滋賀県長浜市で、築135年の伝統建築を改修した一日一組限定の宿「つなぐ宿喜兵衛(きへえ)」が開業した。運営するのは、湖北地域で長年住まいづくりを手がけてきた国友工業グループ。
空き家となっていた日本家屋を、地域に根ざす工務店の技術で再生し、歴史ある佇まいと現代的な快適性を両立させた滞在空間としてよみがえらせた。古民家再生や地域資源の活用が注目されるなか、宿泊事業を通じて地域の魅力をどう発信していくかも注目される。
本記事では、「つなぐ宿喜兵衛」開業の背景やこだわりなどについて、国友工業の代表取締役社長 國友鉄平氏に取材した。
Webサイト:https://tunaguyado-kihe.jp
――― 築135年の伝統建築を「解体ではなく改修」で再生されたとのことですが、今回この建物を宿として活用しようと考えられた背景や、開業に込めた思いをお聞かせください。
築135年という長い時間を重ねた建物を前にしたとき、そして以前から懇意にしてくださっていた家主の方の思いに触れたときに、「壊して新しくする」のではなく、「今あるものを活かして次へつなぐ」という選択をしたいと強く感じたことが、きっかけでした。
この建物には、これまでここで暮らしてこられた方々の時間や記憶が積み重なっており、それ自体に確かな価値があると考えました。ただ現実には、こうした建物は使い手を失うことで、静かに姿を消してしまうことも少なくありません。
だからこそ、宿という新たな役割を持たせることで、人が集い、時間を過ごし、また次の世代へと受け継がれていく。そうした“循環”を生み出したいと考えました。
さらに、開業準備を進める中で地域の方々と接する機会も多く、その温かさや支えに触れたことで、「この場所を残したい」という思いはより確かなものになっていきました。
「つなぐ宿喜兵衛」という名前には、人と人、過去と未来、そして地域と外から訪れる方々をつなぐ場でありたい、という願いを込めています。
――― 普段は湖北エリアで家づくりを手がけておられる中で、宿泊施設の運営に取り組むことになった狙いは何でしょうか。住宅事業で培われた知見を、宿づくりにどのように生かされたのかも伺いたいです。
普段は住宅事業として家づくりに携わっていますが、私たちが届けたいのは単なる「住環境」だけではありません。その先にある、湖北での暮らしや体験まで含めて価値として届けたい、という思いがありました。
宿泊施設は、短い期間ではありますが、“暮らすように過ごしていただく場”です。そこで得られる気づきや体験は、住宅事業にも確実に還元できると考えています。
たとえば、動線の心地よさや、素材の質感、経年変化の楽しみ、空間の温度感や居心地といった、図面や数値だけでは伝わりにくい“体感としての価値”です。そうしたものを実際に感じていただける場として、この宿を位置づけています。
同時に、訪れる方にとっても、住宅改修のヒントや古民家活用の可能性に触れるきっかけになればと考えています。
単なる宿泊施設ではなく、「暮らしの価値を体験し、それが次へとつながっていく場」にしていきたいと考えています。
――― 改修にあたっては、歴史的価値を残すことと、現代の快適性を両立されたとのことですが、特にこだわられた設計や工夫があれば具体的に教えてください。
最も大切にしたのは、「残すべきもの」と「変えるべきもの」をきちんと見極めることでした。
梁や柱、建具といった構造や意匠の核になる部分は、できる限りそのまま残し、この建物が持つ“時間の重み”を感じられるようにしています。建物の風合いに合うよう、もともと残されていた家具を再利用したことに加え、新たにアンティーク家具を取り入れたのも特徴の一つです。
一方で、水回りや設備面については、風情を損なわない設えを意識しながらも、現代の宿として快適に過ごしていただけるよう、しっかり整えました。
特に意識したのは、“不便さを楽しめる余白”を残すことです。何でも過度に便利にするのではなく、たとえばトイレに行くには下駄に履き替えて土間を通る、書院の寝室へは板張りの長い廊下を抜けていくなど、あえてひと手間を加えることで生まれる豊かさを大切にしました。
懐かしさと新しさが共存するだけでなく、その行き来そのものを楽しめる空間を目指しています。
――― ご家族やご友人などが一緒に滞在する中で、この宿ではどのような時間や思い出を持ち帰ってほしいとお考えでしょうか。菜園体験やピアノ、五右衛門風呂といった要素も含め、滞在の楽しみ方について伺いたいです。
この宿では、「何もしない時間」そのものを楽しんでいただきたいと考えています。
ご家族やご友人と同じ空間で食事をし、会話をし、ゆったりと過ごす——そうした何気ない時間こそ、あとから振り返ったときに最も印象に残るものではないかと思います。
ピアノを囲んで音を楽しんだり、五右衛門風呂にゆっくり浸かったり、菜園で土に触れたり。忙しい日常からふっと解き放たれる、そんな瞬間を体感していただけるはずです。
便利さだけではなく、“少しの手間”と“ゆとり”があるからこそ生まれる豊かさを感じていただければ嬉しく思います。
また、少し外に目を向ければ、ほど近い琵琶湖の水辺を散歩したり、黒壁ガラス館をはじめとした長浜のまちなみを巡ったりと、この地域ならではの楽しみ方もあります。季節によっては、スキーなど湖北の自然を満喫していただくこともできます。
ここで過ごした時間が、それぞれの方にとって“少し豊かな日常”として持ち帰っていただけるものになれば幸いです。
――― 最後に、「つなぐ宿喜兵衛」を通じて、地域に残る建物や暮らしの魅力、そして長浜・湖北エリアならではの価値を、今後どのようにつないでいきたいとお考えか、今後の展望をお聞かせください。
「つなぐ宿喜兵衛」を通じて伝えたいのは、この地域に当たり前のようにある暮らしや風景の価値です。
長浜・湖北エリアには、歴史ある建物や自然、文化が数多く残っていますが、それらは使われ続けてこそ意味を持つものだと考えています。
今後は、この取り組みを一つのモデルとして、地域に眠る建物の活用や、新たな人の流れを生み出すきっかけになればと考えています。
そして訪れていただいた方にとっても、「また帰ってきたい」と思える場所になり、地域との継続的な関係が生まれていくことを目指しています。
■施設概要
施設名:つなぐ宿喜兵衛
Webサイト:https://tunaguyado-kihe.jp
予約サイト:https://hotel.travel.rakuten.co.jp/hinfo/197900/
所在地:〒529-0265 滋賀県長浜市高月町西柳野497
アクセス:JR高月駅より車で約5分、北陸自動車道木之本ICより車で約7分
設備:
駐車場:あり4台(無料・予約不要)
お風呂:五右衛門風呂1室、ユニットバス1室
トイレ:2室
キッチン:あり
宿泊可能人数:最大10名
公式Instagram:https://www.instagram.com/tunaguyadokihe/
運営会社:国友工業株式会社
