
観光庁が2026年2月27日に公表した「宿泊旅行統計調査2025年年間値(速報値)」は、一見すると全体微減の地味な結果に映る。延べ宿泊者数は6億5,348万人泊、前年比 -0.8%。しかしながら、その内訳は業界の地殻変動を物語っている。日本人宿泊者数は前年比-3.8%と2年連続のマイナス、一方で外国人は+8.2%と過去最高を更新した。本稿では、同統計のミクロデータと主要ホテルREITの運営実績を突き合わせ、「全体微減だが外国人増・日本人減」という構造変化が運営現場で何を意味するのかを定量的に解剖する。
1. 2025年通年のヘッドライン:日本人-3.8%、外国人+8.2%、外国人構成比は過去最高27.2%
はじめに全体像を確認する。2025年通年の延べ宿泊者数は6億5,348万人泊で、前年比 -0.8%とわずかにマイナスとなった。表面的には横ばいに見える数値であるが、内訳を見ると様相は一変する。日本人宿泊者数は4億7,561万人泊(前年比-3.8%)と明確に縮小し、外国人宿泊者数は1億7,787万人泊(前年比+8.2%)と過去最高水準を更新した。つまり、2025年の市場は「外国人需要が日本人需要の減少を一部相殺した年」と定義できる。
延べ宿泊者全体に占める外国人の構成比は27.2%に達し、2019年の19.4%、2023年の19.1%を大きく上回った。すなわち、全国のホテル・旅館にチェックインした4人に1人以上が外国人という時代に突入したのである。この構造変化は、単なるインバウンド回復の延長線上ではなく、日本人需要の明確な後退という対角の動きが同時進行している点に留意すべきである。
出典:観光庁「宿泊旅行統計調査」2025年年間値(速報値)よりホテルバンク編集部作成
2. 都道府県別ドリルダウン:日本人-12.0%の東京、外国人+25.2%の沖縄
全国平均の裏には、都道府県ごとに大きな温度差が存在する。特に顕著なのは東京都であり、日本人宿泊者数は前年比-12.0%と2桁マイナスを記録した。一方で東京都の外国人宿泊者数は+4.9%と微増にとどまり、全体では-3.3%となっている。つまり東京は「日本人離れが急速に進んだ都市」という評価が妥当である。背景には宿泊単価の高止まりと、国内旅行者の価格忌避が挙げられよう。
他方、北海道は日本人-4.9%に対し外国人+24.3%と二桁で伸び、全体では+1.8%のプラスを確保した。沖縄県は日本人-3.0%、外国人+25.2%で全体+3.2%。このように「外国人需要が日本人需要を上回って補った地域」と「補いきれなかった都市圏」のコントラストが鮮明である。京都府では日本人が-11.9%と東京に次ぐ急落を見せたが、外国人+10.7%でカバーし全体-0.7%に収めた。
注目すべきは、対前年比で外国人宿泊者数の伸び率が最も大きかったのは、意外にも鳥取県(+68.0%)、新潟県(+55.3%)、三重県(+54.3%)といった地方部であった点である。観光庁の発表でも三大都市圏は+4.9%にとどまる一方、地方部は+15.5%と大きく上回っており、インバウンド需要の地方分散が加速していることが裏付けられる。
| 都道府県 | 全体前年比 | 日本人前年比 | 外国人前年比 | 外国人構成比 |
|---|---|---|---|---|
| 東京都 | -3.3% | -12.0% | +4.9% | 55.9% |
| 大阪府 | +0.3% | +4.2% | -4.7% | 42.0% |
| 京都府 | -0.7% | -11.9% | +10.7% | 55.2% |
| 北海道 | +1.8% | -4.9% | +24.3% | 28.2% |
| 沖縄県 | +3.2% | -3.0% | +25.2% | 26.9% |
| 福岡県 | +0.9% | -1.8% | +7.1% | 32.7% |
| 長野県 | -5.8% | -7.3% | +4.9% | 13.0% |
| 石川県 | -16.0% | -19.8% | +0.1% | 22.8% |
| 全国 | -0.8% | -3.8% | +8.2% | 27.2% |
出典:観光庁「宿泊旅行統計調査」2025年年間値(速報値)よりホテルバンク編集部作成
出典:観光庁「宿泊旅行統計調査」2025年年間値(速報値)よりホテルバンク編集部作成
3. 月次推移:2025年後半は全月マイナス、季節ピークの構造が変わった
月別データを2024年と並べて観察すると、2025年は上半期と下半期で異なる表情を見せる。上半期(1-6月)は1月が+7.4%と好調であったが、2月以降は-1.6%〜+2.3%のゾーンで推移した。問題は下半期で、7月以降は全月が前年同月比マイナスに転じ、特に9月-3.6%、11月-3.7%、12月-4.2%と悪化トレンドが鮮明になった。
この下降トレンドの主因は、日本人宿泊者数の減速である。日本人は通年を通じて全月マイナスないし横ばいとなり、特に7-12月の6か月間は -1.5%から-5.0%のレンジで推移した。一方、外国人宿泊者数は上半期に+14.5%から+35.2%という高い伸びを見せたものの、下半期には+1.3%から+3.8%へと急減速している。これは前年(2024年)の高ベース効果による。つまり、インバウンドの絶対水準は依然高いが成長率は鈍化局面に入ったと解釈すべきである。
2025年8月は全体で-0.4%、日本人-1.5%、外国人+3.8%と夏休み期の日本人需要の弱さが浮き彫りとなった。お盆期を含む8月で日本人がマイナスというのは、国内旅行の裾野の後退を示唆する重要なシグナルである。
出典:観光庁「宿泊旅行統計調査」2024-2025年月次データよりホテルバンク編集部作成
4. 施設タイプ別稼働率:ビジネスホテル75.3%、旅館38.4%の二極化
次に、運営現場の実態を稼働率ベースで見てみよう。2025年通年の客室稼働率は全体で61.8%と前年比+2.2ポイント改善したが、施設タイプ別のコントラストは依然大きい。ビジネスホテルが75.3%(前年比+1.6pt)、シティホテルが74.2%(+1.9pt)で高稼働を維持している一方、旅館は38.4%(+2.3pt)と40%を切る水準にとどまった。リゾートホテルは56.9%(+2.8pt)、簡易宿所は29.6%(+0.6pt)である。
注目すべき点は、全体稼働率で大阪府が78.8%と全国首位を維持したことである。大阪府のビジネスホテル稼働率は83.0%、シティホテル79.4%とほぼフル稼働の状態であり、2025年の大阪・関西万博の反動を控える中でも、依然として需給は逼迫している。これに対し、長野県(39.9%)や山梨県(44.7%)、新潟県(46.4%)など観光地・温泉地を含む地方県では、稼働率が平均を下回る状況が続いている。
ここから読み取れるのは、「インバウンド需要を集客できるチャネルを持つ都市型ビジネスホテル/シティホテル」と「国内旅行需要に依存する地方旅館・リゾート」との間で、稼働率ギャップが拡大している構図である。2019年の旅館稼働率は39.6%であり、2025年は38.4%と6年経っても改善していない。この事実は、単なる需要回復ではなく、構造問題として捉える必要がある。
出典:観光庁「宿泊旅行統計調査」2025年年間値(速報値)よりホテルバンク編集部作成
5. ホテルREITデータで見る運営実態:85%超の高稼働と、価格戦略の分岐
ここからは、上場ホテルREIT各社の月次運営実績を使って、運営現場の実態をさらに解像度高く見ていく。いちごホテルリート投資法人(3463)、インヴィンシブル投資法人(8963)、日本ホテル&レジデンシャル投資法人(3472)、ジャパン・ホテル・リート投資法人(8985)、星野リゾート・リート投資法人(3287)、森トラストリート投資法人(8961)、霞ヶ関ホテルリート投資法人(401A)の7法人を対象とした。
2026年2月時点の各REITの稼働率は、日本ホテル&レジデンシャル86.8%、いちごホテルリート86.7%、インヴィンシブル86.6%、ジャパン・ホテル・リート85.2%と、ビジネスホテル/ミッドスケールを主軸とする4法人がいずれも85%超の高稼働を維持している。一方、リゾート/ラグジュアリー寄りの星野リゾート・リートと霞ヶ関ホテルリートは76.5%、大型リゾート物件比率の高い森トラストリートは71.1%にとどまる。
しかし、ADRで見ると序列は逆転する。森トラストリートが31,102円、霞ヶ関ホテルリートが26,304円、日本ホテル&レジデンシャルが25,001円、星野リゾート・リートが20,771円と、リゾート/ラグジュアリー系の単価優位が明確である。これに対しビジネスホテル中心のいちごホテルリートは10,650円、インヴィンシブルは13,473円となっている。RevPAR(客室収益)ベースでは森トラストリート22,339円、日本ホテル&レジデンシャル21,239円、霞ヶ関ホテルリート20,100円がトップ集団となり、単価戦略がRevPAR上位に直結することがわかる。
重要な示唆は、外国人比率が高いセグメントではADRの上昇余地があり、国内客比率の高いセグメントでは稼働率維持が最優先戦略となっている点である。ジャパン・ホテル・リート投資法人(8985)は2025年12月期の通期業績予想でRevPARが前期比+8.9%の伸びを見込み、1口当たり分配金は上場来最高水準となる見通しを示している。
出典:各社REIT月次運営データよりホテルバンク編集部作成
6. なぜ日本人旅行者は減っているのか:物価・賃金・人口の三重圧
日本人宿泊者数の減少は単年の偶発的な現象ではなく、構造的な要因が絡み合った結果である。第一の要因は宿泊単価の高騰である。日本総研の分析によれば、足元の宿泊費はコロナ禍前の1.3倍近い水準にあり、価格上昇が国内需要を押し下げている可能性が指摘されている。実質賃金が伸び悩む中での宿泊費上昇は、日本人旅行者にとって実質的な「旅行の高根の花化」を意味する。
第二の要因は、インバウンド需要との価格競合である。特に東京・京都のような主要観光都市では、外国人需要の支払い意思額が日本人を上回り、ホテル側も高単価のインバウンド客向けに在庫配分と価格設定を最適化している。結果、東京都の日本人宿泊者数は前年比-12.0%と急減した。京都府も-11.9%の減少である。都市部で日本人が宿泊先として「選ばれる」よりも「選ばなくなっている」構図といえる。
第三の要因は、人口動態である。旅行需要の中核である50-60代の人口が減少局面に入り、若年層の可処分所得も伸び悩んでいる。JTB総合研究所の2025年見通しでは旅行人数は対前年102.7%とされていたが、通年実績の宿泊統計は-3.8%となり、当初見通しを大きく下回った。これは物価要因が想定を超えて旅行需要を削ったことを示唆する。
出典:観光庁「宿泊旅行統計調査」、内閣府「消費者物価指数」等よりホテルバンク編集部作成
7. 2026年の論点:調査方法変更の影響と、統計の非連続性
ここで業界関係者が注意すべきは、2026年1月分調査から観光庁が調査の層化基準を「従業者数」から「客室数」に変更した点である。これまで調査票は従業者数規模で3区分されていたが、2026年以降は客室数に基づく区分(第1号様式:1-19室、第2号様式:20-199室、第3号様式:200室以上)に切り替わる。観光庁自身が「対前年(同月)比、対前年(同月)差については、見直しの影響が含まれている可能性がある」と明記しており、2026年の数値解釈には構造的なノイズが入ることを前提にすべきである。
特に影響が大きいと想定されるのは、従業者数が少なくても客室数が多い施設(省人化運営のビジネスホテル等)や、逆に客室数が少なくても従業者数が多い施設(高級旅館等)である。これらのウェイト変更により、施設タイプ別稼働率や地域別データの前年比に断層が生じる可能性がある。実務面では、2026年通年の数値を2025年以前と直接比較する際には、観光庁の補正値や試算値が公表されるかを確認する必要があろう。
もう一つの論点は、2025年通年の有効回収率である。調査施設数は2025年1月の22,347施設から12月には20,395施設に漸減し、有効回収率は47.9%〜51.8%の範囲で推移した。従業者数10人未満の施設の回収率は34.6%〜39.4%と相対的に低く、小規模施設の実態把握には依然として課題が残る。2026年の調査方法変更は、この課題への対応という側面も持つと考えられる。
8. 運営現場への示唆:セグメント別戦略の再設計
以上の分析から、業界関係者への具体的な示唆として以下の3点を提示したい。第一に、都市型ビジネスホテル/シティホテルは、稼働率が天井圏(75%超)にあるためADR改善が主戦場となる。日本人需要の価格感応度を見極めつつ、インバウンド比率の高い在庫でのレベニュー最適化が鍵となる。
第二に、地方旅館・リゾートホテルは、日本人需要の構造的後退を前提とし、外国人誘客のチャネル再設計が必須である。国籍別で二桁増を記録した米国(+19.3%)、中国(+20.6%)、インド(+42.9%)、ロシア(+105.3%)などのロングホール市場は、地方分散と親和性が高く、OTA等の販売経路や言語対応の強化が有効と考えられる。
第三に、REITや投資家目線では、稼働率90%近傍のミッドスケールとADR 3万円超のラグジュアリー/リゾートという、異なる収益モデルの共存が今後も続くと見られる。特にジャパン・ホテル・リートや星野リゾート・リートのように分配金ガイダンスを上方修正する動きが続く中、運営会社の価格決定力(プライシングパワー)が銘柄選好の決定要因となるだろう。
まとめ:数字が語る「二つの宿泊市場」
2025年通年の観光庁統計が示すのは、「日本の宿泊市場が単一の需要ではなく、インバウンド需要と国内需要の二つの独立した市場に分化しつつある」という事実である。全体の-0.8%という数字はこの分化を覆い隠すが、日本人-3.8%と外国人+8.2%という対角の動きは、業界戦略の再設計を迫るには十分な大きさである。
さらに、2026年の調査方法変更により統計データの連続性が一時的に不鮮明となる局面に入る。レベニューマネージャー、運営会社、投資家は、公的統計だけでなくOTA等の実勢価格、REITの月次開示、国籍別インバウンドデータなど複数ソースを組み合わせて市場を解像度高く把握する必要がある。2025年は「数字で見れば横ばい、構造で見れば転換点」であったといえよう。
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