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犬679万頭時代のペット同伴ホテル市場:ADRと収益機会の徹底分析

少子高齢化と単身世帯の拡大を背景に、犬や猫を「家族」と捉える価値観が定着しつつあり、ペット同伴を前提とした旅行需要が静かに、しかし着実に拡大している。本稿ではメトロエンジンリサーチが収集する宿泊施設データから、ペット同伴可施設のADRと売切率を通常施設と比較し、立地・カテゴリ・季節別に収益機会を定量化する。

※本記事における指標の定義:ADR(平均客室単価)=調査対象施設が公開している販売価格の平均値であり、実際の成約価格とは異なります。売切率=調査時点で予約受付を終了していた販売プランの割合であり、施設全体の客室稼働率とは異なります。価格は2名1室利用時の1室あたり料金(税込)です。

犬679万頭・ペット同伴宿2,300軒という市場規模

一般社団法人ペットフード協会の全国犬猫飼育実態調査によれば、国内の犬の飼育頭数はおおよそ680万頭に達しており、2013年時点と比べて二桁の伸びを示している。猫の飼育頭数を加えると1,500万頭超に上り、もはやペットは家計支出と消費行動を左右する一大カテゴリーといえる。加えて、国立社会保障・人口問題研究所の世帯推計では、単身世帯の比率は2050年に44.3%へ達する見込みであり、こうした世帯ほどペットを「家族」と位置づける傾向が強い。

業界調査によれば、ペットと宿泊できる施設は国内で2,000軒台に拡大しているとされ、長野県を筆頭に静岡県・北海道・沖縄県といったリゾート色の強いエリアに集中する。観光庁ヒアリングでは犬の飼育者の70%以上が「ペットと旅行に行きたい」と回答しており、市場規模は2020年の400億円から2023年には650億円水準まで1.6倍に拡大したという推計がある。

メトロエンジンリサーチが把握するOTA等で販売中の国内宿泊施設のうち、「ペット可」「ペット同伴」「犬OK」等の同義タグが付与されている施設は約4,400軒に上る。これは公表ベースの2,300軒に近い水準で、施設供給の半数前後はリゾート色の強い旅館・ペンション・コテージで占められる。

出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部より作成(N=4,374軒)

ペット可ホテルのADRプレミアム:旅館で+33%

同期間・同カテゴリで比較した場合、ペット同伴可を謳う施設のADRはどの程度上振れているのか。メトロエンジンリサーチのデータをもとに、2026年4月時点でカテゴリ別に集計した結果が下表である。なお比較対象は同月にOTA等で販売実績のあった施設に限り、極端な高額・低額値(1千円未満および20万円超)は除外している。

出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部より作成(2026年4月、N=23,911軒)

カテゴリ ペット可ADR 通常ADR プレミアム 売切率差
旅館¥52,200¥39,100+33.3%+10.1pp
ビジネスホテル¥21,200¥18,000+17.6%+15.9pp
シティホテル¥35,500¥30,300+17.1%+14.2pp
ペンション¥25,300¥23,900+5.9%±0pp
リゾートホテル¥47,200¥49,500−4.7%+14.4pp
貸別荘¥45,300¥53,300−14.9%+0.1pp

出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部より作成(2026年4月)

最も顕著なプレミアムが観察されるのは旅館カテゴリで、ペット同伴可の旅館(N=722軒)はADR約¥52,200、通常旅館(N=6,218軒)の¥39,100を33%上回る。さらに売切率も13.9%対3.8%と大きな差があり、価格と需要の両面で明確な優位がうかがえる。これは、ペット可旅館の多くが軽井沢・伊豆・那須・湯布院など高単価リゾート温泉地に立地している地理的偏りに加え、犬1頭あたり3,000円〜10,000円のペット料金や個別客室・露天風呂などの設備差が反映された結果と考えられる。

一方で貸別荘・リゾートホテルではペット可施設のADRが通常施設を下回る。これは「ペット可」フラグが本来の高価格ラグジュアリー帯ではなく中価格帯のコテージ系施設に集中しているためであり、純粋なペットプレミアムが消失しているわけではない点に注意が必要である。

県別収益動向:軽井沢の長野・伊豆の静岡が需要を牽引

ペット同伴可施設の偏在は地域の需要構造を映し出す。続いて、ペット可施設が全国上位に位置する8県のGW期間(2026年5月2日〜5日)におけるADRと売切率を比較する。

出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部より作成(2026年5月2-5日チェックイン分、N=10,279軒)

エリア ペット可ADR 通常ADR プレミアム ペット可売切率
山梨県¥65,800¥53,300+23.4%22.2%
栃木県¥63,100¥50,200+25.8%21.9%
群馬県¥60,100¥50,600+18.7%28.1%
静岡県¥62,300¥54,200+15.0%26.8%
沖縄県¥53,600¥46,900+14.3%45.0%
北海道¥45,400¥35,600+27.6%38.9%
長野県¥53,500¥52,500+2.0%32.3%
千葉県¥44,800¥47,500−5.6%32.4%

出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部より作成

注目すべきは栃木県(+25.8%)・北海道(+27.6%)・山梨県(+23.4%)の3エリアでみられる強いプレミアムである。栃木県の那須高原、山梨県の富士五湖・八ヶ岳、北海道の十勝・道東エリアはいずれも自然と高原リゾートに恵まれ、犬と過ごす長期滞在型旅行が拡大している地域だ。

長野県は通常施設のADR水準自体が高く(¥52,500)、軽井沢・蓼科・白馬といったハイエンドリゾートが厚みを持つため、ペット可プレミアムの相対的な「のりしろ」が小さく見える。しかしながら売切率はペット可32.3%対通常14.0%と18ポイント以上の開きがあり、需要強度では他県を凌駕する。一方で千葉県のみペット可施設のADRが通常施設を下回るが、これは犬吠埼や房総南端の温泉ペンション系がペット可を主軸とする中価格帯であるためで、ラグジュアリーホテルとの単純比較には注意が必要である。

沖縄県のペット可施設売切率45%は今回比較した8県の中で最高水準である。本土からの移動コストを考えると、犬連れで沖縄を訪れるのは富裕層のロングステイ需要が中心であり、限られた供給に集中した予約が売切を押し上げている可能性が高い。

季節別需要:5月の新緑期と8月の夏休みでプレミアム拡大

ペット同伴需要には明確な季節性がある。長野県・静岡県を対象に、5月(新緑期)・6月(梅雨)・8月(夏休み)の中旬チェックイン分を比較した結果が下図である。

出典:メトロエンジンリサーチ、ホテルバンク編集部より作成(長野県・静岡県、各月15日チェックイン)

5月は新緑とGW明けの平日中心需要が重なる時期で、ペット可施設のADRは¥48,700と通常施設を11%上回る。売切率は24.4%対13.7%と大きく差が開いており、限られた供給が最も先に埋まる構造が確認できる。一方、6月は梅雨入りで需要が落ち込み、ペット可・通常ともにADRが下押しされるが、それでも売切率はペット可が15%対通常9%と6ポイント高い。これは、雨天時に屋内ドッグランや室内アクティビティを備えた施設に予約が集中するためと考えられる。

8月の夏休み中旬では、ペット可施設のADRが¥68,700と急騰し、通常施設の¥61,300を12%上回る。とりわけ売切率は38.4%対16.0%と22ポイントもの開きがあり、ペット可施設が猛暑期に「予約の取れない宿」として機能していることがわかる。猛暑下で家族同様のペットを車中や留守宅に置いて旅行することへの抵抗感が強まるなか、エアコン完備でドッグランや専用個室風呂を備えた施設の希少性が価格に反映された格好だ。

つまり、ペット同伴可施設は通年で売切率が高く、特に5月新緑期・8月夏休みのピーク時にはプレミアムが拡大する。逆にいえば、6月のオフシーズンも一定の下支え需要があり、年間を通じた稼働率の平準化が期待できることが示唆される。

既存施設のペット可化:初期投資と回収シナリオ

ここまでのデータが示すのは、ペット同伴可化が単なるニッチ対応ではなく、ADRと稼働率の両面で本来の収益を上振れさせる収益施策であるという点である。それでは、既存ホテル・旅館がペット可化する場合、どの程度の投資と期間で回収可能なのだろうか。

投資項目 概算費用(10室規模) 主な内容
客室改装(防臭・耐傷加工)¥150〜300万円フローリング張替、壁面ガード、消臭脱臭設備
ドッグラン整備¥100〜500万円フェンス・人工芝・水栓・夜間照明
ペット用備品・什器¥30〜80万円ケージ・食器・トイレ・足拭き場
スタッフ研修・運用整備¥30〜50万円受け入れマニュアル・誓約書・保険加入
合計¥310〜930万円10室規模で部分対応〜全面対応

出典:宿泊業界の改装事例ヒアリングをもとにホテルバンク編集部試算

仮に既存旅館(10室・年間稼働率60%・通常ADR¥39,000)が一部客室をペット可化し、ペット可旅館の平均ADR¥52,200に近い水準まで引き上げ、稼働率も+5ポイント上昇したとすると、年間追加売上は概算で次のとおりとなる。

出典:上記改装試算をもとにホテルバンク編集部作成

10室のうち4室をペット可化した場合、ADRは平均で¥39,000から¥44,300(25%上昇分を案分)に押し上げられ、稼働率5ポイント改善と合わせて年間追加売上は約780万円規模となる試算だ。粗利率を50%と保守的に置いても年間390万円のキャッシュフロー上振れが見込め、初期投資を中位の¥600万円と仮定すれば、おおむね1.5〜2年で回収可能な水準となる。

ただし、ペット可化はトラブル時のリスクと表裏一体である。鳴き声・抜け毛・粗相に伴う他客クレーム、噛みつき事故時の損害賠償リスクなど、運用面の準備なしに飛び込めば回収どころかブランド毀損につながりかねない。誓約書取得・賠償保険加入・対応マニュアル整備・専用フロアの分離(混在を避ける)の4点は最低限の備えとなる。

まとめ:「ペットは家族」を価格に転換する設備投資

犬の飼育頭数は約680万頭、単身世帯比率は2050年に44%へ向かう。ペット同伴可宿泊施設は2,300軒台に拡大し、メトロエンジンリサーチが捕捉する範囲では旅館カテゴリでADR+33%、5月の長野・静岡では売切率24%対14%と、価格と需要の両面で通常施設を上回る成績を叩き出している。

もちろん、すべての施設がペット可化に向くわけではない。リゾートホテル・貸別荘では「ペット可」フラグがむしろ中価格帯と紐付き、純粋なプレミアムが見えにくい。一方で旅館・ペンション・コテージ系には明確な収益機会が存在し、特に栃木・山梨・群馬・北海道といった高原リゾートでは20%超のADRプレミアムが観察される。

ペットの「家族化」は社会の不可逆な変化であり、この市場の伸長は今後も続くと考えられる。10室規模で1.5〜2年の回収シナリオが描けるのであれば、検討に値する設備投資といえるだろう。重要なのは、需要を取りに行くことではなく、適切な運用設計とリスク管理で他客と共存させる仕組みを整えることである。

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外部参照リンク

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