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【取材】加賀市橋立に港町オーベルジュ「KITAMAE BASE 加賀橋立」

石川県加賀市橋立に、北前船文化を受け継ぐスモールラグジュアリーホテル「KITAMAE BASE 加賀橋立」が開業した。元料亭「平井屋」を地域資本でリノベーションし、全9室の客室やシェフズカウンター、貸切風呂、ラウンジを備え、海と山里の恵みを五感で味わう滞在を提案する。

加賀温泉郷に偏りがちな観光客の動線を海側へと広げ、漁業や農業、工芸、クリエイターとの連携を通じて、橋立エリアの再生と北陸観光の新たなモデルづくりをめざす拠点だ。

本記事は、「KITAMAE BASE 加賀橋立」開業の経緯やこだわりなどについて、運営を担う株式会社北前BASEの取締役である河西氏に取材した。

▷公式HP:https://kitamae-base.com/

―――まず、橋立という地域にこのホテルを開業された理由と、北前船文化の「交易と共創の精神」を現代にどのように受け継ぎたいとお考えか、教えてください。

河西さん:
橋立は北前船の寄港地として、外から来る文化や技術を受け入れ、それを地域の力へと変えてきた土地です。私たちは、この「混ぜ合わせて新しい価値を生む力」こそ、今のまちづくりに最も必要な精神だと考えています。

取締役である私(河西)は、北前船船主の家系にルーツを持ち、加賀市へUターンしたUXデザイナーです。2013年から空き家再生型の民泊・ゲストハウスを複数立ち上げ、地域に根ざした観光とクリエイティブを実践してきました。橋立での開業は、地元への恩返しと、次のデザイン領域への挑戦という意味を持っています。

また、代表取締役の加藤は、北陸の製造業を支える商人として長年、機器の卸・メンテナンスに携わってきました。今回の物件も、その活動の中で築いた縁が起点となっています。

「航路でつながる商人」と「北前船にルーツを持つデザイナー」という背景が交差し、このホテルが生まれました。私たちが目指すKITAMAE BASE 加賀橋立は、宿泊施設にとどまらず、地域の産業・文化・人・技術を再びつなぎ、未来へ渡す「現代の港」として機能する拠点です。

北前船の「交易と共創」の精神は、私たちの経営方針として、次のように再解釈しています。

・地域の資源 × 旅人の視点 × クリエイティブで新しい価値をつくること
・「地元でつくる」ではなく、「地元と一緒につくる」こと
・経済だけでなく、文化・技術・働き方を循環させること

橋立という歴史性と文化の懐の深さが、この取り組みを最も自然に実現できると感じ、開業地として選びました。

―――大工や漁師、農家、クリエイターなど、多様な地元パートナーとともにつくられたとのことですが、特に印象的だった協働エピソードや成果をお聞かせください。

河西さん:
最も象徴的だったのは、「設計段階から地域全体でホテルづくりが始まった」という点です。KITAMAE BASE 加賀橋立は、一企業のプロジェクトではなく、文字通り「総力戦」で生まれました。

建築面では、まず名古屋でまちづくりと建築デザインの実績を持つ「エイトデザイン」の力を借りました。そこに、地域観光と面的地方創生を得意とする私(河西/BASEYARZ)の視点、そして山代温泉「古総湯」などで知られる、地域文化を深く理解した「シモアラ」の造作技術が重なっていきました。

さらに、地元の解体業者さん、とび職の方々、ガス・電気設備の事業者など、あらゆるプレイヤーが自然と加わってくださって、自然と地域全体で一つの建物をつくりあげる体制が形成されていきました。

資金調達の面でも、外資ではなく地元の地銀からの融資によって実現したプロジェクトで、まさに地域の信用と期待を背負って進んできました。そのおかげで、外部の制約に縛られず、「地元らしさ」や「持続可能性」を大切にした、自由度の高いホテル開発が可能になったと感じています。

館内に用いられている家具や什器は、地域の木材と地元職人の手による造作で、食器には九谷焼をはじめとした伝統工芸を採用するなど、ホテルそのものが「地域の技術と美意識のショーケース」となっています。

食の面では、橋立漁港で揚がった魚介をそのまま仕入れ、北陸の食材と料理人の技で表現していくコラボレーションも行っています。これも、地域とともに成り立つ取り組みの一つです。

こうした一つひとつの瞬間で、「私たちはホテルをつくっているのではなく、地域の未来を一緒にデザインしているのだ」という実感がありました。ホテルが地域の方々にとっての「自分ごと」になっていくプロセスこそ、北前船文化の「交易と共創の精神」を現代に受け継ぐ姿そのものだと思っています。

―――食を通じて「北前の物語」を再構築するという発想は、どのように生まれたのでしょうか。また、加賀・橋立の食材をどのように表現されているのかも教えてください。

河西さん:
北前船の寄港地には必ず、外から運ばれた食材や技法が土地の風土と混ざり合うことで、「その土地ならではの料理文化」が生まれました。私たちはこの歴史にヒントを得て、「北前CUISINE」という新しい食のジャンルを掲げています。

大事にしているのは、単なる「地産地消」ではありません。食を通じて、その土地の物語をもう一度編集し直すことです。

例えば、

・この土地の風土をどう解釈し、皿として語らせるか
・地域の営みや産業の息づかいをどう味に落とし込むか
・旅人にとって「文化が交差する体験」になる一皿にできるか

といった視点を常に意識しています。

橋立港の魚介、加賀野菜、地元農家のハーブや卵、北陸に根づく発酵文化など、手にするすべての素材を「地域の歴史の一部」として扱っています。

さらに、ミシュラン三つ星を獲得した能登島出身の専属シェフを迎え、加能蟹や能登牛をはじめとする北陸の旬の食材に、異国の文化や技法を融合させています。北前船が運んだ「旅と交易のロマン」を現代に再現するシェフズカウンターを実現しました。

「この土地が歩んできた歴史」と「旅人の新しい発見」を、一度の食体験の中でどれだけ交差させられるか。それこそが、KITAMAE BASE 加賀橋立がめざす食のあり方です。

―――「面的な滞在体験」を掲げられていますが、宿泊者が地域の風土や文化をどのように体感できるよう工夫されていますか。

河西さん:
私たちが目指すのは、「ホテル内で完結する滞在」ではなく、「地域そのものが一つのホテルになる体験」です。

そのために、建物だけを見るのではなく、周辺の街区や自然、港までを含めた「面」をホテルの延長として捉える設計思想を採用しています。従来のホテルのように敷地内で体験を完結させるのではなく、ホテルから数百メートル圏を「エントランス」「庭」「ラウンジ」と見立てて、環境整備や観光資源化に取り組んでいるのが特徴です。

また、「BASEYARZ」が展開する空き家再生型の民泊・ゲストハウス群が地域に分散して存在しており、短期のスモールラグジュアリー滞在から、中長期の暮らし体験へとつなげることができます。これにより、地域滞在のLTV(生涯価値)を底上げする、独自のエコシステムを形成しています。

特に意識しているのが、ホテルとまちがシームレスにつながる仕組みをきちんと用意することです。具体的には、次のような取り組みを行っています。

・ラウンジを「旅の交差点」と位置づけ、地域の歴史・文化を編集した情報を提供
・地元散策のための「推奨ルート」や「物語マップ」を制作
・橋立漁港・黒崎海岸・九谷焼工房などへの「地域コンシェルジュ案内」
・地元住民が案内する「生活文化ツアー」の企画
・旅人と地域が自然に交わる、港前カフェ・ショップ「舟拠所」の運営

こうした取り組みによって、滞在そのものを、橋立という町の営みに参加する体験へと転換しています。

さらに、ホテルの枠を超えた「観光×クリエイティブ」の一体運営も特徴です。KITAMAE BASEは、観光代理業とクリエイター組織を社内部門として内包する、デザイン経営型のホテルです。これにより、地域の食・文化・自然資源を柔軟に編集し、新たな体験として開発することができます。

たとえば、

・トレイルランや各種アクティビティの開発
・海と漁港の立地を生かした体験設計
・周辺海岸や湖畔でのトレーラーサウナ企画
・住民・事業者と連携した共同プログラムの実施
・興味関係人口・交流人口の創出

といった取り組みを通じて、単なる宿泊需要ではなく、地域産業を支える持続的な関係人口づくりに直結することを目指しています。

また、北陸観光の「起点」としての役割も担っています。小松空港や北陸自動車道インターという地の利を活かし、加賀だけでなく、能登・金沢・福井を含む北陸広域観光のハブとして機能している点も大きな特徴です。

・北陸全体への観光導線の設計
・インダストリアル観光や被災地支援ツアーの企画
・アーティスト・イン・レジデンスなど文化的滞在の開発

こうした取り組みを通じて、観光の量ではなく、体験の質と深度を高めること。これこそが、私たちがめざす「面的な滞在体験」の本質です。

―――「KITAMAE BASE 加賀橋立」を拠点に、橋立や加賀の地域づくりをどのように進めていきたいとお考えですか。今後のビジョンをお聞かせください。

河西さん:
私たちの最終的なビジョンは、「ホテルが地域経済のエンジンとなり、雇用と産業に再投資が生まれる循環」をつくることです。KITAMAE BASEを単なる宿泊事業として捉えるのではなく、地域の産業と文化をアップデートし続ける現代の「北前船」として位置づけています。

そのうえで、大きく二つの方向性があります。ひとつは、地域とともに生み出す未来への投資です。

まず、地域とともに生み出す未来への投資としては、次のような取り組みを想定しています。

・地域クリエイターとの商品・ブランド開発
└ 工芸・食・デザインなど、地域資源を新しい価値へと再編集する

・空き家・空き地再生を含むエリアリノベーション
└ 橋立のまちなみを未来に継ぐための面的な再生

・ 地域若者の就労・副業機会の創出
└ 観光・デザイン・クリエイティブ領域での新しいキャリアパスをつくる

・旅人参加型の文化イベント・市庭の開催
└ 地域内外の人が混ざり合う「交流の場」を恒常的に生み出す

・橋立・加賀全体を「北前文化圏」として再編集
└ 金沢・能登・福井へとつながる観光回廊を構築し、広域で文化圏を育てる

もうひとつは、ホテル単体ではなく、「まちの未来をつくる事業体」になるという考え方です。

私たちが目指すのは、KITAMAE BASEの成功そのものではありません。地域の暮らしと産業が持続し、次世代につながる未来そのものをつくることです。ホテルの利益は地域に循環し、地域の文化はホテルの価値として磨かれ、その関係人口が次の産業の種になっていく。そんな循環型のモデルこそ、私たちの経営が向かう方向です。

KITAMAE BASEはその第一歩であり、橋立・加賀の可能性を広げる「現代の北前船」として新しい航路を切り開いていきたいと考えています。

■施設概要

名称:KITAMAE BASE 加賀橋立
所在地:〒922-0552 石川県加賀市田尻町浜山2-81
代表電話番号:0761-71-1173
公式HP:https://kitamae-base.com/
公式インスタグラム:@kitamaebase
公式YouTube:@kitamaebase

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