル市場に異なる影響を与えると考えられる。山梨県側(吉田ルート)はインバウンド向け富士山フォトスポット観光のプレミアム化が進行し、ADRは前年同月比+18〜25%の水準で推移している。一方の静岡県側は、富士宮市が+11.8%(2024年比)と着実な上昇、御殿場市が安定した周遊観光需要に支えられて横ばい、小山町は二極化が進行という三者三様の動きを見せている。
すなわち、富士山という単一の観光資源を共有しながらも、静岡県側ホテル市場は登山客依存度が低く、周遊観光客を主軸としたポートフォリオを形成している。入山料制度の本格化はむしろ、静岡県側の構造的な強みである周遊観光需要の価値を相対的に高める可能性がある。新規供給圧力が小さい中で、既存施設にとっては2026〜2027年が需給バランス改善の好機となるシナリオも現実味を帯びる。
『隠れ開業31件』というタイトルが示すのは、数字の裏側にある供給構造の質的変化である。投資家にも旅行者にも、表層的な件数ではなく、その内訳と地理的分布、そして既存施設の動的なADR推移を組み合わせて読み解く視点が問われている。
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